スウェーデンとは?
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外務省案内 | 渡航関連情報 | 各国・地域情勢 | 外交政策 | ODA | 会談・訪問 | 報道・広報 | キッズ外務省 | 資料・公開情報 | 各種手続き (1)2006年9月の総選挙の結果、12年振りに非社民連合4党(穏健党、中央党、自由党、キリスト教民主党)が誕生(4党の議席数は349議席中178議席)。今次選挙の最大関心事項であった「雇用問題」を早々に取り上げ、雇用創出に積極的に取り組む姿勢を明確に打ち出したほか、共同マニフェストを発表するなどの選挙戦を展開し、与党の社民連合に僅差で勝利を収めた。 (2)2006年10月6日にラインフェルト穏健党党首を首相とする新内閣が成立。外務大臣には、ビルト元首相(穏健党)が就任した。 (イ)1995年のEU加盟後、雇用問題、環境問題、男女共同参画、消費者保護等を中心に積極的なEU政策を展開し、2001年前半にEU議長国を務めた際は「3E」(雇用、環境、拡大)を最大の目標に掲げた。 (ロ)一方、ユーロ未参加が示すとおり、国民の中にはEUの統合推進に懐疑的な意見も未だ残っている(1994年11月のEU加盟に関する国民投票の結果は、賛成派52.3%、反対派46.8%と僅差であった)。 (イ)19世紀のナポレオン戦争以来、戦争に参加せず、「戦時の中立を目的とする平時の軍事非同盟」を外交政策として設定している(NATO非加盟)。 (ロ)軍事非同盟政策を維持しつつ、欧州安全保障協力機構(OSCE)、NATOの平和のためのパートナーシップ(PfP)、EUの欧州安全保障防衛政策(ESDP)を通じて、欧州の新たな安全保障秩序構築に向けた動きに参画。 (イ)国連との協力を重視。特に、PKO活動に積極的に参加しており、軍縮、人権、環境問題等にも貢献していく方針をとっている。 (ロ)北欧・バルト地域における民主主義、安全保障、開発のための協力、北欧理事会、バルト海沿岸諸国評議会等の枠組みを通じた協力を推進している。また、バルト3国のEU加盟を強く支持した。 (ハ)1968年にGNIの1%を開発援助に当てる国会決議を行い、この目標を1982年に達成した。1990年代後半には、財政再建のため目標を0.7%まで引き下げたが、2003年にスウェーデン国会は「共有責任:全地球的発展のためのスウェーデンの政策」を採択し、公正で持続可能な全地球的開発への貢献を目標としている。2006年のODA実績は約39.6億ドル、対GNI比1.02%(OECD/DAC統計)。 人口約900万人と国内市場が小さいため、高い技術力を背景とした輸出が経済を支えている。高福祉・高負担の福祉国家で、就業人口の3割以上が公共部門に従事するなど経済活動における公共部門の割合が高い。国際的な大企業としてボルボやエリクソンなどがある。 (イ)世界経済の低迷を受け、2000年末から2001年にかけ同国経済は一時的に悪化。特に、スウェーデンにとって最大の貿易相手である欧州大陸諸国の景気低迷により、輸出産業を中心にスウェーデン経済に対し負の影響が及んだ。しかし、2001年末以降は、主に個人消費や設備投資など堅調な内需に支えられ、また最近では欧州大陸諸国における景気回復の動きも見られ始めたことから、スウェーデンの成長率も安定的に推移している(成長率:2001年1.2%、2002年2.0%、2003年1.7%、2004年3.5%、2005年2.7%)。2006年は、内需を中心に好調を維持し、GDP成長率4.4%、インフレ率1.4%となった。 (ロ)雇用情勢は1997年の高失業率(9.9%)から大きく改善し、2001年以降は4〜5%台の水準で推移。2006の失業率は5.4%。 スウェーデンはEU加盟国であるが、ユーロには参加していない。2003年9月14日、スウェーデンはユーロ参加の是非を問う国民投票を実施したが、反対55.9%、賛成42.0%と、ユーロ参加反対が賛成を大きく上回る結果となった。