ナインティナインとは?

ナインティナイン(NINETY-NINE)は、日本のお笑いコンビである。岡村隆史(ボケ)と矢部浩之(ツッコミ)のコンビ。1990年結成。吉本興業(東京本社)所属。 略称「ナイナイ」「99」「NN」。
初期に披露した漫才では、岡村の全身を使ったダイナミックなボケと矢部の「〜じゃないスか」などの冷静な「敬語ツッコミ」が特徴的。岡村が「身長はひゃく**じゅっ**ンチです」とゴマかす「チビネタ」や、岡村が常識的なことをあえて知らないフリをしたり勘違いしたまま暴走し、それを矢部が軽く突っ込みながらも岡村を泳がす「勘違いボケ」などを得意とする。初期は舞台を中心にコントや漫才を行なっていたが、大阪から東京に活動の場を移してからはテレビのバラエティ番組をメインに活動している。
1990年のコンビ結成直後から常に第一線で活躍し続けている人気コンビで、2007年現在は芸歴的にはすでに「若手」の域を越え、立場的に「中堅」と呼ばれる位置であるが、その芸能活動の安定感はもはや「大御所」の一角を担う存在となりつつある。
同時期にデビューした芸人たちの中では最も早出世であったため、現在も冠番組を数多く抱えている。その反面、1990年代後半頃からは他の番組へのゲスト出演が少ない。
それぞれ単独で活動する際、活字の上では「ナイナイ岡村」「ナイナイ矢部」と表記されるか、知名度が非常に高いため単に「岡村隆史」 「矢部浩之」と表記されることもある。
大阪府立茨木西高等学校サッカー部の先輩後輩として出会う。岡村隆史(当時高1)は矢部の兄・矢部美幸(当時高2、現ファンタスタープロモーション代表取締役社長)とサッカー部の先輩後輩で面識があり、自宅へ招かれたところに矢部浩之(当時中3)がいたのが初対面となる。後に矢部が同じ高校のサッカー部に所属し、練習中に矢部から岡村に「岡村さん、『夕やけニャンニャン』って見てはります? 僕あれ観てるとドキドキするんですよ」と話しかけたのが初めての会話。
1989年、矢部が大学受験に失敗したことに伴い当時立命館大学夜間部の学生だった岡村隆史を誘い、NSCに9期生(同期はほっしゃん。と宮川大輔)として入所、コンビ結成当時は岡村がツッコミ、矢部がボケを担当していた、しかしNSCの講師に「ボケとツッコミが逆」と言われたことにより役割を交替している。
吉本興業に所属するきっかけを作ったのは先にお笑い芸人として同社に所属していた矢部の兄・美幸、しかし実際のところ2人は正式にNSCを卒業しておらず、授業料未納により除籍処分となっている。
1991年、吉本の若手コンビ6組で構成されるユニット「吉本印天然素材」に加わり東京進出、ここで岡村が一際目立つ小柄な体格とダンス経験を活かしたキレのいい動きで活躍、これに合わせてコンビとしても頭角を現し全国的に徐々に知名度を得ていった、その後は単独でテレビに出演する機会も増え、ミーハーな女性ファンの多さに危機感を感じたこともあり(天素ビデオなどの岡村談)、1994年に「天素」から脱退する。
程なくして、当時人気番組であった『ねるとん紅鯨団』(フジテレビ系)の芸能人大会にコンビで出演。岡村が豪快に振られる等お笑い芸人として見事な活躍を見せる、この頃から人気・知名度が急上昇し芸歴4年そこそこながら多くのレギュラー番組を獲得していった。
1999年にはゴロ合わせで「ナイナイの年」と銘打ち、映画出演や多数のライブイベントなどを精力的にこなした。
「2人が吉本総合芸能学院(NSC)の第9期生であったことから9を2つ重ねて命名した」と公には答えているが、実際には「コンビ名の由来に特に面白いエピソードもないし、詳しく答えるのが面倒なのでそういうことにしている」らしい。コンビ名の由来に関しては、岡村のブレイクダンスの得意技の名前という説、お笑いを99歳までやりたいからという説、2人の母校・茨木西高等学校が大阪府立の99番目の高校だからとする説などの諸説がファンの間にはあったが、2007年10月25日放送の「ナインティナインのオールナイトニッポン」内で、ブレイクダンスの技である1990(ナインティーンナインティ) が本当の由来であることを岡村、矢部両人が認めた。