調べとは?

「調べ学習」−調べたいことを発見し、調べ、考え、まとめる− という言葉が注目されて数年たちました。
その中で、特に学校現場から、調べ学習はたいへん! どうしたらいい? という声を耳にします。「調べるおもしろさ」を伝えるために発足し、その普及にチャレンジしつづける「新調べ学習研究会」のメンバーが、5年間の成果を発表した、パネルディスカッションの様子をお伝えします。
−自分が「面白そう」と思えば投げ込み教材もどんどん取り入れてしまいます−
−私自身の知りたいという意欲と情報検索能力を高めることが目下の目標です−
−情報活用能力の育成の場になるような 学校図書館経営をしたいと考えてきました−
−子どもたちと一緒になってワクワクしながら「調べるってオモシロイ」といえるような
−テーマをもち調べ考えることで、世の中は良い方向に向かうように思っています−
蔵元 調べ学習は導入がとても難しいですね。関心の低い児童に、どうやって自ら課題を見つけさせるか。特に小学校では困っている先生が多いと思いますが、四年生を担任され
木村 子どもたちが、調べるテーマに「わがこと」として関わる、これがとても大事ですね。一クラス三十六人、全員に食いついてもらうのは難しいので、まず、「みんなの前で発表しよう」ということを先に出してみました。その発表のために何を調べようか考える。手順が前後逆ですが、「発表」を意識することで、調べ学習に対するモチベーション、緊張感が高まってきます。
入りやすくするために、「調べ学習トレーニング」というシートを作り、とにかくテーマに関する本を最低五冊、子どもたちに選んでもらいます。「○○を調べるために○○を読みました」という枠組を埋めてもらったんです。調べ学習にまだ馴染んでない子どもは、枠付けがあると安心することがあります。そして読んだ本の内容、読んでみてわかったことを、みんなに発表するという形で進めました。
加嶋 ブックトークをテーマへの導入として活用しています。例えば「お米」に関連したテーマを見つけてもらう場合、稲に関する本から、農業に関する本、食べものとしてのお米の本、年鑑類まで、子どもたちの関心を広げるために、出来るだけいろいろな分類の本を集めて紹介します。その本の読み聞かせをすることもあります。
ブックトークや読み聞かせが終わった後には、「イメージマップ」を作ります。「お米」でしたら、真ん中に「お米」と書いて、その周囲に関連する言葉、テーマを自由につなげて書いてもらう。そこに出てきたことから具体的なテーマを決めてもらいます。面白がって書く子もいますが、「先生待ってて」と、一時間ぐらい書けない子もいる。どうするのかなあと見ていたら、「お米が伝わってきたことを書いていい?」って聞いてきたので、「いいわよ」と答えたら、「歴史を習うのは六年生だからダメかと思った」と言
っていました。気後れしてなかなか始められない子どもには、時間をかけて、気持ちをリラックスさせてあげます。どうしても出てこないときは、「これはどうなのかな?」と、アドバイスします。テーマが決まるまではほんとうに大変です。
木村 いざ発表の時に、腰が引けてしまう子もいます。失敗したらどうしようとか、ケチつけられるのがイヤだとか。それで「ほめほめシート」というのを作ってみました。発表の内容、声の出し方など項目別に良いところだけ挙げようという形で、子どもたちにコメントを書いてもらいました。コメント欄の他に評価欄もあって、ここはそれぞれ花や星を書いたりして、子どもが自由に評価する。特に評価の基準を決めなかったのも好評で、発表の負担も軽くなったようですし、後で発表者が読んで、とても励みになったようです。聞く力も高まります。粗探しは集中しなくてもできますが、良いところは結構集中しないと見つかりませんからね。
蔵元 調べ学習というのは教科ごとに教え方が違うのか? 調べ方が違うのか? という疑問もよく聞きます。小学校では、各教科の中での調べ学習が結構あると思いますが、いかがでしょう。
