台風とは?
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台風(たいふう、颱風)は、太平洋や南シナ海(赤道以北、東経180度以西100度以東)で発生する熱帯低気圧で、最大風速(10分間平均)が34ノット (17.2m/s) 以上のものを指す。 日本では、古くは野の草を吹いて分けるところから、野分(のわき、のわけ)といい、枕草子などにその表現を見ることが出来る。その後明治時代頃から颶風(ぐふう)と呼ばれるようになった。 現在の台風という名は、1956年の同音の漢字による書きかえの制定にともなって、颱風と書かれていたのが台風と書かれるようになったものであるが、その由来には諸説がある。主な説としては、以下のものが挙げられる。 中国広東省で、激しい風のことを大風(タイフン)といい、その後西洋に伝わり、ギリシャ神話のテュポンの影響でギリシャ式の"typhoon"というつづりで書かれるようになり、東洋に逆輸入され「颱風」となった。 中国福建と台湾?南語、台湾語のほうからやってくる強い風を風篩(風颱、白話字:Hong-thai)と言い、それが日本に輸入された。 アラビア語で、嵐を意味する「tufan」が東洋に伝わり、「颱風」となった。また、英語では「typhoon」(タイフーン)となった。 ギリシャ神話に登場する恐ろしく巨大な怪物テュポン (τυφων,Typhon) に由来する「typhoon」から「颱風」となった。 英語の「typhoon」は、古くは「touffon」と綴り、16世紀には文献に登場しているため、中国語の「大風」が由来とする説は不自然とされており、アラビア語起源、ギリシャ語起源の二つの説が有力である。 WMOによる国際分類の定義では、日本の台風とは異なり、最大風速(1分間平均)が64ノット以上のものをタイフーン (typhoon) と呼ぶ。 日本では、古くは野分(のわき)と呼ばれ、源氏物語の巻名にもなっている。また度々台風に見舞われる沖縄のウチナーグチでは「カジフチ(風吹き)」または「テーフー(台風)」と称する。フィリピンではバギオという俗称で呼ばれる。 同様の気象現象は世界各地にあり、それぞれの地方により呼び名が違う。国際分類では、大西洋北部・太平洋北東部・太平洋北中部では、ハリケーン (Hurricane) と呼び、インド洋北部・インド洋南部・太平洋南部では、サイクロン (Cyclone) と呼ぶ。オーストラリア付近では、俗称でウィリー・ウィリーとも呼ばれるが、正式にはサイクロンである。 台風が、国際分類上、熱帯低気圧をハリケーンやサイクロンと呼ぶ区域に進んだ場合には、台風ではなくそれぞれの区域の名称で呼ばれることになる。東経180度より東(西経)に進んだ場合、最大風速(1分間平均)が64ノット以上のものはハリケーンと呼ばれ、34ノット以上64ノット未満のものをトロピカルストーム (Tropical Storm) と呼ばれる。また、マレー半島以西に進んだ場合、サイクロンと呼ばれる。 例えば、1970年の台風13号は西経域で発生し、一時、東経域に移動したものの、すぐに西経域に去ってしまったために、特に勢力が衰えたわけではないものの、台風ではなくなった。また、1972年の台風29号はマレー半島を抜けてベンガル湾に抜けたことにより台風ではなくなった。 例えば、2002年に西経域で発生したハリケーン・エーレとハリケーン・フーコは、ともに東経180度より西に進んで、それぞれ台風17号と台風24号となった。また2006年にもハリケーン・イオケが東経180度を越えたため、台風12号になった。この場合、これらの台風につけられる名前は下述するアジア名ではない。 台風の強さによる分類は、以下の通りである(米軍の合同台風警報センターでは1分間平均の最大風速、日本では10分間平均の最大風速によって分類する。厳密には例えば米軍の合同台風警報センターがtyphoonの強度に達したと判断しても、日本では強い台風の強度に達したと判断しない場合も生じる。また、1分間平均風速は10分間平均風速よりも1.2〜1.3倍ほど大きく出る傾向にある)。なお、現在日本では台風の航空機観測は行っておらず、台風の位置、中心気圧、最大風速、大きさの数値は台風の衛星画像によって算出している(ドボラック法)。以前は最大風速ではなく中心気圧で強さを分類していた。 また、台風の大きさによる分類は、以下の通りである。(風速15m/s以上の強風域の大きさによって分類する。15m/s以上の半径が非対称の場合は、その平均値をとる。)尚、以前は1,000ミリバール等圧線の半径で判断していた。 