ギネスとは?
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この項目ではビール醸造会社について記述しています。世界の記録を集めた本についてはギネス・ワールド・レコーズをご覧ください。 ギネス(Guinness & Co.)は、1756年創業のビール醸造会社であり、1759年以来、アイルランドダブリンのセント・ジェームズ・ゲート醸造所に生まれた「ギネス」(Guinness)あるいは「ギネス・ビール」として広く知られる黒スタウト(ビールの一種。具体的にはポーター)を生産している。 創業者のアーサー・ギネス(Arthur Guinness)は1759年に、年45ポンドで、当時使われなくなっていたこのセント・ジェームズ・ゲート醸造所を九千年契約で借り受けている。 ギネスはまた、今日では、認可に基き世界各地で生産されているが、生産されるビールは、あらゆる報告から鑑みれば著しく異なっている。一例として、ナイジェリアで生産されているギネスはアフリカの気候下で流通・保存されるためにアルコール分が8%と非常に高くなっている。このギネスは最近になってアフリカへの旅行者を中心に有名になり「アフリカのギネス」という触れ込みで本国アイルランドなどに逆輸入・販売されている。ロンドンのギネス醸造所は、2005年に閉鎖された。 1997年末にグランドメトロポリタン社と合併してディアジオ社を形成し、今はディアジオ社のビール部門という扱いになっている。日本国内でのビールの販売権はディアジオ社と関係の深いキリンビールではなくサッポロビールが持っている。 ギネススタウトは、水、大麦麦芽、ホップと醸造用イーストから作られる。 大麦の一部は蒸かして挽き割りとし、焦がすことでギネスに黒ルビーの色と特徴的な味を加える。 それは低温殺菌されて、そして濾過される。 その「コップに入った食事」という評判にもかかわらず、ギネスは英パイント(20英オンス)当たりわずか198カロリー(838キロジュール) (1460kJ/L)であり、同量の脱脂牛乳やオレンジジュースあるいは、大部分の他の非ライトビールより低カロリーである。 ドラフトギネスとその缶入りの製品は、二酸化炭素のほか窒素(N2)を含む。 窒素は二酸化炭素より溶解度がずっと低いので、ビールを発泡性にすることなく高気圧にすることが可能になる。 高い圧力を使って微小な泡を形成させ、かつ注ぎ口の中のプレートに開けられた細かい孔にドラフトビールを通すのだが、これらがギネス特有の「サージ」を起こすでのある(缶とビンの中のウィジェットは同じ効果を生む)。 ドラフトギネスの良く知られた滑らかさは、二酸化炭素が少ないこと、窒素を使っていることと前述の注ぎ方により生ずる非常に細かい泡でできたヘッドのクリームのような性質から来ている。 「オリジナル・エクストラ・スタウト」は非常に違う味がする;これは二酸化炭素だけを含んでいるので、どちらかというと痛烈な味である。 現代のギネス・ドラフトとエクストラ・スタウトは、19世紀のそれらより薄い。当時は醸造前比重が1.070以上あった。 外国のエキストラ・スタウトとスペシャル・エクスポート・スタウトはアルコール度数7% で、恐らくオリジナルに最も近い特性を持っている。[1] アーサー・ギネスは最初はライスリップ、その後1759年からアイルランド、ダブリンの聖ジェームズ・ゲート醸造所でエール醸造を始めた。 彼は使われていない醸造所を年45ポンドの対価で9,000年間の賃貸契約をした。 10年後の1769年にギネスは初めて製品を輸出し、その時6樽半がイギリスに送られた。 アーサー・ギネスがスタウトスタイルのビールの開祖と信じられることがあるが、ビールに関してスタウトという語が初めて使われたのは1677年のイーガートン写本であり、アーサーの生まれるおよそ50年前のことだった。 ギネスビールに関連してスタウトという語が初めて使われたのは1820年のスタウト・ポーターだった。 ギネス・スタウトはナイジェリア[2]そしてインドネシア[3]を含むいくつかの国でも国際的ライセンスの元で醸造される。 発酵前のホップを加えたギネス麦芽汁抽出物がダブリンから送られ、そして地方で醸造されたビールとブレンドされる。 ロンドンのパークロイヤルにあったギネス醸造所は2005年に閉鎖された。 英国向けのすべての生産はダブリンの聖ジェームズ・ゲート醸造所に切り替えられた。 英国の人々は、アイルランドで醸造されたギネスはロンドンで醸造したものよりずっと良い味がすると述べていた。 この醸造所はいくつかの品質管理のさきがけとなった。 「スチュデント」という筆名で本を書いたウィリアム・ゴセットはこの醸造所の従業員だった。 そして彼の最も有名で重要な成果の1つが、スチュデントのt分布であり、さらにいっそう知られたスチュデントのt検定だ。 サンデー・インディペンデント紙は2007年6月17日に、ディアジェオが歴史的なダブリンの聖ジェームズ・ゲート工場を閉鎖して、都市のはずれにある空き地に移転する計画であると報道した。