加嶋 主に総合的な学習の時間で調べ学習に取り組んでいますが、他の授業でも、わからないこと、調べてみたいことについて、その都度、調べる場を作っています。たとえば国語科で「海雀」という詩が出てきました。実際、海雀を見たことがありませんから、図書室へ行って調べてみましょうと話をしたところ、図鑑でないと調べることができませんという答えが返ってきました。そこで、図鑑だけでなくて、百科事典や国語辞典でも調べることができますよと伝えました。ひとつの事柄について、一冊一冊、形も違う、色も違う、大きさも違う、いろいろな図書資料があるということは、子どもたちにとって大きな発見であり、驚きだったようです。
木村 私のところは結構自由がきく学校なので、国語から発展して社会的なもの、理科的なものに行ってしまうこともありますし、あまり教科の枠にはこだわりません。ただやっぱり国語の書く力、正確に記述する力は問われてきますので、逆にどの教科であっても国語に戻ってくる部分があります。教科の枠を越える瞬間が調べ学習の一番面白いところじゃないかと思っています。
片岡 中学生になると一歩進んで、自分のテーマをどのように掘り下げるか、どのように調べるか。図書館との関わりも深くなってくると思いますが…。
小石 三年生が九月に修学旅行へ行きます。担任の先生から、グループ行動で行きたい所を調べなさいという総合学習の宿題が春休みに出ます。四月に学年全体で発表会を開いて、その段階で担任の先生たちは、「調べ学習は済んだ」と考えていたようです。でもそれは、あくまで京都や奈良の観光地、史跡についてガイドブックを写しただけですよね。その次に踏み出さなくては、調べ学習にはならないのです。私は社会科の担当なので、歴史の授業で発展的にやってしまうことにしました。生徒もやる気を出すし、成績にも反映されますし、受験勉強にもなります。
村山 司書教諭から見ても、「写して良し」とする傾向は気になりますね。調べ学習で一番大切なことは、調べる作業とかスキルではなくて、「考えること」です。いっぱい調べて、情報を取捨選択して新たに自分の考えを持つ。それ無しで、ただ課題を与えて、本やホームページいっぱいあるぞ、この中から探しなさい、と言うのでは情報収集力や取捨選択する力は育たない。先々考えますと、就職してから、仕事がらみで何か調べたり、考え付かなきゃいけないとなったときに、あ、昔あんなふうにやったな、と調べ方を思い出してもらいたいと思います。何を使って、どう料理してもいいんです。自分の得意分野でテーマに迫っていけば自然に疑問も出るし、考えることになります。
加倉井 私は司書として図書室のカウンターから見ていましたが、「写せるな」と思った資料を抱え込んで必死に写している生徒を見ると、危ういなあと感じますね。情報というのは実に多様です。インターネットのような流動的な情報、本のような固定的な情報、体験から得られる情報など色々です。一つの情報を写すだけで自分の考えをまとめるというのは無理がありますし、問題です。
片岡 高校生には「丸写しするぐらいなら、元の本読ませてよ」なんて言ってしまいますね(笑)。でも、小学校だと少し事情が違うかもしれませんね。
蔵元 「写す」学習も大切なんですよ。例えば図鑑の紹介文や絵本に付いている文というのは非常に簡潔な文章ですよね。「あ、これ大事」って、書き出すということは、国語力の下地をつけるためにも大切です。その一方で、「写す」ということを最初から調べ学習の中に持ってきてしまうと、抜け出すのがたいへんです。
木村 できるだけ敷居を低くという意味でも、丸写しはきっかけにはなりますね。さまざまあるテーマの中からそれを自分のこととして選ぶ、その過程があればいいんじゃないでしょうか。
加嶋 私のクラスでは、まず文を写して、そこから発表のための文も作ってみるなど、二段階を経ることで、丸写しから脱却するようにしています。
山本 中高一貫校で調べ学習に取り組む先生たちのコーディネーターのような役割をしている立場から発言しますと、「調べ学習、さあやろう」と言ったところで、先生たちにとっても初体験なのです。調べ学習は、やってみれば面白いということはわかっているんですが、それをなかなか言葉にして伝え難い。そこでまず、とっかかりとして、総合学習の時間用に「調べ方のテキスト」という小冊子を作りました。これは生徒のテキストであるとともに教員のテキストでもあるんです。やはり教員は教科書があると安心しますので、これ使って教えてくださいと言うと、スムーズにいきます。
