持続とは?
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「環境と開発に関する世界委員会」(委員長:ブルントラント・ノールウェー首相(当時))が1987年に公表した報告書「Our Common Future」の中心的な考え方として取り上げた概念で、「将来の世代の欲求を満たしつつ、現在の世代の欲求も満足させるような開発」のことを言うとされている。この概念は、環境と開発を互いに反するものではなく共存し得るものとしてとらえ、環境保全を考慮した節度ある開発が重要であるという考えに立つものである。 1970年代始め頃から人間環境について様々な決定がなされるようになり、その後、オゾン層の破壊、地球温暖化、熱帯林の破壊や生物の多様性の喪失など地球環境問題が極めて深刻化し、世界的規模での早急な対策の必要性が指摘された。その結果、1992年に、「国連環境開発会議」(UNCED、「地球サミット」)が開催され、環境分野での国際的な取組みに関する行動計画である「アジェンダ21」を採択。同会議には、182カ国及びEC、その他多数の国際機関、NGO代表などが参加した。 「地球サミット」から5年を経た1997年には、国連環境特別総会(UNGASS)が開催され、「アジェンダ21の一層の実施のための計画」を採択した。 地球サミット」開催から10年後の節目に当たる2002年9月に、アジェンダ21の見直しや新たに生じた課題などについて議論を行うため、「持続可能な開発に関する世界首脳会議」(WSSD、「ヨハネスブルグ・サミット」)が開催された。成果文書として、首脳の持続可能な開発に向けた政治的意思を示す文書である「持続可能な開発に関するヨハネスブルグ宣言」と、貧困撲滅、持続可能でない生産消費形態の変更、天然資源の保護と管理、持続可能な開発を実現するための実施手段、制度的枠組みといった持続可能な開発を進めるための各国の指針となる包括的文書である「ヨハネスブルグ実施計画」が採択された。同サミットには、世界の政府代表や国際機関の代表、産業界やNGO等2万人以上が参加し、21世紀初頭を飾るに相応しい地球環境問題を考える大規模な会議となった。 アナン国連事務総長は、ヨハネスブルグ・サミットに際し、水(Water)、エネルギー(Energy)、保健(Health)、農業(Agriculture)、生物多様性(Biodiversity)の5分野を重視し、各々の頭文字を取って、「WEHAB」と呼び、それぞれの分野について次のとおり指摘した。 水:10億人の人々が安全な飲料水を得ていない。20億人以上の人々が適切な衛生設備を持っていない。毎年200万人の子供達が水に関連した疾病で死亡している。アクセスを改善する必要がある。 エネルギー:20億人がエネルギーを享受していない。再生可能エネルギーの利用を増やす必要がある。各国は京都議定書を締結すべきである。 保健:年間300万人が大気汚染を原因に死亡している。マラリア等の熱帯病は汚染された水と不衛生に密接に関連している。貧困層の病気の研究が重要。 生物多様性:世界の熱帯雨林とマングローブの半分が破壊された。このような過程を逆転させる必要がある。 1992年の地球サミットで設置が決まった国連組織であるCSDは、アジェンダ21の実施進捗振りの監視及び見直しを行なうことなどを主な目的としている。国連経済社会理事会の下に設置されており、毎年春に総会が行なわれる。 CSDは、ヨハネスブルグ・サミットの結果、引き続き国連システム内の持続可能な開発に関するハイレベル委員会であるとされ、2003年5月に開催された第12会期で、2004年以降2年を1サイクルとし、中心的に取り上げるテーマ群と各サイクルで取り上げる分野的横断事項を決定した。第1サイクル(2004-2005年)は、水、衛生等、第2サイクルはエネルギー等とされている。 ヨハネスブルグ・サミットにおいて、小泉総理大臣は、持続可能な開発にとって、人づくり、就中教育の重要性を強調した「小泉構想」(開発・環境面での人材育成等の具体的支援策)の実施を通じた日本の貢献の決意を表明した。日本政府としては、小泉構想を着実に実施していく考えであり、主なものの現状は次のとおり。 持続可能な開発をあらゆるレベルで具体化していくためには、人づくり、とりわけ、教育が重要である。こうした観点に立った日本の提案により、2002年、日本は、第57回国連総会に「教育の10年」に関する決議案を提出し、全会一致で採択された。引き続き、この分野で主導的な役割を担っているユネスコの更なるリーダーシップの発揮を要請すると共に、各国政府に地域社会を含めあらゆるステークホールダーと連携しつつ、本10年の着実な実施を求めている。 