戦闘とは?

戦闘(せんとう、英:combat, battle)とは作戦を実行する個別的な局面において、敵対する部隊が戦闘力を使用する行動、またその結果生じる状態を指す。
戦闘とは一般的に敵対している部隊が特定の目的を達成するために戦闘力を行使する行動、またはその行動によって引き起こされる一連の交戦状況であり、具体的には発見(索敵)、機動、攻撃・防御、追撃・後退行動と段階的に進展する。戦闘において部隊を指導するのは戦術であり、戦闘の目的や投入される戦力の装備、規模は作戦計画によって決定される。戦闘では敵と敵施設に対して武器兵器を使用して殺傷することによって抵抗行動を排除し、作戦目標を達成することが主要な作業となる。戦闘当事者である兵士たちは非常に強い肉体的・精神的なストレスを受けながら戦闘行動をとることになるため、被弾や被爆で死傷するだけでなく、衝撃的な経験からPTSDなどの精神疾患を患う場合もある。また戦闘は戦闘当事者双方ともに生死の狭間という極限状況において活動するため、戦場心理と呼ばれる特別な心理状態になることもある。そのため、戦闘力の要素として火力や機動力などのほかに軍事的リーダーシップが含まれると考えられている。
戦闘とは一般的には単に戦力同士の武力の衝突であると考えられているが、厳密には戦闘よりも小規模な「交戦」と区別される。(Field Manual 100-5を参考)
交戦(engagements):敵対する戦力間で発生する小衝突、小競り合いを指す。ただし、片方の戦力が防御行動に出ている場合は、これが戦闘に発展することはない。ただし航空戦においてはミサイル、機関砲が使用された時点で交戦と見なされる。
戦闘(battles):戦闘とはある目的を達成するため(作戦を通じて)に敵対する戦力によって組織的に行われる戦術的な衝突であり、交戦の集合体である。各種戦力の特徴によってその進展はさまざまであり、非常に広範な地域において長時間にわたって行われることがあるが、即時決戦となる場合もある。交戦において双方が事態を発展させていくと戦闘に至る場合もある。
作戦:戦闘を円滑かつ合理的に遂行するために計画実行されるのが作戦である。この作戦に基づいて戦闘は進められる。戦闘は作戦の下位概念である。
戦争:戦争とは主に国家間において方面作戦及び一連の作戦が継続的に実行されている状況であり、作戦・戦闘の集合体であると言える。
戦闘の形態は戦術論、武器兵器、歴史文化などによって変化してきた。太古の戦闘は一騎打ちといった儀式的なものであったりしたが、兵器の発達や戦争の規模が拡大するにつれて会戦の形態が主になっていった。そのため19世紀まで、戦闘の規模が、地理的には一望できる視界範囲を、時間的には攻城戦を除いて1日ないし2日(冬季の日の短い時期など)の範囲を超えることはめったになかった。しかし第一次世界大戦から、軍の戦線が延伸し、戦闘の期間が延長する傾向が顕著になった。動員兵力の増大と、兵器の長射程化が原因である。そのためこれ以後現代に至るまで、小競り合いと戦闘との区別、戦闘がない時と戦闘中との区別は、しだいに曖昧になっていった。(戦争、戦術、軍事史を参照)
陸戦は陸上で実施される戦闘である。徒歩、装輪などの複数の機動手段と部隊編制、多様な攻撃・防御・後退行動の戦術行動、火器が発達した現代では長短射程、直曲射弾道射撃などを有機的に組み合わせて行われる。また陸地は人間の生活基盤が存在するため、陸戦は複雑な心理的影響を与える。加えて陸戦は非常に多様な側面を持っており、作戦、地形、気候、時間帯、戦術などにより様々に分類することができる。(陸戦を参照)
陣地戦:いくつもの野戦築城が準備された地域で行われる戦闘。戦線が膠着し、その野戦陣地が逐次増強されてきている場合に発生する。(塹壕戦はこれに含まれる)
