大友とは?
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この項目では豊後国の武士の大友氏について説明しています。古代日本の近畿地方に分布した大友氏については大友氏 (古代)をご覧ください。 大友氏(おおともし)は、鎌倉時代から戦国時代にかけて、九州の豊後国(現大分県)を本拠とした一族。豊後・筑前・筑後など北九州を支配した守護職・守護大名。戦国時代には豊後の戦国大名に成長するが、豊臣政権期に改易された。 初代当主の古庄能直は、母方の生家の波多野経家の相模国大友荘(現在の神奈川県小田原市)を支配していたことから大友能直と称した。これが、大友氏の起源である。能直は、相模国愛甲郡古庄の郷司の近藤能成(古庄能成とも)という、さしたる所領も持たない無名の武士の息子として生まれた。幼児の頃は古庄能直と名のり、次いで父の苗字から近藤能直と名のり、頼朝の側近であった中原親能の猶子となった(中原能直と名のる)とする説が有力である。 近藤能成は、藤原秀郷の子の千常の6代後の近藤景頼の子とされるが、藤原利仁の9代後の近藤貞成の子ともされ、はっきりしない。能直以前は近藤氏という無名に近い一族が能直以降において興隆したのは、ひとえに大友姓を名のり、初代となった大友能直が源頼朝の寵愛を受けたことにあるが、それは源頼朝の妾でもあった能直の母(利根局)や中原親能に拠るところが大きい。元は無名の一族でありながら源頼朝による抜擢がその後の一族の興隆の因となった点では島津氏、少弐氏と共通しているといえよう。 初代当主・大友能直の時代に大友家は豊後・筑後守護職と鎮西奉行職に輔任された。しかし能直と第2代当主・大友親秀の時代には豊後に下向したという記録は残されていない。九州に下ったのは能直の宰臣の古庄重吉とされる。ただし、大分県豊後大野市大野町藤北に能直のものと伝えられる墓がある。大友氏が豊後守護に補任されたのは、少弐氏や島津氏の場合と同じく、かつては平家の基盤であり、平家の家人だった武家の多い九州に対する源頼朝の東国御家人による抑えの役割があった。 第3代当主・大友頼康の代に豊後に下向する。文永の役を前にした異国警固のためとされるが、また大友氏の興隆は初代の能直の源頼朝との個人的な関係に基礎を置くため、源家滅亡後の北条氏の執権体制の東国では微妙な位置に置かれたことにもよる。頼康は元寇における戦いで武功を挙げて活躍し、大友氏興隆の基礎を築き上げた。以後、大友氏は分家とともに豊後に定着し、一族庶子を在地豪族の養子として所領を収奪し、勢力を拡大していく。 元弘3年(1333年)に後醍醐天皇の討幕運動から元弘の乱が起こると、九州では第6代当主・大友貞宗などが少弐貞経らとともに鎮西探題の北条英時を滅ぼす功績を挙げた。鎌倉幕府滅亡後に後醍醐天皇による建武の新政が開始されるが、後醍醐の新政から足利尊氏が離反し、尊氏は摂津地域の戦いで敗れ、九州に逃れる。尊氏を迎えたのは少弐氏であり、多々良浜の戦いで宮方の菊池氏に勝利するが、大友氏も足利方に属した。足利氏は九州統治のために一色範氏を九州探題として残して上京し、京都を占領して武家政権を成立させる。 なお、九州では南朝勢力が強大化していたため、第9代当主の大友氏継は御家存続のために南朝に与するも、家督を弟の大友親世に譲って第10代当主となし、北朝方に与させた。これにより、大友家は氏継系と親世系に分裂することになる。 大友氏は当初は九州探題とは一定の距離を置いたが、南北朝時代には応安3年(1370年)に九州における南朝勢力の懐良親王の征西府を討伐するために足利幕府が今川貞世(今川了俊)を派遣すると、大友親世は貞世に接近して所領を拡大し、九州が平定されると大内義弘とともに讒言を行い、今川貞世を失脚させている。大内氏は応永の乱で一時没落するが、室町時代から戦国時代まで大友、大内、少弐の抗争は続くことになった。永享3年(1431年)に第12代当主・大友持直は大内盛見を討ち、九州の権益をなおも確保した。しかし大内持世の反撃を受け、さらに親直と敵対する大友親綱が持世に与して反抗したため、大友家の内紛が始まることとなる。 この内紛は、文安元年(1444年)に氏継派・親世派の両派から支持されて第15代当主となった大友親繁によって統一された。 しかし親繁の死後、第16代当主の大友政親と第17代当主の大友義右が対立して内紛を起こし、一時的に大友家は衰退する。明応5年(1496年)5月には大友政親が実子の大友義右を毒殺し、6月には政親が大内義興により自害に追い込まれて大友家は滅亡の危機に立たされるが、政親の弟・大友親治が第18代当主となって内紛を鎮め、第19代当主の大友義長のときには肥後に進出を果たすなどして戦国大名へと飛躍した。 第20代当主・大友義鑑のときには肥後や筑後に進出する。しかし天文19年(1550年)の二階崩れの変で、義鑑は家臣によって殺された。 その後を継いだのが、キリシタン大名で有名な第21代当主・大友義鎮(大友宗麟)である。この頃には立花道雪ら有能な家臣団の存在にも助けられ、大友家は飛躍的に勢力を拡大する。天文20年(1551年)には大内義隆が家臣の陶隆房(陶晴賢)の謀反により死去すると、義鎮は弟の大内義長を大内家当主として送り込み、北九州の旧大内領はもとより、周防や長門にも影響力を誇った。弘治3年(1557年)に義長が毛利元就に討たれて大内氏が滅亡すると、周防・長門方面での影響力は失ったが、北九州の権益の大半は確保した。さらに宗麟はキリシタンを保護し、自らも改宗した。このことにより豊後府内には日本初の西洋式病院が設けられるなど、南蛮文化が花開いたが、反面、元来より八幡信仰や仏教信仰の篤い家臣団との軋轢をもたらすこととなった。 また、宗麟が早くに家督を子の大友義統に譲って第22代当主と成したが、これにより天正年間には宗麟・義統の二元政治に弊害が現れ、大友家は内部から抗争が起こるようになる。 さらに対外戦争でも、元亀元年(1570年)の今山の戦いで龍造寺隆信に、天正6年(1578年)の耳川の戦いで島津義久に大敗を喫してしまった。特に後者の大敗では多くの有力武将を失う結果となり、それまで大友氏の幕下にあった肥前・筑前・筑後の国人領主が、龍造寺氏や秋月氏を筆頭に次々と謀反の反旗を翻し、大友氏は危機的状況に陥る。天正12年(1584年)、龍造寺隆信が島津氏の前に戦死すると、筑後方面で巻き返しを図るが、今度は島津氏の侵攻を受けることとなり、天正14年(1586年)には大友家の本国である豊後にまで侵攻されることとなった。 しかし宗麟は当時の天下人である豊臣秀吉に支援を要請して自ら臣従したことにより、秀吉の九州征伐が開始されることとなり、島津氏は豊臣氏の前に敗れ、大友家は豊臣政権下で存続することとなった。このとき、宗麟は秀吉より豊後1国を安堵される。 しかし宗麟の死後、義統は文禄の役における敵前逃亡を咎められ、文禄2年(1593年)に秀吉の命令で改易された。義統は秀吉死後の慶長5年(1600年)に起こった関ヶ原の戦いで、西軍の毛利輝元に支援されて挙兵して豊後に侵攻し、細川忠興の領地となっていた豊後の奪回を計るが、石垣原の戦いにおいて黒田孝高(黒田如水)の軍に敗れて降伏した。 義統の嫡子である大友義乗は、義統の没後、旗本として取り立てられるが、その子の義親の代になって無嗣のため断絶する。義乗の弟の正照は肥後にあって松野正照と称していたが、その子の義孝をもって大友氏を再興し、江戸時代には大身旗本・高家として存続した。 カテゴリ: 大友氏 | 守護大名 | 戦国大名 | 九州地方の歴史 | 福岡県の歴史 | 日本の氏族 |
[ 75] 大友氏 - Wikipedia
[引用サイト] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%8F%8B%E6%B0%8F