21世紀の社会は、環境をよくすることが経済を発展させ、経済が活性化することによって環境も良くなっていくような関係を築き、質の高い持続可能な社会を目指していくことが重要。 日本政府は、ヨハネスブルグ実施計画に基づき我が国が策定する持続可能な生産形態への転換を加速するための10年間の枠組みとして「循環型社会形成推進基本計画」を本年3月に閣議決定した。 日本は、これまでに水・衛生分野においてさまざまな協力を行っており、5年間で4千万人以上に水と衛生施設を提供してきた。ヨハネスブルグ・サミットでは、米国と共同で日米水協力イニシアティブ「きれいな水を人々へ」を発表した。 2003年3月に京都、滋賀、大阪で開催された第3回世界水フォーラムには、182の国・地域から24000人以上が参加した。その際開催された閣僚級国際会議には170の国・地域、47の機関が参加した。同閣僚会議では、行動指向の閣僚宣言のほか、43カ国、18国際機関による501件の自発的な取組をまとめた「水行動集」(Portfolio of Water Actions)が発表され、また、その着実な実施を図っていくためのフォローアップの仕組みとして「ウェブサイト・ネットワークの設立」が発表された。日本政府は、会議主催国として、同年5月末に暫定的な運用を開始した。今後の本格的な運用について関連国際機関と協議中。 また、このフォーラムの際、日本は、160億円の水資源無償資金協力の創設、低金利の円借款制度の運用、5年間で約1000人の上下水道における人材育成実施などを盛り込んだ包括的な支援策である「日本水協力イニシアティブ」を発表した。更に、米や仏とこの分野での協力に合意し、他国や国際機関との連携をより深めていく方針。 2003年5月のG8エビアンサミットでは、第3回世界水フォーラムを踏まえた水に関するG8行動計画を発出した。 我が国は、アジアにおける持続可能な森林経営の促進、特に違法伐採問題への取組を重視しており、インドネシア等と協力して「アジア森林パートナーシップ(Asia Forest Partnership)」を昨年のWSSDの際に発足させ、推進中。本年6月には、メガワティ・インドネシア大統領訪日の際に、「日インドネシア違法伐採対策協力共同発表及び行動計画」の署名式を両国首脳立ち会いの下で実施。このような地域的取組・協力が世界の持続可能な森林経営の発展に貢献することを期待。 災害の予防、対策準備、被害拡大防止は、持続可能な開発の諸課題を達成するための前提とも言うべきもの。ヨハネスブルグ実施計画は、21世紀の安全な世界のために防災への取組強化を求めており、我が国は今週の国連総会において、2005年1月に国連防災世界会議を神戸に開催することを決定。 |
[ 108] 持続可能な開発
[引用サイト] http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kankyo/wssd/wssd.html
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まあ、天国という言葉があっても少なくともそれを見た人がいないこと、永久機関という言葉があっても理論的に不可能というものもあり、持続可能性が存在するかどうか検証しなければなりません。 それはまったくの偶然で熱のイン・アウトのバランスがとれたという事に過ぎない。地球だけでは現在の地球の環境を維持できないのです。インプットとして太陽からの輻射熱、わずかではあるが地球内部の核分裂による熱、アウトプットとして宇宙への熱放射というバランスが取れたハーモニーによって現在の地球がある。 火星金星はこの平衡点が生物には不適なところにあったのは太陽からの距離と惑星のサイズそして惑星の元素の組成がそうだったからにすぎません。 このバランスは太陽の寿命によって崩れる。太陽が寿命を向かえるなんてはるか以前に放射エネルギーが数パーセント変われば破局です。 いやさら大きく言えば、宇宙全体が熱的死に向かって突き進んでいるに過ぎない。持続可能性というのは本来存在してないのである。 そういったことを考えると環境保護とか持続可能性とかつましく生きようとかいうけなげな心、方向ではなく、開き直った論理展開があってもよいのではないか。 それが文明のもつ側面なのか、そうでない文明が存在できるのか不明であるが、個人的には永続できる文明は存在できるはずがないと感じる。 だから我々がつましく生きたところでこの文明の寿命は限られており、環境配慮したときと何もしない時の違いがいかほどあるのか誰も知らない。 