攻城戦:一方が要塞・城砦に立て篭もって防勢をとり、敵対する戦力がそれに対して攻撃して起こる戦闘。(近代以降は要塞戦と呼ばれる)
籠城戦:攻撃を仕掛けてくる敵に対し要塞・城砦に立て篭もって迎え撃つ戦闘。攻城戦の守勢側からの呼称。(因みに、余談ではあるが南北戦争で目と鼻の先にある要塞同士で戦闘が行われた事例があった。)
会戦:大規模な部隊が決戦を目的として準備した上で、戦場で対峙してから行われる戦闘。主に近代の世界大戦以前の戦闘を指す。
白兵戦:近接戦闘部隊による突撃を主要な戦術行動とした戦闘。(旧軍用語では遠戦・火戦(火器を用いた戦闘)と対比されることがある)
海戦は水域において海上戦力が戦術的に衝突した戦闘をいう。気象、水路、海洋短波、潮汐などに影響され、また補給・整備の関係から持久戦を実施することができず、決戦となり、またその結果も完全な勝利か殲滅的敗北のどちらかになる傾向が強い。特徴として水域における戦闘であるために陸上戦力のように地形を戦力化することが殆どできず、兵器の性能が戦闘の勝敗を直接的に決める。そのため海戦はランチェスターの法則が殆どそのまま適用される。分類には以下のようなものが代表的に挙げられるが、さらに特殊作戦、監視・哨戒、情報戦、指揮統制、電子戦、補給などが関わる。(海戦を参照)
水上打撃戦:水上艦艇を以って敵の水上艦艇、地上戦力、陸地の施設などに対して砲やミサイルなどで攻撃する戦闘。
対潜戦闘:潜水艦に対する対潜艦艇、航空機による戦闘をいう。その要領として、聴音ソナー、アクティブソナーなどを用いて捜索、探知して対潜魚雷、対潜ミサイルで攻撃を行う。また潜水艦の攻撃に迅速に対応するために精度を犠牲にして行う攻撃を行う場合もある。
航空戦は航空戦力による戦闘をいう。航空戦は極めて迅速に進展し、また地球上あらゆる場所で発生し、高度な打撃力で敵と交戦できる特徴がある。航空戦力は長時間その空域に駐留することはできないため、その進展は即時決戦であり、敵航空戦力を撃破することによって航空優勢を得ることができる。確保ただし空軍はその戦力の特徴上から作戦によって分類している。(詳細は航空作戦を参照)
戦闘とは戦力が直接的に戦闘力を行使し、相手を排除してでも目的を達成しようとする場合に発生するものであるため、ここで述べる戦闘は厳密には戦闘ではない。しかし闘争の形態として一般的に認知されている。
地形、天候などの自然環境的な状況から状況把握は始まる。特に陸上戦闘は地形との関係性が極めて強く、特に緊要地形は遅滞なく確保することが必要である。その上で敵部隊を「発見」することがまず重要である。敵部隊は通常偽装・隠蔽によって自らの存在をできるだけ知らせないように努めるため、敵部隊の情報を得ることは容易でない。情報活動によって報告される多様な情報は指揮官の下に集められ、総合的に分析される。これは効果的な作戦を立案していくために非常に重大なものである。また敵情は逐次変化するため、情報の更新が欠かせない。この段階で実施されるさまざまな偵察活動や情報活動は、具体的には警戒部隊の監視、捕虜の尋問、戦闘パトロールでの偵察などが挙げられる。ただし状況の全てついて完璧に把握することは事実上不可能であり、指揮官は常に不完全な情報に頼って決断を下す必要性がある。この情報の不完全性はクラウゼヴィッツが「戦場の霧」と名づけており、戦場においける意思決定の困難性をもたらしている。
作戦計画の立案において、作戦の目的、敵部隊の規模や配置、作戦に投入可能な部隊、作戦区域の地形などに基づいて策定し、戦闘を具体的にどのように遂行するのかを計画する。例えば敵に対する攻勢作戦を立案する場合、敵の位置や規模などについて考慮した上で、どのような機動攻撃(包囲・迂回・突破など)を行うのかを決定して攻勢を計画する。この過程で必要な武器弾薬、時間、予想される失敗のリスクなどを考慮して具体的な運用が決められていく。(作戦を参照)
