についとは?

この事件は、いがらし氏が<自由にビジネスをしたい>という強い意志を実行したことから始まったと解釈しています
あり、キャンディが広く愛されることはありがたく(その上、もったいなくも不労所得をいただけることに感謝…)と、思っていることを明記しておきます
られました。その中には(こんなものまで…)とキャンディにすまなく思うような製品もたくさんありました。そのおかげで、わたしたちは、<ロィヤリティ>をいただいたわけです。いじらしいほど<働き者の娘>に水木はとても感謝していました。
たならば、吟味したよい製品を出したい。キャンディのイメージをそこなうことのなものを…」といがらし氏にも話していました。
そうすることが、キャンディを忘れずにいてくれる「読者」への恩返しに、また親孝行なキャンディ自身も喜んでくれるのでは、と思っていたのです。
のプリクラは同年3月頃 、水木に無断で(株)バンプレストにより制作され3台設置(有料)、TV、雑誌などでも紹介されていました。いがらし氏のマネージャー山本昌子 氏を代表(香港代表 石川正志)として設立した香港のキャンディコーポレーションと(株)バンプレストが仮契約していたのです。マルシー表示も(C)CANDYと勝手に変更。この件は(株)バンプレストが自発的に機械を撤去してくれました。しか し、「まだ書面も取り交わしていないので」と(株)バンプレストはくわしい説明をさけています。いがらし氏サイドによると、このプリクラの件はテストケースであり「本契約になったら水木にも報告するつもりだった」といっていました。けれど水木はプリクラの契約を結ぼうとしたキャンディーコーポレーションなる会社の存在も知らず、「版権はうちで貰った」といって(株)バンプレストに同行したフジサンケイワークの朝井専務のことも知りませんでした。
」と称した複製原画 これこそが水木がもっとも怖れていた商品です。これは版画ではなくオフセット印刷 によるプリントと判明しています。現在では版画の範疇はひろがったそうですが、オフセットであれば良識のある業者は、「オフセットプリント」または「オフセットリト」と 表示し、価格も納得のいくものであるといいます。その上、この複製原画はサンケイリビングが扱う「通信販売製品」として、1997年8月「産経新聞朝刊」にて全面広告で売りに出されました。それ以後、水木がクレームをつけるまでの半年間「産経新聞」に10回ほどの広告をうっています。「産経新聞事業部」に係争中であることを説明すると、すぐに次回からの広告は中止してくれましたが、その商品についての説明を求めるとリトグラフであるとか、シルクスクリーンなどとはっきりしない説明に終始しました。この製品は表示もあいまいで1998年2月末からの伊勢丹府中店の「いがらしゆみこ展」では「高級版画」として販売していました。水木がこの製品 に疑問をもったのはその個展に行った元美術関係者から「あれが版画として販売されるのはおかしい」との指摘をうけたからです。価格もプリント物であるのに3万円から10万円以上というのも水木としては納得がいきません。むろん、いがらし氏のサイン 入りなので「いくら出してもかまわない」といってくれるファンもいるでしょう。 購入したファンのなかには「こんなことは知らない方がよかった、水木に騒いで欲しない」との意見もあることでしょう。しかし、きっとキャンディを愛し、そばに置きたいという純粋な思いで購入してくれたファンに「適切な価格」あるいは、通販で届いても納得のいく製品であって欲しかった、と思っています。水木は原作者としてその「プリント物」の複製原画を認めたくはありません。いまでも、「現代版画ミクストメディアとしてどこかで販売を続けているようです。
「訴訟」に踏み切った始まりです。いがらし氏はすぐに「水木には著作権はない」といって反訴してきました。単純な「契約違反」(いがらし氏と水木は双方合意の上で二次使用する、という契約書を交わしていたので)が著作権の有無にすりかえられ今日まできてしまいました。その後、係争中にもかかわらずフジサンケイアドワークは数種類の製品を販売しつづけ、1998年7月ごろには(株)コロンブスの靴クリームのキャラクターにキャンディを売り込み、また同年10月、荒川郵便局(ふみカードなど)の企画、製造にも携わり続けていました。常識では係争中の営業販売は自粛するはずです。フジサンケイアドワークはことの経過を重々知りながら、カバヤ食品(株)にも売り込み1998年6月16日、3種類のあめを発売。1999年2月現在いまだに販売中です。カバヤ食品(株)には5回ほどの書面を送りましたが、お返事はたった1回で弁護士より「当社では原作者には著作権はないと理解している」とのはっきりとした見解をいただいています。その他、「アースプロジェクト」との契約で大阪の(株)サンメールが数種類の文具を1998年3月発売。(株)サンメールは係争中だと知らされていなかったと主張していましたが、そのまま販売を続けるので(「いがらし氏の弁護士がいいといった、まだ著作権の判決が出ていないんでしょう」との解答)1998年8月大阪にて仮処分の申請をして、11月結審しています。(株)サンメールもカバヤ食品(株)も「マルシー表示はいがらしゆみこ」のみ。
