ベルギーとは?

ベルギー王国(ベルギーおうこく)、通称ベルギーは、西ヨーロッパの国。立憲君主制の連邦制国家。隣国のオランダ、ルクセンブルクと合わせてベネルクス三国と呼ばれる。欧州連合(EU)加盟国で、その本部が首都ブリュッセルに置かれている。
19世紀にオランダ王国から独立した国で、オランダ語の一種であるフラマン語を話す北部のフランデレン(フランドル、フランダース)地域と、フランス語・ワロン語を話す南部のワロン(ワロニー)地域とにほぼ二分される。長く単一国家であったが、フラマン語系住民とフランス語・ワロン語系住民の言語をめぐる対立が続いたため、1993年に連邦制に移行した。
ベルギーという名称は古代のベルガエ族に由来するローマ帝国の属州ガリア・ベルギカから取られたといわれるが、一般にベルギーと言われるようになるのは18世紀以降である。 中世にはブルゴーニュ公国領となり、現在のオランダとともにネーデルラントと呼ばれた。アントウェルペンは当時ヨーロッパで最も富裕な都市であった。やがてハプスブルク家の支配下に入り、同家がスペインとオーストリアに分かれたときはスペイン領(1519年 - 1717年)となった。プロテスタントのオランダはハプスブルク・スペインの支配に対して独立戦争を起こし、ヴェストファーレン条約で正式に独立が認められたが、カトリックの南部ネーデルラント(現在のベルギーの大部分およびルクセンブルク周辺)はスペインの支配に留まった。
スペイン継承戦争の後、オーストリアが獲得したが(1713年 - 1793年)、フランス革命戦争でフランス軍に占領され、カンポ・フォルミオ条約によってフランスに併合された。1815年のウィーン議定書ではオランダ連合王国に編入される。しかしプロテスタント・オランダ人の支配を嫌い、1830年にベルギー独立革命が起こり、翌1831年イギリスなどの承認により、ドイツの小領邦君主の一族ザクセン=コーブルク=ゴータ家出身のレオポルトが立憲君主となった。これが現在のベルギー王国の起源である。1839年、オランダはベルギーの独立を承認し、それまでのルクセンブルク大公国の領土から西半分(現在のリュクサンブール州)がベルギーに割譲された。
1885年にはレオポルド2世が個人の植民地としてアフリカにコンゴ自由国を領有し、1908年にはベルギーの国家的所有に移された。第一次世界大戦では1914年にドイツ帝国により、また第二次世界大戦では1940年にナチス・ドイツにより中立を侵犯され、占領された。戦後はベネルクス三国として欧州共同体(EC)の創設に参加し、現在ブリュッセルは欧州連合(EU)の本部、欧州議会の一部などが置かれて、EUの「首都」的な性格を帯びている。
ベルギーは立憲君主制を採用している。国家元首である国王は、立法権を議会と共に行使し、行政執行権を憲法に基づき行使する。妊娠中絶が合法化された際に、当時の国王ボードゥアン1世は自身の信念に基づき中絶法案への署名を拒否したが、一時的に退位し内閣が代行する事により、立憲君主制の原則を守った。
議会は両院制。上院は全71議席で、40議席を直接選挙で、31議席を間接選挙で選出する。下院は全150議席で、比例代表制選挙により選出する。いずれも任期は4年で、同日投票。前回選挙は2007年6月10日に投票が行われ、キリスト教民主フランドル党(CD&V)が第1党となったが、フランデレン地域圏の自治権拡大などの政策が反発を呼んで連立政権に向けた交渉が長引いた。選挙で勝利したCD&Vの党首イヴ・ルテルムが組閣を断念したため、選挙から半年が経った2007年12月21日、退任予定であった現首相ギー・フェルホフスタットが2008年3月23日までの暫定内閣を発足した。[1]
連邦政府の長である首相は、議会の総選挙後に、通常は下院第1党党首が国王から指名されて就任する。そして、最大15名からなる内閣を組閣する(議院内閣制)。もしも、この後に下院の承認を得られない場合は、国王に対して辞表を提出することになる。
連邦政府は、いわゆる「大きな政府」、すなわち、福祉政策を重視する体制である(ベルギーに限らず、欧州の小規模国家は、比較的福祉重視・中道左派(社会民主主義)の勢力が強い)。現在は、中道左派政権を持つ他国同様、極右(正確には、市場重視・福祉軽視の政策、移民排斥)の台頭が著しく、これにどう対応するかが問題となることがある。
自由党、社会党、キリスト教民主党がフラマン系・ワロン系でそれぞれ存在するように、イデオロギーだけではなく地域で政党が分かれているのがベルギーの政党の特徴である。