この理由としては、国民一般にある主権喪失への抵抗感、ユーロ参加による独自の経済政策(金融、財政政策)の喪失及びそれに伴う福祉水準低下の懸念、比較的好調なスウェーデン経済とは対照的なユーロ圏経済の低迷などが当時は指摘された。 カール16世グスタフ国王陛下は公式・非公式合わせて13回来日しており、2007年3月には国賓として訪日された。天皇皇后両陛下は2000年5月及び2007年5月に公式訪問された。 首脳会談では、双方向の観光・投資促進、ITや福祉分野における協力等を含む二国間関係に加え、北朝鮮、イラク、国連改革等の国際情勢についても話し合われた。 首脳会談では、日・スウェーデン両国は、国内では高齢化対策、国際的には平和、人権、開発など先進国として共通の課題に直面しているとの認識の下、二国間および国際社会において友好協力関係を発展させていくことで一致し、エネルギー問題、国際情勢、国連改革等についても話し合われた。 二国間の貿易上の深刻な障害となる懸案はなく、基本的に良好。二国間の貿易は、1993年以降基本的に日本の入超が続いている。 スウェーデンに進出している日系企業数は約67社(2006年度/出典:東洋経済新報「海外進出企業総覧」)。近年では情報通信(IT)や医薬品などの高付加価値分野を中心に、スウェーデンの高い技術力に着目した企業間提携などのビジネスの動きが見られる。2006年末、日本からスウェーデンへの直接投資残高は2,615億円(EU内第7位)。 国際的に事業を展開する大企業が多いスウェーデンからの対日投資は、日本への製品輸出の販売網形成の目的が多い。2006年末、スウェーデンから日本への直接投資残高は882億円(EU内第8位)。 (1)スウェーデンでは瑞日基金やスウェーデン日本協会等が活動を行っている。1992年9月にはストックホルム商科大学に欧州日本研究所が開設され、2001年5月には日本学術振興会ストックホルム研究連絡センターが開所した。 (2) 1990年代半ばより毎年10月、約2週間に亘ってスウェーデン現代産業及び文化紹介を目的とした事業である「スウェディッシュ・スタイル」を、在京大使館が東京を中心に各所で実施。2001年には同事業にあわせヴィクトリア皇太子殿下も来日された。 (3) また、近年、スウェーデンにおいては、J-POPやアニメ等の日本のポップカルチャーを中心とする現代文化に対する関心が高まっている。 航空協定、租税条約、請求解決に関する取極、査証免除取極、司法共助取極、通商航海条約、科学技術協力協定 |
[ 120] 外務省: スウェーデン王国
[引用サイト] http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/sweden/data.html
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スウェーデン王国(スウェーデンおうこく)、通称スウェーデンは、北ヨーロッパのスカンディナヴィア半島にある国。スウェーデン語ではSverige(スヴェーリエ)といい、スヴェーア族の国の意。西にノルウェー、北東にフィンランド、南西にカテガット海峡を挟んでデンマーク、東から南にはバルト海がある。現王家はベルナドッテ家。スウェーデン・アカデミーによるノーベル賞授与は世界的権威がある。 歴代国王は王位につく際に、自分の統治をモットーとして表明する習慣になっている。現国王カール16世グスタフのモットーは「For Sverige i tiden (スウェーデン語: スウェーデンのために、時代と共に)」である。(右下の表中では国の標語となっている。) 日本語の表記は、スウェーデン王国。通称、スウェーデン。他に、スエーデンという表記もされる。また文化面では、英語の形容詞形スウィディッシュが使われる。漢字による当て字は、瑞典で、瑞と略される。 古代はスウェーデン・ヴァイキング(ヴァリャーグ)として主に東方で活動した。ヨーロッパ文化やキリスト教も受容し、13世紀頃にはフォルクンガ朝が現在のフィンランドを含む地域を統一。1397年にデンマーク・ノルウェーとカルマル同盟を結んで同君連合となる。 