それからワークショップで、事前に先生に短縮版を経験してもらいます。今年の中二はこんなことを一学期間でやりますが、それを三時間でやってみましょうと、一緒にやって流れをつかんでもらいました。実際にやってもらうとわかるのです。
小石 自分自身でひとつのことを調べてみると、調べ学習についていろいろ考えるようになりますよね。私の個人的な体験では、塩のことを徹底的に調べたことが役立っています。デパートで塩を買うときに、五百グラムで千円・ミネラルが豊富だから高いと表示してあって、じゃあミネラルって何なのか? と素朴な疑問を抱きました。ちょうど生徒に調べ学習をやらせ始めた時期でしたから、生徒と同じペースで調べて、レポートでも書いてみようかと調べ始めたのですが、三年以上もかかってしまいました。ミネラルは調べればわかりますが、調べるうちに別の疑問も湧いてきて、テーマがなんだかわからなくなってしまいました。事典、辞書などのレファレンス資料、色々な本を調べ、消費者センターに行き、自分の足で調べたことが、後になって生徒たちを指導するときに非常に役立ちますね。生徒たちが苦労しているのを理解できるのです。「何してるの!」って頭ごなしに怒れなくなりましたね。
片岡 先生も大変ですね。さて、いろんなテーマが出てきたときは、やっぱり図書館へ行く。そこで、この本棚にはこのテーマの本があるだろうというような当たりをつける。それでもわからないときはレファレンスが必要になってくるのですが、高校の司書をされている小藤田さん、図書館ではどんなことが起きていますか?
小藤田 高校は公共図書館、大学図書館の良き利用者を育てる最後の学校教育の場と思って、生徒が図書館で調べるスキルを身につけさせようと意識して仕事しています。でも、学校にいると、司書という立場は、私ひとりなんです。二、三日前に突然、「これを調べるから資料を準備して」って言われると、図書館側は非常に困ってしまいます。急いでインターネットでキーワードを調べたりもしますが、政府系や博物館のホームページは信頼できるのですけれど、個人サイトの情報は本などで裏付けをとる必要がありますし、その
資料が学校の図書館になければ公共図書館に依頼しなくてはならない。そういう時間も考えまして、早め早めに図書館の方に持ってきてもらえたらなあと常に思いますね。そういうことを司書が一人でワーワー言っても、先生方に理解を得られないことが多いのです。そこで重要なのが、先生と上手に連携することです。
村山 司書とか司書教諭が一人でがんばっても難しいですよ。学校全体で考え方を統一する必要があります。例えば、著作権について教えて、カギカッコで括るんだぞ、出典を書くんだぞと言っても、他の教科の先生がきちんと教えないまま「よく写したねー」とか言って評価にAを付けちゃったら、その子は絶対次から著作権を守らない。だから、学校全体で体制を作ってかなきゃダメです。これは司書教諭が、教育課程に携わる者としてやるべきことだと思います。
加倉井 図書館の現場としては、できるだけ子どもにアプローチしていきたい。調べること、考えることについて伝えたい。そのためには「宣伝」が必要です。いわゆるオリエンテーションで説明するだけでは、忘れられてしまうことが結構多いんですね。
テレビ・ラジオ的な言い方をしますと、図書館のオリエンテーションは年に一回しかない春の特別番組のようなものです。一方、先生方は、毎日ニュースを流すチャンネルがあるわけです。ですから「本の書名だけでは内容は見つからないよ、目次を見ようね、索引を見ようね」とか「4番台の書棚には理科的な本があるよ」とか、先生が何かの合間にちょっとお話していただければ、宣伝効果は抜群のはずです。
司書も本を手渡すときに、「参考資料名をメモしておいてね」とか、そういう言葉かけはとても大切です。著作権の関係でも重要なことですが、後で生徒が本を探すときにそのメモが助けになる、結果的に司書の仕事も助かります。また生徒との会話で、調べるのにどんな資料を使ったのかを教えてもらう、これはこちらも勉強になります。