(2007年6月17日版サンデー・インディペンデント紙3面本文欄、執筆者ダニエル・マコーネル) これが発表されたとき、若干の論争が起きた。 翌日、アイルランド・デーリーメール紙は、際立った画像の付いた見開き2面の記事と、同工場の1759年以来の詳しい歴史を記した続報を掲載した。 初め、ディアジェオは移転に関するどんな話でも単なる推測に過ぎないと述べたが、サンデー・インディペンデントの記事以降増加する憶測に直面して、同社は「操業の全面的な見直し」を行っていることを認めた。 この話はリポーター サマンサ・ライブレリによって RTE の主な夕方6時1分ニュースで報道された。 研究によると、ギネスは心臓の健康に有益であるかもしれない。 ある種の果物と野菜の中に見られる抗酸化物質に類似している、ギネスの中に存在する抗酸化物質の化合物が、動脈壁に有害コレステロールの蓄積する速度を下げるために、健康に有益であることが発見された。[4] エクストラ・コールド・ドラフト……小樽入りで売られ、スーパークーラーを通してサーブされる。アルコール率4.1〜4.3% 缶入りギネス・ドラフト……ドラフトの窒素効果を模擬するための特許の「ロケット・ウィジェット」が入っている。アルコール率4.1〜4.3% 缶入りギネス・ドラフト……同様だが形状の異なるウィジェットが入っている。アルコール率4.1〜4.3% ギネス・オリジナル/エクストラ・スタウト……4.2または4.3%(アイルランドとUK)、4.8%(ナミビアと南アフリカ)、5%(カナダ、ヨーロッパ本土)、6%(米国、オーストラリア、日本) ギネス・フォーリン・エクストラ・スタウト……アイルランド、アフリカ、カリブ海地域、アジアで販売されている。5%(中国)、6.5%(ジャマイカ、東アフリカ)、7.5%(アイルランド、西アフリカ、インドネシア、セントクリストファーネイビス)、8%(マレーシア。風味を整えるため意図的に酸っぱいビールを少量加えている)[5] ギネス・フォーリン・エクストラ・スタウト・ナイジェリア……大麦の栽培に規制がかかっているため、大麦の替わりにサトウモロコシを使用している。ナイジェリア(世界で3番目に急成長しているギネス市場である)と英国で販売されている。7.5% ギネス・エクストラ・スムーズ……ガーナ、カメルーン、ナイジェリアで販売されている、より滑らかなスタウト。5.5% マルタ・ギネス……ノンアルコールの甘い飲み物。ナイジェリアで生産されて英国とマレーシアに輸出されている。 ギネス・ミッドストレングス……アイルランドのリメリックで2006年3月から[6]、ダブリンで2007年5月から[7]試験販売されている、低アルコールのスタウト。2.8% 2005年10月に、ギネスは、それぞれおよそ6ヶ月間だけ販売するの限定版コレクションのドラフト・スタウトである、ブルーハウス・シリーズを導入した。シリーズ最初のスタウトはBrew 39で、2005年秋から2006年春までダブリンでリリースされた。それはギネス・ドラフトと同じアルコール含有率で、同じ混合ガスを使い、そして同じようにセトルされるが、少し異なった味を持っていた。 2006年5月にブルーハウスシリーズの第二弾が登場した。スタウトの多くの広告で登場する有名なオオハシの名を取ってトゥーカン・ブルーと命名された。 このビールはホップ3倍醸造プロセスのためにより爽やかな味わいを持っていると言われる。 シリーズ第3弾、ノーススター・ブルーが2006年10月にリリースされた。これはギネス・ドラフトと同じ成分用いているが、大麦麦芽のブレンドをわずかに変えているためいっそう円熟した仕上がりになっていると言われる。 2006年3月にギネスは英国で「サージャー」を導入した。このサージャーは家庭向けで、板のような電器装置で、ギネスビールの有名な「サージしてセトルする」効果を再現するため超音波をグラスに送る。この装置はサージャー用に作られた特別な缶に対して作動する。ギネスは1977年にニューヨークでこのシステムの原始的なバージョンを試してみた。その後2003年までこのアイデアは放棄されていたが、また日本のバーでサージャーを試験し始めた(日本のバーの大部分は伝統的な小樽と注ぎ口のシステムを入れるにはあまりにも小さいため)。それから、サージャーはパリのバーに導入されたが、フランスの大衆向けに販売する計画は無い。 ギネスのバリエーションのうち、既に撤退したものには次のようなものがある; ギネス・ブライトラガー、ギネス・ブライトエール、ギネス・ライト、ギネスXXXエクストラストロングスタウト、ギネス・クリームスタウト、ギネス・ゴールド、ギネス・ピルスナー、ギネス・シャンディー、およびギネス・スペシャルライト。 ギネスの醸造所ではまた、他のブランドのアルコール飲料を生産しており、この中には「ハープ・ラガー」(Harp)や、主に国外向けのエール「キルケニー」(Kilkenny)やキルケニーとよく似た製品で主に国内向けのエールの「Smithwicks」が含まれている。