オンエアとは?

爆笑オンエアバトル(ばくしょうオンエアバトル)は、1999年3月27日よりNHK総合テレビで放送中のお笑いネタ番組。略称は「オンバト」「爆オン」など。2002年頃に起こったお笑いブームのきっかけを作った番組のひとつ。
若手芸人が漫才やコントなどを観客の前で披露し、面白いと評価されたネタだけが選ばれて放送される。つまりネタが面白くなければ放送されないという、自称「史上最もシビアなお笑い番組」である。
審査はゴルフボールを用いて行われる(別記)。この方式は2002年と2003年の『NHK紅白歌合戦』でも採用された。
2002年頃のお笑いブームが起きる前には、毎週放送される全国ネットのネタ見せ番組はこの『爆笑オンエアバトル』しかなかった。お笑いブームで人気を博した若手芸人を地道に育てた番組と評価されている。また、その実績を差し引いても、若手芸人にとって「オンバトに出たい」と言う意識は高い。
民放の場合、キー局でテレビ出演していても、地方局によっては放送日時が遅れたり放送されない場合もある。その点、当番組は原則として日本国内は同じ時間に放送されるため、全国的な網羅性・リアルタイム性は高い。
2003年までに、番組の常連だったダンディ坂野、テツandトモ、はなわをはじめ多数の芸人がブレークし、番組の顔ぶれは華やかさを増した。しかし2004年4月から『オンエアバトル爆笑編』として隔週の放送となり、ブレークした芸人たちのほとんどは番組卒業となる。この時期は『エンタの神様』や『笑いの金メダル』など民放による「ネタ見せ番組」が増えたこともあって、存在意義が一時的に薄れた。ただ、2005年4月から再び毎週の放送に戻り、新たに出場したブレーク前の若手芸人たちの人気も出始め、かつての存在感を取り戻している。
このブレーク前の若手芸人に多くチャンスを与え、ブレークした芸人は売れ出したら卒業させるといった方式を評価する声は多い。(ただしNHK側が意図したものではなく、芸人のギャラ高騰やNHKの不祥事が起こったことによる歌謡・芸能番組に対する予算削減などの事情による) 構成作家の井上頌一は、「オンエアバトルは若手芸人を民放に供給する人材発掘番組になりました」と審査員に対して自嘲気味に語っている。 またエンタの神様等の番組に対し『人気のある時だけ出してすぐにポイするような事はしたくない』と語っている。
なお、上記の『オンエアバトル爆笑編』が隔週放送されていた2004年4月から2005年3月は、インディーズやストリートミュージシャンとして活動する歌手を対象にした『オンエアバトル熱唱編』が隔週で交互に放送されていた。2005年4月からは両番組とも独立し、『爆笑オンエアバトル』『熱唱オンエアバトル』とタイトルを変更した上で毎週放送となる(『熱唱オンエアバトル』は2006年3月に終了)。その他、詳しくは『熱唱オンエアバトル』の記事を参照のこと。
放送開始当初からハイビジョンで制作されており、かつては『爆笑オンエアバトル パーフェクトライブ』(BShi、2000年12月〜2002年3月)や、『真夜中の王国』(NHK-BS2)のコーナーの1つである『爆笑?オフエアバトル』でオフエアとなったネタも放送されていたが、どちらもすでに終了している。
ちなみに「オンエア」とは逆に、上位5組に入れずオンエアされなかったことを「オフエア」ということがあるが、これは田上よしえがある回のネタの中で「オフエア」という言葉を使ってから一般に広まったとされている。
番組初期の1999年には、ブッチャーブラザーズ、笑組など、ベテラン勢が若手に混じって出場。2000年には落語家も出場したが、いずれも一時期にとどまっている。
また、番組が開始した1999年はボキャブラブームの末期に重なり、その流れからキャブラーと呼ばれた芸人も数多く出場した。海砂利水魚(現・くりぃむしちゅー)も出場予定だったが、スケジュールの都合でキャンセルしたため出場はしていない。代わりに出たのがフォークダンスDE成子坂だった。
(※ただし、「東京03」の豊本明長と飯塚悟志は、「アルファルファ」時代を含めると39回出場している。また、角田晃広も、「プラスドライバー」時代を含めると33回出場している。)
毎週10組の芸人がネタ(5分以内)を披露する。そして会場の100人の審査員によって投票が行われ、その総数を「キロバトル」(KB)という番組独自の単位で表された計測方式で得点とし、高得点を得た5組の芸人のネタがテレビでオンエアされる。また、出場回数に対するオンエアされた回数の割合を通算オンエア率(OA率)と呼ぶ。
