進化とは?
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進化(しんか、evolution)とは、生物の遺伝的形質が世代を経る中で変化していく現象のことである。この場合の生物は、種、ないし個体群を単位とする。 遺伝現象は、生物において子が親と同じ形質を持つことを証明したが、にもかかわらず長期的視野では生物はその形質を次第に変えてゆくものと考えられている。たとえばヒトは類人猿的動物からいくつかの中間段階を経て現在の姿になったと考えられている。このような変化を進化と言う。 進化によって生物は多様化し、現在に見られる複雑な生き物は初期の単純な生命体から生じたと考える。進化は、チャールズ・ダーウィンなど複数の博物学者が動物や植物の分類学的な洞察から導きだした仮説から始まった。現在の自然科学ではこの説を裏付ける証拠が、形態学、遺伝学、比較発生学、分子生物学などさまざまな分野から提出されており、実証しづらい現象ではあるが、進化はほぼ確実に起こってきたことである、と認められている。 進化が実際にあった事柄であるとの判断は、生物学のさまざまな分野から得られた知見によるものである。 最近では、進化がフィクションであるというインテリジェントデザイン(ID)を、唱える学者もでており論争が起こっている。 比較解剖学は、主として動物において、体の内部構造を把握し、それをさまざまな種の間で比較しながら、外見だけではわからないような、その構造の意味を説き明かしてきた。 その結果、根本的に全く内部構造の異なる器官が、外見が表面上よく似たものになることがあり、しかもそれが同じ機能を果たすケースがあることを見つけた(脊椎動物の目とイカなど軟体動物の目など)。このような相似器官が見つかったことで、ほとんどの場合において、一つの機能を実現するのには何通りもの解決法があることが示され、生命にとって普遍的な特性がすべて必要であるという説は信じがたくなった。このことはまた、ある特定の機能を果たすためには、本来異なった部位であっても、同じ目的にあわせると、どうしても外見上の類似を生ずるのだろう、と言うこともできる。このように見たとき、この現象を収斂という。 さらにまた、同じような内部構造の器官が、まったく異なる機能を実現している例(相同器官)も明らかになった。脊椎動物の四肢は、相同器官の好例である。たとえば脊椎動物の二つの種の前足を比較したとき、基本的に共通の構造が明確に認められ、その構造がそれらの生物種が分岐する前の共通の祖先に存在して、そこからその両者のような外見的違いが派生したことを強く示唆するのである。具体的に見れば、われわれヒトの前足は手と呼ばれ、全体に長く、指は長くてよく曲がり、ものを掴める。イヌの前足は指が短く、全体に丸まり、肉球がある。クジラのそれは見かけ上は指がなく、どう見ても魚のヒレにしか見えない。ところが、それぞれを骨格で比較すれば、肩の骨からつながった骨の配置は、指の形や数に違いがあるとしても、全体としては共通している。それを解釈する方法として、共通の祖先がいて、そこから生活の違いに応じて適応し、その使い方の違いによって変化していったのだと見る訳である。なお、このように共通祖先がさまざまな環境への対応として、多様な姿に変化した現象を適応放散と呼ぶ。 地球上の様々な地域では、ほぼ同じものが見られる場合もあるが、それぞれに異なった生物が見られる。これは生物地理学の分野である。その立場からは、そのような地域ごとの差がどのように生じたのか、という問いかけを生むことになる。興味深いのは、それぞれが全く異なっていることはまれで、大抵は類似しているが異なる、という形が見られることである。また、これを生物個々から見れば、分布の狭いものや広いものがあることがわかる。それらは分類学の材料を提供するものであるが、たとえばクマの仲間はアフリカを除く世界中に分布し、それぞれに様々な種に分かれるが、概して高緯度のものほど体が大きい(ベルクマンの法則)。そのような知見は、生物が分布を拡大しながら、その姿を変えた可能性を示唆する。先に述べた適応放散や収斂もこの分野でより生き生きと観察できる。 さらに、孤島の生物には独特のものが見られる場合があるが、それが全くよそとかけ離れたものであるわけではなく、近い大陸にいるものから大きく変化したものと考えた方が無難である。さらに近隣の島がある場合、島ごとに少しずつ違いが見られる場合がある。ダーウィンもガラパゴス諸島の生物に重大な示唆を受けたようである。 西洋では、化石は当初は古生物の遺物とは考えられず、岩石中に自然の、あるいは超自然の働きで生じるものと見なされた。