水木杏子」と水木の名前が無断で入れられています。業者もフジサンケイアドワークから版権元が「(株) ダンエンタープライズ」にかわっていました。水木がその「ダン」の存在を知ったのは1998年9月21日です。突然電話があり、「商品を許諾して欲しい」といってきました。「水木さんのお名前もマルシーにいれてありますので」とのことでしたが、次の理由で断りました。
ところが、11月13日、浅草橋の「タニイ(株)」にて大々的にキャンディグッズのコレクションを行いいがらし氏のサイン会まで開いたのです。その後、関西方面のアニメイトなどでグッズの販売が始まったようです。東京でも、博品館などで水木のマルシー入り未承諾のグッズが販売されています。マスコミにこの事件が取り上げられなかったらもっと大々的に販売していたかもしれません。
グッズ販売の一番乗りは倉敷の「いがらしゆみこ美術館」です。そこのオーナー「(株)向日葵」も代理人をたて、11月のオープンまぢかに許可を求めてきました。「ちゃんとローヤリティーをはらう」つまり、お金をはらえばいいだろう、というスタンスです。
美術館についてはいがらし氏の作品を鑑賞するだけなら問題も少ないのですが「水木未承諾」のグッズの販売が中心のようで切ないかぎりです。
なりをひそめていた「ダン」は水木サイドから1999年12月、「何社に売りこんだのか?」と接触するまで、沈黙し、販売し続けていました。(現在は、26社から38社と判明、ダンからではなく業界新聞からの情報)やはり「お金を払うから売らせろ」「作った業者がかわいそうだろう」「ファンがグッズを待っている」などの「おだやかな脅し文句」を弁護士を通していってきていますが、水木の決心はかわりません。
水木はこの事件のなかで、そんな業者たちに絶望しました。はじめは何も知らないで契約したとしたら、申し訳なく、なんとか救う道を考えなくては、と思っていました。
しかし、どの業者も一社として誠実に話し合うという「姿勢」さえみせてくれませんでした。漫画の本をみれば一目瞭然なのにどこも「著作権の判決が出てないんでしょう?」という非礼な態度に終始しました。一人前の「大人」として恥ずべきことと、感じています。
そのような業者たちの「立場」を考える事はもうやめました。そんな業者の多くがキャンディを知らないのです。「キャンディ?そんなのわたしは読んだことありませんが、まあもうけましょうや」そんなことをいう業者たちにキャンディをゆだねるのことはできません。
こういった悪しき前例を作る事になりかねません。すべてお金で解決する…この世はそれだけではないはずです。そして、キャンディはグッズのためにうまれた作品ではなかったはずです。こんなことがまかりとおれば、「契約」も「マルシー」もなんの意味もありません。また、驚いたのは「マルシー」について管理するシステムがないことでした。しかし、それはそれだけ掟を破るひとが今までいなかったということなのかもしれません。
なにも知らずグッズを作ってしまった業者のひとがいらしたら…ほんとうにお気の毒です。どうか、「あなた」に係争中と知りながら、「契約」させた「業者」に責任をとってもらってください。なにもお力になれなかった事、どうかご理解ください。
以上、水木杏子の「権利」が認められた判決をいただいたときを前提としたものです。この事件には「判例」がありませんでした。ですから、著作権があるというわたしには当たり前の判決がでても、「原作の権利がどこまで漫画におよぶか」についてはどのような判断になるかわからない、ということを付記しておきます。
原告である水木が<決意>しているというのに、裁判所からの「和解のすすめ」はかなりわたしにとって負担でした。
おかげでわたしは(和解は無理)と思っているのに、向井弁護士たちと”和解の道”を探り、半分強制的に水木も和解条件などを提出しているうちに、いたずらに時間を浪費してしまったのです。
裁判長は向井弁護士に「なんとか和解するよう(水木を)説得できないのか」とまでいわれました。わたしの気持ちをよく理解してくださっている向井弁護士は、むろん、そのような進言はなさりません。
和解を勧めるために呼び出された裁判所で、わたしはへとへとになるまで裁判官に説明しました。やっと<なぜ、和解できないか>分かってくださったようですが、かなり理不尽な思いが残りました。
<釧路のデパート、通販でのタオル会社、ダイエー、ライフ、西友、そごう、キディランド、シモジマ・・・・>
もし和解などしたら、・・・・確実に違法グッズは流れていくでしょう。みなさまの街にも・・・・。

[ 148] グッズについ
[引用サイト]  http://www.k-nagi.com/goods.html

ホーム > 総合情報 > 財政・行政改革 > 行政改革 > 滋賀県 公の施設の見直しについ
県はこれまで、県民ニーズに応じた行政サービスを提供するため、文化施設、スポーツ施設、社会福祉施設など様々な公の施設を設置し、サービス向上と効率的な管理運営に努めてきました。
現在、県は92の公の施設(平成16年10月現在。学校、道路、河川を除く。)を設置しています。うち一般会計所管の施設は82であり、これらの施設の管理運営に年間約87億円(平成16年度当初予算額、一般財源ベース。)を支出しています。
