内田とは?
|
今回はありものタイトルを使ってみようと思って、「村上春樹でつかまえて」とか「村上春樹が止まらない」とか「村上春樹はまた昇る」とかいろいろ考えたのですが、これになりました。 『冬ソナ』が実は複式夢幻能の構成になっていて、それが実は『羊をめぐる冒険』と説話論的に同型であるというような、ふつうの文芸評論家があんまり書かないような話ばかりです。 甲南麻雀連盟総長と例会フルエントリーの"炎の雀士"が麻雀のあいまに合気道とラグビーについてワインを飲みながら語った、おっとこれはびっくりそうきたか対談。『私の身体は頭がいい』(文春からボーナストラック付きで文庫化)と併せて読むと、あなたは私がワンツースリーと言ったら、もう合気道をやらずにはいられなくなるいられなくなるいられなくなる・・・ 思えばこの本がヤマちゃんとの長いご縁の始まりでありました。今読むと「何言ってやがんの」的暴言失言が怒濤のごとくあふれていますけど。銀色夏生さんのほっこり解説付き。銀色夏生さんとグリルみやこでビーフカツレツを食べた話が出て来ます。 文庫化にあたって岩波書店の「身体をめぐるレッスン」に寄稿した「複素的身体論」ほか、単行本刊行以後の身体論をまとめてボーナストラックとして収録しました。平尾剛さんの「熱い」解説付き。単行本持っている人も買わなくちゃね。 鈴木晶先生との「インターネット往復書簡」。これを書いているころはまだけっこうのんびりしていたし、お相手が人生を楽しむ達人鈴木先生なので、ゆるやかな「大人気分」が横溢している。今ではこういう穏やかな文章はもう書けない(泣)。 どうしてこういうデタラメな表記をするのであろう・・・と学者にありがちな定型的な反応をしたあとに、いや待てよと思った。 学生さまのご説明によると、「診断系お遊びサイト」で、今年の6月に始まって、10月までで5億アクセスに達した人気サイトなのだそうである。 そこには自分の脳内にうごめくさまざまな妄念が「欲」とか「嘘」とか「秘」とか「遊」とか「休」といった漢字で表記されている。 そこでは、ひさしくローカルな表音記号でシンタックス(連辞)を形成して、そこに任意の外来語をはめこむという混淆的な言語をつくってきた。 でも、隣国の人たちは漢字を捨てて、ハングル表記に切り換えつつある。韓国の若い人はもう漢字で自分の名前を書くのがやっとだそうである。 ベトナムも漢字を捨て、ベトナム文字も捨て、アルファベットに切り換えてしまった。だから、現在のベトナムの若者たちは70年前のベトナム人が書いたものをもう読むことができない。古い建物に行っても扁額も石碑も読めないのだそうである。 日本人の場合は、同じ部位が損傷すると「ひらがなは読めなくなるが、漢字は読める」という特異な病態を示すのである。 これはすぐれた教育システムの成果であるとされているが、私はむしろ日本語の構造的特質のせいではないかと思う。 だから、リュス・イリガライのような人が「父権制を打倒するために女性に特化した言語を創造することが必須である」というようなとんちんかんなことを言い出したりするのである。 不思議なのはこれを読んだ日本のフェミニストの中に「あの〜、でも日本語には女性に特化した言語ありますけど・・・」と言った人がいなかったということである。 欧米標準でしかものが考えられないその従属的マインドのありようそのものが「父権制における従者の地位」だということにどうして彼女たちは気づかずにいられるのであろう。 そもそも、アジアローカルの言語の話者のことなんか「はなから勘定に入れる気がない」イリガライの知的な構えこそが「父権制的帝国主義者」に固有のものなのではないかという疑念は彼女たちには浮かばなかったのであろうか。 英語話者がIと発語するそのときに、その脳内にはたぶん[ai]という音について、ソシュールのいうところの「聴覚映像」(image acoustique)が浮かんでいるのであろう。 これはある音韻と別の音韻を切り分ける二項対立の記号群(ローマン・ヤコブソンによると12セットある)のようなものである。 [ai]は[ei]でもないし[oi]でもないという音韻的な対立関係が英語話者の場合は優先的に配慮されているはずである(だと思う、英語話者じゃないからわからないけど)。 しかるに、日本人が「私」というときには脳内には「私」という漢字が浮かんでいる(私の場合はそうである)。 「私」は「僕」でもないし「俺」でもないし「拙者」でもないし「みども」でもないし「余」でもないし「おいら」でもないし・・・という相互互換的paradigmatiqueな選択は脳内において「漢字の図像」のうちの一つを選ぶという仕方で行われている。 [watasi]は[vatasi]ではなく[watazi]でもないというような音韻的な差別化は日本人の脳内ではさしあたり主題化していないはずである。 