焼きとは?
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多くの人はまず、祭りの屋台には必ず出ている、青のり、かつおをふりかけた「ソースのたこ焼き」を思い浮かべるはずだ。フネと呼ばれる経木、または発砲スチロール製の皿に八個くらいが並んで、端のたこ焼きにグイッとつまようじがニ、三本刺さっている、ポピュラーなものである。 次にイメージされるのは、関西とくに神戸から姫路にかけた地域ではお馴染みの、だしにつけていただく明石焼。これはそもそも玉子焼と呼ばれていたが、今は「明石焼」という名称で全国に広まっている。四角のやや斜めに傾いた板に、ふんわり玉子色の愛らしいたこ焼きが、十個から二十個、整列して出てくる特徴的なものだ。 神戸と大阪の中間点である西宮に生まれ育った私にとって、幼い頃からの馴染みは明石焼だった。元町からブラブラと商店街を三宮の方へ歩いていくと、古びたビルの二階に自分で焼かせる明石焼の店があり、それを楽しみに母や祖母の長い買い物につきあった。 三×四列の十二穴。行儀よく窪みのならぶ、油がなじんで黒くなった銅鍋に、ジュワーッと音をたてて淡い玉子色のコナを流す。そこへタコのかけらを慎重に落としていく。もちろんひとつの穴に一かけら。次は千枚通しをもって、構える。そんなにあせることはないのだが、まわりから焼き固まってきたコナを穴の方へよせて、鍋のうえをきれいに整える。 ここまでは私のイメージ通りに運ぶ。問題はその次だ。そろそろ返してください。店のおやじの合図とともに、親子そろってひっくり返しの作業にはいる。だが、もう少し焦がした方が、おいしくなりそうな穴もある。私は不器用ながら、それぞれの穴をチェックし、ほどよい好みの焼き具合になるように、タイミングをねらう。 ところが無口な店のおやじは、もたもたしている私をわざわざ手伝ってくれる。みるみるうちに私の鍋のたこ焼きは、見事にひっくり返り、一面が玉子のレリーフのようにきらめく。 「手伝ってくれなくてもいいのに。失敗しても自分で全部返したかった。きょうもまたおじさんに全部やられてしまった」。不服な思いのまま、幼い私は明かし焼のアツアツを食べる作業にはいる。緑あざやかな、みつばの浮かぶおだしの器にひとつ箸で運ぶ。やわらかいたこ焼きは、フワッーととろけるようになって、箸でうまくつかめない状態になる。だしも熱いし、たこ焼きも熱い。ダブルの熱さとひっくり返しができなかったショックとで、たこ焼きの味なんてどうでもよくなってしまうという、悲しい思い出が、私の原体験としてある。 だから家で昼食などにたこ焼きを焼くときは、思う存分焼けるというだけでうれしかった。小学校一年生のときの絵日記には、まるい鉄鋳物の鍋の絵とともに「八月二十九日、きょうたこ焼きを家でつくって食べました。おいしかったです。わたしはたこ焼きがだいすきです」ということまで書いている。 これはおそらく、関西とくに京阪神に住んでいた当時の子供としては、日常的な感覚だったかもしれない。近所の油絵教室でも、年にニ、三回はたこ焼きパーティを開いていたし、一家に一台たこ焼き器という形容も半分は当たっている。家で焼かなくても、模擬店などで焼いたことのある人なら、うまくひっくり返せたときの爽快な気分は忘れられないはずだ。 このひっくり返し技こそ、他の食べものにはみられないたこ焼きの第一の特徴であり、不思議な作業のためにどうしても必要なのが、たこ焼き特有の窪みのついた鍋ということになる。 たこ焼きにソースをつける。今では当然すぎることだが、明石焼が馴染みだった私とって、ソースをつけるたこ焼きはとても意外だった。天神祭に連れていってもらい、たこ焼きの屋台をはじめて見たときの印象は忘れられない。たこ焼きはお店に腰掛けて食べるものだと思っていたから、屋台というだけで驚いてしまった。まずソース特有の匂いが手前の方まで流れていて、焼くおじさんの雰囲気も明石焼とはちがう。