一過とは?

今日は未だ6月22日。関東・甲信地区が梅雨入りしたのが今月の6日だった。それから、2週間とちょっとしか経っていない。それなのにもう6号台風がやって来た。6個も生まれたことだ。6個生まれようと10個生まれようとそれはいっこうに構わない。自然現象なんだから。大体この時期の台風は大陸へ上陸して消えてなくなるのが常である。それが四国に上陸し、近畿・四国・東海地方に少なからぬ被害をもたらし、今朝津軽海峡で温帯低気圧になった。そして関東・関西は台風一過の青空。台風一過は、まだ早すぎるんじゃないのか、と思う。晩夏か初秋か、少なくとも盛夏ごろが似合う言葉だ。しかも、蝉が鳴き、トンボが飛んでいなけりゃいけない。この時季では台風一過に付随する情緒がまったく無い。麦わら帽子をかぶった子供もいないし、店頭のスイカも安くはない。浴衣を着るにも少し早すぎる。豪雨と強風に一晩まんじともせず、ひたすら台風が過ぎ去るのを待ち、雨が止み風がおさまり、やれやれと外へ出て青空を仰ぎ安堵する。蝉の声が降りそそぎ、トンボが水溜りで尻尾をつんつんつついている。これが台風一過の真夏の懐かしい情景である。ところが、今朝の台風一過にはそれらしいものはまったく無い。あるのは細く真っ白な雲が高い空に張り付いているだけ。なんともさびしい。漠然と「あの雲、高度12,000メートルぐらいかな」なんて思うだけである。
連想とは面白いものだ。抜けるような空に、見た目にも高く白い雲が張り付いていたり、あるいは飛行機雲を描きながら飛んでいる飛行機を見ると、うん、12,000メートルぐらいの高さかな思ったりする。
昭和18年の夏ごろになると、ヤップ、グァム、サイパン島あたりから頻繁に、アメリカのB29が本土爆撃にやって来た。第二次大戦のさなかである。このB29、最初の頃は日本のゼロ戦が怖かったのか、ほとんどが飛行機雲をはいて飛んでいた。当時、飛行機雲は、10,000〜12,000メートルの高度で飛ぶと出来ると云われていた。報道では決まって「高度12,000メートルの上空をB29が・・・」と云っていた。日本の戦闘機は、12,000メートルまで昇る事はできなかったらしい。高射砲も然り。そんなことで日本にまだ制空権があるころは、飛行機雲が出来ないほどの低空で飛ぶことは避けたらしい。 青空にきらりと光る機体、機体から少し離れたところから真っ白な飛行機雲が流れ出ていた。まだ幼かった目に美しく映ったものである。三機編隊が三つも来ると、怖さも忘れじっと見ていたものだ。(戦時中、伊豆の狩野に疎開していた。B29はグァム、サイパンを飛びだって伊豆諸島を通り、伊豆半島の上空で西へ行くか東へ行くか進路を決めていたらしい。伊豆にはとうとう終戦まで一個の爆弾も投下されなかった。) 12,000メートルの高度だと、姿は見えてもまったく爆音が聞こえないときもあれば、窓ガラスが割れるのではないかと思うほど、大きな音を響かせて飛んでいるときもあった。
「何故この時期にこんなに台風が来るんですか」と女アナが問うと、予報官氏「この時期ですと、太平洋高気圧が日本列島の南に東西に長く横たわり、台風は高気圧の西をかすめて大陸へ行くんですが、今年は高気圧が南北に広がっているため九州・四国が直撃されています」と答えていた。たしかに台風たち、フィリッピン沖で生まれて台湾をかすめて北上し、大体が沖縄・九州に上陸している。

[ 82] 台風一過 ???
[引用サイト]  http://www1.c3-net.ne.jp/entarou/sakubun1.htm



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