窃盗とは?
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「窃盗癖(Kleptomania)」は、DSM-IV(アメリカの精神疾患診断、統計マニュアル)では、「他のどこにも分類されない衝動制御の障害」の章に分類されています。この章に含まれる他の疾患は、間歇性爆発性障害、放火癖、病的賭博、抜毛癖、特定不能の衝動制御の障害です。「Kleptomania」の訳語として「窃盗癖」が選ばれていますが、他にも、「盗癖」、「病的窃盗癖」などの訳語が可能だと思います。 A.個人的に用いるのでもなく、またはその金銭的価値のためでもなく、物を盗もうとする衝動に抵抗できなくなることが繰り返される。 筆者の個人的意見を言えば、診断基準Aを厳格に適用すると、該当する患者はほとんどいなくなることでしょう。基準Aの表現はもっとゆるやかにすべきだと思います。所有欲や、経済的欲求からでは、窃盗の量や、回数、処罰による社会的評価の失墜、反省と窃盗行為の繰り返し、などが説明できないとき、あるいは、明らかに割りの合わない窃盗行為を繰り返している場合は、診断基準Aに適合すると考えるべきでしょう。 アルコール依存症の人が飲酒欲求をコントロールできないように、病的盗癖者は、窃盗行為への衝動、欲望、誘惑に抵抗することができません。アルコール依存症と同様に窃盗癖にも嗜癖性の病気としての側面があります。抑制不能な強迫的行為、問題の否認、家族を巻込むという点では、アルコール症と同じです。実際にアルコール症と窃盗癖の両方の問題を持っている患者さんは少なくありません。ただ実際の臨床場面では、アルコール症よりも、摂食障害、とくに過食症の方で、窃盗癖を合併する方が目立つようです。 アルコールと薬物、食物摂取への嗜癖をまとめて「物質嗜癖」と呼び、病的賭博(ギャンブル癖)、借金癖、窃盗癖、買物依存症、ワーカホリック(仕事中毒)などは「行動プロセス」への嗜癖、さらに恋愛依存、セックス依存、暴力的人間関係、共依存などは「人間関係」への嗜癖と呼ばれます。 窃盗癖はまれな疾患で、見つけられた万引者の5%以下でしかないようです。男性より女性に多いようです。 窃盗癖が続くと、法律的問題、信用の失墜、対人関係の悪化、家庭崩壊、失業などのトラブルに巻込まれます。 気分障害(とくに、大うつ病性障害)、不安障害、摂食障害(とくに、過食症)、および人格障害が窃盗癖に伴ってみられることがあります。 どうして、摂食障害(とくに、過食症)に万引が合併しやすいか、詳しいことは分かっていません。心理機制としては、衝動制御の障害に加えて、ある種の歪んだ復讐感、むちゃ食いを自己弁護的に代償する行為(タダだから食べ吐きしてよい?どうせ吐く食べ物のためにお金を払うのはばかげている?)、ある種の達成感を得るための行動、などがありうるでしょう。これらに加えて、飢餓状態における精神機能不全、しばしば合併する感情障害(うつ状態、軽躁状態、まれに躁状態)、人格障害、解離症状、使用薬物(処方薬、市販薬、乱用薬物)や飲酒の影響、思春期、青年期の衝動性、社会文化的傾向などが複雑に絡み合っていると考えられます。[TOP] (症例1) 会社員の妻で、中年女性。中学校時代からの万引常習犯で、万引以外にも、職場や公共の場での金品の窃盗癖があった。また、幸せそうな女性を見るとバッグや化粧品を隠したり、ゴミ箱に捨てるなどの反社会的傾向があった。万引、盗癖で10回位捕まり、5度目には警察の家宅捜索でブランドもののハンドバッグが100個も押し入れから見つかり、懲役1年の実刑となった。出所してすぐに万引をして捕まり、精神科的治療を勧められた。治療開始後1年あまりで、かなりの改善がみられたが、完治を確認しないまま、通院しなくなった。 (症例2) 20代女性。摂食障害で、過食と自発的嘔吐があった。最初は過食用の食物を万引していたが、そのうちに衣類、装飾品など手当たり次第に万引するようになった。摂食障害よりも、窃盗癖の方が家族の悩みの種になった。入院を繰り返したが、病院内での盗食や窃盗などのため、どこでも強制退院になった。(同様の例-摂食障害に合併する万引、盗癖例-は多数あります) (症例3) 30代男性。自営業経営者の3男として生まれた。大学卒業後就職したが、ある日突然、職場の金を持ちだし、放浪することを数年ごとに繰り返した。時には、フーグ(解離性遁走)のように一過性の記憶障害があるように見えた。その度に家族に迷惑をかけ、反省するが、窃盗癖は止まらなかった。アルコール依存症を合併していた。 (症例4) ACOA(父親がアルコール症)。思春期から過食症が続いている中年女性。