詳しい由来については、ブレイクダンスの1990(ナインティーンナインティ)という技が「ナインティナイン」という名前であると勘違いし、「ナインティナイン」とコンビ名をつけたとのこと。 また同放送内で、コンビ名の由来に様々な諸説があることを知り、それを面白がった岡村は、9は数字上(0から9)では一番大きな値であることから、9を2つ並べることでコンビ2人ともビッグになるという意味もあるなどと、それらしいとも半ば強引ともとれるような後付けで、自らコンビ名の由来の新たな説を披露していた。ブレイクダンスの技から名前をとった理由としては、「響きがよかったから」「その技がかっこよかったから」などと明かしている。またNSCでの初めてのネタ見せの時には既にコンビ名をつけていたため、周りから変な目で見られたらしい。
大学生だった当時は体育教師を目指していた岡村だったが、それは「安定した職についてほしい」という父の勧めによるものであった。矢部の誘いをきっかけに「俺は親父の敷いたレールの上を歩いていただけやった」(岡村談)と思い直し、お笑いへの方向転換を決意したという。
この時岡村の父は「隆史をヤクザの世界に誘いおって、矢部を絶対に許さへん!」と大激怒し、その後矢部が岡村の家に遊びに行っても口を全く聞いてくれなかった。お笑い芸人として成功した現在も岡村の父は矢部を完全には許してはおらず、険悪な関係のままのようであるが、岡村は「今では親父も少しは認めてきている」とラジオの中で発言している。
部活経験から現在も共にサッカーファンとして有名。岡村は草サッカーチームを持っており、矢部に至ってはテレビ朝日系列で『やべっちFC』というサッカー情報番組を持っている。
矢部に嫉妬する岡村は、時々『やべっちFC』にVTR出演しキャスター起用を直訴するほか、『オールナイトニッポン』の中で「おかっちFC」(現在はやっていない)というコーナーを勝手に作り、勝手に日本のサッカーを批評している。
ナインティナイン担当の歴代マネージャーはあだ名を付けられるのが恒例になっている。命名は何故かよゐこの有野晋哉。特にキャラクターが特徴的な人物は『ナインティナインのオールナイトニッポン』で面白いエピソードとして語られてしまうため、リスナーにもネタにされることが多い。
岡村には「自分が芸能人である以上、一般のサラリーマンであるマネージャーとは一線を引いて付き合う」というポリシーがあり、呼び捨てにしたくないという気持ちからあだ名を必ずつけることにしているようである。一方の矢部は普通に苗字を呼び捨てで呼んでいる。
歴代マネージャーのあだ名には、河内マン(河内)・坪倉大臣(ツボクレンジャー、坪倉)・磯塚センターフライ(磯塚)・イトックス(伊藤)・なかなかじま(中島)・お茶子さん(中村)・サトスター(佐藤)・アジアンビューティー(土橋)などがある。
90年代前半、岡村のみなんばグランド花月の吉本新喜劇に在籍し出演していた時期があった。ほぼ強制で入団させられた形であったが、矢部には入団の命令がなかった。
吉本の後輩芸人である元ビッキーズのすっちーは矢部と高校の同期。また南海キャンディーズの「しずちゃん」こと山崎静代は同校の後輩にあたる。
岡村は、携帯電話のメモリーに矢部浩之を「やへ」で登録しており、矢部の兄でファンタスタープロモーション社長の矢部美幸を「やべ」で登録している。(本人談)
岡村は、矢部が月9ドラマ「天気予報の恋人」の中で寒いノリツッコミをした為にそれ以来月9神話が崩壊した、TBS系ドラマ「花嫁は厄年ッ!」ではオープニングで笑顔で手を振る矢部に対する違和感から、他の番組にチャンネルを回したなどと、ドラマに出演した際の矢部のことをよくネタにする。
受賞後、司会の桂三枝にインタビューされ岡村は号泣。またこの時矢部は舞台で着る衣装がなく、2期先輩である蛍原徹(雨上がり決死隊)のジャケットを借りて挑んだ。
1997年 : 『岸和田少年愚連隊』(監督は井筒和幸)で第39回ブルーリボン賞 新人賞・作品賞を受賞。
1999年 : 『メッセンジャー』で矢部浩之が第23回日本アカデミー賞 話題賞・俳優部門受賞。