宣伝のひとつとして「図書だより」の作成があります。自分で調べていて驚いたことを、ちょっと記事的に載せるのも楽しいです。子どもが家庭に持ち帰って家族の方が見て改めて話題になることで印象に残ります。
また、口コミによる宣伝。図書委員や手伝いに来た生徒に、資料の整理を手伝ってもらう。そのときに、「あ、この図書館には使える資料があるな」と思ってくれることを期待してやってもらいました。
片岡 今日のテーマは「学び続ける子どもたち」でしたが、われわれ自身が調べるってことが楽しいぞってことを基調におかないかぎり、調べ学習もあったもんじゃない、ひとつつその筋は通そうよという話を、このパネルディスカッションを前にして、しました。それと同時に、調べていくプロセスにおいて、図書館というものが必要不可欠だということです。そこに人がいて、図書館が充分生かされるような授業なり、学習の場作りというのが、今後もっともっと広がってくれることを願っています。

[ 136] 新調べ学習研究会-機関誌掲載文
[引用サイト]  http://www.toshokan.or.jp/sira-zassi.htm

6月6日(水)午後6時30分より弁護士会館2階クレオ(東京都・霞ヶ関)で、日本弁護士連合会などの主催による「えん罪を生み出す取り調べの実態〜ある日突然逮捕されて〜」と題するシンポジウムがありました。
ここ数年、相次いでえん罪事件が起こり、えん罪を生み出す密室での取り調べが問題になっています。取り調べの可視化(録音・録画)を求める声が高まっている中、「志布志事件」「布川事件」「富山事件」など、実際に取り調べと裁判を経験した元被告の方々や、弁護士、政治家などが、この問題についてそれぞれ発言をしました。
03年に実施された鹿児島県議会議員選挙で、志布志市内の集落の住民に現金が配られたとして、同県議員及びその支援者13名が公職選挙法違反で起訴されました。連日長時間の取り調べなど自白を強要する取り調べが行われ、6名が自白調書の作成に応じるに至りました。公判は54回開かれ、その多くが自白の任意性に関する取り調べでした。判決は事件自体が存在しないというものでしたが、でっち上げ事件であるにもかかわらず、最終的に無罪が確定するまで3年7ヶ月もの期間を要しました。
この事件を担当した元弁護人の笹川竜伴弁護士は、「きわめて異常で許されない事件」と断じた上で、「なにもないから逮捕されないんだというような、平穏な生活を送ることができないことを表している事件」と述べ、だれでもいつでも事件に巻き込まれる可能性があることを指摘しました。なにもしていないのになぜ「自白」に追い込まれたのか、元被告人の人たちが密室での厳しい取り調べの中でしだいに追い詰められていった様子を詳細に語りました。
任意の取り調べであるにも関わらず、密室で朝8時ごろから夜の10時ごろまで連日の取り調べが続き、「死刑にしてやるぞ」と脅されたり、取調室の壁を叩いたり、机を蹴飛ばしたり、立って歩くこともできないような精神状態に追い込まれ、なにがなんだかわからず、なにを話しているのかもわからない状況の中で「自白」に追い込まれていったこと、また、やっていないのにやったと言われ、毎日毎日同じことを朝から晩まで言われ続け、苦しさのあまり川に飛び込んで自殺未遂をしたあとも、すぐに警察による厳しい取り調べが続いたことなどが、体験者の言葉を通して語られました。
最後まで否認を続け、395日間拘留された中山信一さん(志布志事件元被告人・鹿児島県議会議員)は、この事件は「事件ではなく警察犯罪」であると述べ、警察によって作られた犯罪であるとの認識を示しました。最後まで否認を貫いたのは、自分を支援してくれた有権者を裏切ることはできなかったからである、と述べました。中山さんは、「証拠もなく、アリバイも調べない。それで裁判までいってしまう」と述べ、チェック機能が働いていないいまの司法のあり方に疑問を呈しました。長期間の拘留について、「つらい思いで1年以上を過ごしました。いまも体調がもとに戻りません。風邪を引きやすかったり、疲れやすい」と述べ、無罪となったあとも心身ともに深い傷を負ったことを明らかにしました。