20代から万引常習犯で、職場での盗癖もあり、2年半の実刑判決を受けた。刑務所内でも、盗癖が止まらず、時々懲罰を受けた。出所後も盗癖が続いたが、関係者も病気と見なし、再逮捕より精神科治療を勧めた。しかし入院中も万引、盗癖を繰り返し、最終的には強制退院となった。 (症例5) 20年来教職にある40代の小学校の女性教師が、ある日、数百円の食べ物の万引をしました。直ちに、担任を降ろされ、退職処分になりましたが、それからも万引は止まらず、7年間に10回以上、取り押さえられ、治療を求めてホスピタルを受診しました。初回の万引の1年前、交通事故に遭って半年以上後遺症に苦しんだことが万引に関係している可能性がありますが、頭部CT検査では以上はなく、証明はできません。 (症例6) 20代の医療関係技術者(女性)は、思春期に万引で2回つかまったことがありましたが、その後も時々万引を続けていました。ある日、スーパーマーケットで数千円の万引をして、警察に突き出されました。職場に知られることを恥じた女性は、自室に隠れてカッターで首と手を深く切りつけました。救急車でICUに運ばれた患者は、出血多量で瀕死の状態でした。3日間意識が戻らず、輸血を受けながら生死の境をさまよいましたがようやく回復に向かいました。患者は、過食症を家族にも友人にも隠していました。この事件をきっかけに、家族が治療に協力するようになりました。 (症例7) 20代後半の女性OLは、外資系会社で有能な秘書として勤務していました。一方で、対人関係のストレスから、20代前半から軽度の摂食障害があり、精神科に通院していました。そして処方薬をしばしばOD(まとめ飲み)していました。万引をしたことは一度もありませんでした。ところがある日、抗うつ薬や抗不安薬を数日分ODした後、不思議な行動にでました。「連続万引発作」とでも言うべきものです。分かっているだけで10ヵ所以上の店をはしごしながら、3日間万引をし続けたのです。しかもその間に2回捕まり、警察に突き出されたのですが、釈放されたその足で万引行脚をつづけました。盗んだものは、化粧品や衣類、食品など必要のないものばかり数十点です。時には、店を出てすぐに盗品をゴミ箱に捨て、次の店に万引に入りました。3回目に逮捕され、そのまま勾留されました。万引の記憶はありますが、ほとんど何も考えていなかった、と患者は言います。後で分かったことですが、女性は、酒害家庭で育ち、幼児期に虐待を受けていました。処方薬ODによって誘発された解離状態での犯行であった可能性があると思われますが、それを証明することは困難です。 (症例8) 10年間、断続的にうつ病の治療を受けていた40代の女性が、ある時、リタリン3錠を処方されました。抑うつ気分には著効がありましたが、たちまちリタリンに依存し始め、半年以内に1日6錠服用するようになりました。リタリン4錠服用し始めた頃から、化粧品や衣類、バッグや家庭用品、食品など何でも万引きするようになりました。あまり必要でないものまで、ただスリルを楽しむためだけに万引をしているようにも思われました。治療によってリタリン乱用をやめたら、万引衝動もピタリと止まりました。(リタリン乱用に関連している可能性の高い万引症例を2例経験しています。05/12)[TOP] 毎週、水曜日と土曜日、午前 10:00−11:30、赤城高原ホスピタルの図書室でミーティングを行なっています。 今のところ、あらかじめ当院で診断を受け、担当医から出席を勧められた外来、入院患者しか出席できません。 赤城高原ホスピタルでは、アルコール症関連嗜癖問題としての「窃盗癖」の相談、治療を行なっています。通常は、本人が治療につながる前から、家族相談、家族への教育、家族療法、初期介入 治療としては、教育、カウンセリング、自助グループなどが有効です。自助グループというのは、同じ悩みや病気を持つ人々の相互援助のグループです。窃盗癖に関しては、現在東京でで2つのグループが自立して活動しています。→[クレプトマニアの自助グループについて] ◆尻拭いをせず、本人に責任を取らせること。具体的には、露見した万引、盗癖については弁償させ、謝罪させる。病院以外の場所での犯行なら、ケースワーカーかナースを付き添わせる。 ◆毎日、所持品、所持金検査を行い、その間隔を2日に1度、週に3回、週に2回、週に1度、2週に1度、月に1度といったように変える。万引や盗みの犯行があれば、毎日検査からやりなおし。 ◆自助グループのミーティングで、自己紹介の時、「アルコール乱用、摂食障害、盗癖の○○です」と報告させる。 ◆嗜癖関係の大きなセミナーで話させる。ある患者は、200人の聴衆の前で、自分の盗癖の体験談を話した。 