後日とは?
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執筆当時は不明であったことがわかったのは勿論、私めの勘違い等によって事実と違った点が明らかとなったのだ。 出来る限り訂正をしているが、幽霊見たり枯れ尾花的な事実が判明したときは、怪異譚としては成立しなくなる。こ これは当サイトが、超常現象を記すことが目的ではなく、いかに怖いあるいは不思議な話を構築するかを主眼におい がかおるちゃんの家に行ったとき、そこは同級生の早川君のお屋敷だったという。もちろん、その家にかおるちゃんという名の女の子はいない。 病室で寝ていたはずが、いつの間にか廊下に連れ出されており、必死で元の病室に戻ってみるとドアが消えていたと ここで、朱雀門めは「身体にまとわりついていた者が落ちると共にドアが現れた」としているが、実際には、「ドア これはかなり大きな違いであり、実際には肉体が経験していることではないような印象を受ける。所謂「幽体離脱」 と解すると幻想性は壊れず依然不思議な話であるが、無粋な解釈をすると次の項目に入れるものとなってしまう。 陣屋跡の奥にある墓地は、確かに十字架等の建ち並ぶ欧風のつくりである。門の雰囲気も夜中に見るとかなり恐ろし しかしながら、寮生は肝試しスポットとして利用し、肝試しキャンプまで決行していた。そして、怪異に遭ってい また、寮に残っていた、消えかかった「呪」という文字も新入生歓迎の「祝」という文字の名残りかもしれない。 都市伝説として、研究書『走るお婆さん』(池田香代子ら;白水社;1996)に詳しい。「手を振る少女」という 本話も体験談として語られているが、のっけから友人の友人から聞いたという典型的な都市伝説のパターンを踏襲し 都市伝説に詳しい方ならすぐに解ったと思うが、これは「オルレアンのうわさ」を下敷きとした「日本だるま」とい 「日本だるま」については、都市伝説の研究書『ピアスの白い糸』(池田香代子ら;白水社;1994)に詳しい。 バリエーションもいくつか収録されている。また、同書から、アメリカの都市伝説研究書『くそっ!なんてこった』(J.H.ブルンヴァン;新宿書房; 1992)の「手足を切断された花嫁」やヨーロッパの都市伝説研究書『ジャンボジェットのネズミ』(ロルフ・W・ブレードニヒ;白水社;1992)の「き 死体を何度も外へ埋めるのだが、主人公が寝てしまうといつのまにか死体がテントに入ってきているというもの。 「恋人に会いに来る死体」と同様、写真を撮るのだが、ラストにそれが画面に出る。死体を担いでハッとする渡辺さ この話については、不思議なことに更に古い類話があると、「続・何度も雪の中に埋めた死体の話」で後日譚を紹介 写真1は、トドウラの玄関前を撮影したものである。このロータリーは「出口」の看板を除いて記憶にある限り当時 ここでタクシーが止まり、一旦ドアを開けるものの誰も下ろさず、ロータリーをこちらに回って出ていくところが何 残念ながら私はその光景を目撃したことがない。ロータリーの中心に佇む松はその場に居続けているが、証言者には これも上の内容にあるとおり、三月十二日に撮影したものだ(写真2)。写真1では玄関から撮影しているが、写真 『トドウラの怪談 三』にある部室のポスターもなければ、そこへと到る外部階段もない。その階段は右側面の最も 九月二十一日、弘前市の正伝寺を訪ねた。ここには、「渡邊金三郎断首図」(写真3)という知る人ぞ知る掛け軸が収納されている。人 り口側にあった。学会の最中で、昼休みに訪ねたが、単なる好奇心で行ったというのもあるし、カメラも持ち合わせ ず、件の掛け軸を写メで撮るというのも不謹慎なので、中に入りはしなかった。とりあえず、ここだという証拠写真だけを撮って帰った(写 |
[ 117] 蛇足的後日譚
[引用サイト] http://www.geocities.jp/isuzakumon/sequel.html