ギネスは伝統的にあまり冷やさずに飲まれてきたが、若者を中心とした嗜好の変化に対応するため、Extra Chilledと呼ばれる冷やしてギネスをサーブする特別なタップがディアジオ社によって多くのアイルランド国内のパブに配備されている。 主にバーやパブ(アイリッシュパブでは定番)において,パイントグラスで飲むことができる。工場から最短ルートで消費者に提供されるため、生ビールと同様に最もビールとしての味を楽しめる商品である。ギネス最大の魅力であるクリーミーな泡を最も味わえるのもこの商品である。 ギネスの魅力はその繊細でクリーミーな泡だが,家庭用の缶ビールでこれを実現した商品。スーパーマーケット等でも手に入る。 330ml缶に封入された「フローティング・ウィジェット」と呼ばれる,缶の中プラスチック製のボールが開封の圧力差によって生じた渦で暴れ回り,ウィジェットの小さな穴から無数の泡が発生することでビール全体に微細な泡を発生させる仕組みになっている。※空き缶はウィジェットが入ったままアルミ缶としてリサイクルできる。 「昔ながら」のギネスで,英国のパプで長年親しまれてきたボトルビールである。日本国内の飲食店や小売店で見かけることはあまり多くないが,ショットバーのような場所で見かけることができる(その代わり,樽詰めギネスがない場合が多い)。 輸出用に作られたボトルビール。持ちをよくするためにアルコール度数は7.5%とやや高めに設定されている。エクストラ・スタウトに比べると、さらに見かけることは少ない。クリーミーな泡は同じく健在で、より濃厚な味に感じられることから好みの分かれるところである。 ギネスを提供するアイリッシュパブでは,グラスに注いだギネスに泡でクローバーを描く「シャムロック」がバーテンの嗜みとなっている。三つ葉のクローバーが定番だが,四つ葉のクローバーの場合もある。 ギネスはグラスに注いだときに大量の泡(一般的なビールの泡のようにあふれ出すものではない)が発生するため,注ぎ終わってから泡が落ち着くまで間を置くサージングという行程が欠かせない(自分が注文したとおぼしきギネスがカウンターに置かれたままになっていても,それはサージング中なのであって店員のミスではない)。ギネス社は「待つ人には良いことが来る」あるいは「1パイントを完璧に注ぐのに119.53秒を要する」のような広告キャンペーンで、この待ちを美徳に変えた。 そのままビールとして味わう以外に,料理に応用することもできる。例としては,ギネスで牛肉を煮込んだシチュー(ビーフアンドギネス)やギネスと小麦粉で衣をつけたフライなどがある。 ブラック・アンド・タンあるいはハーフ・アンド・ハーフ……スタウトとペール・エールまたはアンバー・エールから作る。伝統的にはギネスとバースであるが、時々ハープのようなペール・ラガーを使うこともある。ペール・ラガービールを使うときは、ハーフ・アンド・ハーフと呼ばれることが多い。注意深く注ぐならば、ギネスが上側、バースが下側の二色の二層構造になる。 アイルランドの自動車爆弾……アイリッシュ・クリームとアイリッシュ・ウイスキーの等量ショットを、半パイントのギネスのグラス中に落とす。 プアマンズ・ブラック・ベルベット……ギネスとりんご酒を等量。別名クラウン・フロート。アメリカでは一般に(間違って)スネーク・バイトとして知られている。 ギネス・アンド・ブラック……1パイントのギネスに黒スグリのコーディアルを1ダッシュ。これはギネスのヘッドが紫色になる。 ギネスそれ自身が「ブラック・スタッフ」あるいは「デビルズ・ネクター」として知られているが、カクテルと混同するべきではない。 バーでは長きに渡り、ギネス・カスケード、すなわちギネスの泡がグラスの中で沈むように見えることが議論の的になってきた。 [9] この効果は抗力のためである。つまり、グラスの壁に触れた泡は上方向の速度が遅くなるが、その一方グラスの中心部の泡は液面まで自由に上昇できるので、上向きの泡の柱ができる。上昇する泡は周囲の液体の気液同伴によって上向きの水流を作る。中心部のビールが上昇するので、グラスの外側近くのビールは下向きに流れる。この下方への流れがガラスの近くの泡を底に向かって押す。 この効果はどんな液体ででも起こるけれども、暗い色をした窒素スタウトでは、暗い色の液体と軽い色をした泡の対比のために特に目立つのである。[10] ギネスは、マイケル・パワーを使った広告キャンペーンにより、最近アフリカのビール市場で支配的なシェアを取った。 2006年にはカナダは世界で最も成長が速いギネスドラフト市場だった。そして2006年の聖パトリックの日には、カナダではアイルランド国内よりも多くのギネスが売れた。[12] Carey & Hildebrand、容器から炭酸飲料を分配する方法と手段の改善について、英国特許1266351。1972年3月8日公開。現在のウィジェットの発明の起源である。 カテゴリ: ビール | ヨーロッパのビール | アイルランドの食文化 | アイルランドの企業 |
[ 127] ギネス - Wikipedia
