邦洋とは?
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松村 邦洋(まつむら くにひろ、1967年8月11日 - )はお笑いタレント。所属事務所は太田プロダクション。愛称は「松ちゃん(まっちゃん)」「バウバウ」。血液型はA、星座は獅子座、山口県熊毛郡田布施町出身。 身長は164cmと小柄であり、上京した頃の体重は75kgだったが、2006年5月当時は100kg台になっており(一時140kgを超えたこともあった)、また、同年8月17日のスーパーニュース内での放送で体重は99.2kgまで痩せた。(体重測定は8月11日)これには掛布雅之との男の約束もあった。伊集院光、石塚英彦(ホンジャマカ)と共にデブタレント(デブタレ)の「御三家」、さらにパパイヤ鈴木(もしくは内山信二)を加えて「四天王」と呼ばれている。また、デブタレント界の間で松村は「キング」と呼ばれているが、高木ブーは神と崇められている。 生家はもともと江戸時代から商取引をしており、一方で戦前までは質屋をしていた。そのため、渡辺秀詮の絵が借金のカタとして実家にあり、『開運なんでも鑑定団』で本物と鑑定された。 3人兄弟の長男で、父親が野球好きと言うこともあり、次男は阪神タイガース往年の大投手・村山実から取った“みのる”、三男はその村山が関西大学時代にバッテリーを組んでいた上田利治(元阪急・オリックス、日本ハム監督)から取った“としはる”と命名されたが、“邦洋”の名前は本人曰く「父親が勤めていた会社の上司に無理矢理命名させられた」とのこと。 山口県立田布施農業高等学校時代から地元山口や広島のラジオに出演。現・国会議員の柏村武昭がやっていたRCCラジオ『サテライトNo.1』では、アルバイトでADをしていたが、得意のものまねを披露し人気者となり番組レギュラーとなった。有名人となり地元の暴走族にも引き摺りまわされ、ものまねをやらされた挙句「次は4分にまとめて来い」と言われた。高校を4年かけて卒業後、九州産業大学に進学。このときに住んでいたアパートの隣人は大神いずみだった。 テレビ西日本でアルバイトをしていた際、その特異なキャラクターとものまね能力(特にビートたけし)を、同局に訪れていた片岡鶴太郎に見出され、大学を中退し上京。後に売れてからのものまねについてはあまり尖ったデフォルメもなく、いわば「本人の前でできる」独特の優しさが出た芸であるが、この時代の『スーパージョッキー』初登場時にたけしのものまねを本人の前でした際には、力みすぎて「目が死んでるじゃねえかよ」とたけしにツッコミを入れられている。 フジテレビの『オールスター・ものまね王座決定戦』の常連(1990年初出場)として、ビートたけしや掛布雅之を真似た絶妙の演技で茶の間を沸かせる。それまで誰もやった事のないものまね芸は、当時大きな驚きをもって迎えられた。 「バウバウ」と言って手を叩くギャグでブレイクする。このギャグはもともと構成作家の高田文夫のものまね(「もしも高田が犬だったら…」というネタ)としてはじまった。 1992年より、松本明子(当時フジものまね王座常連)とともに、日本テレビ系の『進め!電波少年』で司会を務め、「アポ無し取材」で人気を博したが、同時に物議を醸すことになった。この番組の企画で一度結婚してすぐに離婚させられたことにより「ばついち」である(『マジカル頭脳パワー!!』でクイズのネタにもなった)。 1992年に第30回ゴールデン・アロー賞芸能新人賞を、1994年には第32回ゴールデン・アロー賞芸能賞を受賞。 1993年から1999年にパーソナリティをつとめていた『松村邦洋のオールナイトニッポン』(ニッポン放送系)ではテレビとは違う松村の一面が見られた。一旦はパーソナリティを降板したものの、3ヶ月後に復帰。トータルで約6年に渡る長寿番組であったが、1999年4月より「LF+R」発足により、同年3月『オールナイトニッポン』終了とともに番組が終了した。松村曰く、当時のニッポン放送の編成局に「新レーベルに松村はふさわしくない」と言われたらしいが、『高田文夫のラジオビバリー昼ズ』には引き続き出演している。 露出が増えてしばらくの間は、毎年のように「来年消えそうなタレント」の上位に挙げられていたが、現在もそこそこ活躍中である。