持ちとは?

本稿は、ずいぶん以前に書いたもので古いですが、お役に立ちそうなら、どうぞご覧下さい。また、以下にまとめたものなどや、比較的新しいものがありますので、必要に応じてご参照下さい。
小中学校の先生方より、子どもたちの筆記具の持ち方が悪いという話を頻繁に聞きます。また、机に座って学習している子どもたちの背筋が左に傾いているというのも、良く聞く話です。
私どものが学生が、この問題について調査を進めています。ちなみに大学生の筆記具の持ち方を調査したところ、50名調査して、いわゆる正しい持ち方をしている大学生は1名もいませんでした。大学生といわず30-40歳代ではすでにいわゆる「正しい持ち方」をしている人が少ないようです。また同じ調査では、背筋が平均すると15度ほど左に傾いているという結果がでています。
一方、背筋が曲がるのは良くないということは誰もが納得してくれるようですが、持ち方についてはなぜ悪いのかという反論も少なくはありません。本稿では、
なぜ「正しい持ち方」は、正しいのでしょう? おそらく、本稿をお読みの方の中でも、「正しい持ち方」をしていない人も少なくないでしょう。それで字が書けないわけではないはずです。どんな持ち方をしても、書ければ問題ない?といってよいでしょうか。
理由として、「正しい持ち方をしている子の字はきれいだ。」という考え方があります。しかし、それは熱心に指導してくれる先生が、持ち方も字形も丁寧に指導してくれただけかも知れません。また「筆記具の動きが大きくできる。」とも言われます。しかし、小さい字が書ければ十分!?という考え方もできます。
私はこの問題を、筆記具の先が見やすいかどうかに関係していると思います。試しに、正しくない持ち方で筆記具を持ってみて下さい。筆記具の先が見えるでしょうか。もちろん姿勢は正しい状態でです。正しくない持ち方では、筆記具の先が見えないのです。もちろん、筆記具の先が見えない状態、視覚からのフィードバックなしでは、字が書けませんから、人は自然に対応しようとします。その結果としてどんなことが起きてくるでしょうか。
現代の子どもたち、私などの世代もですが、その持ち方で、教科書に載っているような姿勢をとった場合、筆記具の先が見えないことが多くなります。そのため、一つの結果として上体を左に傾けるているようです。右の図がその例です。なおこれらの図版は、中島知子さんの調査によるものを用いています。持ち方と姿勢の関係について現在統計的な処理を進めていますので、結果が出次第なんらかの形で発表したいと考えています。
学生らの意見を聞いていると、「正しい持ち方」をしていないにも関わらず、上体の左傾がないという話を聞きます。対応方法はまだまだあるようです。その一つは右の図のように、筆記具を右に大きく傾け、筆記具の先を左に出すことで、見えるようにしているということです。
さらに極端な対応例としては、脇を開いてノートを傾けることで、見えるようにしていると考えられます。これらの結果について詳細な分析はできていませんが、かなり間違いないものと思われます。ですから、脇を開きノートを傾けることをやめさせると、今度は上体を傾けてしまうということも心配されます。現代の子どもたちにとって机を高めにし、上体を左に傾けさらに脇を開いてノートを傾ける方が、書きやすいのではないかと思われるのです。もちろん、次のようなご意見をうかがうと教育現場での熱心なご指導が伝わってきますし、指導の大切さが改めてわかります。
「漢字とローマ字の運動性の問題」を拝見しました。授業中の生徒の様子を観察してみると、なるほど肘の位置でノートの傾きも違っています。机の高さを変えて、腋を締めても肘がつかえないものにしたところ、生徒が「書きやすくなった」と言ってくれました。縦書きは、やはり腋を締めた方がいいようです。 宮崎県 外林義朗先生
この先生のように因果関係を考えつつ指導をおこなう必要があると、私も考えています。上体が左傾するのが健康的ではないことは、当然だと思います。その際、「上体を左に傾けないようにしよう」というのは簡単です。また「字を傾けずに書け」というのも同様です。しかし、その原因を解決してあげなければ、直らないのではないでしょうか。筆記具の先を見ずに字を書くことは大変ですから。「これが正しい持ち方なのだ」というだけでは説得力がないでしょうし、教師も力がこもらないかと思います。
