一哉とは?
|
週に1回ゲームクリエイターにお話を聞いて、お友達まで紹介してもらっちゃうスペシャル企画だ! 今回のゲストは、『弟切草』『かまいたちの夜』『街』などの作品に関わられた麻野一哉さんです。初めはゲームに関する仕事ではなく、映画業界やTV業界などで物語を表現する仕事に就きたかったとおっしゃる麻野さん。しかし、ある大作RPGのエンディングを見たことで、ゲーム業界を目指すことを決心されたそうです。一体、麻野さんの心を動かしたRPGとは何だったのでしょうか?それでは、早速お話を伺って行きましょう。 最初に、これまでの職歴や現在携わっているお仕事を教えてください。また、麻野さんが現在のお仕事に就く決心をしたのはいつ頃、どんなことがきっかけでしたか? そして伝説へ』以降、ゲームボーイ版の『風来のシレン』シリーズ以外はほぼ、すべてのゲームに関わっています。代表的な作品は『弟切草』『トルネコの大冒険』『かまいたちの夜』『街』などです。 現在は携帯電話用のアプリゲームや、その他色々なことをやっています。近いうちに、ゲームブックを出版すると思うので、楽しみにしていてください。 それまで学生演劇をやっていて、「なんでもいいからとにかく物語を表現できる仕事に就きたい」と思っていました。しかし、映画業界もテレビ業界も狭き門だし、何か、どさくさにまぎれてもぐりこめる“若い”業界はないものかと考えていました。ゲームはもともと『インベーダー』時代から大好きだったんですが、パズルやアクションしか知らなかったので、違うと思っていたんです。しかし、『ポートピア連続殺人事件』をやって、ゲームの世界でも物語表現が出来ると気づき、それが『ドラゴンクエスト』によって確信に変わりました。 元々は関西に住んでたんですが、すぐに東京に出てきてチュンソフトに入社しました。『ドラゴンクエスト』と『ドラゴンクエストII 悪霊の神々』では、ユーザーの一人でしたが、『ドラゴンクエストIII そして伝説へ』ではデバッガーとして、『ドラゴンクエストIV 導かれし者たち』ではプログラマーとして携わっていました。若さゆえのスピードだったと思います。ちなみにコンピュータに触ったのは、この頃が初めてでした。若さゆえのムチャだったと思います。 前回ご登場いただいた、米光さんと出会った時の第一印象はどのようなものでしたか?また、米光さんとのお付き合いの中で、面白いエピソードなどがありましたらお聞かせ下さい。 米光さんの第一印象は、線の細い文学青年というものでした。ただ、これは会ったときの状況が、「江戸川乱歩を語る」という座談会みたいなものだったので、そんな風に思ったのかもしれません。その後、線などまったく細くないことがよくわかりました。 実は、米光さん夫妻には、我々夫婦の婚約届の証人をやってもらいました。しかし、夫婦別姓にしたいということで、1年も立たないうちに離婚。そのときの離婚届けの証人も、米光夫妻にやってもらいました。そのとき、「多分また結婚すると思うから、この婚約届けもついでにサインお願い」と頼んだら、「いいかげんにしろ。金とるぞ!」と怒られましたね。今もその婚約届けは、麻野の本棚にしまってあります。というわけで、麻野は実質的には結婚生活を営んでいますが、書類上では独身です。 これまで麻野さんが携わってきた作品の中で、特に思い入れが深い作品をいくつか挙げてください。また、これまでに考えられた数々のアイディアがどういった作品でどんな風に使われたのかお聞かせください。 思い出深い作品のひとつは『街』です。理由としては、責任者として最後に関わった大作ソフトだというのが大きいです。俳優を使って渋谷ロケを行ったということも当時のゲームでは珍しかったですし、大勢の人間と関わったので思い出深いです。正直、期待以上の売り上げにはならなかったんですが、今も熱心なファンがいらしてくれて、未だにゲーム雑誌のベスト20などに名前を残してくれています。ありがたいと思っています。 その他のタイトルにも思い出はたくさんあります。『弟切草』は最初のオリジナル作品でしたし、『トルネコの大冒険』では、初めて最初から最後まで自分でシナリオを書きました。『かまいたちの夜』では、ほぼ自分の思い通りにゲームを作ることができました。それぞれに大きな思い入れがあります。 今まで生み出したアイディアの中で、印象深いのは『不思議のダンジョン』シリーズの頃です。 『トルネコの大冒険』の次に、『不思議のダンジョン』シリーズの続編を作ることになったんですが、巻物や薬草、杖に変わる概念のアイテムが欲しいなあと思いました。