ドンキーコングとは?

さて、過去3回にわたって語ってきました「ゲームウォッチ」。今回で最終回。只単に自分の所有するゲームウォッチが4つしか無いからです。
そして、シリーズの最後を飾る4つ目のゲームウォッチは、「ドンキーコング」です。このドンキーコングが発売されたときも、衝撃を受けましたね。最初に発売された”シルバーシリーズ”。そしてアラーム機能やスタンドが付き、見た目もゴージャスになった”ゴールドシリーズ”。
このように確実にバージョンアップをしてきたゲームウォッチですが、ゴールドシリーズの後にワイドスクリーンシリーズが有るのですが、画面が広くなったと言うことで、それでも充分な進化を遂げているのですが、更にこれまでの常識を破る飛躍的な大進化を遂げた”マルチスクリーンシリーズ”が登場します。
上の画像を御覧戴ければお判りかと思いますが、いわゆる折り畳みのコンパクトのようになって、画面が上下2分割されています!もう、それだけでも大進化なのですが、更には入力デバイスに採用された”十字キー”がここで初登場となります。このキーは任天堂の特許らしいですね。
このキーは以後、ファミコンやスーファミ・ゲームボーイに引き継がれるようになります。(凄いことですよね〜)この「マルチスクリーンシリーズ」は、他にもありますが、僕はドンキーを選択しました。なぜならば、あの”ドンキーコング”がゲームウォッチでプレーできる事に強く興味を惹かれたからでした・・・・・・・
ドンキーコング。ゲーム創世記に颯爽と登場したこのタイトルは、ゲーム小僧達のハートをムギュッと掴んで離しませんでした。インベーダーからシューティング全盛の時代に、別の形で「闘い」を表現した作品です。僕のおぼろげな記憶では、「マリオ」のデビュー作でもあると思います。
コングにさらわれた姫を助け出すために立ち上がるマリオ!!コングもなかなかの知能犯で、ドラム缶をやたらと転がして、マリオの救出劇を妨害します。ステージにあるハンマーをとった時の嬉しさと言ったら・・・・・でも振り上げた時にドラム缶に当たると、しっかり当たり判定があるんですよね(^-^; ステージも3つあって、それぞれに攻略方法が違い、かなり奥の深い名作です!!
そのドンキーがゲームウォッチに・・・・・・充分に満足出来る出来でした!アーケード版と違い、ゲームパターンは1面のみで、クリアする毎にスピードや難易度がアップする仕組みなのですが、ゲームウォッチ版ならではのオリジナルアイデアが有りました・・・・・・・「クレーンを自ら作動させて、4つの留め金(?)を外すギミック」です。そして、上下2分割にすることによって、下画面は「ドラム缶や鉄骨を避けながら進むアクション」上画面は先程の説明通りの「留め金外しのアクション」と2種類の楽しみも味わえる、非常に贅沢な内容。
当時のシリーズは何種類か発売されていましたが、圧倒的にこの「ドンキー」が多かったですね〜ただ、どうしてもゲームの内容が同じなため、そのうち飽きてくると、「ひたすらドラム缶を何個ジャンプできるか」という遊び方は絶対に所有者なら経験が有るはずです。(^-^;