最後に右の図版をご覧下さい。この例は決して良い姿勢とは言い切れませんが、少なくとも上体の左傾が少なく、筆記具の傾きに異常もなく、ノートも傾いていません。この例では、いわゆる「正しい持ち方」をしているのです。
さて私のお話ししたいことは以上です。ただ、なぜ最近の若い人は「正しい持ち方」ができないのでしょう?という質問が必ずのように聞かれます。
※以下の箇所は、表現が適切ではない、もしくは、考え方として気になる箇所があります。書き直したいと考えています。(4-5才くらいまでは、握りしめる持ち方をして腕で書く・描き、それ以降、手指で書く・描くようになっていくという研究結果があります。とすると、幼い子どもたちは、太くなくても握りしめる持ち方をするのではないかと思います。太さが問題なのではなく、指でコントロールできるようになる段階での指導が効果的なのではないか、、などです。)
私は、親指の付け根に筆記具の軸が接する方が原因で、親指・人差し指の異常?が結果になるのではないかと考えています。幼少時の未発達の小さな手で筆記具を握ることにより軸の位置が決定します。当然、親指の付け根にも軸が接することになります。その位置のまま手が大きくなっていくと、親指が突出したりするなどの状態が現れるのではないかということです。右の図は、大人の手による例です。大人でも太いものを握れば、この位置に筆記具がきます。そしてその形のまま細い筆記具に持ち替えれば、親指の突出などの異常な形があらわれてしまいます。
これが正しいとすれば、「正しい持ち方」ができない子ども(大人も?)が増えているのは、幼少時に筆記具を早く持たせているのが原因?だと言えそうです。この点を考えると、保育園・幼稚園および家庭において筆記具の持ち方を考えていく必要があることになります。もちろん、クレヨンや大人であればチョークを持つ際の持ち方なら関係しないかも知れません。
実際に熱心な小中学校の先生方は、この問題を真剣に捉えて対応していらっしゃいます。以下にいただいた文章を引用させていただきます。
生徒に対して、人差し指を筆記具の先が隠れない位置まで上げてテープで固定させたり、慣れてきた生徒には、正しい持ち方のまま人差し指を外して縦画を書かせた後、人差し指を軽く添えて力加減を理解させる(このアイディアは知り合いの先生に教わりました)など、いろいろ試しているところです。・・・・いずれにしても、持ち方や姿勢は、言葉を変えれば「フォーム」を正すということでもあります。野球の打撃フォームが打率を上げるために大切なら、z字型運動の多い日本の文字を書くのに腋を締めることが必要だという論理もまた、生徒にとっては分かりやすいといえるのではないでしょうか。いわゆる「正しくない」持ち方の生徒に「せめて筆記具のもっと上を持って、先が見えるようにして書いてごらん」と助言したところ、上体の傾きが直りました。文字の出来不出来はともかく、その授業中の本人にとっては書きやすい状態が作れたわけです。授業中に文字の変容を図ることはできなくても、将来、その生徒が自分の生活での必要に応じて文字を整えていく際に、いつでもできるような理論や方法を提示していくのが、私にとっての書写の授業であると思っています。
私なども頭が下がる思いです。一度ついた持ち方=癖を直すのは容易なことではありません。矯正する期間中は、子どもたちも書きにくくてしょうがないはずです。それをどこまで直させるかは、現在のところ個々の教師の判断によるかと思います。とりあえずは、このような問題があるということをご理解いただいた上で、対応して欲しいと思うのです。

[ 100] 筆記具の持ち方と姿勢
[引用サイト]  http://www.shosha.kokugo.juen.ac.jp/oshiki/graphono/mochikata/mochi.htm

横綱の両脇に侍って、或は前後について威容を高める太刀持ちと露払い。これについては、池田雅雄氏が「相撲」昭和53年 9月号の「しつぎおうとう」欄でこう回答している。
横綱土俵入りが行われたが、この時先導者が露払いをし太刀持ちは従者として土俵下にそれぞれ控えていました。露払い、太刀持ちが土俵上で控えるようになったのは、
明治二年の鬼面山からです。昔から貴人の儀式には先導者(露払い)、従者(太刀持ち)が同伴したもので、横綱土俵入りも儀式の威厳を誇示するために必要としたものです。