文明の寿命があることを前提に、この文明は西暦2200年まで存在することを前提とする!と言って何が悪いのだろうか? 2050年まで現在あるいは現在以上の豊かな暮らし社会を継続し、そのとき以降はその時の人間に決定をゆだねて悪いのでしょうか? これはアメリカインディアン(最近はネイティブ・アメリカンというそうですが)の言い伝えであるそうです。ヨーロッパ人が入植する前のアメリカインディアンはきわめて希薄な人口密度でした。そして大量消費文明でもなかった。だからある程度持続可能であり、そういう言葉が言えたのでしょう。 であれば、人類が耐えられる限り賭け金を積み上げブラフを続けるか、賭け金が少ないうちに早いところ降りて貧しい暮らしに切り替えるしかありません。 いずれにしても非情で絶対のエントロピを相手にしたポーカーに勝てるはずはなく、最後の審判を逃れることはできません。 江戸時代の人が現代に現れ、現在の生活スタイルがハチャメチャであると批判するエッセイとか小説があります。 電車に乗ることが罪悪だとか、海外から食料を持ってくることが間違っているとか、エネルギーの無駄使いを責めるなどといったたぐいのお話はたくさん書かれております。 いつも思っておりますが、社会制度、生活スタイル、食生活、習慣というものは人間を取り巻く環境との妥協によって定まってきているわけです。 個人主義というのは血のつながった家族の支援が受けられないから発祥したわけであり、肉食というのは肉があり、その他のものがないからそれを食っているわけです。熱帯でネクタイをするのは間違っているし、いくら民族衣装でも気候風土が異なるところでは無理というものです。 江戸時代の先祖が現在に来て子孫と一緒に新幹線で東京から京都に行く。ところが途中の名物を食べたい、名所を見たいと駄々をこねてあっという間に京都に着く新幹線を風流でないダメなものと言って昔に帰るものがありました。 私の曽父が東京に行く時、金がないから東北から東京まで歩いていったのは明治のこと、決して途中で名所旧跡を見たかったわけではありません。 坂本竜馬は何度も何度も江戸・大阪を往復しています。はじめは千葉道場にいくために、後には日本を変えるために。初期にはもちろん歩くしかありませんが、偉くなると船に乗ることを選んでいます。誰しも歩きたくなんかないのです。 今の主婦であかぎれなんてある方はいらっしゃらんでしょう。私の母は毎年冬になると手はヒビあかぎれでそれはひどい思いをしておりました。ひびがきれるとセメダインのような接着剤を指につけていたものです。 私自身、小学校時代、冬はしもやけがひどく足も指も耳もそりゃつらいものでした。友達にはしもやけで耳が崩れてしまった人もいます。今は栄養もよく、家庭内は暖房、通勤通学は防寒着もよくしもやけになるわけがありません。 現在が資源浪費社会であることに異存ありません。でも江戸時代が持続可能社会であるということには異存がおおありです。 あるいは林業が持続可能なものであると思いますか?日本の人工林はまだ何代も伐採を繰り返していないはずです。木材が土壌から吸い上げる元素(養分ではありません)がいかにして補充されるか、これを証明しなくては持続可能とはいえません。証明できるとも思えませんが? ハワイのパイナップル農場であるとき急にパイナップルに病気がはやりだした。研究の結果なんと亜鉛の不足によることが分かる。そこで農場主は農場から取れる作物を分析し、そこに含まれる元素(肥料じゃないよ)を補給するという発想をもつに至る。 農園工場とかいうのがありますね、農作物を工場で生産しようというものです。苗床に作物を植え、ベルトコンベアで運ばれるうちに成長し、収穫され出荷される。これは持続可能でしょうか? これなら考えるまでもなく明白です。持続可能ではありません。工場を維持するエネルギー、資源を供給するエネルギーがなければ農作物が土壌(あるいは水栽培の水)を維持できません。 ハワイのパイナップル農場も同じです。農場のみならば一定状況を保ち続けるかもしれませんが、その影にはエントロピ増大があるのです。 冒頭に上げた地球の平衡と同じでそれだけを見れば持続可能なようでも宇宙全体を見ればエントロピ増大は明らかです。 私に証明はできませんが、土壌から採取される元素をすべて有機肥料が補充できるとは思えません。きわめて長期的(いえ、そんな長い期間ではなくせいぜい500年程度)で持続不可能・・・つまり作物が取れなくなるのではないでしょうか? 簡単に言えば農場からのインプットアウトプットを平衡状態にできるか否かということです。