1999年 : 岡村隆史主演の香港映画『無問題(モーマンタイ)』で第23回日本アカデミー賞 話題賞・作品部門を受賞。
彼らの出演しているレギュラー番組は長続きしており、テレビ番組では「めちゃ×2イケてるッ!(11年1ヶ月)」・「ぐるぐるナインティナイン(13年7ヶ月)」が、ラジオ番組では「ナインティナインのオールナイトニッポン(13年7ヶ月)」(2007年11月現在)が10年以上放送されている。
木:ナインティナインのオールナイトニッポン(オールナイトニッポン) 25時〜27時 (ニッポン放送系)
ビートたけしのお笑いウルトラクイズチーム(1994年春)、ぐるぐるナインティナインチーム(1995年秋〜)として出場
毎年9月9日を「ナインティナインの日」と位置付け、2人の地元である大阪で毎年同日に『ナイナイライブ』を行なっており、衛星放送のWOWOWでほぼ生中継されている(諸事情により編集後放送のためリアルタイムではない)。2004年は当日が木曜日であったためラジオ大阪より『オールナイトニッポン』を放送した。
明治製菓 『プッカ』、『きのこの山・たけのこの里』(ラジオCMは「ナインティナインのオールナイトニッポン」とのコラボレーション)『アポロアイス』
任天堂 『マリオパーティ7』(HOT MARIO BROS.、その他の企画で、岡村はマリオ、矢部はルイージに変身した。以下4つのCMも同じ。)
宮川大輔 - ほっしゃん。 - へびいちご - 矢野・兵動 - 川畑泰史(吉本新喜劇座長) - 杉岡みどり - 竹内ゆうじ
吉本興業 - 吉本印天然素材 - 加藤浩次 - よゐこ(濱口優・有野晋哉) - 雛形あきこ - 鈴木紗理奈 - オアシズ(光浦靖子・大久保佳代子) - 武田真治 - 山本圭一 - 雨上がり決死隊(宮迫博之・蛍原徹) - FUJIWARA(藤本敏史・原西孝幸) - バッファロー吾郎(竹若元博・木村明浩) - 矢部美幸
カテゴリ: お笑い芸人 | 吉本興業 | ラジオ番組のパーソナリティ・DJ | ナインティナイン

[ 93] ナインティナイン - Wikipedia
[引用サイト]  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8A%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%8A%E3%82%A4%E3%83%B3

『ナインティナインのオールナイトニッポン』は、ニッポン放送で木曜深夜に放送されているラジオ番組。パーソナリティは、お笑いコンビのナインティナイン(岡村隆史・矢部浩之)。通称「ナイナイのオールナイト」、「ナイナイのANN」、「99のANN」。
1994年4月4日の月曜2部(月曜27:00〜29:00)の第1回から数えて2004年4月1日で満10年、同年6月3日で通算500回を迎えた。そして2007年4月からは14年目に入り、これまで最長だった『笑福亭鶴光のオールナイトニッポン』の記録(11年9ヶ月)を大幅に更新している。
リスナーから送られてくるネタでコーナーを構成しており、より多くネタを読まれるよう努力するハガキ職人がこの番組から多数誕生した。また、ハガキ職人出身の放送作家(野村正樹(通称:メルヘンうんこ)、細田哲也(通称:顔面凶器)など)を数名輩出しており、将来ナインティナイン自ら育てた作家を集めてバラエティ番組を作るのが夢だと語っている。岡村自身が全てのハガキに目を通すなど、かなり力を入れている。
フリートークでは、2人のプライベートの話や、普段テレビでは見られないような一面が垣間見られ、2人ともテンションがテレビの時よりも若干低くなり、落ち着いたトークが聞かれる。
冒頭(1時)…時報直後にナイナイ2人が声を揃えてひとこと叫んで(通称「怒鳴り」)すぐタイトルコールがあり、間髪入れずにテーマ曲(ビタースウィートサンバ)。怒鳴りは時事問題やナイナイ周辺の近況などに関連して何かしらの意味を持つキーワードになっており、主にオープニングトークへのネタ振りとなっている(稀にそのパターンを裏切って特に触れないこともある)。芸能人の結婚報道がその週にあると「おめでとう」と叫ぶ確率が高い。
