法的とは?
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[ 82] 法的事項(METI/経済産業省)
[引用サイト] http://www.meti.go.jp/main/mers.html
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この班の目的は、「重点領域研究:法律エキスパートシステムの開発研究――法的知識構造の解明と法的推論の実現――」の一環として、法的知識の基本構造を明らかにし、それを通じて法命題・法体系の構造と機能の解明をめざし、法的推論の基礎理論を構築することであった。私は、知識というものについて根本的な反省を行うことによって法的推論の基礎理論を構築することを目的とした。ポイントは正しい法的推論を可能とする法的知識の体系を正確に分析することである。 そこでの課題は次の2点に集約できる。第1に、法律家が用いる暗黙知、定義により明示不可能な知識を分析可能な形にもたらすこと。第2に、<意味に依存した推論>という、形式論理では登場しない推論が、いかなる機序でwell-formed な法命題を用いた妥当な推論からなる多様な集合の中から、現実の法的事案を解決するのに有効な推論を選び出すことができるのか、を明らかにすること。 これらについて多少とも成果が出たならば、それはこれまでVoraussetzung問題、フレーム問題といった形で扱われてきた問題群の解明に役立つと同時に、その応用例である適切な法解釈を導く推論メカニズムの解明に役立ち、エキスパート・システム設計のもっとも魅力ある課題であるとともに最大の難関に光を投げかけるのである。 研究初年度である平成5年度は、法的知識の知識としての性格をその諸前提に遡って哲学、知識社会学、情報理論など多様な観点から総合的に検討することとした。こうしてエキスパートシステムが満たさなければならない知識論的条件を探求し、合理的なシステム設計と構築の基礎を明らかにすることを目指した。 研究は、一方で、既存の成果と理論水準を同定するために文献の渉猟と聞き取り調査を行った。他方で、「法的知識の一般的構造」を研究対象としたA班として独自に年度末の中間的総括を行った合宿を含め、数度研究成果を持ち寄るとともに、電子メールで日常的に情報・意見の交換を行った。さらに重点研究組織の特性を生かし、重点研究全体として行ったシンポジウムやシステム設計を担当するD班との合同研究会に参加し、意見交換を行った。 文献に関しては、エキスパート・システムとの関連では、すでにこの重点研究の前身である諸研究の段階で重要な文献がおさえられているために、特に優れた新資料に出会うことはなかった。しかし、知識論の分野に関しては、これまで十分な蓄積がなかったので多くの重要な文献の存在を明らかにした。特に、社会的認識論(social epistemology)という新興の分野の本研究にとっての意義を探求し、知識社会学や進化論的観点から知識の問題をとらえ、それを哲学的難問に答えるのに応用し、法律エキスパート・システム構築にとっての指針につながるような研究方向を打ち出そうと努力した。そのためには S. Fuller の未発表論文が示唆的であったが、これを入手したのは、internet 上にアメリカ哲学会が提供している未発表論文用の電子掲示板からである。検索の上、ここにアクセスできたのは当時としては先進的な機器の導入があったからである。 聞取り調査については IDR の電子辞書プロジェクトの調査が有益であった。概念辞書が果たすべき機能とその技術的実現可能性、及び現在の到達点を確認し、その将来性と問題点について意見を交換することができた。 初年度の研究の結果、法律家の暗黙知を解明するためには解釈の制約原理に的を絞ることが適切であるとの判断に達し、平成6年度の研究は、一方で解釈論の分野における既存の成果と理論水準を同定するために文献の渉猟と聞き取り調査を行った。S.Hurleyの大部の著書など、いくつかの収穫があった。もっとも注目したのは、信念と意味との関係について画期的な視点を提起したA. Bilgrami, Belief and Meaning であった。他方で昨年に引き続きA班として独自に数度研究成果を持ち寄るとともに、電子メールで日常的に情報・意見の交換を行い、さらに重点研究全体として行ったシンポジウムに参加し、意見交換を行った。 調査については、来日されたJoseph Raz, Ronald Loui教授との意見交換が有益であった。