第1回、2回は12組、第3回~18回までは11組であった。1組終わるごとに、「オンエアしても良い」と思った一般審査員100人が赤、白、黄、茶(番組開始当初はグレー)、緑、紫、橙、桃、黒、青色のゴルフボールをバケツに投入していく。バケツの重さをデジタル秤で計測して順位を決し、上位5組(第1回、2回は7組、第3回~18回まで6組)のネタのみがオンエアされる(同点により5位が2組存在する場合は、6組オンエアとなる)。判定後のバケツはスタッフの手によってすぐに封がされ、観客の目の届く場所に置かれる為、不正が出来ないようになっている。 重さは「キロバトル」(KB)という番組独自の単位で表され、満点は545キロバトル。500キロバトルを超えることをオーバー500と呼ぶ。無投票の場合、バケツのみの重さ=85キロバトルとなる。なお、ボール1個=4.6キロバトルである。あわせて秤も4ごとの表示(85、89、93、…、537、541、545)となる。当初は秤の刻みが4単位でなかったため誤差(1キロバトル差でもオンエア)もあったが、現在そのようなことはない。ちなみに最高と最低の関係から、計算上ボール1個は約4.5キロバトルとなっている。85〜545の間には実際は115の段階があるが、上記の通り4キロバトルごとに設定されているので、ひずみが生まれている。しかし、番組史上<中抜け>が記録されていないので、週によって同じ投票人数でも違うキロバトルが発生しているということになるが、詳細は不明である(記録上、ボール3個から各6、7個ずつごとに週によって4キロバトルずつずれが生じている)。
現在では最も多くオーバー500を獲得しているのが、アンジャッシュ(8回。戦績は20戦17勝)である。一時期、年度内平均がオーバー500だった芸人はアンジャッシュ・パンクブーブー・タカアンドトシ・三拍子・タイムマシーン3号である。ただし得点は会場の雰囲気、審査員との相性などに大きく左右されるため、高得点なら必ず面白いと一概に言えるものではない(逆に得点が低くても面白い場合もあり得る)。特に地方大会では高得点が生まれる傾向が強い。過去、満点記録も全て地方大会で生まれている(ちなみに、オフエアになった最多キロバトルの記録が生まれたのも地方収録で、2003年・長崎でのスピードワゴンと2006年・福井でのパッション屋良の461キロバトル(共に6位)である)。 なお近年は昔に比べてキロバトルの上昇傾向が見られ、2004年度までは滅多になかったオーバー400でのオフエアが2005年度以降は東京収録でも多く見られるようになった。そのため、「昔に比べ、審査が甘くなった」という批判も多く見られる。 しかし多方面からの支持は現在も多く、「ブームが去っても続いてほしい番組」という意見も最近では多く見られるようになった。
ちなみにX-GUN(現丁半コロコロ)の西尾秀隆とさくらんぼブービーが計測機に乗って壊してしまったことがある。
2005年3月までは、ネタ時間が6分を過ぎると強制的に暗転となるルールであったが(ファンキーモンキークリニックが強制暗転を経験。ただし、失格にはならず)、2005年4月放送分より改定され、5分を過ぎると強制暗転・即失格になり、計量もされなくなった。
最少得点は0キロバトル(事実上)ではなわ(計量辞退)、どーよ(失格)、なすなかにし(失格)、キングオブコメディ(出演辞退)の4組が記録。計量を行った芸人の中ではグレートチキンパワーズが2000年11月11日、無投票(裏パーフェクト)を記録している(当時のバケツの重さは93キロバトル)。
審査員はジャッジペーパーと呼ばれるものに、1組ごとに感想を書き入れる。オンエアされなかった芸人は、放送の最後に一言コメントと画面下に字幕で感想の一部が紹介され、放送ではできるだけ優しい意見が選ばれているが中には手厳しい意見も多い(アンジャッシュが再放送でオフエア時のジャッジペーパーの中から半ば理不尽とも言える意見を取り上げたことがある)。ジャッジペーパーは収録後、出場した芸人全組に100人分原本が手渡される。番組初期は紹介されておらず、オンエアされた芸人のジャッジペーパーが紹介されていたこともある。
審査員は一般公募による登録制で、年齢・性別・これまでの審査回数などを考慮した上で抽選により選ばれる。抽選倍率は年齢・性別などにより異なるが、おおむね2倍から10倍程度である。番組の特性上、女性の登録者が多いため、女性の倍率のほうが高い。 地方収録の審査員・観覧者はその都度、別途に募集する(東京収録での登録審査員との関係はない)。
