資生堂とは?

株式会社資生堂(しせいどう、英称:Shiseido Co., Ltd. )は、化粧品の製造や販売を中心とする日本の企業である。
国内第1位の化粧品メーカーであり、世界では第5位である。登記上の本店は東京都中央区銀座七丁目の資生堂銀座ビルだが、実質的な本社機能は東京都港区東新橋一丁目の汐留タワー(日本テレビ向かい側)内に移管している。
商号の由来は、中国の古典『易経』の一節「至哉坤元 萬物資生」。「資生」は中国清代の文献に良く見られ、日本語で「経済」と翻訳された時期があった。
シンボルマークは「花椿」と呼ばれ、資生堂に関連する活動にも「椿」の名称がよく用いられる。このシンボルは1987年に広告での使用を中止し、1989年以降は製品からもはずすなど対外的な使用を取りやめていたが、2004年に復活している。
世界的にも資生堂商品は品質の評価が高く、シセイドー・ボーテなどの名で海外にも製品を展開している。 また、芸術関係への助成にも定評がある。
1934年 - 高島屋、神戸大丸にて当時銀座にさえなかった百貨店を舞台に華麗なキャンペーンを実施した。
SEA BREEZE(シーブリーズ) - 1902年にアメリカで発売されたブランドで、メントールを使ったローション・シャンプーなど。2000年にグループ会社のエフティ資生堂が外資系製薬会社ブリストル・マイヤーズ・スクイブから買収。現在は資生堂が販売。
2000年代に入り、100以上に増えすぎてしまったブランドを整理・統合し、新ブランドなどに集約・特化する「メガブランド構想」を打ち出し大再編に踏み切ったが、一時的な混乱が生じた。低価格品や普及品分野においては「SHISEIDO」を冠さない方針により、エフティ資生堂の商品は「資生堂」の文字が外され「FT」としたが、すぐに復活した。コスメニティ事業では「FITIT」と名乗ったがどちらも浸透せず、ブランド価値が分散する結果になった。組織をブランド単位に分割する施策は縦割りの弊害を招き、元に戻された。
エフティ資生堂 - トイレタリー事業。資生堂ファイントイレタリー(旧資生堂商事)を吸収合併し、トイレタリー製品専門会社となっていたが、現在はほぼすべて資生堂本体に移管されている。
資生堂フィティット - コスメニティ部門。旧資生堂コスメニティ。セルフ化粧品など一部の商品の発売元。
資生堂物流サービス - 2007年4月1日付けで日立物流へ譲渡。現在は「日立物流コラボネクスト株式会社」と名称を代え、日立物流の子会社として資生堂の物流機能を請け負っている。
一社提供の場合、提供クレジットに「提供」と付かず、単に「SHISEIDO」もしくはCIマークのみ表示する場合が多い。
かつてのクレジットの文言は「東京・銀座 資生堂」だった。90年代初期には「ヒトを彩るサイエンス SHISEIDO」というクレジットも存在した。
2006年8月28日夜9時にTBS系(毎日放送制作)でCMづくりにかける製作者たちの2時間ドラマ「メッセージ〜伝説のCMディレクター・杉山登志〜」が放送されたが、資生堂の単独提供で、内容も資生堂のCM作りにかけた男たちの物語だった。CMのCMキャンペーンの一環でもあり(放送直前にCMの60秒バージョンが放送されている)資生堂とCMの関係の強さを表していた。この放送でのクレジットは「一瞬も、一生も、美しく SHISEIDO」で、これはこの番組を制作した毎日放送が同様に制作している「皇室アルバム」におけるスポンサースローガンと同じである(資生堂は現在の「皇室アルバム」のスポンサーでもある)。
少女雑貨専門TV エクボ堂 - 資生堂エクボ(現在は消滅)が提供。資生堂本体もヒッチハイク部分でCMを流していた。
薄紫に塗装された車輌の両サイドに黒文字で、資生堂とTECH21のロゴを配置したカラーリングである。 ヤマハ発動機ワークス・チームのスポンサーカラーであるTECH21カラーは、1980年代後半に人気を博した為、排気量別に何種類かモーターサイクルが、ヤマハ発動機から限定販売された。
鈴鹿8時間耐久ロードレースでヤマハ発動機ワークス・チームのスポンサーになり、男性用化粧品であったTECH21のロゴをFZR750(1985年〜1986年)とYZF750(1987年〜1991年)の車体及びライダースーツとスタッフウェアに展開した。※レースクイーンのレオタードも含む。
資生堂は、女子陸上部を持っており、「資生堂ランニングクラブ」と称している。所属選手は近年、各競技大会において目覚しい成果をあげるようになってきている。2006年12月の全日本実業団対抗女子駅伝ではアンカーに弘山晴美を擁して、悲願の初優勝を果たした。
弘山勉 元選手で2007年4月より新監督となる。資生堂ランニングクラブはかつて弘山と、安養寺俊隆(現資生堂RCコーチ)、川越学(現セカンドウィンドAC監督)、比嘉正樹(現セカンドウィンドACコーチ)など男子選手も所属していたが、会社として男子選手の採用を行わなくなったため選手の引退で自然消滅した。
松田千枝(東京国際女子マラソンに1979年の第1回から連続して参加。1985年大会で自己最高記録の4位入賞)
弘山晴美(夫は現監督の弘山勉。1996年アトランタ、2000年シドニー、2004年アテネと3回連続の五輪代表選手)
谷川真理(1994年まで所属。1991年東京国際女子マラソン、1994年パリマラソンなどで優勝。現在はアミノバイタル所属)
野村洋子(初マラソンの1997年大阪国際女子マラソン5位、後に五輪優勝となる高橋尚子に先着。2001年引退)
山内美根子(2000年東京国際女子マラソンで自己最高記録の7位入賞。2003年引退、現セカンドウインドACコーチ)
嶋原清子(2006年ドーハアジア大会で銀メダル獲得、2007年大阪世界陸上女子マラソンでは6位入賞と健闘)
尾崎朱美(2006年東京国際女子マラソンでは高橋尚子を抑え準優勝、2007年同マラソンは自己新記録で4位)
加納由理(初マラソンの2007年大阪国際女子マラソンで途中渋井陽子を追い抜き3位、同年北海道マラソン優勝)
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[ 5] 資生堂 - Wikipedia
[引用サイト]  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B3%87%E7%94%9F%E5%A0%82



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