極めて厳しい財政状況の中、限られた経営資源を真に必要な分野に重点的に活用することが求められており、公の施設も例外ではありません。「財政危機回避のための改革プログラム」(期間:平成17年度〜19年度)に基づき、県立施設の一層の効率的な運営を図るとともに、施設として存続することの必要性も含め点検し、そのあり方について原点から見直すことが必要となっています。
施設の設置目的、類似施設の整備状況、社会経済情勢・県民ニーズの変化、施設の利用状況等を踏まえ、県が引き続き当該施設によるサービスの提供を行う必要があるかどうかについて、次のような視点と基準に基づき見直しを行います。
(規模・機能等からして県域全体または広域的な利用を想定した中核的施設として位置づけられている等)
市町や民間により類似施設が設置されている、あるいは類似のサービスが提供されている施設については、廃止または移管を検討
地元市町が自ら管理運営を行ったり、既存の市町立施設との一体的活用を行った方が、住民サービスの向上を図れる施設については、市町への移管を検討
利用者の大半が当該施設の近隣市町の住民であるなど、広域的自治体である県として存置すべき意義が薄れている施設については、市町への移管を検討
民間等によるサービス提供が定着するまでの先導的役割を果たすため県が直営していたが、民間等によるサービス提供が定着した施設については、廃止または民間等への移管を検討
その他「検討の視点」に照らし、引き続き県の施設として存続させることが適当でない施設については、廃止または移管等を検討
なお、施設の市町等への移管に当たっては、地域の発展・活性化につながるような利用も含め、移管先と十分な協議を行いながら進めるものとします。
市町村立文化ホールの整備が進んだことや、市町村合併の進展などを踏まえ、文化芸術会館は地域館としての運営を廃止することとし、廃止後の施設については、合併後の新市等と意見調整を図りつつ、移管を進める。なお、草津文化芸術会館については、県内全域を対象とした県立ホールと位置づけ、文化産業交流会館と連携を図りながら、びわ湖ホールでは役割を担い難い事業に特化し、積極的な展開を図る。(平成17年度中)
比叡山の豊かな自然環境について様々な形での情報提供が充実してきている中、比叡山の多様な自然環境を紹介する施設としてはその役割を終えつつあるため廃止することとし、廃止後の施設については今後のあり方を含め市等への移管について検討する。(平成19年度中)
鈴鹿の豊かな自然環境について様々な形での情報提供が充実してきている中、鈴鹿の多様な自然環境を紹介する施設としてはその役割を終えつつあるため廃止することとし、廃止後の施設については今後のあり方を含め市等への移管について検討する。(平成19年度中)
東海自然歩道に関する情報はインターネット等でも充実してきており、東海自然歩道案内所の役割は終えつつあるため廃止する。廃止後の施設については、団体等への移管について検討する。(平成19年度中)
住民に最も身近な地元市において運営するのが適切であり、「公社・事業団等外郭団体の見直しについて(第三次)」の方針に基づき、市に移管するか、もしくは廃止する。(平成17年度中)
下記の施設については、施設の設置目的、近隣施設の整備状況、施設の利用状況等を踏まえ、市町への移管に向けて協議を行います。
体操競技の専門的施設として、体操競技の普及と競技力の向上の拠点として利用されている。体操競技は地元栗東市が強化している競技であり、県内の競技人口も近隣に偏っていること、体操競技以外についても近隣地域住民の生涯スポーツの場として利用されていることから、市が自ら管理運営を行うことで住民サービスの向上が期待できるため、市への移管に向けて協議を行う。
日常の利用については、地元の団体利用がほとんどである。また、当該施設について、地元としてもホッケー専用競技場として利用を図りたいとの意向を持っていることから、市への移管に向けて協議を行う。
長年にわたり青少年健全育成の場として利用されてきたが、近年、ライフスタイルの変化による利用目的の多様化・高度化が求められている。また、同様の機能をもった市町立施設が充実され、県としても先導的役割を十分果たしてきたことから、市町への移管に向けて協議を行う。
当該施設の隣接施設に、志賀町が管理する、キャンプ場やアスレチックを備えた「比良げんき村」があり、一体的管理ができるメリットも大きく、また現在の施設の管理についても志賀町に委託していることから、地元市町が自ら管理運営を行うことで、住民サービスの向上が期待できるため、市町への移管に向けて協議を行う。
当該施設の隣接地には、町立のテニスコートなどがあり、これら施設と一体的にアーチェリー場を中心に多目的運動場として一体活用を行うなど、地元町が自ら管理運営を行うことで、住民サービスの向上が期待できることから、町への移管に向けて協議を行う。
下記の施設については、そのあり方について検討し、改革プログラムの期間中に方向性を具体的に決定します。
なお、他の施設についても、管理運営状況等について常に点検を行い、必要に応じ見直しを行うこととします。