万引症状のひどい方は、自己退院されることが多いようです。強制退院になる人もいます。万引だけでなく、盗癖がひどい方は、入院という共同生活を維持してゆくことは困難で、いずれ自己退院するか、強制退院になることが多いようです。ただし、かなりひどい万引・盗癖の方で、上記のような治療で回復された方もいます。 摂食障害者の盗癖は、一般の方が予想する以上に多く、当院入院の摂食障害患者(重症の方が多い)では、少なくとも3割位にあるようです。また一方、入院治療中には盗癖を疑われることもなかった患者が、回復して数年後に、入院中の万引、盗癖をわれわれに打ち明けることがあり、驚かされることが何度かありました。 アメリカの代表的な精神科教科書の簡略版、カプラン臨床精神医学ハンドブック―DSM‐IV‐TR診断基準による診療の手引(06/02/15確認) の神経性大食症(bulimia nervosa)の項にも、「約1/3 の患者が万引をする」と書かれています。 院内、院外の万引・盗癖問題自助グループが定着してきてからは、万引の回復率に改善傾向が見られます。とくに院外自助グループへの参加者には回復者が増えてきています。(この情報は、06/02/15追加)[TOP] 参考資料は極めて限られています。認知行動療法が有効であったという報告が有る一方で、2ヵ月の治療と6ヵ月程度の経過観察では、治療効果が確認できなかった、という報告もあります。 薬物療法では、SSRIやナルトレキセン、トピラメートが有効であったという報告がありますが、これらはいずれも、オープントライアルです。薬物効果検定の標準とされる二重盲検の報告はありません。また、報告のほとんどがイスラエルの研究グループによるものです。 この数年(2003-2005年)、万引・盗癖の治療をしている病院や相談所を紹介してほしい、というメールを多数いただいています。私の知る限りでは、この問題に関心を持って実際に相談を受け付けている治療施設は日本にはありません。赤城高原ホスピタル、および外苑神経科でも、最近は他の疾患の治療に忙しくて、(他の嗜癖問題のない)万引・盗癖問題だけのご相談に関しては、自助グループの紹介程度のことしかできていません。個人カウンセリングや入院はお受けできません。ご了解ください。(この項目、05/11/24追加) X クレプトマニア掲示板 http://8606.teacup.com/chaps/bbs(05/07/10確認) クレプトマニア本人、家族、関係者のための掲示板。(03/09から閉鎖中でしたが、04/02/18から再開されました。06/10/10現在、掲示板が荒れていて、管理不十分の状態が続いているため、有志が、同様の新サイト、クレプトマニアBBSを発足されました。この種のサイトでは、嫌がらせメール、迷惑メールが多いので、管理人さんは大変かも知れませんが、こまめに雑草狩りをしてほしいと思います。 クレプトマニアの自助グループについて 都内で始まった万引・窃盗癖に悩む本人のための自助グループ、「クレプトマニア・アノニマス」(KA)の情報 万引・盗癖ミーティング 病院(赤城高原ホスピタル)内の万引・窃盗問題ミーティング(MTM)に関する情報 クレプトマニア本人からのSOS このHPを見て、SOSを求めてきた主婦と院長とのメールのやりとり。ビジターへのお願い。 医学雑誌、「アディクションと家族」(季刊、2006年第3号、11月15日発行、家族機能研究所)は、「クレプトマニア」特集号です。 定価(税込)1,680円 で、(株)IFFヘルスワーク協会 オンラインブックサービス から購入できます。。「クレプトマニア」に関する日本語の文献はほとんどないので、何かお役に立てるのではないかと思います。 カナダの摂食障害治療グループによる、(摂食障害+万引)患者の行動療法パイロットスタディの結果は以下のようなものでした。 6人の(摂食障害+万引)患者に、8週間の行動療法を行ない、治療前、治療終了時、1ヵ月後、6ヵ月後に評価をした。6人中3人のみが治療プログラムを終了した。全ての対象患者で、自己評価の向上と、万引衝動のコントロール能力の改善を認めたが、万引頻度の減少を報告したものは1人のみであった。行動療法がこの種の患者に有効である可能性あるが,より長期のセッションと長期のフォローが必要かもしれない。(2005) 21例のクレプトマニア患者とその一等親、57例について、いくつかの心理検査を行い、64例の対照群と比較したところ、クレプトマニア患者群とその一等親群には、感情障害、不安障害が有意に多かった。