生物と見なされた後、その研究には、比較解剖学もかなりの役割を演じている。調べるにつれ、現在生息していない生物であることがわかると、その解釈が問題になった。 地学研究の立場からは、化石は距離の離れた地域間での年代比較の唯一の手がかりとなった。時代によって違う化石が出るという知識から、同じ化石が出れば、同じ時代に属するという判断ができる。いわゆる示準化石であるが、当時は地質年代を知る唯一の手がかりであった。絶対的な年代判定は、放射性同位体が利用できるまでは不可能であった。 それはともかく、時代によって出る化石が異なることを説明するには、神の創造が何度も行われたと見るのでなければ、生物が時間経過のなかで変化したと見る、つまり進化があった、と考えるほかない。さらに具体的に見ると、進化の実在を示すと見られる化石はいろいろなものがある。 進化の過程を、時間による変化を追ってたどれるように見えるものがある。たとえばウマの化石は、現在の大型で指が1本だけしかないものから、犬より小さく、4本指の先祖まで、その間を埋める化石がいろいろと出ている。 現在ははっきりと区別できる分類群の、中間型と思われる化石もある。有名な始祖鳥は、羽根の跡が残っていなければ、小型恐竜としか思えない骨格でありながら、全身が羽根で覆われ、鳥の特徴を示している(異論はあるが)。 化石は、さまざまな系統が、いつ発達したかを推定するには重要である。初期の化石による証拠は、生物が硬化した体の部分、たとえば殻・骨・歯などを発達させるより前の時代にはまれであるが、それでも古い時代の微化石や、古い化石化した生痕、それに若干の軟体性の生物化石が存在する。化石化という現象がむしろまれな出来事であり、掘り当てられるかどうかの問題なので、通常は化石になる生物に硬化した部分があって、しかもその死体が堆積している最中の砂泥のそばになければならない。したがって、化石からは、生物の進化に関するごくわずかな、選ばれた情報しか得られないものなのである。 化石で発見されるような生物が、現在も生きて発見される場合がある。ゴキブリは古生代の化石とほぼ変わらぬ姿で、現在も台所でがんばっている。また、シーラカンスは、化石でのみ知られていたものが、突然現在に発見された例である。これらは生きている化石と呼ばれ、化石からはわからない情報のよりどころとして重視される。 科学者は、地球が約46億歳だと推測している。地表が冷えた後すぐに、単細胞生物が現れた。10億年の内に、細胞呼吸の発展に必要な条件を提供して、酸素の光合成が発生し、地球の大気を急進的に変えた。次の20億年の間に基礎的な細胞のプロセスが全て発展した。その時に恐らく最初のウイルスが姿を現した。今から10億年前に単純な多細胞の植物・動物が海に現れた。最初の動物の出現のすぐ後の、カンブリア紀の爆発と呼ばれる期間は、現代の全動物の体制(門)のほとんどが見つかっている。約5億年前に、植物と菌類は地上に進出し、すぐに節足動物や他の動物が続いて、地上の生態系の発展につながった。 多くの生物学者は、現在の地球上の生命はある一つの種から分岐したものであると考えている。その根拠には多くのものがあるが、その一つは、現在の生物は共通の遺伝コードを用いているというものである。複数の起源を持つとする説もあるが、遺伝コードを中心とする共通点の重要さや、共通点の多さから見て、共通の祖先から派生したとされる説が強く支持されている。 大部分の科学者は、このことを、現存する全ての生物が共通の祖先を共有すること、その祖先が最も基本的な細胞のプロセスをすでに発達させていたということを意味する、と解釈するが、生物の3つのドメイン(古細菌、真正細菌、真核生物)の関係、ウイルスの起点、 生命の起源に関しては科学的な合意がない。最も初期の生物の歴史をはっきりさせようとする試みは、一般に高分子(特にRNA)や複合的システムの振る舞いに注目しておこなわれる。 生物の初期発生に関する情報には、地質学および惑星学の分野からの情報が含まれる。これらの科学からは、地球の歴史や、生物によってもたらされた変化に関する情報が得られる。初期の地球に関する直接的な情報のほとんどは、長い時間の間の地学的現象によって破壊されてしまっている。 新陳代謝のプロセスは化石には残らないので、基礎的な細胞内でのプロセスについての進化の研究は、大部分が現存する生物の比較によってなされてきた。いくつもの血統が、それぞれ異なる進化の段階で分岐したので、ある代謝過程がいつ現れたかを、共通の祖先からの子孫を比較することによって決定することが可能である。 