元弁護人の名和田茂生弁護士から、「北方事件」についての説明がありました。この事件は北川市内の雑木林で3人の女性の遺体が発見され、その中の1人の女性と交際していた男性が、ほかの2人の女性とはなんの関係もないのに同じ場所で発見されたという理由で連続殺人事件の犯人とされました。証拠は上申書に基づく実証検分だけであり、64回公判が開かれ、無罪判決が下されました。
起訴後の取り調べは、連日、12時間から13時間におよぶ長丁場で、それが9日間続いたそうです。昼、夜も食事抜きで、夜中まで取り調べが続いたことに対し、判決は、違法な取り調べであり、任意性はない、とするものでした。男性は風邪を引いており、体がもたないと思い、自白の上申書を作ることに同意したそうです。警察は証拠として取り調べの一部の録音テープを出してきたそうですが、被告人自ら答えたものでないことは明らかであり、むしろ被告人の無罪を立証するものであったそうです。控訴審でも一審の判決と同様、直接的間接的証拠は皆無であり、この程度の証拠ではとても有罪とは認められない、とするものでした。この判決の背景には、検察官が出している証拠と出していない証拠があることに対し、裁判所の判断が働いたからではないか、との認識を示しました。
1967年、茨城県布川で男性が殺害され、男性の自宅付近で午後8時ごろ不審な2名組の男性の目撃情報があり、当時20歳と21歳の男性が別件逮捕されました。2人は警察・検察の取り調べにより自白を強要され、2ヵ月後に起訴されました。しかし、2人は一貫して無実を訴え続け、05年、再審が認められました。検察が東京高裁に抗告し、現在その審理が続いています。
「布川事件」の再審請求人の桜井昌司さんは、「えん罪事件が多発していると言われていますが、(自分は)40年前うその自白をさせられ、29年間刑務所に入れられました。そして、10年前に仮釈放されました。40年前となにも変わっていない」と述べ、えん罪事件がこの40年間、少しも変わらず延々と続いていることを強く訴えました。
桜井さんは、密室での取り調べの中でしだいに追い詰められていき、「自白」に追い込まれていったときの気持ちを、「お前が犯人だと言われ、アリバイがないぞと言われ、お前を見た人がいると言われると、苦しいんですよ。疑われ、言い逃れができないという状況で調べられると、本当に苦しい。弱さに負ける。目の前の苦しさから一時でも逃げたい」と当時の心理状態を明らかにしました。
桜井さんは、自分の「自白テープ」で13ヶ所も編集の跡があったことを明らかにしながら、「可視化をしても全部やらないと意味がない」と語りました。また、名張毒ぶどう酒事件の再審を取り消した裁判長が、布川事件、狭山事件、東電OL事件などたくさんの再審事件が関わっている東京高裁にきたことに対し、「最高裁はどのような意図があってそんなことをするのか」と疑問を呈しました。検察や裁判官が「自白」を信用するのは、司法試験に通るような「優秀」な人たちは、人間の弱さとして「自白」をしてしまう人の気持ちがわからないのではないか、と真理を見抜くための想像力の欠如を指摘しました。
桜井さんはまた、可視化の必要性とともに、検察がなぜ証拠を隠すのか、そのことについても厳しく批判しました。当時の捜査資料を調べた結果、捜査報告書を差し替えた跡と見られる、割り印の違うところが2ヶ所あったこと、問題のある自白調書と捜査書が発見されたことなどを明らかにしながら、「なぜこんなことが許されるでしょうか」と述べ、検察官がすべての証拠を出さず、自分たちに都合のいい証拠だけを出していることでいまの裁判制度が成立していることに疑問を呈しました。
「布川事件」では、検察に証拠の入った段ボール箱が9個もあり、その中の120点ぐらいの証拠を開示したそうです。重要な目撃証言(事件が起こったとされる時間帯に桜井さんたちと違う2人の男性を見たという住民の証言)や、アリバイを立証する証言(事件の夜、桜井さんが東京にいたことを証明するバーのママの証言。物理的に犯行現場にいることは不可能)が隠されていたことに対し、桜井さんは「我々を犯人にするのに都合が悪いから35年間隠していた」と述べ、無罪を立証する証拠がいくつも出てきたにも関わらず、未だ同じことを言い続けている検察を厳しく批判しました。
