披露とは?
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2005年3月・4月・5月歌舞伎座から始まる「十八代目中村勘三郎襲名披露興行」の記者会見が、11月27日、都内のホテルオークラでおこなわれました。 会見の最初に、「会場に“勘三郎襲名披露”という文字をみて、うちの親父(十七代目勘三郎)の追善だったのかと思いまして・・・まだピンときていません」。と勘九郎さん。「勘三郎を名のらせていただきますが、これからももっともっと自分のやりたいことをやって、守りは守り、攻めは攻めという姿勢で勤めさせていただきます。(勘九郎という名を名のって)45年という時があります。勘三郎より勘九郎時代のほうがきっと長いでしょうが、その分、中身の濃い、いつも何かを考えながら芝居を進んでいく勘三郎でありたい・・・実は勘三郎という名をうちの子供に付けて、怒ろうと思っていた時期があります。「何してるんだ勘三郎!コラ」って(笑)。うちの親父に言ったら仏間に連れて行かれまして・・・『おれがせっかくここまでの名前にしたのに、お前はまた継いで良い名前にしなくちゃいけないじゃないか』って本気で怒られました。 そのときから勘三郎をいつか継がせていただこうと思っておりました。継いだ以上は大好きだった父に恥ずかしくないように良い勘三郎になりたいと思います」。 勘九郎時代のチャレンジ精神や、ニューヨーク公演・平成中村座の公演は勘三郎になっても続けていきますか?という質問には「もちろん!襲名狂言に研辰を選ばせてていただいたのも、やってみないとわからないから。このポスター(摩天楼を背景にした襲名ポスター・上写真)もこんな馬鹿なこと!ですよ、暑かったんですよ本当!傘差して汗流しながら撮った・・・こういうことで、“まだこれからもやるんだよこの人は、馬鹿なことを!”と思っていただきたい。襲名といって納まっちゃうような感じではなくて、僕の場合は“まだこれから”ということ。だから今生きてる作家に書いてもらうものをやりたい。だから野田さんには5月までは死んでもらいたくないんです(笑)」。 襲名披露狂言について、「うちの親父に感謝なんですけど8百以上の役を演じているので、その中から選ぶのがうれしい悩みでした」。 11月27日はご本人の結婚記念日で、会見場所と同じホテルオークラが結婚式場であったとのこと。24年前と同じ日、同じ場所でさらに輝いていた勘九郎さん。3月・4月と口上が続くので、5月は口上をちょっと変えてみようと猿若座の座元“勘三郎”として登場するそうです。“新しい勘三郎”が生まれる襲名披露興行が、いまから楽しみです。 掲載情報の著作権は歌舞伎座に帰属しますので、無断転用を禁止します。掲載されている写真は著作権情報を確認できるようになっています。 |
[ 165] 中村勘三郎襲名披露記者会見
[引用サイト] http://www.kabuki-za.co.jp/info/news/04/1127/
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襲名披露口上ポスターと、『夕霧名残の正月』の舞台で着る紙衣(かみこ)の衣裳の前で 「四代目坂田藤十郎襲名披露興行」の記者会見が、6月8日、都内でおこなわれました。 初世坂田藤十郎は、江戸時代の元禄期に、上方で“和事”を創始し、その芸位は歌舞伎界最高位をきわめ、後年は「上方歌舞伎の祖」とも呼ばれました。 その大名跡・坂田藤十郎を231年ぶりに襲名する中村鴈治郎が抱負を語りました。 「231年ぶりに坂田藤十郎という名跡を襲名することになりました。藤十郎を襲名するにあたり、縁の深さをつくづく感じています。初代の藤十郎がスターになった狂言『夕霧名残の正月』の上演が1678年で、その25年ほど後、『曽根崎心中』が竹本座で上演されております(人形浄瑠璃)。さらにその250年後、『曽根崎心中』が歌舞伎で上演され、私はその時「お初」の役をいただき、“扇雀ブーム”とともに世の中に出していただきました。つまり、私が世に出た『曽根崎心中』は、初代の全盛時からほんの25年後には上演されているわけです。 藤十郎を襲名するにあたり、やはり人の真似ではいけないと思っています。自分の芸をみせ、自分の芸をつくり、襲名させていただく狂言も私なりに勉強して、“私の歌舞伎”というものを皆様方にお目に掛けようと思っています。 藤十郎という人は一生懸命に自分の芸を磨き、自分の芸をつくり、上方の和事を伝えました。私も、これからの生涯“平成の藤十郎”として、悔いない歌舞伎役者としての人生を送りたいと思っております。 “一生青春”という言葉が大好きで、ずっとそれを思いながら人生を送っております。青春とはなにも年齢のことを言うのではございません。ひとつの目的をもってがんばる、そういうことだと思っております。今回の襲名の狂言が決まったときも、「よーし、これからやるんだ!」という気持ちになりました。」 新しい屋号は山城屋。初代坂田藤十郎が、『夕霧名残の正月』で藤屋伊左衛門を演じた際に、本当の紙で出来た衣裳・紙衣(かみこ)を着て評判になり、以後、坂田藤十郎のシンボルになったと言います。 今回の襲名興行『夕霧名残の正月』では、初代藤十郎が演じたように、紙衣の衣裳で演じます。 紙衣姿の藤十郎が230年の時を経て現代に蘇り、劇場全体が“和事・藤十郎のムード”に包まれる。そんな襲名興行が今から楽しみです。 掲載情報の著作権は歌舞伎座に帰属しますので、無断転用を禁止します。掲載されている写真は著作権情報を確認できるようになっています。 |
[ 166] 坂田藤十郎襲名披露記者会見
[引用サイト] http://www.kabuki-za.co.jp/info/news/05/0608/