しかしながら、全ての現存する生物が細胞構造や遺伝コードを含むある特性を共有するにもかかわらず、比較生物学さえもが、生命の最も初期の発展をあまりはっきりさせることはできない。 生物は種からなっていると考えられているから、それが変化する場合、種がその形質を変化させるか、あるいは複数の別種に分かれるかという形を取るだろうと考えられる。この現象を種分化という。 また、それによる変化が、ある環境により適応する方向であると考えられるが、それによってそれ以外の環境を利用するには不向きになると見られる場合、これを特殊化ということもある。 現在、進化を説明する理論として最も支持されているのは進化の総合説と呼ばれるもので、ダーウィンの自然選択による進化と、メンデルの遺伝子の理論を統合したものである。この総合説によれば、基本的に種形成という現象は2つの集団の遺伝的隔離であり、この隔離はそれらの遺伝子プールの多様性の拡大をもたらす。 すべての生物が共通の祖先を持つとする説のさらなる証拠として、誰も生物の自然発生という現象を確認できなかったことにある。これは、生命の起源は非生命から生じるとしてもそれは非常に稀な現象であるか、あるいは現在の地球の環境とはかけ離れた何らかの条件のそろった環境がその発生には必要であることを示している。 生物が変化するとき、どこかの時点で新しい形質が出現しなければならない。これまでに遺伝学者が、どのようにして新たな形質が現れるのか、またどのようにしてその形質が後の世代に残っていくのか研究してきた。ダーウィンの時代には、まだ遺伝に関する詳細な解明はなされていなかった。しかし現在では、子孫に伝わるような形質の根拠は、遺伝子と呼ばれる、粒子性をもつ、不変の実体にたどり着く。そしてその遺伝子とは、実際はDNAに書込まれた情報であることも現在では分かっている。DNAの変化は突然変異をもたらす。その影響は形質(表現形)の変化となって現れる。また、個々のDNAの突然変異については、それによる形質(表現形)の変化はほとんどなかったとしても、それらの組み換えによって新たな形質が発生することもある。組み換えは、有性生殖の場合は対応する性の細胞の融合によって、バクテリアの場合は接合と形質転換などの遺伝物質の移動によって起きる。 DNA配列上には現れないが通常のDNA複製に影響を与えるような遺伝性の変化についても、研究が進められている。この変化は遺伝情報の変化を一切伴わなかったり、変化そのものが可逆であったりする。このような変化は、エピジェネティクな遺伝と呼ばれ、対応する現象としては、DNAのメチル化、プリオン、structural inheritance などがある。このような機構が環境からの刺激に対する応答として、それに適応するような変化をもたらしうるのかどうかについては研究が継続されている。ダーウィンの確立した進化の枠組みでは、環境からの刺激と遺伝するような変化の発生の間の関係について言及することは避けられていたが、もしこのようなことが実際に起きているとすれば、ダーウィンの進化の枠組みから外れたものとなるだろう。 また、上のようなメカニズムに加えて、新たな遺伝的形質が物理、化学的な性質である自己組織化からもたらされるものもあると考えられている。ここで言う自己組織化というのは、ゲノム中には直接コードされていないようなものである一方、様々の生体システムに広く存在するだろうと常に期待されるようなものである。 集団内で起きる形質の固定と消失は、集団内である特徴が多く見られるようになる一方で、別のある特徴が見られなくなっていくという状況を意味する。形質の固定と消失に対しては、2つのプロセスが寄与していると一般的に考えられている。 現在の進化論では、生物の進化は主として自然選択の結果であるとしている。以下に非常に簡単にではあるが、要約を示す。 自然選択はまた、生物が長い時間を越えて生き残っていくのに役立つ仕組みを提供している。環境は常に変化し続けているので、後続の世代が適応を続けることで、生存と繁殖することが可能になる。さもなければ、その生物が適応していた生態学的地位が消滅するのにあわせて、その種も絶滅することになるだろう。それゆえに生物は種として進化することで、長い時間のなかを生き延びることができるのである。進化論において自然選択が中心的役割を果たすことになったのは、野外での生態学の研究によってもたらされたものである。 遺伝的浮動とは、集団内における選択圧とは無関係な遺伝子の頻度の変化のことである。親の世代の遺伝子の分布を維持するのに十分な数の子孫を作れないような、そういった小規模な交配集団においては、この現象は特に重要である。このような世代間での遺伝子頻度の変動は、ときには集団内からのそれら遺伝子の消失を招く。 