ハッピに練り鉢巻き、どちらかというと男っぽい激しさがある。はじめてみたソースのたこ焼きはやはりフネの上に並んでソースをぬったものだった。 残念ながら、親は屋台のたこ焼きを買ってくれず、そのことがかえって、屋台たこ焼きへの憧れとしてふくれあがっていった。ついでにいうとリンゴ飴もおあずけだった。私の大阪への思いや下町情緒あふれる露地や屋台文化への興味は、このときから芽生えていた。 現在、たこ焼きは大きく分けて三種類あると考えられる。ソースのたこ焼き、だしのたこ焼き、ソースのたこ焼きの前身ともいえる、何もつけないたこ焼き。これは大阪の下町では戦前から焼かれていた最もシンプルなたこ焼きである。 これに出会ったのは、たこ焼きの調査、研究をはじめた大学生になってからだ。たこ焼きを大学の卒論のテーマに決め、たこ焼き屋さんを中心としたフィールドワークをはじめたころだった。何かをつけるのが当然だと思っていたから、何もつけないたこ焼きというのは、はっきりいってカルチャーショックだった。 こうして三種類、いずれも小麦粉、タコ、窪みのついた鍋という、基本的に使う材料と道具は似ているが、その結果つくりだされるたこ焼きの味わいや店の雰囲気などは、まったく異なる。西からいえば、明石、神戸、大阪のキタとミナミ、大阪湾沿岸のさほど遠くない地域に、どうして三種類のたこ焼きが生まれ、どのような関連で現在に至っているのか、そのあたりを探ろうとした。ところがたこ焼きに関する文献はないに等しい。私は当時を知るたこ焼きにまつわる人たちの聞き書きを中心に、ルーツ探しを進めた。 |
[ 41] オタフク/たこ焼きの話 たこ焼きの誕生
[引用サイト] http://www.otafuku.co.jp/column/tako/t_01a.htm
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焼きそば(やきそば)は、小麦などを加工した麺を炒める、揚げるなどをした料理の総称である。「そば」の名称を用いているが、「中華そば」同様麺の意味であり、蕎麦粉を原料にした料理ではない。 中国の文化圏では、チャオミエン(炒麺)が中華麺を炒めて作った料理の総称であり、チャーハン同様にそのバリエーションは数百にものぼるとされる。中華料理屋では醤油味や塩味で作ったものが、「炒麺」や「上海風焼きそば」として供される場合が多い。 日本では、生麺を蒸して油で炒めたものに、豚肉、海老、人参・筍・椎茸などの野菜を餡かけにした具をかけたものを五目焼そばという。 またソース焼きそばは、焼きそばが日本風にアレンジされたものである。終戦直後の闇市で、麺をキャベツで増量し、ウスターソースを混ぜ合わせたものが売り出されたのが発祥とされる。日本では、単に焼きそばと呼んだとき、古くは関東では醤油焼きそば、関西ではソース焼きそばであったが、近年は一般的に普及したソース焼きそばを指すことが多い。縁日などでは必ず屋台が出ている。たこ焼き、アメリカンドッグ等とともに高速道路のサービスエリア、パーキングエリアの売店やスナックコーナーなどの定番商品として売られていることが多い。 屋外で行う、鉄板を使ったバーベキューのメニューとしても定番であり、キャベツ・モヤシなどの野菜や肉と一緒に豪快に炒める。 麺を油で揚げて具をかけたものは堅焼きそば(あげそばと呼ぶ地域もある)と呼ぶが、中国語では炸麺と呼んで区別する。 長崎発祥の、ちゃんぽん麺を焼いたものや堅焼きそばで用いる中華麺よりもさらに細い麺を揚げたものに具をかけたものを皿うどんという。また、小倉(北九州市)発祥の太い麺を使ったソース焼きそば風の料理を焼きうどんと呼ぶ。 沖縄では、一般の大衆食堂で「焼きそば」とあれば、沖縄そばの麺を用いたものであることが多い。太めの麺で、野菜と肉と共に炒めたもので、味付けは沖縄そばだしを使うものからソース味までさまざまであるが、ケチャップ味があるのが独特。