ラズ教授とは権威概念および解釈の営みが法的推論において果たすべき機能、ルイ教授とは解釈という営みの法的推論における役割、および法命題の同定に関わる諸問題について現在の到達点を確認し、その問題点について意見を交換することができた。 平成7年度は、平成6年度までの研究で確かめた成果をもとに、法的知識の非道具的性質について考察した。法的知識の知識としての性格を考える場合、ともすればその道具的性質に目を奪われがちである。しかし、知識としての性格を備えている以上、法的知識は知識の他の重要な側面、すなわち人間の行動の場、エレメント、環境としての性格をも持つものでもある。 これがいかなる事柄を指し、法的知識の場合は、知識の場としての性格がどのように現れるかを確かめるため、一方で、後述の実証的な調査を行った。他方で、引き続きA班内で研究成果を持ち寄るとともに、哲学者ばかりからなる他の科研費研究の成果を応用し、「システムとしての知識」とでも呼ぶべき総合的な知識論の構想を練り、法的知識にその適用を試みた。その中間的成果は、重点研究全体として行ったシンポジウムで報告した。 調査については、国際交流基金日米センターの助成を得て、日米の継続的取引関係における契約慣行を調査した。日本においては首都圏を中心としつつ、関西地方も含めた各種メーカー、流通業の面接調査を行った。アメリカについてはシアトル及びニューヨークを中心に、西海岸及び東海岸の面接調査を行った。これらの経験的調査にもとづいて、契約に関わる法的知識の特質と機能についてシステムとしての知識論の観点から考察した。このようにして7年度は「システムとしての知識」という観点から知識の問題をとらえなおし、法律エキスパートシステムが扱うべき知識の性質を確定する研究を進めた。 平成8年度は、平成7年度までの研究で確かめた成果をもとに、法的知識の非道具的性質、とくにその自己同一性形成機能について考察した。平成9年度は、これまでの成果を集大成し、環境としての知識という観点から法的知識の基本的存在性格を探究した。その詳細は次項で述べる。 以上のような方法・経緯を経て「システムとしての知識」という総合的観点から知識の問題をとらえなおし、法律エキスパートシステムが扱うべき知識の性質を確定する手がかりを得た。それは一言でいえば、「スジのよさ」という概念を鍵に、法律家の暗黙知を機能的に考察することによりこれを理論化可能な形にもたらし、意味に依存する法的推論を制約する原理の解明する手法の開発である。このような方法を示唆できたことは、5年前の課題設定に新たな次元を加えつつ応ええたことを意味する。順を追って述べる。 知識の担い手は、伝統的に各個人ないし個体であるとされてきた。知覚経験のもたらす認識、たとえば「目の前にコップがある」との知識をモデルとした場合、この前提は疑うべからざるものである。そもそも誰の目の前に、ということが特定できなければこの知識は正確に表現され得ないからである。しかし、知識というものは一方で他の知識を前提にして積み上げられていくものである。知覚を含めて知識の成立においてすべて自ら知識であることを立証した知識だけを用いて知識獲得することはあり得ない。人は、社会的に知識として承認されている事柄を、社会的権威を信じて知識として用いて認識活動を行っているのである。たとえば、中国の北京郊外で起こった地震について、この目で確かめなくとも、その報道を信じて私は地震の発生を知識として用いる。この意味で知識は社会的でありシステム的である。個体にとって、社会的文脈を離れたところでの知識獲得は、それ以前の社会的知識獲得体験を前提しなければ不可能である。ロビンソン・クルーソーはあの島に漂着したからあのような知的レベルの生活ができたのであり、それは彼があの島で生まれていたならばありえないことである。このようなシステム的モデルで知識をとらえた場合、啓蒙主義的知識観では認識に対立するものと考えられてきた(知的)<伝統>、<権威>といったものが、実は知識獲得の必須の条件であることが適切に説明できる。 この観点からエキスパートシステムが持つべき知識ベース及び推論エンジンの条件として、通常は見落とされがちな次の特質が示唆される。すなわち、このシステムは閉じたものではなく、社会的な文脈から推論の前提となる知識を抽出しつつ自ら蓄えた知識を用いるものでなくてはならない。従って、知識ベースも推論を行うにあたって必要な知識をすべて備えることは必要でもなく、また可能でもない。むしろ、外部状況から、推論に必要な知識を問題に応じてインプットするインターフェースが必要である。