1523年カルマル同盟から離脱し王政となる(ヴァーサ朝)。16世紀の宗教改革ではプロテスタントを受容し、バルト海地域へ進出する。17世紀にグスタフ2世アドルフ(獅子王)の時代にバルト帝国を建国する。新大陸にも植民地を築き、王国は最盛期を迎える。1654年にプファルツ朝に王朝替えするもバルト帝国を維持。しかし18世紀初頭にカール12世はバルト海の覇権を争い、ピョートル1世の時代のロシア帝国と大北方戦争で戦って敗れ、沿岸の領土を失い一時没落する。18世紀後半にホルシュタイン=ゴットルプ朝のグスタフ3世が中興させるも、ナポレオン戦争の経過によって、フィンランドを失った。 1809年の革命で立憲君主制が成立、1814年にキール条約でノルウェーを併合。1818年よりフランス人ベルナドット元帥(カール14世ヨハン)が国王に即位しベルナドッテ朝が始まる。ウィーン体制ではノルウェーと同君連合(1814年-1905年)を結ぶが、1905年に分離。19世紀半ばにスウェーデン王の推奨した汎スカンディナヴィア主義が頓挫し、北欧は小国化に向かう。1932年に社会民主労働党政権となり、以降のスウェーデンは福祉国家路線が支配的イデオロギーとなった。武装中立政策を取り、第一次世界大戦、第二次世界大戦の両大戦にも参加していないが、両大戦とも義勇軍を組織していた事は事実である。第二次大戦の中立違反の政策は、戦中も戦後も、国内外から批判を浴びている。ただし、当時は連合国も枢軸国も国際法を守っておらず、一方的に批判されることではなく、デンマーク、ノルウェー、フィンランド人の反ナチス、レジスタンスを匿い、ユダヤ人を保護したことは、人道にもっとも重きを置いた決定と言える。 東西冷戦中は、ノルディックバランスを構築し、アメリカ寄りの政策と中立主義政策を行き来したが、冷戦終結後は、中立主義を放棄し、1995年に欧州連合 (EU) に加盟した。 スウェーデンの立法機関たる議会はリクスダーゲン (Riksdagen) と呼ばれる。1971年に両院制から一院制に変わった。2006年総選挙時の定数は349議席で、議員の任期は4年。議員の選出方法は比例代表制による。次回選挙は、2010年9月の予定。 行政府の長は、首相。議会の総選挙後に、国会議長が副議長及び各党の代表者を招集し、新首相を推挙し、議会の過半数の反対でないことで承認される(反対票を投じないまでも、賛成できない議員は、投票を棄権する)。その後、国王の臨席する任命式において国会議長が新首相を任命し、新首相は同時に各大臣を任命し組閣を行う。このように、1974年改正後のスウェーデン憲法では、通常の立憲君主国の君主が有する首相任命権を始めとする全ての官吏任命権を形式的にも失っている。国王の権能は情報閣議による大臣からの情報収集(いわゆる内奏)や外国使節の接受などもっぱら儀礼的な機能に限られている。そのためもはや立憲君主制ではなく、象徴君主制という新たな統治形態であるとする学説もある。 2006年9月の選挙で議会に議席を獲得した政党は以下の7党。新聞や議会のホームページではしばしられる。 徴兵制度(19才〜47才の男子が対象。女子は対象外である。)が実施されている(平成18年6月現在)。兵役拒否を希望する男子に対してボランティア活動を課すことにより、「良心的兵役拒否」が認められている。冷戦期にはノルディックバランスに則った中立政策を保ち、兵器体系も専守防衛のための独特のものとなった。独自開発兵器も多い。スウェーデン軍は陸海空三軍と郷土防衛隊からなり、国防省の管轄下にある。 スウェーデンは、豊かな福祉国家として著名である。長年にわたる社会民主労働党政権の下で構築された社会保障制度が整い、税金制度や高齢者福祉など、社会政策が各国の注目と賞賛を浴びている。 十数年前は、スウェーデンといえば老人介護や障害者ケアが優れた福祉国家というイメージだけがまだ強かったが、最近では、小学校では成績を付けない国、ゴミ焼却でダイオキシンをほとんど出さない国、コンピュータの先進国というように、福祉以外の面も広く知られるようになってきた。 各国が社会政策を学ぼうと注目するスウェーデンは、「社会科学の実験国家」だとも言われている。