初期とは?
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いよいよ正式公開となったInternet Explorer 7。まだ英語版のみの公開だが、日本語版の正式公開前にひと足早く新機能を試してみよう。まずは初期設定までを行った。 まずは、MicrosoftのサイトでIE 7をダウンロードしてみよう。右上の「download」をクリックして、ダウンロードページへアクセス。インストールするPCのOSを選択して「download」ボタンを押そう。 ダウンロードすると、インストールが始まる。内容的に難しいことはない。「Next」や「I Accept」などを押していればインストールは完了する。なお、インストール時に、IEに関係する最新パッチなどを同時にダウンロードする選択肢も選べる。これまでパッチを適用していなかった人はここで適用するのも手だ。 インストールしてIE 7を起動するとセットアップ画面が表れる。もちろん、この画面だけでしか設定できないものではないが、最初にある程度は設定してしまおう。設定項目は以下の4つだ。 この中で必須項目は、デフォルトの検索エンジンの選択だけだ。インストール時はGoogleなので、このままでも問題ないユーザーもいるはず。とはいえ、Yahoo! JAPANやMSNサーチなどのWeb検索エンジンのほか、Amazon.co.jpなどの専門検索も選べるので好きな検索エンジンを選ぶのもいいだろう。 Yahoo! JAPANやマイクロソフトの検索エンジンなどGoogle以外の検索エンジンを選ぶことができる。Amazon.co.jpや楽天、Wikipediaなど買い物や調べ者に役立つ検索サービスのほか、niftyやBIGLOBEなどISP各社も選べるのが面白い。 さっそくAmazon.co.jpの検索サイトを登録してみよう。まず各種検索エンジンが表示されてるページから、リンクをクリック。 リンクをクリックするとダイアログが表示されるので、「Add provider」ボタンを押そう。この際「Make this my default search provider」のチェックボックスをクリックしておくと検索エンジンを追加できるだけでなく、デフォルトの検索エンジンとして一足飛びに設定することも可能だ IEの右上に検索ボックスがあるので、虫眼鏡マーク右側の下矢印をクリックしてみよう。インストールが成功していれば、追加した検索エンジンを選択できるはずだ 続いてはOptional Settingsに移る。まずはフィッシング詐欺フィルタ。この機能もIE 7から搭載された機能で、有効にすればフィッシングサイトだと思われるサイトへアクセスしようとすると警告が出るようになる。Microsoftのフィッシングサイトデータベースに照らし合わせて、怪しいサイトかどうかを警告するシステムで、有効にしておいた方がいい。なお、初期設定では無効になっているので、チェックを入れておこう。ただし、完璧ではないので警告が出ないからといって安心しすぎるのも問題だ。あくまで補助的な意味合いで利用するのがよいだろう。 なお、フィッシングフィルタの設定はオプション設定(Optional Settings)なので、初期設定画面で設定しなかった場合は、IE 7を起動した際に設定を促すダイアログが表示される。もちろん、こちらで設定しても問題ない。 後は、ClearTypeフォントの設定とヘルプページの言語設定。こちらは最初から選択されているので、日本語ユーザーであれば初期設定のままで問題ない。 ヘルプページの言語設定は現在地に応じて決まる。海外に住んでいて、この記事をご覧になっているユーザーは変更する必要があるかもしれない さて、ここまででひとまずは初期設定を終了した。次回はタブブラウザやRSSリーダー機能などをチェックする。 インストールして初期設定を完了した後は、IE 7の注目機能を試してみよう。後編ではタブブラウザ機能とRSSリーダー機能を使ってみた。 先週、レビューしたInternet Explorer 7。今回は、まだ試していなかった印刷機能をチェックした。「IE 7を便利に使う15のショートカット」もご紹介しよう。 MicrosoftがIE 7を正式リリースする前に、Yahoo!向けにカスタマイズされたIE 7が登場した。 Google Appsへのメール移行用API公開過去のメールデータをGmailに移行するためのツールが作成できるようになる。ただし、対象はStandardエディション以外。 