また、推論エンジンも命題表現を得た知識を操作するだけでは不十分である。「暗黙知」と呼ばれる、推論の前提となる知識を推論の条件、あるいは推論の対象として命題化して取り込み、操作できねばならない。従って、マン・マシン・インターフェースにおいても、単にユーザー・フレンドリーネスだけを追求するのではなく、ユーザーから必要な情報を聞き出し、インプットさせる入力システムの開発が必要である。 既存のコンピュータ科学の技術水準では困難であることは承知しているが、このようなインターフェースがもつべき基本仕様を明らかにするのに役立ちうる研究として、6年度は与えられた素材から法的結論を推論するのに必要なデータの絞り込みの原理を探求した。推論は原理的には無限に可能である。意味に依存する推論はその中から意味論的配慮によって問題解決に妥当なものを選び出すことを意味する。ここでは意味論的配慮が制御原理として働いている。しかし、現実の問題解決において問題になる推論はさらに絞り込まれたものである。さらにどのような配慮が問題解決の際に制約原理として働くのであろうか。この問題に対して「法律家の暗黙知」が働くことは確かだが、「暗黙知が制約原理を提供している」との命題は問題の言い直しではあっても答ではない。そこで、この原理的に顕示不可能な暗黙知がいかに法的推論の際に「解釈の制約」として働くかという問題を理論化可能な形にもたらすことが課題となる。この課題を、<法解釈に際し、妥当な推論の中から「スジのよい」ものを絞り込む>という機能的に等価の課題に置き換えると、これらが理論的に重要な意味で置換可能である限り、「スジのよさ」の理論的解明はこの難題をバイパスする方法となる。 7年度は、この等価性の意味分析と検証という地味で外部からは理解しにくい課題に時間をかけた。その結果、知識考察は道具的観点のみからその機能を捉えるのは大きな誤りであり、生活連関・行為連関における知識の他の重要な機能を見落とすものである、との境位に到達した。 6年度までの研究で明らかにしたように、人は、社会的に知識として承認されている事柄を、社会の権威を信じて知識として用いて認識活動を行っている。社会的文脈を離れたところでの知識獲得は不可能に近い。このような社会システム論的機能モデルで知識をとらえた場合、知識の持つ二重性格が浮かび上がってくる。 第一に知識は道具として機能する。その場合、知識とは自己の利益をより合理的かつ効率的に実現するために収集される正しい情報を指す。6年度までは、もっぱらこの観点から法的知識を考察していた。それに対して7年度は、そもそも法的事案について多様な推論が正しく行われる状況の中で、実際にはただ一つ、あるいは当事者の間の合意が十分でない場合は、二つの解釈とそれに従った推論が選ばれるということ、第3者がその推論のスジがよいかどうかを判定しうること、当事者も第3者もスジのよさは客観的に決まっていることだと考えていること。これらが何を意味するかを考察した。結論からいうと、それは「場としての法的知識」が形成され、「その場にふさわしい」推論が選ばれるということである。道具としての法的知識と異なり、場としての法的知識は道具連関における手段ではない。知識は自分のおかれている場を定義する重要な要素となると同時に、その場そのものとなるのである。こうした場としての知識の一翼を担うからこそ、法的知識はその場を自己の選好にしたがってより効用の高いものにしていく際の、手段としてだけでなく、場所としても機能するのである。 さらに、法的知識はそのような場としての知識のみがもたらすことができる、アイデンティティー形成機能を持つ。つまり、たとえば「人はその歴史である」というときに意味されている歴史の重要な要素として法的知識と、それを導いた推論という歴史的事実がある。さまざまに可能な解釈の中から、現実に一つの解釈と推論を選ぶということは、単に一つの効率的な選択を行っただけではなく、自己決定を通した自己形成を行ったことも意味するのである。 7年度はさらに継続的取引関係の調査を通じて、常識とは反する興味深い結果が得られた。常識的には、アメリカは契約社会、日本は義理と人情の世界ということで、契約関係も分厚い契約書を用意するアメリカ型と、いわず語らずのうちに合意形成する日本型とがあるようにいわれてきた。ところが、アメリカにも日本型の契約は多々見られる。そして日本にも金融業を中心としてアメリカ型の契約が数多く存在する。