修正とは?

本年(平成8・1996)4月3日から6月2日まで新潟県・雪梁舎美術館で「中林梧竹展―越後の足跡」が開催される。本展の出品作はすべて同県北蒲原郡濁川村の素封家・真島家の旧蔵品であり、これらは明治28年秋、梧竹69歳のとき同家に滞在して揮毫したものである。出品一覧は次の通りである。
軸9点、額6点、六曲一双2点、書巻1点、書翰1点
梧竹臨古帖12幀、梧竹臨書帖5巻
上の「臨古帖冊」は、現当主の祖父・真島桂次郎の学書の範本として揮毫したと伝えられ、「墨」編集部より解説文執筆の依頼を受けました。
筆者は<梧竹堂書法>の研修方法につき、これまで「墨スペシャル」誌上に三回(第19・20・21号)小論文を発表し、楷行草三体については概略を書きました。しかし、篆隷については試案はありますが、それを裏付ける資料が不足しており、未着手でした。このたび公表された「臨古帖冊」のうち、次の二点は筆者の求めていた資料に該当するものです。
秦・琅邪台刻石(ろうやだいこくせき)
前漢・五鳳二年刻石(ごほうにねんこくせき)

中国書道史上、唐朝が最盛期である理由は、楷行草三体と共に篆書に李陽冰(りようひょう)、隷書に韓択木(かんたくぼく)が有り、漢字五体の大家・巨匠が現れたからです。
唐以後、宋・元・明代には篆隷の佳品はありませんが、次の清朝に入り乾隆期にトウ石如(とうせきじょ、完白山人、1743〜1805)が現れ、篆隷二体を兼ねた大家と認められました。その影響を受けてその後、
呉譲之(ごじょうし、1799〜1870)
何紹基(かしょうき、1799〜1873)
楊見山(ようけんざん、1819〜1896)
徐三庚(じょさんこう、1826〜1890)
趙之謙(ちょうしけん、1829〜1884)
呉昌碩(ごしょうせき、1884〜1927)
等が継承して篆隷書法研修方法が確立し、トウ石如は“清朝碑派の始祖”の地位を確保しました。
碑派の<篆隷書法の規準>は次のとおりです。
[篆書] 大篆技法 呉昌碩「戦国・石鼓文」臨書
小篆技法 トウ完白「秦・泰山刻石」臨書
[隷書] 後漢八分隷法 楊見山「礼器碑」臨書
〃 何紹基「張遷碑」臨書
以上は清朝末期(明治末年)までのことで、それ以後、次の2項が追加されました。
[殷・周・春秋期古銅器銘文] 鐘鼎古文技法
[前漢刻石(新・後漢を含む)] 漢碑古隷技法
これによって、中国では碑派の確立した篆隷の伝統技法を研修し、さらに各々の自由選択により、上記の碑版資料を研修することになりました。しかし、篆隷書法研修方法が確立していない日本の書道界では、中国方式の適用は不適当であることは明白です。そうであるならば、いかなる方策で篆隷書法研修方法を確立させるかが、二十一世紀を迎えるわが国の書道界に与えられた最重要課題の一つです。

中林梧竹の師・潘存(はんそん、1818〜1893)が創案した篆隷書法研修方法は、わが国現代書道界に与えられた先の課題に対応するものであり、概略は次の3項目です。
(1) 篆隷書法研修の基本は<楷法>である。
<唐碑 → 六朝碑方筆 → 六朝碑円筆>
の三段階で研修すべし。
(2) 中国書道史年表の年代順、すなわち
<殷 → 周 → 春秋 → 戦国 → 秦 → 漢>
に沿って篆隷書法を研修すべし。
(3) 篆隷には本流と支流があり、両者を研修すべし。
本流……殷・周・春秋期古銅器銘文、戦国・石鼓文、秦・泰山刻石、前漢刻石(新・後漢を含む)
支流……漢代金文(鏡銘ほか)、瓦当銘、(土専)銘
漢・晋代の木簡・竹簡・帛書
以上3項目を研修するためには、各項について権威ある入門者のための臨書範本と条幅範例作品があることが前提となります。
(1)の代表的臨書範本
○六朝楷法方筆範本……潘存臨「高貞碑」
○六朝楷法円筆範本……潘存臨「鄭羲下碑」
篆隷書法研修方法を創案した潘存は、上記2種の臨本によって(1)は達成しましたが、これは篆隷書法研修の“序説”であり、“本論”ともいうべき(2)(3)は「入室の門人」である楊守敬と中林梧竹に託して、明治26年郷里の海南島文昌で他界しました。
潘存没後、一世紀を経て中林梧竹の展覧会開催によって、前記の(2)に該当する臨書範本2種が公表されることになりました。ここに改めて入門者のために篆隷書法研修の基本となる範本を掲出します。

