堂本とは?

堂本 剛(どうもと つよし、1979年4月10日 - )は、奈良県奈良市出身のアイドル、歌手、俳優、タレント、シンガーソングライター。ジャニーズ事務所所属。血液型AB型。愛称はつよ、つよちゃん、どつよ。身長165cm。
1992年、同事務所所属の堂本光一と2人でグループを結成。1993年4月4日、テレビ番組「KISSした?SMAP」にて初めて「KinKi Kids」のグループ名を発表。1997年にCDデビュー。堂本光一と名字が同じなのは偶然で、血縁関係はない。
6歳上の姉が履歴書をジャニーズ事務所に送り、事務所入り。それ以前(小学校1年〜6年)は、大阪市北区にある児童劇団『劇団アカデミー』に所属し、堂本直宏(なおひろ)の芸名で子役として舞台・ドラマ・CMなどに出演していた。北島三郎の舞台では親子役で共演したり、事務所入所前に「堂本直宏」として国分太一などの一部のジャニーズタレントと共演した等のエピソードがある。ちなみに「直宏」という芸名の由来は、姉の初恋の人の名前から。
歌唱力は「ジャニーズ随一」と言われるほどで、過去にマイケル・ジャクソンから「君は歌が上手い」と評価された事がある(J-FRIENDS名義で活動している時、マイケルに曲を提供してもらったことがきっかけ)。
KinKi Kidsとしてデビューする以前から、いち早くドラマの主題歌でソロの楽曲を披露していた(後にKinKi Kids名義、堂本光一ソロ名義の曲もドラマの主題歌となった。当時の歌は『A album』に収録されている)。
2000年夏のコンサートツアーにて、ナゴヤドームでの第一部公演の途中に、過呼吸の大きな発作に見舞われる。また、2003年5月のコンサートの途中でも体調不良によって倒れた事をきっかけにして、同月、公式携帯ウェブサイトにて、自ら過換気症候群(過呼吸症候群、パニック障害)であることを告白した。しかしそれまでにも、2002年の1stソロアルバム『ROSSO E AZZURRO』収録の自作曲『Panic Disorder(和訳すると「パニック障害」)』や、著書『ぼくの靴音』の内容からも、パニック障害の発症を告白しているという向きがあった。 尚、その後の記者会見で「6年前(1997年頃)から病気と闘っている」と発言。
2002年5月29日にソロデビュー。ソロシングル・アルバムとも、ほぼ全ての曲を自身で作詞・作曲している。
2005年12月よりENDLICHERI☆ENDLICHERIというソロプロジェクト活動を開始した。シングル『空が泣くから』でソロでは通算5曲連続初登場首位獲得。オリコンシングルランキングにおいて、名義違いでの1位獲得数が最多である。(5名義:KinKi Kids、堂本剛、J-FRIENDS、トラジ・ハイジ、ENDLICHERI☆ENDLICHERI)
相方の光一との共通項は、家族構成、姉が履歴書を送ったことが事務所入りのきっかけであること、人と目を合わせるのが苦手(特に女性とは)なことなど。
バスケットボールが得意。自身の冠番組である「正直しんどい」では、経験者の山里亮太や安田美沙子らと共にしんどいチームとして何度か試合もしている。
基本的にボケ側であるが、相方の光一が天然ボケなために番組内ではツッコミをしなくては収拾が付かない場合が多々ある為、最近ではボケとツッコミをその時々でこなすようになった。
タッキー&翼が『堂本兄弟』に出演した際、堂本剛のイメージを聞かれ今井翼は「ベストジーニスト」、滝沢秀明は「クマのぬいぐるみ」と答えた。
KinKi KidsのライブMCでは突然ドラムやキーボードの演奏を始めたり、ボクシングパフォーマンスを始めたりと自由な行動が多い(相方の光一は「君は本当に自由やな!」「俺はどうしたらええんや」などと文句を言いつつも、大概はニコニコしながら眺めている)。
延々と自分の髪の毛を触る癖がある。この癖は後に落ち着かなくなると自分を落ち着かせる為に出てくると告白している。
恋愛観は本人自らも女性的であると語っている。また、好みの女性感もマニアック過ぎるせいか、周りから同意されることが少ないらしい。
漫画電影少女の「あい」や、宮崎アニメの主人公「ナウシカ」が好きだったらしい。好みの女性のタイプをあげるときにはよく「このアニメのこのキャラクターがいい」と例に出す。本人曰く(アニメキャラに恋することも)「これもれっきとした恋」。