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その後、3度ほど業者が来てバスタブとバスルーム全体をチェックし、「バスタブを取り替えた方がいいですね」といったのは11月のことであった。その業者から、バスルームの3つの構成要素、つまりバスタブ、トイレそして洗面台は同じ色のもので揃えるのが当たり前だと教えられた。我々が借りている家のバスルームの構成要素の色は時代遅れですでに生産されてなく、バスタブを取り替えるということは、トイレも洗面台も一緒に取り替えることを意味するともいわれた。 当初、「新しいバスタブが使えるぞ」と喜んだものの、なかなか業者からの次の連絡がこなかった。この間、風呂に入れなかったかといえば、決してそうではなかった。バスタブの底に開いた小さな穴が水漏れの原因だったので、そこをビニールテープでふさいでしまえば元通り風呂を使うことができたのである。 最後の業者が来てから1ヶ月過ぎても2ヶ月過ぎても連絡はなかった。もちろん不動産屋に催促することも考えた。しかし、自分が大家なら、テナント(借り手)が住んでいる時にあえて新調しなくても、そのテナントが出ていったときに新調して、次のテナントが契約するときに、「風呂を新調したんですよ」といって家賃をつり上げた方がいいだろうな、と考えたりすると、催促する気持ちが強くおきなかった。もちろんそれは冗談としても、今までと同じように風呂に入れるということ、どうせ長く住むわけではないということが、催促の気持ちを萎えさせた。 そんなこんなで、不動産屋への最初の連絡から3ヶ月以上過ぎた2月中旬、不動産屋から1本の電話が入った。 『おっ、やっと始まるな』と思った。もしこれが日本なら「やっと特別注文の新しいバスタブが完成しましたか」と皮肉をいっていたところだが、何しろ英語ではそんな皮肉も出てこない。第一、今でも電話口で2度話してもらわないと相手の意味が理解できないのだ(ホントに情けない)。 小生、いずれにしても工事を始めるといっているのだから何でもいいかと思い、「わかりました」と答えて受話器を置いた。 するとシーラは「バァーイ」といって電話を切った(この「バァーイ」のイントネーションを文字で表現できないのは惜しい。当地の方々特有の、気持ちのいいイントネーションだ)。 ここで初めてサイディが曜日の一つでありアバディーン訛りではなかったかと気付いた。シーラはフライディといったのだ。それが小生にはサイディと聞こえたに違いない(ということにしておこう)。 マイケル・カー(Michael Karr)は以前にバスルームをチェックしていった業者だ。彼は2階にあるバスルームに入ると早速作業を開始した。 それにしても朝8時に来るとは早過ぎる。我が家ではまだ朝食の真っ最中で、これから歯磨き、身支度と、バスルームが忙しくなく時間だ。そう、バスルームには、バスタブの他に、トイレと洗面台があるのだ。そのバスルームがマイケル・カーの職人さんに占拠されてしまったのである。 ほどなくしてトムソン(N.A Thomson)という業者もやってきた。彼もバスルームに入り、そして小生のところに来て、「水の元栓を閉めて工事します」と告げた。 『こんなことになるなんて知らなかった。だったらどうしてシーラは電話で教えてくれなかったのだろう』と思っても後の祭り。 さて困ったのはトイレと水だ。水を飲まなければトイレにも行かない、なんてことはなく、正常な体ならばトイレに行きたくなるものだ。近所には公衆トイレもない。子供達は学校に行っているので問題はない。家にいる小生とかみさんが困ることになった。 そこで、何か用を見付けては「アスダ(ASDA)に行って来る」ということになった。アスダはスーパーマーケットだ。そこには顧客用トイレがあった。 水も出ないので、アスダでミネラル・ウォーターも調達した。当地では、ミネラル・ウォーターは格安で、アスダでは5リットルで99pのものがある。これを1本調達した。 二人の職人さんは、黙々と作業を進めている。マイケル・カーの職人さんは床まわりを張り替えている。トムソンの職人さんは、古いバスタブ、トイレ、洗面台をはずし、新しいものに取り替えている。11時頃にそれぞれがどこかに行き、30分もすると帰ってきて、また黙々と仕事。これが日本でいう「職人さんの10時の休憩」らしかった。その後も決まって11時頃に作業を中断して休憩していた。『昼食はとらないのだろうか』と思っていると、職人さんは1時過ぎに自分の自動車に戻ってサンドイッチを食べていた。あとから思えば、キリのいいところで昼食を取っているようだった(それが2時過ぎのこともあった)。