現在も一定の機能を果たしているが、施設の老朽化等を踏まえると耐震工事等に新たに多額の経費をかけて存続させることについては問題があるため、廃止も含め検討する。
グリーンパーク山東(市施設)と一体的に管理することにより効果的・効率的な運営が期待できることから、市への移管について検討する。
隣接のグリーンパーク想い出の森(市施設)と一体的に管理することにより効果的・効率的な運営が期待できることから、市への移管について検討する。
施設自体の必要性は一定認められるにしても、県として維持すべき広域性に乏しいことから、町への移管について検討する。
老人福祉施設、障害児(者)福祉施設等について、類似施設の整備状況や社会経済情勢等を踏まえ、そのあり方について検討する。
県域施設としての機能よりも、湖北地域のスポーツレクリエーション施設としての役割が大きいことから、市町合併の動向を踏まえ、市町への移管について検討する。
美術品等の調査研究、保管・展示など一定の機能を果たしているが、施設が老朽化し、利用も低迷しており、また展示・収蔵スペースも手狭になるなどの課題があることから、施設のあり方について抜本的に検討する。なお、収蔵品の保管に係る課題については別途検討する。
なお、指定管理者制度を導入する施設については、指定管理者の募集にあたって、設定した目標を反映した条件設定を行います。
公の施設の利用者に対しては、受益者負担の観点から、施設の使用料等を負担していただいていますが、より効率的な施設の管理運営を行い、一層のコスト縮減に努めるとともに、施設の維持管理等に係る所要経費に応じた適正な負担となるよう使用料等も計画的に見直しを行います。
指定管理者に施設の管理を行わせる場合には、指定管理者の自主的な経営努力を促すため、基本的には利用料金制(指定管理者が利用料金を自らの収入とする。)を採用するものとし、公益上必要があると認められる場合を除き、承認料金制(条例で定める基本的枠組みのもと、指定管理者が知事の承認を得て金額を定める。)によることとします。
管理運営経費や使用料収入の状況、目標の達成度など施設ごとの運営状況を県のホームページ上で公表します。
存続する施設についても、施設ごとに県民サービスの向上、利用率の向上・収入の確保、コスト削減に向けた取り組みを行います。
平成16年10月に策定した「県立施設の指定管理者制度導入ガイドライン」に基づき制度の導入を進めます。
指定管理者については公募を原則とし、多様な管理主体の中からより適切な管理者を選定することにより、県民サービスの向上とともに、経費の節減等を図ります。
指定管理者の選定に当たっては、有識者など複数の外部委員を交えた選定委員会を設置するなど、選定過程の透明性・公平性を確保します。
管理委託している施設については、平成18年9月までに廃止・移管等の見直しを行う施設を除き、平成18年4月から指定管理者制度を導入します。
直営の施設については、引き続き直営とするか、あるいは指定管理者制度を導入するか検討した結果、全ての施設について直営を継続することとします。なお、管理運営主体のあり方については常に点検を行い、制度導入により効果的・効率的な運営が期待できる場合には指定管理者制度への移行を検討します。
公の施設については、上記の方針に基づき、施設のあり方について原点から見直しを行うとともに、管理運営面でも、それぞれの施設において、行政サービスの向上と効率的な運営を目指した運営改善の取り組みを進めていくこととしています。
特に、管理運営のあり方については、施設の設置目的に沿ってその機能が最大限に発揮されるよう、常に見直し点検を行っていく必要があることから、目的志向・成果重視の観点にたって、定量的な管理運営目標を設定し、毎年、その達成状況を踏まえて見直し・点検を行うというマネジメントサイクルを活用することとします。
また、施設の運営状況や管理運営目標の達成状況などについて、広く情報開示することにより、県民ニーズに応じた行政サービスを的確に提供できるよう取り組んでいきます。
効率的かつ効果的な管理運営に向けた取り組みの達成状況を的確かつ客観的に把握できるよう、取組期間(平17〜19)の最終年度における具体的な数値目標を設定します。
施設管理のあり方を見直していくに当たっては、施設利用者の意見を反映させることが重要であることから、施設ごとに利用者意識の把握方法を定めます。
毎年度、管理運営目標の達成状況を確認・評価するとともに、次年度の取り組み内容や目標について検討します。
管理運営状況や目標の達成状況のほか、利用者意識の把握状況、改善内容等を県のホームページに掲載し、広く情報開示することにより、県民の声を管理運営に反映させていくこととします。

[ 149] 滋賀県/滋賀県 公の施設の見直しについ
[引用サイト]  http://www.pref.shiga.jp/gyokaku/minaoshi/

Mozilla Foundationは、Firefoxブラウザのファンに対して同ブラウザの広告をThe New York Times紙に掲載するための資金提供を呼びかけていたが、これに応じたユーザーらは米国時間16日、ついに自分の名前が紙面に載っているのを目にするこ