これらを組み合わせて、かつては「大型で並の強さの台風」というような言い方をしていた。しかし、組み合わせによっては「小型で弱い台風」となる場合もある。1999年(平成11年)8月14日の玄倉川水難事故を契機に、このような表現では、危険性を過小評価した人が被害に遭うおそれがあるとして、気象庁は2000年(平成12年)6月1日から、「弱い」や「並の」といった表現を削除し、上記表の(新)の欄のように表現を改めた。したがって、「小型で【中型で・ごく小さく】弱い【並の強さの】台風」と呼ばれていたものは、単に「台風」、「大型で並の強さの台風」は「大型の台風」と表現されるようになった。 中華人民共和国では「熱帯低気圧の等級に関する国家標準」で熱帯低気圧及び台風を以下のように分類している ほとんどの台風は夏から秋にかけて発生する。通常、太平洋高気圧の縁に沿って移動し、日本列島やフィリピン諸島、台湾、朝鮮半島などに大きな被害を与える。日本へのコースの詳細は、#日本へのコースを参照。 台風の中心が最も天気が荒れていると考えがちだが、中心付近は暴風が吹き荒れるものの風向きが乱れているために互いに打ち消し合い、最も荒れているわけではない。台風の目では風が吹かないのはこのためである。最も天気が荒れるのは台風の中心よりも進行方向に対して少し右側(南東側)である。これは、台風をめがけて吹き込む風と台風本体を押し流す気流の向きが同じであるために、より強く風が吹き荒れるためである。気象学上では台風の右側半分を危険半円と呼ぶ。逆に台風の左側半分は吹き込む風と気流の向きが逆になるために比較的風は弱く、可航半円と呼ぶ。しかし可航半円の風はあくまでも右側半分と比較して弱いだけであるため、可航半円の範囲といえども強い台風の場合は暴風が吹き荒れており危険である。 被害という視点で語られることの多い台風も、日本では、梅雨以後夏期の水瓶(各地のダムや山間部の川)への重要な水源にもなることから、来なければそれでいいというものでもない。2005年の台風14号は大きな被害を生んだが、それまで渇水によって貯水率0%となっていた早明浦ダムを、たった一日で一気に100%まで回復させた。2007年の台風4号も同様である。 SF小説で見られるような、核爆発級のエネルギーを用いて台風を消滅させるアイデアが、現実には不可能であることは論を俟たない。一般的な規模の台風のもつ熱量は1018 J程といわれ、広島型原爆数千個分にも相当する。2005年現在、人類はそれをはるかに上回る量の核兵器を保有しているが、その使用が核の冬を招く事は必至である。 より平穏な方法(ヨウ化銀など化学物質の空中散布など)によって規模の縮小を図る研究も行われているが、台風は上記のような大規模なエネルギー循環や、水源としての機能を担っていることなど影響が極めて多大であり、人為的操作は環境に破局的な事態も招きかねないため、実行されたことはない。 日本では、気象庁が、台風が発生した順に台風番号を付けており、台風は通常はこの台風番号で呼ばれる。気象庁では、情報文等においては元号年と組み合わせて「昭和60年台風第10号」のように表記し、天気図等においては西暦年の下2桁と組み合わせて「台風8510」、「T8510」のように表記している(いずれも1985年(昭和60年)に発生した10番目の台風の例)[1]。しかし、後者の4桁の番号では、100年後には番号が重複することになるという問題がある(例:2000年の台風1号と2100年の台風1号はともに「台風0001」と呼ばれる)。民間では、「第」を省略するとともに、特定する必要がない場合には年号も省略して「台風10号」のように呼ぶことが多い。 特に災害の大きかったものについては上陸地点などの名前を付けて呼ぶこともある(伊勢湾台風など)。戦後、気象庁によって命名された台風は以下の8つである。 第二次世界大戦後の米軍占領下では、アメリカ式の女性名が台風に付けられたが、サンフランシスコ講和条約発効後の1953年の台風3号以降は番号順とされている。 2000年からは米国とアジア各国で構成された台風委員会が台風の国際的な呼称(アジア名)を定め、国外では広く使用されている。(外部リンク参照。)2003年9月韓国南部に大被害をもたらした台風マエミー(Maemi)(台風0314)は有名である。この名前はたまたま北朝鮮の命名で、「マエミー」はセミを意味する朝鮮語(実際の発音は「メミ」)である。また2004年9月に日本を襲った台風18号はベトナム命名の台風ソングダー(Songda, 川の名)であり、同年の台風19号はカンボジア命名の台風サリカー(Sarika)、台風20号は中国命名のハイマー(Haima)と順番が決まっている。