ワタナベズとは?

渡辺 美奈代(わたなべ みなよ、1969年9月28日 - )は、おニャン子クラブ会員番号29番としてデビューした日本のタレント。本名、矢島 美奈代(やじま みなよ)。
愛知県西春日井郡西春町(現・北名古屋市)出身。堀越高等学校卒業。キャストコーポレーション所属。血液型はB型。
ジャパン・アーチスト・オフィスにて歌唱などを学ぶ。校内オーデイションにてCBSソニーにスカウトされる。その後、バーニングプロダクションと契約。
1985年11月、フジテレビ『夕やけニャンニャン』のおニャン子クラブのオーディションコーナー「アイドルを探せ!」で、ニッポン放送『三宅裕司のヤングパラダイス』連動特別企画「ヤンパラ・イメージガール・オーディション」に横田睦美らと共に合格し、おニャン子クラブのメンバーになる。翌年春加入の渡辺満里奈とともにダブル・ワタナベ(W渡辺とも表記、ワタナベズとも呼ばれた)として人気を二分するなど、おニャン子クラブの中期から後期にかけての代表的メンバーとして活躍する。
おニャン子合格のときは私立稲沢女子高校(現:愛知啓成高等学校)に在学していたが、合格にあたり上京し芸能活動を始める。そして翌年の1986年2月に国生さゆりのソロデビューシングル『バレンタイン・キッス』で白石麻子とともに「withおニャン子」としてバックコーラスを務める。4月に堀越高校に編入ではなく新入学する。そのため、年度では1年後輩に当たる酒井法子、西村知美等と同級生になった。
同年7月に、シングル『瞳に約束』でソロデビュー。デビューイベントを日本武道館で行った(レコード購買者で抽選に当たったファンだけが入場可能。歌はデビューシングルと発売予定の2枚目シングルのみで、お笑い芸人司会によるトークショウと握手会が行われた)。1stシングルから5枚連続オリコン初登場1位は当時の新記録だった。1987年9月のおニャン子クラブ解散まで残り、その後は女優業にも本格的に進出したり、『志村けんのだいじょうぶだぁ』などにレギュラー出演したりして、バラエティ・タレントとしても活躍する。
また、グラビアなどでも人気があり、写真集『Trap』(1994年)、『POSE』(1995年)などで大胆な裸身を披露して話題になった。しかしフルヌードありながらバストトップとヘアーを隠し続けるスタイルで、「中途半端ヌード」と批判されることも多かった。このことがTBS『ウンナンの桜吹雪は知っている』で水道橋博士(美奈代がオーディションに出演した時に一目惚れし、それ以来ずっと大ファンだった)によって提訴されるが、「私の考える芸術ではない」とヘアヌードになる意思はないと述懐。その後に発表された写真集、グラビアでもその方針を変えていない。
秋元康に「アイドルになるために生まれてきた子」と評され特に10代の男性から支持を受けるが、典型的な「ぶりっ子キャラ」で女性からは反発を受けた。噂によると芸能界では嫌われ者と言われており(「嫌いな芸能人は?」という質問に名前が挙がることがある)、おニャン子クラブ当時は姉妹のような関係と言われていた国生さゆりと実は仲が悪かったようである。また渡辺満里奈や工藤静香も、実名は挙げていないが嫌いなメンバーは彼女だったと思わせる発言をしている。そんな中、タレントで親友と呼べるのは西村知美らしい。自身が挙げる仲の良かったおニャン子メンバーは岩井由紀子、吉沢秋絵、山本スーザン久美子など。
1996年、元タレントで実業家の男性と結婚。2男の母親。現在、主に主婦タレントとして活動中。独学でネイルケアを学び、1997年から夫の出身である岐阜市内でネイルサロン『Minayo Watanabe』を経営。ブランドに詳しく、特にシャネル好きとして知られている。