つまり、これらの契約方法の差というのは、文化による差というよりも、業界、業態の事情によって規定されていることが大きいことが明らかになった。いわゆる日本型の契約が行われがちな業態の特徴は何か。それは、一般に、契約条件に拘らないで信頼関係の構築を積極的に行ったほうが、裁判を通した紛争解決のコストよりも安上がりにすむような商習慣が成立していることである。 それはどういう状況かというと、泣いたり泣かせたりの関係の積み重ねで、長期的に見れば、win-win gameになるような社会関係における契約である。ここでは、Selznickが指摘するように、その契約関係自体が一種の共同体の様相を帯びてくる。ただし、ここでの共同体とは、いわゆる村や組合のようなものではなくビジネスの論理が貫徹した、その点ではドライな社会である。ただこの契約の拘束力は、相互の利益ということだけでは説明できない。そのような共同体に属すること自体がもたらす善があり、その実現に必要な義務がその拘束力の根拠の一部をなすのである。当面どうみても自己の利益に反するような合意でも、それがこの契約関係を維持するのに必要であるからという理由だけで守られるとき、そこには友人間の約束と同様の共同体形成の基礎に関わる諸義務が呼び起こされているのである。このような非功利的理由による相互制約の要素が多ければ多いほど、いわゆる日本的契約関係の要素が濃くなるのである。 平成7年度の研究は以上のように、新たな飛躍をもたらすものであった。が、それはまだ萌芽的なものであり、その理論は分節化され、わかりやすいものに仕上げられねばならない。また、日米の契約慣行についての経験的調査はこの理論の正しさをサポートするものであったが、その意味付けについてはより慎重であらねばならない。こうして理論的成熟を図ることが平成8,9年度の基本的課題となった。これについては法的判断支援システムとしてのエキスパートシステムの持つべき基本性能を考えることが、具体性を持つだけに有効なアプローチであった。 そのためにも、支援システムとしてのエキスパートシステムには具体的にどのようなインターフェースが必要か、ということを明らかにすることが課題となる。そのためには、経験的調査の元に、いかなるユーザーがどのようなニーズを持ってエキスパートシステムを利用するかを明らかにし、それぞれのユーザー類型ごとにそのニーズとエキスパートシステムの持つべき性能とを同定していかねばならない。これをこの総合研究の足元を固める課題として再度提起しておきたい。 また、このようなエキスパートシステムは当然に、各問題ごとに多様な推論を提示しうるものである。むしろそのようなシステムをいかに築くかという技術的課題がD班の主要な仕事の一つである。が、さらに、提供される推論の数を絞り、その中から妥当なものを選び出すような作業の少なくとも一端を機械の方が引き受け、絞り込みサービスを行わねばエキスパートシステムとしては用をなさない。そのためにはいわゆる「スジのよい」議論というものがいかなるものであるかを明らかにし、情報機器がそのようなものを選び出す機能を持つために必要な性能を同定せねばならない。 これら2つの問題のうち、経験的調査によって解明されねばならない前者は将来の課題とし、A班として、また単独で2年以内にある程度研究を進めることができる問題である後者に集中した。すなわち、この問題にシステムとしての知識の観点及び進化論的な観点から考察し、知識論の基本問題に答え得るような知識論を開発しつつ、答えていくことを8年度の課題とした。具体的には、解釈の対象となり、解決を要求する問題を同定するのに必要な概念として、知識の内容、命題の内容として観念され、操作される「内容(content)」を取り上げ、その存在論的性格、意味論や心の哲学との関連、「規則遵守」の問題との関連などを探求した。その結果、一見内面だけの問題と思われる内容も、社会的に規定されるものであるとの結論に、達した。主としてT. 9年度は、「社会的に規定される」ということの具体的内実を少しでも明らかにしようと努めた。おらがふるさと、でもなければ、純粋なゲゼルシャフトでもない共同体。おのが利益だけではなく、自己の義務に基づいて行動するような契約関係。このような共同性の内実がいかなるものであり、法的知識の活用が、何故にこのような共同体感覚を生み出すのか。法のようなとりわけて道具的な知識が、それでもなお共同体形成の傾向を持たざるを得ないのは何故か。場としての法的知識が提起するこのような問題に応える筋道をつけていくことを課題とした。 その結論は、法的知識環境の分節とそこでの指導規範・制御規範・理念についていくつかの知見をもたらしたと考える。