当事者とは?
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この本は、著者である中西正司さんと上野千鶴子さんの出会いから始まりました。 中西さんは、1986年に、日本ではじめて、障害者の自立生活センター、ヒューマンケア協会を八王子につくりました。自立生活センターとは、障害をもった人たちが、地域で自立して暮らせるように、さまざまなサポートをするところ。80年代にアメリカではじまりました。 中西さん自身、大学生のときに交通事故に遭い、四肢まひに。そして、施設に入所させられますが、障害が他の人たちより軽かったため、施設を出ることができました。でも、多くの仲間たちを施設に残してきたことで、いつの日か、みんなが地域で自由に暮らせるようにしたい、という思いで活動してきたそうです。 また、自分自身で進路を決めようと思ったとき、専門家である医師に拒絶された経験があり、障害者、つまり当事者が「自分のことは自分で決める」ことができる、という社会を目指してきました(この本のなかでも、「専門家とは何か」について、かなりページをさいています)。 現在、自立生活センターは、全国125か所にあり、全都道府県で、自宅での自立生活はある程度、可能になっています。そこまでの道のりには、さまざまなことがありましたが、常に、当事者である障害者が中心になって、活動をすすめてきました。 この本は、その活動が縦糸になっていますが、運動論という面だけでなく、組織論としても、経営論としても、NPO論としても、また地域づくり論としても、実に多くのことが綴られています。 不可能を可能にした自立生活センターの具体的な事例には、非障害者にとっても、示唆に富むことが多々含まれています。 上野さんは女性学のパイオニアとして、女性学をつくりだし、社会に提言を続けてきました。女性学もまた、「私のことは私が決める」という当事者の実践から生まれたものです。上野さんはまた社会学者として、福祉NPOなど、さまざまな当事者たちによる実践や経験を研究・調査してきました。その経験と分析が、この本の横糸になっています。この本には、障害者だけでなく、女性、高齢者、子ども、患者、不登校者など、「問題をかかえているとみなされている当事者たち」が、「自分のことは自分で決める」と声を上げ始めていることが描かれています。さまざまな当事者運動の流れが、ひとつに合流する機運が熟してきたことを感じさせます。 縦糸と横糸から織りなされる社会の新しいうねり、「当事者主権」は、社会をくみかえる。大胆な提言の書です。 1944年生まれ。20歳の時に交通事故により受傷し、四肢まひになる。1986年初めての自立生活センター、ヒューマンケア協会設立。1990年DPI日本会議議長に就任。交通アクセス運動を全国に展開する。1991年に全国自立生活センター協議会を設立し事務局長に。1996年自立生活センターの事業の制度化といえる市町村障害者生活支援事業を初年度より受託。1997年 1948年生まれ。社会学者。現在、東京大学大学院人文社会系研究科教授。著書に『家父長制と資本制』 『差異の政治学』(以上、岩波書店)、『ナショナリズムとジェンダー』(青土社)、『国境お構いなし』(朝日新聞社)、『サヨナラ、学校化社会』(太郎次郎社)などがある。 自立支援と自己決定/4 当事者になる、ということ/5 当事者運動の合流/6 専門家主義への対抗/7 当事者学の発信/8 「公共性」の組み替え 自立生活運動の歴史/3 「自立」とは何か?/4 自立生活センターの成立/5 自立生活支援という事業/6 当事者の自己決定権とコミュニケーション能力/7 介助制度をどう変えてきたか/8 自立生活運動の達成してきたもの/9 新たな課題 支援費制度のスタート/4 介護保険と支援費制度の違い/5 育児の社会化をめぐって だれが利用量を決めるか?/3 だれがサービスを供給するか?/4 社会参加のための介助サービスをどう認めるか/5 家族ではなく当事者への支援を ノウハウの伝達と運動体の統合/4 組織と連携/5 適正規模とネットワーク型連携/6 法人格の功罪/7 事業体と運動体は分離しない/8 政府・企業・NPOの役割分担と競合/4 規制緩和と品質管理/5 雇用関係/6 ダイレクト・ペイメント方式/7 ケアワーカーの労働条件 施設主義からの解放/4 精神障害者の医療からの解放/5 脱医療と介助者の役割/6 医療領域の限定/7 サービス利用者とサービス供給者は循環する 資格認定と品質管理――フェミニストカウンセリングの場合/4 ケアマネジメントか、ケアコンサルタントか/5 ケアマネジャーの専門性と身分保障/6 1 女性運動と女性学/2 性的マイノリティとレズビアン/ゲイ・スタディーズ/3 患者学の登場/4 自助グループの経験/5 精神障害者の当事者研究/6 不登校学のススメ/7 障害学の展開 |
[ 183] 岩波新書 当事者主権
[引用サイト] http://www.iwanami.co.jp/hensyu/sin/sin_kkn/kkn0310/sin_k143.html
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当事者適格(とうじしゃてきかく)とは、個々の訴訟において、当事者として訴訟を追行し、判決などの名宛人となることにより、有効な紛争解決をもたらすことができる地位をいう。いうなれば、その者が裁判を起こす資格があるかどうか、裁判を起こすのにふさわしい属性を有しているかどうか、という点の問題である。 民事訴訟(行政訴訟を含む)で問題となり、当事者適格のない者による訴訟提起、当事者適格のない者に対する訴訟提起は、一般に却下の要件となる(具体的内容を審査した結果、訴えを認めない「棄却」とは一般に区別される。)。 ある者を当事者として本案判決をしても有効適切な紛争解決がなされない場合に、その者の訴訟追行を排除することによる訴訟資源の無駄の排除 多数人に関係のある事件について、その関係者の中から訴訟追行に最も適した者を選びだし、その訴訟追行の結果をその他の者にも及ぼすことで訴訟資源の効率化を図る 訴訟類型について、若干異なるが(詳細は後述)一般に原告と被告に分け(当事者適格が原告適格・被告適格に分かれるのは、当事者が原告・被告に別れることに対応したものである)、以下のように定義されている。 原告が被告に対し一定の給付を求める訴訟においては、一般則に基づき、自分の請求権を主張する者(原告)と、その者によって義務者と主張された者(被告)が当事者である。当事者主義に基づき、その関係は客観的なものではなく、原告の主張によって決せられる。原告の主張により被告とされたものでも、裁判所が当事者適格がないと判断した場合訴えは却下される。 原告が一定の事実等の確認を求める確認訴訟においては、その類型の性格上、訴訟範囲が止め処もなく広がる恐れがある。このため、確認の利益(訴えの利益)が認められる場合にのみ。本類型の訴えが許される。このことから、確認の利益が認められる場合に、当事者適格も認められる。 形成訴訟においては、原告・被告は法定されている場合が多く、その者のみが当事者適格を有することになる。 民衆訴訟とは、国又は地方公共団体の機関の法規に適合しない行為の是正を求めて、原告が自己の法律上の利益にかかわらない資格(例えば選挙人たる資格)で提起する訴訟を言う(行政事件訴訟法5条)。原告が本案判決による確定について実質的利害関係を有する必要がなくとも訴訟提起できる点が、通常の訴訟と大きく異なる重要な点である。 原告および要件は法定されている。 この「当事者適格」は、法分野に属する書きかけ項目です。この記事を加筆・訂正などして下さる協力者を求めています。(P:法学/PJ日本の法令) |
[ 184] 当事者適格 - Wikipedia
[引用サイト] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BD%93%E4%BA%8B%E8%80%85%E9%81%A9%E6%A0%BC