今までのアイテムは、主人公の体を変化させたり、敵のモンスターに影響するものでしたので、アイテムに影響を与えるアイテムというのが、今までになくて良いのではないかと思いました。それでできたのが、「壺」というカテゴリーのアイテムでした。『風来のシレン』ではアイテムが増える壺や、変化する壺などとして登場しています。 これまで、自分の仕事に影響を与えた映像、文学、音楽作品などはありますでしょうか。また、それは麻野さんにどんな影響を与えてくれましたか? 影響を受けたものは山ほどありますが、それが自分にどんな影響を与えたかというと、解らないですねえ。自分の精神深くに沈降して、無意識のうちに作用してるんじゃないでしょうか。ちなみに、好きな映画は「生きる」「風の谷のナウシカ」「鉄男」「狂い咲きサンダーロード」「ジェイコブズ・ラダー」「いつかどこかで」などです。デビッド・リンチ監督の作品も大好きです。本では 筒井康隆、小松左京、アガサ・クリスティ、エラリー・クイーン、しりあがり寿、岸田秀などの作家の作品が好きで、キリがないです。音楽は、キッス、クイーン、ポリス、ELO、アラン・パーソンズ・プロジェクト、PIL、遠藤賢司、忌野清志郎、これもキリないです。芝居だと、野田秀樹と北村想、木野花、渡辺えり子ですね。 麻野さんが今、一番興味を持っていることはどんなことですか?また、「こんなゲームをつくりたい」「こんなゲームで遊んでみたい」など、今後のゲーム・エンタテイメント業界におけるご自身の展望や、業界全体への希望などをお聞かせ下さい。そして最後に、今後ゲーム業界を目指している読者へ向けて、作品作りにおいて一番大切だと思うこと、作品を世に送り出すにあたって心がけていることをお聞かせ下さい。 今、一番興味があるのは海底遺跡を研究するダイバーです。スキューバダイビングのライセンスはあるので、やってみたいと思っています。 作ってみたいゲームは、敷居が低くて間口が狭く、そのくせ奥行きのあるタンスの引き出しのようなゲームですね。作るだけでなく、そんなゲームを遊びたいです。そして、枝葉末節のお化粧はほどほどでいいので、ぐっとおもしろさだけをワシ掴みにできるようなゲームが作りたいし、遊びたいです。 ゲームを生み出すのにあたって一番大切かどうかは別ですが、バランス感覚は大事だと思います。ついつい、良いものを作ろうとすると、やたらと労力や時間をかけてしまいがちなんですが、どこかで手間と結果が比例曲線を描かなくなります。10時間かけてクオリティが2上がったとして、じゃあ20時間かけたら4上がるかというと、3しか上がらなかったりします。その後、どれだけ時間かけても、3.1とか3.2にしかならないということが多々あります。こういう場合は、20時間で打ち切らないと、コストパフォーマンスが悪すぎます。あまった時間で次のゲームを作ったほうが、作り手も、ユーザーもハッピーだったりします。こんなことに気がつくのに、20年近くかかりました。 世に送り出すにあたって心がけているというのと少し違いますが、あるものを作るか作らないかの判断は、自分が本気で「おもしろい」と思えるかどうかにかかっています。「おもしろくない」と思ったものを、お仕事として受けることだけは避けています。ただ、やっかいなのは、開発期間が長くなると初心を忘れてしまい、「これ、本当におもしろいのかなあ」と不安や疑念がどんどん大きくなってくることです。そんなときは、「いや、あの時、確かにおもしろいと思ったんだから、間違いないはずだ!」と自分に言い聞かせます。そんな強さも大事かと思います。 演劇からゲームへと舞台を変えて物語を表現しておられる麻野さん。これからも、ゲームを通じて表現される物語で、プレイヤーの心を揺さぶって頂きたいと思います。まだまだお話をお伺いしたいところですが今回はここまでです。それでは次回のお友達を紹介いただきましょう。 『風来のシレン』の生みの親でチュンソフト時代の仲間、冨江慎一郎さんを紹介します。といっても、ゲーム業界としては麻野より先輩です。元テクモで、『キャプテン翼』やゲーセンのトラックボールを使った筐体のサッカーゲームなど、知り合う前から麻野もどっぷりはまったゲームを作っていらっしゃいいました。 冨江さんはゲームデザイナーとして、チュンソフト作品に関わられているクリエイターさんです。一体どんなお話をお伺いすることができるのでしょうか?次回もお楽しみに。それでは麻野さん。今回は本当にありがとうございました。 |
[ 63] Gpara.com クリエイターズ・ファイル:「おもしろいと思える物語を表現したい」麻野一哉さん
[引用サイト] http://www.gpara.com/contents/creator/bn_182.htm