高所恐怖症にして飛行機恐怖症。密閉されている感じが嫌だとのことで、新幹線もあまり好きではない。かつてはバラエティ番組などで、極度の高所恐怖症をネタにして、ジェットコースター乗りなど(本人にとっては)過酷な企画に挑戦していた。飛行機では恐怖から逃れるため、前日は徹夜などをして必ず眠るようにしている。飛行機に乗っている間はシートを倒さずシートベルトをしたまま離陸前に眠り、飛んでいる間に起こされないようにしている。
芸能界活動に対する自身のストレスから、CDデビューしたての頃に過呼吸を発症。2003年に行なわれた「Dome F Concert」追加公演の実施直前に、ジャニーズオフィシャル携帯サイト「Johnny's web」にて、自身の過去6年に及ぶパニック症候群を告白した。また、ENDLICHERI☆ENDLICHERIのライブMCにて「18歳からの5年間死にたいと思っていたこと、死にたい、死ねない、死にたい、死ねない、死にたい、を繰り返していた」と告白。
イラストを描くことが得意。著書やオフィシャルグッズ、『新堂本兄弟』『堂本剛の正直しんどい』などで披露しているほか、ENDLICHERI☆ENDLICHERIのシンボルキャラクター「Sankaku」もデザインしている。1枚目のアルバムROSSO E AZZURROのジャケットイラストも手がけており、自身でデザインやプロデュースしたライブグッズ等も多い。
釣りが好きで、撮影の合間やプライベートでスタッフと釣りに行くことがある。しかし多忙で行けなくなり、そのため魚を家で飼い始めた(本人談)。
ものまねが得意で、『(新)堂本兄弟』でチャン・ドンゴンが叫んでいるCMの物真似を披露していた。また、ダンカンをバカヤロウ!と叱るビートたけし、若井おさむ(アムロ)、ペ・ヨンジュンもレパートリー。その他ライブMCなどで様々な物真似を披露している。
お笑いが好き。特にダウンタウンの大ファンで、ジャニーズ事務所に入る以前の小学校の頃は、吉本興業への進路を希望していた(『HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP』にて)。本人の意向かは不明だが、『正直しんどい』や『堂本兄弟』にもお笑い芸人のゲストが多い。
とても動物好きである。虫以外の動物(哺乳類、爬虫類、魚等)を見るとコミュニケーションをとろうとする。虫も、怖いとか触れないということはない。
漫画好きで、『ろくでなしBLUES』に登場させてもらった事がある(作者の森田まさのり氏は『正直しんどい』のオープニングにアニメーション用イラストを提供している)。他には『ドラゴンボール』も好きで、『堂本兄弟』で作者の鳥山明について語ったり、ラジオなどでドラゴンボール絡みのネタを話すことも少なくない。
故郷の奈良をこよなく愛する。ENDLICHERI☆ENDLICHERIのアルバム名(ライブ名)が「NARA」の折句になっていたり、「奈良は自分の原点」「老後は奈良に帰ってお寺巡りをしたい」「奈良の大仏の前でいつかライブをしたい」「楽曲を作るときのイメージや哲学を思うとき、いつも奈良が顔を出してくる」と奈良にちなんだ発言も多い。
私物のギターは30本以上あり、アンプやエフェクターも多数揃えている。新しく買ったギターは抱いて寝たりもする。ラジオ番組でリスナーから「どうして抱いて寝るんですか?」「壊れたり傷んだりしないんですか?」と質問が来た際に「匂いが落ち着く」「僕は寝相がいいから大丈夫です」と答えている。
自身の音楽やプロデュース内容にこだわりがあり、スタッフや事務所、時には相方の光一との折衝も辞さない。楽曲発表のタイミングが狙いと外れたり、サプライズを狙って秘密にしていた内部情報がインターネットや新聞などのメディアや噂によって事前に外部に漏れてしまうことなどによって、企画や音楽そのものが勢いをなくしてしまうことを嫌っている。
愛という言葉や概念に思い入れがあり、家族や自分の大切な人間に対する愛、自分に向けられる愛を大切にし、音楽などによって自らも愛を発信していきたいという主旨のことを、MCやインタビューなどでよく口にしている。