非常に低生産性の農場においては自然界からの供給される有機物で平衡がとれるかもしれません。しかし生産性をあげれば・・・・無理でしょう。 その条件とは少数の人口が病気や飢餓などと生存競争をしてほそぼそと焼畑を行っている状況が持続可能な農業というのではないでしょうか? ところで保守ってなんですか?もっともベーシックな定義は現状の肯定です。現状をありのまま認める。そしてこの現状をできるところから良くしていこうというのが保守です。 この社会は取り巻く環境、日本人の気質、歴史、地理的要素などなどを踏まえて存在しているわけです。この現実を否定してもしかたありません。 持続可能性なんてわけの分からないことを語っているのではなく、現実社会をいかに少しでも良くするかということを考えなくちゃいけません。 持続可能社会の実現のために活動している人を批判する気はありません。ただ、私は持続可能とかサステナビリティなんて詐欺同然の言葉を口にしたくないですね、 電車の中で江戸時代の人が現在に現れて現代文明を批判するのを読みましてね、ちょっと一言いいたくなったのであります。 手帳に書き綴っておりますうちに、昔は良かったのか?を思い出し、二番煎じにならないように持続可能に話をつなげているうちにこんなふうになってしまったというだけの話でございます。 始めに言っておきますが、私は保守主義も革新主義も胡散臭いと思っています。何故なら、現状肯定からより良くするという思考も欺瞞だからです。結局の所、革新主義とまったく変わりません。だからどうせ同じものなら、保守だの革新だの気にせず、そういう主張はしないことです。 また、持続可能性についての貴方の考え方も少し違和感があります。ロジックのズレもそうですが、読んだ限りでは、貴方の認識はやや古すぎますし、確証のない推測がちょっと多すぎます。この不足に対してまず違和感を持ちました。これは恐らく、貴方が電車で読んだ江戸時代の人が現代人に物申すことに対して感じたのと似たものかもしれません。 そもそも、「持続可能性」が永久に続くことを指すと考えている人がいるのでしょうか?。一般的な定義ではまったくその通りではありません。一度、じっくり勉強されることをお勧めします。 好き勝手申しましたが、これで失礼させて頂きます。もし嫌な気持ちにさせていたら申し訳ありません。また、提示は結構です。 ただし意見交換するならまずお互いの定義をはっきりとさせないと話が合わないことは言うまでもありません。 「持続可能性」が永久に続くことを指すと考えている人がいるのでしょうか?とおっしゃっていらっしゃいますが、私が知る限り、100年間とか200年という意味で使われている事例は知りません。 しかし永続しないことものを持続可能性というのなら、もはや語義とかの問題ではなく、支離滅裂でしょうか? とはいうものの、ゼロエミッションというものが最終処分率1%以下というのが世の中の常識(大勢)ですから、持続可能性というのも自分が生きている間という意味なのかもしれません。 京都議定書云々、2010年の日本の炭酸ガス排出量(炭素排出量といってもいいです)とか、現実に論じられているのはおよそ持続可能性と遠いところにあるということに同意いただけますか? |
[ 109] 持続可能性
[引用サイト] http://www.mars.dti.ne.jp/~saitota/hitori030523.htm
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「大学国際戦略本部強化事業」において本学は、幅広い国際化を推進する上で基本となる先駆的モデルを開発・試行する領域として、「持続可能な開発」を特に取り上げた。 なぜなら、「持続可能な開発」領域における本学の国際的ポジションが持続的なものとなるよう、確立・強化する過程を経て、国際化に際して求められる組織面・制度面・人材面での強化課題が明らかになり、将来的にさらに有効な対応を図ることが可能となるからである。 その結果として、他の領域での国際的展開の指針とノウハウを獲得し、本学の国際化を加速しようとするものである。 当然本学の試みは、「大学国際戦略本部強化事業」の重要な目的の一つである、特徴・強みを持つ領域を中核として他大学が国際戦略展開を図る際のモデルとなることを目指している。 人類は、今やさまざまな危機に直面している。地球環境の劣化、エネルギー不足、食糧不足、地球温暖化等、いずれも人類の存亡にかかわって、人類社会の持続可能性を問うものである。 このような危機感が、国際連合をはじめとするさまざまな国際機関をして、持続可能性(サステイナビリティ)に関するさまざまなアピールを繰り返し発表させる原動力になっている。 