大入道とは?

むかしむかし、四の付く日ごとに立つ市がだんだん大きくなって、商(あきな)いをする人たちがここに住みついて町らしくなったころの四日市の話や。
反物(たんもの)の商いをしている久六(きゅうろく)の店に、身のたけ六尺(しゃく)もある若(わか)い大きな男が訪(たず)ねてきて、
「わしんとこは、こんな小さな店やし、若い者をつこうたことがないんやでなあ」
「わしは、町へ出たことがないで、給金をもらえるような仕事はようせんかもわからんけど、一生懸命(いっしょうけんめい)働くんで、頼むわ」
ところが、それから三日、十日とたつうちに、不思議なことに久六の店に反物を買いにくる客が増えはじめてな。大男の商いぶりは評判がええし、反物の売り上げもぐんぐん増え、三年もたつと、久六の店は町でも評判の大きな店になっとった。
「おまえが店に来てから、早いもんでもう三年も過ぎたんやなあ。おまえのおかげで店は大きくなったし、お客さんも富田や桑名の遠い方からも来てくれるようになった。そこで、わしら夫婦(ふうふ)と娘(むすめ)からの頼みなんやが、うちのむこになってこの店をついでくれんかなあ」
「とんでもないことで。この店で働かせてほしいとお願いしたのは、このわたしです。それにわたしは、おじょうさんのむこになれるような男やないんで、どうか、いままでのように働かせてください」
と、ことわったんやって。大男の気持ちがかたいんで、久六もあきらめたんや。
むし暑うて寝(ね)ぐるしい夜ふけやった。久六は、あんまり暑いんで、縁(えん)さきで涼(すず)もうかと、縁がわづたいに大男のへやへ通りかかったんや。なんとなしに、ひょいと大男のへやを見ると、しょうじに大きな影(かげ)が映(うつ)っとってな。その奇怪(きっかい)な姿(すがた)に、久六の足は一歩も動けんようになってしもたんや。
その影は、首が胴(どう)から長くのびて、頭がゆらゆらと動いてな。しばらくすると、首がにゅーっとあんどんの方にのびて、あんどんの油をなめるんや。ぶきみに動く首の先にある頭は、よう見るとたしかに大男のものやった。
あくる朝、目がさめた久六が、こわごわと大男のへやをのぞきこんだら、だれもおらんのだ。部屋のすみに、大男が着とった縞(しま)の着物が、きちんとたたんで置いてあるだけやった。その大男がどこへ行ってしもたんか、だれもわからなんだ。
今、四日市祭りで、縞の着物を着て、首を伸ばしたり縮(ちぢ)めたりしてねり歩く大入道はな、どこへ行ってしもたんかわからん大男の無事を祈(いの)ってつくられたのが始まりやったというこっちゃ。

[ 132] 四日市市◆大入道(中納屋町)
[引用サイト]  http://www.pref.mie.jp/BUNKA/plan/minwa/hokusei/yokaiti/index.html

名称は大きな僧の意味だが、地方によって姿は実体の不明瞭な影のようであったり、僧ではなく単に巨人であったり、様々な伝承がある。坊主(僧)姿のものは大坊主(おおぼうず)ともいう。また大きさも人間より少し大きい2メートルほどのものから、山のように巨大なものもある。
人を脅かしたり、見た者は病気になってしまうとする伝承が多い。狐や狸が化けたものとする説もあるが、多くは正体不明とされている。
嘉永年間、支笏湖畔・不風死岳(ふっぷしだけ)近くのアイヌ集落に大入道が出現した。その大きな目玉で睨みつけられた人間は、気がふれたように卒倒してしまったという。
第二次世界大戦最中の昭和12年(1937年)。赤紙を届けに行った人が、赤羽駅の近くにある八幡神社踏切で兵士の姿の大入道に襲われ、4日後にその場所で変死した。大入道の正体は自殺した新兵、もしくは失敗を責められて上官に撲殺された兵士の亡霊と言われた。ちなみにその近辺では、赤紙を受取ったという者は誰もいなかったという。
阿波国名西郡高川原村字城(現・徳島県名西郡石井町)では、小川の水車に米などを置いておくと、身長二丈八尺(約8.5メートル)の大入道が現れ、それを搗いておいてくれると言われていた。ただし搗いている様子を見ようとすると、脅かされてしまうという。
かつて仙台の荒巻伊勢堂山に、夜毎に唸り声を発する大岩があった。さらにはその大岩が雲をつくような大入道に化けるという話もあった。
当時の藩主の伊達政宗はこの怪異を怪しんで家来に調査させたが、戻って来た家来たちは、大入道の出現は確かでありとても手に負えないと皆、青ざめていた。
剛毅な正宗は自ら大入道退治に出向いた。現場に着くとひときわ大きな唸り声と共に、いつもの倍の大きさの入道が現れた。正宗が怯むことなく入道の足元を弓矢で射ると、断末魔の叫びと共に入道は消えた。岩のそばには子牛ほどもある獺が呻いており、入道はこの獺が化けたものであった。
越中国下新川郡黒部峡谷に16体もの大入道が現れ、鐘釣温泉の湯治客たちを驚かせた。身長は5丈〜6丈(約15〜18メートル)で、七色の美しい後光が差していたという。
江戸時代中期、三河国の豊橋近くに、古着商人が商用で名古屋へ行く途中、大入道に遭遇した。身長1丈3〜4尺(約4メートル)と伝えられており、大入道の中では小さい部類に属する。
ある秋の夜。伊吹山の麓に大雨が降り、大地が激しく震えた。すると間もなく、野原から大入道が現れ、松明状の灯火を体の左右に灯して進んで行った。
周囲の村人は、激しい足音に驚いて外へ出ようとしたが、村の古老たちが厳しく制した。やがて音がやみ、村人たちが外へ出ると、山頂へと続く道の草が残らず焼け焦げていた。古老が言うには、大入道が明神湖から伊吹山の山頂まで歩いていったということである。

[ 133] 大入道 - Wikipedia
[引用サイト]  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%85%A5%E9%81%93

ガールズマップは完全無料の出会い掲示板サイトpya.cc/iタイトル:大入道  (2007-08-05)寸感:おー、こりゃ降るなー夕立の時にかぎって傘持ってない人 カウンター: 24 コメント欄へ  この作品の最後へ投稿者:無銘様  (詳細データ)  (投稿者様の他の作品検索)
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365ぱぶりくす群馬の露天風呂に入っていたら、遠くにこんな雲が出てきてて、油断してたら「ドドーン!」とカミナリが落ち、土砂降りに。ハダカで全力疾走したのはあれっきりですね(汗) 07-08-05 17:59

[ 134] pya! 大入道
[引用サイト]  http://pya.cc/pyaimg/pimg.php?imgid=45725



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