本人は、「“芸能人”というよりも、“一人の男性”として、生活をしていきたい」、「自分のありのままを見せ、その姿を好きになってもらうことで、自分とファンの関係に意味が出てくる」という考えを持っている。よって、時には過激な格好やヘアスタイルをしたり、ライブMCで自分の率直な本音を語るなど、通常のアイドルから逸脱した行動を行なうことがよくある。だがその本音を語る部分で、最近では男性からも少なからず支持を集め出している。
ミニチュア・ダックスフンドを飼っていて、名前はケンシロウ。雑誌のグラビアなどにも本人と共にたびたび登場している。名前は好きな漫画である『北斗の拳』の主人公から取った。ミニチュアながら通常のダックスフンド並に大きいらしい。
魚好きで魚に詳しく、家で熱帯魚・大型魚をはじめとする様々な魚をたくさん飼っている(本人曰く、水槽は最大180cmのを含め、6本以上あるらしい)。ソロワークプロジェクトネームにもなっている、ポリプテルス・エンドリケリー・エンドリケリーは40匹近く飼っている。
母親思いとして知られる。ENDLICHERI☆ENDLICHERI名義の楽曲『ソメイヨシノ』は、一緒に花見をした際に母親が何気なくつぶやいた「この桜、あんたとあと、何回見られるんやろなあ」という一言から、その“老い”を感じた彼の想いが込められた曲である。
本人曰くおじいちゃん子だったそうで、祖父が生前入院していた頃は、一番忙しい時期であったにもかかわらず暇を見つけてはお見舞いに行き、亡くなってからも毎年奈良までお墓参りに行っている。
2004年度のベストジーニストに選ばれた。2005年には女性誌「SEDA」の表紙を飾ると共にモデルデビューも果たした。(同誌が表紙に男性タレントを起用するのは初)
感受性と霊感が非常に強い。そのため、母親にお寺でお祓いしてもらったブレスレット・茶色い数珠を、ほとんどいつも身に付けている。
以前母親に貰った羊を象った手作りのネックレスを失くしてしまったため、後日母親と一緒に買い物に行った時に見つけたという金色のカメのペンダントを、撮影時も含めほとんどいつも付けている。
洋服の色で好きなものは紫、緑、ピンクなど(特に、ショッキングピンクなど彩度の強いもの)。周りと同じが嫌いで、好んでいた服装や色でも流行り出すと興味がなくなる。
私服は個性的すぎて、堂本剛だと認識される以前に不審者と間違われたことがある。また、外に出る時に変装のたぐいはしないが、その派手さのせいか、却ってあまり声をかけられない。(雑誌インタビューやライブMC、音楽番組など)
頻繁に髪型が変わる。アシンメトリーヘアー、ピンクやオレンジなどの派手なメッシュ、片側だけ刈り上げるなど、個性的な髪型が多い。本人曰く、「女性受けしやすい髪型をしてる時は女性共演者やスタッフによく食事に誘われるが、そうでない時は全然」とのこと。
ソウル、ファンク、ブルースなど主にブラックミュージックを好む傾向あり。アフリカの音楽や民族楽器にも魅力を感じていると言う。中でもお気に入りはジミ・ヘンドリックスで、『正直しんどい』のオープニングでも楽曲が使われている。
フジテレビ「LOVE LOVE あいしてる」で共演し、現在も親交の深い吉田拓郎は、彼について次のように語っていた事がある。「他人を傷つける前に、その場から消えてしまう。剛はそう云うヤツだ。彼の存在は自己主張が強すぎて「ムシアツイ」青春を送った僕を「癒して」くれる。だから僕は堂本剛を信じている。」
Mr.Children・CHAGE and ASKA・DREAMS COME TRUE・椎名林檎のファン。中でもドリカムとは交流が深く、KinKi Kidsへの曲提供、プライベートでライブを見に行く、3人で会うことなどがある。『堂本剛の正直しんどい』にて、3人でゲリラ的にストリートライヴを行った。
ポルノグラフィティの岡野昭仁と交流がある。音楽番組で共演した際、岡野から釣りに誘われていたが、先日、メールのやり取りをしていた流れでそのまま急遽夜中に二人でお台場で釣りをする事になり、夜明けまで楽しんだらしい。(岡野が自分のラジオで発言)『堂本剛の正直しんどい』に岡野が出演した際にもプライヴェートでは音楽的な話題で語り明かしたりしたなどと語っていた。
西川貴教と仲が良い。2人で食事をしても、会話がいわゆる「ボケ合戦」になり、熱中するあまり「ご飯が減らへん」と言う状態になるらしい。(「新堂本兄弟」より)
お笑い芸人の友人が多い。ココリコの田中直樹とエネルギーの森一弥とは番組で共演して以来大変仲がよく、親友として本人が名前を挙げている。 ココリコの2人とも交遊がある。遠藤章造は自ら『堂本剛の正直しんどい』のフリークと名乗り、同番組に何度か出演した際にはマニアックな知識を披露したりしている。