現在はおおむね隔週土曜日にみんなの広場ふれあいホールで2本撮りを行っている。 『熱唱オンエアバトル』放送時は、昼に『熱唱オンエアバトル』、夜に『爆笑オンエアバトル』の収録が行われていた。また、『爆笑オンエアバトル』は年に数回地方で収録を実施するため、『熱唱〜』のみの収録になることもあった。また編成上の都合などによりふれあいホールでの収録でも『爆笑オンエアバトル』のみの収録の場合もあった。
2000年-2003年は「テント○○ みんなの広場」(○○には年が入る)。それ以前(初期のころ)・スペシャル・追加収録、年度の切り替わり時期などはNHK放送センター内の101スタジオまたは102スタジオで収録された。
爆笑オンエアバトルでは、年に1度年間王者を決するために『爆笑オンエアバトル チャンピオン大会』が催される。現行では、この大会までに年間4回以上(第7回は放送回数の都合で年間3回以上)オンエアされ、かつ年間の合計キロバトル数(規定回数以上オンエアされた場合には最多KBの4回分(第7回は3回))の上位20組の芸人に予選参加権がある。なお、第8回において、パンクブーブーと井上マーが年間合計キロバトルが1780キロバトルで同率20位であったが、「年度内の最高KBが高いほうが出場」というルールにより、パンクブーブーがチャンピオン大会に出場した(パンクブーブーが505キロバトル、井上マーが477キロバトル)。年度の頭は初登場が多く常連組は戦いやすいが、末になると4回のオンエアを目指す組が勢揃いして大接戦になることも多い。特に一度落ちた組が最終週近くで滑り込んで出場するのでチャンピオン大会並の豪華メンバーになる。
また、現役のチャンピオン(前年度の年間王者)は予選2回とセミファイナルが免除される。基本的に年度内で2回出場しているが、2004年度のアンタッチャブルと2006年度のタカアンドトシは放送回数の都合で1回のみの出場となった。
セミファイナル/準決勝はA組とB組の2つに分けそれぞれ10組/合計20組が参加し、上位5組ずつの合計10組がチャンピオン大会・決勝に参加できる。
ファイナルはこの10組に現役チャンピオンが参加し計11組で対戦。チャンピオン大会での計量方式は、セミファイナルは通常の1組ずつの計量で行なうが、ファイナルは全組一斉計量で尚且つカウントダウン方式を採用。会場のお客さんの「0」の合図と共に11組が一斉に計量して、見事に一番多くのキロバトルを獲得した芸人が年間王者になると同時に、翌年のチャンピオン大会は予選免除の形になる。またプラチナバトラーの称号とトロフィーが与えられる。
ファイナル開始前と終了後に大会実行委員長のNHK歌謡・演芸部長へのチャンピオンベルトの返還と同氏から王者ベルトを受ける儀式がある。
第1回のチャンピオン大会はサマースペシャルという形で、1999年8月に放送。番組開始からの4ヶ月でオンエアを3回以上獲得した芸人の中から選出された10組(ますだおかだなどは出場していない)でネタを披露し上位3組を選出。その3組で決勝戦を行った。決勝戦では3組中1組しかボールを入れないルールだった。 第2回のチャンピオン大会も基本的には第1回とシステムは同じだが、オンエア回数と平均キロバトル上位20組から選出し、その他に予選があった(現在のセミファイナルと似ているが、レギュラーシーズンと同じく10組中上位5組しかオンエアされない)。
第2回チャンピオン大会では、最高で予選・本選・上位3組による決勝と3本もネタを用意しなければならなかったので、参戦する芸人たちも頭を悩ませたことは想像に難くない。その上、第1回から半年しか経過していないこともあり、余計に苦しませた。さらに、番組開始当初は「1年間で4勝が目標」というような条件などがなく出場間隔が1か月以内と短かっかたり2週連続で出場した場合も多かった(アンタッチャブルの2週連続出場・2週連続トップでオンエアという記録がある)等、現在と比べるとあまりに問題点が多かった。(このときのことを、2004年元日スペシャルとして5夜連続放送された過去のチャンピオン大会ファイナルの再放送の冒頭で、5代目チャンピオンのアンジャッシュは、「当時スタッフは芸人がネタを作るのにどれだけ大変か分かってなかったから『作ればいいじゃん』なんて簡単に言えた。」と語る)。