時代状況の変化に対応し、実に簡単に制度(法律)が変更される。そのため、スウェーデンの研究は絶えずこの変化を追いかけ、変更された意図を正確に捉え、その目的と意義を探る必要がある。低所得者層、高齢者、障害者、失業者等、社会的弱者もあるレベル以上の生活をすることが保障される。 日本の県に相当するスウェーデンの地方自治体には2種類あり、その一つは国会と政府の出先機関であるレーン(スウェーデン語: lan)で、もう一方は県民の代表たるランスティング(スウェーデン語: landsting)である。 レーンの総数は21で、ランスティングのそれは20であり、両者の境界線はほぼ一致する。ゴットランドは島という性格上、レーンの境、市の境、ランスティングの境が偶然一致してしまった特異な例である。レーンは、国会の決定に従い、政府の指示のもとで地域的に必要とされる行政を行うのがその主な役割。その最高議決機関である執行委員会は中央政府によって指名される執行委員長(日本の都道府県知事に相当)と、ランスティングを通じて住民により選挙で選ばれた委員で構成される。これに対してランスティングの主な役割は、県民の精神的・身体的健康の増進と公衆衛生の維持、県内にある学校等教育関連機関の指導・監督及び支援、県内で行われる文化的活動の支援にある。ランスティングの最高議決機関は県民から選挙で選ばれた議員によって構成される県(ランスティング)議会 (スウェーデン語: landstingsfullmaktige) である。ランスティングの役割は地域によって細かい部分には差があり、レーンとの役割分担の度合いもそれぞれの地方によって細部は異なる。県庁所在地はレジデンススタード (スウェーデン語: residensstad) と呼ばれ、県の行政機関が集中している。 各県は日本の市に相当する基礎自治体である複数のコミューン (スウェーデン語: kommun)[1] に分割される。2007年現在、コミューンの総数は全国で290である。最高議決機関は市(コミューン)議会(スウェーデン語: kommunfullmaktige) であり、その議員は当該コミューンの市民によって、4年毎に9月下旬に行われるリクスダーゲンや県議会(ランスティング)の総選挙と同時に選挙で選ばれる。スウェーデン国籍非取得者であっても、同一コミューン内に3年以上滞在していれば、滞在先のコミューンとそのコミューンが所属している県のランスティングについては選挙権がある。 市内の人口密集地はテートオート (tatort) と一般に呼ばれるが、市役所やコミューン議会が置かれている市の中心地は特にセントラルオート (スウェーデン語: centralort) と呼称される。嘗てはスウェーデンにも「町」や「村」といった行政区分もあったが、現在は存在しない。日本の政令指定都市に置かれている「区」と同様の組織は一部のコミューンに設けられる事もあるが、さほど一般的でない上に、規模もごく小さい。「区」に近い概念としてスタッツデール (スウェーデン語: stadsdel) という表現があり、市内にあるそれぞれ人口密集地内の各地域を指す「地区」といった意味合いで使われる。 スウェーデンには以前、「教会市 (スウェーデン語: kyrkokommun)」や「教区 (スウェーデン語: forsamling)」という教会が課税権を持つ行政区分があったが、町や村と同様に行政区分としては教会市も教区も現在は存在しない。但し、教区という区分は人口統計や歴史学の研究等、ごく限られた範囲では利用される事もある。 地方行政区分とは別に歴史的、言語的に繋がりのあるランドスカープ (スウェーデン語: landskap) と呼ばれる25の地方がある。詳細はスウェーデンの地方を参照 ^ 人口は2007年6月30日付のスウェーデン統計局 (Statistiska centralbyran)による統計結果。面積はナショナルエンスィークロペディーン(Nationalencyklopedin)調べの数値。人口密度は小数第三位を四捨五入。 スカンディナヴィア半島の中央、東側に位置する。