最近は東海地区の仕事が多い。またファッション雑誌『アンアン』の「抱かれたくない男性タレント」でも、一時期は出川哲朗と1位を競っていたが、若手芸人の進出により順位は下降している。 ゲストとしても多数のバラエティー番組に出演し、関根勤や勝俣州和、出川哲朗同様、共演者を選ばない名バイプレイヤーとして活躍しており、和田アキ子やビートたけし、タモリ、明石家さんま、所ジョージ、ウッチャンナンチャン、ダウンタウン、とんねるず、島田紳助などの数多くの芸能人の人脈を持っている。 現在も物真似のレパートリーは増え続けている。2006年は貴乃花親方や小泉純一郎のモノマネに力を入れており、特に前者はあまりの面白さに「反則ネタ」といわれることもしばしばである。努力を怠らないその芸に対する真摯、謙虚な姿勢は現在も同業者、視聴者から尊敬される一面である。 2007年1月21日には『笑点』に初めて出演し、自身のデビュー後の芸能生活を中島みゆきの地上の星に乗せプロジェクトX風にコントにした。 結婚願望が強くなり、テレビ番組で結婚を前提にした交際ができる女性を募集し、数名の応募があった。周囲も今回結婚相手が決まるかもしれないと応援ムード一色だったが、結局松村は芸能人のプライドからか誰一人として自分から選ばずに、千載一遇のチャンスを逃してしまった。 子供の頃、最初は読売ジャイアンツのファンだったが、父親の影響により阪神タイガースファンに転向し今に至る。 高校時代は軟式野球部でキャッチャーを務めるが、1試合で27盗塁を許した経験を持つ弱肩。その事については、「デブ=キャッチャーという固定観念で決められた」と語っている。 阪神タイガースについては球団広報誌の月刊タイガースを年間購読するほどで、現役選手は勿論、古いOB選手や2軍選手の動向に至るまで大変詳しく、川藤幸三、達川光男ら本職の野球評論家からの評価も高い。 ただし、達川光男とラジオの野球中継で共演すると、達川が「自分の物まねをする松村の物まね」を始めるため、リスナーは2人の区別がつかなくなる。 芸能界では、ダンカンと並ぶ熱烈なタイガースファンで、ダンカン率いるタイガース応援集団「中野猛虎会」の副会長でもある。 また、過去に『週刊ベースボール』誌でもカラーグラビア見開きの連載を持っており、そこでは自ら選手の絵も描いていた。(「エピソード」の項も参照) 阪神以外の球団の試合にも駆けつけることが多くあり、北海道日本ハムファイターズの二軍本拠地・ファイターズスタジアム(千葉県鎌ケ谷市)には特に足を運んで、若い選手との交流を深めている。 また、津田の息子が高校野球でプレーしていることを知った際には、「もし彼がドラフトで広島に入ったら、僕はカープファンになります」とも話していた。 高校時代、毎週週末に通った広島のローカル番組に、近年出演する時は「阪神の次はカープ(ファン)なんです」と強調している。 現在、中山秀征率いる草野球チームに所属している。また、ダチョウ倶楽部の上島竜兵が率いる「竜兵会」の草野球にも参加している。 関西ロカールの番組では巨人の悪口、批判をよく言い、特に補強に関して巨人のFA補強をよく批判するのに、阪神が巨人のようにFAで他球団選手を奪い集めてることには、阪神がFA選手を取ることはいいことなどと言って巨人ファン、広島ファンから反感を買っている。 ものまねに関しては「似てる似てないは関係なく、その人の事を好きになる事が大事」という哲学を持っている。 高田文夫の勧めで、阪神の歴代選手を題材にした絵画製作にも力を注いでいる。デイリースポーツや週刊ベースボールではコラムとともに紹介され、2000年には1冊の本にまとめた画集を、2004年にはカレンダーを発表している。どの絵も躍動感溢れるタッチが特徴。 野球界に限らず、相撲界にも人脈を持つ。特に貴闘力(現・大嶽親方)とはお互いデビューした時期が同じであり、その当時からの親友である。また彼の物まねもしている。 若貴ブームに前後して、松村には独自の相撲ルートがあり、何か事件があるとすぐに力士の携帯に連絡が取れる状態にあった。当時マスコミはノーマークだったが、二子山部屋の力士との間の結びつきは強く、松村が頼んでもいないのにどんどん力士から電話がかかり、まず松村に情報が第一に入ってきていたことから、松村は「二子山ホットライン」と自称していた。 