気持ちとは?

季節のご挨拶や、ご無沙汰していた友人に会う時、ちょっとしたお土産を手渡すと、心が伝わるものです。
でも、気がきいていて相手に喜ばれるもの、と考えると迷ってしまいますよね。そこで今回は、「ホームメイドクッキングガイド」の黒田さんに、気持ちが伝わる贈り物について教えていただきました。ご夫妻ともどもお付き合い範囲の広い黒田さんはどのような贈り物をしているのでしょうか。
贈り物と言ってもお中元やお歳暮のように季節のご挨拶から、何かをしていただいた時のお礼、そしてお祝いなどそれぞれ用途によって贈る品物も違ってくると思います。そもそも贈り物とは、相手に伝えたい自分の気持ちを品物に託してお届けするというもの。「おめでとう」「ありがとう」などの気持ちを言葉だけでなく、品物を通して、より鮮明に相手の心にアピールする役割をもっています。受け取る側も、そうした贈り主の心遣いによって、品物をいただいた喜びだけでなく、豊かな気持ちになれるのではないでしょうか。また、贈り物はタイミングも大切です。時期を逸してしまうとせっかくの品物も有り難みが薄れてしまいますから。一般的にお祝い事の場合は、そのお話を聞いたらすぐ贈るというのが正式なマナーです。たとえば入学のお祝い、結婚祝い、新築祝いなどはこれに当てはまります。ただ、出産祝いに関してはすぐにお届けすると産婦の負担にもなりますので、少し落ち着いてからにしたほうがいいですね。私の場合、こうしたポイントをふまえた上で、さらに季節を感じるものをお贈りするようにしています。
たとえば、桃やぶどうを使ってジャムを作ったり、トマトが美味しい夏は、一箱トマトを買ってきてトマトケチャップを作っておすそ分けしたり。手作りの品は手間がかかりますが、旬の素材がふんだんに使えるので、贈り物そのものに季節感を出すことができるのが何よりです。
また、贈り物で大事なのは、どんな品物を贈れば喜んでいただけるか、ということです。日頃、パンなどを召し上がらない方にジャムを贈っても、それがたとえ旬のものであってもうれしいはずはありません。親しい友人の場合は相手の好みがわかっているので、悩まずにすみますが、まだお会いして間もない方などへ贈る場合はちょっと迷いますよね。そんな時、私は手作りの梅干しや葉唐がらし、らっきょうなどを少しずつ瓶に詰めてお贈りします。こういうものなら日もちもしますし、いろいろな品が小分けに入っていると、家族の少ないお宅でも重宝するでしょ。
我が家も夫婦ふたりの食事が多いのですが、最近、見つけた優れ物が「とはに・とこわか詰め合わせ」です。これは3つの箱に種類の違う商品が小分けされているので、使いやすく、いろいろな味が楽しめていいですね。このパッケージをヒントに、クッキーなどのお菓子を可愛く詰め合わせて贈るのも気が利いていますよね。私は、ちょっとお礼をしたいな、と思った時いつでも使えるようにマイラベル付きの瓶を用意しています。
贈る品へのこだわりはもちろんですが、先ほども少し触れたように、パッケージにもひと工夫凝らすと、贈り手の気持ちが、より伝わると思います。老舗のお店の包装紙なら、それ自体に重みがありますが、そこにハーブや草花をちょっと添えて渡すと、手作りっぽさが演出できます。また「これ何?なんの花?」ということからお互いに会話もはずみます。これからの季節なら紅葉などをあしらうと、秋らしい贈り物になりますよね。庭に咲いている草木やお部屋に活けてあるお花からひと葉をつまんで品物に添えるだけで、季節の色合いが増し、素敵な贈り物になります。最近は、全国各地の味が取り寄せられますが、お店から直接配送してもらう場合でも、事前にこんな品物をお贈りしました、というお知らせをしておくと、受け取る側の楽しみも広がるのではないかしら。
庭に咲いていた紅葉をあしらってみました。季節感が増すだけでなく、贈り手の気持ちが伝わります
直接お渡しできない人にはカードにひと言添えて送って。相手の顔を思い浮かべながらカードを選ぶのも楽しみのひとつ。
大正元年創業以来、厳選された上質な昆布を使い、職人の手によって丹念に作られている松前屋の昆布はどのような方法で生みだされているのでしょう。
さっそくFor F編集部が「松前屋」さんにうかがい、品物へのこだわりと、製法技術を見せていただきました。
創業以来、90年以上にもわたり昆布の味を追求してきた松前屋。それはまさに「和の食文化」に対するこだわりと言えるでしょう。
「おかげさまで、皆さまから老舗の味と言ってご愛用いただいていますが、単に創業者の味を受け継いでいくだけでは、歴史を重ねているだけにすぎません。特に味覚は時代とともに変化していきます。つまり本当に守らなくてはならない所は徹底して守り抜くという頑固さと、時代を見ながら動かす柔軟な革新性をも伴わなくてはいけないと思うのです。ですから、老舗という名に甘んじることなく、常に時代に合った商品を追求していくことも大切に考えています」(松村専務)