作戦が策定された後、上級指揮官からまず各級指揮官に作戦内容が伝えられる。この内容に基づいて作戦部隊はそれぞれが自分の任務を理解して装備を整備し、砲兵部隊や航空部隊に火力支援を要請し、兵站組織から弾薬や食料などを受け取り、戦闘を準備する。
戦闘で敵を殲滅するためには、まず敵の動きを「拘束」することが必要である。迅速に機動する敵に対して確実に機動攻撃を行うことは難しいため、迂回や包囲によって敵の機動力を減衰させる。敵の拘束に成功したら、敵の戦闘力を無力化・低下させるために、敵を混乱に陥らせる「攪乱」を行う。攪乱によって敵部隊の連携を分断して組織的な抵抗を封じ込め、逆襲の間隙を与えないように努める。
戦闘では常に位置の優位性を巡る攻防があり、戦場では敵味方がしばしば移動している。この移動は「機動」と呼ばれ、この能力は機動力と考えられており、機動力は緊要地形の確保や迂回・包囲などの敵との移動速度を争う戦術行動に大きな影響を与える。また敵を拘束・攪乱して無力化すれば、最終的に火力攻撃・突撃を行う。これを「打撃」と呼び、ここで敵を制圧することができる。
戦闘後に敵の一部が孤立化して残存していれば、戦果拡張が行われる。戦果拡張によってより多くの被害を敵に与え、戦闘の戦果をより拡大することができる。またこれに続いて戦場から離脱する敵に対して追撃が行われる場合もある。作戦が終了してからは、戦場を捜索して、死傷者に適当な処置、遺棄物を収集などの戦場掃除を行い、死傷者を収容、情報を収集、略奪を防止する。
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[ 197] 戦闘 - Wikipedia
[引用サイト]  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%88%A6%E9%97%98

戦闘服(せんとうふく、英:Combat Dress,独:Kampfanzug)とは、軍人が戦闘時に着用する特種の軍服である。当初は、平時の通常勤務服と戦場での戦闘服とを区別しなかった。しかしながら、平時の通常勤務服は威儀を整える目的が強いのに対して、戦闘服は迷彩、衛生等の必要性が強く、必ずしも同一の服装を用いることが適当ではないことが多かった。そこで、各国の軍隊(特に陸軍)は、通常勤務服と戦闘服とを分離する服制を採用するようになった。
武器としてライフル銃が使用される以前の戦闘は、わずかな例外を除き接近戦であった。そのため混戦状態における識別を容易にするため、派手な原色を用いた戦闘装備が主流であった。
しかし、ライフル銃の登場及びその性能(有効射程と命中精度)が向上してきたため、原色の戦闘装備では戦場で目立ち過ぎ、遠距離から狙撃されてしまうという弊害が生じた。このため1900年頃から比較的目立たないアースカラーを主体とした戦闘装備が造られるようになった。
多くの陸軍の戦闘服の生地は、仮想戦場が森林、平原、密林、砂漠等の地理的条件により目立たない色合が選ばれることが多い。第2次世界大戦頃まで最も多く使用されていた色合いはカーキ色である。これは、インドの自然条件を背景にインド駐箚英軍で採用され始め、第2次ボーア戦争頃の1902年に英軍全体で施用されるようになった。これにならって各国にも採用されるようになった。
その後、生地に複数の色彩で雲形や斑点の模様(パターン)をプリントした迷彩生地が登場した。 そして1929年にイタリア軍が迷彩生地を用いたテントを採用、同じ頃ドイツ軍でも研究が進められ、1930年代初頭には迷彩テント及び迷彩服(スモック)が採用された。
この当時の戦闘服は、制服と兼務されており、派手な徽章がついていたが、それを着用したまま、迷彩効果を上げるため、どうしても通常の軍服の上に重ね着するスモックという形を採らざるを得なかったと思われる。 このスモックは上着のみで、あくまで応急的な処置であった。
