契機とは?
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RIETIトップ>コラム一覧>コラム一覧 (2006年度)>新人口推計を契機に建設的な年金論議を(I) 来月(2006年12月)にも、新しい将来人口推計が国立社会保障・人口問題研究所(社人研)から発表される予定だという。前回の推計(2002年)から5年経ての定期的な推計の改訂であるが、社会保障政策のみならず公共事業の需要予測にも用いられるなどわが国の政策立案に利用されることの多い推計だけに人々の関心も高い。ここ最近の大手新聞などの各メディアは厚生労働省社会保障審議会人口部会における議事などを通してさまざまな「将来人口予測の予測」を行っている。それらの報道を見ていると、やはり今回も前回推計に比して下方改訂となる見通しであるという。 過去の推計においても社人研の将来人口推計は下方改訂を繰り返してきた。そのたびに社会保障制度などの見直しの必要性が生じ、社人研の将来人口推計は世論の強烈な批判の的になってきた。確かに事後的に見れば、もう少し正確に予測できなかったものかと思いたくもなる。社人研推計は人口学のスタンダードな推計手法を用いて可能な限りの科学的客観性をもって将来人口を予測しようとするものである。これに対して経済的要因を明示的に組み込むべきだとの経済学者からの批判は多いが、社人研側は恣意的な推計になる可能性を拒み、人口学的な推計にこだわってきた。別に社人研推計を擁護するわけではないが、確かに社人研の主張にも傾聴すべき点は多い。過去の推計における下方改訂は、人々の出生行動がいかにダイナミックに変動してきたかを示していると逆説的に捉えることもできよう。 しかし、勿論、何度も推計を下方に修正し続けることは推計の信頼性のみならず、諸政策の信頼性をも危うくするものであるから、社人研推計に望まれる改善すべき課題は多い。各種報道や人口部会の議事を見る限り、新しく発表される新将来人口推計もこれまでの批判のいくつかには応えるものになっていると推察される。ただ、筆者としては、「高位・中位・低位」といったシナリオ別の人口推計を示すのではなく、中位を中心に確率的幅を明示的に持った将来の人口推計を示してくれればより説得力が増すと思うのだが、今回の推計では従来通りにシナリオ別の推計が示されるようである。 いずれにせよ、新推計は非婚化・晩婚化・晩産化などの影響を考慮して前回推計よりも下方に改定されることは間違いなさそうであるが、具体的にどのような推計になるかは、まだ明らかにはされていない。しかし、前回推計とこれまでの実現値を比べると実現値は概ね前回推計の中位推計と低位推計の中間を取っていると指摘されことが多い。たとえば2005年の合計特殊出生率(TFR)は前回推計の中位推計では1.31076、低位推計では1.22074と仮定されていたが実現値では1.25(暫定値)となっていた。そのため、今回の新推計における中位推計は前回推計の低位と中位の中間程度になるのではないかと推測する向きも多い。 将来人口推計の下方改訂で最も影響を危惧されるのが社会保障、とりわけ公的年金制度である。年金制度の持続可能性は扶養率(受給者数/被保険者数)の変動に大きく左右されることを考えれば、人口推計の下方改訂は年金制度にとって明らかな負の要因である。特に2004年の年金制度改正は「保険料負担の上限設定」「モデル世帯の所得代替率50%維持」を掲げていたが、これは当然ながら前回の将来人口推計(平成14年)の中位推計を前提としたものであって、人口想定が異なる場合は結果が異なってくる。特に、保険料率の上限を維持する限りモデル世帯所得代替率50%維持は非常に困難になる。このことをより具体的に考察するために「新将来人口予測を予測」して次のようなシナリオ想定をおいて仮の人口推計を計算する。 2006年以降の各歳別出生率が2002年人口推計の中位推計と低位推計の中間を取るものと仮定。2055年時点のTFRは1.24532であり、2055年以降は2105年に向けて人口置換水準2.07へ回帰するものと仮定。 ケースAよりも若干楽観的に2055年時点のTFRが1.30になると仮定。