谷風、小野川は大名に召抱えられた士分格の待遇を受けていたので、こうして威儀を正したものと思われます」
「江戸寛政期の谷風、小野川が横綱土俵入りを初めて行なったとき、その威容をととのえる意味で、入場するとき先払いに露払いと、後ろに太刀持ちを従えたのが始まり。
太刀持ちは吉田司家から横綱免許状とともに「片屋入りの節に持太刀を許す」という別の免状が出るほど格式の高いものである。
と記している。免状については、後にその文面を掲げる。さて疑問が一つ。「力士は大名の抱えで士分格」というが、
実際のところはどうなのか。力士というのは元来は芸能の民であるから、身分としては「職人」であった。かるがゆえに「男芸者」として卑賤な者として扱われたことがあり、
この状況は明治の末になっても続いていたという。「横綱」は「渡世の助力」のために((四)項※1、(十四)項など参照)産み出されたものと考えるならば、
この「太刀持ち・露払い」というものも、「権威づけ」を欲して格式を整える相撲集団の要望にかなう「演出装置」であった、
という可能性が高いのである。「横綱」や「太刀持ち・露払い」などを創り出して「相撲の家元」となった吉田追風が作った「故実」と、
力士が大名抱えとなったという時代背景、そして芸能の一つとしての職業相撲(これが勧進相撲につながっていく)が殆ど顧みられず、相撲が武芸としてのみ捉えられたこと、
これにより後世「力士は武士である」という神話めいた話になった。要するに、「力士は大名の抱えで士分格だから太刀持ち・露払いを従える儀式が生まれた」のではなく、
「貴人の儀式に借りたところの、太刀持ち・露払いを従えるという作法が、「力士は武士である」という説を産み出す一つの力となった」ということであろう。
冒頭に掲げた池田雅雄氏の説も揺れていた。確かによくは分からないようである。江戸期の錦絵を見ると、同じ横綱の絵であるが、太刀持ちと露払いが土俵の上にいたり下にいたりする。
これは単に錦絵の構図の都合ではないかとも考えられる。錦絵の絵柄にどこまで信をおけるのか、確たる事は言い難いのである。
綾川五郎次の「一味清風」には、「横綱土俵入の際露払と太刀持とを土俵の上まで従へるやうになつたのはいつの頃よりの事か。
寛政時代の横綱土俵入の錦絵にも露払、太刀持はあるが土俵の外に控へてゐて今日のやうに土俵に上つてはゐない」とあるが、それ以上のことは何等書かれておらず、
答えが得られない。明治になって鬼面山の土俵入りではもう土俵に上がっていたようであるが、それ以前のことははっきりせず、結局「詳細不明」のまま終わってしまう。
太刀持ち・露払いの人選は、基本的に横綱力士の兄弟弟子といった立場の力士が務めているが、特にこだわることもあるわけではなく、
千代の富士が逆鉾と寺尾を従えたり、双葉山が前田山と東冨士を従えたりという例がある。また、一応太刀持ちは露払いよりも格上の力士が務めるという慣例になっていて、
大体それに従って行われているが、ごくまれに逆にやったこともある。また、通常太刀持ちと露払いをやっている力士同士で対戦が組まれた場合は、
太刀持ちは、太刀を持つ右腕は肩と水平になるようにし、外側に張る。露払いともに背筋を伸ばして、前を見据えて蹲踞する。
そして太刀持ちは厳しく、露払いは穏やかに構える。以上が現在太刀持ち・露払いの構え方として為される説明である。
厳しく・穏やかにという説明の出処ははっきりしない。また、古い写真を見ていると、膝に手を置いている腕の肘は外側に張っているらしいが、今は誰もやっていない。
いつ頃までそうしていたのかもよく分からないし、また、もっと古い錦絵を見ていると、片手を土俵について構えているものもある。
これはもう「太刀持ち・露払いがいつから土俵に上がっているのか」という疑問とも関連してくる。興味深いが、調べようがない。
太刀持ち・横綱力士・露払いの並ぶ順番について、これも疑問が出る。この件につき、まずは「相撲講本」から引いてみる。
(一) 前躯の露払であり、扈従の太刀持である、故に入退場共に横綱を中央にして、露払先導、太刀持は後へ従ふべきは論をまたぬ。
(二)(イ)、横綱の「一人土俵入」の時は、太刀持は何処迄も横綱の扈従として其左に侍する意を以て土俵上に蹲踞し、以て第一人者の威容を重からしむるのである。
