責任とは?

無断リンクに関する議論において時折、無断リンクの禁止を宣言しているサイトはなぜ検索サイトから無断リンクされても嫌がらないのかという疑問(というか態度に関する矛盾の指摘)がなされることがあります。例として挙げさせてもらうと、
トップページを飛ばして直接来るのは何も「無断リンク」だけではない。検索エンジンの存在を忘れるわけにはいかない。はてブに怒りを表明しておいて検索エンジンには文句を言わないというのでは、それこそ野良猫を叱りつけていて虎を無視するようなものだろう。GoogleやYahoo!にも同様の文句がないのはなぜなのだろうか。
しかし、私から見ると、このような疑問を抱くことそのものが疑問です。なぜなら、検索サイトはウェブ上のすべてのページに可能な限りリンクをするという自らの振る舞いを通して、相手のサイトにリンクをすることを知らしめているからです。言い換えると、リンクされる側としてはリンクされていることを実際に確認する前に、自分のサイトがリンクされることを知ることができるからです。これなら文句を言う必要などないでしょう。逆に、Google八分のように、リンクされるはずがリンクされなかった場合にこそ文句の一つも出るというものです。リンクされないことをあらかじめ知ることができなかったのですから。
いわゆる無断リンクをされて文句が出るのは、リンクをする側がどのような基準でリンクをするサイトを選択しているかについての説明が足りないせいで、リンクをされた側が自分のサイトがリンクされることをあらかじめ知ることができたと納得できない場合です。つまり、リンクをする側の説明責任の問題です。
もちろん、リンクをされる側も無断リンク禁止宣言をしていなければ、相手からの無断リンクを嫌がることについての説明責任は果たせません。しかし、もしも無断リンク禁止宣言がなされていたならば、リンクをする側は無断リンクをしたら嫌がられることをあらかじめ知ることができたことについては納得せざるを得ないでしょう。この意味で、無断リンク禁止宣言はリンクをする側に対する説明責任という意味合いをもっているのかもしれません。
という意見をいただきました。でもまあ、飛躍しているとか、主張に無理があるとか急いで決め付けなくても、論理展開のどの部分に説明が足りていないから飛躍と感じるのか、どの部分に破綻があるから無理があると感じるのかについて指摘したうえで、それに対する返答を見て論理に飛躍や無理があったと結論付けたとしても遅すぎはしないような気もします。
「リンクをする側がどのような基準でリンクをするサイトを選択しているかについて」説明責任を負わせようとする根拠が無いな。
のような意見もいただきました。でも、その根拠が当エントリーに書かれていないのは当たり前です。リンクをされる側がリンクをする側にそのような説明責任を負わせようとしているという前提は元々ないのですから。
「説明責任」という言葉の意味を理解してないで書いちゃっていて頭蓋骨の中身が気の毒なのを晒している好例
という評価をいただきました。当エントリーでは説明責任を「サイト主が、ウェブの利用者一般に対して、どのサイトがリンク(あるいは、被リンクに対する嫌がり)の対象であるのかに関する基準をいつでも開示し、説明できるようにしている責任」という意味で使っていますが、まったく別の概念として「説明責任」という言葉を理解している人から見たら、たしかに自分の脳みそが腐っているのを見せびらかしている典型になっているのかもしれません。でもまあ、現状では肝心の説明責任という言葉の本当の語義と当エントリーで用いている説明責任の語義との致命的な差異がどこにあるのかについての指摘が欠けているという意味でotsuneさんのコメントは単なる悪口にしかなっていないので、「説明責任」の他の言葉への言い換えは、どなたかがその致命的な差異を明らかにしてからでも遅くはないような気がしています。
責任じゃないことを責任と言ってるからおかしくなるんだろうなあ。説明責任があるというならまずその証明から始める必要があるんだが、そこをすっとばしてるので意味不明の文章になってるのではないだろうか
という意見もいただきました。でも、まず最初にこのエントリーのどこに「説明責任(を果たす必要)がある」という主張がなされているのかについて指摘してもらわないと、「説明責任(を果たす必要)があるというなら」という前提が成立しないので、現状では「意味不明の文章になってる」という結論そのものが逆に意味不明なものになってしまっているような気がします。
最初はなぜそのように見えてしまうのかよく解らなかったのですが、よく考えてみたら何となく解ったような気がしたので、別エントリーに書いてみました。
第三者が個別のサイトに対して、このサイトはリンクされる、このサイトはリンクされないと判断できるくらいにリンクの対象となるサイトの基準を明確に説明しておけばOKだと思います。サイト主の俺判断を含む基準しか説明していない場合は、第三者はどのサイトがそのサイトからリンクされるのか判断できないので、検索サイトが無断リンクをしたときに嫌がられないのと同じ状況を構築したことにはならない気がします。
扨、「ネットというモノ」は取り敢ず置いといて、「公開するというコト」についてのみ考えた時、「リンクするな」は「言及するな」ということでしかない。
で、「言及するな」は「言及は止めさせられないけれど嫌がることはできるから嫌がるよ」ということでしかありません。「そもそもネットというモノは」と「マナーを守るのは常識」が出揃うと議論が泥沼化するので、どちらもとりあえず置いておくことに賛成です。
「例として挙げさせてもらう」リンクの断りは入れたのかしら、このエントリのすべての外部リンクにおいて
ブログやはてブは、ウェブ上の俺の興味あるページに可能な限りリンクをするという自らの振る舞いを通して相手のサイトにリンクをすることを知らしめているから問題ないのでは? とか思ったり。リンクする側の説明責任は はてながすでにやってくれてるのでおk
「俺基準」サイトと検索サイトの根本的な違いは、検索サイトはリンクするサイトの選択基準を「俺の判断が基準」としていないので、「俺」という完全には理解することが不可能な相手の脳内の判断基準を理解する必要なく、自分のサイトがリンクされる(可能性がある、ではなく、確実にされる)ことを知ることができるという点です。この意味で、検索サイトはリンクされる側に対する説明責任を十分にクリアしているといえそうな気がします。
>検索サイトはリンクするサイトの選択基準を「俺の判断が基準」としていないので、「俺」という完全には理解することが不可能な相手の脳内の判断基準を理解する必要なく、自分のサイトがリンクされる(可能性がある、ではなく、確実にされる)ことを知ることができるという点です。俺基準サイトと検索サイトの違いが良く分かりません。例えばgoogleも「google」という完全には理解する事が不可能な組織内の判断基準を理解しない事には確実にリンクされると知る事はできません。だからこそ、web制作者は制作したサイトが確実にリンクされてるかどうかについてときおり確認しなければならないわけです。違いがあるとすれば、リンクされる可能性が高い低いかを事前に推測できる、という程度の事でしょう。
ある出来事が起こったときに、その出来事をふまえて事後に法律を制定し、過去にさかのぼってその出来事を引き起こした人を裁く可能性がないことを説明しているかしていないかの違いと似たような違いがありそうというイメージです。
なるほど、なんとなく分かりました。しかし実際には、事前にgoogleが示した基準がサイト作成後に変わる事はありますし、明示されていない細かな基準が変わる事もあります。だから多くのweb制作者は(特にプロの場合は)、リンクされているかどうかについて注意していなければならないのです。

[ 39] 無断リンク禁止の説明責任 - くっぱのブログ
[引用サイト]  http://d.hatena.ne.jp/quppa/20070816/1187279584



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