2006年から2049年にかけては2004年推計の中位と低位を2055年のTFR1.30に対する比率で案分。2055年以降はケースAと同じく2105年に人口置換水準2.07へ回帰するものと仮定。 但し、ここでは社人研の2002年推計を利用して、少々荒っぽく人口を計算しているため、予想される生命表の改訂(平均余命の変化)などは考慮されていないことには注意されたい。 この仮の人口推計(ケースAおよびケースB)のもとで年金財政がどうなるかを、筆者らが開発した年金財政シミュレーションモデル(RIETIモデル)を用いて推計してみよう。ここでは厚生年金の積立残高の推移がどうなるかを以下に示す。積立残高の推移を示すのは次の理由による。2004年改正では今後年金財政の均衡期間をおおよそ100年間と定め、均衡期間の最終年次に当該年度の給付額1年分を確保するものとされた(有限均衡方式)。よって均衡期間における積立残高の水準は年金財政の持続可能性の重要な指標となるからである。ただし、ここで2004年年金制度改正との比較を明確にするために人口以外の諸想定は全て2004年財政再計算の基準ケースに合わせるものとし(名目賃金上昇率2.1%、名目運用利回り3.2%、物価上昇率1.0%)、計算期間も2100年まで(2009年の次期年金改正のことを考えれば2105年を最終年度にしてもよいが比較のために2100年まで)とした。 2004年改正では年金財政維持のためにマクロ経済スライド制度と呼ばれる財政調整機能が導入された。これは均衡期間の財政維持が確保される見通しがつくまで(おおよそ100年後の積立残高が給付1年分確保される見通しがつくまで)給付のスライド率(新規裁定:賃金上昇率・既裁定:物価上昇率)から被保険者減少率と高齢化率0.3%の和を時限的に差し引くものである。これは時限的に年金給付総額の伸びをGDP成長の範囲内に自動的に抑えることを意味する重要な財政調整機能であり、2004年改正における最重要の改正内容である。2002年人口推計を前提とする2004年改正ではこのマクロ経済スライドは2023年まで導入されるものとされた。 さて、2004年財政再計算の諸前提のうち、人口想定だけを上記のケースA・ケースBに差し替えた場合、つまりマクロ経済スライドの適用は2023年までとし、人口推計のみケースA・ケースBに差し替えられた場合はそれぞれ2080年、2090年あたりで積立金が底をついてしまい財政の持続可能性は維持されないとの結果となった(上図の緑破線・紫破線)。この財政悪化に対してマクロ経済スライドの適用期間延長で対処した場合、ケースA人口の場合は2028年まで、ケースB人口の場合は2026年までそれぞれマクロ経済スライドの適用期間を延長することで積立残高給付1年分以上を確保できると推計された(上図の緑実線と紫実線)。 しかし、マクロ経済スライドの適用延長は給付水準の減額を意味している。2002年人口推計を前提として2023年までマクロ経済スライドを適用すれば2023年以降のモデル世帯新規受給時(65歳)所得代替率は50.2%だが、ケースB人口を前提として2026年までマクロ経済スライドを適用すれば2026年以降のモデル世帯所得代替率は48.06%、ケースA人口を前提として2028までマクロ経済スライドを適用すれば2028以降のモデル世帯所得代替率は47.18%になるものと推計された。 以上見たように、人口推計が下方改訂されるならば年金財政の見通しも変化し、特に保険料負担の上限を2004年改正通りに抑えながら現行制度のまま年金財政を維持していくためにはマクロ経済スライドの適用期間を延ばして給付水準を押さえる必要性が生じる可能性が高い。しかしその際には所得代替率50%維持(モデル世帯)の再検討が課題となる。 そもそも給付水準を所得代替率で50%に保証する根拠とは何なのだろうか? おそらくは相対貧困の定義(所得分布の中央値の50%以下)と関連して議論されてきたのかもしれないが、公的年金でこの水準を維持できたからといって、国民の年金に対する信用が高まる(維持される)保証はどこにもない。