中学時代は卓球部に所属しており、現在でもプロフィールに「特技・卓球」と記してある。『さんまのまんま』に出演した際、明石家さんまとテレビ電話を賭けて対決し、勝利した。しかしその約束は果たされておらず、共演の度に「さんまさん、テレビ電話くださいよ」と催促していた。また『とんねるずのみなさんのおかげです』の「博士と助手」コーナーに荻野目洋子(同じく特技が卓球)とコンビを組んで出演し、とんねるずと善戦を繰り広げた。
ネプチューンなどの30代お笑いタレントにとって、高校時代の女神のような存在であり、冠番組を持つようになった彼らの番組にゲスト出演することがある。他に加藤浩次、設楽統(バナナマン)、ワッキー(ペナルティ)などもかつてファンだったと発言している。
ムーンライダーズの鈴木慶一プロデュースによる8thシングル『ちょっとFallin' Love』以降の5枚のシングルと『My Boy』、『恋してると、いいね』の2枚のアルバムは、「ポップスの宝物」とアイドルファン以外からも高い評価を受けている。ただそれまでのファンからは「曲が地味になった」という批判も受ける。
アマリリス(1987年7月29日、作詞 和泉ゆかり、作曲・編曲 後藤次利、c/w 神様のタイミング)
ガールズ・オン・ザ・ルーフ(1987年11月18日、作詞・作曲 遠藤京子、編曲 中村哲、c/w 雪華模様)
両手いっぱいのメモリー(1988年2月26日、作詞 小林和子、作曲 和泉常寛、編曲 中村哲、c/w グッバイBOY) - フジテレビ系『藤子不二雄の夢カメラ』エンディングテーマ&挿入歌
抱いてあげる(1988年8月3日、作詞 滋田美佳世、作曲 鈴木慶一、渚十吾、編曲 鈴木慶一、c/w Tururu)
いいじゃない(1988年11月9日、作詞 滋田美佳世、作曲 鈴木慶一、渚十吾、編曲 鈴木さえ子、c/w ラストダンスはあなたに)
愛がなくちゃ、ネッ!(1989年1月21日、作詞 滋田美佳世、作曲 鈴木慶一、渚十吾、編曲 鈴木慶一、c/w キッスの蕾)
恋愛紅一点(1989年11月22日、作詞 松井五郎、作曲・編曲 井上ヨシマサ、c/w 愛するより愛されたい)
ピチカートプリンセス(1990年8月22日、作詞 横山武、作曲 井上ヨシマサ、編曲 ATOM、※テレビ朝日系『お嬢だん』主題歌、c/w 夜明けのヒッチハイク、※ヴァニティ・フェア『HITCHIN' A RIDE』のカヴァー、TBS系ドラマチック22『ミニパトより愛をこめて2』主題歌)
Hanakoの結婚(1991年8月23日、作詞・作曲・編曲 井上ヨシマサ、※テレビ朝日系『Hanakoの結婚』主題歌、c/w チャンスかもしれない)
オフロでGO!(1995年4月26日、作詞 佐伯里絵、三浦徳子、作曲 北野誠、編曲 根岸貴幸、※フジテレビ系『志村けんはいかがでしょう』エンディングテーマ、c/w ごめんね…、※主演映画『レディース!!』主題歌)
いろいろあったけど(1996年4月24日、作詞 秋元康、作曲 羽田一郎、編曲 樫原伸彦、※テレビ朝日系『新婚さんいらっしゃい!』エンディングテーマ、c/w 長い目で見てね)
ピンクのパラダイス / 南の島の伝説 / 3√嘘 / アンブレラひとりぼっち / 瞳に約束 / 舌たらずだけれど / うさぎの耳 / 少しおませな恋 / 雪の帰り道 / リルケの栞
スウィート・ミリタリー / おしゃれ泥棒 / ほんの少女 / 雪華模様 / 神様のタイミング / ワガママ・マドンナ / パティオで言い訳 / アステリア伝説 / アマリリス / 放課後の忘れ物
太陽がやってきた / リルケの栞 / アンブレラひとりぼっち / スウィート・ミリタリー / シーツの舟