[ 202] Vol6 ドンキーコング
[引用サイト]  http://zofy.m78.com/wslab/cont/history/006.htm

『ドンキーコング』(Donkey Kong) は、1981年に任天堂から発売されたアーケードゲームである。1982年にはゲーム&ウオッチ マルチスクリーン、1983年にはファミリーコンピュータにそれぞれ移植され、キラーソフトとして高い人気を誇った。
『ドンキーコングJR.』や『ドンキーコング3』といった続編も制作され、さらにスーパードンキーコングシリーズへつながっていく。
任天堂の代表的なゲームキャラクターであるマリオ[1]が最初に登場したゲームであり、マリオを操作してドンキーコングによるタルや火の粉、おじゃま虫などの妨害を避けながらドンキーコングにさらわれた恋人のレディを助ける一画面固定アクションゲームである。
スーパーマリオブラザーズを手がけた宮本茂がプログラミング以外ほぼ1人で制作し、キャラクターデザインも彼が手がけている。任天堂米国法人で余ったアーケード筐体の流用を目的として作られたゲームで、企画段階での原案は「ポパイのビア樽攻撃ゲーム」だったと言われている。宮本は製作の際、キャラクターをそのまま使おうと思っていたらしいが、版権の問題で使えなかったため、マリオやドンキーといったオリジナルのキャラクターを自らデザインした。そしてさらわれたオリーブをポパイが助けに行くという原作の構図を活かして作られたのが『ドンキーコング』である。しかしこの当時はマリオの名前は決まってなかった。マリオという名前で登場したのは続編の『ドンキーコングJr.』から。ちなみに、マリオは赤いシャツに青いオーバーオールというファッションが一般的だが、この当時は青いシャツに赤いオーバーオールと、色が逆だった。
面構成は、25mから始まり、順に50m、75m、100mとなっており、これらの4つの面をクリアしてレベルクリアとなる。いわゆる4面ループ制。ただしこれは日本国内版の場合であり、海外版では多少異なる[2]。レベルが上がるほど障害物などの速度が上がっていき、特にレベル4以降の75mに出現するジャッキの動きを見切るのは至難の技。各面は、制限時間内にレディのもとにたどり着けば面クリア。ただし、最終面である100mのみ、計8か所ある黄色のボルトを抜けばレディの救助に成功してレベルクリアとなる。なお、制限時間は、初期は5000で1秒経過ごとに100減り、面クリア時にそのままボーナス点として与えられる。レベルがあがるごとに制限時間が1000増え、最高8000まで増えるのだが、プログラムのバグ[3]により、レベル22はボーナスが400減った時点でミスになってしまう[4]。時間にしてゲームスタートからわずか8秒強。25m[5]、50mおよび75mまではクリアできることを確認しているが、100mをクリアすることは事実上不可能である。なお、パックマンでパーフェクトゲームを達成したビリー・ミッチェルは、ドンキーコングのレベル23に到達したことでも知られている。[6]
当時としては画期的な一画面固定型アクションゲームで、タルや敵をジャンプで避けるマリオのアクションはこの当時から発揮されていた。ファミコン版では容量の問題で、アーケード版でのベルトコンベアー面(50m)が削除されてしまったが、タルを飛び越えるスリルや、ちょっとした段差でも落ちればミスになってしまう緊張感は十二分に再現されており、ファミコンの能力を最大限に証明した1作といえよう。シンプルなステージの繰り返しであった従来のゲームに対し、キャラクター性とストーリ性を持たせた点でも、優れた作品であることがわかる。
ちなみに開発当時、ゲームの名称としては『ドンキーコング』以外に『ファニーコング(Funny Kong)』『ステューピッドコング(Stupid Kong)』が候補として挙げられていた。このうち『ドンキーコング』を正式名称に選んだのは、当時の任天堂本社の貿易部輸出部長だとされる。(NHKスペシャル『新・電子立国』での荒川實の発言による)
アーケード版ドンキーコングの、一応許諾品(ただし、コピー基板の事後承諾後、無断での追加製造を行ったもの)であるクローンで、初期バージョン(ステージ開始時のメッセージが「〜GET?」ではなく「〜TRY?」、後述の裏技が使用可能)が元になっている。ファルコンが製造していた。(ただし第一作目のインストラクションカードにはKYOEIという会社が作った諸説がある。)日本物産の『クレイジークライマー』の基板を流用しているため、オリジナルとは違う部分が多い。たとえばマリオがジャンプする時の音が「ホヤッ」というかけ声になっており、これはそのクレイジークライマーでゴリラが攻撃するときの声である。
また、純然たるデッドコピー品といえる「コピー基板のコピー基板」も数多く存在し、クレージーコングの場合はタイトルもそのままでファルコンの社名を消してコピーしたものが出回った。さらに「モンキードンキー」「ビッグコング」などさまざまなコピー品があるが、どれも「ドンキーコング」ではなくあくまで「クレイジーコング」のコピーである。