しかし、日本国内では依然として番号による呼び方が一般的である。ただし、2004年10月に各地に甚大な影響を及ぼした台風22号、23号は、ニュース番組などの報道機関により、それぞれマーゴン (Ma-on) 、トカゲ (Tokage) というアジア名でも呼ばれ、一般の人々にもアジア名が広く知られるようになった。なお、東経180度以東で発生したハリケーン等の熱帯低気圧が東経180度以西に進んで台風となったものには、アジア名は命名されない。 以下の表は見やすくするための便宜的なもので、表左上の1番(Damrey ダムレイ)から始まり、1列目いちばん下の28番(Trami チャーミー)の次は2列目いちばん上の29番(Kong-rey コンレイ)となる。名称は全部で140個あリ、一巡すると再び最初(ダムレイ)に戻る。名称の順番は、2007年現在2周目に入っている。 アメリカ合衆国ではA、B、C順にあらかじめ用意した男女の名前をつける(カスリーン台風、ジェーン台風など)。日本でも敗戦直後の米軍占領中にはこの命名方法が取られていた。ただし、当時の命名法では女性名のみが使われていたので、日本での台風の命名もすべて女性名であった。この命名法は、性差別につながるなどとして、1979年に男女の名前を交互につける方法に改められた。このリストは大西洋海洋気象研究所のサイト[2]などで見ることができる。 大西洋北部などの他海域においては、顕著な影響を与えたものの国際名については、名前リストから削除されて、次回以降から別の国際名が使用される「引退」という慣例がある。例えば、2004年にカリブ海の国々やアメリカ合衆国に顕著な影響を与えたハリケーンIvanは、この年で「引退」し、次回の2010年にはIgorという国際名が使用されることが決まっている。この慣例の目的は、将来、顕著な影響を与えたものと同じ国際名が使用されないことを保証することにより、異なる年の同じ複数の国際名の中からどの年のものか特定しにくくなるという曖昧性を減らすことにある(例えば、大西洋北部において、Arleneという国際名は過去に9回も使用されている。しかし、これらの中に特に顕著な影響を与えたものがないため、現在のところは「引退」扱いとなっていない)。 太平洋北西部においても同様に、「引退」が適用されることがある。例えば、1991年に日本に大きな被害を与えた台風19号の国際名Mireilleは、この年限りで使用中止となり、Melissaという国際名に変更された。この慣例は、2000年に台風の国際名がアジア名に変更されてからも適用されている。例えば、2002年に朝鮮半島に大きな被害を与えた台風15号の国際名Rusaは、次回はNuriに変更になることが決まっている。また、2003年にRusaと同様に朝鮮半島に大きな被害を与えた台風14号の国際名Maemiも、次回はMujigaeに変更になることが決まっている。一方、顕著な影響を与えても、この慣例が適用されない場合もある。例えば、1959年の伊勢湾台風(昭和34年台風第15号)の国際名Veraは、「引退」扱いとならず、以降も何度か使用された。 台風やハリケーン・サイクロンなどの熱帯低気圧発生の機構については様々な説が唱えられてきた。熱帯の強い日射により海面に生じた上昇気流によるという説、熱帯収束帯(赤道前線)上に発生するという説などが出されたが、どれも不完全であった。 現在では、「偏東風波動説」が多くの支持を集めている。南北両半球の北緯(南緯)30度付近には、赤道で上昇して北上(南下)した空気が上空に滞留して下降し、「亜熱帯高圧帯」が形成される。北太平洋高気圧もその例であるが、これらの高気圧から赤道方向に向けて吹き出した風はコリオリの力を受けて恒常的な東風になる。これが偏東風で、この風の流れの中にうねり(波動)ができると渦度が生じ、熱帯低気圧となるという考えである。なぜ波動が出来るのかはまだはっきりしないが、実際の状況には最もよく合致した説である。 ただし、そうして発生した波動の多くは発達せずにつぶれてしまう。1万メートル以上の上層に高気圧を伴う場合には高気圧の循環による上昇気流の強化により台風に発達すると思われる。また海水の温度が26度以上であることも重要な条件であり、高温の海面から蒸発する水蒸気が放出する潜熱が原動力になっている。 台風の発達過程はかなり詳しくわかっている。台風の原動力は凝結に伴って発生する熱である。温暖な空気と寒冷な空気の接触等による有効位置エネルギーが変換された運動エネルギーが発達のエネルギー源になっている温帯低気圧との大きな違いはここにある。 