この広告は当初、11月初旬に行われたFirefox 1.0のリリースから2〜3週間以内に掲載されると見られていた。しかし、献金者全員の名前を1ページの紙面に収めることが技術的に難しく、これを解決するのに時間がかかったことから掲載が遅れていた。
今回の広告は、当初の計画の倍にあたる2ページ構成で、左側のページにはFirefoxのロゴと1万人を越える献金者の氏名が並んでおり、中段下のあたりに「お使いのブラウザにはもうこりごりですって?そう感じられているのは、あなただけではありません。われわれは別のブラウザがあることを、あなたに知ってもらいたいと思います」というコピーがある。
一方、右側のページには、Firefoxのロゴや同ブラウザに関する若干の情報、そして使い勝手に満足しているというユーザーの言葉などが載っている。
Firefoxの広告が印刷媒体に登場するのは、これが初めてではない。ドイツで行われた別の資金集めでは9万3000ドル以上の寄付金が集まったが、2週間前にはその大半を使った全面広告が同国の全国紙に掲載されている。
今回の広告の遅れとは無関係に、Firefoxには多くの関心が集まっている。David McGuinnessという献金者は、この広告で同ブラウザのダウンロード数がさらに増えることを期待していると語る。
「個人的には、最高のタイミングで掲載されたと思う。Firefoxのダウンロード数はすでに1100万回を超えており、まだ勢いも衰えていない。この広告で弾みがつき2000万の大台に手が届く可能性もある」(McGuinness)
トラックバック一覧からリンクされているウェブページはこの記事にリンクしている第三者が作成したものです。内容や安全性について当社では一切保証できませんのでご注意下さい。
Firefoxの新聞広告、NYタイムズ紙についに登場 - CNET Japan「お使いのブラウザにはもうこりごりですって?そう感じられているのは、あなただけではありません。われわれは別のブラウザがあることを、あなたに知ってもらいたいと思います」
※サービス名をクリックするとこのページをブックマークできます。また、人数をクリックするとブックマークしている人やコメントを一覧できます。なお、サービスによってはログインが必要な場合があります。
今回Ziddyちゃんがやって来たのは、NECインフロンティア 高津事業所です。実はNECインフロンティアとZiddyちゃんには深い結びつきがあるのです。それは……
【メガゴルフ/おすすめゴルフ練習場】埼玉県ゴルフ練習場のご紹介(6ページ目)/ゴルフ練習場検索サイト...  【ナチュラルアイデンティティー】
「株式会社エムログ」の「企業情報センター」専用ページが開設されました。  【エムログ】
業界キーパーソンが最新トピックを斬る!CNET Japan オンラインパネルディスカッション
任天堂「奇跡のサポート」はみんなの元気と笑顔に変わる  【2.0時代と向かい合う為の秘密の授業】
新しい分野に果敢にチャレンジするテクモは、今の多様化するゲーム世界をどうとらえているのか。テクモ 代表取締役社長 安田善巳氏に聞いた。
「Android」を発表し、多国籍アライアンスを設立してモバイルプラットフォームのオープン化構想を明らかにしたグーグル。携帯電話市場の勢力地図はどのように塗り替えられるのだろうか。
世界の媒体社はGoogle、MSだけではない──。統合ネットマーケティング支援事業の豪BlueFreewayが日本法人を設立し、日本展開を本格的に開始する。同社最高経営責任者であるRichard Webb氏に、今後の成長戦略や日本展開の狙いについて聞いた。
Web2.0の提唱者ティム・オライリー氏と2ちゃんねる管理人のひろゆき氏が初めて対面した。バズワードと言われながらも、確かなムーブメントを起こした「Web2.0」というキーワード。その本質は何だったのか--ひろゆき氏の問いかけに、オライリー氏が答えた。
モバイル市場の先行きを決める重要な施策を次々に進める総務省だが、その根幹の議論を進めるために「モバイルのプラットフォーム機能」について意見を広く募集している。
メール配信のASPを中心に顧客管理のシステムを提供するパイプドビッツのコンプライアンス担当責任者の青木宏美さん。社内規定のメンテナンスと、第三者機関の認証取得に奔走する。
自分はこれまでの人生でたいしたことができなかった。だからこの本を書いた――新著「ウェブ時代をゆく」について、梅田望夫氏はこのように語る。
検索サービスの利用実態について調査したところ、Yahoo!JAPANとGoogleそれぞれに対し、検索するジャンルの違いや持つイメージが異なっていることが浮き彫りとなった。
Yahoo! JAPANは10月からディスプレイ広告をリニューアルし、リッチバナーを主力商品としている。それと同様に、国内ポータルサイト各社はリッチバナーを導入する傾向にある。しかしその一方で、テキストが重要視される現象が起きているのをご存知だろうか。
Yahoo!JAPANとGoogleを最もよく利用するユーザーを比較したところ、Googleユーザーの方が情報探求性が高く、目的に応じて検索サービスを使い分けていることが明らかになった。
日本VoIPサービスの現況と今後の市場予測〜参入モデル分析及びIP電話番号割当規模予測〜
