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※この記事は、著者と聖母の騎士社の許諾を得て転載したものです。聖母の騎士社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど聖母の騎士社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。 先日、「21世紀のジャイロ・スコープ・マガジン」という雑誌に、日本財団常務理事の歌川令三氏が興味深いエッセイを書いておられた。パリのユネスコの集まりで、講演をされる前、氏は「ホテルで一晩、仕事の主題である平和教育の要諦を考えて見た」という。その結果歌川氏は一つの共通点を見つける。 「その1つは対話が大切だということ。第二は自分にしてほしいことを人にしてさしあげることだ、と説いているのだ。第一の『対話』の必要性はいいとして、問題は第二のポイントだ。これは一神教、とりわけキリスト教の考え方を基礎においたものだが、はたしてそうなのか。私はかねてから疑問をもっていた。まず第一におしつけがましいということだ。自分にしてほしいことが、他者にとって、してほしくないことだってある。この種の考え方は、『私の考えは、絶対神、絶対的価値観に基づいている。だから私の考えは普遍性をもっている。よって、私にとって善いことは、人にとってもよいことだ』という一種のおしつけではないのか」 誰にも似たような体験があるのではないだろうか。たとえば「このセーター、あなたに似合うから買いなさいよ」と強要する人、自分に効いたからと言って健康食品などを無理やりに勧める人、などが周囲に必ずいるからである。 歌川氏はさらに続ける。 「私はホテルで別表のマトリックスを作ってみた。 平和の哲学マトリックス1 自分にしてほしいことを、人にする。 (キリスト教的押しつけ)2 自分にしてほしいことを、人にしない。 (せちがらい、この浮世)3 自分にしてほしくないことを、人にする。 (けんか、戦争)4 自分にしてほしくないことを、人にしない。 (私流、平和教育の要諦)」 「私は、世界の人間のそれぞれが持つ神々の違いをみとめる多神教こそが、平和をもたらすとの仮説を持っている」 この最後の部分は、同時多発テロ以来、日本のあちこちで言われ出した論理である。そして歌川氏は、作家でもありフランスの国営文化放送のプロデューサーでもあるオリヴィエ・ジェルマントマ氏に対して、こういう質問をぶつけてもいる。「ユダヤ教、キリスト教、イスラム教といった一神教は、荒れ地に生まれた沙漠の哲学だ。他の神々の存在を認めない、一神教の唯一絶対の考えが、世界の紛争を生む根源なのでは?」 ここに小さな誤解がある。キリスト教には、唯一絶対妥協を許さないのではなく、むしろそっと相手の通りにさせておきなさい、という意味のイエスの発言が実は聖書の中に意外に多いのだ。「ヨハネがイエスに言った。『先生、お名前を使って悪霊を追い出しているものを見ましたが、わたしたちに従わないので、やめさせようとしました。』イエスは言われた。『やめさせてはならない。わたしの名を使って奇跡を行い、そのすぐ後で、わたしの悪口は言えまい。わたしに逆らわない者は、わたしの味方なのである。』」(「マルコによる福音書」9・38?40) 「イエスがベタニアでらい病の人シモンの家にいて、食事の席についておられたとき、1人の女が、純粋で非常に高価なナルドの香油の入った石膏の壺を持って来て、それを壊し、香油をイエスの頭に注ぎかけた。そこにいた人の何人かが、憤慨して互いに言った。『なぜ、こんなに香油を無駄使いしたのか。この香油は300デナリオン以上に売って、貧しい人人に施すことができたのに。』そして彼女を厳しくとがめた。イエスは言われた。『するままにさせておきなさい。なぜ、この人を困らせるのか。わたしに良いことをしてくれたのだ。(中略)この人はできるかきりのことをした。つまり、前もってわたしの体に香油を注ぎ、埋葬の準備をしてくれた。はっきり言っておく。世界中どこでも、福音が宣べ伝えられる所では、この人のしたことも記念として語り伝えられるだろう。」(「マルコによる福音書」14・3?9) イエスは厳密や理詰めを嫌う。優しく人間的に時にはあいまいであることを選ぶ。「(その人のするように)させておきなさい(アファチ・アウトゥス)」というのはイエスのよく使う言葉であり、好きな態度である。このことが当然といえば当然だが、部外の人々にはあまり知られていない。 他にも少しニュアンスは違うが、「わたしが求めるのは憐れみであって、いけにえではない」(「マタイによる福音書」9・13)のような表現もあり、聖パウロの「ローマ人への手紙2・9」は次のように書かれている。 「すべて悪を行う者には、ユダヤ人はもとよりギリシア人にも、苦しみと悩みが下り、すべて善を行う者には、ユダヤ人はもとよりギリシア人にも、栄光と誉れと平和が与えられます。神は人を別け隔てなさいません」 言うまでもないがギリシャ人は多神教である。 |
[ 104] The Nippon Foundation - 日本財団 | 荒野の幸福
[引用サイト] http://www.nippon-foundation.or.jp/org/moyo/2002274/20022741.html