現に将来水準よりもずっと所得代替率の高い今現在の年金給付に対しても不満をもつ人々が決して少なく無いことは示唆的である。給付に偏りがあったり、制度の原理原則に不透明さがある場合には、たとえ所得代替率が高くとも年金に対する人々の信用は高まることは無い。 勿論、給付水準は低いより高いほうが良いに決まってはいるが、人口減少で制度の支え手が少なくなる以上、家計や企業が耐えられないような財政的実現可能性のない負担水準を前提にして議論しても意味が無い。むしろ限られた財源の中で、最も人々が安心でき、かつ納得できる給付体系はどのようなものなのかを議論するほうが遥かに重要である。 上記ではマクロ経済スライドの延長だけを考えたが、他にも重要な課題はいくつもある。たとえば、給付開始年齢の再引き上げ(67歳・70歳)、遺族年金給付の見直し、さらには消費税の目的税化などが挙げられよう。給付開始年齢の引き上げに関してはすでにドイツが前倒しで実施することを決定しており、日本という長寿化が最も進んだ国で65歳という給付開始年齢がはたして適切なのかも議論すべきだろう。また遺族年金給付については、現在は厚生年金加入者の場合、妻が夫の報酬比例年金の75%を受給できる制度になっているが、諸外国の水準は、制度はまちまちなので簡単な比較はできないが、概ね50%前後といったところだろう。この水準が今後のわが国で適切かどうかも広く議論する必要がある。 但し、もし給付開始年齢の引き上げや遺族年金の見直し、もしくは国民年金納付率の低水準持続などで保護率が国民の負担の許容できる水準以上に急増することが予測されるなら、むしろ年金の持つ所得再分配機能をより強化する方向で議論することも望まれるだろう。しかし、これらを詳細に議論することがわが国では非常に難しい。なぜならば、中高齢者を対象とした統計データ、特に信頼できるパネルデータの整備が著しく遅れているからである。ある年金制度の変更がその他の経済変数にどのような影響をもたらすかという事を、事前にデータを基に検討するという欧米では当たり前のプロセスが、我が国では絶望的に難しいのである。 そこで経済産業研究所では、清水谷諭氏 (一橋大学経済研究所助教授)、市村英彦氏 (東京大学公共政策大学院、大学院経済学研究科教授)、野口晴子氏 (東洋英和女学院大学国際社会学部国際社会学科助教授)、橋本英樹氏 (東京大学大学院医学系研究科客員教授)らを中心として、わが国を代表する経済学、公衆衛生・医療の専門家に集まっていただいてプロジェクトを結成し、中高齢者を対象とした大規模なパネル調査を実施している。これはアメリカのHRS、大陸ヨーロッパのSHARE、イギリスのELSAといった既に世界標準で確立されている中高齢者パネル調査と同等の調査であり、相互の比較も可能なデータとなっている。調査票も非常に緻密に計画されているため単年のデータだけでも貴重な情報が集まるが、数年蓄積するだけでもパネルデータとしての威力が相当に発揮されることになる。今後この調査が蓄積されていくたびに、わが国の社会保障政策を巡る議論がより緻密に、より建設的になっていくことを筆者は確信している。 今後の公的年金をより良きものとするために議論すべき課題はいくつもある。これらに関する議論をより深めることができれば、限られた財源の中で人々の厚生を十分に維持・改善できる可能性もある。しかし、危惧されるのは2004年改正の時のように年金制度改正が極めて政治的な課題として取り扱われて本質的な議論が全く進まなくなってしまうことである。特に所得代替率50%云々といった、1つの重要な目安ではあっても、指標群の1つだけが取り上げられて政治的な攻防戦が繰り広げられることだけは避けなければならない。そういったところで議論が行われても国民の利益にはつながらないことは明記しておかねばならない。 新しい人口推計が発表されることで人々の年金、ひいては社会保障政策全般に対する関心は再び高まりを見せるであろう。そしてこれを契機に、無意味な魔女狩りではなく、より建設的な議論が繰り広げられることを期待したい。 当サイト内の署名記事は、執筆者個人の責任で発表するものであり、経済産業研究所としての見解を示すものではありません。記載している、肩書きは掲載当時のものです。また、当サイトのコンテンツを転載される場合は事前にご連絡下さい。 |