(2004 Israel) (院長註)トパマックスは、日本では未発売のグルタミン酸拮抗薬。この薬剤は、片頭痛予防薬、抗てんかん薬として、アメリカで認可されている。日本では、現在、抗てんかん薬としての治験が進行中。さらにまだ研究段階だが、アルコール依存症治療薬、コカイン依存症治療薬、本態性振戦の治療薬、難治性双極性気分障害治療薬として、さらにダイエット剤としての可能性が有望視されている。(2003 Israel) ナルトレキソン(naltrexone、アヘン受容体拮抗薬)が有効であったという思春期クレプトマニア症例の報告。(2002 USA) クレプトマニアの治療としては、過去1世紀において、精神療法から精神薬物療法的介入への転換が見られる。認知行動療法に加えて、SSRIやそのほかの抗うつ薬、感情調整剤、オピオイド受容体アンタゴニスト(拮抗物質)などを用いた薬物療法が有望である。(2001 Israel) 精神療法に加えて、fluoxetineか paroxetine投与によって、効果があった5例を報告した。うち1例では、投薬中止によって、繰り返し盗みの再発が見られた。この所見は、クレプトマニアに対するSSRIの有効性を示すと共に、この疾患にはセロトニン系機構の機能不全との関連性があるという仮説を支持する。(1999 Israel) DSM-IVの診断基準に合致する「純粋なクレプトマニア群」37名と捕まったばかりの一般的な万引者群、50名を比較し、計画性、心理的偏り、盗品の必要性などの点で、両群に差がなかった。僅かに、窃盗の実行前の緊張感と、実行後の開放感がクレプトマニア群で高かった。(1997) 院長コメント:DSM-IV では、あたかも純粋なクレプトマニアと一般的な万引の間には明瞭な区別があって、万引はありふれているが、純粋なクレプトマニアは極めて稀であるというように書かれていますが、このページの初めの方(診断基準の項目)に書いたように、私自身は、これに疑問を持っています。この文献も、そのことを裏付けているように思います。 クレプトマニアにSSRIが有効であるとの最近の数件のレポートとは逆に、うつ病のSSRIによる治療中にクレプトマニア様の行動が見られた3症例を報告した。(1997 過食症患者には、自己破壊的な嗜癖行動を伴うことが少なくないが、中でも、反復される窃盗と処方薬の過量服用は、重症度の指標となる嗜癖行動であり、これらが単独の随伴嗜癖行動であることは少ない。(1993) 過食症患者を窃盗を伴う群と、窃盗をしない郡に分けて比較したところ、窃盗群は、幼児期の対人関係が希薄で、性的に早熟な結果性活動が活発で違法薬物の使用頻度が高く、また、強迫的で、強迫行動を儀式化する傾向があった。(1992) 過食症の万引者と過食症でない万引者を比較したところ、非過食症群のほうが、より早期に盗みを始め、過食症群より体重が多く、万引に関してより反社会的な理由をあげることが多かった。(1992) 疫学的データはないが、盗み行為と摂食障害とには関係があり、とくに過食症患者の過食行動との関連性が強い。盗癖の存在は、摂食障害の重症度の指標となりうる。一般人における盗み行為の頻度に関するデータが少ないことは、この種の調査の困難さのひとつである。(1995) 20例の厳格に診断されたクレプトマニア症例について、本人に構造化面接を行い、その家族歴を聴取した。全てのクレプトマニア症例が大感情障害の、16例が不安障害の、12例が摂食障害の罹患歴があった。31%の症例で1等親に大感情障害が見られた。感情調整薬投与を受けた18例中10例で、盗み行為の改善傾向が見られた。これらの所見から、クレプトマニアは大感情障害に関連があるか、感情障害圏疾患であると考えられる。(1991 USA) クレプトマニア研究のレビュー。クレプトマニアは感情障害に関連があるか、感情障害圏疾患であろう。(1991 USA) 窃盗癖の一部を精神疾患とみなすからと言って、筆者は「万引・窃盗」の犯罪性を否定するものではありません。違法薬物の乱用と依存症、違法ギャンブル常習、家庭内暴力、放火癖などには、犯罪という側面と、嗜癖性精神障害としての側面があります。有効な問題解決や予防のためには、法的取り締まりだけではなく、嗜癖治療が欠かせません。 DSM-IV の日本語訳の本文中の各疾患名には参考原文対照として元の英語疾患名が出ていますが、その「窃盗癖」の元の英語疾患名、「Kleptomania」はミススペリングで、「Kleptmania」となっており、 |
[ 151] 窃盗癖
[引用サイト] http://www2.wind.ne.jp/Akagi-kohgen-HP/Kleptomania.htm