テーマ曲のイントロの後、岡村「どうもこんばんは」矢部「こんばんは」岡村「ナインティナインです」矢部「はい」というように始まる。時報からここまでは怒鳴りを除いて毎回ほぼ同じトーン、同じリズムである。
オープニング…「タイトルコール」→「トーク」→「提供クレジット読み」と、他曜日の同番組に比べやや変則的。
なおかつ、オープニングトークが10分前後なされる為、タイトルコール後に流れる『ビタースウィートサンバ』が全て聴ける。
フリートーク…前回の放送後から一週間の内で、岡村にとって印象深かった出来事などを話題としてトークをしていく。矢部は概ね聞き役となる。
2時の時報…岡村が午前2時(JST)の時報(ネット局によっては時報が鳴らない)とともに怒鳴る。殆ど「悪い人の夢」のコーナーが時報と同時に開始するので「2時!悪い人の夢」と怒鳴るが、ゲストが来ている場合やトークの途中の場合は「2時!」や「2時!(コメントあり)」と言う。また、CM中に時報になった場合は「2時〇○秒」や「2時ちょっと過ぎ」と言っていたが、最近はフィラー中でも強制的にBGMを止め岡村が「2時」と言っている。但し、長引いた場合など、やらない(または忘れる)週がたまにある。
放送終了前後…3時の放送終了前、最後のジングルが明けてからのトークで岡村が「本日は○○スペシャルと題しまして2時間ぶち抜きで・・・」などと語ることがしばしばあるが、実際は多少触れた程度で、それほど重要でない場合が多い。
番組の締め・・・・番組を締める時に矢部が「わーわー言うております」岡村が「お時間です」、そして2人で「さようなら」と落語の話の終わりに言う台詞を言ってフェードアウトとなる。ただし、エンディングトークが長引いた場合などには、一部のネット局では締め台詞の前に話の途中で強制フェードアウトされる。最後に、ネット局にもよるが3時の時報前に「ニッポン放送、ナインティナインのオールナイトニッポン」と入る(CMアイキャッチでも使用されている音声)。
エンディングテーマ・・・他の曜日は一定しているが、この番組のみ異例でエンディングテーマは毎週の番組内でのキーワードによって決定されている。
ジングル…基本的には「僕の点取り占い」が読まれたり、様々なシチュエーションにおける2人のジングルが流れる。エンディング前の「口笛ジングル」も「点取り」のように話題になっているネタを評価している。
ゲストがいる場合、ゲストがコメントを言っているジングルが流れる。そのジングル中の曲はナイナイライブにて使用された曲(トッシュ増田作曲)。また、そのゲストが過去に出演したときのもの、関わりのある人のものが使われることがある。
CMアイキャッチ…3時の放送終了と同様に、「ニッポン放送、ナインティナインのオールナイトニッポン」とBGM中かあるいは前に入る。
下ネタ…ネタコーナーでは下ネタの含まれたものも読まれる。度が過ぎると罰則の対象になる。しかしある意味、逆に名誉とされている。主に杉本彩、ジャネット・ジャクソン、アニータ・アルバラード、村西とおる、梨花、杉田かおるがネタにされる。
罰則…この番組にはハガキ職人に対する処罰があり、ナインティナインの2人とディレクターで判断を下す。上ほど罰が重いと見られる。
破門…オールナイトニッポンの名を貶める行為を行った場合に言い渡され、恩赦があるまでハガキなどが一切読まれなくなる。ハガキ職人の“あさきち”が、雑誌「じゃまーる」に「ナイナイのオールナイトのあさきちです」と名前を曝してベル友を募集したことが発覚し、初の破門となった。他にも「ドリチン倶楽部」で恋愛相談が読まれたことをきっかけに、下ネタのフツオタ(普通のお便り)を送り続けた職人などがあるが、近年は執行されていない。
反省文…自分がなぜ、こんなネタを書いてしまったかという理由を添えてディレクターに送るということになっている。時々、真面目な反省文を送ってくるリスナーがいて、このときはナイナイも困っていた。