半島西部はスカンディナヴィア山脈が南北に連なっているが標高は2,000m程度しかないなだらかな山脈である。ボスニア湾やバルト海に沿って平野部はあるが、それほど広大ではない。南部のスコーネ県を除き厳しい冬である。また夏も全般的に冷涼としている。湖沼も多く、中南部に最大のヴェーネルン湖と2番目に大きなヴェッテルン湖が位置する。肥沃な地はスコーネ県しかなく、中部から北部は農業には適さず酪農が主である。 17世紀にヨーロッパで最初の紙幣が発行され、中央銀行であるリクスバンクが設置されたことで知られている。 スウェーデンの経済の最大の特徴は公務員が多いことである。公的部門の人数は実に33%を超え全体の3分の1にも達する(日本は9.5%)。労働参加率は高く特に女性の労働参加率が高い(スウェーデン76%、日本48%)。そしてその女性の社会進出の場になっているのが公務員の福祉部門である。つまりスウェーデンにとって福祉国家と男女平等はそれ自体が国家と経済を支える重要な柱となっているのである。 国土の8割が冷帯に属し、コムギの栽培が可能な地域は北緯60度以南に過ぎない。農地は国土の6.5%であるが、農業従事者は国民の1.5%に過ぎない。しかしながら、高い生産性によって、穀類の自給率は121%(2002年)に達している。果実類と野菜類、油脂類を除く各項目の自給率はいずれも80%を上回る。穀類の生産量ではコムギ(241万トン、以下、2004年)、オオムギ(169万トン)のほか、えん麦(93万トン、世界シェア10位)が際立つ。 国土の65.9%は森林(針葉樹林)に覆われている。このため、針葉樹に限定すれば世界第5位の生産量(610万立方m、世界シェア5%)を占める。 SAAB(サーブ)は一般には自動車メーカーとして知られるが、元来は航空機メーカーで、ビゲン、ドラケン、グリペンといった戦闘機やサーブ 340などのターボプロップ旅客機を開発した実績を持つ。2006年現在、民間機部門からは撤退し、自動車部門はオペルと統合予定のGM100%子会社である。(詳細は該当項目参照のこと)もうひとつの自動車メーカー、ボルボ (VOLVO) の乗用車部門はフォード・モーターの傘下。 ボフォースは、第二次世界大戦以前から存在し世界的なシェアを持つ重火器の老舗メーカーである。対空砲、艦砲、対潜ロケット等の製造に長けている。Sタンクもしくはバルカンタンクの名前で知られている戦車、Strv.103はこの企業が主体となって開発された。 北部の都市キルナは鉄鉱石の産地として有名であり、これを背景とした鉄鋼業が盛んである。生産される鋼材はスウェーデン鋼と呼ばれ、国際的にも日本の安来鋼と並んで硬く上質の鋼材として評価が高い。 他に火薬メーカーのノーベル社、ヨーロッパ第2位の家電メーカーエレクトロラックス社、プロ用カメラ・レンズ製造のハッセルブラッド社などが挙げられる。 ハスクバーナ - チェーンソーメーカーとして日本でも知られているが、オフロードバイクの生産も行っており、モトクロス選手権やスーパーモタード選手権でもトップメーカーとして活躍している。 スウェーデン語 (svenska) であるが、北部のラップランドではサーミ語も話されている。スウェーデン語は隣国のノルウェー語、デンマーク語と類縁関係(ゲルマン諸語)にあり、スウェーデン語話者とノルウェー語話者は相互に意思疎通ができる会話程度は可能であると言われる。近年移民を受け入れており、様々な人種、民族が移住してきている。世論調査によれば、スウェーデン人を自認する人は90%、在住外国人は10%であった。しかし、その外国人のうち北欧人は6割おり、スウェーデンの価値観だと、同朋意識を持つ居住者は96%ということになる。幼い頃からバイリンガル生活させているためスウェーデン人はほぼ全員が英語を話せる。 テレビ放映での番組の半分ほどは米国製番組の字幕ものであり、子供の頃から英語番組を見て育った若者は文化面も含め米国英語も流暢に使いこなす。[3] この記事の内容に関する文献や情報源を探しています。ご存じの方はご提示ください。出典を明記するためにご協力をお願いします。 