10月末に「Mac OS X 10.5 Leopard」が発売されました。iPodシリーズで携帯音楽プレーヤー市場をリードし、iPhoneで携帯電話市場にも参入を果たしたアップル。そんな同社の最新OSは、マイクロソフト のWindowsシリーズが席巻する市場で台風の目となるでしょうか。
Microsoftは10月、9年にわたるEUとの対立に終止符を打った。世界最大のソフトウェアメーカーの屈服は、Googleなど他の企業にもメッセージを発するものとなる。
11月1日、ニューヨーク証券取引所に中国のゲームベンダー「巨人網絡」が上場した。同社を率いるのはCEOの史玉柱氏。中国メディアにして「謎が多い」と言わしめる史玉柱氏の今までの軌跡を紹介しよう。
新世代機(次世代機)と呼ばれる据え置き型ゲーム機が出そろって約1年。ゲーム業界の変革は収まるどころか、今なお大きなうねりをともなって進んでいる。
オフライン状態でもブラウザ上でウェブアプリケーションを利用できるようにする「Google Gears」は注目されながらも対応アプリはまだまだ少ない。Google Gearsが普及するための課題を探った。
「Web 3.0は俺が切り開く」という勢いで市場に攻め込む新興企業は無数存在する。そんななか、著者の興味をひいたのはセマンティックウェブアプリケーションの本流を目指すRadar Networksだ。
キャッシュバックサイト「High Stage<ハイステージ>」が肌トラブルのスペシャリスト「ビューティiQ」と提携
本体ケースのトップメーカーは、どんな電源ユニットを提案するのか?--Antec「NeoPower(ネオパワー)」
Antecは自作PCにとって重要なパーツ、電源ユニットもリリースしているのだ。その最新シリーズが、Antec Neo
これまで長らく、PCと言えばデスクトップ型とノート型の2パターンしか存在してこなかった。しかしユーザー
ポータブルという進化--フィールドを越えて楽しむオーディオ、ボーズ「SoundDock Portable」
充電池を内蔵しポータビリティを重視した「SoundDock Portable」は、高音質再生をそのままに使用場所の自由
年末の恒例行事ともいえるのが年賀状の作成だ。多忙な時期だけに作業が間に合わず、中には年が明けてから作
チェックしておきたい今週の新製品:11/10〜11/16:ケータイ新モデルが発売日決定! ワンセグ機器が拡大中
メンバー限定サービスをご利用いただく場合、このページの上部からログイン、またはCNET_ID登録(無料)をしてください。

[ 150] Firefoxの新聞広告、NYタイムズ紙についに登場:ニュース - CNET Japan
[引用サイト]  http://japan.cnet.com/news/media/story/0,2000047715,20079741,00.htm?ref=rss

山での怪我は、あってはならないが、絶対に怪我しなくてすむ、という保証はどこにもない。布団の中で寝ているわけではない、相手は大きな自然なのだ。
怪我をした時の準備や心構えは常に忘れてはならない。年令が高くなるほど、怪我や事故からのダメージは物理的にも心理的にも大きくなりがちだ。おまけに、警察の山岳事故の統計が物語るとおり、発生の頻度もまた、年令にともなって高くなる。昨年初冬、鈴鹿で怪我をした体験からは、自分なりに少しは得るものもあった。より自立した山歩きのために、どなたかの役に立つかも知れないと思い、恥ずかしい経験を報告しようと思う。
指の怪我といえば、今も傷あとがのこる30年以上前の、秋の中央アルプス麦草稜でやった怪我を思い出す。今回は、そのすぐ隣の指の話だ。
鈴鹿の南部、仙ヶ岳の西側、田村川左岸にある長い林道を下っていた。林道の下り勾配が急になり、下りついたその先に、この谷唯一の橋がかかっていて、道は右岸に渡っている。コンクリートでできたコンケイブな形状の橋に、一歩踏み込んだその瞬間、私の体は宙を舞っていた。左手が体を庇って先に着地した。と感じたその一瞬、手先に何か壊れた感触が走った。
コンクリート橋の上に倒れ込んだまま手のひらを見た。手の甲側を見ているのかと目を疑う。中指が第二関節から、手の甲側と小指側へ45度くらいヘシ曲がっていた。しばらく自分の手がどうなっているのか理解するのに時間がかかった。そして、「あー、やっちゃったな、まるでマンガやってる!」と心の中でつぶやく。もう、中指はダメかもしれないと思った。
落ち着け、といくらじぶんに言い聞かせても、心臓が早鐘を打つ。もう一度手を見る。手のひら側の関節の部分の皮膚は、骨の圧迫を受けて、真っ白になっている。今にも骨が皮膚を突き破って飛び出しそうだ。泣きたい気持ちだが、誰もそばにはいないからやめた。橋の手前まで、時間が引き戻せるものなら、とバカな考えが心をよぎる。どこまで能天気なんだ。
じぶんにしてみれば、破滅的な形になってしまった指を右手で強く握り、肘の脱臼を直すように復旧できないか、試してみる。しかし、骨の状態がわからないので、強く引っ張れない。何度元の位置に納めようとあがいても、指は無情に逆方向に折れ曲がったままだ。ええいくそ、言うこときかんやっちゃ!