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え〜、どうも今回わたしが出るのは「Wien Modern」なる老舗の現代音楽フェスのようです。知らなんだわ。これだから若者に馬鹿にされるのだ。ま、老舗フェスだろうが、小さなクラブギグだろうが、信用できる人間からのやりたいと思える、かつ嫌だなと感じる事のない依頼が来て、体をすり減らすだけの対価に見合うフェアなギャラと交通費が出れば、なんであろうとオレは行くけどね。 老舗だけあって、今年の大きな目玉はルチアーノ・ベリオ特集。こんなのが普通にあるんだからうらやましい限り。で、他にも小さな特集みたいなのがいろいろあるらしく、オレが出るのはターンテーブル・フェスというコーナー。う〜ん、芸のない名前だけど、まあそういうものがあるだけましか。どっかの国の現代音楽祭じゃ考えられないもんなあ。そもそもオレが出ること自体考えられないし。たまには学歴のないオレ等にも声かけてくれへんか、どこかの国のキュレーターさ〜ん。 今回、オレに出演依頼をしてきたのは、もうかれこれ10年近い付き合いになるウィーンのターンテーブル奏者ディーター。ステージネームはdieb13、時にはTakeshi Fumimotoという名前を名乗ることもある。彼の作曲作品を3人のターンテーブル奏者(Maria Chavez,eRikm,オレ)と映像のBilly Roiszの4人で演奏するのが主な目的。他にターンテーブルソロもやることになっている。 今日は軽いリハを彼のアパートで。そのあとはみなでウィーン名物ヴィーナシュニッツエル。とんかつの元祖みたいな食べ物。ウィーンで一番美味い店というだけあって、みな巨大なカツをぺろりとたいらげてしまった。でもって、エスプレッソを飲んでいると、後ろから肩をたたくヤツが。振り向くと、なんとヴォイスクラックのノルベルト・モスラングではありませんか。いや〜びっくり。今日は、彼もWien Modernに出演するという。あのさ、いくらでかいフェスに関心がないからって、せめてプログラムくらいチェックしようね、大友くん。友達が出てるときもあるんだからさあ。 ということで、レストランを出て早々フェスの会場へ。「Semper-Depot」なる、なにやら巨大な倉庫跡とも工場跡ともとれるようなところを改造した、雰囲気満天の会場にはターンテーブルを使ったインスタレーションなんかがいくつもあって、それだけでも相当面白い。この感じ、この感じ、久々に欧州に帰ってきたって感じだわ。 今日の一番手はドイツの4人組ターンテーブルチーム「Institut fur Feinmotorik」。レコードを1枚も使わずに、エフェクターすら使わずに、8台のターンテーブルにいろいろなオブジェをつけただけで、テクノのような演奏をする。これがシャープでものすごく面白かった。ターンテーブリズムやらエレクトロニカやらDJカルチャーやらのお決まりのやつはひとつも面白いとは思えないし、ターンテーブルフェスってだけでまったくなんの期待もしてなかったんだけど、これはもう完全に裏切られた。めちゃ面白い。終わったあと彼等に話を聞いたら10年くらいは活動してるらしい。世の中狭いようで、広い。こんな面白いグループがあったんですね。負けてられない。勉強せねば。 次いでノルベルトと2人のターンテーブル奏者(JSX、Joke Lanz)のトリオ。これもなかなかでした。なんかいい演奏を聴くと、闘志がわくというか、自分もはやく演奏したくてうずうずしてくる。そんなわけで、明日が楽しみになってきた。お時間あるかたはぜひいらしてくださ〜い・・・っていったい何人の人がこれ読んで来るってのよ。あ、でももし万が一これ読んで来たって人いたら会場で声かけてちょ。ビールの一杯も奢らせてくださ〜い。 レストランにて、左からBilly, Maria,そしてウィーンアンダーグラウンドシーンのゴッドマザーのシルビア 昨日はリュブリアナでオフ。一足先に午後の便で帰国する宇波くんと遅い朝食を食べて、軽く昼寝。1時すぎに目をさます。なんにも予定のない日、なんにもやらなくていい日ってのはツアー中くらいしかないもんなあ。東京にいるとついつい仕事をしちゃう。貧乏性なんだ。今日はひとりでゆっくりしよ。 天気もいいし、行く先も決めずに散歩でもするか、と、ホテルを出てコーナーを曲がろうとしたら、むこうから見覚えのある東洋人のシルエット。ん? ん? ん? 宇波拓によく似てるけど、んなはずないよな・・・と思ったのはほんの1〜2秒だったと思う。3秒後には確信に変わった。どう見ても宇波拓だ。その呆然とした足取りは幽霊のごとし。ありゃりゃ、やっちゃったかな! 次に乗る飛行機の日時も、次のコンサート会場の名前はおろかフェスの名前すらちゃんと把握してないオレを、地元のオーガナイザーたちと一緒に笑いの種にしていたのがほんの十数時間前。これであなたも、こちらの世界の仲間入りです・・・なんて冗談を飛ばしながら小さなスロベニア料理のレストランでなかなかに美味しい豚肉のメダリオンとポテトのダンプリンを。のんびり休日のはずが、この日は、宇波くんと長々と昨今の音楽についてやら、かつての香港映画についてやら、オタクの文化についてを話し込むことに。まあ、こんなこともあらあな。おかげでいろいろ勉強になった。 ちなみに、わたしの最初の欧州公演は1991年12月のロンドン公演のはずだったんだけど、サンフランシスコからロンドンに飛ぶ便がいきなりフライトキャンセル。空港で呆然としたけど、どうしようもない。結局コンサートには間に合わず。記念すべき最初の公演がこれだからね。自分の力でどうにもならなければさっさと諦めるしかない。ハンガリー国境で止められて、刑務所みたいなところにつれていかれたこともあれば、冬の最中、だれもいないスロバキアの国境で入国拒否され、ウィーンにもどる交通手段もなく、凍えながら何時間もヒッチハイクよろしく乗せてくれる車を待ったこともある。数万人の人々とともに、機能停止のヒースロー空港で売店の飲み物や食べ物を略奪しながら一晩あかしたこともあれば、ローマのコンサートでは暴動に巻き込まれて命からがら逃げ帰ったこともある。なるようにしかならないのだ。ツアーミュージシャンを長年してるとそういう癖がいつのまにかついてくる。 めずらしく早起きです。毎朝目覚ましなしで8時半には起きます(自慢! 深夜1時過ぎると眠くなります(自慢! って、まあ時差ぼけしてるだけですが。久々のロングフライトはちと疲れましたが、元気でやってます。実は日本をでるときに毎冬恒例の扁桃腺がかなりはれていて、発熱を心配したけれど、いまのところ大丈夫。 こっちは深夜雪が降ったみたいで、窓の桟にうっすら雪が残っています。き〜んとくる寒さ。冬の格好をするのは久々。東京を発つ前、前の冬に自分がどんな服を着ていたのか思い出せなかった。もうろくしてきてるんですねえ、オレの脳みそ。 スロベニアの首都リュブリアナは2年ぶり。前回はFilemantとONJOの公演。今回は宇波拓とのDUOとレクチャーをやるため。宇波くんとは実質初のDUO。先日のリュウ・ハンキル来日時の中村としまるとの久々の共演もそうだったけど、いわゆる音響といわれるような演奏をなぞることもなく、今の自分自身の問題意識に向き合った即興演奏が出来て、非常に面白かった。こまかい内容は、共演の宇波拓日記にもでております→http://d.hatena.ne.jp/hibarimusic/20071115 レクチャーは、極めて個人史的な視点で語られた東京のフリージャズ史と60年代のテレビや映画の音楽について。60分しかなくて、言いたいことの半分も言えなかったけど、まあ、仕方ない。