メートルとは?
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メートル(フランス語:metre, 記号m)は、国際単位系(SI)における長さの単位である。SI基本単位の一つである。日本語では、原語であるフランス語読みのメートルの他に、英語からきたメーター(英:metre, 米:meter)と言うこともあり、漢字で「米」と書かれることもある。 1メートルは、現在は1秒の299 792 458分の1の時間(約3億分の1秒)に光が真空中を伝わる距離として定義されている。 メートル(metre)という名称は、「ものさし」を意味するギリシア語のμ?τρον metronに由来し、メーター(meter)などと同一語源である。 国際単位系の接頭辞と組み合わせて、メートルから派生する多くの単位が使用されている。よく使われているのは次のような単位である。 倍量単位については、定義上はメガメートル(Mm)、ギガメートル(Gm)などもありうるが、大きな長さについては天文単位、光年、パーセクなどの慣用の単位が使用されたり、指数表記されたりすることが多い。 メートルが初めて規定されたのは1791年、フランスにおいてだった。前年の3月に国民議会議員であるタレーラン=ペリゴールの提案によって、世界中に様々ある長さの単位を統一し、新しい単位を創設することが決議された。当初はイギリスとの協同で進める予定であったが、この事業はフランス革命の一環であり(各地での度量衡の単位が異なることは、打破すべき旧体制−アンシャン・レジーム−のひとつであった)、同様の革命が自国にも波及することを恐れたイギリスの参同が得られず単独で行うことになり、フランス科学アカデミーに委員会が設けられた。 自然科学に根拠を持ったものでなければ世界で共通に使ってもらえないということで、委員会では以下の3つの案が検討された。 これらはほぼ同じ長さであるが、その元となったのは、ヨーロッパ各地で使われていた、キュビットの2倍のダブルキュビットに由来する単位であった。 第3案は、地球の重力が場所によって異なることと、長さの定義に時間を使わなければならないということで却下された(ただし、現在のメートルの定義には秒が使われている)。第2案も、赤道上には海上区間や熱帯地域が多く測量が困難ということで採用されず、委員会は第1案を国民議会に答申した。それを受けて、1791年3月の国民議会で1案が正式に採用された。 1795年、ニコラ・ルイ・ド・ラカーユの測定値に基づいて暫定的に「メートル」の長さを定め、黄銅製の仮の原器を作成した。1792年より、北極から赤道までの長さを実際に測量することとなった。しかし、その長さを実際に測量するのは不可能に近いので、パリを通過する同一経線上にあるフランス北岸のダンケルクからスペイン南岸のバルセロナまでの長さを三角測量を繰り返して計測し、その長さと両都市の緯度差から北極から赤道までの長さを求めることとした。測量が行われたのがフランス革命の直後でまだ政情が不安定であったこと、スペインもフランスと対立していたこと、さらにほとんどが山岳地帯であったことから測量は困難を極めた。スパイと間違われて逮捕されたり、命を落したりした者もいた。測量には7年かかり、1798年に終了した。この測量結果を元にしてメートルの長さが正式に定められ、1799年に白金製の正式な「メートル原器」が作成された。この原器は、国立史料館に保管されたことから「アルシーブ(Archive)のメートル」と呼ばれる。質量も、このメートルを基準として、1立方デシメートルの水の質量が1キログラムと定められた。これに時間の単位秒を加えて新たな単位系メートル法が作られた。 1870年、全世界の単位をメートル法に統一するメートル条約を締結するための会議で、単位系の基準はメートル原器とすると定められたので、メートルと地球の経線の長さとの直接の関連はなくなった。1875年にメートル条約が締結された。日本は1886年(明治19年)にこの条約に加入した。メートル条約を受けて、各国で使用するためのメートル原器が30本作られた。このメートル原器は白金90%、イリジウム10%の合金で、発案者の名前から「トレスカの断面」と呼ばれるX字形の断面をしている。両端附近に楕円形のマークがあり、その中に3本の平行線が引かれていて、0℃のときの中央の目盛り同士の間隔が1メートルであると定められた。30本のうち、"No.6"の原器が「アルシーブのメートル」の長さに最も近かったため、これを「国際メートル原器」とした。1889年の第1回国際度量衡総会において他の原器がくじ引きで条約加盟各国に配布され、国際メートル原器との差が伝えられた。例えば日本に配布されたものは"No.22"で、国際メートル原器との差は0.78μmである。 国際メートル原器という「物」を基準にした定義では、メートル原器の紛失、焼損などのおそれがある。さらに、国際メートル原器と比較しなければメートルを決めることができず、どこにいても1メートルの長さを現示することのできる普遍的な定義が求められるようになった。また、メートル原器によるメートルの長さにも問題があった。測量技術の進歩により、再度地球の経線の長さを計ってみると、本来なら10 000 000メートルとなるはずの北極から赤道までの長さが10 002 288メートルであることがわかった。また、基準となる目盛り線自体に幅があるため、その幅分だけ誤差が生じることになる。 普遍的でより精度の高いメートルの定義として光の波長を使用するという発想が、ジェームズ・クラーク・マクスウェルの1873年の著書『電磁気学』の中で初めて示されている。