[ 158] 新人口推計を契機に建設的な年金論議を(I) RIETI 経済産業研究所
[引用サイト] http://www.rieti.go.jp/jp/columns/a01_0204.html
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RIETIトップ>コラム一覧>コラム一覧 (2006年度)>新人口推計を契機に建設的な年金論議を(II) 新人口推計を契機に建設的な年金論議を(II)−「日本の将来推計人口(平成18年12月推計)」発表後の年金財政予測 2006年12月20日、国立社会保障・人口問題研究所(社人研)から「日本の将来推計人口(平成18年12月推計)」が発表された。将来の合計特殊出生率(TFR)は概ね2002年推計の低位推計と中位推計の中間となり、2055年時点のTFRは1.264と発表された(下図参照)。今回の推計の下方改訂は大方の予想通りの改訂であり、筆者も昨年末にRIETIウェブサイトに掲載したコラムで将来TFRを1.245と当たらずも遠からじの数値を仮定しての年金財政推計を行ったため、特に予想外の感はなかった。しかし、発表された推計や資料を少し眺めてみると相当にインパクトのある推計であることが分かった。そこで、ここにコラムの追加情報として、新人口推計に基づく年金財政予測を紹介しよう。 昨年末のコラムでは、TFRを1.245と仮定して、少々粗い方法で仮の将来人口推計を計算し、それを基に年金財政の将来推計を行ったが、一点、生命表(生存率・死亡率に関する推計表)については2002年推計のものを使用するという留保を付しておいた。筆者としては、わが国の長寿化はもう十分に進展しており、もう大幅な生命表の上方改訂は無いのではないかという印象を持っていたが、今回の2006年新人口推計では更なる長寿化が予測されている。 平均寿命は男女共に上昇すると予測されるが、前回の2002年推計における予想平均寿命に比して、今回の新推計における平均寿命の改善度合いは男性において著しい。2002年推計における2050年時点の平均寿命は男性: 80.95歳、女性89.22歳で男女差8.27歳であったものが、新推計では同じく2050年時点の平均寿命が男性:83.37歳、女性:90.07歳、男女差6.69歳(2055年時点では男性: 83.67歳,女性: 90.34歳,男女差6.67歳)と男性の寿命が大きく伸び、男女差も縮まることが予測されている。これまで社人研の人口推計における平均寿命は国連推計に比べて低く出る傾向があったが、今回の推計で結果的に国連推計に近づいたといえる。 このような長寿化の結果、わが国の年齢構造はTFRの値から想像するよりも遥かに高齢化が進展することとなる。今回発表された新推計の数値の中から、年齢3区分(0〜14歳,15〜64歳,65歳以上)別人口を使って前回推計と比較してみよう。次に示すのは、65歳以上人口と15〜64歳人口の比率を取ったものの比較であり、公的年金の扶養比率(の逆数)の近似的な値といえる。 おどろくべきことに、今回の新しい人口推計(TFR1.26)を基に計算した値は、前回推計の低位推計(TFR1.10)よりも人口構造がさらに高齢化することを示している。これは出生率の低下と平均寿命の高齢化の混合効果の結果である。 人口構造の高齢化は当然ながら年金財政には負の要因である。そこで,昨年末のコラムと同様に、筆者らが開発した年金財政シミュレーションモデル(RIETIモデル)を用いて、新人口推計の下での年金財政の推計を行おう。 ただし、ここで再び一点留意を付さねばならない。社人研が新しい人口推計を発表する際、まず当該推計期間(今回は2055年まで)の数値を中心に発表があり、その後若干間をおいて参考推計期間(今回は2056年から2105年まで)も含めた詳細な結果表が発表されるのが常である。昨年12月20日の新人口推計発表においては、従来に比べてより詳細な結果表が数多く公表されたものの、年金財政の推計に絶対必要な参考推計期間(2056年〜2105年)における男女別各歳別人口数がまだ発表されていない。