まず何よりも真っ先に気付くのは親独感情である。古代からドイツの圧倒的な影響を受けて来たことが影響している。また、日本を始め多くの先進国と同様、米国に関心が高い人が多い(いわゆるアメリカナイゼーション)。ロシア語は遠く離れた言葉だと思っている。北部地方では素直な人が多く、また多くは日本同様奥ゆかしくあまり自分を主張しないが、これは例えばアメリカ人などとの比較であり、果てしない議論(特に政治的議論)を好むところは日本人とは違う点である。 フランス・アドルフ・ベルワルド、ヴィルヘルム・ペッテション=ベリエル、ヴィルヘルム・ステーンハンマル、ヒューゴ・アルヴェーンなどの作曲家が挙げられる。デンマークのカール・ニールセン、ノルウェーのエドヴァルド・グリーグ、フィンランドのジャン・シベリウスなどと比べてクラシック音楽全体の知名度は劣るが、近年では北欧全体におけるそれぞれの自国の文化を保護・支援する制度が充実しているため、これらの作曲家のレパートリーも多く取り上げられるようになって来ている。 また合唱のレヴェルは世界最高水準を誇り、エリック・エリクソンが長く指揮者を務め、世界的な評価を誇るスウェーデン国立放送合唱団やエリック・エリクソン室内合唱団などがある。 昔日は世界第3位の音楽輸出大国と言われたこともあった。1960年代にはスプートニクスがエレキインスト界を席巻した。1970年代後半にABBAが世界中を席巻し、「スウェーデンのビートルズ」ともいわれた。1980年代にはヨーロッパやロクセットなどが世界的レヴェルの人気を博した。1990年代中期に現れたエイス・オブ・ベイスは1994年に、ザ・サイン(The Sign)を全米シングルチャートの年間第1位にするという偉業を成し遂げている。 以降も、カーディガンズなど有名バンドを発信し、スウェーデンのポピュラー音楽は日本でも親しまれていた。日本国内のポピュラー音楽にスウェーデンのスタッフが関わることも多く、原田知世、パフィー、ジャニーズ事務所所属のNEWSなどの楽曲に関わっている。 そうして一時は欧州を越えた国外にその名を知らしめもしたが、1990年代も半ばを過ぎて合衆国のポピュラー音楽がアフリカン・アメリカンやラテンアメリカ系ないしその血を引く者達を主力とするダンス・ミュージックの独壇場となってゆくにつれてしだいに凋落の時を迎え、特に若者を聴衆とした音楽がヒップホップの要素を必須とするという世界的な傾向に伴って、近年では欧州においても往時のような知名度はなく、大市場であった日本における知名度もほぼ無くなっている。 特にサッカーが盛んで、FIFAワールドカップでは地元開催の1958年大会で準優勝、1950年ブラジル大会、1994年アメリカ大会では3位に入っている。ラーション、リュングベリ、イブラヒモビッチなど欧州のビッグクラブで活躍する選手も輩出している。 ウィンタースポーツも盛んに行われており、特にアイスホッケーはサッカーを凌ぐ人気スポーツである。NHLデトロイト・レッドウィングスに所属するヘンリク・ゼッターバーグは国民的スター。彼が原動力となり2006年はトリノオリンピックとアイスホッケー世界選手権の両方で金メダルを獲得した。 陸上では2004年アテネオリンピックで男子走り高跳び、男子三段跳び、女子七種競技で金メダルを獲得するなど跳躍競技を中心に強い。他にボート競技、卓球、繋駕速歩競走など。テニスは国技とされ、日本で言う国技館のようなテニス会場がある。 スウェーデン国内には、ユネスコの世界遺産リストに登録された文化遺産が11件、自然遺産が1件、複合遺産が1件ある。 スウェーデンでは旧暦の冬至に当たる毎年12月13日に聖ルチア祭が行われ、「一番大切な冬の行事」と言われている。イタリア・シチリア生まれの女性聖者である聖ルチアは貧しい人々に財産の全てを提供した純粋な人と言われている。貧民の生活に光を与えた彼女は、光の聖人として、また農耕の守護神として親しまれている。光の明るさを表す単位ルクスは彼女の名前に由来している。 冬至は一番日が短い日であるが故、日が長くなり始める日。日が長くなることを祝う古来からの民間信仰に、キリスト教の光の聖人がいつの間にか一体となって現在に至る。 