02年に発生した強姦事件等で、県警は似顔絵などをもとに氷見市内の男性を任意で取り調べました。当初、否認していた男性は、県警に自白を強要され、3日目に自白し、逮捕、起訴されました。懲役3年の実刑判決が言い渡され、確定。ところが、06年11月、強制わいせつ事件で逮捕された別の容疑者が上記2件の犯行を自白し、えん罪事件であることが明らかとなりました。現在、再審請求が行われています。
いわゆる「富山事件」と言われているこの事件の元被告人のAさんは、逮捕されたときの様子を次のように語りました。「朝9時にいきなり警察がきて、そのまま連れて行かれました。取り調べは朝9時から夜11時ごろまで、休憩はお昼の30分ほど。夕食はなにも出ませんでした」最初否認を通していたAさんは、3日目に「自白」しました。そのときのことについて問われると、Aさんは次のように答えました。
「取調室は暑くて、1度倒れました。非常に暑くて頭がボッーとして気がついたら、そのままの状態でいました。取り調べはそのまま続きました。お前の姉さんが間違いないないと言っていると言われました。私がなぜ母親の写真を持っているのを知っていいたのかわかりませんが、写真を出せと言われ、(写真を出すと)写真を見ておまえはやっていないと言えるのかと言われました」しかし、Aさんは、最近兄や姉に会い、確かめたところ、姉たちはそういうことは一言も言っていないと言ったそうです。
逮捕のときの取り調べについて、Aさんは「5年前のことなのでよく覚えていません」と答えました。Aさんは、検察官と裁判官と弁護人に対し、「やっていない」と言ったあと、取調室に戻ってから前言を翻し、「自白」をしました。そのときのことをAさんは次のように語りました。「検事と裁判官の前でやっていないと言ったあと、取調室に戻ると、当時取り調べをしていた刑事が入ってきて、いきなり机を叩かれました。握りこぶしを作って、今度ヘタなことを言ったら殴るぞ、と言われました」
さらに、取り調べの前に1枚の白紙の紙を出され、「今後(このようなことを)繰返すことはいたしません」と書かされ、自分の名前を書き、指で押印させられたそうです。何枚書いたのか、という質問に対し、Aさんは「あと4枚ぐらい書きました」と答えました。調書はどのように作られていったのか、という質問に対しては、「刑事が言っていることに対し、はい以外のことは言わなくていい、と言われました」と答えました。
Aさんはいったん、釈放されたあと、再逮捕されました。そのときの様子を、「両手に荷物を抱えて敷地内を出ようとしたぎりぎりまで行ったところで再逮捕されました」と答え、(再逮捕の)説明はあったのかという質問に対し、「一切ありませんでした」と答えました。そのときの気持ちを問われ、Aさんは「地獄に落とされたような気持ちでした」と語りました。
被害者の家の見取り図はどのように書いたのか、という質問に対し、Aさんは「僕に案内してくれといわれましてもできませんで、ここじゃないか、ここだろうと連れて行かれて家の前に止まって指を差せと言われました。そのあと玄関に入って中を見ろと言われ、取調室で見取り図を書けと言われました」と答えました。(見取り図を)書けたのか、という質問に対し、Aさんは「玄関から見えた範囲のことは書けたけれども、奥のほうは書けませんで、刑事が肩の力を抜けと言い、僕の右手に刑事の手がきて刑事の手で見取り図を書きました」と答え、刑事が後ろに回りこんで手を添え、羽交い絞めのような形で手を動かされて書かされたのか、という問いに、Aさんは「はい」と答えました。
有罪の判決が出て服役をしたときの気持ちを問われ、Aさんは「(自分は)犯罪という悪いことをしたので、自分を殺して刑務所に入りました」と当時の心情を述懐しました。本当の気持ちというのは、自分はやっていないという本当の気持ちを押し殺して刑務所生活を送ったのか、という質問に対し「はい」と答えました。取り調べの可視化、録音・録画についてどう思うかと問われ、Aさんは「取調室にカメラと録音を入れたほうがいいと思います」と答え、それでなにが期待でいるか、と質問に対し、「警察の思うがままの取り調べができなくなると思います」と答えました。
