中毒とは?

愛犬がいろいろな中毒によって具合が悪くなることは、まずないだろうと思っているかもしれませんが、中毒の発生率はかなり高いと言えます。たとえば、あなたの家の庭とか犬の散歩コース、および周りの環境などを思い出してください。そういう場所でさえも、犬にとって危険が一杯ある場所なのです。特に成長期の動物においては、まだしつけが十分にできていないので、より危険なのです。
これは推定ですが、動物が成長する過程において、まずいろいろなものを口にしてみる。そのとき、食べたものの毒性がある程度強いと、動物はお腹が痛くなります。すると、こういうものを食べたらお腹が痛くなるんだなということを覚え(これを学習と呼びます)、そのような過程をへて仔犬はだんだんと成長していくのです。
運が悪くて、その学習の過程で許容量以上の毒物に冒されると、中毒の症状が出ることになります。したがって、愛犬のいる場所は安全か、周りに食べたり飲んだりすると危険なものはないかどうかを、飼い主が一度考え直してみることが重要です。
中毒は通常、化学薬品とか食べ物とか、その他の物質を食べたり飲んだりすることから起こります。とくに化学薬品などで注意しなければいけないのは、毒性はないと記されていても、蓄積性の問題があるので、長時間にわたって使用すると、毒性を発揮する場合があることです。
一般的は、突然激しい嘔吐や下痢、ケイレン発作が起こり、虚脱や昏睡の状態になって、動けなくなってしまうことがあります。また、口から泡を吹いたりすることもありますが、これらの症状はすべて中毒に限らず、ほかの病気でも起こることがあるので、注意が必要です。
中毒の診断は最も難しいものです。飼い主が明らかに中毒と思われる根拠をもたらす場合以外は、中毒の診断は非常に難しいと考えてください。ですから、中毒を疑う根拠が何もない場合、通常、獣医師はあらゆる状況を考え、それらの状況に当てはまる病気がないかを調べ、もし無い場合はいろいろな中毒を疑います。
もし飼い主に愛犬の状態は中毒が原因ではないかという心当たりがある場合、最も重要なことは、愛犬を動物病院に連れていくときに、その原因と思われる物質を持参することです。たとえば、殺虫剤や殺鼠剤、あるいはそれに類する化学薬品であれば、それらの成分を見ることにより、解毒剤の決定に非常に役立ちます。
解毒剤が決定され、速やかに対応できるかどうかで、愛犬の生死が左右されることもあるので、冷静に対処することが重要です。
庭で除草剤や殺虫剤を使用した場合、あるいは近所でそれらの薬剤を使用した場合、犬を外に出すと中毒を起こす可能性があります。また、アセビ(馬酔木:ツツジ科)の木を犬が食べると中毒を起こします。日本ではあまり起こりそうにない状況ですが、アメリカなどの諸外国では、自動車のラジエーターの冷却液として使用される不凍液を犬が飲んで中毒を起こすことがあります。この不凍液の成分はエチレングリコールで、犬が好む甘い味がします。古い車からラジエーターが漏れたり、自分でラジエーターを取り替えようとする場合(日本では通常ガソリンスタンドで行なう)、ちょっとしたスキに動物がそのラジエーターを飲んでしまうことがあるのです。
家のなかでは、洗剤、石鹸、消毒剤、タバコ、観葉植物(キョウチクトウ、ポインセチアなど)に注意してください。また、人間用、動物用の各種の薬を誤って飲んだり、心臓病などの薬を服用量の数倍も投与してしまったという場合も中毒を起こすことがあります。
医学的処置はすべて病院でないとできないというわけではありません。飼い主が知っていれば、咄嗟の場合に役立つこともたくさんあります。以下にいろいろな対処法を紹介します。
まず、毒性があると思われる物質に皮膚あるいは眼などがふれた場合には、大量の水で洗います。通常はホースで、それらの毒物をどんどん洗い流してください。できれば、ぬるめのお風呂に入れるのもよいでしょう。できれば飼い主も手袋やエプロンをし、毒性物質にふれないように保護しましょう。
そして、もし動物が飲めば、水を多く飲ませるのがよいでしょう。ただし、飲まないケースも多いようです。次に大切なことは、動物をおとなしくさせることです。興奮しない環境下においてあげてください。
動物を新鮮な空気に当てることも大事です。暑すぎず、寒すぎず、過ごしやすい新鮮な空気の多いところに動物を休ませることです。もちろん、間違って食べたと思われる物質を、動物と一緒に病院に持っていくことを忘れてはいけません。