たいていは店によって決まっており、メニューには書かれていない。沖縄の米海兵隊基地の食堂では標準メニューとして焼きそばが採用されており、これが好評だったため、現在では世界各地の海兵隊基地で焼きそばが供されている[1]。 インスタント食品としての焼きそばは、油揚げされた麺をお湯で戻し、付属のソースで味付けをする。なお、この油揚げされた麺というのは、固焼きそばのそれとは違い、乾燥保存と麺の中に微細な空洞を作って戻しやすくすることを目的として揚げているわけであり、調理とは異なる。 大別して、カップ麺(カップ焼きそば)と袋入りのものがあるが、付属の専用容器で調理を行うカップ式の物に比べ、袋式の物は極めて少ない。これは前者がお湯で戻した物にソースをかけるだけ(従って、厳密には『焼き』そばではない)のに対し、後者は茹で戻したものを炒めるという、保存性はともかく、生麺より調理の手間がかかる点が敬遠されているものと思われる。 これらインスタント食品では、具が多い五目焼きそば(揚げ麺や固焼きそば)に類するものも少数見られるが、その大半はソース焼きそばである。ただし2000年代より味付けにソースに代わって、塩を主体とした塩焼きソバなどの商品も見られる。 モダン焼きや広島風お好み焼きなどでは、お好み焼きの具として使うことがある。うどんを使うこともあり、麺入り・麺無しとありの場合は種類を指定して注文する。 |
[ 42] 焼きそば - Wikipedia
[引用サイト] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%84%BC%E3%81%8D%E3%81%9D%E3%81%B0
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イカ焼き(いかやき いか焼き 烏賊焼とも書く)は、関西発祥で大阪のポピュラーな粉物(こなもん)料理。小麦粉の生地にイカを入れて焼き、甘辛いソースを塗った食べ物。もちもちした腰のある食感で、ふんわりしたお好み焼きやたこ焼きの食感とは、まったく異なる。 起源は古く“明治末期にはもはや存在していた”との証言もある。当初はせんべい職人の賄いに、せんべいを焼くときに使用する挟み込み焼き上げるように作られた鉄板を使い焼いて、食されていた物が次第に店頭で販売されるようになった。(いか焼き本舗サイトより)また、時期は不明だが、住吉大社境内の屋台で販売されていたとも言われている。 広く知られるようになったのは、梅田(いわゆる大阪駅)の阪神百貨店内に1957年に出店したお店がきっかけである。これを機に人気が出て扱う店が増え、縁日等の臨時店舗や移動車での販売もある。阪神百貨店地階の軽食コーナー「スナックパーク」内での販売は、行列ができることで特に有名で、一日に一万枚以上の売り上げがある。 いか焼きのチェーン店なども関西を中心に増える傾向にあり、移動販売車によるフランチャイズ本部も出来ている。また、その味も多様化している。 なお、イカに醤油味をつけて姿焼きにした、いわゆる「焼きイカ」とは異なる食べ物である。関西圏以外では「焼きイカ」のことを「イカ焼き」とも呼ばれるため混同することが多い。ちなみに関西の屋台などで、イカの姿焼きが売られていることは極めて稀である。 小麦粉(強力粉が良い)を水で溶き、よく練った生地にイカの切り身を入れ、数時間寝かす。その生地を熱した鉄板の上に広げ、その上に卵を割って乗せる。店では専用の鉄板(後述)があり、上下の鉄板で押しつけて薄く平らに焼きあげる。焼き上がりにお好み焼き用の甘辛いソースを塗って食べる。家庭ではフライパンでも簡単に作れるが、押しつけて焼くことが困難なので、食感が若干異なる。 押しつけることで気泡が抜け、小麦粉に含まれるグルテンにより強い腰のある独特の食感が特徴である。販売されるイカ焼きは専用の業務用イカ焼き機でプレスする。家庭用イカ焼き機は握力が必要で、業務用のプレスと比べ食感は劣る。