このためか、第3回チャンピオン大会からは予選はセミファイナルという形になり、上位3組の決勝は廃止された。第3回のみ過去の大会の出場経験がない組についてアドバンテージが与えられていたが、以降なくなり、純粋に年度内の得点の合計のみで争われる。最低6回(第7回は5回)ネタを披露しなければチャンピオンにはなれないが第6回チャンピオン大会より過去にオンエアされたネタをやってもいいことになった。
ちなみに、現在では年明け後のチャンピオン大会に向けてのラストスパート時などの例外を除きオンエアされた芸人は2か月以上オンエアされなくとも1か月は出場間隔が空けられている。ただし、芸人によって出場間隔の差が半年や1年以上など大きい場合もある。
チャンピオン大会は第3回大会までは全試合・東京で行っていたが、「東京ばかりでやっていたら面白さがなくなる」、「もっと大会らしくしようじゃないか」、「チャンピオン大会の興奮をぜひ、全国の皆さんにも」という視聴者の声に応えるべく、第4回大会から三大都市決戦システムを採用している。更に司会者がこのチャンピオン大会を最後に交代することもある。
チャンピオン大会は第4回大会より審査員が倍の200人になり、満票の場合も倍の1090KBとなっている。
ちなみに最多キロバトルでの敗退記録は第9回チャンピオン大会のセミファイナルBブロックin愛知でBコースが記録した874KBである。
また地方でのトップ最低KBは第9回チャンピオン大会のセミファイナルAブロックin広島でラバーガールが記録した910KBである。
第5回 セミファイナルA: 大阪、セミファイナルB: 福岡県福岡市、ファイナル:放送センター101スタジオ
第6回 セミファイナルA: 福岡県北九州市、セミファイナルB: 大阪、ファイナル: 神奈川県伊勢原市
第7回 セミファイナルA: 愛知県瀬戸市〜愛・地球博開催記念〜、セミファイナルB: 広島県東広島市、ファイナル: 放送センター101スタジオ
第8回 セミファイナルA: 北海道小樽市、セミファイナルB: 兵庫県明石市、ファイナル: 放送センター101スタジオ
第9回 セミファイナルA: 広島県廿日市市、セミファイナルB: 愛知県稲沢市、ファイナル: 放送センター101スタジオ
第9回チャンピオン大会終了現在、チャンピオン大会・歴代優勝コンビでの最多KB数は第7回大会のタカアンドトシで986KB。
(第3回までの最高キロバトルは通常の545KBだったが、第4回以降の最高キロバトルは倍の1090KBに変更。)
第9回チャンピオン大会終了現在、歴代優勝者で結成から初優勝までの最短記録は、DonDokoDonとルート33の6年目。
(ただし後述でもあるが、第1、2回大会は初期の放送なので、公式あるいは参考記録として見るかは判断が分かれる。)
2004年7月31日に放送された「サマースペシャル2004」において、プラチナバトラーおよびゴールドバトラーの2つの称号が新たに与えられることになった。これらの称号は番組への出場回数やオンエア回数に関連しているため、これらの称号を認定されるということは、爆笑オンエアバトルに深く関わりその歴史を築き上げた代表的な芸人であると言える。実際これらに認定されている芸人は爆笑オンエアバトルの黄金時代を築いた芸人ばかりである。
これまでにチャンピオン大会に出場し、チャンピオンになったことがある芸人に与えられる称号である。2006年度終了時点でプラチナバトラーは7組いる。(歴代優勝者の項参照)
ただしどちらの場合も、解散や活動停止などしないで現在も同じグループで活動していることが大前提である。1.の条件についてはオンエア率がからんでくるため、どの時点で称号を与えるかによって変動する
2006年度終了時点でプラチナバトラーとゴールドバトラー両方の称号を持っているのは、アンジャッシュ、アンタッチャブル、タカアンドトシの3組である。
2007年11月16日放送分終了後現在。尚、芸人の数が多いため、2勝以上している芸人を掲載(マギー審司は10回目のオンエアを記録した際に番組から特製Tシャツをもらっている)。
夏・冬休みにスペシャルが放送される。芸人がグループの枠を取り払って出演する合同コントがメインで、審査はない。常連組のお祭り的要素が強い。 冬は年により変わり、2003年はハリガネロック(当時のチャンピオン)がMCになり過去の映像を放送する蔵出しSP、2004年はチャンピオン大会の再放送に冒頭1分間アンジャッシュ(上と同じ)の解説を加えて放送。隔週になり回数の少なかった2005年は爆笑編・熱唱編を3夜連続で同時に放送する「冬の陣」を放送した。
