ポーランドとは?

ポーランド共和国(ポーランドきょうわこく)、通称ポーランドは、中央ヨーロッパ(中欧)の国。第二次世界大戦後の復活以降、ソ連の影響下におかれたため政治的には東欧に分類されてきた。ヨーロッパ共産圏の消滅後は、その地理的文化的位置づけから中欧または中東欧として再び分類されるようになっている。首都はワルシャワ。
ポーランドの北にはバルト海が広がり、北東にはロシア(飛地のカリーニングラード地方)とリトアニア、東にはベラルーシとウクライナ、南にはチェコとスロバキア、そして西にはドイツがある。
注1: ポーランドには公式な標語は存在しないが、過去、国家のシンボルに、Bog, Honor, Ojczyzna(神、名誉、祖国)などの標語が書かれたことがあった。
ポーランドの国名は野原または空き地を意味するポーレ (pole) が語源と言われている。 また、「共和国」に相当するRzeczpospolitaは、ラテン語のRespublicaに由来する。resには「物」や「財産」という意味があり、ポーランド語ではrzeczがこれにあたる。pospolitaはラテン語のpublica「公共のもの」から来ている。
多くの国と陸続きであり、平地が多く、他国の勢力の侵入が容易な地形であるため、ポーランドは幾度も戦争に巻き込まれ、国境線が絶えず変化した。 ペスト大流行で迫害されたユダヤ人が、この国の寛容さから、多数、入国した。 中世にはヤギェウォ朝がポーランドを支配し、一時期はリトアニアと連合した(リトアニア-ポーランド王国)。その後、周辺帝国の成長とともに国土を3度にわたり分割(ポーランド分割)され、コシューシコの蜂起が鎮圧されると、ポーランド国家は消滅した。
第一次世界大戦終結後、ヴェルサイユ条約の民族自決の原則により、ドイツ帝国とソビエト連邦から土地が割譲されて国家が回復した。しかし、ナチス・ドイツとソヴィエト連邦の密約(独ソ不可侵条約秘密条項)によって、国土は双方に分割されることになり、1939年、グダニスク近郊のヴェステルプラッツェ侵攻に始まるドイツ軍のポーランド侵攻と、ソ連軍の侵略により再び消滅した。戦中は国内外で様々な反独闘争を展開。
第二次世界大戦後に復活したが、現在の国土はヤルタ会談密約に基づいて設置されたもので、戦前と比べて大きく西に移動した。国土の西側半分近くが旧ドイツ・ワイマール共和国から割譲したものである。逆に東側の大部分はソビエト連邦が併合した。
終戦後は、ソヴィエト連邦の強い影響下に置かれるとともに、ワルシャワ条約機構や、1949年1月ソヴィエト連邦と東ヨーロッパの共産圏で、西側のマーシャル=プランに対抗するものとして設立されたコメコン(経済協力機構)に参加。社会主義国となって東西冷戦に巻き込まれた。1980年代後半から民主化に取り組み社会主義政権は解消された。冷戦崩壊以降はNATOに加盟した親米国の一つで、アレクサンデル・クファシニェフスキ大統領の下でイラク戦争への派兵を行った。2004年5月1日には欧州連合(EU)に加盟した。カチンスキ政権でも米国との友好関係は続くと見られる。
行政 - 首相が統率する閣僚会議(内閣)。大統領は、議会の下院に当たるセイム (sejm) の大多数の連合から、首相の提案によって内閣を指名する。
下院(セイム、Sejm) - 、定数460名、比例代表制。議席獲得には全国投票の合計で政党が5%以上、選挙委員会(政党連合)は8%以上の得票が必要。
1999年の改正以来、ポーランドには16の県 (wojewodztwo) があり、その下位自治体として郡 (powiat) が合計373、グミナと呼ばれる地方自治体基礎組織 (gmina) が合計2489ある。
西でドイツ、南でチェコとスロヴァキア、東でウクライナ、ベラルーシ、リトアニアと接していて、北東ではロシア(カリーニングラード)とも国境を接している。
南部を除き国土のほとんどが北ヨーロッパ平野であり、これらの平均高度は173 mである。ポーランドにある9300の湖のほとんどが北部に集中している。
南部にはポーランドで最も高いリシ山(標高2499 m)がある。南部の国境近くにはカルパート山脈(タトラ山脈を含む)やリーゼンゲビルゲ山があるズデーテン山地がある。
グダニスク (Gda?sk) - 北部の港町。独立自主管理労働組合「連帯」発祥の地。ドイツ語名のダンツィヒ(Danzig)でも知られる。第二次大戦勃発の地・ヴェステルプラッテが近い。