1892年、国際度量衡委員会は光の波長を用いた長さの基準の研究をアルバート・マイケルソンに依頼しており、彼は自身の考案した干渉計でカドミウムから出る赤色の光の波長を求めて、光の波長を元にしたメートルの定義が可能という研究結果を発表した。どの原子を使用すれば良いかの議論の末、1960年の第11回国際度量衡総会において、「クリプトン86原子の準位2p10と5d5の間の遷移に対応する光の真空中における波長の1 650 763.73倍に等しい長さ」という新しい定義が採択された。 その後、光速度の測定精度が高まったこと、長さの測定精度が時間の測定精度と比べて劣っていたことから、1983年の第17回国際度量衡総会において、光速度を基準とする現在の定義が採用された。 漢字では「米突」の字が宛てられており、ここから「米」一字だけでメートルの意味を表すようになった。日本では明治時代、中央気象台(現気象庁)が「米」を偏とする以下のような倍量・分量単位の漢字を作り、1891年から各気象台で気象観測の月報などに使用して、一般にも広まった(第二次大戦中に敵性語を使わないようにするために作られた、と書いている書物もあるが、これは誤りである)。一部は中国でも取り入れられている。 デシメートル(dm) -- 粉(元々「こな」の意味の文字だが、デシメートルの意味は日本で作られたもの(国訓)である。) メートルはSIの基本単位であり、メートルから派生した単位は多数あるので、ここで全てを挙げることはせず、メートルのみを使用した単位を挙げる。 毎メートル(まいメートル、記号:m-1)は、波数の単位である。1毎メートルは、1メートルにつき1回の波数を示す。波数は波長の逆数であるので、単位は毎メートルとなる。記号は"m-1"であるが、これを"/m"と書くことはできない。 CGS単位系では、毎センチメートル(1センチメートルにつき1回の波数)に対してカイザー(kayser、記号:K、ハインリヒ・カイザー(Heinrich Kayser)に因む)またはリュードベリ(rydberg、ヨハネス・リュードベリに因む)という固有の名称が与えられていた。SIの波数の単位である毎メートルには固有の名称はない。 なお、レンズの屈折度の単位であるディオプトリも毎メートルの次元を持つが、これを波数の単位として使用することはできない。 ケン オールダー 吉田三知世 訳 『万物の尺度を求めて』メートル法を定めた子午線大計測 早川書房 ISBN 4152086645 |
[ 175] メートル - Wikipedia
[引用サイト] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%AB
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メートル条約( - じょうやく)は度量衡の国際的な統一を目的として、1875年5月20日に成立したメートル法に関する条約である。14ヶ条の条約本文と附録規定から成る。当時、17ヶ国の代表によりフランス・パリで締結された。現在の条約加盟国は51ヶ国。 江戸時代の日本においては尺貫法が用いられていた。1855年、郡上藩主青山幸哉の命で編纂された『西洋度量考』の中でメートル法について解説したのが本格的な日本におけるメートル法紹介の嚆矢といわれている。 1875年にメートル条約が締結された後、フランス政府は各国に条約加盟を勧誘した。日本も在ドイツ公使を通じて条約加盟の勧誘を受けたが加盟は見送られ、同年に日本政府が定めた度量衡取締条例(明治8年太政官達135号)では引き続き尺貫法が用いられた。 1884年、新たに原器を製作するとの報に接し、これを機にメートル条約への加盟が決断された。1885年に加盟手続を終わり、翌1886年4月16日にメートル条約(明治19年4月20日勅令)として公布された。日本の原器は、抽選によりメートル原器はNo.22、キログラム原器はNo.6とされ、1889年に在パリ公使館の大山綱介・書記官が受け取り、翌1890年4月に日本に到着した。 条約に加盟し原器も入手したものの、尺・貫が一般に広く用いられていたため、翌1891年制定された度量衡法(明治24年法律第3号)では、尺・貫をそれぞれ原器によって定義してメートル法の計量も認めるという、間接的なメートル法採用体系となった(尺貫法という言葉はこのときにできた。)。以後、1921年にメートル法を基本とする度量衡法の改正(メートル法度量衡法)がなされ、尺貫法からメートル法へ国内単位の統一を図った。 戦後、1951年に度量衡法は廃止され、日本国憲法の地方自治の精神を取り込んだ計量法(昭和26年法律第207号、旧・計量法。)が制定され、1959年には土地・建物の表記を除きメートル法が完全実施された。全面的に実施されたのは、1966年4月1日のことである。なお、現行・計量法(平成4年法律第51号、新・計量法。)は1992年5月20日に公布され、翌1993年11月1日から施行された。 5月20日 - 1875年、メートル条約が締結された(世界計量記念日)。1992年、新・計量法が公布された。 4月11日 - 1921年、メートル法を基本とする改正・度量衡法が公布された(度量衡記念日、メートル記念日)。 委員会の監督下に国際度量衡局(BIPM)が事務局兼研究所(標準に関する国際的研究課題を担当)として置かれる。国際度量衡局の本部はフランス・パリ郊外のセーヌ河畔・セーヴルにある。 |
[ 176] メートル条約 - Wikipedia
[引用サイト] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%AB%E6%9D%A1%E7%B4%84