樋口健夫の「笑うアイデア、動かす発想」:ハウリングする恐怖――社内悪口の“正帰還”ポジティブフィードバックという現象がある。会議室などで、マイクがひろったちょっとした音をアンプが増幅し、再びマイクがひろってしまい、キーンと耳障りなハウリングが起こってしまう現象だ。社内の悪口もこうしたポジティブフィードバックが起こりやすい。 シゴトハック研究所:週次レビューを確実にこなすには?【解決編】一週間を振り返る週次レビュー。習慣化するための方法の1つは、振り返るための仕事の記録が手軽に残せ、その記録を簡単に取り出せるようにすることです。 「Zoho Writer」、ページ表示やヘッダーなどの新機能追加オンラインワープロ「Zoho Writer」のアップデートでは、企業による利用を視野に入れた新機能の追加が行われた。 2ちゃんねる発のOSである「Mona」。プロジェクトがスタートしてから5年が経過したいま、これからのMonaOSが目指す目標とは デスマーチに身の危険を感じたプログラマ。転職活動を始めたが、他社でやっていける自信がなく休止……。3カ月後、何が起こったか? 38位:速度はレーザー、使い勝手はインクジェット──その両方を備えた、これからのビジネスプリンタとは? jobtxt1 += '30代で派遣・フリーの仕事はなくなるのか?43歳エンジニアと派遣会社担当者に聞いた'; jobtxt2 += '匿名|最高25社から査定結果が届く。査定|プロが鑑定するあなたの市場価値'; |
[ 261] ITmedia Biz.ID:IE 7、ダウンロードから初期設定までやってみました
[引用サイト] http://www.itmedia.co.jp/bizid/articles/0610/19/news108.html
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エジプト初期王朝時代(紀元前3100年頃 - 紀元前2686年頃)は、古代エジプト史学(エジプト学)における時代区分の1つである。エジプト第1王朝、並びにエジプト第2王朝の時代が初期王朝時代に区分される。 エジプト第1王朝の王ナルメル(あるいはメネス[1])によって上下エジプトが統合された事から始まる初期王朝時代は、確認される限りにおいて上エジプトと下エジプトが始めて同一の政治権力によって統一され、統一王朝としての王権理念、政治体制等が確立されていく時代である。 エジプト原王朝時代の上エジプト王は、自らがホルス神の化身である事を表すホルス名を用いた。ホルス名を使用する伝統は初期王朝時代に入っても継続されたが、統一されたエジプトでの正当な王権を示すため、やがてホルス名に加えて第二の名、ネブティ名(二女神名)が王名に加えられた。これは王が上エジプトの守護女神ネクベトと、下エジプトの守護女神ウアジェト双方の化身であることを示す名前である。更に、第1王朝の第5代王デンの時代にはネスウト・ビティ名(上下エジプト王名)が加えられ、一体性を持つ政治世界としての「エジプト」が形成されて行くとともに、各王は神の化身という立場をとることで統治の正統性を確立することに努めた。 現実には初期王朝時代の初期の王は、上エジプトの首長の中で最有力の者であるに過ぎないものであり、現実に「神の化身」である「神王」の地位に相応しい政治権力を獲得することに腐心した。第1王朝時代に新たにメンフィスという都が建設されているが、その意図するところは、上下エジプトを統合する新しい拠点を築くことであると同時に、他の有力首長の影響力を弱めるためであったと考えられている。王名には一時期、ホルス名にかえてセト名が用いられた事もある。これは王権強化に反対する上エジプトの有力首長が、セト信仰を拠り所として王権と敵対したとも、下エジプトと上エジプトの社会対立によるものであるとも言われている。やがて王名にホルス名を用いることが定まり、古代エジプト歴代王朝の根幹を成す王権理念、官僚制、税制などが確立して行き、ピラミッド時代とも呼ばれるエジプト古王国時代を迎えることになる。 マネト[2]の記録によれば、エジプト第1、第2王朝の王達には「ティニスの」という形容詞がつけられている。おそらくこれはこの王達がティニスという名の都市にいて統治した、もしくはエジプト統一王朝の母体となった王朝がティニスにあったということを意味すると考えられる。 ティニスの正確な位置はわかっていないが、おそらく今日のギルガ(ナイル川西岸)付近であっただろうと推測されている。