阿部薫や高柳昌行、山下洋輔の音源を流したけど、このへんは会場に来ている人は、さすがに押さえている人が多かったようだ。むしろ驚きで迎えられたのは山下毅雄のジャイアントロボのサントラの中にある、まるでセシル・テイラーにフレッド・フリスがはいってるかのような1967〜8年の劇伴トラック。これはさすがに誰もしらなかったらしく、終わった後いろいろと質問された。日本のフリージャズの公式に残ってる最初の録音は1969年の富樫雅彦「We Now Create」とされているが、映画やテレビのサントラをチェックすると、それ以前、1960年代以降のサントラには、すでにフリージャズといえるような、あるいは、それ以上に風変わりな音楽を少なからず発見できる。僕等の世代は、そういうものを意識せずに聴いて来ている・・・という話。このへんのことはユリイカの「戦後ジャズ特集」でも書いたけど、あらためて、現在大物編集者S氏のもとで作業がすすんでる来年河出書房から出るであろうわたしの本にもこのことは載せる予定。 今日はリュブリアナで1日オフ。写真は名物馬肉のグーラーシュと、サウンドチェック後のライブ会場。中央は同じ日にレクチャーをやったデビッド・トゥープの席。実は本番前、リハのときに、宇波くんがマンドリン、わたしがギター、トゥープが口笛でわたしのサントラナンバー(「ごめん」とか「青い凧」とか)をやったのだけど、これが至極面白かった。宇波くんとは11月30日にONESTでのDVDのレコ発でも一緒だけど、こんなのをやるのもいいかも。 そうそう、サントラといえば、高円寺の「GALLERY 45-8」でやるわたしの15人限定サントラライブの応募締め切りあさってで〜す。で、これにあわせてサントラの譜面展示もやりますが、展示期間、当初12月1〜2日の2日間だったのが、延長というか、開催が前倒しになって前の週の11月24日(土)、25日(日)にも見れることになりました。こちらの入場は無料です。詳細はサイトのほうを→http://d.hatena.ne.jp/gallery458/ 成田空港からです。この20年間、百何十回もやってきた空港です。これからリュブリアナとウィーンの公演に向けて出発。いつものことだけど、ツアー前は旅がめんどうくさくてなんとなく憂鬱。これがいったん向こうに着くと、また楽しくなるんですけどね。いよいよ欧州ツアー再開。これからまた欧州と日本を行き来する生活がはじまる。 11月はJoy Heights、浜田真理子、鈴木祥子、ふちがみとふなととの歌モノ、コーラスグループでのジョイント(なんとオレもはじめて歌を歌いました)、GRID605でのリュウ・ハンキル、中村としまるとのトリオ。そして昨夜の鈴木祥子の東京公演。どれもこれも本当におもしろかった。いつも思うけど、オレの基本はバンドマンなのだ。それでいいと思っている。バンドマンのままで、自分の納得のいくことをやりたいのだ。しかし、久々に手術前のペースにもどしてみたけど、う〜〜むやっぱ、体、ちょいきついわ。やっぱペース考えねば。 来週有楽町で開催される映画祭「東京フィルメックス」のトークサロンのゲストに、大友良英と岸野雄一の対談が決定しました。帰国してその足で会場に向かいます。きっとボロボロです。でもこういうときに思い白いトークが出来たりするんですよね。なんと入場無料でーす! あとは、今年出来たばかりの高円寺の小さいギャラリー「Gallery45-8」で、12月1日、わたしのサントラの譜面展示と、サントラナンバー中心のアコギのソロライブやります。GALLERY 45-8では、初めてのライブ企画だそうです。小さい小屋なので15名しか入れません。ということで抽選になります。応募の詳細はサイトで→http://d.hatena.ne.jp/gallery458/ 応募締め切りは17日です。 え〜、このGallery45-8にはじまり、小さいスペースでのライブシリーズ、今年から来年にかけていろいろ考えていますのでお楽しみに。 1993年の『藍風箏(青い凧)』(田壮壮監督)以来、映画、ドラマなど国内外で数多くのサウンドトラックを手掛けてきた大友良英が、自身の作品をアコースティックギターで演奏します。小さなスペースなので、ソロライブとなりました。小さなスペースなので、お客さんは15人限定とさせていただきます。これを記念して、ライブ当日と翌日は、大友のこれまでの作品の楽譜を展示します。 『青い凧』、『息子の告発』、『女人四十』、『太陽有耳』、『虎度門』、『スタントウーマン』、『あ、春』、『風花』、『コンセント』、『blue』、『アイデン&ティティ』、『鬼太郎が見た玉砕〜水木しげるの戦争』、宝島社CMなど、大友良英のこれまでのサウンドトラックの楽譜より、GALLERY 45-8 の壁が許す限りを選定し、展示する予定です。ライブご来場の方は、こちらも併せてご覧ください。また、ライブに残念ながらいらっしゃれない方は、ライブ翌日も展示しておりますので、音を思い描きながら、ぜひご覧ください。 2007/11/13 07:40 とりあえずウィーンに無事到着。こっちは寒いや。多分気温零度くらい。ここで一泊して明日朝リュブリアナに向かいま〜す。 明日8日、GRID605でソウル・ノイズ・シーンのキーパーソン、リュウハンキルの来日公演がありま〜す。時計仕掛けとコンタクトマイクによる強烈なスピードの即興演奏は、ちょっとほかに類をみないものだと思います。なにぶん、急に決まった上に告知怠っていたので、まだ席余裕あります。当日直接会場にきてもらって大丈夫です。 アルバムでは、まずは「JOY HEIGHTS」のファーストアルバム(中村達也、百々、tatsu、大友良英)のmixが終了、多分来年早々にはどこかから出るはず。11月には京都、東京で録音後初のライブやります。ここのとこずっと交流のあった中村達也とやっと腰を入れてバンド始動です。 ロックかつ歌モノアルバム「OTOMO YOSHIHIDE INVISIBLE SONGS/SORA」はジャケ作業がほぼ終わって11月20日イーストワークスから発売予定。INVISIBLE SONGSはプロジェクトとして今後も継続予定で、来年には歌謡曲に焦点を当てたアルバムも録音します。今回のジャケは松本弦人。すごいデザインです。大友音楽史上はじめての女性モデル起用ジャケ・・・お楽しみに〜。 doubtmuiscからは5月に広島でライブ録音した「2台のエレクトリックギターと2台のアンプによるモジュレーション」が多分年末くらいに。これライブ録音で聴いても平行感覚狂います。こちらはおなじみ佐々木暁が、なんとなぜか細馬宏通の協力を得て現在デザイン進行中。これも素晴らしいデザインになりそうです。 そして老舗の旧improvised muisc from japan(現在hitori)から「CORE ANODE」が。これは現在mix中。ロンドン、スエーデン、そして多分東京の3公演の音源からピックアップ予定。4枚ともどういうわけかしっかりと大音量ものです(別に弱音アンチの気持ちは一切ないので誤解しないように)。 ほかにも、YCAMでの大きな展示やら、ONJOの2回にわたる欧州ツアー等々、もう来年の国内外の仕事、かなりはいってきてますが、それはおいおい。とりあえず11月前半の予定を。会場でお会いできれば幸い。 会場:彦根城博物館 能舞台 滋賀県彦根市亀町1番1号 出演、カヒミ・カリィ、大友良英、今堀恒雄 石川高、仙波清彦 入場料:5.000円(税込)【全席自由席】ひこね市文化プラザ チケットセンター 0749 - 27 - 5200 毎日バタバタしていてONJOツアーについて、全然書けずじまい・・・すいません。時間があるときに、早めにアップします。興味ある方はベースの水谷浩章さんのブログをぜひ。