[引用サイト] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AE%E3%83%8D%E3%82%B9
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ギネスブック(ギネス・ワールド・レコーズ、ギネス世界記録、Guinness World Records)とは、世界一を収集した本。略称ギネス。 アイルランドのビール会社、ギネス社 (Guinness) の関連会社「ギネス・ワールド・レコード社」が発行している。様々な分野の世界一が何かを認定、掲載している。「ギネス・ワールド・レコード社」には様々な地域から申請が届く。 収録されるのは、発行元が定める「認定されたカテゴリー」の元で「認定されたルール」に従って作られた記録である。長く「ギネス(ブック)」の名称で親しまれていたが、2002年度版から「ギネス・ワールド・レコーズ(「ギネス世界記録」)」に改称された。 また、2005年8月には東京タワーフットタウン3階に、ギネス世界記録を集めた博物館「ギネス・ワールドレコード・ミュージアムTOKYO」が開館している。 NHKのニュースや番組では公共放送の性質上、商号及び商品名を宣伝しないよう「世界の記録集」「世界の記録を集めた本」などと表現される(例外で、一部番組では番組の性格上「ギネス」が用いられることもある)。 日本語版は1966年に竹内書店が『これが世界一 記録がなんでもわかる本』という邦題で発行した。1971年には同じく竹内書店から『記録の百科事典 世界一編』という邦題で発行。 『ギネスブック』のタイトルで発売された邦訳は、1977年に講談社が出たものが最初で、同社からは1988年版まで刊行された。1989年版はエトナ出版が、1990年代以降は長らくきこ書房が手がけてきたが、2002年版(この版のみタイトルが『ギネス・ワールド・レコーズ』)を最後に取り扱いをやめた。 2003年版は日本では発行されず、2004年版からはポプラ社が『ギネス世界記録』の邦題で発行している。ポプラ社版の特徴としては、児童の興味を惹きつけるようカラー写真を多用し、他社版より読みやすいレイアウトで構成されているが、ページ数や掲載されている項目数がやや少ないのが難点となっている。 ギネスブックの発行は、ギネス社の社長であるヒュー・ビーバーが、仲間とアイルランドへ狩りに行った時の出来事がきっかけ。狩りの獲物のうち、世界一速く飛べる鳥はヨーロッパムナグロかライチョウか、という議論になり、これになかなか結論が出なかったためで、ビーバーがもしこういう事柄を集めて載せた本があれば評判になるのではないかと発想した。ロンドンで調査業務を行っていたノリス・マクワーターとロス・マクワーターに調査と出版が依頼され、1951年にギネスブックの初版が発売された。 登録するには、必ずイギリスのロンドン本部に前もって連絡する。なお、連絡は必ず英語で行い、自分の住所や名前、電話番号(もちろん国際電話番号)、内容や理由などを書く。 しっかりと伝わっていれば、ギネス本部からの注意書きなどの手紙が送られてくる。その後、世界一のものを写真、またはビデオでわかりやすく収め、それを手紙などでイギリスの本部に送る。 また、ギネス本部で働く審査員に来てもらうよう依頼することもできるが、移動費、人件費などの費用がかかる。その後、記録が認められれば、ギネスから賞状などが届く。 ギネスには毎年6万件以上もの応募が来るため、必ずしもギネスブックに出るとはいえないし、連絡に時間がかかるが、ギネスでは必ず応募者に対して返事を送ることになっている[1]。 なお、認定されるまでの日数や登録料がかかることや、公式の世界一を認定する団体がギネスの他にもあることから、世界一の記録を作っても申請しないか、できないケースもある(例:2007年5月27日に岩手県二戸市で達成された世界一長い焼き鳥)。 申請された記録内容についての認定・登録は、ギネス・ワールド・レコーズ社の記録認定委員会が決定する。記録の分野が問われることはないが、以下のような基準が満たされる必要がある。 かつての版では、社会問題や人権問題に抵触し、倫理的・道義的に問題のある行為や、あるいは命に関わる大変危険な行為を伴う内容に関する記録がいくつか掲載されていたが、近年の版では掲載されていない記録もあり、また新規・更新の申請を受け付けられない記録もある。 かつては「最年少出産記録」の項目として掲載されていたが、現在は掲載されていない。理由は明言されていないが、女児に対する性犯罪を誘発しかねないことや、幼児婚などの人権問題を生じるためと考えられる。 1980年代頃の版までは食べ物の早食いの記録がいくつか掲載されたことがあったが、記録への挑戦による無謀な早食いで命を落とす事故が多発したため、1990年代以降の版で記録が掲載されなくなり、また新規の記録や更新の申請を受け付けないと表明するようになった。 |
[ 128] ギネス・ワールド・レコーズ - Wikipedia