そして、何よりも動物が食べた毒物がそれ以上吸収されるのを防ぐ努力をすることです。それには、嘔吐させることも有効です。食べた後2時間以内なら、嘔吐がかなり有効なケースが多いようです。
嘔吐させるには、健康な犬であれば、犬の大きさに応じて、食塩をスプーン1〜7杯くらいまで、舌の上にのせて飲ませる方法があります。そうすると、お水を飲み、その後で嘔吐することが期待されます。
元来、人間が食べて中毒を起こすようなものは、犬が食べても中毒を起こすと考えてよいでしょう。しかし、問題なのは人間が食べても中毒を起こさないけれども、犬が食べると中毒を起こすものです。最も有名なものはタマネギ中毒で、これはタマネギ、ネギ、ニンニクなどを一定量以上摂取することによって起こります。また、あらかじめ素因をもっている動物は少量でも中毒を起こします。
実際によくみられるのは、ハンバーガーに入っているタマネギを食べたケースで、すき焼きや天ぷらを食べて中毒を起こすことも多いようです。このタマネギ中毒の場合、煮ても焼いても毒性は変わらず、それらの汁でも中毒を起こすので注意が必要です。タマネギ中毒を医学的に説明すると、タマネギを食べることによって犬が溶血性貧血(赤血球が壊される貧血)を起こし、さまざまな状態が引き起こされるのです。
だいたい犬の体重1キロ当たり15〜20グラムのタマネギで中毒を起こすとされていますが、症状が出ない犬や、これ以下の少量でも症状を出す犬もいます。 また、チョコレートも大量に摂取すると中毒を起こします。いわゆる「チョコレート中毒」です。また、サケ、川魚を焼かないで食べた場合も、中毒を起こすことが知られています。
まず、殺虫剤による中毒で、よく見られるのがノミとりまたはノミ除けの首輪によるものです。通常の使用ではノミとり首輪による中毒は起こらないのですが、薬品に多量にふれる状況で使用すると、中毒症状が現れることがあります。 安全に使うには、ノミとり首輪を入れ物から出し、使用する前に24時間放置しておくとよいでしょう。また、愛犬の首の太さに合わせてバンドを切り、けっして二重に巻いたりしないことも大切です。さらに、なるべく雨とか水分にバンドが当たらないようにしてください。
最近のノミとり首輪は水分などにも強く、毒性を発揮しにくいものもありますが、やはり注意する方がよいでしょう。また、ノミとり首輪を動物同士が嘗めあうと危険なこともあります。複数の犬がいる場合は、ノミとり首輪の上に通常の首輪をして固定し、危険を避けるようにします。
できれば、ノミとり首輪に使用されている薬品の主成分を覚えておいてください。その主成分を含む薬品をほかにも使えば、それだけ中毒を起こしやすくなります。ノミとり首輪の薬品の主成分としてよく使われるのは、有機リン系の薬品です。もし、首輪以外に、ノミとり粉や薬浴液も有機リン系のものを使用すれば、毒性が2倍にも3倍にもなると考えてください。
また、ダニ、ハエ、アリ、毛虫などを殺虫するために殺虫剤が使われます。これらの主成分は、トリクロロフォン、ナラチオン、ロンネルなどです。このような殺虫剤を犬がもし口にすれば、中毒を起こすことがあるので、それらの使用にも注意しなければなりません。
これらの中毒が起こると、先述のようないろいろな症状が出ることがあります。ですから、たとえばノミ取り首輪を付けたとか、何か変わった状況があった場合は、特にその後1週間程度は、注意して愛犬の様態を観察しなければなりません。
また最近、殺虫剤としてホウ酸(90%以上の高濃度)が、ゴキブリ、アリ、ハエの駆除に用いられていますが、これを食べることによって中毒が起こることがあります。主な症状としては胃腸系の障害が見られ、緑青色の吐物や下痢が多いようです。しかし、傷のない皮膚からは吸収されないと言われています。
主にネズミの駆除に使われる薬品です。よく使用される殺鼠剤の主成分はワルファリン、タリウム、メタアルデヒド(ナメクジ駆除剤)などです。そのなかでも、ワルファリンが最もよく使用されているようです。ワルファリンは犬の場合、だいたい5〜50g/kg(体重1kg当たり5〜50g)以上摂取されると中毒が起こります。また、1日に1〜5gのワルファリンが5〜15日間継続的に摂取されると、中毒症状を起こします。
中毒の主な症状はさまざまな部位の出血で、鼻血、吐血、血便、血尿などが見られ、貧血を起こし、衰弱状態になります。そしてほとんどの場合、脳あるいは胸の出血を伴って動物が死んで発見されることが多いようです。