ガラスの一秒 / 靴をはいたサマー / OH,YES! / 星が生まれる夜には / 愛するより愛されたい / 汐風のDUET / チャンスかもしれない / グッバイBoy / 夜明けのヒッチハイク / ピチカート・プリンセス / Hanakoの結婚
1奥田美香|2榎田道子|3吉野佳代子|4新田恵利|5中島美春|6樹原亜紀|7友田麻美子|8国生さゆり|9名越美香|10佐藤真由美|11福永恵規|12河合その子|13内海和子|14富川春美|15立見里歌|16高井麻巳子|17城之内早苗|18永田ルリ子|19岩井由紀子|20寺本容子|21五味岡たまき|22白石麻子|23林香織|24三田文代|25吉沢秋絵|26赤坂芳恵|27松本亜紀|28横田睦美|29渡辺美奈代|30三上千晶|31矢島裕子|32山本スーザン久美子|33布川智子|34弓岡真美|35岡本貴子|36渡辺満里奈|37大貫かおり|38工藤静香|39高畠真紀|40生稲晃子|41 貝瀬典子|42斉藤満喜子|43守屋寿恵|44高田尚子|45吉田裕美子|46中島早苗|47山森由里子|48我妻佳代|49←B1吉見美津子|50←B2杉浦美雪|51←B3宮野久美子|52鈴木和佳子|B4冨永浩子|B5山崎真由美
カテゴリ: 日本の歌手 | 日本のタレント | おニャン子クラブ | セブンティーンのモデル | 愛知県出身の人物 | 1969年生 | 過去のバーニングプロダクション系列所属者 | ブロガー

[ 161] 渡辺美奈代 - Wikipedia
[引用サイト]  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B8%A1%E8%BE%BA%E7%BE%8E%E5%A5%88%E4%BB%A3

渡辺 満里奈(わたなべ まりな、1970年11月18日 - )は、日本の女性タレント、司会者。本名、名倉 満里奈(なぐら まりな、旧姓:渡辺)。夫はお笑いトリオ・ネプチューンの名倉潤。
1984年ミス・セブンティーンコンテストに応募し東京地区予選にてCBSソニーにスカウトされる。 『夕やけニャンニャン』の「ザ・スカウト アイドルを探せ」では、月曜日の登場から圧倒的な存在感を示し、金曜日には高得点で合格を果たした。その際、とんねるずに「おニャン子は君のものだ!」とまで言わしめた。それほどまでの逸材であったが、後に本人曰く、この合格以前にいくつものオーディションで落選していた、とのことである。
翌週の1986年3月27日におニャン子クラブ会員番号36番としてデビュー。とんねるずの予言を具現化するように、所属早々より人気を博し、後期おニャン子クラブの主力メンバーとなった。また、とんねるず(と秋元康)にかわいがられ、妹分的な位置づけとなった。おニャン子クラブ時代は同じ渡辺姓の渡辺美奈代とともにW渡辺、ワタナベズと呼ばれた。(ただし、二人は不仲であるというのが定説で、満里奈自身はほぼそれを認めている)
おニャン子クラブ在籍中のソロデビュー曲『深呼吸して』は、当時のオリコン初登場1位最年少記録(15歳11ヶ月)であり、2001年3月27日、当時モーニング娘。だった後藤真希のデビュー曲『愛のバカやろう』(15歳6ヶ月)が登場するまで、約15年間この記録は破られなかった。
おニャン子クラブ解散後も歌手としてアイドル番組やバラエティーなどに出演。当初はアイドルとして、事務所の意向に沿った形で当時のアイドルらしい衣装や楽曲で出演していたが、途中から満里奈自身のセンスが事務所に買われ、独自の路線で曲や衣装なども変わっていき、他のアイドルとはまったく別の方向性で同性からも人気を得た。
その後、とんねるずと秋元康の縁から『とんねるずのみなさんのおかげです』にレギュラー出演、お笑いの資質も見出され芸歴に幅が拡がり、後の司会業をはじめとする様々な番組の出演への道が開けた。