ジャニーズの同僚では、TOKIOの長瀬智也、タッキー&翼の今井翼、V6の岡田准一、井ノ原快彦と仲が良い。松岡昌宏には「オレの癒しは、森田剛と堂本剛だね。一緒にいると、なんか落ち着く。」と言われた事も。
NEWSの山下智久とはよくメール交換する仲。誕生日が一日違いのため、お互いの誕生日にはお祝いのメールをやりとりする。山下には「メールにハートマークは使わないほうが…」と「(新)堂本兄弟」で指摘されてもいた。
後輩に尊敬する先輩としてよく名前をあげられる。関ジャニ∞の渋谷すばる、安田章大や丸山隆平、Hey! Say! JUMPの八乙女光、ジャニーズJr.の 戸塚祥太、浅香航大、二階堂高嗣など。渋谷は公式サイトの日記や雑誌インタビュー内でたびたびそのファン振りを告白している。「事務所に入所したばかりの頃に『堂本剛のDO-YA』で競演をして剛君を見て同じ関西人にこんなにかっこいい人がいるのかと思った。」、「ジャニーズ運動会の楽屋に挨拶に行こうと思ったが緊張しすぎてなかなか行けずにいたら剛君の方から挨拶してくれて感激した。」、「剛君と楽屋で話した際、緊張しすぎて自分からは何も話せなかった。」などのエピソードも数多く語っている。去年、今年と行なわれたENDLICHERI☆ENDLICHERIのライブ会場へも何度か足を運んでいるのも目撃されている。戸塚は髪型を真似したというエピソードなどがある。また、請われて、後輩へ曲を提供する事も多い。今井翼、二宮和也、岡田准一、KAT-TUNなど。
本人曰く、「不完全なライブだった。」との事。まだKinKi Kidsのステージの影響があり、MCも長かった。
「FIRST LINE」の意味は、「自分が初めて、自分の思うとおりのことが出来た。そのスタートラインの意味を込めた。」との事。このライブより、本人がステージ上で本音を喋り始めるようになった。また、このライブより、ソロライブは1日1公演となる。
横浜公演は、FC会員を対象に募集した有料公開リハーサル(リハーサルの為、グッズ販売は無かった)。また、各公演(横浜を含む)にステージ上に「スーパーシート」を作り、「スーパーシート・バージョンアップ」と銘打ち、当日来場した観客の席番号を抽選し会場ロビーに掲載、その対象座席の観客を無料で招待した。招待された観客は、通常の座席とは違い、ステージを間近で、しかも左右に回転する特別な客席を堪能出来た。
ENDLICHERI☆ENDLICHERI(エンドリケリー・エンドリケリー)は、堂本剛のソロワーク・プロジェクトである。名称はポリプテルス・エンドリケリー・エンドリケリーという、アフリカ産の古代魚からとった。由来は「『たくさんの羽をもつ』という意味の名前なので、自分の音楽も羽に乗って沢山の人の心に届くように」「大変臆病な気質の魚で、それが自分自身にも通じるから」。愛称は「エンドリ」「エンさん」「ドリー」「ケリー」などいくつか候補があったが、紆余曲折を経て「ケリー」に落ち着いた(ライブの煽りなどでも用いられる)。
この名前をつけるに当たり、本人は「『堂本剛』という名前だと、必ず『堂本剛=KinKi Kids』というアイドルとしてのイメージがついてしまい、いくら音楽に力を注いで作品を作っても大衆はそう受け取ってくれないことが多いため、そのイメージを切り離したくて別の名前を名づけた」と語っている(相方の光一も、過去に似たような理由で作詞作曲を覆面名義にしたことがある)。つくられた“偶像”としての自分ではなく、ありのままを表現し、見てもらいたいという思いも込めていると言う。ただしアイドルというものを否定しているわけではなく、「“KinKi Kidsの堂本剛”である事もとても誇りに思っている。そのような活動ができることに感謝している」「僕はKinKi Kidsが大好きだ」とも発言している。