そこで今回は、既に発表されている2055年までの男女別各歳別人口、2105年までの総人口・年齢3区分・4区分別人口、入国超過数などの数値を手がかりに、2056年から2105年までの総人口・年齢3区分・4区分と可能な限り矛盾しない各歳別人口を計算し、これを用いて年金財政の将来推計を行うものとした。従って、幾分の人口の誤差が入り込む可能性があることには留意いただきたい。 さて、新人口推計(但し参考推計期間については筆者が仮に計算したもの)を用いて年金財政の将来推計を行う。ここでは昨年末のコラムと同様に年金財政の持続可能性を示す1つの指標として厚生年金の積立残高の推移をみることとする。また経済想定なども昨年末のコラム同様、2004年財政再計算の基準ケースに合わせるものとし(名目賃金上昇率2.1%、名目運用利回り3.2%、物価上昇率1.0%)、計算期間も2100年までとした。 上図において新しい人口推計(出生中位・死亡中位)を用いて計算した結果は緑線で示されている。緑実線は年金財政均衡達成のためにマクロ経済スライドの適用期間を延長したケースであり、緑破線は2004年改正の見通しに従って2023年でマクロ経済スライドの適用を停止した場合の推計である。 まず、推計期間の前半から2004年改正の基準ケース(青実線2002年中位推計を用いた場合)よりも厚生年金の積立金が低く推移することが分かる。これは、長寿化による給付額の増大が原因と思われる。また、2023年でマクロ経済スライドを停止した場合、厚生年金の積立金は2060年頃に底をついてしまう。それを避け、2100年時点の(積立金が給付何年分にあたるかを示す)積立度合1を達成しようとすると,筆者の試算では2039年までマクロ経済スライドを適用し続ける必要がある、との結果が出た。2039年までというのはかなりシビアな結果である。2039年までマクロ経済スライドを適用するということは、2039年以降のモデル世帯(夫40年加入・妻40年専業主婦世帯)新規裁定者(新規受給者)の所得代替率が41.6%になるということであり、2023年まででマクロ経済スライドの適用を停止した場合の50.1%と比べても大きな低下となる。2002年低位推計を用いた場合(赤実線)では2032年までマクロ経済スライドを適用すれば良く、所得代替率も46.0%で収まることを考えてもその影響は大きいといえる(但し、厚労省年金局の財政再計算によれば2002年低位推計を用いた場合のマクロ経済スライド期間は2031年までであり所得代替率46.4%であることを考えれば筆者のRIETIモデルによる推計は若干厳しめに出ている可能性はある)。 以上の結果からはかなりシビアな印象を受けるが、これらの結果は経済想定を2004年改正基準ケースに合わせたものであることには十分に注意せねばならない。年金財政再計算に用いられる経済想定は、刻々と変化する経済情勢を合理的・大局的に判断しながら決定されるものであり、2004年財政再計算で用いられた経済想定は当然それまでの経済のパフォーマンスを基に推定されたものである。現時点で財政再計算を行うならば,当然経済想定の改訂も同時に行われるべきであろう。とはいえ、ここでその改訂のあり方に議論している紙幅はない為、ここでは想定される運用利回りが高めに推移するとして、仮に2009年以降の名目運用利回りが何%であったならば2023年でマクロ経済スライドを停止できるのか(所得代替率50.1%を確保できるのか)という試算を行うものとする。その結果は上図の青点線で示されている。我々の推計では,2009年以降の利回りが4.9%であったならば2023年でマクロ経済スライドを停止しても2100年時点の積立度合1を確保できるとの結果が出た。 ここで筆者が必要運用利回りに関する試算を行ったのは、経済想定の中でも運用利回りの変動が最も公的年金財政に影響を与えうるからである。日本の公的年金制度の特徴の1つは賦課方式でありながら巨額の積立金を保有している点にある。