また、その頃から本人の意向により、おニャン子メンバーであったことを表に出したがらないようにもなる(コンサートでもファンに対し、おニャン子時代の応援グッズは持ってこないように通達が出ていた)。そのため、他のメンバーとも積極的に関わろうとはしなくなった(自身のラジオ番組で工藤静香、生稲晃子と共演した程度)が、フジテレビがお台場に移転した際の特番で、一度だけ『セーラー服を脱がさないで』を元メンバー達と一緒に歌っている。これ以外に過去の同窓会企画には一度も参加していない。
現在では、彼女のファッション、旅行、健康などの本人の趣味による本が同性に好評で、その方面での人気が強まってきている。特に台湾通として知られており、観光親善大使にも任命される。
訪台が高じて一時的に体格が豊かになっていた時期があったが、現在はピラティス・メソッド(これに関しても著書「ピラティス道」を上梓、後にDVDも発売)の実践でシャープな体型を維持している。
バラエティ番組においてタモリ、ビートたけし、みのもんた、とんねるず、古舘伊知郎といった強烈な個性の持ち主たちと堂々と渡り合う姿から「猛獣使い」の異名を持つ。
2005年4月5日、テレビ朝日の番組『銭形金太郎』で、共演している名倉との結婚を発表した。2005年5月5日に婚姻届を提出し、10月23日に東京プリンスホテルにて披露宴を行った。
2007年6月1日、妊娠4ヶ月であると発表。同年12月9日夜に都内の病院で第1子となる男児を出産したことが12月10日、双方の所属事務所から発表された。男児は3,448gで母子ともに健康という。
夏休みだけのサイドシート(1987年7月15日、作詞:麻生圭子、作曲:山本はるきち、編曲:山川恵津子)
もう夢からさめないで(1988年10月21日、作詞:あさくらせいら、作曲:山口美央子、編曲:山川恵津子)
※フリッパーズ・ギターによる作品。1992年公開の劇場版アニメ『YAWARA!それゆけ腰ぬけキッズ!!』の主題歌にもなっている。
FUNNY FACE(1990年11月18日)※ベストアルバム(既発表曲のニューバージョン及び新曲1曲を含む)
はっぴいえんどに捧ぐ(1993年9月9日)※はっぴいえんどのトリビュートアルバム。8曲目「空いろのくれよん」のカヴァーで参加。
柴門ふみさみしい同盟 好きな男はユズれない(1992年11月9日、TBS) - 主演、共演:榊原利彦
泣きたい夜もある第20回「君と僕のために」(1993年8月22日、TBS系) - 主演、共演:萩原聖人
「三宅裕司のヤングパラダイス」内の月〜木、約10分の帯番組を生稲晃子とコンビで担当、おニャン子クラブが解散した10月以降、「おちゃめな夜だよ いたずらレモン」と番組名変更。生稲が抜け、真弓倫子、仁藤優子が参加。
「お遊びジョーズ」内の月〜金22時10分頃から約10分の帯番組、初期は小沢なつきと、後期は今井麻起子とコンビで担当。味の素一社提供。
1奥田美香|2榎田道子|3吉野佳代子|4新田恵利|5中島美春|6樹原亜紀|7友田麻美子|8国生さゆり|9名越美香|10佐藤真由美|11福永恵規|12河合その子|13内海和子|14富川春美|15立見里歌|16高井麻巳子|17城之内早苗|18永田ルリ子|19岩井由紀子|20寺本容子|21五味岡たまき|22白石麻子|23林香織|24三田文代|25吉沢秋絵|26赤坂芳恵|27松本亜紀|28横田睦美|29渡辺美奈代|30三上千晶|31矢島裕子|32山本スーザン久美子|33布川智子|34弓岡真美|35岡本貴子|36渡辺満里奈|37大貫かおり|38工藤静香|39高畠真紀|40生稲晃子|41 貝瀬典子|42斉藤満喜子|43守屋寿恵|44高田尚子|45吉田裕美子|46中島早苗|47山森由里子|48我妻佳代|49←B1吉見美津子|50←B2杉浦美雪|51←B3宮野久美子|52鈴木和佳子|B4冨永浩子|B5山崎真由美