長く暗く寒い三重苦の北欧の冬に一筋の光を投げ込むのが聖ルシア。この日の朝、女の子がいる家庭では白いドレスに蝋燭の冠を被った娘が父親にサフランパンとジンジャークッキーを持って行き、枕元でサンタ・ルチアの曲を歌う。父親はルシアのような光に包まれた娘に起こされる。 近年では職場や学校、教会などで聖ルシア祭が行われ、蝋燭の冠を被ったルシア姫を先頭に同じく白いドレスを着た女の子と星の使いに扮した男の子が行列を作ってサンタ・ルチアなどの歌を歌う。頭に載せたり手に持った蝋燭の淡い光が日の光を切望する北欧の人たちの気持ちを代弁しているようでもある。行列の後はサフランパンやジンジャークッキー、コーヒーやグレッグと呼ばれるホットワインが振る舞われる。 スウェーデンの鉄道は、政府が株式を100%所有するエスイー (SJ, Statens Jarnvag) が全国の旅客輸送を担当している他、トーグコンパニーエット (Tagkompaniet) 、コネックス・スヴェリエ(Connex Sverige, Veolia Transport Sverigeに社名変更中)等の政府とは資本関係のない会社が一部地域の旅客鉄道輸送を担っている。線路はスウェーデン産業省の外局である鉄道線路庁 (Banverket, バーンベルケット) が所有・管理している。空港連絡鉄道としてはアーランダ空港とストックホルム中央駅をアーランダ・エクスプレス (Arlanda Express) が20分で結んでいる。貨物輸送はやはり政府が株式を100%所有するグリーン・カーゴ (GreenCargo) を中心に、ノルウェーの運送会社が筆頭株主のヘクター・レール (Hector Rail) 等によって運営されている。 地下鉄はストックホルムにのみあり、ストックホルムス・ロカールトラフィーク (SL, Stockholms Lokaltrafik) が運営している。ストックホルムス・ロカールトラフィークは郊外へのコミュータートレインも運行している。どちらもエスイー等、他の鉄道事業者とは乗り入れていない。 路面電車はストックホルム、ヨーテボリ、マルメ、ノーショーピングの各都市で運行されており、特にヨーテボリとノーショーピングの二都市では複数路線が市内の広い地域をカバーしている。 スウェーデンの各都市で運行されている公共交通機関としてのバスは地方自治体であるランスティングやレーン (lan) がその出資母体となる株式会社として運営されている場合が多い。地方自治体とは資本関係のないバス会社も多数あるが、そのほとんどは観光目的の観光バスや都市間を結ぶ高速バスを運営している。 各都市で運行されているバスは市内の2拠点間を市中心部にあるバスターミナルを経由して(起・終点としてでなく)走っている。各都市には主要路線のバスが必ず経由するようなメインのバスターミナルが最低一つはあるが、そのようなターミナルが必ずしも日本のように駅前にあるわけではない。(もちろんバスターミナルが駅に隣接している場合もあり、離れていてもせいぜい500〜600メートル程)ストックホルムやヨーテボリのような大都市ではそのようなバスターミナルが複数設けられている。 スカンジナビア三国(スウェーデン・ノルウェー・デンマーク)のフラッグ・キャリアたるスカンジナビア航空を筆頭に複数の航空会社が国内・国外への旅客便を運航している。スカンジナビア航空は他の航空会社に先駆け、アンカレッジ経由で西欧・極東間の便を就航させた事でも知られている(いわゆる「北回りヨーロッパ線」)。貨物便としてはスカンジナビア航空の他に、アメリカ系のUPS、ドイツ系のDHLが航空貨物便として乗り入れている。(UPSとDHLはスウェーデン国内の陸上輸送へも進出している。) スカンジナビア航空以外でスウェーデン国内を拠点としている航空会社としては、マルメ・アヴィテーション (Malmo Avitation) 、スカイウェイズ (Skyways) 、ゴットランズフリーグ (Gotlandsflyg) 等の航空会社がある。