その後の林道歩きは地獄だった。もう遅い紅葉も目にはいらない。車へ戻り、乾いた軍手があったので、それで中指とその両側の指を一緒にしてグルグル巻きにしてテープで固定する。外側をしっかりした紙で何重にも巻いて、これもテープでとめる。そうすると、ようやくパニック状態からすこし脱したようだった。タバコを一本吸う。味は感じないが、とにかく落ち着く。濡れた雨具を脱ぐ。靴をはきかえる。脱ぐのはできるが、乾いた靴の紐は結べない。時計を見る。15時15分すぎだった。逆算すると、転倒は15時前後ということになる。
車を走らせる。好きになれないオートマチック車だが、今ほど、オートマチック車をありがたいと思うことはかってない。ユニバーサルデザインだったんだ、ATは。
林道を走らせながら気ぜわしく考える。近くの病院を探さなければならない。最寄りの町は土山だったな。病院のありかを知らないな。こんなことなら、登山口近くの病院をデータベースにしときゃよかった。手が不自由なので、電話しにくいな・・・。また、とりとめもなく、埒もない考えが頭を占める。どこへ行くか決めなければ。
...自宅まで車で1時間だな。受け付けてくれる病院を探すのに手間取るくらいなら、名張の病院に駆け込む方が早い。そうしよう、名張へ帰ろう。そう決めるのに、5分ほど迷った。
自宅から近所の友人に送られて市民病院に駆け込んだ。日曜とあって、救急窓口には患者が並んでいる。ベンチに座り、順番を待つ。緊張がほぐれてゆくと、指がズキズキ痛み出す。二時間くらい待たされたあと、包帯をほどいた医師は、「おおっ、こいつはどえらく曲がっているな。すぐに整形の先生を呼び出すように」、と助手に指示する。珍しくひどい脱臼らしいが、どうやら脱臼と靱帯損傷だけで済んだようだ。指を失うことはない。私はひとまず、ほっと胸をなでおろす。
レントゲンなどを撮り、治療を受け、病院を出たのは19時を過ぎていた。家へ戻り、ありあわせのもので遅い夕食をとっていると、連れ合いが奈良であったコンサートから戻ってきた。「山を何年もやっていて、林道で怪我だって! ちょっと恥ずかしいね」なんて、傷ついた心に追い討ちをかけてくれる。しかしとにかく、いろいろな人に迷惑をかけた1日が終わった。
医師の説明によると、怪我の結果は、左手中指脱臼、および第二関節部分の靱帯の骨との接合部分の剥離(部分的骨折ふくむ)断裂ということだった。脱臼はすぐにもとの形に戻ったが、靱帯は接合手術が必要かどうかは、接合するにしてもしないにしても完全な復旧は望めないので微妙だ、個人の判断による、ということだった。大いに迷ってしまう。判断の時限は、靱帯周辺が固定しはじめる2週間程度らしい。
「あのう、岩登りもたまにはしたいのですが...」、と言うと、「あんたねえ、こんな怪我してそれはないでしょ」と、医師は目で語る。翌日、整形外科医である連れ合いの弟にも相談し、私は手術しないことに決めた。ハードな山へ行くには補装具が必要になる。ゆっくり、症状の回復をみながら、自作することにしよう。
まあ、現状完全回復は無理ですが、がんばってリハビリすることですね、骨は浮いたままだってこと、忘れちゃいけませんよ。医師の言葉の真の意味を思い知るのは、リハビリを開始してからだった。
事故当日の状況は以上のとおりだ。山仲間の誰から見ても、軽はずみな事故というしかない。私もそれを認めざるをえない。何と言ってもそれは林道で起こったのだ。恥ずかしくて、秘密にできるなら、そうしたいくらいだ。腫れ上がった指が、それを許してはくれないけれど...。
山での転倒はしばしばあることだ。いくら転倒してはならないと言い聞かせても、するものはする。そうすると、「何処でするか」が問題である。一般に、かなり傾斜の強い斜面や痩せ尾根、では転倒はしないものだ。充分注意を払って歩くからだ。転倒は、するはずがない、と(本人が)思う、林道や普通のハイキング道で起こる。その状況によっては、今回の怪我のようなことになってしまう。打ち所が悪ければ、生命の危険もある。高齢者は特に、下りで起こりやすい。以前、夏の笠の穴毛谷の下りで、同行のTさんが、疲れから下りの河原歩きで転倒、頭部に何針も縫う怪我をさせてしまった経験を持っている。私も同じ目にあったというわけだ。