「志布志事件」の追跡ルポをした毛利さんは、昭和20年代に起きたえん罪事件「免田事件」で、免田さんが取り調べのとき体を縄でしばられ、逆さ吊りにされて「自白」を強要されたことに言及しながら、3年前、志布志事件を取材したとき、同じような状況が繰返されていたことを知り、大変びっくりしたそうです。
元被告人の人たちに話を聞くと、昭和20年代の取り調べとほとんど警察の考えが変わらずに捜査が進められていることがわかったそうです。自分たちの筋書きに屈服するまで権力を使って取り調べをするやり方は、昭和20年代の考え方が警察の中でノウハウとして伝承されていることを示している、と述べ、無罪判決が出てもこの事件で関係者の負った傷の深さは変わらない、として責任の所在を厳しく問い質しました。
コーディネーターは児玉晃一さん(弁護士)、パネリストは、中山信一さん、毛利甚八さん、笹川竜伴さん、小坂井久さん(弁護士・日弁連取り調べの可視化実現本部副部長)の4名です。えん罪事件を防ぐため、取り調べの可視化の必要性についてそれぞれ発言をしました。
取り調べの可視化はなぜ必要なのか、という児玉さんの問いかけに対し、笹川さんは、志布志事件で54回の公判のうちのほとんどが「自白」の任意性の立証に費やされたことに言及した上で、取り調べの可視化が行われていれば、3年7ヶ月もの期間を要することはなかったと語りました。
可視化に反対する意見の中には、取調官との信頼関係を上げるものもありますが、中山さんは、可視化をすることで事件がつくられることを防ぐことができる、と語りました。また、毛利さんは、可視化に反対するのは警察が取り調べで上位に立ちたいという考えがあるからではないか、と指摘しました。
小坂井さんは、密室での取り調べがえん罪を生む温床となっていることに言及した上で、密室での取り調べについては、日本の場合、200年〜300年前の伝統が続いていて、警察の抵抗が強く、「悪しき伝統が続いている」との認識を示しました。小坂井さんによると、録画・録音は1980年代にイギリスではじまり、世界に広がったそうです。海外では実際に可視化が実現し、捜査官が導入してよかったと高く評価しているそうです。また、可視化の場合、最初から最後まですべての可視化が必要不可欠である、と述べました。
中山さんも自らの体験から、可視化は最初からやらないと意味がないと述べ、児玉さんも布川事件で録音テープが13ヶ所も編集されていたことに言及しながら、一部ではなく全部の可視化の必要性を訴えました。毛利さんも全部をやらないと、編集して出される可能性があり、逆にえん罪を生み出す可能性を指摘しました。
えん罪事件が起きても、一応は反省の言葉を述べるがだれも責任をとらないことに対し、毛利さんは、警察、検察、裁判所など大きな権力を持っている人たちが間違っても謝らないことは問題である、と指摘しました。小坂井さんは、市民の支持があれば、必ずすべての可視化は実現するとの考えを示しました。中山さんはすべての可視化が行われていれば(志布志事件)事件は起こらなかった、と述べました。
最後に、児玉さんが、自分はいま40歳であること、「布川事件」から40年が経ち、桜井さんが40年間何も変わっていないと言ったことに対し、その重みを感じている、との感想を述べながら、すべての可視化を実現したい、との思いを訴えました。
「富山事件」のAさんは、インタビュアーの中西祐一弁護士の質問に淡々とした口調で答えていました。再審請求中ということで、名前や写真については配慮してほしいという司会の人の注意があると、前でカメラを構えていた大勢のカメラマンたちがAさんの後ろにまわり、背中越しに写真を撮っていました。Aさんは自分の後ろにいる大勢のカメラマンに対してもいやな顔一つせず、中西さんの質問に対し、実直に答えていました。
当時のことを淡々と語るAさんを見ながら思ったのは、なんの罪もない人が突然逮捕され、犯人とされていくことの恐ろしさです。なにもしていないのに3年の実刑判決を受け、服役している間、本当の自分の気持ちを押し殺して、自分は悪いことをしたのだから刑務所に入っているのだと自分に言い聞かせていたというお話には、胸を突かれるような痛ましいものがありました。