ワルファリンが動物の体内にはいると、血液の凝固機能が妨げられます。通常はネズミが少量ずつ何回も食べると、血液の凝固が抑えられ、眼底出血を起こして死にます。そのため、ネズミは明るいところに出てきて死亡するのが特徴です。
犬が直接この薬物を食べる場合もありますが、以前はこれらの薬物を食べたネズミを食べて中毒を起こすこともありました。治療には、ビタミンKなどの止血剤を中心に投与します。しかし、この中毒症状は急性の経過をたどるので、程度によっては助けることが難しくなります。メタアルデヒドは、カタツムリとかナメクジなどの殺虫剤としてよく用いられています。園芸店にて液体、散剤、顆粒の状態で販売され、植物に直接散布して使用します。
この薬剤によって死んだナメクジやカタツムリが葉の裏によくついていることがあり、それに気がつかずに葉を食べたり、薬剤をかけられたナメクジやカタツムリが死ぬ直前に犬の食べ物に入り込み、それを犬が食べることによって中毒が起こります。
症状としては、ヨダレを流したり、興奮状態になります。1〜2時間すると、運動失調を起こし、立ち上がることができなくなって、意識を失い、呼吸困難に陥ります。そして最終的には、酸素が不足して死亡するケースが多いようです。
除草剤は農薬の一種で、フェニール系、尿素系、トリアジン系などがあります。除草剤は概して皮膚を通してよく吸収されます。また、足の裏についた農薬を嘗めることによって、中毒を起こすことも少なくないようです。ですから、除草剤が付着した疑いのある場合は、足の中心によく洗うことが大切です。症状としては運動失調、ケイレン発作が起こります。そして腎不全が起こり、3日以上経過すると呼吸器系が障害を受けて呼吸困難となり、肺に水が溜まったり、出血が起こります。ダイコートも同じようにケイレン発作があり、胃腸炎と腎不全の症状が現れ、最終的には水分の喪失と電解質の障害により、死亡することが多いようです。トリアジン系は、多くの穀物やトウモロコシに使われる除草剤です。
問題となる重金属には、鉛、水銀、ヒ素、リンなどがあります。これらのうちヒ素やリンなどは、殺鼠剤、殺虫剤、除草剤にも含まれています。現在ではこれらの製造はだんだん少なくなってきていますが、まだある程度は使われています。
重金属中毒で最も有名なのは鉛中毒でしょう。現在のペンキは大丈夫ですが、古いペンキで塗ったものとか、ハンダ、バッテリー、リノリウムなどは鉛中毒の原因となります。また、我が国では少ないのですが、狩猟用の散弾銃の弾も、動物の体内に入ると鉛中毒を引き起こします。
鉛中毒の症状は消化器系と神経系に現れます。嘔吐、下痢が主なサインで、最終的には神経系、すなわちケイレン発作を起こします。特にこれらの中毒は成長過程の犬、つまり仔犬に多く見られます。よく問題となるのですが、この鉛中毒とジステンパーの症状が似ているので、これらの鑑別が非常に重要となります。通常は、慎重な血液検査とレントゲン検査を行なうことにより、鑑別は可能と言われています。鉛中毒もできるだけ早く治療する必要があります。
よく見られるものにヒキガエルによる中毒があります。犬がヒキガエルと遊んでくわえているところを見たら、すぐにカエルを引き離し、犬の口のなかを水で十分に洗うことが重要です。そして、すぐ動物病院へ連れていかないと、ひどい場合は2〜3時間以内で死亡することがあります。
ヒキガエルの毒素は心臓に異常を起こします。ヒキガエルの耳下腺(耳の鼓膜の盛り上がっているところ)からは、強力な毒素が分泌されます。この部分を犬が嘗めたりくわえたりすると、毒素が口の粘膜から吸収されます。これはかなり多い例で、よく動物病院へ連れてこられますが、ひどい場合は死亡します。
蛇による咬傷も場所によっては見られるので、すこし説明しましょう。無毒の蛇と有毒の蛇がいますが、咬まれた痕によって判定が可能です。もし2本の咬み痕があればそれは、有毒の蛇と考えてください。咬まれた後がU字型で多数の歯の形をしていれば、無毒の蛇なので、反応はほとんどないと考えてよいでしょう。有毒の場合は咬まれた場所に激しい疼痛がただちに起こり、動物はさわられると非常に痛がります。そして、出血したり、浮腫が起こって、周辺が急速に盛り上がってきます。嘔吐したり、鼻から出血したりし、最後にはケイレン、昏睡し、死亡することが多いものです。