上昇流に伴って空気中の水蒸気は凝結し、熱(潜熱)を放出する。軽くなった空気は上昇する。すると地上付近では周囲から湿った空気が中心に向かい上昇し、さらに熱を放出しエネルギーを与える。このような条件を満たすときに台風は発達する。このような対流雲の発達の仕方をシスク(CISK、第二種の条件付不安定)という。 なお、台風が北半球で反時計周りの渦を巻くのは、風が中心に向かって進む際にコリオリの力を受けるためである。 2個の台風が1,000Km以内にある場合、互いに干渉し合って複雑な経路をたどることがある。これを提唱者の名前をとって藤原の効果と呼ぶ。 一般に、台風は日本の南海上で発達し日本列島に接近・上陸すると衰える傾向がある。これは、南海上では海水温が高く、上述した台風の発達に必要な要素が整っているためで、日本列島に近づくと海水温が26度未満(真夏〜初秋は日本列島付近でも26度以上の場合があり、台風が衰えない場合もある)になることにより台風の発達は収束傾向になり、高緯度からの寒気の影響を受けて台風の雲も渦巻き型が崩れ、温帯低気圧の雲形へと変化する(但し、温帯低気圧に変わってから再発達する場合がある)。さらに上陸すると山脈や地上の建物などによる摩擦によって台風はエネルギーを消費し、急速に勢力が衰えるようになる。これが日本に近づく台風の特徴といえよう。 ただし例外もある。日本列島に上陸せず対馬海峡を通過し日本海南部に入った場合、または台風が日本列島に一端上陸し、勢力が衰えた後に日本海南部へ出た場合は、暖流である対馬海流(海水温が26度以上の場合のみ)の暖気が台風へエネルギーを供給し、且つ高緯度から上空に流れる寒気の影響を受けるために、台風は勢力が衰えるどころか再発達し、普段は台風による被害を受けにくい北海道、東北地方に甚大な被害を与える場合もある(日本海北部はリマン海流(寒流)の影響で海水からのエネルギーが供給できないために台風自体は衰えるが、寒気の影響を受けて台風から温帯低気圧に変わった後に再発達する場合がある)。1954年の洞爺丸台風(昭和29年台風第15号)や1991年の台風19号(りんご台風)、2004年の台風18号などがその例である。 日本の気象庁の定義によれば、台風の上陸とは、台風の中心が北海道、本州、四国、九州の海岸に達することをいう。したがって、台風の中心が上記4島以外の島の海岸に至っても上陸とは言わないため、沖縄県に台風が上陸することはない。台風の中心が、小さい島や半島を横切って、短時間で再び海上に出ることは、台風の通過と呼ばれる。 台風が日本本土を襲う経路は様々であり、類型化は難しいが、典型的な台風として、北緯15度付近のマリアナ諸島近海で発生して西寄りに時速20キロメートル程度で進み、次第に北寄りに進路を変えて北緯25度付近、沖縄諸島の東方で転向し、北東に向けて加速しながら日本本土に達するというパターンが考えられる。台風の経路として書籍にもしばしば掲載される型であるが、実際にはこのような典型的な経路を取るものは少なく、まれには南シナ海で発生してそのまま北東進するもの、日本の南東海上から北西進するもの、あるいは狩野川台風(昭和33年台風第22号)のように明確な転向点がなく北上するものなどもある。さらに、盛夏期で台風を流す上層の気流が弱く方向も定まらないような時期には、複雑な動きをする台風も見られる。 日本には、平均して、毎年10個前後の台風が接近し、そのうち3個くらいが日本本土に上陸する。2004年には10個の台風が上陸し、上陸数の記録を更新した(2004年の台風集中上陸参照)。 台風が日本本土に上陸するのは多くが8月から9月であり、年間平均上陸数は8月が最も多く、9月がこれに次ぐ。8月は、太平洋高気圧が日本付近を覆い、台風が接近しにくい状況ではあるが、台風発生数も最も多く、また高気圧の勢力には強弱の周期があるため、弱まって退いた時に台風が日本に接近・上陸することが多い。無論、西に進んでフィリピン・台湾・中国に上陸したり朝鮮半島方面に進むものも少なくない。7月や10月にも数年に1度程度上陸することがある。最も早い例では1956年4月25日に台風3号が鹿児島県に上陸したことがあり、最も遅いものとしては、1990年11月30日に台風28号が紀伊半島に上陸した例がある。 台風が上陸、あるいは接近すると、暴風(強風)、高潮、高波による看板や標識、樹木などの倒壊や、建物の損壊(屋根が飛んだりするなど)のほか、大雨による洪水、浸水や道路、橋などの流出、土砂崩れ、地すべりなどの被害が発生する。