出身とは?

本多平八郎忠勝・・・戦国武将、徳川四天王の一人、「家康に過ぎたるものが二つあり、唐の兜に本多平八」、岡崎市出身
山内一豊・・・戦国武将、土佐藩主、ちなみに06年のNHK大河ドラマは「功名が辻〜山内一豊の妻〜」、一宮市or岩倉市出身
鈴木重成・・・島原の乱後天草・島原代官に任命され実際の生産高より遥かに高くみなされていた石高の見直しを幕府に求め復興に取り組む
鈴木正三・・・禅僧、弟の重成に請われ天草に移り住み民衆に勤勉に働くことの大切さを説き復興を支える、豊田市出身
細井平洲・・・江戸時代の儒学者、実行性に富む経世済民策を説く、反省改革で有名な米沢藩主・上杉鷹山の師、尾張藩校・明倫堂の初代督学(校長)、東海市出身
音吉・・・千石船で江戸へ向かう途中嵐にあいアメリカに漂着、鎖国のため日本に帰れずイギリス海軍の通訳として日英交渉に力を尽くす、世界初の和訳聖書の製作にも携わる、美浜町出身
永井尚志・・・外国奉行、軍艦奉行、京都町奉行などを歴任した幕末の高官、旧幕軍蝦夷共和国の箱館奉行、岡崎市出身
清沢満之・・・哲学者・宗教家、碧南市の真宗大谷派西方寺副住職を務める、真宗大学(現在の大谷大学)初代学監(学長)、絶対他力の精神主義を提唱、名古屋市出身
小笠原登・・・医師、円周寺(甚目寺町)元副住職、1941年にらい病(ハンセン病)は不治の病でもなく感染力も弱いため強制隔離や断種の必要はないと主張するが邪説として日本らい学会から糾弾を受ける、甚目寺町名誉町民
尾崎久弥・・・近世文学・浮世絵研究者、死後約1万点の資料が名古屋市の蓬左文庫に寄贈されたが特に洒落本は全国一ともいえる稀觀本や浮世絵を含むもので特筆に価する、名古屋市出身
森川勘一郎・・・茶人、国や愛知県の文化財審議委員会委員を歴任、高い古美術鑑識眼で収集したコレクションを1967年ごろに名古屋市に寄贈する
横井庄一・・・戦後30年近くグアム島に隠れ住み1972年に救出された日本兵、帰国第一声の「恥ずかしながら生きて帰って来ました」は流行語になった
木藤亜也・・・脊髄小脳変性症という難病になり1986年に闘病日記をまとめた『1リットルの涙』を出版し大きな反響を呼ぶ、2004年には映画化、2005年にはドラマ化される、豊橋市出身
杉浦友香・・・プロダンサー、2006年のブラジル・サルバドルのカーニバルのシンボルに外国人として始めて選ばれる、名古屋市出身
金田正一・・・元プロ野球選手、通産400勝・4490奪三振・365完投など数多くのプロ野球記録を残す
畑中清詞・・・元プロボクサー、WBC世界ジュニアフェザー級王者、日本ジュニアバンタム級王者、北名古屋市出身
山田満知子・・・元フィギュアスケート選手、コーチとして伊藤みどりや浅田真央、恩田美栄、中野友加里らの名選手を育てる、名古屋市出身
浅田舞・・・フィギュアスケート選手、第2回国際モードルオーディションORIBEグランプリ、名古屋市出身
浅田真央・・・フィギュアスケート選手、2006年のNHK杯で国際大会での女子歴代最高得点を記録、名古屋市出身
岩瀬仁紀・・・プロ野球選手、2005年にシーズンセーブ数のプロ野球記録更新、最優秀中継ぎ賞3回、西尾市出身
和田毅・・・プロ野球選手、2003年パ・リーグ新人賞、2005年パ・リーグMVP、東京六大学野球奪三振記録保持者、江南市出身
加藤源重・・・56歳で右手の指を失い箸や工具が握れる自分用のホルダーを作ったのを切っ掛けに体の機能の一部を失った人々の生活を補助する「自助具」作りの工房を開く、通称「三河のエジソン」
松井守男・・・画家、フランスの最高位勲章レジオン・ドヌール受章、豊橋市特別親善ふるさと大使、豊橋市出身
競基弘・・・「ドラえもんの様に人を癒し、助けるロボットをつくりたい」という夢を抱きながら23歳の時に阪神大震災で犠牲になる、2005年に災害現場で役立つロボット開発などに取り組む若手研究者を対象とした「競基弘賞」が創設される、名古屋市出身
日本武尊・・・記紀伝説上の英雄、景行天皇の皇子、東征の折現在の岡崎市矢作町を通りかかった際に住民を苦しめていた賊を滅ぼす、尾張の豪族の娘・美夜受比売と契りを交わし伊吹山の邪神の征伐に行く際に草薙の剣を預ける
安倍晴明・・・平安時代の陰陽師。寛和3年(987年)に尾張国狩津荘上野邑に来住(一説では流刑とも)した時、マムシや蛇が多く被害に遭う村人が多いのを見て加持してこれを封じた
藤原俊成・・・歌人、後白河院の命を受け勅撰集『千載和歌集』の編集を行う、久安元年(1145)12月から同5年(1149)まで三河国司を務め蒲郡の竹谷・蒲形地区の開発を行い琵琶湖竹生島から竹島に八百富神社を勧請する