2006年1月9日には成人の日スペシャルとして、20時-21時58分(ニュース中断20時45分-21時15分)の2時間特別番組として放送され、爆笑オンエアバトルとしては番組史上初のゴールデンタイム進出となった。従来から成人の日にはNHKホールを会場にNHK青年の主張コンクール→NHK青春メッセージ(〜2004年)→ライブジャム(2005年のみ)といった生放送番組を編成してきたが、それらの番組の企画終了(NHK・橋本元一会長の意向によるもの)に伴う代替企画として、「爆笑オンエアバトル・成人の日スペシャル」が放送された。もちろん司会は塚原愛アナウンサー。
第1部は、オンエアバトル卒業生5組(テツandトモ、ますだおかだ、長井秀和、陣内智則、アンジャッシュ)と、7代目チャンピオンのタカアンドトシが登場(出演順)。それぞれ、初期のネタやチャンピオン大会で披露したネタなどを再現した。
第2部では、将来有望な若手芸人12組(タイムマシーン3号、トータルテンボス、流れ星、イワイガワ、ハレルヤ、三拍子、火災報知器、ななめ45°、ハマカーン、超新塾、NON STYLE、パンクブーブー)がそれぞれ他のコンビとユニットを編成し合同コントに挑戦。2部のみタカアンドトシが司会で参加した。
視聴率は第1部が6.1%、第2部が4.1%(関東地区)。民放5局の裏番組にすべて二ケタを記録されるなどし苦戦した。特にフジテレビ系では「新春SMAPホリデースペシャル!」と銘打った企画が放送され、『女子アナスペシャル』が18.4%(関東地区)、『西遊記』が29.2%(同)と高い数字を記録した。
2006年8月15日に1時間特番として放送。 司会は塚原アナと高山アナが努め、当時の時点でのプラチナバトラーとゴールドバトラーを紹介し常連だった頃を振り返ってのインタビュー、出場時のネタがダイジェストで放送され、アンジャッシュ、アンタッチャブルやタカアンドトシとのトークも行われた。 この放送ではゴールドバトラーの認定条件が説明されたが、認定後に条件から外れた田上よしえと飛石連休もゴールドバトラーとして紹介されていた。余談ではあるが、編成の都合で遅れ放送となった山形放送局での放送では卍マークの入った衣装にモザイクが入れられていた。
2007年8月17日に夜22時-22時58分の1時間特番として放送された。 司会はタイトル通りタカアンドトシが努め、常連として出演している若手芸人(トータルテンボス、U字工事、NON STYLE、三拍子、東京03、THE GEESE、ハイキングウォーキング、イワイガワ、ハマカーン、パンクブーブー、ザ・たっち)が主に出演した。
内容はタカアンドトシの漫才でおなじみのテーマに沿って「○○か!」を使用した1分前後の漫才を披露する「挑戦!○○か!漫才」、言葉をテーマにしたコント、流行語の別な意味を考える「挑戦!オモシロ辞書」、写真や映像にセリフを付ける(磯山さやかが司会・判定を行った)「ビジュアル大喜利」の他に、ゲスト加賀美幸子との対談や萩原流行による朗読も行われた。
しかし、対談企画など通常放送や若手芸人に関係ない企画があったことや、裏番組に勝てず視聴率は3.8%と低迷した。
『オンエアバトル』の番組オリジナルテーマ曲はボブ佐久間作曲の物を使用しているが、それ以外にも、2003年10月より、オープニングの挑戦者の意気込み、エンディングのオンエアを逃した5組の敗戦の弁ででも新たに別楽曲が使用されている。なお、テーマ曲は『熱唱オンエアバトル』の出場経験バンドが担当した。以下の通り。
明石家さんまは、当番組を高く評価している。ミュージシャンの福山雅治とWOWOWのCMで漫才コンビ結成し、当番組に出場をしたいとのこと。また、後輩芸人に『お前らが出なアカン番組は爆笑オンエアバトルや!』、『今の若手が出なきゃいけないのはM-1グランプリよりオンバトだ。』と発言している。
立川談志は、特別審査員として審査員の経験がある。本人も『これほど若手にチャンスがある番組はこれしかない、素晴らしい番組だ!』と語っている。談志の唯一気に入ってる番組である。
爆笑問題の太田光は、「爆笑問題のススメ」のコラムで、当番組を取り上げた。『お笑いブームのに深く関わり、その存在は大きい。』と発言した。
某ラジオ番組で松本人志が『オンエアバトルに後輩が沢山出てるけど、応援したくなるよね』とコメントしている。