此二例につきては、大錦が斯道の司、熊本吉田家の「かたや」に於て太刀持を左にして居る写真に徴し(イ)説に左袒するものである。
(三)(イ)、横綱単独にあらずして、三者列立供覧の場合は太刀持を横綱の右にするが例の様である。これは剣道の形の初めに、上座に向ひ礼をなすに刀を右に下ぐるの意と同断であらう。
(ロ)、しかし、これにも常陸山が太刀持を左にするの異例がある。著者等の実見によれば常陸山の亜流の、大錦、栃木山、常の花のいずれもが此式であつた。
要之、一人土俵入の際でも、三者入場の時でも太刀持の座位、列位は常陸山流は左し、其他は右といふ例を見るのである。
このことは常陸山流が「横綱は第一人者也」の信念の表白として見るべく、他は故実家たる立合行司が「土俵入即供覧式」なる解釈より出たることゝ思ふ」(文中紫で示した個所は原文傍点を示す)
「本誌 太刀持ちと露払いについてもうかがいたいんですが、現在は太刀持ちが東でも西でも必ず横綱の右に来ますね。
だから東方の場合に、露払いがいったんストップして横綱と太刀持ちを通す形になる。以前はそうではなかったそうですが。どうなんですか。
加藤 昔は、東方でも露払いが待たずに、入場してきた順番そのままスーッと土俵に上がっていったんだ。出羽系統に東方が多かったものだから、
出羽系統では太刀持ちが左にいる、とよく言われた。実際には系統は関係ない。露払いは東でも西でも、常に先にくるんだ。
現在のような、太刀持ちが常に右にいるとなったのは、いつからかははっきりしないが、だいぶ後のことだと思う(後略)」
東西を問わず、横綱力士の前に必ず露払い、後ろに太刀持ちの順である。(平成11年 8月札幌・和歌乃山・武蔵丸・武双山)
西の場合、入場順のまま土俵下定位置につき、そのまま登場。(平成10年 9月初日・朝乃翔・曙・朝乃若)
東の場合、太刀持ち力士が横綱の右に位置するように、赤房下で順番を入れ替えてから土俵下へ、そして登場。(平成10年 9月初日・若ノ城・貴乃花・貴闘力)
土俵入り後、横綱力士の前に必ず露払い、後ろに太刀持ちの順となるよう、西方は露払い力士から順に土俵を降りて退場。(平成11年 8月札幌・和歌乃山・武蔵丸・武双山)
まず、相撲講本の(一)については、特に問題となることはない。加藤健治氏の話にも同様のことが出てくる。
平成10年 9月場所初日、玉春日の代役として東横綱貴乃花の露払いを務めた若ノ城は、土俵入りが終わって土俵を降り、退ろうというところで誤って貴乃花を待ち、貴乃花に促されて先に帰っていった、ということがあった。
露払いは、先払いの役目であるから、常に横綱の先におらねばならない。さて、「一人土俵入」のときの太刀持ち・露払いの位置であるが、
これがまた分からないことだらけなのである。古い写真を見ても法則性が全然ないのだ。写真はないが、筆者が見た映像では、小錦(東方であるが、今と違って向かって右側)は太刀持ちが横綱の右側、
常陸山(いつの映像か分からないので東西は不明、向かって左側から登場)も二代梅ヶ谷(常陸山のと同じ時の映像で、常陸山と反対の方屋から登場)も太刀持ちは横綱力士の右側にいた。
右の写真によると、引退相撲の常陸山の太刀持ちは太刀山で、横綱の右側にいる。ここまでは現在と全く同じ構図で、入場してきた順番で土俵に上がっていったという説が怪しくなる。
宮城山の写真は数葉目にしたが、東西どちらから入場しても位置を入れ替えたことがある。これだけならまだしも、昭和 5年 5月(西)の写真を見ると、今度は太刀持ちが横綱の右にいる。
これでは決まりもなにもない。三代西ノ海の写真(大正時代のもの)も見たが、西方でありながら太刀持ちが左側にいる。
なぜかくもバラバラなのであろう。思い思いにやっていたとしか考えられない。一方、三者列立で写っている写真は、確かに出羽系統のものは常ノ花まで太刀持ちが殆ど横綱の左(つまり我々から見て右)にいる。
信念の表白かどうかは分からない。或は土俵入りの時のように「自己流だ」で済まされてしまうやもしれぬ。が、常陸山の息がかかっている弟子は常陸山の形を踏襲したようだ。
ただ、常陸山引退相撲では、太刀持ちの太刀山が常陸山の右に立っていた。これはどういうわけであろうか、分からない。
取り敢えず、太刀持ちが常に横綱の右にいるようになったのはいつかといえば、昭和 5年より前には溯れないようである。