また、台風が上陸しなくても、時期によっては秋雨前線や梅雨前線を刺激して大雨をもたらし、これによる被害が発生することも多い(このことを、NHKなどでは「台風+前線=大雨」という式を用いて表すことが多い)。 台風が日本海側を通った時接近時の日本海側や、台風が太平洋側を通った時の離れていく時の太平洋側で、台風によるフェーン現象が発生しやすく(特に前者)乾燥した熱風による火災や急激な気温上昇による雪崩なども起こりやすい。 なお、雨による被害が大きな台風を雨台風、風による被害が大きな台風を風台風と呼ぶが、勢力が強い台風の場合は、雨と風の両方で甚大な被害が出ることも多い。 特に航空やフェリー航路の場合、暴風を伴うと大変危険なこと、また航空の場合は機体の遣り繰りがつかない(行ったまま、台風通過まで戻って来れない)事等から台風が通過した後も運休するケースが多い。 また鉄道・バス・自動車道路(高速道路・国道など)も一定の風速または雨量をオーバーすると運休や通行止め、あるいは速度徐行がなされる場合もある。近年鉄道においては影響が予想される場合はあらかじめ長距離列車の運休や間引き運転・全列車の各駅停車運転などが行われ、事前事後のダイヤの混乱防止と輸送手段の確保の両立を図るケースが多い。 公衆施設(自治体の公共施設・サービス受付、レジャー施設、百貨店・スーパーマーケットなど)の営業休止・または早期打ち切り 屋内施設(ドーム球場や体育館、コンサートホールなど)で開かれるイベントであっても、交通機関のマヒや観客の安全などを考慮してイベントを中止する事例がある(プロ野球でのドーム球場の中止事例はドーム球場#ドーム球場での試合中止事例参照)。 永祚の風:989年9月(永祚元年8月)近畿地方。「夜、天下に大風。皇居の門・高楼・寝殿・回廊及び諸々の役所、建物、塀、庶民の住宅、寺社仏閣まで皆倒れて一軒も立つもの無く、木は抜け山は禿ぐ。又洪水高潮有り、畿内の海岸・河岸・人・畑・家畜・田この為皆没し、死亡損害、天下の大災、古今にならぶる無し、云々」(『扶桑略記』、原文は漢文) 弘安の役台風:1281年8月(弘安4年閏7月)西日本。弘安の役で日本に来襲した元・高麗連合軍14万人のうち約10万人溺死。 シーボルト台風:1828年9月(文政11年8月)西日本。ドイツ人シーボルトが出島で観測した記録がある。また、この台風で難破したオランダ船が後のシーボルト事件の発端となったので、気象学者の根本順吉が「シーボルト台風」と命名した。九州来襲時の中心気圧900hPa、最大風速50m/s、総雨量300mmと推定され(気象学者の高橋浩一郎による)、過去300年間に日本を襲った台風の中で最大のものとされている。有明海で高潮が発生し、佐賀藩だけで死者が1万人弱に達する被害が出た。 1917年10月1日の台風:フィリピン東方から北東に進んで10月1日未明に東京北方を通過した台風で、東京湾に高潮発生、死傷者およそ3,000人、全半壊流失家屋6万戸。東京で記録した952.7ヘクトパスカルの最低気圧記録は2007年6月現在も破られていない。 1921年9月26日の台風:本州南方をゆっくり東進していた台風が急に北上し、不意打ちの形で紀伊半島から日本を縦断。そのため警報発令が遅れ、富山県下で漁船の遭難多数。当時の伏木測候所長が世間の糾弾のため自殺した事件で知られる台風。ただし、測候所長の自殺の裏には気象観測施設に関する県と国のいさかいがあったようである。 新高台風(にいたかたいふう、1922年8月26日):8月24日関東地方を通過した台風が北上して26日にはカムチャツカ半島付近に達し、その近海にいた日本帝国海軍の巡洋艦新高が沈没した。高緯度であったので、事故発生時には台風は温帯低気圧に変わっていた可能性もある。初めて固有名(ただし非公式)が付いた台風。 屋島丸台風(1933年10月20日):石垣島付近から西日本に進んだ台風。上陸時には衰えていたが、瀬戸内海で定期旅客船屋島丸が沈没、犠牲者69名。 日時-すべて日本標準時 (JST) 。(世界標準時 (UTC) で観測されたものを日本標準時 (JST) に直している。) 接近-台風の中心が日本の海岸線から300km以内に入った場合を「日本に接近した台風」としている。ただし、現在は気象官署からの距離で算出してある。 上陸-台風の中心が北海道、本州、四国、九州の海岸線に達した場合を「日本に上陸した台風」としている。ただし、沖縄本島などの離島や小さい半島を横切り短時間で再び海に出る場合は「通過」としている。 |
[ 56] 台風 - Wikipedia
[引用サイト] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%B0%E9%A2%A8