その後ドイツ軍は1944年頃に、迷彩生地でできた制服を開発、正式に配備した。これが迷彩服のルーツであると考えている研究家も多い。
これにさかのぼる1940年初頭に、アメリカ軍は各種迷彩生地でできた戦闘服を開発、一部が少数採用され、限定的に使用されたが、試作、研究の域から脱することはなかった。
現代は戦場の埴生や冬季・夏季の季節に応じた多種な迷彩服が多用される。ヘルメット(鉄帽)にも同様の迷彩柄を施した「迷彩カバー」を被せることが一般的である。
日本陸軍では、日露戦争に際して戦時服が定められ、その後それが通常勤務服(45式)に採用された例もある(大日本帝国陸軍の軍服参照)。
陸上自衛隊では当初、迷彩服は対外的に刺激が強いことからオリーブドラブ(OD)色の戦闘服が用いられた。また、階級章も白色の線等で表されていたが、階級章が迷彩効果を大幅に削ぐ問題点があった。そこで、1980年代頃に北海道における大規模な地上戦を想定して北海道の植生において迷彩効果の高い迷彩服を採用した(階級章もODに黒線に変更されている)。その後、1991年頃に日本全国の植生において迷彩効果の高い新型迷彩服(迷彩服2型)を採用するに至った。以前は通常の業務にはOD色の作業服を着用し、迷彩服は演習時のみ着用していたが、現在ではほとんどの部隊で恒常業務でも迷彩服を着用している。
航空自衛隊でも、青磁緑色の「作業服」のほか、迷彩柄の「迷彩服」(陸自とは別パターン)が用いられる。なお海上自衛隊は警備職種等、迷彩服を着用する必要性の高い隊員のみ、陸上自衛隊と同様のパターンの迷彩服を着用している。
米海兵隊は第2次世界大戦中の太平洋戦線で1942年にジャングル戦用のカモフラージュを初めて少数であるが採用した。米陸軍では、2005年4月以降、ACU迷彩と呼ばれる全地域型迷彩服の配備を始めている。なお、米軍の通常勤務服装についてはアメリカ合衆国の軍服を参照。
帝政ロシア時代は、近衛兵部隊はカラフルな被服も用いられたが、一般の軍は白又は濃緑の被服が用いられた。もっとも、コサック連隊は、クリミア戦争の間、基本的なカモフラージュパターン技術を使用した。全軍は、1908年からカーキ色を使うこととなった。ソ連軍、新生ロシア連邦軍では、特殊部隊と一般部隊とで、使用される迷彩柄が異なっていることが多い。米軍などは戦闘服の階級章や各種徽章も目立たないような色を用いるが、ロシア軍では比較的目立つ色も用いられる。
フランス軍では第1次世界大戦中の1914年頃まで、明るい青・赤の目立つ服装であったが、狙撃などの被害が多発したため、1915年頃にカーキ色の戦闘服に切り替えた。迷彩服は第2次世界大戦後に採用された。
現在では、オーストラリア軍は、AUSCAMと呼ばれている多色カモフラージュを着用する。これは米軍のBDUと類似してるが、コンピュータープログラムにオーストラリアの景色の色を入れることによって開発された。
なお、戦闘服という言葉は「勝負服」としてホステスなどを中心に仕事着の意味を持って使われていた時代もあった(今も使うものは稀にいるが、事実上死語に近い)。
この「戦闘服」は、軍事に関連した書きかけ項目です。この項目を加筆・訂正などして下さる協力者を求めています。(関連: ウィキポータル 軍事/ウィキプロジェクト 軍事/ウィキプロジェクト 軍事史)

[ 198] 戦闘服 - Wikipedia
[引用サイト]  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%88%A6%E9%97%98%E6%9C%8D



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