処置としては毛を刈って、傷を注意深く洗い、包帯を施します。動物が咬まれてから4時間以内に治療されなかった場合には、ほとんど死亡すると言われています。応急処置としては、咬まれた場所の心臓に近い方に止血帯をし、毒が心臓に行かないようにします。止血帯は治療が行なわれるまでそのままにしておきます。そして、動物をおとなしくさせて、まり動き回らないようにさせ、速やかに動物病院に移動して治療してもらうことが重要です。

[ 8] 犬の飼い方と病気:中毒について
[引用サイト]  http://www.pet-hospital.org/dog-005.htm

中毒(ちゅうどく)とは、「毒に中(あた)る」の意味であり、生体に対して毒性を持つ物質が許容量を超えて体内に取り込まれることにより、生体の正常な機能が阻害されることである。
前者に上げた中毒は、食中毒や強力な毒物を取り入れることで起こる急性中毒と、長期間にわたって少量ずつ体内に化学物質が貯留することで起こる慢性中毒に分けられる(「俗に言う中毒」=依存症を形成する原因物質にも組織や機能の障害を引き起こすものがあるが、必ずしも体内に貯留する訳ではなく、本態的には化学物質で起こる微小な組織・機能障害自体が蓄積されて重篤な身体症状となるのであり、本来の意味の慢性中毒とは異なる病態である)。
また、外部から体内に有害物質が取り入れられて起こる外生中毒と、伝染病や尿毒症などの体内で生成された毒素によって起こる内生中毒(自家中毒)にも分けられる。甲状腺中毒症では、過剰分泌される甲状腺ホルモンが原因である(甲状腺機能亢進症を参照)。
覚せい剤や幻覚剤など、物質の中枢神経系に対する作用による著明な不適応行動や心理的変化が、物質の使用中または使用直後に発現する場合、物質関連精神疾患の「物質中毒」として扱われる。
毒物には摂取後すみやかに効果が現れるものもあるが、長い時間がたってからでなければ効果が現れないものもある。たとえばシアン化ナトリウムやサリンなどは、摂取・暴露後にすぐ症状が現れ、量によっては数分以内に死亡する。一方、ドクツルタケの毒素アマニチンや解熱剤アセトアミノフェンなどでは、食後数時間以上たたないと下痢などの諸症状が現れず、それらの初期症状を乗り切ったあともしばらくたたなければ致死的な症状が発現しない。また、パラコートやアマニチンのように、激しい初期症状が治まったあとしばらくして多臓器不全となるような2段階の症状が現れるタイプの毒物もある。
中毒は全身が万遍なく具合が悪くなるものばかりではなく、特定臓器に被害が集中する場合も多い。たとえばメタノールは少量摂取しても目が失明するケースが多く、またパラコートは肺に重篤な損傷を与える。タリウム中毒では脱毛が著しく見られるなど、毒物の種類によって特徴的な所見を示す例も多く、微量分析によらない中毒源の発見を助ける。
どんな物質であっても大量に摂取すれば有害作用を示すようになるが、通常は比較的少量でも身体に害を及ぼすものを毒物または毒素といい、中毒を起こす最低量のことを中毒量と呼ぶ。しかしながら、中毒量は解毒作用の個体差や状態により大差がある。肝機能や腎機能が低下している場合(高齢者・喫煙者・大酒家・糖尿病患者などに多い)、毒物の解毒作用が弱くなるため、中毒量は低くなる傾向にある。
日本語の場合、精神作用物質の中毒により引き起こされる症状から転じて、しばしば依存症全般の俗称として、さらには精神疾患としての依存症とは言えないまでも、趣味に対して異様な執着を見せるマニア・フリーク等を揶揄して用いられることもある。
テトラクロロエチレン トリクロロエチレン - ジクロロエチレン - ポリ塩化ビフェニル - ダイオキシン類

[ 9] 中毒 - Wikipedia
[引用サイト]  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E6%AF%92

本論文は「中毒研究」誌(12巻261−268頁、1999年)に発表されたものですが、日本中毒学会・理事会の承認(2000年8月22日付け)によりここに掲載するものです。
産業現場には、災害や事故に限らず、日常作業の中にも健康障害を起こす種々の物理的、化学的要因が存在する。有害化学物質への曝露では粉じん中の遊離ケイ酸によるじん肺症、鉛、特定化学物質、有機溶剤による中毒や癌などの職業病がよく知られている。これらの職業病や中毒を予防するため、労働安全衛生法に基づくさまざまな規則による労働衛生管理が行われている。この中には作業環境中の有害なエネルギーや物質の量の測定(作業環境管理)や健康診断(健康管理)が含まれる。