ベルギーは1993年の憲法改正により連邦制に移行した。連邦は、ブリュッセル首都地域、フランデレン地域圏、ワロン地域圏の3つの地域と、フラマン語共同体、フランス語共同体、ドイツ語共同体の3つの言語共同体の2層、計6つの組織で構成される。なおフランデレン地域とワロン地域の2つの地域は、それぞれ5つの州に分かれている。
ただし、フラマン語共同体とフランデレン地域圏については、首都圏を除き領域が完全に重なるので、現行憲法が施行されてまもなく、フラマン語共同体政府がフランデレン地域圏政府を吸収する形で統合された。統合された自治体は単にフランデレンと呼ばれている。つまり現在のベルギーには連邦構成主体は憲法上は6つ存在するはずであるが、実際上は5つしか存在しない。
フランデレン地域圏とワロン地域圏の境界線は、国土のほぼ中央を東西に横切っており、言語境界線と呼ばれる。
一般的に北部のフランデレン地域は平野が広がっているのに対し、南部のワロン地域はアルデンヌ高地を中心に丘陵地帯が多い。北部は豊かな土壌が広がり、野菜や果実等の都市近郊型農業や、農耕飼料を必要とする養豚・養鶏業等が営まれているのに対し、南部はアルデンヌ高地を中心に冷涼な気候で、酸性土壌も多く、肉牛、乳牛等の放牧による畜産業や、ビート栽培等が主流である。最高地点は東部ドイツ国境付近のボトランジュで、海抜693メートルに達している。
ケッペンの気候区分による温帯(Cfb)に属する。これは暖流の北大西洋海流による。晴天の続く夏期でも最高気温が20度を上回ることは多くない。面積の小さな国だが、内陸になるほど、大陸性気候の特徴が現れる。すなわち、夏の気温が上がり、冬期は寒くなる。さらに降水量の年変動が大きくなる。
首都ブリュッセル (ブリュッセル首都地域内のUccle、北緯50度42分、東経4度21分、標高100m)の年平均気温は10.2度[1]、最寒月は1月(平均気温3.1度)、最暖月は7月(同17.9度)。相対湿度の年平均値は81.6%(40年平均値)、最も湿潤なのは12月 (88.4%)、最も乾燥しているのは5月 (75.2%)。年平均降水量は823.0mm、最も雨の多いのは11月 (79.5mm)、最も雨が少ないのは2月 (53.1mm) である。
1人当たりのGDPが世界最高クラスであり、製造業を中心に豊かな資本力を誇る。ただし、小国であるが故に貿易への依存傾向が強く、経済が安定しているとまでは言い切れない。1990年代は、上昇傾向にあったが、21世紀に入って停滞状態になった。物価は低水準安定。また、景気に左右されず、失業率は概して高い。ただし、工業・サービス業が発達した北部のフランデレン地域と、石炭・鉄鋼業が衰退した南部のワロン地域では失業率に2倍以上の開きがある(後者の方が失業率が高い)。また首都ブリュッセルは移民が多く、低技能労働者が多いことから、失業率はやはり高い。北部と南部では言語が違うことから、労働者の需給にギャップが生じても、南北間の人的交流が生じにくく、これも失業率の格差が縮まらない一因となっている。
日本との経済的関係は、地理的問題(空路の直行便が無い[2]、など)や、文化的交流が少ない等の理由により、その存在は日本では一部企業を除きそれほど注目されておらず、特に銀行はバブル崩壊によりその多くが撤退した。ただし、確かな技術力を持つ企業が多いこと、またコーディネーションセンターに代表される外国企業に対する優遇税制措置が設けられていること、物流の拠点であるロッテルダム等に近く、かつ英独仏の主要国に近いこと、等から大手自動車メーカーなどが欧州統括本社等を置いており、在留届を提出している邦人は6,000人近くに達し、在留日本人の総数は欧州の中でも上位に位置する。
ベルギーは人口規模、面積とも小さい国(世界人口の0.1%、陸地面積の0.02%)であるが、中世に起源を持つ繊維産業や石炭の採炭と関連して長くヨーロッパ域内で最も工業の進んだ地域であった。第二次世界大戦以前から鉄鋼業、機械工業、石油化学工業がよく発達していた。しかしながら、石炭産業の斜陽化に従い、1980年代前半まで、長期的な低迷傾向が見られた。その後、EC域内貿易の発展や財政再建によって再び工業が興隆し、石油化学工業、非鉄金属工業、自動車、食品工業を中心とした発展が見られる。ベルギー工業は輸入原料を加工し、半製品、製品として輸出する加工工業が中核となっている。貿易依存度は輸出87.1%、輸入81.1%[3]に達し、ヨーロッパ域内で最も貿易に依存した経済であるといえる。
主な工業都市は、アントワープ(石油化学工業)、シャルルロア、リエージュ(製鉄業)、テムス(造船業)、クルトレ、ブルッへ、ブリュッセル、ベルビエ、ヘント、マリーヌ(繊維業)、アントワープ(工業用ダイヤモンド製造業)、ヴァルサンランベール(クリスタルガラス工業)である。