松前屋で使われる昆布は、北海道の最高級昆布のみ。これを幾度にも渡る手選別により、品質や大きさが均等になるように仕分けていきます。この行程により最終的には、原料の1/6になってしまう昆布を、職人が丁寧に直火釜で煮炊きしていきます。こうした素材へのこだわりと手法こそが、創業当時から守られてきた伝統のワザ。
さらに松前屋では、フランス料理のシェフを商品づくりのアドバイザーとして招き入れているとか。
「伝統のワザを守りつつ、フランス料理のシェフのアドバイスにも耳を傾けながら、新たな商品を開発してきました。これこそが時代にあった柔軟さだと思うのです。なぜフレンチのシェフを招いたか?とよく聞かれますが、外の世界から和食のよさをさらに引きだしてもらうためなのです。和の食文化を軸に、新しい息吹も取り入れていくことでお客様に喜んでいただける本物の味が追求できると思っています」。こうして試行錯誤し、生みだされた新しい味が「とはに」です。長く永遠に可愛がっていただけるようにとの意味をこめて名付けられた「とはに」。定番の味をさらに磨くという創り手のこだわりが感じられる逸品です。
手選別された昆布を時直火釜で4時間かけて炊き上げた「とはに」。もちっとした歯ごたえの後に優しくふくよかな味わいが口に広がる
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[ 165] 昆布,松前屋…[気持ちを伝える贈り物]
[引用サイト]  http://forf.allabout.co.jp/1/205961/1/product/205961_1.htm

初めまして、昨年12月から当事務所で弁護士として勤務しております、佐野就平と申します。以後よろしくお願い致します。
司法試験合格後、合格者は司法修習生として1年半を過ごします。司法研修所の入所年度ごとに「期」があるのですが、同期で仲間が大勢できます。私はどうも動くのが好きなのか、この仲間たちとともに、集会の企画に実行委員として参加したりしていました。もっとも、前面に出るのは苦手で、いつも裏方としてみんなを支える役割をしていました。大変でしたが、楽しかったですし、色んなことを教わりました。今では一生の仲間ができたと思っています。
このころ、こういった集会や学習会、講演を通じて、多種多様な社会問題に触れました。そこで、司法試験受験中に学んだ原理原則が守られていないこと、基本的人権が軽んじられていることを知りました。書き連ねると紙面が足りないのでここでは書けませんが、1つ1つが深刻で、放ってはおけない気持ちにさせられるものです。
こういったお話を聞かせてもらったのは、主に弁護士からです。弁護団の団長や、孤軍奮闘して取り組んでいる弁護士など、色んな方からお話を聞かせてもらいました。今から考えると、大先生ばかりのそうそうたる顔ぶれでした。こういった問題に取り組む弁護士は、個性豊かでパワフルで魅力的です(酒の席ではなおさらそうでした)。私はこのような弁護士に尊敬の眼差しを向けると同時に、「自分が弁護士になったとき、自分のような人間にいったい何ができるのだろう。そもそも何かできるのだろうか」と自問自答したものです(酔っぱらいながら)。それでも、自分も何かしなければいけないという思いだけは強く残ったのでした。
弁護士になって事務所で勤務してみると、とにかく分からないことだらけで右往左往していました。分からないことが多いと、気持ちに余裕がなくなります。余裕がなくなってくると、分からないから自信がない、自信がなくなると、聞かなければ動けないとなり、自分が自分でないような気持ちです。1ヶ月目は年末年始にかかっており、そんなに仕事はなかったのでまだ良かったのですが、事務所のルールを覚えたり(コピーを取るにもルールがある)、事務員さんの名前を覚えたり(私は人の顔と名前を覚えるのがとても苦手です)と、慣れるのがとても大変でした。どこの世界でも環境に慣れるのは大変ですね(当たり前ですね、すいません)。
仕事についても、これほど何も知らなかったのかと思い知らされることばかりで、とにもかくにも他の弁護士のいいところを学ぼうという思いと、あれもこれも勉強しなければという焦りとでいっぱいで、すぐに1ヶ月が過ぎてしまったような気がします。
バタバタと右往左往して自信を喪失しながらも、自分も何かしなければという思いは変わりません(とても消極的になってしまってはいましたが)。
