救いとは?
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聖書を読み進めると、「悔い改め」がとても大切なことだと気付いてきます。でも、悔い改めとはいったいどのようなことなのでしょうか。 これはユダヤの支配者であったピラトが暴動を起こしたガリラヤ人たちを捕らえて処刑した、という事件が起こった時、人々の報告に対するイエス・キリストの答えです。 私たちは悲惨な死に方をした人の話を聞くと恐れます。しかしキリストは「あなたがたも悔い改めないなら、みな同じように滅びます」と警告されました。悔い改めとは実は「ありのままの自分を認めること」です。私たちは創造主である神様から遠く離れた罪人です。ところがそれを認めないで神様に立ち返らないのなら、悲惨な滅びに入れられます。悔い改めは全ての人に必要なことです。 「『いいえ、父アブラハム。もし、だれかが死んだ者の中から彼らのところに行ってやったら、彼らは悔い改めるに違いありません。』」(ルカ16・30) これはハデス(=地獄)で苦しんでいる金持ちがラザロという死人をよみがえらせて、この場所に来ないように自分の兄弟へ遣わして欲しいと願った箇所です。彼は死者の復活という奇跡を見れば兄弟たちは悔い改める、と考えたようです。 あなたも、神や奇跡を見せてくれたら信じられる、と思いますか。奇跡は聖書のみことばの裏付けがなければ、単なる見せ物に過ぎません。アブラハムは「もしモーセと預言者との教え(=聖書)に耳を傾けないのなら、たといだれかが死人の中から生き返っても、彼らは聞き入れはしない」と答えました。 黙示録には、人々が神様からの裁きを受けても偶像を拝んで悔い改めない姿が示されています。人は奇跡や困難によっては悔い改めません。悔い改めは聖書のみことばを受け入れるときに起こることです。 「わたしは正しい人を招くためではなく、罪人を招いて、悔い改めさせるために来たのです。」(ルカ5・32) イエス・キリストはご自分が地上に来られた目的をこのように語られました。キリストは人々に悔い改めを要求し、そのために「罪人を招いて」おられます。このキリストの招きに応えることが、悔い改めの第一歩です。 キリストが十字架にかけられた時、他に二人の犯罪人もかけられました。一人は自分の苦しみだけを見て、キリストに悪口を浴びせました。しかしもう一人は、十字架の上でも完全だったキリストを見て自分の罪を言い表し、悔い改めに導かれました。 イエス・キリストの下にへりくだって来てください。あなたは自分の真の姿を知らされ、同時に神様の素晴らしい愛を経験するでしょう。 例えば、病人にとって自分の病気を直す方法は「救い」です。イエス・キリストは「医者を必要とするのは丈夫な者ではなく、病人です」(マルコ二・十七)と言われました。このように病人でなければ医者も救いも必要ないでしょう。 しかし、私たちが病人だとしたらどうでしょう? 生活習慣病のように自覚しなくても進行する病気もあります。私たちは自覚していないだけで、実は重大な病気にかかっているかもしれません。 聖書は、私たちは全て病人だと告げます。身体の病気ではなく、霊の病気です。いのちの源である真の神様から離れた私たちは、霊のいのちを失って「死に至る病」にかかっており、医者を必要としているのです。 先に引いたみことばは、「わたしは正しい人を招くためではなく、罪人を招くために来たのです」と続きます。イエス・キリストこそ全ての人のための医者なのです。 救いの方法は他にもあるのではないか、と思われるかもしれません。ところがそれはただ一つしかないのです。 私たちを罪人だと宣言しているのは神様ですから、救われるためにはこの神様から罪が除かれたと認められる必要があります。私たちが相手にする方は真の神様です。 この神様が、人間がご自分のもとに来る方法をたった一つだけ定められました。それは身代わりの血が流されるということです。旧約聖書の時代には、それはいけにえの動物たちの血でしたが、不完全なものでした。そこで神様は、私たちの罪を完全に覆い隠すものを用意されました。それが、神の御子イエス・キリストによる十字架の死です。 「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません」(ヨハネ十四・六)とイエス・キリストは言われました。イエス・キリストだけが、神様に近づく唯一の道です。 私はイエス・キリストを救い主と信じた後に、救われたという実感がなかなかありませんでした。救いの確証はどのようにして得るのでしょうか。 たとえで説明しましょう。あなたの借金を誰かが代わって払おうと言われたとき、銀行口座の負債残高が「0」になっているのを見れば、たとえ現金を見せられなくても安心できます。 自分が救われたという確証は聖書のみことばによります。永遠に変わらないみことばが、イエス・キリストを救い主と信じた者の救いを保証しています。 「なぜなら、もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは救われるからです。」(ローマ十・九) |
[ 125] 救い
[引用サイト] http://www1.linkclub.or.jp/~beulah/Salvation.html