毒まんじゅう…岡村が「流行に乗り遅れている」ことを意識してるためなぜか毒まんじゅうと連呼するようになった。そのため、ネタコーナーで下品なネタを送ってきた人に対するノベルティに罰として「毒まんじゅうを差し上げときましょう」言っている。
このほか1週休みなどがある。また、ネタに関して忠告やお願いが発せられることがあり、これに従わなかったハガキ職人が複数出て、岡村が番組中説教を始めたことがある。
特殊な罰則として、岡村がネタを読んでいる時に噛んだり読み間違えたりした時に、投稿者へのお詫びとして岡村自身の私物を送る事が恒例となっている。
加山雄三(腕毛フサフサ!)、深田恭子(恭子は・・・王子様みたいな人が好きです、恭子の事ネタでいじめないで下さい)、小林克也(やべっちポーカーフェイス!)、もんたよしのり(ハナクソやで)、水野晴郎(矢部くん大好き!!)、乙葉(今の私なにか欠けてる?)、後藤真希(こんばんは俵孝太郎です)、矢部美幸(矢部の兄)(かんべんしてやー浩之、岡村うっちんと土食わせ)、和泉元彌(空中元彌チョップ)など。トークでその人物の話題が出ると、すかさず挿入される。
ネタの中には、周期的に繰り返されるフレーズがあり、採用時に岡村は「こんなんの扱ってるのウチのラジオだけやで」と言う(新しく立ち上げる短文のコーナーに多い)。
吉川晃司(モニカ)、反町隆史(ポイズン)、小室哲哉(ガリガリチンコ)、松本幸四郎(ラマンチャ、(ラ・マンチャの男))キダ・タロー(浪速のモーツァルト)、山城新伍(チョメチョメ)、島田紳助(〜って素敵やん)、清水圭(タレと塩、一緒に焼いたらあかんねん)、大友康平(フォルテシモ)、聖飢魔II(デーモン小暮閣下)(お前を蝋人形にしてやろうか)、松方弘樹(パイプカット)、ハイヒールリンゴ(ストレートヘア)、知念里奈(ワチャゴナ)、加山雄三(仮面ライダー)、布施明(シクラメン)、やしきたかじん(やっぱ好っきゃねん)、西川きよし(子供が三人おりますねん/妻・ヘレンの場合もあり)、上方よしお(かりあげ)、水谷豊(ジ〜グ〜ザ〜グ〜(カリフォルニア・コネクション))、持田香織(マグロ)、渡部篤郎(愛なんていらねえよ、夏)横山ノック(セクハラ)
関西芸人(及び関西人)を扱うネタ(桂小枝、桂文珍、桂ざこば、トミーズ健、浜村淳、夢路いとし・喜味こいし、上沼恵美子、島田洋八、円広志など)の際は、二人が大爆笑することが多い。その際、関西地域のみ伝わるネタの場合は、岡村が「関西地区は大爆笑」と全国ネットを配慮したコメントをする。最近は、やしきたかじん、同じ吉本興業所属の勝谷誠彦の発言を利用して、名指しを含んでネタにしている(酷い場合は苦言を呈している)。
毎年最初の放送(または2回目の放送)では、岡村が正月に帰阪し中学、高校の頃の同級生と再会した時の話をする。特に茨木西高サッカー部の同級生の変化(主に頭髪に関してで、はげネタが番組内で非常に大きな笑いになる)や飲んだ時の様子の話は、リスナーのみならず相方である矢部も楽しみにしている。
3ヶ月に1回、期間中にネタコーナーで読まれた回数を競うハガキ職人大賞を開催している。放送では1位から5位、また惜しくも入賞しなかった数名(頑張り屋さん)が発表される。入賞者には順位に応じて賞品(ハガキ)が送られ、それぞれの枚数は1位は50枚、2位は30枚、3位は20枚となっている。
ちなみに賞品のハガキには「ナインティナインのオールナイトニッポン」の判子が押してあり、そのハガキを他の番組に送るとハガキ職人を破門になる。
番組内では概ね、岡村がフリートークの主導とネタハガキ、矢部はリアルタイムで届くメールや提供クレジット・各種告知文の読み上げといったように、役割分担が自然に出来上がっている。しかし、矢部の不調などの理由で岡村がそれらを代読するというイレギュラーな事態が稀に起こる。余談ではあるが、2007年8月16日放送では矢部が喉(声)に不調を来たしたために実際にそのような事態となったが、変則的な雰囲気とそのしゃがれ声を面白がったリスナーによる矢部への物真似リクエストのメールが殺到した結果、岡村によってメールが通常よりも多く読まれるという珍事も起きた。
ハガキの宛先:〒100-8439 ニッポン放送「ナインティナインのオールナイトニッポン」各コーナーまで。