バルト海に面した北西部は温帯気候であるが、東部や南部の山岳地帯では、冬季の間は河川が凍結する冷帯気候となる。降水量は平均しており、季節による変動が少ない。
機械、鉄鋼、化学製品、造船、食品、繊維などの工業が主。戦後、東側諸国に組み込まれ、社会主義化が進められ工業は国有化された。1970年代以降、ギエレク政権は西側諸国との経済協力による経済成長を目指し、70年代前半には高度成長を実現したが、オイルショックにより成長は減速した。その後、労働者の賃上げストライキなど社会主義経済が限界に達し、1989年社会主義を放棄、市場経済化を進めている。カチンスキは、腐敗を撲滅し、この15年に開いた経済格差を埋めると宣言している。1996年には経済協力開発機構(OECD)への加盟を実現した。
近年はGDP成長率が高く、2006年のGDP成長率は5.2%と予測されている。今後少なくとも数年間はGDP成長率が年5%を超える高成長を維持すると予測されており、国内インフラの整備の急速な進展[1]にあわせて国内経済は本格的な成長軌道にのったものと考えられている。
また、その中東欧最大である国内市場(ポーランドの人口とGDPは、2004年にEUに新規加盟した10カ国の半分以上を占める)と西方のEU域内や東方のCIS諸国への地の利を見込んで、世界各国からポーランドへの直接投資も近年非常に盛んで、2006年は1年間で100億ドルを超え、そのおよそ10%に当たる10億ドルは日本からの直接投資分であった。
2007年は2006年の2割増の120億ドル以上と予想されており、ポーランドへの直接投資額は年々加速している。アメリカ合衆国からの投資がもっとも盛んで、ドイツ、日本がそれに続く。
日系企業の進出が増加しており、2006年の日本からの直接投資額は10億ドルを超えた。ポーランド情報外国投資庁(PAIiIZ)[2]によると、2006年10月現在で、日本からの投資予定案件が30件以上あるとされている。なおポーランドへの直接投資の窓口は、このポーランド情報外国投資庁に一本化されており、便利である。
ポーランドの農業は第二次世界大戦によって壊滅的な被害を受けた。農地の1/3が失われたことはもちろん、豚の5/6、牛と羊の2/3が殺されている[1]。さらに主要な農産地が戦後、ソ連の領土となったため、農業の集団化政策を通じて復興した経緯がある。
ポーランドは21世紀の現在も農業国である。国土面積のうち、農地の占める面積は42.1% (2003年、以下、United Nations Statistical Yearbook 2002による)に達し、農業従事者は407万人である。ただし、労働力人口に占める農業の比率は、1948年時点の53.5%に比べ、1991年には26.7%まで低下している。
国土が温帯と冷帯の境界に位置すること、降水量が少ないことを反映して、麦類の栽培が盛んである。中でもライ麦の生産は世界第2位(336万トン、シェア21.7%)、えん麦は世界第5位(131万トン、5.5%)に達する。ただし小麦の生産量(856万トン)は国内需要を満たすに至らず、輸入している。同じく寒冷地に向くばれいしょ(世界第7位、1101万トン、3.4%)、てんさい(世界第7位、1097万トン、4.6%)。このほか、有力な農産物は、りんご(世界第7位、205万トン、3.4%)、キャベツ(世界第8位、140万トン、2.0%)、なたね(世界第7位、143万トン、3.0%)、ホップ(世界第5位、3355トン、3.3%)、亜麻(世界第10位、1万10000トン、1.2%)
ポーランドは鉱物資源に恵まれた国である。石炭を中心とした有機鉱物資源、亜鉛、銅、鉛といった重要な非鉄金属が豊富なことが特徴である。
有機鉱物資源では、世界シェア第7位(2.8%)の石炭(1.0億トン、2002年)と、燃料などに用いる亜炭(同7位、6.5%、5955万トン)が豊富である。可採埋蔵量は石炭203億トン、亜炭19億トンであり、枯渇の心配もない。ヨーロッパではロシアに次いで石炭が豊富である。少量ではあるが、原油(77万トン)、天然ガス(162千兆ジュール)も採取されている。
そのほかの鉱物資源としては、イオウ(122万トン、世界シェア2.1%)と岩塩(420万トン、世界シェア2.0%)を採掘する。岩塩の採掘孔はヴィエリチュカ岩塩鉱(マウォポルスカ県)など観光資源としても活用されている。