中毒は、外来の化学物質の吸収に起因する生体の機能が障害された状態と考えられるが、これには急性と慢性の二つの発症形態がある。前者は比較的高濃度の化学物質に一回曝露したときに起こるが、後者は低濃度の化学物質に長期間にわたり反復して曝露するときにみられる機能障害を指す。この場合、一般には臨床的な機能、形態の変化が明らかに認められる。
産業中毒にも、爆発・転倒・漏えいなど事故より大量の化学物質に曝露することで起こる急性中毒と、長期にわたる日常作業が原因で起こる慢性中毒とがある。産業での慢性中毒は外来物質の進入経路として経気道または経皮的な吸収によることが多く、経口的な吸収は、手や衣服の汚れによる飲食または喫煙の場合である。低濃度の化学物質の慢性的な吸収では、明確な機能障害は現れないが生化学的な変化の認められることがある。このような場合を亜臨床的影響または非顕性影響と呼ぶ。また、機能、形態の変化(臨床的変化)や生化学的な変化(亜臨床的影響)も認められず、外来の物質またはその代謝物が生体内に検出されたり、尿などへの排泄が認められるだけのこともあり、この場合は単に曝露といわれる。
産業化学物質の曝露によって生じる慢性的な健康障害に対して、臨床的な変化の認められる前段階、すなわち亜臨床的な影響および単なる曝露の時点から中毒予防の対策がとられる。労働安全衛生法に基づく勤労者の定期的な健康診断も、この前段階からの健康管理を目的としている。健康診断には一般健診と特殊健診の2つがあるが、後者が有害業務に従事する作業者を対象とするもので、化学物質への曝露状況を評価、把握するため尿や血液など生体試料中の物質の検査が行われる。この検査を生物学的モニタリングというが、産業中毒物質の分析手法としても利用できる。
産業における急性・慢性中毒の多くは中小の建設業、製造業で潜在的に発生している。これに対応するため、従業員10人未満または50人未満の事業所を対象として地域産業保健センター(全国347カ所)や産業保健推進センター(各都道府県)が活動している。今後、この方面で産業中毒情報活動の要請が高まるものと考えられる。
労働省労働基準局編集の「労働衛生のしおり」にみる最近4年間の急性中毒件数について、その原因となった物質を整理してみると表1のようになる。全体で334件、うち死亡は38人、中毒患者数は805人である。有機溶剤の中毒は104件あり、トルエンとキシレンが56%を占める。次いでジクロロメタン、トリクロロエチレンなどの塩素系有機溶剤によるものが21%である。特定化学物質によるものは150件あるが、このうち塩素ガスと塩化水素によるものがそれぞれ30%、9%で、硫化水素によるものも28%と多い。その他の化合物による中毒は86件となるが、うち農薬によるものも13%ある。以上は、一酸化炭素中毒(117件)と酸欠(57件)は除いて計算している。
一酸化炭素中毒と酸欠を除く中毒の発生を業種でみれば、製造業、化学工業、建築・建設業が多く、それぞれ33.5%、21%、16.5%である。中毒の発生を企業の規模別で10人未満、50人未満、300人未満、300人以上に分けると、それぞれ23%、35%、33%、9%となり、91%の中毒が300人未満の中小企業で発生していることがわかる。また、有機溶剤中毒の60-80%が局排装置や換気装置の不備、保護具の不使用、不十分な労働安全衛生教育などが原因となっている。これらの原因が他の物質による中毒に比べて有機溶剤で高率となっているのが特徴的である。有機溶剤以外の特定化学物質ではこれらの原因に加えて作業標準、設備、工程管理なども原因となる場合が多い。
104例の有機溶剤中毒のすべては従業員300人未満の事業所で起こっている。内訳は製造業と建築・建設業がそれぞれ40%、31%を占める。特に建築・建設業では中毒の75%が10人未満の事業所において発生しており、製造業の29.3%に比べても極めて高率である。建築・建設業のなかでは、塗装作業で有機溶剤中毒が多発している。私たちが建築塗装業で調査した結果では作業者の15%が中毒の経験があると答えている(未発表データ)。建築塗装業では作業場が一定せず、短期間で次々と変わっていくことから、作業環境の測定が行われず環境管理が非常に難しい。さらに、塗装作業が浴室、トイレなどの狭い室内で行われることが多いことも塗装業における有機溶剤中毒発生の可能性を高めている。これらのことから労働省(現:厚生労働省)では「建設業における有機溶剤中毒予防のためのガイドライン」(平成9年3月25日)を示して中毒防止に努めている。