ツアーの様子、かなり克明に描いてくれてます。→http://www.imasy.or.jp/~mizutani/s_diary/sdiary.html 8月の放映で大きな話題になりしました「鬼太郎が見た玉砕--水木しげるの戦争」再放送しま〜す。10月21日(日)午後4時〜5時30分 NHK総合テレビ。 サウンドトラック演奏メンバーは、大友良英(ac-g、指揮、作曲、音楽プロデュース)、梅津和時(b-cl)、高良久美子(スチールパン、perc,マリンバ)、芳垣安洋(perc)、松本治(tb,tuba)、栗原正己(バスリコーダー、クルムホルン、el-b)、坂本弘道(ミュージカルソウ)、えとうなおこ(ストリングスアレンジ、指揮、セレスタ)、工藤美穂(violin)、望月遼子(violin)、小原直子(viola)、井上とも子(cello)。渾身の作です。いつかCDに出来ればいいなと、密かにおもっておりま〜す。レコード会社さん、よろしく! ということで、再放送、 どうぞお楽しみに。 写真上は、ラストのエンドタイトルの水木さん。下はわたしがこのドラマで一番好きな水木さんが自転車に乗って昭和の東京から21世紀に向かって走っているシーン。 ONJOの国内ツアー、無事に終えて東京にもどってまいりました。ご来場の皆様、ゲストできてくださった皆様、本当にありがとうございました。 新しいメンバーでの最初のツアー、しかも強烈なゲストとメンバーを招いた2日間と、固定メンバーのみの3日目、おまけに会場により、まったく異なるセッティング、異なる響き。今回はツアー中も、メンバーとONJOの新しい方向についてよく話をしました。くだらない話7割、音楽の話3割ってかんじかな(いつもはくだらない話9割7分、音楽の話3分)。加えて精華大学での「音遊びの会」との共演は本当に強烈で、演奏後は、その話で持ちきりでした。一回だけのものではなく、継続したプロジェクトにしたいなあ。今回の子供たちとの共演、メンバー個々にとっても、強いインパクトになったのではと思います。さらに、いくつかこの先の課題も見えてきました。 そんなこんなで、成果、ものすごくあったと思う。音楽のことはもとより、場によってどう音楽をつくっていくのか、それから会場そのもののこと、特に椅子に座って見れるような設定をどうやってつくっていくか等々(これ、僕等のように、事務所ももたず、スポンサーもなく、チケット収入だけですべての運営を自主管理で行ってる団体には、簡単なことではないのです・・・今後の大きな課題です)。 なんだかんだ言っても、オレは現場たたき上げの人間です。こうやって現場で人と人が顔をあわせて、実際に問題につきあたりながらやっていく中でしか、自分達が次にやってくことは見えてこないなあ・・・と、つくづく思った次第。大切なのは、自分の置かれた情況や面と向かってつきあう人間関係の中でなにをやるかのほうで、様々に語られる音楽史のような、どうにでも作り上げられるストーリーの中で次の一手をうつことが、新しい音楽をやることではない、オレはそう思います。自分自身も含め新しい音楽という言い方をついついしてしまうけど、そういうことではなく、自分にとって、自分たちにとって、どれだけの切実さで、その音楽が必要なのか・・・ということしかないような気がしています。雑誌ユリイカ大友特集の細馬対談の中ででてきてる方向のようなもの、やっと一歩目がふみだせた感じです。このあたりのこと、特に今回の「音遊びの会」との共演については後日、あらためてアップします。 え〜と、最近、告知関係、どうもおろそかになっていて、いつも直前になってしまい、主催者に迷惑かけぎみなんですが、今週、京都のShin-biでレクチャーと鼎談があります。レクチャーのほうは、多分少人数で出来るとおもうので、ゼミ形式のように質疑応答をしつつワークショップ的になにかをやれればいいかなと思っております。今一番興味があることをやりたいと思うので、今回のONJOの公演のことやら、映画での音のことやらを題材にしつつ、今の時点での「聴く」をテーマに、レクチャーをやれればと思っております。 そうそう、会場のShin-biでは、なんと山本精一「画展」も開催中です。昨日見てきましたが、くやしいけど、すごい! めちゃ面白い。天は人に二物をあたえてるじゃないか・・・というびっくり展示です。山本精一展をみるついでに、オレのレクチャーのほうもぜひ。 出演 山本精一、大友良英、勝井祐二 ●山本精一は、さまざまな音楽ジャンル、さまざまな楽器演奏など多様な表現をおこなってきた。また、音楽以外の文筆、文人画、デザインなどのアートワークに於いてもまったく独自の表現をおこなっている。この多様性について、山本精一と様々な活動をおこなっている方々と本人が語る。山本精一「画展」関連企画。 枚数は会場の様子を見て決定しますが、30枚程度はいけそうな気配。5時から当日券だすそうですので、スターパインズに電話確認のうえ(0422-23-2252)会場に来て見てください。なるべく入れるよう頑張ります。 京都も当日券余裕で大丈夫です。なにしろ会場がめっちゃ広い。この広さを生かして、京都公演のセカンドセットは、風変わりな配置と4チャンネルのPAシステムを生かしたここだけのプログラムになる予定です。無論「音遊びの会」とのセッションになるファーストセットもものすごいいことになると思いますよ〜。楽しみに。 名古屋については、詳細入り次第報告しますが、確実に入りたい人は前売り券の入手お勧めします。TOKUZO tel. 052-733-3709 写真は「音遊びの会」の子供達が書いた絵。会場では彼等のCDも購入できます。2枚組で2100円です。オレや千野秀一さんも演奏に参加してます。昨日のブログで、ONJOのCDを含む4組のCDを購入した方にCDRプレゼントと書きましたが、この「音遊びの会」のCDを含む4組のCDでもOKってことにしま〜す。会場ではわたしのCDだけじゃなく、メンバーもCD、沢山もってきてるので、みなさんよろしく。 そんな〜(笑、なるちゃんと旨いもの食って脳内メーカーでもりあがったことなんて、もったいなくて日記においそれと書けませんって。 え〜と、ちなみに、今はやりの脳内メーカーによりますと、オレの頭の中は「悪」「休」「悩」、ここまではなるちゃんと同じで、あとここに「寂」がはいるとオレってことになって、う〜〜〜ん、なんだか複雑な気持ち。この日は強烈に旨いイタリアンの打ち上げももちろん楽しかったけど(実際今まで何度も行ったイタリアの旨いレストランにひけをとらない)、それだけじゃなく、オレとしてはステージも楽しかったのだ。松田聖子の「スィートメモリー」やら、まだ9月だってのに「ホワイトクリスマス」なんかも演奏したわけですが、なんてことないと思ってた曲が、実は結構ココロにしみるのでありました。まあ、正直言うと、なんだかいろいろとあって、この日は、旨い打ち上げと、友達と名曲に助けられたってのが本音。そいや、なるちゃんなんかとONJQを作るきっかけも9年前の12月の打ち上げだった。あのときも軽く落ちていた。旨いメシと友達がいれば、落ちるのも悪いことばかりじゃない。 てなわけで、すっかり元気になりましてONJOツアーの準備、リハも順調にすすんでおります。ここで、ONJOツアー恒例の、スペシャルプレゼントの案内っす(って、恒例だったけ? まあいいや。 今回のONJOツアー、どこでも2公演に来てくださった方、またはONJOを含むCD4組を購入してくださった方にもれなく非売品CDR『大友良英サウンドトラック1993-2003』をプレゼントします。(これ、5月の広島でのギターソロの際にプレゼントしたものと同じです) 手続きは、最初に行った公演のCD売り場で免許書等の身分証明書持参の上、2公演行きますと声をかけてください。