多くは国内・国外への両方ともに運行しているものの、ほとんどはヨーロッパの各都市への便に限られている。 スウェーデンの道路は所有区分によって一般道 (allman vag) とその他の道路 (ovriga vagar) に分けられる。一般道は国が所有し、スウェーデン産業省の外局である道路庁 (Vagverket) が管理している。一般道はヨーロッパ道路 (Europavagar) 、国道 (Riksvagar) 、県道 (Lansvagar) 、その他の一般道 (Ovriga allmanna vagar) に分類される。ヨーロッパ道路は例外的に国連欧州経済委員会 (UNECE) が事務的な管理を担当している(スウェーデン国内の部分についてはスウェーデン政府が所有し、整備を担当)。その他の道路は各市の所有であったり、道路の設置されている土地の所有者に帰属している場合もある。その他の道路には市道 (kommunal vag) か私道 (enkild vag) 分類される。一般道はスウェーデンの道路法 (Vaglag, SFS 1971:948) によって定義、建設・整備の責任等が定められている。その他の道路は土地及び建物法 (Plan- och bygglag, SFS 1987:10) にその規則が定められている。 2007年8月1日からストックホルム中心部では、出入りする国内登録車両に対して、時間帯に応じた進入税 (trangselskatt) が課税されるようになった。この税金の目的は中心部の交通量を減らし、そのことによって公共交通機関たるバスの定時性を保持すると同時に、排ガスによる住民の健康を保護するなど中心部の環境保全にある。 パール・ファビアン・ラーゲルクヴィスト(1891年 - 1974年)作家(1951年ノーベル文学賞受賞) インゲマル・ステンマルク(1956年 - ) 元ワールドカップ スキー回転・大回転チャンピオン。1980年レークプラシッド五輪金メダリスト。70 - 80年代を代表するスキー選手。 岡沢憲芙・宮沢太郎編 『スウェーデンハンドブック』 早稲田大学出版部 1997 ISBN 4-657-7523-4 岡沢憲芙・宮沢太郎編 『スウェーデンハンドブック第2版』 早稲田大学出版部 2004 ISBN 4-657-7523-4 オロフ・ペタション著、岡沢憲芙・斉藤弥生・木下淑恵訳 『北欧の政治』 1998 早稲田大学出版部 ISBN 4-657-04512-1 (スウェーデン語の原書は1995年初版) ヤン・カールソン著、堤猶二訳 『真実の瞬間』 ダイヤモンド社 1990 ISBN 4-478-33024-7 (スウェーデン語の原書は1985年初版) アイルランド | アンドラ | イギリス | オランダ | フランス | ベルギー | リヒテンシュタイン | ルクセンブルク アルバニア | ウクライナ | クロアチア | スロベニア | セルビア | ブルガリア | ベラルーシ | ボスニア・ヘルツェゴビナ | マケドニア | モルドバ | モンテネグロ | ルーマニア | ロシア イタリア | ギリシャ | サンマリノ | スペイン | バチカン | ポルトガル | マルタ | モナコ イギリス:ガーンジー島 - ジブラルタル - ジャージー島 - マン島 | セルビア:コソボ | デンマーク:フェロー諸島 | ノルウェー:スヴァールバル諸島 | フィンランド:オーランド諸島 バチカンは国際連合非加盟。「その他」は国家の承認を得る国が少ない、又は無い国であり、国際連合非加盟。事実上独立した地域一覧も参照。 アイルランド | イギリス | イタリア | エストニア | オーストリア | オランダ | キプロス | ギリシャ | スウェーデン | スペイン | スロバキア | 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[ 121] スウェーデン - Wikipedia
[引用サイト] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%83%87%E3%83%B3