【篆隷書法入門者用臨書範本】
〈鐘鼎古文技法〉中林梧竹臨「五体法帖」篆書冊
比田井天来臨金文3種(『天来習作帖』所収)
〈大篆技法〉 呉昌碩臨「石鼓文」
〈小篆技法〉 中林梧竹臨「琅邪台刻石」(雪梁舎美術館)
比田井天来臨「泰山刻石」(『学書筌蹄』所収)
比田井天来臨「秦始皇詔版」(『天来習作帖』所収)
〈前漢古隷技法〉中林梧竹臨「五鳳二年刻石」(雪梁舎美術館)

【篆隷書法入門者用条幅範例】
〈鐘鼎古文技法〉中林梧竹臨書条幅200点以上(本文は篆、釈文は六朝楷書)
〈大篆技法〉呉昌碩「石鼓文」条幅臨書の全作品
〈小篆技法〉徐三庚(青山杉雨著『明清書道図説』収載)

【付記】
杜草山人のこの小論から11年余、本年(2007)6月23日から7月29日まで東京・世田谷区の五島美術館で特別展「中林梧竹」が開催された。書の出品作約40点は梧竹77歳以上の晩年の傑作群が大半を占め、そのうち臨書作品は12点が出陳された。本稿に関連するものは次のとおりである。
〈鐘鼎古文技法〉周・○公敦銘の臨書幅(80歳)
周・呉季子之子剣銘の臨書幅(81歳)
商・董武鐘銘の臨書幅(81歳)
周・得鼎銘の臨書幅(81歳)
〈漢隷技法〉 漢・開母廟石闕の臨書幅(70歳代)
漢・裴岑紀功頌の臨書三幅対(81歳)
漢・開通褒斜道刻石の臨書対幅(81歳)
〈漢金文技法〉 漢・初平洗銘の臨書幅(80歳)
以上のうち、漢・開母廟石闕の臨書幅を除けば、いずれも梧竹晩年の書であり、入門者・学書者が簡単に取りつけるものでない。あくまで鑑賞の対象とすべき作品である。梧竹の臨書では本稿で取り上げたものが入門者・学書者には恰好の範本であることは上述したとおりだが、その後、さらにより良い範本が出現した。それも折帖・冊子ではなく条幅である。先年、佐賀県立美術館学芸員の野中耕介氏が紹介した梧竹臨書条幅36点がそれである。(現在、佐賀県立美術館に寄託)
これらについては「梧竹異聞26」で概略は記したので詳細は省くが、当初40幅あったとされるこれらの臨書条幅は楷行草篆隷の五体にわたっている。参考までに六朝楷書と篆隷に関する21点を以下に列挙する。
〈六朝楷書技法〉 「張龍保…」九字一行幅
梁・エイ鶴銘「丹楊外仙尉陰真宰」一行幅
「子馮白羅子樊元妃…」三行幅
「僧国主中母及已具為法衆…」二行幅
北斉・徂徠山摩崖銘「弥勒佛観世音」一行書
呉・谷朗碑「府君諱朗字義先…」三行幅
北魏・広川王祖母造像記「景明三年…」三行幅
北魏・造像記「延昌四年…」二行幅
北魏・石門銘「門蓋漢永平中…」三行幅
「粤若稽古叡后欽明文思衡宰…」二行幅
北魏・中岳嵩高霊廟碑「真而聖哲…」二行幅
〈漢金文技法〉 「大吉羊宜用」一行幅
〈漢隷技法〉 漢・馮煥神道闕「尚書侍郎…」二行幅
「君夫人原紀則刊石」一行幅
「為誰子子路曰為孔丘曰…」二行幅
「弟故脩徳義牧伯納」一行幅
漢・允子游残碑「允字子游載…」二行幅
漢・石門頌「寧静蒸庶政與乾通…」二行幅
〈前漢古隷技法〉 五鳳二年刻石「五鳳二年魯…」一行幅
〈戦国大篆技法〉 石鼓文「馬既同○車既好…」三行幅
〈周鐘鼎古文技法〉「唯乙巳作母乙尊鼎…」二行幅
これらの中で昨年(平成18)1月、佐賀県小城市の中林梧竹記念館開館六周年記念の特別展において12幅が展観されたが、梧竹堂書法習得希望者のためにも簡便な範本の出版が行われることを強く望むものである。
(2007/9/15)

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[ 18] 梧竹異聞49
[引用サイト]  http://www1.ocn.ne.jp/~go79dou/ibun49.html



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