本人の意向により、KinKi Kidsの持つ2本のラジオ番組では楽曲を一切流さない、KinKi Kids公式サイトやファンクラブ会報誌等への活動掲載を行なわない(会報誌上で、スタッフのコメントより「会報では、ENDLICHERI☆ENDLICHERIに関する掲載は行なわない。」ことを明言した。)、KinKi Kids名義で出ている雑誌(アイドル雑誌など)では話題を出さない、レコード会社やコンサート事務局を事実上分社扱いにするなど、KinKi Kids名義の活動とは完全に切り離した活動を行なっている。また、ジャニーズ事務所所属タレントとしては珍しく、音楽雑誌『B-PASS』や『音楽と人』などに登場している。本人は「ENDLICHERI☆ENDLICHERIをライフワークにしたい」とも語っている。
余談だが、『ソメイヨシノ』の発売時、楽曲への評価の前に、ジャケットに用いられた魚(ポリプテルス・エンドリケリー・エンドリケリー)に関して魚マニアからの問い合わせが多かったと、笑い話として後に本人が語っている。
2005年12月、3日間限定でEDWINとコラボレーションし、Tシャツ販売や大規模な広告設置などを行った。この時点では敢えてTVなどへの露出を控え、広告も自身がデザインしたロゴマークとシンボルキャラクター「Sankaku」のみで顔を出さなかった。これは「何となく記憶に残させて浸透させる」という“記憶の中での繁殖”を意図した試みである。
2006年春には横浜のみなとみらいに作られた特設会場で、2ヶ月・計46公演に及ぶロングライブを実施。ライブグッズとして、楽曲や「Sankaku」をモチーフにしたパンが販売された(このようなライブグッズは、ほとんどが本人が発案している。ただし「最終的なクオリティーを決めているのは僕じゃない」とのこと)。このライブが好評を博し、夏には同会場で追加公演が計30公演行われ、更に本人からの希望もあり再追加公演として秋の24公演を実施し、通算100公演を行った。
2007年は初頭からシングル、アルバム、DVD2種を発売。ライブも仙台公演や東京公演を実施するなど、精力的な活動を行っている。3月18日には小林武史主催のイベント「AP BANG! 東京環境会議」にシークレット・ゲストとして登場、小林のピアノ伴奏による「ソメイヨシノ」を披露した。この模様は後日、フジテレビ系特番「ENDLI☆TV」にて小林との対談と合わせてOAされた。
プロジェクト始動から、ライブ「The Rainbow Star」全100回公演を追ったドキュメンタリーDVD
会場:仙台宮城野区特設会場 「endli9. fun9. la9」(エンドリック・ファンク・レイク)
妻そして女シリーズ(19)・心霊ドラマスペシャル(4)「悪夢の後」 (1987年8月17日 - 8月28日、毎日放送)
ダウンタウン物語 (1987年10月20日、第3話に出演。毎日放送)回想シーンにて浜田雅功の子ども時代役
妻そして女シリーズ(31)「砂上の家族」 (1988年9月26日 - 11月25日、毎日放送)レギュラー出演
ぼくらの勇気 未満都市 (封印作品、日本テレビ系:1997年10月18日 - 12月20日) タケル役
to Heartの時枝ユウジ役でカメオ出演。俊平(堂本光一)の住むアパートの住人に花の配達をする役。
向井荒太の動物日記〜愛犬ロシナンテの災難〜 (封印作品、日本テレビ系:2001年1月3日 - 3月17日) 向井荒太役
金田一少年の事件簿SP 雪夜叉伝説殺人事件 (日本テレビ系:1995年12月28日) 金田一はじめ役
おはようパーソナリティ道上洋三です (1988年1月、「こどもの詩」のコーナーで作文を読んだ。ABCラジオ)
ニンテンドーゲームキューブ 『ドンキーコングジャングルビート』 (2004年12月 - 2005年1月)
伊集院静との共著。伊集院の文章に剛がイラストをつけ、雑誌『Person』で連載されていたものの単行本。
バラエティ番組『堂本剛の正直しんどい』から生まれた初のソロ写真集。番組のテーマでもある“年上の恋人とのデート”を想定したハワイデート旅行編。
カテゴリ: 雑多な内容を箇条書きした節のある記事 - 2007年10月27日 | ジャニーズ | KinKi Kids | 日本のシンガーソングライター | 日本の俳優 | 奈良県出身の人物 | 1979年生

[ 1] 堂本剛 - Wikipedia
[引用サイト]  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A0%82%E6%9C%AC%E5%89%9B



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