次に「やっちゃったあと、どうするか」ということがある。あわてて次の事故につながってしまってはならない。起きてはならない、と考えるよりも、いつでも起きると、常に考えていることが、なにより大事だ。
田村川の林道は、一度だけ本流をまたいでいる。瀬戸谷の下流、500mくらいの所だ。この橋は、いわゆる沈下橋というやつで、増水すると水流の下になって、流木による流失を防いでいる。しかし、 普通クルマはここを渡らないで、下流の河原の平たん部を直接徒渉している。クルマが渡らない理由は、橋と路面の境界の、入る角度と抜け出す角度が急だからだ。使われない橋。そのことを知ってはいたが、その時私は、全く注意していなかった。重大な私のミスだ。
コンクリート打ち放しの濡れた橋の路面。コンクリート表面は滑り止め処理されていない。表面は濡れてヌルヌルになっていた。一歩踏み込んだとたん、まるで空中に放り出された様に思われた。気の弛みは、路面に対する注意も失わせていた。
小雨が昼前、田村川の枝沢を登っている時から降っていた。にもかかわらず、喉が渇いていたので、林道ではお茶のペットボトルを左手につまんで持ちながら歩いていた。これが指の怪我の決定的な要因になった。転倒の瞬間、手から離れたそれが、怪我をした指に引っ掛かった。おかげで、中指は逆方向になったままで、私の全体重を受け止めた。逆方向に折れ曲がるのは当然の結果だ。手に不要な物をもって歩かない。これも鉄則だ。
事故のあと、車を運転しながら考えた。これが自宅から1時間の場所でなかったらどうしただろう、と。さぞかし救急患者を引き受けてくれる病院を探すのに難儀したことだろう。事故は絶対起こさない、という「ありえない幻想」が私を支配していたことを正直に告白しておこう。登山口に最も近い病院を、何も起こらなくても事前に確認しておくこと。特に単独で、誰の助けも得られない行動の場合は、このことは大変重要なことだと思う。
今(1月初旬)は手が冷える。怪我の指の冷えは痛みを伴うので、ミトンを着けている。時折、マッサージして冷えを防いでいるが、何かの拍子に指を引っ張る方向に力が加わると、件の第二関節は、まるでゴムだけで止められているように、グニャリとした感じがする。そのたび、おお、指が浮いている!と実感する。怪我のあと、まるまる一月半経過してから、指の本格的なリハビリ訓練を開始した。39度のお湯がジェット噴射するバスに10分間手をつけて、手の冷えを取り除いてから訓練をする。初回の計測では、握力は右手の半分になってしまっていた。PTの指示に従って関節を曲げて筋肉の力をつけてゆくのだが、とにかく痛い。怪我をした直後よりも痛いくらいだ。これが「気の弛み」の招いた結果だ。
リハビリの目指す先は長い。靱帯を失った関節を持つ指と、気長に付き合っていくしかない。年令が高くなると、治りも遅いことだもの。
付け加えておくと、怪我のあと約1ヶ月で冬山の時期になった。仲間に無理を言って、西穂高の西尾根に行くことにしてもらった。縫製技術者のKさんは、中指とその両隣3本指だけを分けて装着できるオリジナルの手袋を作ってくれた。嬉しい。特に急斜面で厳しいヤブ漕ぎなどする場合には、重宝するものだ。大事に使わせてもらおう。
西尾根の結果は、ラッセルが思ったよりも深く、ジャンクションピークまでにも達しなかったが、リハビリ事始めとしては、明るい光が見えた気がする。まだまだ、山スキーができるほど、とは思えないが、仲間に助けられながら、だんだん壊れた指との付き合い方を学んでいることを報告しておきたい。 ('04.1.17記)

[ 151] 山の怪我につい
[引用サイト]  http://www.e-net.or.jp/user/tan/foot%20step/ochibo/senior/kega01.html



お気に入り



  • track feed
    • seo