この訴訟は、憲法22条の居住移転の自由、26条の教育を受ける権利といった個別の人権も問題となるのですが、13条の「個人の尊厳」が正面から問われる訴訟です。「日本人」とは何なのか、国が国民に対しすべきことは何なのか、「国民」とは何なのか。最初、私は恥ずかしながら、訴訟の意義も原告の方々のお気持ちもしっかりとは考えず、とにかく大変なんだろうといった程度の認識で参加しました。しかし、だんだんと私にも、原告の方々の悲惨な体験、帰国を待ち焦がれる切実な想い、帰国して祖国に裏切られた悔しい気持ち、それでもなお祖国を想う気持ちなどが伝わってきます。法廷で原告の方の尋問を担当したときは、涙が出そうになりました。国に棄てられた原告の方々のお気持ちを、おそらく私には本当には分からないでしょうが、それでも分かる努力をし続けなければならない、裁判所、ひいては国に分からせないといけないという気持ちでいます。
次に、「やめて!イラク派兵」京都訴訟に参加しました。2ヶ月目ではまだまだ自信喪失気味でしたが、声をかけてもらえたこともあり、自信喪失とやる気の狭間でとりあえず準備会議に出てみました。自信喪失気味でも参加してしまうのは、やはり性(やりたがり?)なのでしょうか……うむむ。
この訴訟は、言うまでもなく平和主義・憲法9条を守る闘いです。イラクに自衛隊を派遣することが何を意味するのか、その結果がどう国民に跳ね返ってくるのか。そのあたりをあいまいにしたまま、自衛隊が派遣されました。否、自衛隊を派遣するためには、その意味をあいまいにせざるを得なっかたのです。訴訟のために勉強すればするほど、政府の理不尽さが見えてきます。平和主義がひび割れていく音、憲法9条が崩れていく音が聞こえてきそうです。今こそ、「平和のうちに生存する権利」を守らねばならない、憲法9条を守らねばならないと思います。
2ヶ月が経ち、ようやく色んなことに慣れてきました。分からないこともまだまだたくさんありますが、少々余裕が出てきた気もします(いいのだろうか?)。
さて、そんな中、声がかかって、生活保護制度の老齢加算削減取消を求める訴訟(正式名称はまだ未定です)に参加することになりました。
この訴訟は、憲法25条の生存権を守る訴訟です。本来生活保護制度には、高齢者の場合、生活扶助に加え、老齢加算といものがあります。しかし現実には、老齢加算があっても、高齢者の生活が「健康で文化的な最低限度の生活」を維持できているとは、必ずしも言えません。その老齢加算が、こともあろうに削減されつつあります。老齢加算だけではありません。母子加算も削減されつつあります。人の生活を守る最後の砦の生活保護制度が、実際には切りつめて生活するのがやっとの状態で運用されてきたのみならず、さらに2005年の削減により、「ただ生きているだけ、死んではいないだけ」といったレベルにまで下げられようとしています。ただ、みんな「健康」で「文化的」な「最低限度」のささやかな生活がしたいだけなのです。その、ささやかな生活すらできないという心の叫びを聞くと、何とかしなければという気持ちが湧いてきます。
私は、たまたま憲法に絡む訴訟3つに参加することになりました。でも、憲法訴訟だからやりたいと思ったわけではありません。私は、何かと自分から出向いたり声がかかったりして、人のやり場のない気持ちを聞いたり感じたりできそうな所にあちこち足を踏み入れてきました。そこには、やはり思ったとおり、ときに思った以上、想像以上に、色んな人のやり場のない気持ちがありました。そんな気持ちを聞いていると、何か心から湧いてきました。何かしなければならない、弁護士として何かできないだろうかという気になって、手を挙げてみました。それがたまたま上記のような事件であり、それがたまたま憲法に絡む問題だったというだけです。
もともと、私は人権問題に取り組みたいと思っていました。でも、正確には、人のやりきれない思い、やり場のない気持ちを何とかしてあげたいという漠然とした思いがあり、それが人権問題につながるのだと思います。憲法は、国が国民を縛るための法ではなく、国に国民1人1人を大事にさせるための法です。憲法は、国民にとって最も身近な法だと言えるでしょう。国が国民1人1人を大事にしないとき、国民にやり場のない気持ちを生じさせます。この気持ちに向き合おうとするなら、時に憲法を守る闘いに挑まねばなりません。私がこうして憲法を守る訴訟に取り組むことになったのは、ある意味必然かもしれません。
私も弁護士バッジを胸につける以上、4ヶ月目の新人弁護士とか5ヶ月目の新人弁護士とか言っていられません(もっと言い続けていたいのですが)。未熟きわまりないひよこ弁護士ではありますが、それでも1人の弁護士として、人の気持ちを敏感に感じて、その人の気持ちと向き合い、その人が本当に求めていることを理解し、その人に納得してもらえるよう、ひいては憲法を守るよう、何かと自戒しながら頑張っていきたいと思います。

[ 166] 「人の気持ちに敏感な弁護士を目指して」
[引用サイト]  http://www.daiichi.gr.jp/syoukai/yanagi/2005spring/sano.html



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