それが終わると再びバスルームに入り黙々と仕事。そのあとは休憩などなし。その仕事ぶりを見ていると、日本の職人さん以上に黙々と仕事をするといった印象だ。 4時過ぎ、マイケル・カーの職人さんは、床まわりの張り替えが一段落したのか「明日また来ます」といって帰っていった。一人残されたトムソンの職人さんは、黙々と取替作業をしている。彼がバスタブとトイレを設置し終わり、「洗面台は明日取り付けます。トイレが使えますよ」といって帰ったのは午後5時をまわっていた。 翌日、マイケル・カーの職人さんは8時に来宅。トムソンの職人さんは9時に来宅。この日はトムソンの職人さんは、早々に洗面台を取り付けて帰っていった。マイケル・カーの職人さんは、バスルームの隣のベッドルームの床にまで水漏れの影響が出ていたため床の一部を張り替えて、「来週の月曜日にまた来ます。風呂には入れますよ」といって5時頃帰っていた。 作業3日目。マイケル・カーの職人さんは例によって朝8時に来宅。この日はバスタブのまわりのタイル貼りと最後の点検。1時半、すべての作業を終えて職人さんは帰っていった。こうして、わずか2日半の作業を経て、バスルームは見違えるようにきれいになった、ただ一点を除いては。 「温泉気分」のページでも触れたことだが、当地のバスルームにはカーペットが敷いてある。今回の作業で古いカーペットが外された。そのカーペットを見た職人さんは「これ、どうする?」「捨ててもいいなら持って帰るよ」と提案した。それだけ汚れていたということだ。しかしこの家のテナントである我々は、基本的には入居したときと同じような状態で退居しなければならない。そうだとすれば、いくら汚れているカーペットでもそのまま残しておくのが筋である。とはいえ、カーペットのウラには一面シミやらカビのようなものが付いていて、それを見た途端、自腹を切っても新しいカーペットに替えたくなるほどだった。 あれこれ考えあぐねた末、新しいカーペットを購入することにした。ということは、テナントが新しいカーペットに替えるという意思決定をしたことになるのだから、費用はテナントが負担することを意味する。 当地にはカーペット専門の大型店がたくさんある。店内には見たこともないような大きなロール状のカーペットがデンと置かれ、それを客の注文に合わせて切り売りするようであった。最初に見た専門店のカーペットはとても購入できるような金額ではなかった。そこで、何かとお世話になっているDIY専門店のB&Qに行ってみると、ナント、バスルーム・カーペットという代物が売られていたのである。『なるほど、さっき見たのはリビングルームなどに敷くカーペットだったんだ』と合点がいった小生は、ちょうどいい大きさのバスルーム・カーペットを購入した(150×180センチで£22程度)。このカーペットはポリエステル製で、水はけも良く、しかも洗濯可能(でもどうやって洗濯するのだろう?)。何より「DIYが簡単」という誘い文句につられてこれを購入した。 さて次の作業は、バスルームの床の形に合わせてカーペットを成形することであった。専門業者に頼めば人件費がバカ高いという情報を得ていたし、当地は何でも自分でやる国である。失敗を覚悟の上で寸法を測り、カーペットを切り始めた。自慢ではないが、小生、カーペットを張る作業など今までしたことはない。 作業開始から2時間後。初めてにしては、そして小生がやった仕事にしては上出来の仕上がり具合だった。ぴったりフィット。それにしても当地に来て、ガソリンは自分で入れるし、芝刈りをし、窓拭きもし、さらにカーペットを張ることまで経験した。『小生、何しにアバディーンに来たんだろう?』と思わないでもないが、一方で、日本では経験できないことばかりなので面白さの方が優っているし、いずれも何となくうまくいってしまうものである(帰国後、こんな小生の自慢話の犠牲者が何人か出るだろう)。 初めての不動産屋への連絡から3ヶ月半後、晴れて我が家のバスルームは、見違えるようなバスルームに生まれ変わったのであった(やれやれ)。[23/Feb/2000] |
[ 118] 「温泉気分」後日譚
[引用サイト] http://www.ipc.hokusei.ac.jp/~z00153/feb_3.html