ギルガの南20kmあまりの地点にあるアビュドス遺跡で発見された初期王朝時代の遺物は、この地域の第1王朝、第2王朝との関係を立証するものである。 アビュドス遺跡にはケンティアメンティウ神[3]の神殿跡が確認されているが、これが最初に建てられたのは第1王朝時代であった。また、第2王朝時代に建てられた日干し煉瓦の砦跡も二ヶ所発見されている。これはこの砦跡から出土した封泥その他が第2王朝のペルイブセン王とカーセケムイ王の時代のものであることからわかる。これらの砦は長方形のプランで建てられており、外部には凹凸の装飾が用いられている。明らかにメソポタミアの建築様式の影響を受けたものである。 アビュドス遺跡には原王朝時代に遡ると推定される大きな墓が十数基確認されており、その周囲には小規模な墓が数百も存在する。いくつかの墓は、シュメールで発見されたウル王墓で見られるような殉死の痕跡であるとする意見もある[4]。これらの墓の前に立っていた石碑から10人の王と1人の王妃の名が得られた。王名はほぼホルス名であり、このうちナルメルから始まる8人の王が第1王朝に属していると考えられる。唯一の王妃の名はメルネイトであり、おそらく第1王朝4代目ジェト王の妃である。 他方、メンフィスに近いサッカラでも初期王朝時代の墓地が広範囲から発見されており、これらの墓地の中には船を入れるための囲いがあるものも発見されている。これは恐らく死者が死後の世界を旅するための船であると推定される。この墓地から発見された碑文等からはアビュドス遺跡で発見された王名と一致する第1王朝時代の6人の王(アハ王〜カア王)と2人の王妃(オルネイトとメルネイト)、及び親族または臣下と見られる多数の人名が読み取れる[5]。 初期王朝時代の図像史料の中でも最も有名なものは、上エジプトのヒエラコンポリス(エジプト語名ネケン、現在のコム・エル=アハマル)で発見されたナルメル王の化粧板である。化粧板とは古代エジプト人がアイシャドーをすり潰すのに使用した板であるが、ナルメル王の化粧板は長さが64cm、幅42cmもあることから、実用ではなく儀式用のものであると推定される。ホルス神の図像と考えられる隼の絵や、敵(アジア人[6])と戦うナルメル王の姿などが描かれており、この図像の解釈は古代エジプトの王権や歴史を考慮する上で極めて重要である。 パレルモ石は黒色閃緑岩で作られた記念碑であり、断片がパレルモ博物館の他カイロとロンドンに保管されている。これは初期王朝時代より後の時代の遺物であるが、恐らく王の一覧が記載されている。座った人物像が並べて刻まれており、それぞれ王権の象徴である王勺を持ち、赤色王冠[7]をかぶっており、判読不能ながら王名と推測されうる文字が付記されている。赤色王冠をかぶっていることを重視すれば彼らは統一王朝以前の下エジプト王であり、もし欠けた部分に上エジプト王の一覧が載っていたのだとすれば、原王朝時代の上下エジプト王国の王名表が実在していた可能性が出てくる。 第1王朝の王名を記したと思われる部分は破損して残っていないが、第2王朝のニネチェル王と考えられる王が記載され、更にに第4王朝と第5王朝の王の一部も掲載されている。各王には統治年月を表す記号が記され、また年名には簡略ながら歴史的事件が記録されている。 ^ 第1王朝の初代王ナルメル、または次のアハ王を伝説的な最初の王メネスと同一視するのが有力説であるが論争もある。詳細はエジプト第1王朝を参照のこと。 ^ 紀元前3世紀のエジプトの歴史家。彼はエジプト人であったが、ギリシア系王朝プトレマイオス朝に仕えたためギリシア語で著作を行った。 ^ 否定説が強い。仮に初期王朝時代、あるいは原王朝時代末期のエジプトで殉死の風習があったとしても、以後の古代エジプト史において殉死の証拠と言えるようなものはほとんど見つかっていない。 ^ 第1王朝時代のアビュドスの墓地とサッカラの墓地の位置づけに関しては二つの説が出されていて意見の一致を見ていない。それは1.第1王朝の王墓はアビュドスのみに存在したとする説。2.第1王朝のアビュドスの墓地は遺体を納めない空の墓地であり、サッカラに王の遺体を納めた真の墓地があったとする説。である。 初期王権編纂委員会『古代王権の誕生3 中央ユーラシア・西アジア・北アフリカ編』角川書店、2003年。 |
[ 262] エジプト初期王朝時代 - Wikipedia
[引用サイト] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%82%B8%E3%83%97%E3%83%88%E5%88%9D%E6%9C%9F%E7%8E%8B%E6%9C%9D