太刀持ち・露払いを繞っては、以上これだけの疑問があるのだ。しかも残念ながら殆どが解決できそうもない疑問である。

[ 101] 太刀持ち・露払い
[引用サイト]  http://www.ep.sci.hokudai.ac.jp/~tsubota/yokok/yokoki32.html

このフォーラムは「鉛筆の持ち方掲示板」に寄せられたご意見から抜粋し一部編集の上、転載しています。
「正しい持ち方」として決められた形はありませんが、図は学校教育で指導される「標準的な持ち方」です。
我が家の小学生4年の娘も妙な持ち方をしています。ちょっとの間は直りますが、すぐ元にもどります。本人には何より指摘を受けることがつらそうでした。
ある時、携帯電話の販売店で利発そうなお嬢さんに出会いました。契約書に記入する手が娘と同じ持ち方でした。
それからは、本人が困っていなければいいということにしました。娘は習字や硬筆の時間も問題なく過ごしています。
わたしは中学2年の女の子です。鉛筆の持ち方は直せるうち直したほうが、ぜぇった〜〜〜〜い良いです!!私はノートをとるのがとても遅くて困っていました。でも、なぜだかわからずに解決しようともせずそのままにしていたんです。そのうち持ち方がいけないんだということに気がつきました。それからがんばって自分なりに考えて直そうとしていますが正しい持ち方で書くと余計に遅くなってしまって授業のときはヘンなもち方をしています。がんばっても時間がないから、またヘンな持ち方で書いてしまうの繰り替えしです。小さいころは困っていなくても授業や受験勉強などで絶対に困るときが来ます!!最近はもう字を書くのもいやになってきました。しかも、字が汚くってとても強く書いてしまうので下敷きなしでは書けません!まだ年齢が低く、時間があるうちに直してあげてください!あと、直すいい方法があったら教えてください!!
姿勢や視力に影響が出てこないか心配ですが、字そのものは普通です。ドイツの友人に聞くと「書き方の指導など全然ない。ある程度読めれば問題ない」という返事でした。日本では授業に組み込まれているから指導されるのでしょうが、その道を究めるのでなければ、万人にペンの持ち方まで教える必要はないような気がします。
長男は幼児の時から箸や鉛筆を左手で、しかもヘンな持ち方をしました。直しても目を離すとすぐ癖が出ました。そこで夫婦で話し合い徹底的に直すことにして、子どもにも直す理由を納得させた上で矯正を始めました。正しくない持ち方をしたときは笑顔でその手を軽く叩いてやりました。
小学校へ入学する頃にはすっかり自然な持ち方になりました。今は成人していますが直してやって本当に良かったと思っています。
私は生まれつきは左利きでした。しかし幼稚園のときには鉛筆だけなぜか母親に右利きに無理やり直されました。いまでは鉛筆はやっぱり日本語が左から書くことから直しといてよかったなと思うことはあります。なぜなら左で書くと書いた文字が手で隠れてしまい今まで書いた言葉が見えないので効率は悪いと思います。それと塾でならんで勉強するときなどは右利きの子と隣だと両肘がぶつかって邪魔になると思います。
持ち方なのですがこれは絶対直されたほうがよいと思います。私は22歳にもなって鉛筆も箸もとても変な持ち方でした。箸は成人にもなって親に注意されたのがきっかけでしたが、(自分では今さら言うなよ・・・という感じですが・・・)それから努力して直した結果やはり正しい持ち方は非常に便利です。
鉛筆もやはり長時間字を書いているとすぐ手が疲れてしまいます・・・これから直そうと思っているのですが・・・
私なりには左利きというのは、スポーツ(特に球技)などでは大変有利になりますので直さないほうがよいと思いますが、持ち方だけはきっちりと今のうちに直されたほうがよいと思います。
最近鉛筆の持ち方について真面目に考えるようになりました。私は少し変な持ち方をしているせいか長い時間続けて文字を書いたり急いで書いたりするとすぐに手が疲れてしまって勉強などがはかどりません。大学生活においても、ものすごく板書が多い先生や口で言うだけで黒板に書かない先生も多いため”大量にすばやく書く”ということがとても重要になってきます。正しい持ち方をしている友人は手が疲れにくいようでサラサラときれいに書いています。それを見るとすっごくうらやましいです。私も小さい頃から意識して直しておけば良かった、と何度思ったことか…。最近はレポートをパソコンで作成することが多いですがテストなどでは限られた時間に大量に書かなければならないので手が痛くなります。今思いおこせば受験時代も大変でした。数学や英語などひたすら書いて覚える事が多いですし、とにかく1日何時間も鉛筆を握り続けているわけですから、持ち方がおかしいとやってられません。私も今から治そうかなと思っています。
