夕刊とは?
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夕刊(ゆうかん)は、夕方(午後)に各家庭や新聞スタンドに配布・販売される新聞のことをいう。日本では一部地域(山間部、あるいは離島など)を除き、一般には毎週日曜日と祝日、及び年末年始の12月29日から1月3日までの間を除いて毎日刊行されている。なお新聞休刊日には、当日の夕刊と翌日の朝刊が刊行されない(なお、夕刊専売の一部新聞では年末年始特大号(日付は1月1日付けとして)を毎年12月28日から発売している)。 日本の夕刊は20世紀に入ってから主要全国紙などが発行翌日付(よって新聞の欄外に掲載される日付欄には「○○年○月○日(○日発行)」と掲載されている)の形でこぞって発行していたが、太平洋戦争(第2次世界大戦)の影響による新聞の統制令により1941年ごろから夕刊の発行が規制され、東京の東京新聞、大阪の大阪新聞のような専業紙を除いて、殆どの新聞が朝刊のみとなった。 戦後に入って夕刊は復活したが、当時は製紙事情が充分ではなかったことなどから政府当局からの指導で全国紙の増ページが認められなかったことを逆手に取り、その分夕刊専売の新聞を続々と創刊させた。特に大阪府の地方新聞は全国紙をバックにした夕刊地方新聞が乱立し、産経新聞系の大阪時事新報や、毎日新聞系の新関西(現・スポーツニッポン大阪本社版夕刊)、新大阪、朝日新聞系の大阪タイムズ、独立系の大阪日日新聞、関西新聞などが相次いで発行された。 その後全国紙そのものの夕刊(発行当日付 但し一部地域では夕刊がないため朝刊のみの統合版で発行。読売新聞中部支社(東海3県向け)は元々朝刊単独で夕刊は出していない)が再開されるようになり、毎日系夕刊紙は毎日、あるいはスポニチの夕刊と経営・紙面を統合するようになっていった。また、北海道新聞系の北海タイムス、西日本新聞系のフクニチ新聞、神戸新聞系の神港新聞などがそれぞれ独立し、元来の親新聞と競合関係になる。その他の地方都市などでも夕刊専売の地方新聞(発行翌日付 十勝毎日新聞など)が相次いで創刊するようになる。 1960年代に入ると娯楽性を重視した夕刊専売紙(東京スポーツ、夕刊フジ、内外タイムス=東京都の地方紙、日刊ゲンダイ等)が創刊するようになった。またその頃から一般紙(全国紙・一部の地方紙)では新聞販売店の休日確保という意味合いで、それまで発行していた日曜日や祝日・年末年始の夕刊発行を停止するようになった。 1990年代前半には東京都でも夕刊専売の地方紙が乱立し、東京レディーコングや日刊アスカなど既存夕刊紙とは違った切り口や紙面工法を取り入れたことで「夕刊紙戦争」とまでいわれていたが、インターネットの普及や夕刊紙の売り上げそのものも伸び悩んだことから、休・廃刊に追い込まれたり、朝刊紙に移行する新聞社が続出する。 夕刊紙の宝庫といわれた大阪府では1991年にイトマン事件[1]による経営不振から関西新聞が廃刊・倒産になったのをはじめ、1995年に新大阪も休刊。現在唯一の大阪府の地方新聞である大阪日日新聞も2000年10月に新日本海新聞社(鳥取市)の傘下に入って朝刊専売紙に移行した。またこの夕刊紙の廃(休)止は全国紙にまで飛び火し、産経新聞の東京版夕刊が2002年3月で廃止。大阪版夕刊は継続するもののそれと引き換えられる形で大阪新聞も同時期に産経大阪版の夕刊に紙面統合する形で休刊となり、大阪府の夕刊地方紙は全滅となった。 一般紙夕刊の場合(朝刊とのセット売り)、当該祝日前夜の夕刊と当該日に「今日(明日)○日は(祝日名。または祝日の振り替え休日)に当たりますので、夕刊はお休みさせていただきます」と出る。なお新聞休刊日の場合は新聞休刊日#社告を参照されたい 東京日日新聞(今現在の毎日新聞とは別。スポーツニッポン東京本社版を発行するのに伴い廃刊。毎日新聞系) 「夕刊デイリー」として、駅・コンビニなどのスタンド売りのみで販売(なお「夕刊デイリー」と同一紙面が、一部地域では翌日に朝刊として販売されている)。 翌日の第6版(地方都市向け)を大阪市・京都市・神戸市とその周辺地域のキオスクで夕刊「スポニチ前夜速報版」として販売している。 皇室関連の慶弔行事(即位の礼、結婚の儀、大葬の礼等)が行われる場合、その開催日については当該年のみ限定の休日として扱われるが、その日についても夕刊の発行がなされる。その場合「休日ですが夕刊を発行します」と掲載している。 また、皇室関係ではないが1996年7月20日(この年から海の日の法定祝日が定められた)にもアトランタオリンピック(現地7月19日夜に開幕)の開会式を報道するための処置として夕刊が発行されている。 |
[ 144] 夕刊 - Wikipedia
[引用サイト] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%95%E5%88%8A