このため、集団が2つに分離されたとき、最初のこれら集団の遺伝子頻度は同じであるが、やがて遺伝子頻度のランダムな変動、すなわち「浮動」によりこれらの集団は異なる遺伝子のセットを持った集団へと変化していく(つまり、片方の集団からある遺伝子は消失してしまったが、もう片方の集団には残っているような状態)。火山の噴火や隕石の衝突といった、ごくまれにしか起きないような現象は、平時の選択圧とは違った方法で遺伝子頻度を変化させることで、遺伝的浮動に影響を与えてきたかもしれない。 現在の総合学説の元では、進化とは集団中の遺伝子頻度の変化であり、それが積み重なって種分化が起きると見る。したがって、遺伝子頻度の変化を追うことが重視される。 小進化は、数世代の間に現れるような個体群内の遺伝子頻度の小規模変化のことである。これらの変化は、自然淘汰以外にも、突然変異、遺伝子拡散、遺伝的浮動などのいくつものプロセスが原因で生じうるものである。集団遺伝学は、小進化の過程の研究のために数学的構造を供給する生物学の一分野である。 大進化は、長期間にわたる個体群内の遺伝子頻度の大規模変化のことであり、通常その結果、種分化や新種への進化をもたらす。小進化が、大部分の観察者が納得できるような研究室内で実証されているのに対して、大進化は化石記録や、現存している生物の性質、遺伝子の情報(DNA)から推論するしかない。その正確なメカニズムは、科学者の間の議論が活発な話題である。 小進化、大進化という用語は、前者が種分化をもたらすような進化過程、後者がそれ以上の上位分類群の分化をもたらすような進化の過程という意味に使われることもある。特に、体制が異なるほどの上位分類群の分化が、自然選択説で説明できるかどうかについては、疑問視する声が常に存在する。かといって、それに変わる進化説がないのも確かである。 化石記録が利用できる生物群は、実際には動物界と植物界だけである。植物界の各門の分化は、古生代のシルル紀から中生代にかけてゆっくりと起こっており、その経過は比較的はっきりしているし、そこに見られる形態の変化は適応的に見える。しかし、動物界の場合、どうやらすべての動物門が古生代カンブリア紀の初頭にはすでに出現している可能性が指摘され、その後は新たな門が出現していない可能性すらある。どのような形で進化が起きたのかは、現在ではほとんど見えない状態である。 進化という概念は、日常生活でも頻繁に使用されるためか、誤った形で理解されている事が多い。よく見られるものは、次の三点である。ひとつは進化が目的を持っておこなわれている、という誤解。もうひとつは人間という種が進化の最終ゴールである、また、だから人間になれなかった他の生物よりもわれわれは立派な存在である、といったタイプの誤解。そして最後のひとつは、進化と進歩を混同している誤解。この三つである。以下順を追って説明する。[1] テレビ番組などではよく次のような表現が見られる。「高いところの葉っぱを食べる『ために』、キリンの首は長くなった」というものである。しかし、これは正しい表現と言うことはできない。正しくは次のとおりである。 「首の長いキリンの方が(短いほかのキリンより)多数の子孫を残せたため、結果として首の長いキリンばかりになった」 もっとも、適応は結果的に合目的に近い形で構造や行動を発達させる可能性もある。したがって、たとえば「太陽が東から昇り」と書く人は未だに天動説を信じている、というわけではないのと同様に、「〜のために進化した」という言い回しを使う場合はあり得る。また、自然選択説も万能ではない可能性もある。 従って、1適応できなかった種は、淘汰される(自然選択説)2合目的に近い形で構造や行動を発達させることで適応する(獲得形質の遺伝性)といった現象を総合的に考慮して、例えば「〜の方向に進化した」などが、より適切な表現となる。 進化はハシゴのような一本道ではなく、木の枝のように多方に伸びていくものである。人間はその枝の一部である。(系統樹を参照) 一方で現在では雑種が進化の上で重要な役割を果たすことが知られているので、単純な枝分かれでなく網状に絡み合ったイメージの方が適切であると考えられている 進化とは狭義には「時間の経過に伴う生物集団中における遺伝子頻度の変化」であって、進歩という概念とはまったく別のものである。地中で生活するモグラの目が退化していることも進化の結果であり、クジラの手足が退化していることも進化の結果である。また人間に尻尾がないのも進化の結果である。なお、「進化」を意味する英単語"evolution"は元々「(劇などの)時間的な展開」を意味しており、やはり進歩の意味はない。 ※退化という語を進化の対義語として用いる間違った用法が存在するが、退化は進化の一側面である。退化に対する言葉は「発達」であることに留意されたい。詳しくは退化の項を参照されたい。 ヒトはサルから進化したのではなく、サル(類人猿)との共通祖先から分化した。その共通祖先はサルに似ていた、或いは現生種とは異なるサルであると考えられるが、それはヒトの方が強い選択圧を受け、形質が大きく変わったのに対し、他のサルは生息環境が安定していて強い選択圧を受けなかった、あるいは、ヒトとは異なる方向への淘汰圧を受けたからである。全ての(サルに似た)共通祖先が一斉に人間に変化したと言うイメージは誤りである。また、ヒト以外の現生のサルも、ヒトが進化する期間にそれぞれ進化しており、ヒトの先祖と思われるサルは現生には存在しない。サルからヒトになったのではなく、ある種のサルが進化によってチンパンジーというサルやヒトというサルに分化したのであって、現時点でもヒトはサルである。 このような発想には、その基本に「進化は進歩」であり、「ヒトは進化の頂点」であるといった見方の存在が伺える。 (百科事典)「Evolution」 - インターネット哲学百科事典にある「進化」についての項目。(英語) (百科事典)「Evolution」 - スタンフォード哲学百科事典にある「進化」についての項目。(英語) |
[ 129] 進化 - Wikipedia
[引用サイト] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%B2%E5%8C%96
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イイ!!ウームダメポ評価ボタン ⇒28184410この作品が気に入った場合は「イイ!!」、気に入らない場合は「ダメポ」、どちらでもない場合は「ウーム」を押してください。 ※「RPya!G」とは、ロールプレイングゲーム「RPG」を文字って名付けられました。名付け親はpya!住人です。※注目を集めているコメントをピックアップ♪(5件まで表示)11azk金の紙を、1袋に1枚しかない貴重な金の紙を、こんな事に使うなんて・・・! 06-02-27 11:03376(なまにく)Turk2撫子作り方:先ず普通の鶴を折ります。尻尾になる方の下におろしてきて、真ん中をハサミで切ればこんな感じになります。作り方を書いておいてなんですが、非常に無駄な時間を過ごすことになるので、試さないことをお勧めします。 06-02-20 00:2637(HMX)ゲスト3がんばるぐふ始祖鳥 05-11-13 22:3013(雨)ゲスト4deel◆xlgvjg9g折り方絵教えてくれカウンター 06-09-26 17:0611(黒天使)ゲストPeeping Toms!!巨ゲイ絵name:comment:トリップ: 投稿者様または特定の人に対する中傷的な書込みは絶対にやめてください。作品と無関係なコメントやピックアップはご遠慮下さい。意図的および、組織的な投票『(゚∀゚)・PU(同意)・寸感カウンター・↑↑』等はご遠慮ください。書込み確認メッセージを表示しない コメントを書込み順に表示する 664撫子作り方:先ず普通の鶴を折ります。尻尾になる方の下におろしてきて、真ん中をハサミで切ればこんな感じになります。作り方を書いておいてなんですが、非常に無駄な時間を過ごすことになるので、試さないことをお勧めします。 06-02-20 00:2637ゲスト 656たわ日本的情緒も台無しって感じがする。あ、ジュウシマツ住職思いだしてしまった…… 07-04-19 00:47 655しるば(゚д゚:)ぎゃあああああ こええぇぇぇ なんかエリマキトカゲが脳内をよぎるんですが・・・ 07-04-07 17:44 6532502スタフォ☆尻尾の所を縦に半分に切り、後は図のように足を折れば完成です☆ 07-03-06 21:55 64620しおん8乳牛飲んでる友達にこれ見せて、牛乳まみれになったことがあります。 07-02-12 18:38 641せなこれ友達も作ってたなぁ・・・懐かしくてノスタルジーに浸った。 06-10-25 15:49 6332toshi折鶴作るを最後の工程で尻尾になる部分を半分に切って、下向きに折ればできる。俺の学校でこの鶴の名前は「そめごろう」だったよ。 06-09-26 19:50 6197461もひもひお鶴からスネ毛なマッチョ足が生えているところを想像したw 06-09-26 03:33 |
[ 130] pya! 進化…
[引用サイト] http://pya.cc/pyaimg/pimg.php?imgid=18469