彼の頭では、まず「ショコラ」という「チョコレート」とは意味的に差別化された「ちょっとお洒落なカカオ菓子」がパラディグマティックに選択されたのである。 ついで、World とかLand とかParadiseとか Countryとか、「・・・の国」を意味する語群からRepublicがパラディグマティックに選択された。 だから、chocolatがフランス語でrepublicが英語であるというような連辞関係的syntagmatiqueな不整合は意識に前景化しなかったのである。 だって、それは「チョコレートの国」という正しい(!)日本語における統辞的な不整合(英語と日本語が統辞上同一語列に並んでいる)と同じものだからである。 先日のブログ日記で鹿島茂さんの近著の解説を書くことになったという話の中で、大木実という詩人の「おさなご」という詩の全編を載せた。 そしたら、このようなテクスト利用については著作権者から権利侵害のクレームが来る可能性がありますからご注意くださいというご指摘を弁護士の方からいただいた。 私は文学研究者であるから、私が文学作品について書く場合、それらは文学的テクストについての「論」であり、そこに引かれたテクストは学術的な「引用」とみなされる(はずである)。 しかし、考えてみたら、それが通るのは私が「学者」として社会的に認知されているからである(認知してくれない人もいるが)。もし他の人が私と同じ文章を書いた場合には、それは「学術的引用」とは認められず、著作権侵害に当たるとされる可能性もあるのであろうか。 私が何かを管理するというのは(IT秘書たちが熟知しているように)、それをちゃんと管理しないということを意味している。 著作権保護運動の一環として、著作権者の死後50年まで保護対象とする現行規定を70年までに延長するということが要請されている。 著作権者の死後70年も著作権相続者がその恩沢に浴するというのは孫や曾孫が著作権者になるということである。 子々孫々に印税収入を確保できるということが創作のモチベーションを高める作家もあるいは存在するのかも知れない。 けれども、顔も知らぬし、その思想信条も美意識も価値観も知らぬ孫や曾孫に著作権の「管理」を任せるということは、「孫子かわいさ」とは話の次元が違うのではないか。 この子孫諸君が「この著作物をこれこれの仕方で使用することは許すが、こういう使い方はまかりならん」という是々非々の判断を下す権利を持つということに私はどうしても頷くことができない。 死んだ芸術家の偉大さについての「幻想」が損なわれない方がご遺族のみなさんだって気楽だろうし、印税収入も安定的に確保されるというのはわかる。 だが、彼ら自身が創作したのでないものの使い道にまであれこれ口出しする権利までは認めるべきないと私は思う。 今書いているこの文章も含めて、ネット上に掲載されたものは誰でも使用できる「公共財」であるというのが私の考えである。 ネット上の情報を誰でも自由に利用できるということがネットコミュニケーションの最大のメリットなのだから、そこに「私権」を持ち込むのはつまらないことだ。 自分のブログに「コピー禁止」とか「リンクを張る場合には必ず許可を求めること」とか書いている人が多々おられるが、私のブログは「コピーフリー」「盗用・剽窃フリー」である。 私はべつに私の「オリジナリティ」を誇示するためにこのようなところに駄文を記しているのではないからである。 私と「意見」を共にする人を一人でも多く増やしたいがために、このようなものを毎日せっせと書いているのである。 私の望みはできるだけ多くの人に「そんなこと当たり前じゃないか、私だって前からずっとそう思っていたよ」と言わせることであって、「そんなことを考えるのはお前だけだ」と言われるためではない。 「こういう考え方」をする人間は今のところ少数だから、それはさしあたり「ユニークな考え方」と言えるかもしれない。 「多くのフォロワーを獲得したためにいつのまにか少しもユニークなものでなくなってしまったユニークさ」だけに価値があると私は思っている。 詩について言えば、詩人がほんとうに求めていたのは読者たちの彼の詩境に対する全面的な共感だろうと私は思う。 理解されず共感されず、それゆえ模倣することもできぬような詩想を有したことでオリジナリティを確立することなど詩人は望んではいない(と思う。詩人じゃないからわからないけれど)。 詩想がひろく共感されるということは、人類の「感受性の財産目録」にそれまでになかった新しい感受性を一つ付け加えるということだと私は考えている。 詩人が求めているのは「人類の詩的資産」を増やすことであり、詩人の著作権相続者の預金残高を増やすことではないと私は思う。 |
[ 117] 内田樹の研究室
[引用サイト] http://blog.tatsuru.com/