カテゴリ: 日本のタレント | 日本の歌手 | 日本の俳優 | おニャン子クラブ | 東京都出身の人物 | 1970年生

[ 162] 渡辺満里奈 - Wikipedia
[引用サイト]  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B8%A1%E8%BE%BA%E6%BA%80%E9%87%8C%E5%A5%88

渡辺 満里奈(わたなべ まりな、1970年11月18日 - )は、日本の女性タレント、司会者。本名、名倉 満里奈(なぐら まりな、旧姓:渡辺)。夫はお笑いトリオ・ネプチューンの名倉潤。
出典の明記:この記事や節の内容に関する文献や情報源を探しています。ご存じの方はご提示ください。出典を明記するためにご協力をお願いします。
『夕やけニャンニャン』の「ザ・スカウト アイドルを探せ」では、月曜日の登場から圧倒的な存在感を示し、金曜日には高得点で合格を果たした。その際、とんねるずに「おニャン子は君のものだ!」とまで言わしめた。それほどまでの逸材であったが、後に本人曰く、この合格以前にいくつものオーディションで落選していた、とのことである。
翌週の1986年3月27日におニャン子クラブ会員番号36番としてデビュー。とんねるずの予言を具現化するように、所属早々より人気を博し、後期おニャン子クラブの主力メンバーとなった。また、とんねるず(と秋元康)にかわいがられ、妹分的な位置づけとなった。おニャン子クラブ時代は同じ渡辺姓の渡辺美奈代とともにW渡辺、ワタナベズと呼ばれた。(ただし、二人は不仲であるというのが定説で、満里奈自身はほぼそれを認めている)
おニャン子クラブ在籍中のソロデビュー曲『深呼吸して』は、当時のオリコン初登場1位最年少記録(15歳11ヶ月)であり、2001年(平成13年)3月27日、当時モーニング娘。だった後藤真希のデビュー曲『愛のバカやろう』(15歳6ヶ月)が登場するまで、約15年間この記録は破られなかった。
ただ、歌唱力の不安定さは否めず(同じ年の工藤静香と比べても大きな差がある)自曲のほかアルバム曲『避暑地の森の天使達』をテレビで歌った際には、他の2人のメンバーに苦笑いを入れられながら歌いきった。
おニャン子クラブ解散後も歌手としてアイドル番組やバラエティーなどに出演。当初はアイドルとして、事務所の意向に沿った形で当時のアイドルらしい衣装や楽曲で出演していたが、途中から満里奈自身のセンスが事務所に買われ、独自の路線で曲や衣装なども変わっていき、他のアイドルとはまったく別の方向性で同性からも人気を得た。
その後、とんねるずと秋元康の縁から『とんねるずのみなさんのおかげです』にレギュラー出演、お笑いの資質も見出され芸歴に幅が拡がり、後の司会業をはじめとする様々な番組の出演への道が開けた。
また、その頃から本人の意向により、おニャン子メンバーであったことを表に出したがらないようにもなる(コンサートでもファンに対し、おニャン子時代の応援グッズは持ってこないように通達が出ていた)。そのため、他のメンバーとも積極的に関わろうとはしなくなったが、フジテレビがお台場に移転した際の特番で、一度だけ『セーラー服を脱がさないで』を元メンバー達と一緒に歌っている。
1990年代前半はアンテナ系タレントとしてサブカル系人脈と交流を深めるが、サブカル好きの女子には嫌われていた。またナンシー関や町山広美、山田美保子などのコラムニストから「なぜあんなに売れているんだ?」とバッシングを受ける。
