地平線とは?

このたび、東京国立近代美術館では、「地平線の夢」と題した展覧会を開催いたします。当館は近代日本美術をさまざまな視点から検証してまいりましたが、今回、昭和10年代の洋画を、これまでとは異なった角度から見直してみるために、「地平線」をひとつのキーワードにいたしました。
この当時描かれた、広大な地平線を背景とした幻想的な風景画は、これまでひとくくりにしてシュルレアリスムの画家サルヴァドール・ダリの形式的な模倣と片づけられてきたように思われます。しかし同時代の絵画を広く見渡してみると、直接的にダリの影響を受けたもの以外にも、地平線の印象的に描かれた作品が少なくないことがわかります。それは例えば古代ギリシアや古代遺跡のイメージを描いたもの、あるいはまた大陸の広大な風景に題材を得たものなどです。このことから、当時の閉塞した社会状況の中で、理想郷のようなものを憧れる気持ちが、画家たちに共通して地平線を描かせたのだと考えられます。
彼らが描いた理想郷を、現実逃避として片づけるわけにはいきません。「ユートピア」という言葉を創出した16世紀イギリスの思想家トマス・モアが、理想的な「どこにもない国」を語ることで当時の現実の社会の欠陥を批判しようとしたように、昭和10年代に理想郷を描き出すことは、当時の画家たちにとって時代の危機意識と表裏をなすものであったとはいえないでしょうか。
本展覧会は、昭和10年代の洋画家26名による、地平線を描いた幻想的な絵画約80点を集め、それらを従来通りシュルレアリスムなど西洋美術との影響関係から論じるのではなく、描かれた内容や構図の分析を通して当時の画家たちの問題意識を探り、あわせて画家と社会との関係という、今日にも通じるテーマについても考察を試みようとするものです。
6月2日までチケットぴあ、ファミリーマート、セブンイレブン(都内のみ)にて取り扱いいたします。
1983年に36歳で夭折した写真家牛腸茂雄。日常の出来事や身近な人々に静かなまなざしを向けたその作品世界を紹介します。
本展覧会では、シュルレアリスムに影響を受けた画家たちの作品を、二つの世代に分けて展示します。第1部では年長の世代、すなわち画業の初期には風景や静物や人物などを描きながら、そうした題材に飽きたらず、絵画に象徴的な意味や物語性を取り入れようとした画家たちを集めます。その背景には、プロレタリア芸術など体制への直接的な抵抗表現が弾圧されつつあった社会状況があります。画家たちは間接的・象徴的な表現に自己を託すため、シュルレアリスムに関心を持つようになったと考えられます。彼らは自由への憧憬、あるいは未来への漠然とした不安などの象徴として、地平線を描きました。
関東大震災以後の急速な都市の近代化によって、昭和の初期には都会文化が花開きましたが、享楽的な都会文化の過度の爛熟や、ほぼ同時に訪れた恐慌は、一部の人々に、物質文明に毒される以前の“古きよき時代”への憧れを抱かせました。ちょうど同時期のヨーロッパでも、古典古代へと回帰しようとする動きがみられます。第2部では、古代ギリシア・ローマへの憧れ、古典的な技法の再検討など、当時みられた広い意味での古きものへの憧れを検証します。ここでも地平線は、はるか過去への思いの象徴として、遺蹟の廃墟などに描かれているのです。
昭和10年代には、国内の閉塞した社会状況に対して、中国大陸に一種のユートピアを見ようとする人々もいました。けれどもその理想は、現実にはさまざまな不幸を生み出しました。こうした社会状況において、画家たちは大陸をいかに見つめたのでしょうか。第3部では、昭和10年に大陸を旅した清水登之、鈴木保徳、福沢一郎の作品を中心に検証します。彼らの作品には、大陸の広大な地平線を背景に、人々の理想と現実とが、分裂したままに描かれているといってよいでしょう。その意味を読み解いていきたいと思います。
第4部では、シュルレアリスムに影響を受けた画家たちのうち、第1部より後の世代の画家たちを取り上げます。彼らは帝国美術学校(現・武蔵野美術大学)、東京美術学校(現・東京芸術大学)の学生として、絵を学ぶ最初の段階から、シュルレアリスムにひきつけられました。彼らは既成の公募展に息苦しさを感じ、在学中に友人同士でグループをつくって自主的な発表を行います。彼らの描きだす夢の情景は、社会に対する違和感の表われであり、そこに描かれた地平線は、卒業後には戦地へ赴かなければならなかった彼らの<いま・ここ>ではないどこかへの憧れの表われだったといえるでしょう。事実、ここで紹介する画家たちのうち杉全、浜田を除く人々は、戦地で亡くなったのです。

[ 161] 地平線の夢 昭和10年代の幻想絵画
[引用サイト]  http://www.momat.go.jp/horizon/horizon.html



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