このように産業中毒では作業環境や作業方法の管理による一次予防が重視されるが、中毒が発生した場合には救急医療により対応することとなる。
産業現場ではトルエン、スチレンなどの炭化水素、トリクロロエチレンなど塩素系炭化水素、ジメチルホルムアミドやセロソルブ類の水溶性溶剤がよく使用されていて、これらの溶剤は急性中毒ばかりでなく慢性中毒の発生原因ともなる。最近、フロン、1,1,1-トリクロロエタンなどの塩素系炭化水素がオゾン層破壊の理由で製造停止となり、その代替溶剤として2-ブロモプロパン、1-ブロモプロパン、HCFC-123が使用され、生殖毒性、肝毒性が問題となった。また、ジクロロメタンも代替溶剤として、現在、わが国で多用されており、その発癌性、生殖毒性が注目される。セロソルブ類は、血液毒として造血系への作用と溶血作用があるばかりでなく、男性生殖障害や胎児影響なども知られている。これらの溶剤以外にも生殖機能に影響する内分泌撹乱作用のある化学物質が産業界で多く使用されている。化学工場や焼却工場で発生するダイオキシンも内分泌撹乱作用のある物質として注目される。鉛や水銀などを扱う産業現場でも中小企業を中心に非顕性的な慢性中毒が発生している1)。慢性の産業中毒に対しては、作業環境や作業の管理(一次予防)以外にも、生物学的モニタリングを含む健康診断を中心とする二次予防が規則により行われる。
上述したように、有機溶剤使用により多くの産業中毒が発生している。産業界で使用される溶剤は、現在400種類〜600種類といわれるが、使用量が多く毒性の強いもの54種類が、有機溶剤中毒予防規則によって定められている。体内に吸収される有機溶剤は代謝、水溶化され、排泄・解毒される経路と、代謝活性化されて蛋白質、酵素、核酸など高分子に結合して、その機能分子を障害し、初期の生体影響を現すものがある。これが進行すると慢性中毒症状を呈する。有機溶剤の共通毒性(非特異的毒性)としては急性的な麻酔作用、皮膚刺激(脱脂作用)のほか、慢性影響としての神経作用が知られている。個々の溶剤ごとの特異毒性には、一般に代謝活性化が関与する。すなわち、ヘキサンの代謝物である2,5-ヘキサンジオンによる末梢神経障害、ベンゼン代謝物による発癌、白血病、再生不良性貧血、ジメチルホルムアミドの代謝物による肝障害などがその例である。
有機溶剤中毒予防規則に基づく特殊健診では、このような症状の調査が健診項目とされるほか、症状の現れる前段階で尿中代謝物を測定する生物学的モニタリングが行われ、曝露量を評価することになっている。
トルエンなどに次ぎ産業界で使用の多い溶剤は、トリクロロエチレンなどの脱脂洗浄用の塩素系炭化水素である。これまで長い間使用されていたフロン、1,1,1-トリクロロエタンなどが製造中止となった。その代替溶剤として上述した2-ブロモプロパンやジクロロメタンなどの溶剤が使用される傾向にあるばかりでなく、トリクロロエチレン、テトラクロロエチレン(パークロロエチレン)などの毒性のある溶剤の使用も増加する傾向にある。トリクロロエチレンは肝臓で代謝されるが、その代謝過程にエポキシドを経由し、発癌性が疑われている。テトラクロロエチレンは代謝されにくく、呼気中に排泄される量が多い。これら溶剤の尿中代謝物は共通であるがその量と比率、半減期が異なるため、規則による生物学的モニタリングでは尿中代謝物の基準値が溶剤ごとに定められている。
トリクロロエチレンを金属の脱脂・洗浄に使用している工場の例を紹介する2)。この工場は100m2程度の作業場に洗浄装置を2台設置し、その周囲で5、6人が作業をしていた。作業環境測定では、管理区分3となるところで、作業環境としては改善すべき状態にあった。個人曝露濃度の測定では60ppm〜500ppmを超える値が5人の作業者で得られた。生物学的モニタリングで尿中総三塩化物濃度が1,000mg/gクレアチニンを越す者もみられた。この原因は、通常の洗浄作業以外にトリクロロエチレンを使って手や作業衣を洗ったり、床を洗浄したことであった。この工場での問診では、作業者全員が作業中に酔った感じがするなどの急性中毒症状を訴えていた。さらに、慢性中毒症状として、眼精疲労や頭重、焦燥感、倦怠感、耳鳴りなどの神経症状を訴える作業者が多かった。現在では作業環境の改善が行われている。