2002年の国勢調査によると、人口は約3698万人で、そのうち約97%がポーランド人である。かつては多民族国家であったが、第二次大戦の結果国家自体が地理的に西側へ移動し、現在のようなほぼ単一民族国家となった。その他の少数派としては、ウクライナ人、ラトビア人、ベラルーシ人(主に東部に在住)、ドイツ人(主に旧ドイツ領の西部に在住)がいる。
国語はポーランド語。ポーランド語は印欧語のスラヴ語派に属する言語で、ロシア語、ウクライナ語、チェコ語などと共通のグループに属する。表記はロシア等で用いられるキリル文字ではなく、ラテン式アルファベットでなされる。
冷戦時代に東側に組み込まれたため、現在でも多くの40代以上のポーランド人はロシア語を解すが、若い世代においては英語が圧倒的な人気を誇っている。また、第二外国語としてドイツ語やスペイン語を学ぶ学生も多い。
米国CIAの調査によると、国民の約95%がカトリック教徒であり、うち75%が敬虔な信者である。欧州連合の憲法の条文に「神」を入れるように主張し、各国を戸惑わせたこともある。また、欧州で同性愛が犯罪とされている、数少ない国である。このように、ポーランド人の価値観や日常生活にカトリックの信仰が根付いており、史上初のポーランド出身の教皇ヨハネ・パウロ二世は絶大な尊敬を集めた。そのほか、プロテスタント、東方正教会の信者もわずかながら存在する。
ポーランド料理は、基本的に家庭料理である。肉を中心に長時間煮込む料理が多い。脂肪分、塩分が多いのも特徴。使用する肉は、牛肉、豚肉、鶏肉が多く、羊やウサギの肉も売られている。ハムやソーセージの種類も多い。肉に添える野菜はジャガイモが多い。魚はあまり食べないが、鮭やニシンを食べることもある。代表的な料理は、ビゴス、バルシチ、コトレットなど。以前、ポーランドでは一日に4回の食事をとっていたが、最近は3回の家庭が多い。
ポーランド人にはアルコール好きが多い。ウォッカ(wodka)を代表として蜂蜜酒、ビールの種類が豊富。ポーランド原産のウォッカとして、アルコール度数世界一のスピリタスがある。
ポーランド国内の都市に共通するのは、旧共産圏によく見られるネズミ色のアパート群が多いことである。これは旧体制時代に建設されたもの。戦後、人口増加の対策として間に合わせに作られたものである。こぢんまりして使い勝手はいい。しかし一方、そういった高層アパートがゲマインシャフトを分断し、文化的だけでなく、政治的・経済的にも人々を無気力にしているとの社会学的非難がある。地区のカトリック教会がある程度人々を結びつけている。一方、郊外および地方では、伝統建築あるいは伝統建築をモチーフにした美しい一戸建てが多く建てられてきており、古い建物も順次リフォームされ、こちらでは地域のゲマインシャフトとそれに伴う地域住民の共同体意識がよく発達している。
ポーランド国内には、ユネスコの世界遺産リストに登録された文化遺産が10件ある。さらにドイツとにまたがって1件の文化遺産が、ベラルーシとにまたがって1件の自然遺産が登録されている。
旧西側諸国に比べ華やかな観光地は少ないが、歴史的に価値の高い町、建物などが数多くある。旧体制のもとで日本のメディアにはほとんど紹介されなかった事情もあるが、2004年、EUに加盟したことにより、益々門戸が開放されると予想できる。
春の満月後の最初の日曜日と翌日の月曜日。キリストの復活を祝う日。クリスマスと並ぶ大きな祭日。2007年は4月8日と9日。(休)
チェンストホーヴァ(Cz?stochowa)にあるヤスナ・グラ寺院(Jasna Gora)へ、ポーランド各地から大規模な巡礼が行われる。(休)
教会でミサを行う。基本的に日本のクリスマス・イヴとは違い家族で過ごす。(日本のお正月のような雰囲気)この日は肉を食べてはいけないというならわしがあり、伝統的に鯉を食べる。
大晦日にあたるが、日本のものとは異なる。家族や親戚、友人でパーティーを催したり、夜中の12時に花火を飛ばしたりする。そのためか元旦は酔ってる人が多いとか?
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[ 164] ポーランド - Wikipedia
[引用サイト]  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89



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