箇条書きすれば以下のようになる。 法的知識にもidentity, environmentの次元があり、「おらがビール」、「我が校」、「私のふるさと」と同様に語られる(べき)「うちのルール」、「我が憲法(国制 知識一般についての社会的分業について述べた知的権威の意義はここでも妥当し、啓蒙主義的知識間は払拭されねばならない。法的知識は分業秩序、市場経済における本質的サブシステムとして機能する。すなわち、法は情報の制度担保装置として機能する。 法律家が「スジのよさ」を判断する際に働く文脈的考慮要素contextual conditionsには、法律家の出身や立場によってばらつきがあることをA班の法社会学グループが明らかにした。これは法律家集団毎に個々の判断基準の重みが違うということであり、まったく異なった考慮が行われるということではない。考慮の対象となる事項は共通しており、それらは背景にある考慮「目的」を見れば適切な分類が可能であると考える。その際に鍵となるのは、いわゆる訴訟目的論である。逆にこの作業は、周知の訴訟目的論の社会システム論的意義を明らかにするといってよい。すなわち、「訴訟目的」の「目的」が単に道具連関における目的だけでなく、同一性連関、環境連関における“目的”をも取り上げていることが明確になる。普通あげられる目的は、紛争解決、権利実現(具体的正義)、秩序維持(法的安定性)の三つである。このうち、特に後二者は、道具連関だけでなく、それぞれアイデンティティ形成、環境の生成の文脈で評価されるべきものである。さらに、第一の紛争解決も、それ自体の効率性という道具連関においてのみ見るべきではない。また、第2の権利実現は正義確保という機能を持つことによって第3の秩序の安定・長期化の手段となり、環境形成に大きな役割を果たす。このように道具連関それ自体、また、環境形成への道具連関といった仕方でこれらの目的は相互にそれぞれの持つ3次元を支え合う関係にある。とかく効率性の面だけで捉えられがちな紛争解決について一言すれば、それは生産効率の向上という面だけでなく、消費生活における環境的意義も大きい。 訴訟だけでなく、法は一般に上記の3要請を成立条件としている。それは、法には道具連関、アイデンティティ連関、生活環境連関、の3次元での評価を必要とする法概念に導く。その系として、「スジのよさ」について一定の見方が出てくる。すなわち、それは事案の法解釈について、他の二つの連関におけるそれの評価を行わなければ、本来の<事案解決のため>という道具連関において正当な評価を下すことができない、との考慮の直観的な捉え方である。これは「法のようなとりわけて道具的な知識が、それでもなお共同体形成の傾向を持たざるを得ないのは何故か」との問題意識に多少とも応えるものであろう。 「知識環境論」の視点から以上の3次元を考察し、事案の評価を指導する理念を析出してみると以下のようになろう。 こうして、近代法における合理化と正義、ともすれば相反すると考えられがちなこの二つの“理念”の相補・相互依存的関係が明らかになると思われる。これらの理念の具体的事案における適用例を集積することによって「分業の法学」とも呼ぶべき観点から正義にかなった合理的法解釈の指針を定立することが構想される。無論、そこでは正義と効用・合理化の背反関係についても考慮すると同時に、分業の疎外作用と社会分化作用の双方に目配りする必要がある。これは省力化のための法学方法ではなく、相互連関を明らかにする統合のための視点である。ここから、たとえば、契約的結合・企業的結合・ネットワーク的結合といった今後の企業結合形態とそこでの権利義務関係・共同体的紐帯をO. Williamson的視点を包摂しつつ説明することも可能になることが予想される。 森際康友「環境問題における国家・法の任務」『環境問題の法哲学 法哲学年報1995』18-34 (1996) 森際康友「法的知識の知識論的特質(2)――場としての知識の観点から――」『平成7年度科学研究費補助金重点領域研究 領域番号109研究成果報告書 法律エキスパートシステムの開発研究――法的知識構造の解明と法的推論の実現――』41-42(1996) 森際康友「法思考と有限者の自由」山下正男編『法的思考の研究』333-355(京都大学人文科学研究所、1993) |
[ 83] 法的知識の知識論的特質
[引用サイト] http://www.meijigakuin.ac.jp/~lesa/jp/report/morigiwa.htm