[引用サイト] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AE%E3%83%8D%E3%82%B9%E3%83%96%E3%83%83%E3%82%AF
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日本では珍しい、よく知られているギネスビール。最近樽入りの生のものが飲めるようになったほど普及しているのは、ギネス社の好戦略のおかげだ。その成功の理由を探ってみた。 ●内容:「スタウト」と言えば、ギネス/ギネス社の始まり/ギネス成功の2つのカギ/世界150カ国で飲まれている/ギネス工場訪問記/日本のギネス、アイリッシュパブ/CAMRAの嫉妬 イギリス、アイルランドに限らず、世界各国のどのパブにも必ず置いてあるビールといえばギネスビールである。これがなくてはパブは開けないと言われているほど、根強いファンは多い。 独特の濃い琥珀色、苦味、強いホップの香り、そしてクリーミーな泡立ち…最近は、日本でも生のギネスビールを飲める店も増えてきているので、ファンになった人も多いことだろう。 ギネスビールをビールのスタイルであらわすと、ラガー、エール、の2タイプのうち、エールタイプの一形態で、「スタウト」もっと言えば「ドライ・スタウト」に属する(スィートスタウトというスタイルもある)。 正確には「ギネス・スタウト」と言うが、スタウトタイプのビールと言ったら、普通はこのビールを指すほど、スタウトビールの中で最も世界的に知られているし、シェアも飛びぬけて多い。 醸造方法は上面発酵で、その点では大筋はエールビールと変わりないのだが、エールビールは、麦芽を焙煎するのに対し、ギネスは麦芽にする前の大麦を焙煎している点が大きく違う。ケグ処理をされ、窒素と二酸化炭素の混合ガスを加えることで、よりきめ細かい泡とともに味わう。 現在、世界で150カ国以上で飲む事ができ、50ヶ国で醸造されているこのビール。なぜ、ギネスビールは世界にこれだけ普及しているのか。もちろん「おいしい」という要因が第一だろうが、他にも何か要因があるのではないか。それを、ギネス社の歴史やアイリッシュパブとの関連から考えてみた。 アーサー・ギネス氏は、もともとダブリンの郊外の5000坪大の工場を、エール醸造工場として創業したが、やがてポーターの醸造へと移行していった。ポーターはロンドン・ポーターとも言い、コベントガーデンなどの運搬人夫(ポーター)たちに人気があったことから名付けられたビールのスタイルだ。焙煎された麦芽の風味とホップの風味のバランスがとれた、銅色に近い黒色のビールである。 当時は麦芽に税金がかかったので、それへの対策として、やがて彼は大麦を発芽させずにそのまま焙煎するという手法を用い始めた。これが予想外のヒットとなり、ロンドンを中心に爆発的な人気を博した。 もっともこのあたりのギネスビールの発祥については、醸造に失敗したビールをやむなく出荷したら、たまたまヒットしたという説もあり、今となっては真意は分からない。ともかくも彼はもともとの醸造所の16倍もの約8万坪の地の借地権を得て、ギネス・ビールの大量生産にのりだした。1759年のことである。 折りも折り、イギリスからの独立の機運が高まっていたころだ。アーサーがギネスを生み出し、イギリスを始め世界の人々に飲ませる事ができたのも、ひとえに「アイルランドらしいビール」でイギリスを見返してやりたいという強い熱望に支えられていたからだ。 ギネスのラベルに印刷されているハープのイラストは、アイルランドの国章だ。アーサー・ギネスが自分のビールに国の紋章をつけたときの気持ちは、きっとそれまで影響を受けていたイギリスのビール分化からの決別を決意していたに違いない。そんなことを考えると、ギネスの味の力強さをいっそう感じる。 それからの約240年の間に、ギネスビールはロンドンを拠点として、世界で今最も飲まれているビールの一つとして普及した。とくにガラスの瓶の製造技術が向上した19世紀からは、遠距離輸送が可能となり、『大英帝国』の恩恵にあずかり、インド、カリブ海、アフリカ大陸など、輸出先が一気に拡大された。 また、1845〜49年にかけて再三アイルランドを襲った「ポテト飢饉」によって、さらにギネスは広まった。どういうことかというと、農民を中心に、半分くらいの国民が、アメリカ、オーストラリア、ニュージーランドといった英語圏の国々に移住したわけだが、彼らはギネスを携えていた。1883年、ギネス社は、世界一の規模のビール会社に成長していたが、これは、いかに国外でのニーズが多かったかを示している。国内は人口半減なのに、ここまで移民たちに輸出されていたのだ。1913年に、たくさんのアイルランド人たちをのせて沈んだタイタニック号には、大量のギネスも積まれていたそうだ。(以上、この段落「GUINNESS アイルランドが産んだ黒いビール」小学館102、103ページあたりを参照した) これはギネスビールヒットの偶発的な要因だが、会社として主体的に取り組んだ戦略の特徴としては、以下の二つがあげられる。 一つは広報活動に力を入れたことである。