現在では、彼女のファッション、旅行、健康などの本人の趣味による本が同性に好評で、その方面での人気が強まってきている。特に台湾通として知られている。
訪台が高じて(よく食べ、飲んでいたのであろう)一時的に体格が豊かになっていた時期があったが、現在はピラティス・メソッド(これに関しても著書「ピラティス道」を上梓)の実践でシャープな体型を維持している。
バラエティ番組においてタモリ、ビートたけし、みのもんた、とんねるず、古舘伊知郎といった強烈な個性の持ち主たちと堂々と渡り合う姿から「猛獣使い」の異名を持つ。
2005年4月5日、テレビ朝日の番組『銭形金太郎』で、共演している名倉との結婚を発表した。2005年5月5日に婚姻届を提出し、10月23日に東京プリンスホテルにて披露宴を行った。
夏休みだけのサイドシート(1987年7月15日、作詞:麻生圭子、作曲:山本はるきち、編曲:山川恵津子)
もう夢からさめないで(1988年10月21日、作詞:あさくらせいら、作曲:山口美央子、編曲:山川恵津子)
※フリッパーズ・ギターによる作品。1992年公開の劇場版アニメ『YAWARA!それゆけ腰ぬけキッズ!!』の主題歌にもなっている。
FUNNY FACE(1990年11月18日)※ベストアルバム(既発表曲のニューバージョン及び新曲1曲を含む)
はっぴいえんどに捧ぐ(1993年9月9日)※はっぴいえんどのトリビュートアルバム。8曲目「空いろのくれよん」のカヴァーで参加。
「三宅裕司のヤングパラダイス」内の月〜木、約10分の帯番組を生稲晃子とコンビで担当、おニャン子クラブが解散した10月以降、「おちゃめな夜だよ いたずらレモン」と番組名変更。生稲が抜け、真弓倫子、仁藤優子が参加。
「お遊びジョーズ」内の月〜金22時10分頃から約10分の帯番組、初期は小沢なつきと、後期は今井麻起子とコンビで担当。味の素一社提供。
1 奥田美香|2 榎田道子|3 吉野佳代子|4 新田恵利|5 中島美春|6 樹原亜紀|7 友田麻美子|8 国生さゆり|9 名越美香|10 佐藤真由美|11 福永恵規|12 河合その子|13 内海和子|14 富川春美|15 立見里歌|16 高井麻巳子|17 城之内早苗|18 永田ルリ子|19 岩井由紀子|20 寺本容子|21 五味岡たまき|22 白石麻子|23 林香織|24 三田文代|25 吉沢秋絵|26 赤坂芳恵|27 松本亜紀|28 横田睦美|29 渡辺美奈代|30 三上千晶|31 矢島裕子|32 山本スーザン久美子|33 布川智子|34 弓岡真美|35 岡本貴子|36 渡辺満里奈|37 大貫かおり|38 工藤静香|39 高畠真紀|40 生稲晃子|41 貝瀬典子|42 斉藤満喜子|43 守屋寿恵|44 高田尚子|45 吉田裕美子|46 中島早苗|47 山森由里子|48 我妻佳代|49←B1 吉見美津子|50←B2 杉浦美雪|51←B3 宮野久美子|52 鈴木和佳子|B4 冨永浩子|B5 山崎真由美
カテゴリ: 出典を必要とする記事 | 日本のタレント | 日本の歌手 | 日本の俳優 | おニャン子クラブ | 東京都出身の人物 | 1970年生

[ 163] 渡辺満里奈 - はなもく Wikipedia
[引用サイト]  http://www.hanamoku.jp/wikipedia/%E6%B8%A1%E8%BE%BA%E6%BA%80%E9%87%8C%E5%A5%88

渡辺 美奈代(わたなべ みなよ、1969年9月28日 - )は、おニャン子クラブ会員番号29番としてデビューした日本のタレント。本名、矢島 美奈代(やじま みなよ)。
愛知県西春日井郡西春町(現・北名古屋市)出身。堀越高等学校卒業。キャストコーポレーション所属。血液型はB型。