いずれも大量に出回ったため、これをオリジナルと思った人、またこれしか見たことない人も多かった。また、同年には『クレイジーコングPARTII』が登場した。
後にファルコンは任天堂から民事訴訟を起こされ、続くドンキーコングJrの無断コピー事件では刑事告訴され、社長が逮捕された。これは日本で始めてのテレビゲームの無断コピーによる逮捕である。
マリオがタルをつぶすときにつかうハンマーは、ファミコンソフト『レッキングクルー』で壁壊しに使われている他、以降のマリオシリーズにおいて武器として使用される事がある。また、大乱闘スマッシュブラザーズシリーズでも攻撃アイテムとして登場する。
リフト面でのリフトや敵キャラのファイヤー、ピョンピョン飛んで落ちていくジャッキなども、役割を変えてスーパーマリオブラザーズシリーズでも使われている。
25mの端から横に飛ぶと次のステージへ進めるバグはあまりにも有名。しかし、この技が販売会社に知れると、次の出荷分にはそれができないような対策を講じたため、国内版の後期版や海外版ではそれが不可能になった。この変更により、これらの版におけるレベル23の25mをクリアすることは絶対にできなくなっている。
なお、ファミコン版では25mの最下段右の階段を下りると最上段に移動できたり、75mの最下段(アーケード版では、最下段に降りると無条件で死亡した)を歩くことができる。
アーケード版『ドンキーコング』のプログラミングを委託された池上通信機は、1983年、著作権侵害を理由に任天堂に対する賠償請求を東京地裁に申し立てた。池上通信機に無断での、任天堂によるドンキーコング基板の複製に対する契約不履行が、著作権侵害の理由であった。
ゲームデザイン本体は任天堂社員によるものである事と、契約履行後の池上通信機の請求権不在を理由に、任天堂はこの請求を斥けた。 この裁判は判決が下されないまま、両者の和解で決着した。
ちなみに任天堂に引き渡されたROMデータの中には池上通信機の社名・電話番号などが隠されている。ソースリストは任天堂に渡されていなかった為、続編のドンキーコングJrを開発する際には任天堂自身で逆アセンブルなどの解析を行うはめになった。
1982年には米大手映画会社のユニバーサル映画(当時はMCA傘下)が、『ドンキーコング』が当時同社が版権を保有していた(と主張していたが実際は異なる。詳しくは後述)映画『キングコング』のキャラクターの著作権を侵害しているとして損害賠償を求める訴訟を起こした。
これに対し任天堂の米国法人であるNintendo of America(NOA)は逆に「ユニバーサル映画が同訴訟を提起したことは『ドンキーコング』の名誉を毀損した」として反訴を起こし真っ向から対決。そして裁判の過程において、元々ユニバーサル映画はオリジナルの『キングコング』(1933年版)に関する版権を取得せずにリメイク版の『キングコング』(1976年版)を制作していたことが判明したため、「そもそもユニバーサル映画は『キングコング』に関する版権など保有していない」ということでユニバーサル映画側の訴えは却下されてしまう。
最終的に上記の事情に加え「『ドンキーコング』と『キングコング』は全くの別物である」という任天堂の主張が認められた結果、1986年に任天堂はユニバーサル映画から約160万ドルの損害賠償を勝ち取った。
この裁判ではハワード・リンカーン率いるNOA法務部の活躍が光り、以後米国のゲーム業界における任天堂及びNOAの発言力を高めることにつながっている。
^ 当時はまだ名前がなく、後に発売されたゲーム&ウオッチマルチスクリーン版ですら「救助マン」という名称だった。なお、設定上の名称は「Mr.VideoGame」である。
^ 海外版では以下の通り。ここでは、便宜的にタル面を25m、ベルトコンベアー面を50m、ジャッキ面を75m、ボルトはずし面を100mと表記することにし、実際に表示する高さと異なる場合は、括弧書で実際に表示する高さを並記する。
セガが海外版の基板を保有しており、一部の直営店で稼動させているため、国内でも海外版を遊ぶことは可能。
^ 原因は桁あふれによるものなのだが、プログラムの流れからみて、意図的にしているものと考えられる節がある。もっとも、単純なバグなのか意図的なものなのかは定かではない。
初代ドンキー - ドンキーJr - 2代目ドンキー -ディディー - ディクシー - キングクルール - スタンリー - ポリーン
カテゴリ: ドンキーコングシリーズ | アーケードゲーム | ファミリーコンピュータ用ソフト | ディスクシステム用ソフト | マリオシリーズ | 1981年のコンピュータゲーム | バーチャルコンソール対応ソフト

[ 203] ドンキーコング - Wikipedia
[引用サイト]  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%83%B3%E3%82%AD%E3%83%BC%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%82%B0



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