有名なあのオームのキャラクターや、「Guinness is good for you」を始めとするさまざまなキャッチコピー、そしてテレビコマーシャルを駆使した。特に、一時期、若者のギネスビール離れが進んだときに、ギネスビールを中高年だけでなく、若者にもおしゃれな飲み物として定着させる広報活動をしてきた。 たとえば、1990年代前半、ギネス社はギネス・エクストラ・コールドGuinness Extra Coldという、2,3度(通常のギネスより2,3度低い温度)で飲む商品も開発した。今や、これもすっかり定着し、少なくとも作者が見た限りでは、アイルランド国内のどこのパブに行ってもたいてい置いてある。通常のギネスは5〜8℃で飲むが、それでは若者がラガービールに求めている「喉ごし」が物足りないのだ。 もう一つは、ギネスビールそのものだけでなく、「アイリッシュパブ」を「箱ごと」輸出する、という最近の考え方である。 先の1870年までの移民に続き、さらに1960年代に、ヨーロッパやアメリカなどへの移民が再度多くなったときに、その地にアイリッシュパブができ、盛況を博していた。ギネス社はその理由についての意識調査を行い、その成功の原因が、飲み物だけではなく、室内の装飾、食事、サービス、音楽など、飲み物以外の他の要素にあるということをつきとめた。 家具会社であるマクナリー社が国内のアイリッシュパブを調査し、カントリーコテージパブなどの5つのタイプに分類した。ギネス社はマクナリ―社と提携し、その地のニーズに合わせて5タイプのいずれか、あるいは複数を複合した店舗を作り、そこでギネスビールをサーブする形にした。ビールだけではなく、アイリッシュパブ的な和気あいあいとした雰囲気(ケルト語でクラックcraicという)までも輸出させようとしたのだ。 1993年には『アイリッシュパブコンセプト』という部門を作り、世界各地のアイリッシュパブを開業したいというオーナーに対し、コンサルティングをしている。この方法が功を奏し、地元のアイリッシュやそういった雰囲気を好む客をつかみ、それからの7年間で、アイルランド以外で50カ国、2000軒ものアイリッシュパブの創業にたずさわった。 これは『コンセプト』が指導あるいは開業をアレンジした店舗だけの数値なので、単にギネスビールが飲めたり、パブ的な雰囲気を出している店、を含めると、世界中の「アイリッシュパブ」の軒数ははかり知れない。イギリスの地方都市でも、メインストリートに数軒必ず発見するほどだ。 現在ギネス社では、ドラフトギネス(アルコール度数約4・2%)と、それより度数が強いギネス・エクストラ・スタウト(同約6%)、という主力商品の他に、スミズィクスSmithwicks(海外向けにはキルケニーKilkenny)といったエール(イギリスと違い、いずれもリアルエールではなくケグビアだが)ラガーではハープHarpなどを醸造している他、外国製ラガー(バドワイザーとカールズバーグ)の醸造権を買い取り、醸造している。いずれも、アイルランド内のどこのパブを訪ねても、必ず置いてある国民的ブランドばかりである。国内のビールのうち、ギネス社のシェアは、実におよそ50%、スタウトビールだけで言えば90%にものぼる。名実ともにまさに「スタウト」と言えばギネスビールを指すわけだ。確かに私が歩いた限りでも、ギネス以外のスタウトビールを発見するのはまれなことだった。 現在、ギネスビールが飲める国はアメリカ大陸、ヨーロッパ、アジアなど、世界中にくまなく広がっているが、醸造している国となると、偏りが出てくる。意外なことに、アメリカやアジア(マレーシアを除く)、ヨーロッパの各国では作られていない。ナイジェリアなどのアフリカ諸国やカリブ海近辺の中米諸国、オセアニア諸国に集中している。 これは、原料の調達や工場を作りやすい立地条件、税制など法律上の制約、現地でのニーズなどさまざまな要素の結果だろうが、根源的には、大英帝国時代のなごりである。当時イギリスが支配していた植民地で、醸造を始めさせたのだ。 このことからも、ギネスビールは、イギリスの国力なしにはここまで普及しなかったことが分かる。イギリスからの決別を期して作られたギネスが、ロンドンで普及し、大英帝国の恩恵にあずかって世界中に普及した、というのは何とも皮肉なことだ。 ちなみに醸造されるその国によってアルコール度数が違うし、原料が違うので、味が微妙に違う。たとえばアフリカなどの暑い国では本国よりも高い度数で作るという。 ギネスは、2000年、バーガーキングで有名な米国出資の会社Diageoや、2001年にUDV(United Distillery Vintners)と合併したが、あくまでもビール醸造がメインだ。うまく混合ガスが混ざるような缶やボトルを開発したり、スタウトに限らず、エール、ラガーについても新たなブランドを打ち出すべく、開発している。 こうして、アーサーギネスの開発したギネスビールは、冒頭にも書いた通り、2001年1月現在、世界151カ国で飲まれ、51カ国で醸造される巨大産業に発展した。商品そのものが良かったのと、戦略が良かった、という二つの要素が相乗効果をなした結果である。 