集会には与野党の政治家も参加し、発言していました。与党の議員から、えん罪事件が起こる背景に、警察の取り調べに対し、チェック機能が働いていない検察と裁判所の問題点を指摘する声がありました。また、野党議員からは、えん罪が続発しているにも関わらず、治安のために現場で若干の行き過ぎがあったという程度の認識を警察や検察が持っているかぎり、えん罪は決してなくならないという指摘がありました。
「志布志事件」の中山さんや「布川事件」の桜井さんが指摘しているように、取り調べの可視化をしても部分的な録音・録画では、警察による恣意的な運用によってさらにえん罪が増える可能性があること、最初から最後まで録画・録音をしなければ意味がない、との意見は、体験者の言葉であるだけに深く頷くものがありました。また、桜井さんが指摘していたように、取り調べの可視化の実現とともに、検察が持っている証拠をすべて開示することが、えん罪を防ぐためには絶対欠かせない要因であることを強く感じました。
これなんですか? さらっと「ひとなで」しただけで、まるで他人事、「自白の可視化が問題だ」ってそれだけ?
掘り下げて調べる記者魂はないのですか? 被害者の立場や気持ちはどうなるんですか? 本当の悪を何故追求しないんですか?
いったい誰に気をつかってるんでしょう? 毎日新聞はどっち向いてるんですか? あなたがた記者クラブ、ジャーナリズムも加害者なんですよ。
自白を可視化しても、こんな警察官が一人いれば同じ事件は何度でも起こります。 現に今 表面化しないだけで、もみ消されている冤罪事件は山ほどあるんですよ。 取材にも行かないんだからわからないでしょうけどね 毎日新聞ごときでは。
巨悪検察、巨悪裁判所は、ひたすら身を隠して目立たぬようにして、事件が風化するのを待っているようですが、アシスト役の毎日新聞は世論のガス抜き社説ですか?
在宅起訴っておかしいでしょ、何故逮捕拘留しないんですか。 無実の人はあれだけ長い間拘留したんでしょ。
こんなことやってるから自民党は選挙に負けるんですよ、国民は支持しないですよ、検察、裁判所は正義を守るつもりはないのですか。 司法の不正は国民が最も嫌うところですよ。
実は取調べ中の警察官、検察官は 被疑者が無実であることを知ってるんですね。 自白さえ取れれば 裁判でほぼ100%有罪がもらえるという裏付けがこういう事件を多発させるんです。
裁判所も逮捕状を出したり、 拘留を許可したりしている手前何がなんでも有罪と言うしかないわけで、 もはやこの人質司法というのは悪辣な組織犯罪ですね。 (しかもこれは最高裁の指導によるものです。) 自白調書を取るというのは文書を偽造するという犯罪行為でもあります。
身内の不祥事は一切処罰しないというのは、国民感情としても許せませんね。 税金で補償をするわけですから 国民が公務員に対して求償することは可能だと思うんですが、結局裁判所がインチキしてるわけですから訴えても退けられるのは目に見えてますしね。
さらに残念なことには第4の権力と呼ばれるマスコミが一切報道しないことです。 冤罪問題 警察不祥事はタブーなんですね、もし報道しても あっさり ひと撫でするくらいで ワイドショウなみにひつこく付きまとうようなことは御法度です。
政府がこの悪事にどの程度加担しているのかは不明ですが 先の法務大臣の発言にもあったように 多少の影響力は持ってるんですね。
安倍さんは 北朝鮮拉致問題を重要課題としていますが、自分の直属の部下が 自国民であり 納税者であり 主権者であり、 何より 真面目に働いて 何とか日々暮らしているだけの人々を 暴力的に拉致している現状を早急に解決する責任があります。

[ 137] 暮らし・経験者ら「えん罪を生み出す取り調べ」〜東京でシンポ
[引用サイト]  http://www.news.janjan.jp/living/0706/0706096990/1.php



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