200℃程度の高温に熱した鉄板を上下から押しつけることにより、短時間(約30秒程度)で焼き上がるため、狭い場所でも大量に作れ、20枚、30枚とまとめ買いがある阪神百貨店の地下売り場の行列の待ち時間も、さほど長くない。 中に入れて焼く具として、プレーン(イカ以外の具なし)・デラバン(デラ、デラ焼きとも。卵入り。デラックス版の略)、和風デラ(ネギ入り醤油味)が阪神百貨店で売られている名称で、ほかにキムチなどを入れるものもある。通常折り重ねて販売され、そのままかぶりつくか箸で食べる。 業務用のイカ焼き機器としての元祖は1950年代に、シルバー産業有限会社(大阪本社)が阪神百貨店 地下スナック・パーク内、通称阪神いか焼き店よりの開発依頼により、特別注文生産機械として、 上下・ガス赤外線シュバンクバーナー仕様の7連式を導入、機械幅が余りにも広いため、焼き上がった いか焼きを機械の端から端まで、手渡し出来ないため、商品移送コンベアーを機械奥上部に備えた。 当時は、いか焼き購入の為に行列を並ぶ客からそのコンベヤーが真近に観られた為 「いか焼きは、コンベヤーで焼かれている!」と噂された時期(昭和45年〜60年)もあった程である。 近年ではインターネット網の普及により、阪神いか焼き店厨房内もあちらこちらで画像detaが 公開されて居られることも手伝いこれらの噂は皆無となった。 1960年以降、阪神いか焼きを堪能した、商業ベースを望む企業家の声に応じ、 シルバー産業有限会社は、量産型いか焼き機器の開発を開始し、1963年、量産型いか焼き機器 として、上部赤外線ガスバーナー仕様で、下部パイプバーナー仕様の上下熱源方式の違った、 2連式キャスター付いか焼き機器が誕生した。後に、シュバンク・バーナーユニットの価格低下と 上下同熱源を使う事での遠赤外線効果増大に伴い、いか焼き機器は、上下熱源とも 赤外線ガスバーナー仕様となった。 1980年代に入り、大型小売店舗フードコートやチェーン店舗方式の居酒屋店やお好み焼き店舗などが、 増加の一途を辿り、上記2連式キャスター付では、設置スペースが採れないという要望が多数 シルバー産業有限会社へ寄せられたことから、新型案件機材として、上下赤外線ガスバーナー仕様 402si型卓上1丁式いか焼き機器が誕生した。更に1985年、前出居酒屋チェーン店舗さまより 「上下に突き出ている、鉄板を挟み込む"鉄の棒"(シルバー産業有限会社内呼称=箸(はし)が、 邪魔であるので、切断して欲しい。」の要望に応え、上下赤外線ガスバーナー仕様402si型 卓上1丁式取っ手タイプいか焼き機器が誕生した。 1987年、厨房環境のガスレス化の動きとパートさんアルバイトさんのマニュアル化増大に伴い、 操作手順に熟練を要さないとの意図から、熱源に強力な赤外線シーズヒーターを用いた、 電気仕様卓上1丁式いか焼き機器が、ニチワ電機株式会社より発売された。 東京では中目黒の「いか焼き道場 MAHAKALA」(神戸流いか焼き)、錦糸町の「てっぺん」(お好み焼き屋)、大井町の「多幸屋」(お好み焼き屋)、西新宿の「めっちゃええ庵」(鉄板焼き立ち飲み屋)で、千葉県では浦安市の「山の家」(大阪いか焼き)で食べられる。また、冷凍お好み焼き製造販売「大阪蛸一」や「かねます」、「八重フード(いか焼のしょうちゃん)」などが冷凍いか焼きを通販、冷凍宅配により日本各地で食べられる。 この「イカ焼き」は、食品・食文化に関する書きかけ項目です。この記事を加筆・訂正などして下さる協力者を求めています(Portal:食)。 カテゴリ: 食文化関連のスタブ項目 | 日本の粉物料理 | ファーストフード | 近畿地方の食文化 | イカ |
[ 43] イカ焼き - Wikipedia
[引用サイト] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%AB%E7%84%BC%E3%81%8D