DMFには強い肝障害作用があり、これを扱う作業者の健診では生物学的モニタリングとして尿中メチルホルムアミド(MF)の測定が実施されている。DMFの代謝経路は複雑で、いくつかの尿中代謝物が健診で測定される。ここでは、ウレタン樹脂製品を製造する作業所のジメチルホルムアミド曝露の例を紹介する3)。ウレタンモノマーをジメチルホルムアミドに溶かして、種々の原料を配合して練り上げる工程で、ジメチルホルムアミド蒸気が高濃度で発生する。作業環境の悪い工場で1〜2週間働いた作業者にGOT、GPT、ALDHなどの上昇がみられ、急性の肝障害の起こることを経験した。
セロソルブ類は、一般にグリコールエーテル類(GE)とも呼ばれる。現在、産業界でよく利用されるGEはセロソルブ(EE)、セロソルブアセテート(EEA)、ブチルセロソルブ(BE)、メチルセロソルブ(ME)の4種類である。ME、EE,EEAは強い生殖毒性および催奇形性を有し、BEとMEには血液毒性が知られている4)が、最近、EEAも造血系に影響することが明らかにされている。わが国では、セロソルブ類を扱う作業者には健診の際に貧血の検査を行っている。しかし、生殖系、催奇形性、血液系へのGEの作用は、その代謝物であるアルコキシ酢酸によること(代謝活性化)、経皮吸収が大きいことを考えると、生物学的モニタリングも必要と思われる。私たちはこの検査法として尿中代謝物(3種のアルコキシ酢酸)を迅速・簡便に測定する方法を開発した5,6)。
セロソルブの造血系への影響と生殖毒性について、韓国および中国との共同研究の結果を紹介する。
韓国の調査はセロソルブを使う2群の造船場塗装工で、その曝露濃度は幾何平均が3.03と1.76ppmで、エトキシ酢酸の幾何平均濃度はそれぞれ9.2(最高227.3)、0.6(最高15.1)mg/gクレアチニンであった。この2群の血液検査では、前者の高濃度曝露群は非曝露者に比べ、白血球数と顆粒球数が有意に低下し、MCVは上昇していた7)。中国ではセロソルブの平均曝露濃度が1.0、4.3、11.3ppmのA、B、C 3つの印刷工場について調査した結果、C群で赤血球、白血球、Hb濃度の異常率が有意に上昇するという。さらに、BとC群では精子の数、運動性、生存率が低下、形態異常も著明に増加しており、特にC群では精子数は正常者の1/300程度にまで低下していた。このうちのA群の印刷工のみについて私たちが尿中代謝物濃度と個人曝露濃度を測定したところ、それぞれ平均38.1mg/l、4.5ppmであった。わが国でもフォトレジストを使用する印刷や金属印刷などに従事する作業者が、ときとして数ppmのセロソルブに曝露することもある。
化学物質を扱う作業者の健康診断では有害物質の曝露評価の目的で尿や血液など生体試料中の物質の分析が行われている(生物学的モニタリング)。このほか環境モニタリング(作業環境測定)も曝露評価に利用される。有害業務につく作業者の健診は、規則によるもののほかにも、行政指導に基づいて行われるものがあり、この中にも生物学的モニタリングとして生体試料の検査が有用な場合がある。
生物学的モニタリングには、生体試料中の化学物質やその代謝物を測定する生物学的曝露モニタリング(曝露マーカの検査)と、種々の臓器・組織において、化学物質・その代謝物が臨界濃度に達して生じる生体反応または影響の強さを測定する生物学的影響モニタリング(影響マーカの検査)とがあり、これに加え、最近では影響の感受性を検査する感受性モニタリング(感受性マーカの検査)も提案されている。これらの検査項目はバイオマーカと呼ばれる。これについてはすでに記述してあるのでそちらを参照されたい8)。
バイオマーカの測定値は、BEI(Biological exposure indexまたはBiological effect index)と呼ばれる基準値によって評価される。これは多くの場合、許容濃度(TLV)対応値として決められているが、一部は、DMFの様に生体に影響の現れない濃度として決められている例もある。TLV(Threshold value)は、許容濃度ともいわれるが、1日8時間、1週40時間、一生曝露されても生体に悪い影響が現れない平均濃度として定義されている。TLVやBEIの基準値はアメリカの産業衛生管理者の団体であるACGIHや、日本の産業衛生学会が提案しているものである。私たちの施設で実際の作業現場について曝露濃度と尿中濃度の対応について調査した結果を表2にまとめて示す9)。