ダブリンの街中からバスに乗り、リフィー川に沿って西に向かうと、前方にGuinnessの看板が目に飛び込んできた。 以前はダブリン市の門だったというセントジェームズゲートに降りたち、とりあえず、工場の周りを一周する。敷地は5つくらいのブロックに分かれ、それぞれ壁で仕切られているのだが、そのうちの一番大きいブロックを一周して、大きさを実感しようと思ったのだ。10分くらいかかった。ちなみに、工場周りの住宅街は最近ダブリンでも特に治安が悪いとされている地域らしいので、他の人にはオススメできない行動だ。 本社の受付でPRのジーン・ドイルさんを呼び出してもらう。やがて現れたドイルさんの後に続いて、本社内の廊下を歩き、階段をいくつか上りながら、ここまでの遠かった道のりに思いをはせる。 アイルランドに行くからには、ギネス工場は行っておきたい。そう思って事前にギネス社について調べてみたが、調べれば調べるほど、このマンモス産業の今までの戦略に感心しないわけにいかなかった。直接いろいろ聞きたい事が出てきて、日本の「ギネス・ジャパン」に依頼し、今日のアレンジをしてもらった。 何せ、ギネスビールは日本では一パイント1000円位する、私にとっては『命の水』である。最後の1滴まですするような気持ちで、ありがたくおしいただくこの液体は、どういう経緯でできたのか、どういう所で作っているのか、この目で見て、聞いて、確かめてみないと気がすまなかったのだ。 英国のCAMRAの本部に行ったときもそうだったが、こういった『自分が興味があること』を聞く段になると、瞬間的に英語が流暢になるから不思議である。Toeicの点数で言えば200点くらい上がっている気がする。まあ、そう思っているのは自分だけで、大していつもと変わってはいないのだろうが。 いくら怪しい英語だからって、わざわざアポをとって、やけに真剣にいろいろ聞いてくるこの東洋人を、とても邪険には出来なかったのだろう、私のつたない質問に、ドイルさんは、次々と明快に回答してくれた。さすがPRの人だ。こうしてほとんど通訳に頼ることなく、1時間くらいの話を終えた。 心地よい疲れと、充実感の中、敷地内の『ギネス・ホップストア』に向かう。ここはその名の通り、以前はホップを貯蔵しておく建物だったのだが、見学者向けの博物館とした。 順路は3階からで、ここではギネス社の今までの広報活動の紹介。歴代のテレビコマーシャルやポスターなどが分かるようになっている。2階では、ギネスの醸造方法が、目で見てわかるように、人形や映像も駆使して展示されている。そして1階ではギネスの輸送方法の展示のあと、作りたてのギネスの試飲バー、ショップとなっている。 …と、たった4行の紹介で終わってしまうことからも分かる通り、「世界のギネス」の博物館のわりには、質、量ともに物足りなかった。 前出のドイルさんによれば、それから4ヶ月後の2000年12月に、ホップストアに変わる博物館ストアハウスStorehouseがオープンする。ホップストアと同じく、敷地内の倉庫を改築したもので、最上階での展望階ではダブリン市内を360度見下ろしながらギネスビールを味わえるという。ダブリン市内で、ギネスビールが味わえる一番高い所、というのが売りだ。博物館自体も、ホップストアと比べて規模も大きく、内容も充実している。やれやれ、次にダブリンに行ったときはそこに直行しなくちゃ。 それはさておき、ホップストアの1階で「作りたて」のギネスを受け取り、いよいよグラスにかぶりつく。ノッティンガムのキンバリーエール工場のビールもうまかったし、いろいろな人から、ここで飲むギネスが最高だった! という話を聞いているから、喉はそのつもりでスタンバイしていたのだが、飲んでみると、ほかで飲むギネスビールと変わらなかった。 これはケグビアだからではないか、と思う。一度殺菌処理をし、発酵を止めてしまっているビールに、同じガスを同じように混合させるわけだから、どこで飲んでも、いつ飲んでも味に違いは出づらい。だからこそ、輸出しやすいのだ。発酵が続いている状態で出荷するリアルエールとは、根本的に違う。 そう言えば、日本の大手メーカーの工場で飲んだビールも、他で飲むのと変わりなかったな…軽い失望と、妙な納得とともに、ホップストアを後にしたのだった。 最後に、この訪問をアレンジしてくださったギネスジャパンの坂元さんとクレメンツ氏、現地での通訳をボランティアで買って出てくれたヒロコさんとデーンに乾杯! じゃなかった、深く感謝します。 冒頭でも記した通り、今でこそ、日本でも珍しくなくなってきたギネスビール。一体いつ頃からギネスビールは普及しだしたのだろうか。 ギネスビールの波が、最初に日本にやってきたのは1964年(昭和39年)のことだった。当時のサッポロビールの社長の松下茂助氏がギネスの魅力に引かれ、輸入にふみきった。それからの30年間、1995年(平成7年)に樽が入ってくるまでは瓶という形で飲まれた時代が続いた。 93年頃からギネス社の海外部門であるギネス・ブリューング・ワールドワイドは本格的なギネスビール普及と、アイリッシュパブの出店のプロジェクトを始めた。