日本史の知識も豊富であり、身近な人をマイナーな人物に例えて困惑させることもしばしばである。また日本史好きが興じて、NHKの「大河ドラマ」も欠かさず見ている。最も好きなのは2000年に放送された『葵徳川三代』で、この番組での津川雅彦と西田敏行とのやり取りを自身のものまねネタにしている。なお、日刊ゲンダイ(2004年11月)でのインタビューによれば、松村はファンである西田を見るのが目的で『葵徳川三代』を見ていたら、自然とやり取りを覚えてしまったとのこと。後日、『探偵!ナイトスクープ』では西田とやり取りを演じている。また、津川ともNHKの番組で共演している。 松村が新人で全く無名の頃、当時放送作家だったドリアン助川と一緒に電車に乗り合わせた。すると突然松村が立ち上がり、ノートを取り出し、発声練習と叫び声をあげはじめた。「頭のおかしい人がいる」と周囲がざわつき、ドリアンも内心で「恥ずかしいからやめてくれ」と思った。しかし、松村の声が、ビートたけし、石橋貴明の声そのままに変化していき、乗客の顔色が変わり、驚愕と尊敬の眼差しで注目され、車内の空気が一変した。この雰囲気の変化に、ドリアンは言葉を失った。その後、自身の著書やラジオ等で松村邦洋の技術がいかにすごいものであるかを語っている。また、かつて聖書に記された、モーセが掲げた杖によって、目の前の海が真っ二つに割れ、海底が道となって出現した奇跡になぞらえて、一般的にはモーゼ事件と呼ばれている。 テレビ番組のロケで、落語家の春風亭柳昇から「春風亭でぶ昇」の芸名をもらったことがある。芸名を書いた師匠直筆の色紙は現在も自宅に保管している。 一時期、渋谷のチーマーたちに出川哲朗とともに「松村狩り」「出川狩り」と称して狙われていた。東京の自宅アパートには、若者たちが押し掛けてきたり、いたずら電話がかかってきたり等の行為が後を絶たない。家に押し掛けてくる若者に対しては、時に出川哲朗の家までの地図を渡して追い返すこともあったようだ(このことがばれるとすぐ出川から苦情の電話が掛かってきたらしい)。この事で何度も引っ越しを考えていたようだが、大家さんの説得でやめたという(大家の女性は松村の借りている部屋の掃除や洗濯までもするという母親的存在である)。また掛布のものまねが浸透し始めた時に、松村のアパートに不意に掛布本人が電話をかけて来たことがあり、仰天したらしい。 テレビ局のドッキリ企画で、松村が女性をナンパし、ホテルに誘い込んで、裸でベッドに飛び込もうとした時、ベッドの中には松村の行きつけの寿司屋の年配の女将がいた。 自宅が狭いため、テレビ番組に関する雑誌やビデオなどの保管のためにアパートをもう一件借りている。保管用方が家賃が高い(『アッコにおまかせ!』でも紹介された)。 元暴走族であり、当時の写真がテレビ番組の企画で流出した。暴走族のリーダーが松村のものまね芸を大変気に入り、ある日「自分の地の声をちゃんと作っておけ。そうすればものまねした時とのギャップが生まれて、もっとウケるぞ」と、玄人並のアドバイスをもらった事もあったらしい。糸井重里からものまねの能力・技術を高く評価されている。 プロレスのことをよく知らないのにアントニオ猪木のものまねを持ち芸にしようとし、猪木のものまねで「長州先生にはずいぶんお世話になりました」と猪木が言うはずのないものまねを披露した(長州は猪木の弟子である)。 島崎和歌子のことを「僕に唯一、携帯の番号を教えてくれたアイドルタレント」と発言した(殆どのアイドルタレントから携帯の番号を断られまくっているため)。 デビュー当初、武田久美子主演のにっかつビデオ、「テクニカル・ヴァージン」の劇中で、ねるとん紅鯨団のパロディで石橋貴明の物真似を出演者の竹内力に向かって披露している。 2006年初頭から、ピーク時で141kgあった体重をダイエットにより大幅に落としている。理由は、あるテレビ番組で、このままでは長生きできないと宣告されたためで、現在も続けており体重は100kg台まで落ちている。しかし、「アッコにおまかせ!」でその事を和田アキ子に報告したところ、見た目の変化に気付いてもらえず「何も変わっとらんやないか!」と言われた。