フリートーク前のBGM(以前は「ボーダフォン」だったが、「ソフトバンク」に言い直した為、2006年10月12日より変更、同時にBGMも0/1 ANGELから変更された。)で矢部が上記を口述しており、更に各コーナーの終わりにもハガキの宛先を口述している。
ハガキは岡村に分かりやすいように文字を書かないと不採用とされる場合がある。例えば、ハガキには蛍光ペンなどで枠文字は禁止されており、岡村が見づらいという観点で黒ペンのみとなっている。(参考)
新コーナーは告知後次の週に始まり、コーナーが終了する際には通常岡村の「終了!」という怒鳴りと「ファンファーレ」で終了となる。コーナーは注目の番組や芸能人、既存のコーナーでとりわけ勢いのあるネタなどから発案され、一方終了のタイミングは、勢いがなくなった、コーナーの元ネタが終了、元ネタの芸能人が番組に出演など様々。ゲスト出演に合わせて1度しかやらないコーナーもある。
ノベルティはネタコーナーで送られ、2006年5月4日の放送より、映画『トム・ヤム・クン!』とタイアップしたノベルティ、「オカム」、「ヤベクン」に変わったが、ネタの内容によっては貰えないこともある。二人が大爆笑したときのみ、「ダブル(2個)」となる。ハガキが採用されてのお楽しみとなっている。特有のノベルティがあるコーナーもあり、現在「点取り占い」では「ナイナイバッジ」、「今週のインパクト」では「インパクトコンパクト」が、それぞれ送られており、「ヤベノート」と「点取り占い」の採用者はエンディングで矢部が紹介する。過去には面白かったネタの採用者に岡村所有のガンプラが送られる事があった。また、岡村がハガキの内容を読み間違えたり、途中で噛んだりするなどミスを犯した場合には私物が送られることもある。
CM明けに番組へフェイドインする際にBGMが流れ、人物や言葉などで点数を決める。岡村が読み上げるバージョンと矢部が読み上げるバージョンがある。「オールスター感謝祭」(TBS系)、「27時間テレビ」(フジ系)、「24時間テレビ 愛は地球を救う」(日テレ系)での発言、各局のワイドショー・ニュース番組のメインキャスターが夏季休暇に入った事を伝える際の台詞は通例的に採用されている。
色々な芸能人の悪い夢の中で起こる話を送るコーナー。笑っていいとも!特大号の打ち上げでの、酔っ払った笑福亭鶴瓶の悪行が元ネタ。当時TBSテレビで放送されていたTV番組「大笑福亭鶴びん」をもじった「大笑福亭悪びん」というコーナーから、芸能人全般を範囲にしたコーナーに変化したもの。(しかし、「大笑福亭悪びん」は「Windows99」から変化したという説もある。)決まりは書き出しの「夢見ました。」と誰が何をしていたかという説明部分だけで、あとはほぼフリースタイル。そのため、このコーナーで人気のネタが新コーナーになることがある。通常放送では2時の時報に合わせて岡村が「2時! 悪い人の夢!」と怒鳴り、コーナーが開始する。2時を過ぎてもトークをしている場合、「2時!」とだけ怒鳴る。
2003年に.com時代にコーナー化されていたが、オールナイトニッポンが40周年ということで5年ぶりに復活した。24時間、常にセックスの事を考えているというジャネットの日常を教えるコーナー。特に、このコーナーは下ネタの確率が非常に高い。
沢尻エリカとの交際が発覚したハイパーメディアクリエイターの高城剛のネタノートに書かれている言葉や文章を教えるコーナー。コーナー紹介BGM:YUI「LOVE&TRUTH」
ナイナイとスタッフが泣ける話を絵本風に紹介。オルゴール風のBGMが流れる。2006年8月31日の放送ではこのコーナーのスリル版である「怖い絵本」が放送された。
週刊誌風の見出しを作るコーナー。コーナー名はゴシップ雑誌「BUBKA」と棒高跳び選手セルゲイ・ブブカをかけたもの。最近は「〜みたいな顔になる」のネタが頻繁に読まれている。
リスナーから寄せられた(主に性や恋についての)悩みに矢部が答え、岡村が意見を述べるコーナー。番組の一番最後のコーナーで2時50分頃に始まる。矢部のタイトルコールの後に「どりちんどりちん」という掛け声が入る。