現在、すでに規則によって生物学的モニタリングが行われている化学物質は、鉛中毒予防規則、有機溶剤中毒予防規則、特定化学物質等障害予防規則により22種類ある。前2者については区分値による区分けをして曝露の程度を把握することになっている。この検査件数は全国で年間80万件を超す。これら検査項目は、職業病の認定のときの検査としても利用される。
私たちの施設ではすでに長年にわたり、これらの検査項目の開発を行ってきた。新規開発物質や新技術が次々と産業現場に導入されるなか、今後もさらに新しい検査手法の開発を継続していく必要があると考えられる。半導体産業で使用されるアルシンなどの特殊ガスやブロモプロパンなどフロン代替溶剤、セロソルブ類、ジクロロメタンなどの代謝物の検査法はすでに確立しており、外部よりの検査依頼にいつでも対応できる。さらに、ベリリウム、アンチモン、バナジウム、ニッケル、フッ素、マンガンなど微量元素の血中・尿中での測定法と正常値の確立についても検討中である。一方、急性中毒物質としては、表1に示す化合物を中心に分析法のマニュアル化を進める予定である。
産業中毒は、上述のように中小企業で多く起こっている。慢性中毒を含め、中小企業で働く人たちの健康管理は産業保健推進センターあるいは地域産業保健センターが相談・指導の窓口となる。しかし、産業中毒に関しこれを専門的な立場から支援する機関はこれまでなかった。いったん中毒が起れば、原因物質が何であるかを分析・特定し、その原因物質に関する情報を早く知り、治療できる救急医療体制の三つが揃っている必要がある。このような産業中毒に対処する機関として平成10年5月1日に東京労災病院に産業中毒センターが設置された。産業中毒センターの目的は、第1に新規化学物質を含む重金属、有機溶剤、ガスなどの産業化学物質による中毒に対応する診療体制を確立すること、第2には中毒の原因物質の分析、特定を実施し、中毒発生の機序の解明、診断法および治療法の開発に役立てること、第3は中毒情報の集積、データベースの構築により診断・治療に関する情報提供と分析依頼に答えることである。
東京労災病院と同健診センターはすでに以前から産業中毒に関する診療、健診、中毒物質の分析を一貫したシステムで実施してきた。これまでの東京労災病院における慢性中毒治療と健診センターの産業中毒予防活動の経験と情報を生かし、産業中毒センターでは診療、研究・分析、中毒情報の3部門をおき、これらを統合したものとしてサービスを開始した。研究・分析部門では液体クロマトグラフ-質量分析装置(LC-MS)、液体クロマトグラフ-高周波誘導結合プラズマ-質量分析計(LC-ICP-MS)などの整備を進め、新規に導入される物質を含め、その分析法の開発とマニュアル化を図っている。現在、ルーチンに分析可能な生物学的モニタリングの検査項目を表3に示す。ここに示すものは急性中毒の場合にも利用可能であり、分析依頼に対応できる体制が整っている。中毒情報部門ではインターネット(http://www.opc.tokyoh.rofuku.go.jp)などを通して中毒物質の分析の相談依頼を受けるだけでなく、産業中毒情報の提供とデータベース構築事業も進めている。今後、産業中毒センターの活動が産業中毒ばかりでなく、慢性中毒一般にも対応できるように、分析と情報提供活動の体制整備が進められることが期待される。
2) 坂井 公, 竹内幸子, 池谷由美子, 他:トリクロロエチレン作業者の個人曝露濃度と生物学的モニタリング, 日災医誌 1991;39:174-181.
4) 坂井 公, 荒記俊一:グリコールエーテル類の毒性, 体内動態と生物学的モニタリング. 産業医学ジャーナル 1994;5:77-80.

[ 10] 最近の産業中毒
[引用サイト]  http://www.opc.tokyoh.rofuku.go.jp/poisoning/poistop.html



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