次の公演のCD売り場でチェックをパスすれば、CDRゲットです。また、今回会場でONJOのCDを含むCD4組以上を購入した方にも、同じCDRをプレゼントします。現在廃盤になっている初期の中国映画や、CD未収録のサモハン主演の「スタントウーマン」、またこれもCDになっていないテレビドラマのサントラも一部含むレア音源が多数入っています。(プレゼントCDR、後日発送のなりますので、発送先の住所氏名を書いてもらうことになりますので、ご了承ください)写真はCDRのジャケット。 いよいよ今週末からです。ONJOのリハを控え今はアタマんなかで構想をいろいろめぐらせている最中。多分8月のPITINNとも大幅に内容改編するはずです。先日の日曜日には神戸にいって京都公演の準備も兼ねて「音遊びの会」の子供たちともセッションをしてきました。 1年以上前から切望していた神戸の知的障害を持つ子供たちを中心としたバンド「音遊びの会」とONJOの共演も今回の京都公演で実現します。「音遊びの会」とは、2年以上前からワークショップという形でお付き合いしてきて、その様子については雑誌ユリイカ大友特集の細馬宏通との対談で事細かに語っております。ここで語られたことが、今現在わたしが一番興味のある現在進行形の音楽的な出来事。それは、わたし個人にとっては、障害とかアウトサイダーアートのような文脈とはほとんど関係なくて、むしろ自分がずっと関わってきた即興演奏とか、あるいは、もっと根本的な自分にとっての音楽・・・みたいな問いとともに起こってる出来事です。多分、この日ばかりは、わたしにも想像つかないことが起こると思います。事件は現場で起こる・・・と、まるでテレビドラマの文句みたいなことを愚直に信じているオレとしては、ぜひ現場にきてほしいなと思う次第。そうそう、これも1年以上前から機会をさぐっていた、ONJOと山本精一のジョイントが東京で、フリージャズ第一世代の沖至大先輩との共演が京都で実現します。前回の日記にも書いたとおり、場、空間、そして人によって、今回の3公演はそれぞれまったく別のものになります。NHKドラマ「鬼太郎の見た玉砕-水木しげるの戦争」の曲もリアレンジして演奏する予定。お楽しみに! チケットのほう、東京、名古屋まだ多少あります。当日券、恐らくは会場に来てしまえば入手可能かとは思いますが、念のため会場に事前に確認してみてください。確実に入りたい方は今のうちの前売り入手お勧めします。京都は大きな会場なんで、入れないということはないはず。 ゲスト:音遊びの会(1st setのみ)青木しおり、飯野弥生、有働綾子、有働えりか、江崎將史、新内佑豪、鈴木勝、富阪友里、永井崇文、西茜音、沼田里衣、濱翼、林加奈、原山つぐみ、平木誉大、平沢葉子、廣田智子、藤本優、みやけをしんいち、三好佑佳、森大生、森本アリ、吉見理治、他 前売券お申し込み方法: 件名を「ONJO 10/13」として、氏名、チケット送付先住所、電話番号、申し込み枚数をお書きになって、turn@shin-bi.jpまでEメールをお送りください。 数日後に事務局より返信が届きますので、その説明に従ってご入金下さい。入金を確認後、チケットを発送させていただきます。 なお、電話、はがきなどでの受付は行っていません。 先日、某音楽系の学校でレクチャーをやりまして、で、その日は、ここの生徒たちにとっては、1年間の最後の授業。授業終了後はさぞや盛り上がって、涙と笑いの打ち上げみたいになるのかと思いきや、なんと、まるで、1年の最初の授業の後、みたいな感じで、自己紹介とかしあってる。みんな他人行儀なのだ。そもそも打ち上げ自体がはじめてらしい。う〜〜〜ん、ちょっと考えてしまった。事態は深刻だぞ〜音楽青年たち(笑 オレ、ユリイカの菊地成孔対談で、安いチェーン店の居酒屋とか行ってないで、旨いもの食え・・・とか言ってますが、訂正、訂正。旨い店でメシを食え・・・とか言う前の大大大大前提としてですね、打ち上げくらい普段からしなさいよ〜〜〜もう。酒を一滴も呑めないオレが言うのもどうかとは思うが(苦笑。・・・ってか大人ぶって若いやつに向かってこういうことを言いたくなってしまったオレもどうかとは思うが(再苦笑。え〜〜でもですねえ、打ち上げなんて、先生とか学校がやってくれるもんじゃなくて、自分たちでやるもんだろが、もう。ま、とにかく、安い居酒屋でもチェーン店でもいいから、音楽をやろうなんて思ってる人は、打ち上げくらいやったほうがいいと思うけどなあ。旨いもんとか言い出すのは、そういうのをさんざんやった上ででいいからさ。対談では旨いもんが足りないっていったけど、その前に打ち上げが足りない・・・だった。(上の写真はオレが1歳の頃の母方の実家での打ち上げ風景っす。こういう中で育ったからなあ、オレ) その日の講義でもいいましたが、演奏が終わったあとに、たまれる場所があるってことが、音楽にとってどれだけ重要ななことか、どれだけその音楽を豊かにするか。そこで音楽とは関係のない馬鹿な話をして仲良くなったり、意見が割れたりすることって、オレはアンサンブルの延長だと思うんだけどね。ってか、そういう人間関係が基本にあって初めてアンサンブルってもんが生まれるというか。40年代のビバップ期NYのミントンハウスとかモカンボとかの演奏の出来る場もさぞや重要だったろうけど、そのあとにたまってうだうだ話したり、一緒にレコードを聴いたり、ま、当時だからドラッグをやったりするような場(ギル・エバンスのアパートがそうしたサロンになっていたそうだ)みたいなところがどれだけビバップを豊かにしたことか。かつて代々木にあったオフサイトは2階がバーだったってのが、なによりも素晴らしかったと思うのだ。そこにみながたまれて、うだうだ出来て、ここからいろんな音楽も生まれたし、いろんなプロジェクトも生まれたし、まあ、そうしたものだけじゃなくて、友達が出来たもの。。京都に吉田屋料理店があったおかげで、どれだけ、あたらしいプロジェクトが生まれたことか。ONJOは間違いなくあそこがあったおかげで生まれたバンド。without recordsみたいな美術の方面で作品をつくることになったのもあそこでの出会いが大きい。人間関係がダイナミックに作品に反映されるような、そんなもんが好きなオレとしては、打ち上げはとっても重要なのだ。。(ま、打ち上げみたいなもんを必要としない音楽もあるので一概には言えないけどね、あくまでオレの場合ってことで) ということで、打ち上げから生まれたONJO、この夏のLIVE盤の発売を期に第2期に突入しました。この6月から試行錯誤をくりかえしつつ何度かやってきたリハやステージの中で、長年つれそってきた津上研太とアルフレード・ハルトはバンドを離れることになりました。正直、非常に悲しいですが、喧嘩わかれというわけではないのでご心配なく。彼等とは、別のプロジェクトで、これからも一緒にやることもあると思います。第一期のONJOがなんであったのかは、わたしなりにライブ盤2組にわたってはいっているライナーに詳しく書いたので、ここではふれませんが、この2組4枚にわたる膨大な作品を作ることで、わたしの中では、最初にONJOをつくった時の衝動みたいなものに、それなりの答えのようなものを出したつもりです。単なるピュアなライブ盤になっていないのはそのためです。・・あ、ところで余談っすが、実はライブ盤、Vol.1に比べてVol.2のほうが出ていないみたいで、う〜〜む、なんで? 芳垣安洋が伊集さんのコーラスをバックにルパンを歌っていたり、今、オレがもっともはまっているアジアンミーティングの第一回の最初のセットの激ノイズの様子がおさめられてたり、これでしか聴けないクライマーズハイのエンディングテーマが入ってるというおいしい内容なのに・・・。 