ジャパン・アーチスト・オフィスにて歌唱などを学ぶ。校内オーデイションにてCBSソニーにスカウトされる。その後、バーニングプロダクションと契約。
1985年11月、フジテレビ『夕やけニャンニャン』のおニャン子クラブのオーディションコーナー「アイドルを探せ!」で、ニッポン放送『三宅裕司のヤングパラダイス』連動特別企画「ヤンパラ・イメージガール・オーディション」に横田睦美らと共に合格し、おニャン子クラブのメンバーになる。翌年春加入の渡辺満里奈とともにダブル・ワタナベ(W渡辺とも表記、ワタナベズとも呼ばれた)として人気を二分するなど、おニャン子クラブの中期から後期にかけての代表的メンバーとして活躍する。
おニャン子合格のときは私立稲沢女子高校(現:愛知啓成高等学校)に在学していたが、合格にあたり上京し芸能活動を始める。そして翌年の1986年2月に国生さゆりのソロデビューシングル『バレンタイン・キッス』で白石麻子とともに「withおニャン子」としてバックコーラスを務める。4月に堀越高校に編入ではなく新入学する。そのため、年度では1年後輩に当たる酒井法子、西村知美等と同級生になった。
同年7月に、シングル『瞳に約束』でソロデビュー。デビューイベントを日本武道館で行った(レコード購買者で抽選に当たったファンだけが入場可能。歌はデビューシングルと発売予定の2枚目シングルのみで、お笑い芸人司会によるトークショウと握手会が行われた)。1stシングルから5枚連続オリコン初登場1位は当時の新記録だった。1987年9月のおニャン子クラブ解散まで残り、その後は女優業にも本格的に進出したり、『志村けんのだいじょうぶだぁ』などにレギュラー出演したりして、バラエティ・タレントとしても活躍する。
また、グラビアなどでも人気があり、写真集『Trap』(1994年)、『POSE』(1995年)などで大胆な裸身を披露して話題になった。しかしフルヌードありながらバストトップとヘアーを隠し続けるスタイルで、「中途半端ヌード」と批判されることも多かった。このことがTBS『ウンナンの桜吹雪は知っている』で水道橋博士によって提訴されるが、「私の考える芸術ではない」とヘアヌードになる意思はないと述懐。
秋元康に「アイドルになるために生まれてきた子」と評され特に10代の男性から支持を受けるが、典型的な「ぶりっ子キャラ」で女性からは反発を受けた。噂によると芸能界では嫌われ者と言われており(「嫌いな芸能人は?」という質問に名前が挙がることがある)、おニャン子クラブ当時は姉妹のような関係と言われていた国生さゆりと実は仲が悪かったようである。また渡辺満里奈や工藤静香も、実名は挙げていないが嫌いなメンバーは彼女だったと思わせる発言をしている[要出典]。そんな中、タレントで親友と呼べるのは西村知美らしい。自身が挙げる仲の良かったおニャン子メンバーは岩井由紀子、吉沢秋絵、山本スーザン久美子など。
1996年、元タレントで実業家の男性と結婚。2男の母親。現在、主に主婦タレントとして活動中。1997年から夫の出身である岐阜市内でネイルサロン『Minayo Watanabe』を経営。ブランドに詳しく、特にシャネル好きとして知られている。
美奈代の「美」は『みんなの「み」』、「奈」は『なかよしの「な」』、「代」は『よろしくの「よ」』という意味がある。(『会員番号の歌』より)
ネプチューンなどの30代お笑いタレントにとって、高校時代の女神のような存在であり、冠番組を持つようになった彼らの番組にゲスト出演することがある。
ムーンライダーズの鈴木慶一プロデュースによる8thシングル『ちょっとFallin' Love』以降の5枚のシングルと『My Boy』、『恋してると、いいね』の2枚のアルバムは、「ポップスの宝物」とアイドルファン以外からも高い評価を受けている。ただそれまでのファンからは「曲が地味になった」という批判も受ける。