本番組のハガキ職人を経て、プロの構成作家になったものもいる。しかしプロ転向後にナインティナインの2人に報告に来る職人は少ないとのことで、番組内で報告するように呼びかけることもあった。
レイティング期間になると各番組にゲストが出演するが、この番組はそれ以外の時(岡村曰く「平場(ひらば)」)でもゲストが出演することがあり、芸能人以外では岡村の親友や妹、矢部の母もゲスト出演している。
告知や宣伝を目的として来たゲストに対しては必ずといっていいほど岡村が「この番組で告知(宣伝)しても効果ありませんよ」という主旨の断りを入れ、さらに具体例としてほっしゃん。が自身のイベントの宣伝をした際チケットが新たに3枚しか売れなかったというエピソードも付け加えることが多い。
ゲストがいる間のCM明けには、Hi-STANDARDの「NEW LIFE」という曲のイントロにのせてゲストが何らかのコメントとタイトルコールをしている、その日専用のジングルが事前に作られ使われる。またこの専用ジングルは後々まで保存されており、後日そのゲストの話題が盛り上がった時などに(そのゲストが来ていなくても)再利用されることがある。
最初から特別番組として放送されるケースと、ナイナイが春休み、夏休み、秋休み、正月休み、ライブの準備で休む時に代役として起用されるケースがある。
スペシャル番組が重なる番組改変期前や9月のナイナイライブ間近など、多忙な状況においてまとまりのない放送になることを“壊れかけのレイディオ”と称し、2人が名曲とするこの曲がオンエアされる。
曲名や歌詞の中の“ワチャゴナ”、“ねえ DO FOR ME”などのフレーズを2人が気に入り、度々オンエアされる。岡村曰く「聞くと元気が出る」とのこと。最近では2006年12月21日、28日、31日と三週連続でオンエアされ、31日の放送では生バンドをバックに矢部が歌った。
歌詞の一部を下ネタにしたパロディーが1998年ごろからの一時期ブームとなり、ジングルも作成された(矢部が相手の女性に謝っているといった場面)。現在でも突発的にそのネタが読まれたり、小室哲哉・KEIKO夫妻などglobe関連の話題が上がるとその直後によく流される。
なおKEIKOとナイナイは『ASAYAN』(テレビ東京)で共演したこともあり当初は良好な関係であった。しかし、『人気者でいこう』(朝日放送)で矢部の話題が出た際に、KEIKOが「あんなツッコミ私でも出来る」等の毒舌を吐いたことに対して、ナイナイは当番組内で相当の怒りを告白している。
反町隆史が番組宣伝で『笑っていいとも!』(フジテレビ)に出演した時、愛想の無い受け答えをしていたのを岡村がテレビで見て激怒したことから、「反町っす」というコーナーが始まり、この曲もたびたびオンエアされるようになった。
岡村が一番好きな邦楽と公言する曲で、フリートークやネタハガキで話題に上がった時にオンエアされる。岡村は、この曲の話をする度に「実はこの曲、小室(哲哉)プロデュースなんですよね」とうんちくのごとく説明するが、小室哲哉は作曲のみでプロデュースはしていない。
また番組で「俺の中の素敵ランキングで鈴木杏樹さんと渡辺美里さんがトップやね。実際に会ってみてイメージと実物が変わらない女性はこの二人だけ」と話している。
『ぐるぐるナインティナイン』のクワガタ捕り企画で流され、「カブトムシ 壊れた 一緒に楽しく遊んでいたのに・・・」というフレーズを岡村が気に入った。
かつてのエンディング曲で、現在でも一年最後の放送などで流される。2部時代には矢部が歌手名を「ボブルディーズ」と読み間違えたことがある。
※主に地方局へのCM時のフィラーとして、「カモ・エブリバディ・ナインティンナイン・イン・ザ・ハウス」という曲が流れる。 ジングルとしてB-DASHの『情熱たましい』をアレンジしたものが流れる。
神田ヴァージョンは、神田が番組ディレクターを降板時に収録され、エンディングテーマとして流れた。フリートークで神田の話題が出ると、オンエアされる事がある。
また、愛した人はバツイチという曲をナインティナイン・清水ミチコ名義で発売しているが、「吉本に無理矢理やらされた仕事」とナイナイのふたりがあまり良く思っていないためにオンエアされることはない。