また、『ラジオビバリー昼ズ』で増田みのりアナに「20kg(当時)も痩せて太めの芸人さんとしてはどうなんですか?」と問われた時には「大して『でぶや』に呼ばれてる訳でもないし、デブでどうこうやるよりもやっぱり命(が大事)だね。」とデブタレント脱却を窺わせる発言をしている。 今回のダイエットを「CanCamダイエット」と命名している。これは、雑誌の『CanCam』を読みながら夜道を歩くというものだが、歩いている途中で辛くなった時に『CanCam』(特に蛯原友里・押切もえ・山田優が写っているページ)を見ると、モデルが「がんばって松ちゃん」「もう少しがんばろうよ」「先輩がんばって(九産大後輩の蛯原の場合)」などと言っているのが聞こえてくる感じがして、よりダイエットがはかどるらしい。 ダイエットの事を知った和田アキ子に「仕事がなくなるぞ」と叱られたという逸話もあるとおり、当初は痩せる事によってデブタレントとしてのタレント生命を危惧する声もあった。しかし実際に痩せてからは「健康的に見える」と概ね好意的な意見が多く、デブタレントの仕事の定番であるグルメ番組においても「健康的で美味しそうに食べている感じがして良い」と言われている。しかし、体型だけでなく声まで微妙に変わってしまったために、得意の物真似が以前に比べて声が似ていないという人も多い。 掛布雅之から、8月11日の誕生日まで100kgを切るように約束されていた。同日の「ビバリー昼ズ」で体重を計測したところ、97.7kgになっていた。 ただし、減量したことで貴闘力(現・大嶽親方)の物真似が似なくなってきたらしい。また、普段メガネをかけているため林家正蔵(旧・こぶ平)に間違われることもある(かつて番組の企画で「Wこぶ平」というコンビを組んだことがある)。 しかし、最近ではリバウンドが起きてしまい、2007年5月3日放送の「ザ・ワイド」で体重を計測したところ、103.5kgまで増加していた。 オーストラリアゴールドコースト観光親善大使を務める和田アキ子から「走ってこい!」と言われ、2007年7月1日の「ゴールドコーストマラソン2007」に参加し、42.195kmのフルマラソンに挑んだ。このマラソンは7時間10分以内にゴールしないと完走と認められないのだが、松村はあきらめずに9時間9分6秒かけて走りぬいた。時間オーバーのため記録には残らないが、主催者側の心遣いで、松村にもメダルが贈られた。この様子は2007年7月22日のアッコにおまかせ!(TBS系列)にてOAされた。 アサデス。(KBCテレビ)月一回程度金曜日のコメンテーターとして出演しているが、「ラジオビバリー昼ズ」の生放送があるため途中で帰る。 ズームイン!!SUPER(ytv 読売テレビ)関西ローカルコーナー「ウル虎!Sports」に時々出演。 三宅裕司 みんなのヒット!ベスト20+10(ニッポン放送、「その時時間が止まった」オープニングナレーターのみ) 冬場のI LOVE YOU(1995年、「一平ちゃんとれいこちゃん」としてかとうれいことデュエット。明星食品CM曲) まんぷく・トランス(2006年、オムニバス、内山信二・ザ・たっち・関塚裕二・西尾季隆〔丁半コロコロ〕と共作) 松村邦洋伝 最強の歴史をぬりかえろ!!(スーパーファミコン、ショウエイシステムより1994年8月26日発売)格闘ゲーム。 川藤幸三−ズームイン!!SUPERの中で本人の横でやることもある。また本人立合いの下、川藤の奥さんを電話で騙した事もある。 木村拓哉(SMAP)−このものまねをするときは「目を瞑ってくれ」とお願いする。また、このまねをした後に非通知で20件くらい苦情の電話が来るという。 ビートたけし(北野武)−全盛期のお笑い芸人「ビートたけし」と、映画監督としての「北野武」を巧みに演じ分けている。 カテゴリ: お笑い芸人 | ものまねタレント | 太田プロダクション | ラジオ番組のパーソナリティ・DJ | 山口県出身の人物 | 探偵!ナイトスクープ | 阪神タイガース | 1967年生 |
[ 66] 松村邦洋 - Wikipedia
[引用サイト] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BE%E6%9D%91%E9%82%A6%E6%B4%8B