アマリリス(1987年7月29日、作詞 和泉ゆかり、作曲・編曲 後藤次利、c/w 神様のタイミング)
ガールズ・オン・ザ・ルーフ(1987年11月18日、作詞・作曲 遠藤京子、編曲 中村哲、c/w 雪華模様)
両手いっぱいのメモリー(1988年2月26日、作詞 小林和子、作曲 和泉常寛、編曲 中村哲、c/w グッバイBOY) - フジテレビ系『藤子不二雄の夢カメラ』エンディングテーマ&挿入歌
抱いてあげる(1988年8月3日、作詞 滋田美佳世、作曲 鈴木慶一、渚十吾、編曲 鈴木慶一、c/w Tururu)
いいじゃない(1988年11月9日、作詞 滋田美佳世、作曲 鈴木慶一、渚十吾、編曲 鈴木さえ子、c/w ラストダンスはあなたに)
愛がなくちゃ、ネッ!(1989年1月21日、作詞 滋田美佳世、作曲 鈴木慶一、渚十吾、編曲 鈴木慶一、c/w キッスの蕾)
恋愛紅一点(1989年11月22日、作詞 松井五郎、作曲・編曲 井上ヨシマサ、c/w 愛するより愛されたい)
ピチカートプリンセス(1990年8月22日、作詞 横山武、作曲 井上ヨシマサ、編曲 ATOM、※テレビ朝日系『お嬢だん』主題歌、c/w 夜明けのヒッチハイク、※ヴァニティ・フェア『HITCHIN' A RIDE』のカヴァー、TBS系ドラマチック22『ミニパトより愛をこめて2』主題歌)
Hanakoの結婚(1991年8月23日、作詞・作曲・編曲 井上ヨシマサ、※テレビ朝日系『Hanakoの結婚』主題歌、c/w チャンスかもしれない)
オフロでGO!(1995年4月26日、作詞 佐伯里絵、三浦徳子、作曲 北野誠、編曲 根岸貴幸、※フジテレビ系『志村けんはいかがでしょう』エンディングテーマ、c/w ごめんね…、※主演映画『レディース!!』主題歌)
いろいろあったけど(1996年4月24日、作詞 秋元康、作曲 羽田一郎、編曲 樫原伸彦、※テレビ朝日系『新婚さんいらっしゃい!』エンディングテーマ、c/w 長い目で見てね)
ピンクのパラダイス / 南の島の伝説 / 3√嘘 / アンブレラひとりぼっち / 瞳に約束 / 舌たらずだけれど / うさぎの耳 / 少しおませな恋 / 雪の帰り道 / リルケの栞
スウィート・ミリタリー / おしゃれ泥棒 / ほんの少女 / 雪華模様 / 神様のタイミング / ワガママ・マドンナ / パティオで言い訳 / アステリア伝説 / アマリリス / 放課後の忘れ物
太陽がやってきた / リルケの栞 / アンブレラひとりぼっち / スウィート・ミリタリー / シーツの舟
ガラスの一秒 / 靴をはいたサマー / OH,YES! / 星が生まれる夜には / 愛するより愛されたい / 汐風のDUET / チャンスかもしれない / グッバイBoy / 夜明けのヒッチハイク / ピチカート・プリンセス / Hanakoの結婚
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カテゴリ: 出典を必要とする記事 | 日本の歌手 | 日本のタレント | おニャン子クラブ | セブンティーンのモデル | 愛知県出身の人物 | 1969年生 | 過去のバーニングプロダクション系列所属者

[ 164] 渡辺美奈代 - はなもく Wikipedia
[引用サイト]  http://www.hanamoku.jp/wikipedia/%E6%B8%A1%E8%BE%BA%E7%BE%8E%E5%A5%88%E4%BB%A3



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