実兄がヘビーリスナーであり、上戸曰く兄の部屋からクスクスと笑い声が聞こえたので兄の部屋に行くとこの番組を聴いていて笑っていたと言い、上戸も兄と一緒になって聴いていたという。上戸がゲスト出演した際、上戸の兄も特別ゲストとして招かれた。
実際に2007年に番組にゲストで来た。かつてナイナイライブがあった時はライブ直前の「壊れかけのレディオ」状態の番組の話をするなどヘビーリスナーである。
漫画家。「週刊ヤングマガジン」のコーナーで、「よく聞くラジオ番組」の問いに回答。 散歩をしながら聞いているらしい。
3代目:角銅秀人(かくどう ひでと)あだ名「カタヤマ」、「姫」(ハガキ職人から「いんきんハゲメガネ」と誹謗中傷なあだ名を言われている。)
代理1 松尾紀明(まつお のりあき、通称:チャコちゃん、困った時の松尾D 2004年6月3日〜6月24日、角銅ディレクターの代理)
木曜1部は福山雅治(福山雅治のオールナイトニッポン)の担当だったため、初回放送後に「マシャを返して!!」と福山ファンに泣きつかれる。なお、ディレクターは、福山の番組を担当していた神田比呂志ディレクターであった。
1998年(平成10年)~1999年(平成11年) - 全民放AM・短波ラジオ統一年越し番組「ゆく年くる年」を担当。
1999年(平成11年)8月 -「ナインティナインのallnightnippon SUPER! 真夏の5時間ぶっとーしスペシャル」と題して,旧木曜1部(当時の@llnightnippon.com)までの5時間担当。当然最後の2時間が全国放送。この時間のみタイトルが「ナインティナインのオールナイトニッポン」となり。一夜限りの復活を果たす。「ビタースウィートサンバ」がアカペラ風(歌手?は不明)が流れる。
2000年(平成12年) - めちゃイケメンバーが乱入。よゐこが膨大な投稿ハガキを送ったり、武田真治が送ったペンネーム「お台場シンディ」だけが採用される等、この日まで壮大な番組の企画が行われていた。
2000年(平成12年) -第23回日本アカデミー賞で、「話題賞」の俳優部門に矢部浩之(メッセンジャー)が選ばれる。岡村は作品部門の為、授賞式では名前を呼ばれず、「無問題(モウマンタイ)」と呼ばれる。
2003年(平成15年)4月 - ナインティナインが「くりぃむしちゅー上田晋也の知ってる?24時。」スタート週の木曜日の放送にゲスト出演。
2004年(平成16年)4月1日 - 結婚したばかりの出川哲朗が挨拶に番組を訪れたが、岡村隆史は約40分ボイコットを行った。
2005年(平成17年)9月 -終了直前の「西川貴教のオールナイトニッポン」にコメントを出す。共に長くパーソナリティを勤めながら、共演がない(少ない?)。
2006年(平成18年)12月31日~2007年(平成19年)1月1日 - 「オールナイトニッポン40周年記念!ナインティナインのオールナイトニッポンずばっと年またぎ!!」を放送。
2007年(平成19年)8月25日 - ナインティナインが「福山雅治のオールナイトニッポンサタデースペシャル・魂のラジオ」にゲスト出演。

[ 94] ナインティナインのオールナイトニッポン - Wikipedia
[引用サイト]  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8A%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%8A%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%81%AE%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%8A%E3%82%A4%E3%83%88%E3%83%8B%E3%83%83%E3%83%9D%E3%83%B3



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