ONJOのライブアルバム完成後のわたしの興味は、宇波拓がユリイカで書いたような問題点もふまえつつ、その先に見えるものにあります。このあたりのことは、実は2月に浅草でやった「幽閉者」のライブで試したり、あるいは1年前のONJOの欧州ツアーの中で、異例なことに、各地のミュージシャンとセッションしつつ回る・・・という実験をする中で、体験的に感じてきたことの延長上になります。また、ONJOの各メンバー達が、今まで以上に積極的に、音楽の内容にかんできていて、それぞれの立場を主張しだしてきてることが、このバンドの大きな生命力になりつつあることも、ものすごく重要です。数年前に比べても、みなそれぞれがそれぞれの音楽を主張しだしてきてる。もうわたし一人でアイデアを出す段階ではなくなってきているのです。わたしがどうしたい・・・というだけではなく、ONJOそのものがなにかひとつの生命体みたいになって、動き出してきてるように思います。もうひとつ、りわたし個人にとってものすごく大きかったのは、この2年、神戸の「音遊びの会」という知的障害を持つ子供たちのバンドと付き合ってきたこと。これがONJOの音楽にも大きく作用しています。まだまだそれら全てをうまく言葉には出来ない段階ですし、バンドとしてもそういった新しい出来事をまだ完全には消化しきれていない段階ですが、でも、はっきりと、次の段階に向けて動き出している・・・という感じです。 来週末からの国内ツアーは、この第2期ONJOの8月のPITINNに次ぐ最初の大きな実験になります。演奏される楽曲も、これまでのものもありますが、かなり大胆な改変がされたり、あるいは、まったく新しいものもやるかもしれません。それは常にやる場、空間と大きく関わるものになると思います。「空間と配置」は今のONJOにとっての大きなテーマです。そのことをふまえつつ、ONJOは場に応じて不定形になってくような気がしています。きまった形を再現するのではなく、場によって、毎回更新してくような音楽。12日の東京公演では、アナウンスされていませんが、山本精一が参加します。ゲストではなく、この日は彼はメンバーです。 13日の京都公演は、まったく異なる2つのセットをやります。最初のセットは前述「音遊びの会」の子供達が乱入します。彼等のものすごさとONJOをぶつけてみたくなりました。そこから見えるなにかを見てみたい、乱暴だけど、そう思って、1年くらい前から、このチャンスを狙ってました。やっと念願、実現します。どうなるのか、実はまったく想像すらできません。全然うまくいかないかもという不安、なきにしもあらずですが、でも、そんなもんは何ぼのもんでもない。とにかく奴らとONJOとて正面勝負でやってみたいのです。2セット目は敬愛する日本のフリージャスの第一世代、トランペッターの沖至さんを迎え(これもゲストではなく、この日はメンバーです・・・ってか最初のセットにも入ってもらう予定です)これまでにない大きな会場を生かした特殊なミュージシャン配置で、この日の京都でしか聴けないONJOをやります。 最終日14日の名古屋は、この2公演を踏まえた上で、従来のライブハウスという場所で、どれだけONJOが変化してきたかが試される場になると思います。 今のONJOは昨年9月の浅草のような、ある種完成したショーケースを見せるものとは根本的に異なります。聴きにきてくれる人たちにとっても安心できるようなものではないかもしれないし、ある種、音楽への積極的な関与がなければ、つまらないかもしれない・・・と思う一方で、でも、まてよ、そんなこともないかも、意外に今まで以上に、わかりやすい音楽なのかも、ともおもったり・・・。NHKTVの『鬼太郎の見た玉砕』の中の曲、今回もなんらかの形で生かしたいなあなどど、今は、とにかくリハを前に、いろいろなアイディアが出来の悪いアタマの中を交錯してる段階。あ、鬼太郎、再放送あるみたいですよ、詳細はまた後日。 チケットのほうは、東京、名古屋はまだ多少あるようです(当日も多少出せる方向で検討してもらってます)。京都は広い会場なので、ソウルドアウトはまずないと思いますが、当日いきなりではなく、一応メールでの予約お勧めします。 ということで、打ち上げに端を発したONJO,ますますの打ち上げ感とともに、ニューステージに向かっております。第一期を総括するライブ盤ともども、どうかお楽しみに。 京都市左京区岩倉木野町 叡山電鉄「精華大前」駅下車すぐ 京都市地下鉄「国際会館前」駅からスクールバス利用可 2007/10/06 22:42 こんにちは!打ち上げのとこ読んで激しく共感したのでつい書き込みます。「音楽」に限らず美術とかデザインでもおそらく同じで最近の若者は(ておじさんですが)本当に呑まない!ていうか対面型のコミュニケーションが苦手な人が増えてます。一概に悪くないのかもしれないけどやはり寂しいですね。 明日2日、新宿PITINNでマツ・グスタフソン、ポール・ニールセン・ラヴ、インゲブリクト・フラーテンのThe Thingにゲスト参加します。マツとの共演は昨年のロッテルダム以来。ご存知のとおりONJOのオリジナルメンバーで、来年は彼の入ったONJOでの欧州ツアーも予定されてます。ちなみにThe Thingのマネージャーのエーハードは、ONJOの欧州マネージャーでもあります。そんなこんなで、ここのとこ縁深いマツとの久々の共演。どうかお楽しみに。 第一部 チェ・ジュニョン+ホン・チュルキ(from アストロノイズ/ソウル) 、ディクソン・ディー(香港) 、梅田哲也 巨大な廃墟でISOとジム・オルークが9年ぶりの共演! 独自のポジション、独自のセッティングにより、PAを使わずに、独自のサウンドシステムを使っての演奏です。 第二部 チェ・ジュニョン+ホン・チュルキ + ディクソン・ディー + 一楽儀光 + Sachiko M + 梅田哲也 + 大友良英 サウンド 近藤祥昭 ただいま来年のYCAMでの展示の打ち合わせに山口にきております。明日からは北九州。29日からの北九州ビエンナーレの準備です。30日のセットのほうはもう売り切れてますが、29日ジムオルーク+I..S.O.はかなり巨大な会場なので、まだまだ余裕ではいれるはずです。 と、西日本でわたしが動き回っている間にも、地元吉祥寺ではGRID605、あたらしいスタッフも投入し、元気にイベントやっておりますのぜひぜひサイトをチェックの上お越しください→http://d.hatena.ne.jp/GRID605/ 会場の場所を知ってる人は、当日きても恐らく入れます。知らない人は予約を。予約をした人のみに場所の案内をしま〜す。古い雑居ビルの一室12畳の部屋で、一見怪しく思える場所ではありますが、どうかご安心を。 会場整理の都合上、ご来場希望の方にはご予約いただくようにお願いしております。 受付はメールのみの対応となります。予約を希望される方は下記の情報を送信して下さい。 info@hibarimusic.com ・メールの件名: ヒバリ映画祭 vol.2 ・氏名: ・電話番号: ・申込み人数:(3名以内) 昨年の開始時に、1年の間に2ヶ月に一度で6回、という期限を設けた『中村としまる・直嶋岳史デュオ活動』ですが、様々な障害により進行が遅れてしまいました。 こうなってしまうと、どうにもシリーズ感が出せないものです。しかし、仮に企図通り2ヶ月に一度を守ってきたとしても、やはりその連続感は出せなかったのではないかと、私は思っているところであります。2ヶ月前のことは、朧なのですもの。忘れてはいないけれども、憶えてもいないような感触。前回の演奏内容などは、それはどのみち憶えていたいものではないので朧でも一向に構いませんが、自分 たちが誰たちだったかぐらいは憶えていたかった。もう少し自らを追い込んで、1ヶ月に一度で一年間続けるように企画するべきだったかもしれません。