受験生です。お母さん!!!!お子さんの鉛筆の持ち方、しっかり矯正してあげてください!!!!変な持ち方をしていると、手が疲れやすく長時間の勉強に耐えられないです。私は今、母の注意を聞かなかったことをとても後悔しています。(;_;) 是非ともお願いします。
間違った持ち方でもきれいな字が書けているから、と油断しないで下さい。ちなみに私は毛筆八段、硬筆六段ですが、そこが落とし穴だったんですね・・・・。それに、正しい持ち方のほうが見た目にも好印象かと思います。もちかたくんオススメです。
鉛筆の持ち方を、洗濯バサミを使って、とても簡単な方法で直す方法を、万年社員さんからご投稿いただきましたので、こちらでご紹介しています。
毎日放送の「あったか生活!秘伝!カテイの魔法」の中で2時間で字がうまくなると、当サイトの写真を使用して、洗濯バサミの持ち方矯正法が紹介されています。
ちょっと太めで、適度な重さのあるペンをつかって、意識して書いていれば、大丈夫、直りますよ!
この掲示板にいろんなご意見が寄せられていますが、そのうち、悪い持ち方の弊害を要約しますと、次のようです。
受験勉強などに直面して、ヘンな持ち方のマイナスを実感した多くの中学生、高校生、大学生の方々は、もっと早く直しておけばよかった!と大変悔やんでいらっしゃいます。
学年があがるほど、クセが身について直すことが難しくなりますので、早く直されるよう促してあげてください。
直すのに一番必要なことは、親子とも「直したい」という強い願望を持つことです。でも、クセを直すのは容易ではなく、親子の強い意志と、継続した努力が要ります。
これが洗濯ばさみを使って30分ほど耐えた後、洗濯ばさみを外して年賀状書きを2時間ほどやっていましたら、いつの間にか治ってました(^_^;
元々、字が下手なので書くという行為は嫌いだったのですが、おかげで苦手な年賀状書きも爽快感を持って挑むことが出来ました。まだ意識していないときは前の持ち方に戻ってしまいますが、そちらの持ち方にも違和感をもちつつありますので何れは治りそうです。
箸のほうの最後の問題だったのが、中指の第一関節で押さえるのではなく、指の原を使ってしまう事でしたが、これも今日の夕食時にクリアできていましたので、二度美味しい矯正でした。
まだ、腕の筋にコリに似た、若干の痛みが残りますので、どこかに無理があるとは思います。今後はこの問題に取り組んで、書くという行為を増やしながら頑張ってみようと思います。
2003年最後に一つ事をなしえて気持ちがいいです。この度は本当にありがとうございました。
硬くリズムのない字であれば、おかしな持ち方でもとりあえず書けます。しかし、疲れずに小論文など大量筆記したり、流れるように書いたりしたいのなら、手の微妙な動きやバネを駆使するので、正しい持ち方が必要です。
箸を2本持ち、上の箸だけが自由に動く状態で下の箸を抜くと、鉛筆の持ち方になります。箸で物をつかむ時の指の力の入れ具合は、字を書く時の力の入れ具合と同じです。美しい字のためというより、疲れずに字を書くためのコツのように思われます。こんな観点から、お子さんに声をかけてみてはいかがでしょうか。
成績のよい生徒は、概してきれいな字を書いています。きれいな字を書く生徒は、鉛筆を正しい持ち方をしています。私は、鉛筆の持ち方は、学習能力に少なからず影響を与えていると思っています。

[ 102] あった!鉛筆の持ち方フォーラム
[引用サイト]  http://park5.wakwak.com/~kcy/pen.html

持ち時間(もちじかん)とは、将棋、囲碁などのボードゲームをする際にあらかじめ定められた対局に使用できる時間限度のこと。持ち時間を使い切った対局者は負けとなる。対局両当事者に同じ持ち時間を定めることで公平を保ち、ゲームの途中放棄や故意の遅滞による相手への嫌がらせを排除する目的で設定される。