世界シェアの高い工業製品は、世界第7位のプラスチック(670万トン、世界シェア3.3%)、同第8位のスズ(8900トン、2.9%)である。世界シェア1%を超える品目を一覧すると、石油化学、非鉄金属、自動車、繊維、食品といった様々な分野においてバランスの取れた発展を見せていることが分かる。
石炭採掘の歴史は古く、既に12世紀から採掘が始まっていた。現在でも石炭は埋蔵されているが、品質面で国外の石炭と競争できないため、生産が急速に落ち込んでいる。例えば、1973年時点では880万トンだったが、2002年時点では17万トンまで下がった。
住民はオランダ語(フラマン語)を話すフラマン人が58%、フランス語、ワロン語を話すワロン人が31%、その他混血などが11%である。特に首都ブリュッセルは中東系を中心とした移民が多く、近年ではアラブ系の「モハメッド」がブリュッセルで生まれる男子でもっとも多く名付けられる名前となっている。
北部のフランデレン地域は、フラマン語共同体に属し、オランダ語の一種のフラマン語が公用語である。ただし、自然言語としてはフラマン語とオランダ語はほとんど違いがなく、オランダの言語がオランダ語、ベルギーの言語がフラマン語と呼ばれているにすぎない。また、フローネン、ネーメン、コミーヌなどはフランス語地域である。
南部のワロン地域は、大部分がフランス語共同体に属し、フランス語が公用語である。ベルギーのフランス語は発音・語彙に若干の特徴があるが、フランスの標準フランス語とほとんど同じである。ただし、標準フランス語のほかに、ワロン語と、フランス語のいくつかの方言も広く話されている。フランス語の諸方言は主にフランス国境地域で話されている。また、南東部のルクセンブルク国境地域では、ルクセンブルク語が話されている。
ワロン地域の北東ごく一部のドイツ国境地域(オイペン、ザンクト・フィート付近)は、ドイツ語共同体に属し、ドイツ語が公用語である。
ただしそれぞれの話者の割合は均等でなく、オランダ語が60%程度、フランス語が40%程度、ドイツ語が1%未満である。なお首都ブリュッセルはフラマン語の使われるフランデレン地域に囲まれているが、フランス語話者が8割以上を占めていて、フラマン語共同体とフランス語共同体の双方が自治権を持っている。
穏やかな国民性だが、フランデレン地域の人々とワロン地域の人々の間には「言語戦争」とまで呼ばれる対立関係が存在する。近年は解消されつつあるが、まだ決して良好とは言えない。2006年12月13日、ベルギーの公共放送RTBFが「フラマン地域が独立を宣言して国王アルベール2世がコンゴ民主共和国(旧ベルギー植民地)に亡命した」という架空ニュースを流した(後に、議論を喚起する目的があったと説明された)ところ、一時国内が大混乱に陥り、地域間の溝の存在を露呈する結果となった。2つの地域の教育面での質の違いがあり、フランデレン地域の方が質の高い教育を行い、学力の差がある。
宗教はローマ・カトリックが75%、プロテスタントが25%である。1994年の統計ではイスラム教が3%であるが、最近は更に増加していると見られる。
サッカーベルギー代表は日本と韓国で2002年に共催されたワールドカップで日本と同じグループHに入り、日本と共に本戦出場を果たした。 また、ドイツの名門バイエルン・ミュンヘンで活躍しているダニエル・ファン・ブイテンは、2006-2007シーズンのUEFAチャンピオンズリーグの準々決勝で、ACミラン相手にバイエルンの全2ゴールを決めた
ベルギー国内には、ユネスコの世界遺産リストに登録された文化遺産が8件ある。詳細は、ベルギーの世界遺産を参照。
^ 以下は、世界気象機関による1971年から2000年までの30年平均値。出典は、「理科年表 平成19年」、東京天文台編、丸善、ISBN 4612077635
^ かつてはサベナ・ベルギー航空が直行便を運行していたが、2001年に同社が倒産してしまったために廃止されてしまった。
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バチカンは国際連合非加盟。「その他」は国家の承認を得る国が少ない、又は無い国であり、国際連合非加盟。事実上独立した地域一覧も参照。
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[ 97] ベルギー - Wikipedia
[引用サイト]  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%99%E3%83%AB%E3%82%AE%E3%83%BC



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