最終回は、それでも少しは抗ってみて、ゲストなしで自分たちだけの2セットに自分たち自身を追い込んでみます。しかも、前回までよりも、入場料がお安くなっております。(中村としまる) 会場整理の都合上、ご来場希望の方にはご予約いただくようにお願いしております。 受付はメールのみの対応となります。予約を希望される方は下記の情報を送信して下さい。 nakanaoreserve@yahoo.co.jp ・メールの件名: 中村直嶋デュオ活動五回&六回 ・氏名: ・電話番号: ・申込み人数:(3名以内) 会場整理の都合上、ご来場希望の方にはご予約いただくようにお願いしております。 受付はメールのみの対応となります。予約を希望される方は下記の情報を送信して下さい。 pro_meet@yahoo.co.jp 常夏のシンガポールから戻ってきたらさぞや涼しかろうと思ったら、全然暑い・・・例によって帰国早々24時間スーパーに走ってスイカ購入。 シンガポールであれやこれやとあったことは、また後日アップするとして、いずれにしろあそこで出会った人たちと次のプロジェクトが動き出しているってのが、まずは嬉しい収穫。(写真はシンガポールの屋台での打ち上げ) 帰国後はすぐにお台場にある未来館にいきまして「アンダーグラウンド展」の音の仕上げを。アンダーグラウンドといっても、アングラのことではなない。別名「地下展」。そう地球の地下をテーマにした科学的な展示。それの音を、オレやイトケン、梅田哲也なんかでやってるのですが・・・って、やっぱこれじゃアングラかな・・・まあ、それはさておき、なかなか面白い展示です。入り口の音はイトケン担当、で途中南極の地下の何万年も前の氷が溶ける音がヘッドフォンで聴けるようになっていて(これの録音も面白かった・・・何万年前の空気がはじけ出てくるパチパチした音が聴けます)そのあとは、「生命の樹」という展示でわたしが作った地下展のテーマ曲が流れまして(録音メンバーは 高良久美子/マリンバ、石川高/笙、松本治/tb,tuba、大蔵雅彦/b-cl tubus、工藤美穂/violin、坂本弘道/cello、Sachiko M/sinewaves、水谷浩章/b、芳垣安洋/perc、大友良英/g)、そのあとはこのメンバーの音源を使って梅田くんのつくった特殊スピーカーシステムを鳴らす「スノウボウル」というDVDの山口崇司の映像作品の展示があって、さらにその奥には注目の若手美術家平川紀道のハイパーな作品「46億年の時計」という展示があって、この音も同じメンバーの音源をつかったもので、展示の奥に行くとどんどんリミックスされている感じになっております。え〜と年末にはここでコンサートもやる予定なのでお楽しみに。 9月24日は「音遊びの会」の神戸での公演に久々に参加。今回は学会の一環での公演のようで、いかめしいタイトルがついております「日本特殊教育学会第45回大会:特別開催公演 音の運動会」 会場は神戸国際会議場:メインホールhttp://kobe-cc.jp/access/index.html 入場料:大人¥1,000、小人(小学以上)¥500 演奏は昼間13時〜14時 クソガギどもとは春に会って以来。どんだけ成長してるのか、風の噂には聞いているけど、実際に会うのは本当に久しぶり。今のオレの音楽に一番のインパクトをもたらしたのは彼等だもんなあ。楽しみ。10月13日、京都精華大学でもONJOと一緒に共演するので、お楽しみに。 そのあとは京都のNHKTVのニュース番組出演のため京都によってから、来年の企画の打ち合わせに山口のYCAMへ。 でもってそのあとは、もうじき本番を向かえる北九州ビエンナーレに。先日シンガポールで会った香港のデイクソン・ディーや、ソウルで共演したばかりのホン・チュルキとチェ・ジュニョン、地下展でも一緒になった大阪の梅田哲也、そしてもうじき結成10年になる一楽儀光, Sachiko M,大友良英によりI..S.O.が初日は巨大な倉庫跡の廃墟で特殊のセッティングの中ジム・オルークと、2日目は昭和初期にたてられたモダンビルの廃墟でカヒミ・カリィと共演します。音楽だけではなく、美術、映画、さまざまな展示やイベントが行われます。 第一部 チェ・ジュニョン+ホン・チュルキ(from アストロノイズ/ソウル) 、ディクソン・ディー(香港) 、梅田哲也 第二部 チェ・ジュニョン+ホン・チュルキ + ディクソン・ディー + 一楽儀光 + Sachiko M + 梅田哲也 + 大友良英 サウンド 近藤祥昭 女の子の足が美しすぎて目のやり場に困る。まいったぞシンガポール(汗 と戯言言ってる場合じゃない。早速シンガポールの報告を。 香港に頻繁に行き出した頃だから、今から15〜6年ほど前。当時香港初のインディペンデントレーベル「Sound Factry」をやていたヘンリー・クォックやデイクソン・ディーといつも話していたのは、いつかアジア各国のミュージシャンが自由に行き来できるようになったら、即興やノイズ、エレクトロ二クス、オルタナティブ・・・いろんな地域から音楽家が集まって、なにかを一緒に作れるようになったらいいな・・・みたいな話だった。オレは32歳、デイクソンは20歳そこそこ、ヘンリーも20代後半。皆若かっくて、まだ現実をそんなには見ていなくて、夢ばかりを語っていたのだ。一番キャリアのあったオレですら、欧州で国境を自由に越えて様々な音楽家が行き来しているさまを見て、僕等の足元でも、こういう風になればいいのにと思って夢を見ていたのだ。確かにアジアの情況は欧州ほど簡単じゃない。共通の言葉もないし、国境は海でへだているし、なにより東、東南アジアは、太平洋戦争と東西冷戦、革命なんかの影響をもろに受けていて、欧州のように人々が自由に行き来できる情況からは程遠かった。でもその欧州だってほんの半世紀前まではドイツ人とフランス人が殺し合いをしていたのだ。無理なことではない。とは言え僕等の力は、まだまだ到底およばないな・・・そう思っていた。これが1992年の現実。 あれから15年。シンガポール、ハノイ、ジャカルタ、香港、ソウル、東京のミュージシャンが集まって、シンガポールで即興演奏をやっている・・・オレにはもうそれだけで、充分すぎる。なんだか夢の中にいるような気分。充分すぎるくらい幸せな出来事なのだ。まさかオレが生きている間にこんな情況がくるなんて。即興演奏と安易に書いてしまったけど、その言葉もなにか違う。たしかに僕等は即興演奏のようなことをしてるけど、欧州で広まったそれとは明らかに違う。いわゆる音響的即興というのとも違う。自分がやっていることの中で一番近いものを探すとしたら、今年になって再開したONJOのある部分とか、幽閉者のサントラのライブでやったものとかに、かすかに近い。でも同じものではない。見た目はもしかしたらキース・ロウのやってるMIMEOに近いかもしれないけど、出てくるサウンドはまったく違う。 Venzha Christiawan(ターンテーブル、ラップトップ、セルフメイドインストゥルメント)ジャカルタ 全員でひたすら即興演奏をした初日は、なんというか、もうただ音が壁になってるだけの散々なもので、オレ自身もほどんど自分の演奏は出来なかった。それでもオレは嬉しかった。なんだかみんなでとにかく何かを作ろうとしてもがきながらでも音を出しているのが嬉しくて、それだけで幸せだったのだ。多分、あのひどい演奏を聴いた数少ないお客さんに、この気持ちは伝わらなかっただろうなあ。でも、どんなにひどく聴こえていようと、かまわないと思った。いきなり出合って、素性もよく知らない9人が、きっちりと整ったいい演奏が出来たら、そっちのほうがおかしいもの。オレは素敵なカオスを心から楽しんだ。 初日の夜、演奏が終わったあと皆で話し合った。