あらかじめ定めた持ち時間を過ぎると即時間切れとなる設定。制限時間がくると、無情に対局時計の旗が落ちる様子からギロチンとも呼ばれる。最も単純な方式で、対局時間もあらかじめ定めた時間よりも延長しないことから、アマチュアの大会や早指し、快速戦などで主に採用される。
シビアで緊張感がある一方、時間切れ間際での棋譜のレベル低下や盤上の勝負と無関係な時間切れによる決着などが起こりうるため、プロによる公式な大会ではほとんど採用されない。
囲碁や将棋で主に行われる設定。持ち時間を使い終わった後も一定時間内に指し(打ち)続ければ時間切れにはならないという方式で、残りの秒数をカウントダウンすることから「秒読み」と呼ばれる。すでに盤上でほぼ勝負がついている場合、次の手にほとんど時間をとる必要はないため、秒読みを採用することで「勝負に勝って試合で負ける」ような事態を避けることができる。
指し切りの問題点を解消できる代わりに、採用するには時計係や秒読みに対応したデジタル式の対局時計が必要となる。
あらかじめ定められた持ち時間に加え、一手ごとに決められた時間が加算されていく設定。定められた時間より早く次の手を指した(ノータイム)場合、残りの時間分持ち時間が増える点で秒読みと異なる。考案者であるチェスの元世界チャンピオンのボビー・フィッシャーからフィッシャーモード(フィッシャースタイル)と呼ばれる。主にチェスの大会で採用される。
秒読み同様指しきりの問題点を解消した方式だが、やはり対応したデジタル式の対局時計を必要とする。また、設定によっては持ち時間が増え続けるという事態も起こりうる。
将棋の対局では、記録係が計測する場合は消費時間は1分未満切捨てなので、例えば持ち時間1分といっても、1手1分未満で指せばよい。しかし、予選の一部やテレビ棋戦、アマの対局は対局時計を用い、持ち時間を使い切るまでは秒単位で計測される。
対局時計を用いる場合、持ち時間を使い切った後も秒読みとなり、1手1分未満で指し続けられる棋戦が多い(アマの棋戦では、「切れ負け」といって、持ち時間を使い切った時点で負けとなるものもある)。テレビ対局である銀河戦やNHK杯、公開対局を行う日本シリーズや達人戦決勝では、1手30秒未満となっている。
銀河戦・NHK杯・日本シリーズでは、持ち時間を使い切った後は1手30秒未満で指し続けられるが、何回かは30秒を超えても考え続けることができる。この時間を考慮時間といい、1分単位で取得する。1手に2回分以上の考慮時間を使ってもよい。
通常の対局ではほとんどの棋士が持ち時間をほぼ使い切るが、展開によっては持ち時間をほとんど使わずに対局が終了することがあり、中には「自分の持ち時間を1分も使わずに勝利する」といった例も存在する(公式戦で記録が残っているものとしては、過去に大平武洋など3人が達成している)。
かつては非常に長い持ち時間の棋戦も多く、最初のタイトル戦である名人戦では、持ち時間15時間の3日制を採用していた。また、「南禅寺の決戦」として知られる阪田三吉と木村義雄の対局では、持ち時間を30時間と設定し、7日間にわたる対局となっている。
現在は持ち時間の規定が短縮される例が目立っている。近年では、2005年に新人王戦の持ち時間が4時間から3時間になり、2007年には朝日オープン将棋選手権が朝日杯将棋オープン戦に改められた際、持ち時間が3時間(1分未満は切り捨て)から40分(対局時計使用)と大きく短縮されている。
^ 『近代将棋』連載の「名人義雄」によると、日本将棋連盟設立前の対局である、1921年の木村義雄四段対金子金五郎四段(段位は当時)戦では持ち時間は設定されておらず、3日間の長丁場の戦いとなっている。
この「持ち時間」は、ゲームに関連した書きかけ項目です。この記事を加筆・訂正などして下さる協力者を求めています。関連:Portal:ゲーム
カテゴリ: 将棋 | 囲碁 | チェス | ボードゲーム | 時間 | ゲーム関連のスタブ記事

[ 103] 持ち時間 - Wikipedia
[引用サイト]  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%8C%81%E3%81%A1%E6%99%82%E9%96%93



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