アジア地域の本部は、シンガポールだが、日本での活動拠点は東京・虎ノ門の「ギネス・ジャパン」だ。その後、Guinness社はアメリカ資本のDiageo社に買収されたので、日本のギネス支社も「Diageo Japan」となり、六本木に移った(2007年4月追記)。 95年12月、ギネス社出店のアイリッシュパブ第1号として、『ダブリナーズ新宿』がオープンした。「インターナショナル・ソーシャライゼーション」(国際交流)をコンセプトに掲げ、在日外国人だけでなく、駐在や留学を経て国際的な感覚を身につけている人をターゲットとした。これが予想以上の集客だったので、現在までさらに4店出店しているほか、ダブリナーズ以外の出店数は全国で5店にのぼる。このほか、ギネスジャパンの指導のもとに開店したパブは2001年2月現在全国で約30店舗にのぼる。 そのほか、ケグでギネスを入れている店は260店ほど、ボトルも含む商品を扱っている店も含めるとなんと約1万店舗にものぼる。これには変動があるので概算だが、もはや極東のこの国でも、アイルランドでのパブの数と同じくらいの店で、ギネスビールが味わえるのだ。 ここまで述べたのは、事実のみだが、ここで私の意見を言わせてもらう。ギネスUVDは、ギネスビールの輸出には大成功を収めたが、「アイリッシュパブ」を箱ごと輸出できた、ということは言いがたいと思う。日本で「アイリッシュパブ」と銘打った店に行くと、調度はテーマパークのようにきれい過ぎて、年季の入った現地のものと同じとは言えないし、現地のパブは地元土着型なのに比べ、日本の店の場合、逆に繁華街への出店が多い。当然客層も雰囲気も役割もまったく本場のパブとは違う。日本でナポリタンスパゲティが、喫茶店で出るあのシロモノに化けたのと同じように、本来、文化の輸出というものは、輸出先のその国の味付けがつきものだし、必要なことである。他国においても、そういったいわば「アイリッシュパブ・テーマパーク」ばかりであると想像する。今度は、ぜひアイルランド以外のアイリッシュパブに行ってみたい。 一つ、本国でも他国でも、共通していることは、クラックを愛する人が集う、という点である。味わい深いビールをぐびぐびやりながら、年齢も身分も性別も関係なくワイワイやる。まさに「クラッカー」の私としては、日本でも、そんな店が一つでも増えればいい、と願う。 最後に、一つ気になるのが、日本で、ギネスビールが醸造される日は来るのだろうか、ということだ。先ほどのギネス社のドイルさんとサッポロギネスのギネスビール担当部長の酒見氏にこの問いをぶつけてみると、二人とも同じような回答だった。 物理的には不可能ではない。原料を輸入し、工場を作り、同じ醸造方法で作れば、本場ものに限りなく近いものはできる。だが、問題はニーズ、つまり消費量がどれだけいくか、である。ビール産業というのは、ある程度の大量生産ができないと採算が取れないからだ。 このまま日本人にギネスビールが普及し、どこの居酒屋にも置かれるようになるほど消費量が増えれば、何十年後かには醸造されるようになるだろう。果たして私が生きている間に、ギネスビールが醸造され、安く飲めるほど、わが国のビール文化が成熟しているのだろうか。 件の「グッドビアガイド」(CAMRA発行)では、ギネス社の紹介が面白い。巻末に『エールビールを醸造するビール会社リスト』があり、バス社を始め、大手ビール会社の概要や、代表的な銘柄の紹介がしてある。たとえばバス社だったら概要に10行、代表的銘柄を7種、関連会社の概要にさらに14行、といった具合である。 コメントが、これしかないのだ。しかも『生の樽と殺菌されたボトルのスタウトのみ』という、ひどくネガティブな表現である。 他社は、『1980年創業で、どこどこと合併して改名し、こんなエールを中心に作っている』としっかり説明されているのに、天下のギネス社に対しては、こんなにひどい仕打ちをしているのだ。 CAMRAに聞くと、これはやはり彼らのギネスビールに対する蔑視を表しているそうだ。つまりギネス社が作っているビールはどうせ殺菌したニセのエールだ、という蔑視である。なんとも狭い料簡だ。私が思うに、こういった蔑視だけでなく、英国のエールビールと同じく、一度は衰退を遂げたのに、独自のプロモーションで、ここまで盛り返してきたことに対する嫉妬もあるのではないかと思う。保守的で排他的な彼らの考えそうなことである。 ギネス社とCAMRAの状況は対極にあると思う。ギネス社は、リスクを犯してまで、イメージアップのプロモーションに力を注ぎ、遠距離輸送が可能な技術開発に力を入れた結果、現在の成功を手に入れた。CAMRAは、あくまで英国内でエールビールが飲めればいいという考え方で、それを世界に普及させようとはしていない。第一、殺菌していないビールを輸送すると、振動もあり、あっという間に味が落ちるので、リアル・エールの輸出は不可能なのだ。 |
[ 129] ギネスビールとは
[引用サイト] http://www.geocities.jp/terryspub/alebeer/guinness.html