さすがに、これはまずいと皆思ったのだ。共通の言葉は英語。といってもネイティブで英語が使えるのはシンガポールの3人のみ。あとは結構使いこなしている人から片言までいろいろ。いずれにしろ、僕等アジア人には共通言語はない。クソ不愉快なアメリカの言葉だとしても英語でコミュニケーションするのが一番便利だ。アジア各国のエリートでもなんでもない一介のミュージシャン達が英語で音楽について話し合うなんて情況は20世紀には考えられなかった。みなが片言の英語やら、訛りの強い英語で、自分の意見を搾り出して議論をしてる。サウンドマンも加わって、ちょっとした激論にも。でも、それだけでも、またオレは幸せな気分。ええぞ、ええぞ、みんな、その調子、その調子。 で、まずは、丁寧に長方形にならんでいたステージ上の配置を半円形に換えて、モニタースピーカーをなくして、PAのメインスピーカーを後方に置いて、客席と同じ音を自分たちで聴きながら演奏する方法にまずは変更することにした。翌日はこの配置にして昼から再び、何度も演奏とディスカッションを繰り返す。静かに即興の歌をうたうZaiの存在がにわかに輝きだしてくる。 この日の晩の演奏は、オレにとっては、人生の中でも、そう簡単には味わえないような、素晴らしいものだった。見に来てくれたお客さんの中には、いろいろな意見があって賛否両論だったようだけど、オレにとっては、今までどこでも見たことも聴いたこともない事態がステージ上でおこりつつあるのを聴きながら、演奏しながら、大袈裟かもしれないけど奇跡がおこっているような感じだった。この独特の感じ、神戸でやった知的障害者達とのワークショップの発表会「音の海」のときに起こったあの感じ、あるいは、最近だと幽閉者のライブのときに味わった、あの感じ、なににも例えられないけど、でもなにか面白いことが起こっていて、確実になにか音楽が生まれている感じ。なにかが生まれる瞬間、これを感じたくて、音楽をやってるようなもんだ。そのなにかが起こったような気がしたのだ。多分ステージにいた人間は、みな多かれ少なかれそう思っていたんじゃないかな。打ち上げの時の幸せそうなみなの顔を見れば、それはすぐにわかる。現地のミュージシャンたちもくわわって深夜まで、僕等は音楽についての超まじめな議論に明け暮れる。 「いろいろな国からあつまったのはいいけど、なにか大切なものが欠けてないか? チーワイ」(チーワイは今回の主催者でこのプロジェクトのリーダー、長身男前の32歳、顔も声も身のこなしも大阪の梅田哲也にそっくり) 「だってシンガポールではスキャンルはご法度だもの、女性がはいったら、なにしでかすかわかったもんじゃないし」 とまあ、なんだかんだ言っても、どんなにまじめな演奏をしていようと、ミュージシャンと名のつく人種は世界中こんな程度のもんなんす。演奏が終わった僕等にまじめな話なんて期待してはいけません。そういうのが好きな人は家でユリイカとかワイヤーとか読んでいてください。 3日目は、2日目のようなミラクルは起こらなかった・・・演奏したみなはそう思っていたみたいだけど、でも、オレはそうでもないなと実は思ってる。2日目に起こったことは、僕等の目標とするような音楽の最初の扉が少しだけ開いた、ただそれだけの感動だったんだと思う。それだけでもすごいことだ。でも、僕等は早くもその先を見たくなっていたのだ。3日目は、少しだけ開いた扉の前で、初めて見える風景を前に、僕等はなにが出来るかを考え出したのだ。だからミラクルなんて起こるわけもない。待ってるのは現実なのだ。だから、オレはこの3日目の演奏が実は2日目以上に気にいってる。それは音楽としてはまだまだまったくの未完成のものかもしれない。でも、完成したもの、最初から言葉で説明できるようなもの、あるいはなにかのジャンルを守るとか、自分を守るため(自分を探すため)の表現みたいな保守的なものには全然興味がないし、そんなことより、人と人が顔をつき合わせて、互いの方法を尊重しながら何かを作っていくこと、オレにはそうした方法にしか今は希望がもてない。音楽が好きで、今も変わらず音楽を信じているのは音楽は一人でも作れるけど、でも、それ以上に大切で面白いのは音楽はアンサンブルによって生まれるものだから・・・とい一点にあるような気がしてる。だからこそこの3日目は2日目以上に大きな意味があると思ってる。それはみなが、扉の向こうにあるまだ見たことのない現実に向かいだしたってことでもあるのだ。 3日目が終わったあと、僕等は例によってくだらない話を連発する打ち上げの中で、来年、このプロジェクトを北京やジャカルタ、東京、あるいは欧州に持ってく話をはじめていた。続ける中で見えてくるものを僕等は見たくなったのだ。 写真1 会場前のカフェにて。左からリーダーのシンガポールのチーワイ(若干32歳、このプロジェクトが動かしたのは最年少の彼)、ひとりおいて、即興で歌い、ノイズも演奏する同じく地元のザイ(彼とは7年前のシンガポールでのフライングサーカスプロジェクト以来久々の再会、演奏も歌も非常に良くなっている)、キャップをかぶって後ろ向きなのは伊東篤宏、その奥のメガネは地元のDJスターでもあるジョージ。 写真2 楽屋に通じるエレベーターにて。香港のディクソン(15年前に夢を語りあった若造だったディクソンは今では中国のエクスペリメンタルミュージックの最重要人物だ、月末、北九州ビエンナーレにも来るのでお楽しみに)、ソウルのサンテ(彼とは先週会ったばかり)、伊東篤宏、ジョージ。 写真3 最終日の打ち上げをしたバーにてジャカルタのベンザ(彼かわいい上にファッショナブルで演奏もクール)、ベトナムのタン(彼はオーケストラの作曲なんかもする切れ者)、それから最年長48歳のオレ。若造には負けられない。 2007/09/17 00:22 皆さんこんにちわ。ブログ楽しく読ませてもらいました。NY在住のくしるじゃと言う名前の女です。大友くんのメールアドレスなくして連絡とれず困っています。どなたか助けていただけませんか?私のメールはdancekk@earthlink.net です。私は今年の冬2007年に2度来日します。1度目はシンガポールに行った帰りに立ち寄る(10月29日シンガポール着&11月11日成田着同月20日まで在住)と、2度めはLANCE BLISTERS の公演の為に来ます。といってもまだギグがとれていなく大友さんや皆さんにやらせてくれそうな小屋の情報をいただけたらと思っています。公演可能な日程は12月21日から1月5日まで。どこにでも行きます。PAのあるところなら。LANCE BLISTERS (ランス ブリスターズ)は音と映像の2人編成で活動して、ジェフ マターズ (Geoff Matters) と言う人のバンドで、アチキの彼氏でもあります。彼は曲の細々した委細をコンピュータに仕込み、真っ黒に光るMIDI ギターでトリガーして曲を奏でながら、米国政治的批判が充満した言葉でもって舞台狭しとパンクロックします。すごいですよ。映像は元映像の人と共同制作した者です。今回の来日では、私が僭越ながら映像を勤めることになりまして、元気に舞台を飛び回ろうと決心しています。ジェフはNYでShareを発起した3人の一人です。チェックアウト share.dj. 2008年の秋に東京にShareができるよ。委細が固まってきたらお知らせします。得をみんなで分けるという主義が徹底しており、学生時代彼の仲間とで作ったDJソフトGDAMはオープンソースで,いつでもダウンロードが可能です。以下、Lance Blisters のウェブサイトのリンクです。http://lanceblisters.com/ |
[ 76] 大友良英のJAMJAM日記
[引用サイト] http://d.hatena.ne.jp/otomojamjam/