源範頼・・・平安から鎌倉時代にかけての武将、兄頼朝の命を受け平家追討のため西下する途中で上地八幡社(岡崎市)に拝礼し武運長久と戦勝を祈願する、源氏が勝利を得て三河の守護となった後に工人武田某に命じて八幡宮に社殿を建てさせる
足利義氏・・・鎌倉時代の御家人、1221年に三河守護職になり以降鎌倉幕府滅亡まで足利氏が三河の守護職を世襲する
足利尊氏・・・室町幕府初代将軍、岡崎を中心に三河一円を勢力の基盤としていた、矢作川の戦いに敗れて乙川の上流に陣取り「明日の戦に勝利を得せしめ給えば必ず報恩のためにこの地に一寺を建立し奉る」と延命地蔵菩薩に祈願し大勝するが誓文を果たせず遺言とする
足利義満・・・室町幕府三代将軍、尊氏の遺命により広沢山天恩寺(岡崎市)を建立、寺の扁額も義満の筆のものとされる
田中吉政・・・戦国武将、1590年から1600年まで岡崎城主を務め城と城下町の造成や矢作川築堤などを行う
宮本武蔵・・・江戸初期の剣術家、尾張徳川家の平方指南役を目指し尾張を訪れるがかなわず笠寺観音の宿院の東光院に滞在、百年忌に弟子によって笠寺観音に顕彰碑が建立される
徳川家光・・・江戸幕府第三代将軍、大樹寺・伊賀八幡宮・六所神社・高月院等の松平・徳川家ゆかりの社寺を整備
大岡越前守忠相・・・江戸時代中期の幕臣、名江戸町奉行として有名、西大平陣屋を置く、東京・赤坂の豊川稲荷は豊川市の本山から分霊し自邸にまつったのが起源
十返舎一九・・・江戸後期の滑稽本「東海道中膝栗毛」の作者、1805(文化2)年に名古屋へ取材旅行をし医者・神谷剛甫らに歓待される
白瀬矗・・・南極探検家、南緯80度5分・西経165度37分の地点に日章旗を掲げ「大和雪原(やまとゆきはら)」と命名する、旧挙母町(現豊田市)で死去、吉良町に「大和雪原開拓者之墓」の墓碑がある
柳田国男・・・民俗学者、東京大学在学中の明治31年(1898)に伊良湖岬に1ヵ月余り滞在し後に『遊海島記』に「畳み奇する浪の上に、帆の静かに横走る、また雲の往来の珍しきも、いまだ見ぬ人には語りがたき景なり」と記す
島崎藤村・・・詩人、小説家、親友の柳田国男から伊良湖岬で椰子の実を見付けた話を聞き『椰子の実』の詩を詠む
杉原千畝・・・第二次世界大戦時の「命のビザ」発行で知られる外交官、名古屋市立古渡尋常小学校(現平和小学校)を「全甲」の成績で卒業
野口雨情・・・童謡作家、先祖が南北朝時代に後醍醐天皇について戦ったが三河国足助庄に追われ当時の村名から「野口」姓を名乗った、本人も「足助音頭」「挙母音頭」を作詞
豊田佐吉・・・発明家・実業家、豊田自動織機製作所(当初は豊田商会)を設立しトヨタグループの礎を気付く
柏木哲夫・・・精神科医、日本緩和医療学会元理事長、淀川キリスト教病院名誉ホスピス科長、1994年日米医学功労賞受賞、金城学院大学学長
橋本真由美・・・ブックオフ元社長、東証1部上場企業においてパートタイマー出身者が経営トップに就くのは非常にまれなケースとして脚光を浴びる、一宮女子短期大学卒
落合博満・・・元プロ野球選手、三冠王3回(歴代1位)、首位打者5回、本塁打王5回、打点王5回、1987年から93年まで中日ドラゴンズに所属、2004年から中日監督
ドラガン・ストイコビッチ・・・1994年から2001年に引退するまでJリーグの名古屋グランパスエイトでプレー、愛称は「ピクシー(妖精)」、日本外務省の委嘱で西バルカン平和定着・経済発展のための「平和親善大使」を務める
貞本義行・・・漫画家・アニメーター、『新世紀エヴァンゲリオン』ではキャラクターデザインを担当する、高浜市在住
菅原浩志・・・映画監督、豊橋市制施行100周年記念映画「早咲きの花」の監督を務めたのを機に豊橋ふるさと大使を委嘱される
山本茜・・・騎手、名古屋競馬場所属、地方競馬で最上位に格付けされる「G1」レースに女性騎手として初めて出場
野口みずき・・・マラソン選手、2004年アテネ五輪金メダリスト、2002年の名古屋国際女子マラソンを初マラソン日本歴代2位(当時)の記録で優勝
武豊・・・騎手、名前が町名と同じという縁で1989年の武豊町合併35周年・武豊港開港90周年記念の際に一日町長に就任、2005年3月に中京競馬場で行われた高松宮記念で勝利しJRAのGI競走で行われた全ての競馬場でGI勝利を成し遂げる
吉野万理子・・・作家、第1回新潮エンタテイメント新人賞受賞、大学卒業後の数年間中日新聞社員として名古屋に在住
マリア・シャラポア・・・テニス選手、2002年に初来日し名古屋市で開催されたジャパンオープンジュニアのシングルスで準優勝する

[ 40] 愛知県の基礎知識 出身者&縁の有る著名人
[引用サイト]  http://red.kakiko.com/hagiwara/person.htm



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