わが国においても、これらの国際的な要請に呼応して、さまざまな取組みが行われてきた。 学術の世界でも、さまざまな分野で持続可能性が論じられてきたが、いまだ大きな流れとはなっていない。 そういう状況にあって、日本学術会議は2005年春に発表した声明「日本の科学技術政策の要諦」の中で、10項目にわたる目標ミッションを総括する形で、「以上の主要10項目の国家『目標ミッション』に通底する科学技術としてのキーワードは、人類社会の『持続可能性サステイナビリティ』、すなわち『環境と経済の両立』である」と述べている。 このように、持続可能性は今や国際社会のみならず学術における最重要課題となっている。 一方、本学には持続可能性の基礎となる広範な学問領域において、国際的な要請に応えるに十分な実績と蓄積がある。そうした学問領域の代表は下記の5つである。 また、これらの分野で国際社会に貢献するには、研究のみならず教育さらには国際協力を含めた多様な遂行能力が求められる。 「持続可能な開発」の分野の活動を国際戦略のターゲットとすることは、本学の国際化の戦略的課題解決を強く推し進める効果を持つと考えられる 本プロジェクトでは、「持続可能な開発」の問題解決を図りつつ、本学の国際化における以下の4つの機能強化を強く意識して活動を展開する。 環境と開発の調和を目指した本学の「持続可能な開発」研究戦略を展開することによって、本学を中心とする国際的な研究連携の具体的な事例を提示する。特に、オホーツク海をめぐる北東アジアの自然環境および中国を含む循環型社会、アジアにおける感染症の問題、アジアにおける環境政策等、具体的な政策提言や問題解決に結びつく国際的なネットワークを形成することによって、単なる友好交流の域を越えた大学あるいは研究機関との間の研究交流の拡大・展開を図る。 フレッシュマン教育から社会人の研修までサステイナビリティ教育に関して、全学的な体系化を図る。特に、国際機関等との連携を強化することによって、国際機関等で活躍し得る人材を育成する教育プログラムおよび海外からの留学生や研究者にとって魅力ある人材育成プログラムの開発機能を強化する。さらに、留学生および研究者受入れの拡大を図る。 「持続可能な開発」領域での研究・人材育成を通した国際協力、国内外の情報収集、国内外への情報発信、国際シンポジウム等の開催、サステイナビリティ・ガバナンスに関する政策提言等の推進を通じて、本学と地域社会および国際社会との結びつきを強化する。特に、本プロジェクトで取り上げる「持続可能な開発」に関連する主要5領域に関して、内外に分かりやすく広報するとともに、国際社会や地域社会のニーズに対応することによって、双方向性のコミュニケーション能力が強化される。こうした、具体的特色を形成することにより、国際的親和性の高い大学としてのブランド形成につなげることを図る。 上記の機能を形成・充実する中で、国際交流センターの設置等により、学内の国際化推進に向けた以下の機能を強化する。 本学には、既設の国際交流室と留学生センターがあり、それぞれ国際交流に関する全般的な事項、留学生の受入れに関する事項を担当している。 これらの既設組織と協力を図りながら、「持続可能な開発」国際戦略プロジェクトを推進するために、全学委員会として「持続可能な開発」国際戦略推進会議を新たに設置する。同会議は、総長を議長とし、グローバルマネージャー、本学の教員、学術国際部長で構成する。 グローバルマネージャーは、同会議の実質的責任者として、「持続可能な開発」国際戦略に関する企画・立案および国内外の関係機関等との連携の強化にあたる。 グローバルマネージャーを補佐し、国際対応機能を強化するためにプロジェクトプランナーを置く。 また、推進会議の下に、国際連携に関して情報交換および連携方策を検討するために、同会議委員および国際的な連携研究組織、JICA、JBIC等の委員から成る「持続可能な開発」リエゾン委員会を設置する。 本プロジェクトの進捗に合わせて、留学生センターの機能向上を図る予定であり、留学生センターは国際交流に関するより広範な支援機能を担う国際交流センターに転換する予定である。(下図参照) ※注)サステイナビリティ・ガバナンス(共治):政府や地方自治体だけではなく、市民や企業、大学等を含む社会全体が、持続可能性(サステイナビリティ)に関わる問題を解決するために持つべき能力や仕組み |
[ 110] 国際戦略 北海道大学・「持続可能な開発」
[引用サイト] http://www.hokudai.ac.jp/huisd/pamphlet/003/index.html