ネプチューンの堀内健はネタ等で「何キロバトルかな?」とよく言う。彼もオンバト視聴者であり、番組を高く評価している。
ハイヒール・春風亭小朝・渡辺正行は、1999年12月18日の特別放送でコメントしている。いずれも高評価。
KAT-TUNの田中聖と中丸雄一はオンバトファン。某番組の坊主企画にて「あなたたちです。」を披露した。 余談だが、その番組の前説コーナーで田中と中丸がコンビを組み登場、その時のコンビ名は“田中丸”だった。
くりぃむしちゅーの有田哲平はHDDに撮って若手をチェックをしている。またオンエアを獲得した後輩には「よく頑張った」と声をかけているという。
多方面から非常に高い評価を得ている。若手であろうが、フリー(事務所無所属の芸人)であろうが出場の機会があり、(合格すれば)最長5分までオンエアされる。そのため毎年出場希望者数が増えている。
当番組の卒業生は「この番組のお陰」や「オンエアバトルで育ってきた」などコメントしている。(ますだおかだはこの番組に出ている芸人にちょっとやきもちをやいているらしい)
出場芸人の中には、初オンエアで感激のあまり泣いた者もいる。(スピードワゴン 小沢一敬、パラシュート部隊 斉藤優)
著名人の評価はかなり高い。明石家さんまや立川談志のお笑いの大御所を始め、アイドルのKAT-TUNのメンバーなど(著名人からの評価とコメントの項参照)
細かい部分で、時々「動きや顔によるボケがきちんと撮られていない」、「計量時の結果発表でオンエアされた芸人を映すのが遅れる」などカメラの撮り方についての指摘がある。
一般視聴者による審査で勝敗が決まり、しかも毎回審査員が異なるため審査にばらつきが発生しやすい。特に地方収録における審査員は人気面や出身地・活動地(主に大阪や福岡など)による地元びいきと審査員経験の少ないことによる「ボールを転がしたい」という衝動や「あまり多くボールを転がしては良くないのではないか」との遠慮などで東京収録に比べ放送時に審査が妥当ではないと一部の人間が指摘している(例としてアンタッチャブルが2004年に北見市収録で541キロバトルを記録した回などが有名)。このため東京での収録よりも平均キロバトルが高く400以上の高キロバトルオフエアも多いばかりか、近年では上記の通り東京収録の場合でも、放送後に常連びいきなどの批判が度々起こっており、一部の人間が指摘する問題点は地方収録に限った話ではなくなってきている。ちなみに、番組の魅力のひとつとの見方もあり、この件自体の見解は賛否両論となっている。
スポーツ中継やドキュメンタリーなどの特別編成や事故などによる臨時ニュースが挿入されやすくなっており、深夜番組としては珍しく放送休止がゴールデンタイム並に多く、収録から2か月以上経って放送するという異例のケースがほぼ毎年ある(収録は例年、春から夏にかけて隔週で2本収録だが秋以降には帳尻あわせで月に一度になったり急遽追加されたりする)。このため放送時ではすでに、収録時に行った時事ネタが風化してしまったり、出場した芸人が放送前に解散・活動休止状態(放送ではオープニングで事情を説明し、一部映像の修正や停止画像への変更、再収録などで対応した)であったり、死亡したりしてしまった例などに加え、チャンピオン大会出場に向けて大事な年間3~4勝目をかける芸人の多い秋から冬にかけての収録日がM-1グランプリやR-1ぐらんぷりなどの予選と重なる事もあるので、編成面での指摘もある。
時々ナレーションやテロップなどのミスがにある。通常回ではほとんどないがチャンピオン大会や事前番組などでミスが起こるケースが多い(第7回チャンピオン大会では麒麟のチャンピオン大会出場回数が間違えられた。また、第8回チャンピオン大会の事前番組ではタカアンドトシの戦績や、タイムマシーン3号が満点を記録した放送回の日付が間違っていた。また、スマイルが2回目の挑戦で初オンエアをしたとき、ナレーションでは初挑戦初オンエアと間違われた)。

[ 78] 爆笑オンエアバトル - Wikipedia
[引用サイト]  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%88%86%E7%AC%91%E3%82%AA%E3%83%B3%E3%82%A8%E3%82%A2%E3%83%90%E3%83%88%E3%83%AB



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