その額が実に大きく、また有限均衡方式の下で少なくとも2050年ごろまで更に積み上がり続けることから、わずかな変動でも推計に大きな影響を及ぼす(ちなみに賃金率の上昇は保険料収入を増大させるが将来の給付も増加させるので財政バランスに対する影響は運用利回りほど大きくない)。 ただし、積立金の運用に関しては注意すべき点がある。わが国のメディアでは公的年金積立金の運用実績が悪化すると国の運用能力を問題視し、近年のように運用実績が好調だと淡々と事実を報道する傾向があるが、公的年金の積立金の運用にはその額があまりにも巨大であるという特殊な事情がある。この巨大なファンドが株式・債券市場の価格変動を巧みに利用して、日々変動する市場を睨みながら次から次へとポートフォリオの中身を入れ替えて、市場の他の参加者を出し抜きながら鮮やかな運用実績を上げ続けるというのは原理的に不可能である。従って、その巨額さを利用して、安全性の高い国債などの資産に重点を置きつつ、可能な限りのさまざまな投資対象によるポートフォリオを組んで分散投資を徹底することが公的年金運用の基本であり、これにより、市場の平均的な運用利回りを獲得していくことができるというのが、年金の専門家における共通の理解であろう。この場合、市場全体の調子が悪いときには運用利回りも平均的に悪化し、市場全体が好調であれば運用実績も平均的に改善するのが公的年金積立金運用の常であるといえる。従って、ここで推計した必要運用利回りが何%であれ、それをもって国・厚生労働省が達成すべき運用実績目標である、という理解は正しくない。あくまで過去の実績や現在の市場の状況を鑑みて想定される利回りを用いるのが正当な方法であることを明記しておかねばならない。 筆者註:上記での計算結果は全て中田個人の責任の下に行ったものであり、経済産業研究所ならびに経済産業省、さらには厚生労働省の見解・推計とは無関係であることをお断りしておきます。 当サイト内の署名記事は、執筆者個人の責任で発表するものであり、経済産業研究所としての見解を示すものではありません。記載している、肩書きは掲載当時のものです。また、当サイトのコンテンツを転載される場合は事前にご連絡下さい。 |
[ 159] 新人口推計を契機に建設的な年金論議を(II)−「日本の将来推計人口(平成18年12月推計)」発表後の年金財政予測 RIETI 経済産業研究所
[引用サイト] http://www.rieti.go.jp/jp/columns/a01_0208.html
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当研究所では、昨年 4 月号以来、人口減少問題をテーマに、本誌を発行してまいりました。今回はその締めくくりとしてこの分野の第一人者である政策研究大学院大学教授松谷明彦氏にお話をうかがいました。先生はこの問題の核心をつかれ、発想の転換を提唱されています。 よく人口減少問題といわれますが、日本が他の先進国と比べ、何が問題なのかというと、そのスピードが急速であり、労働力人口が大幅に減少することが問題なのです。アメリカはこれからも労働力人口は増えますし、フランス、イギリスは減り方が遅いのです。ドイツはこれから減少ピッチが速くなりますが、それでも日本と比べるとゆるやかです。 まず一つ目の経済に対する影響です。人口減少問題でよく、人口減による需要減少が問題であると言われる方がいますが、それは誤解です。「大幅な労働力の減少」による供給能力の低下が問題なのです。つまり、労働力の減少率が技術進歩率を上回るほど大きいことが問題を深刻にしているのです。この場合、労働力とは労働力人口に労働時間をかけたものです。労働時間については短縮傾向にあり、その傾向は今後とも続くとみるのが自然でしょう。日本の労働時間は諸外国と比べ依然として長いからです。一方、労働力人口は、向こう四半世紀の間に19%減ると見込まれます。その結果労働力としては、32〜33%の減少になるのです。これに対し、実質的な技術進歩率は約17%の上昇にとどまります。すなわち、技術進歩では労働力の減少をカバーできないのです。 さらに労働者の高齢化があります。働く人が高齢化すると、作業能率が悪くなり、労働生産性が低下するため、経済面でのマイナスは避けられません。日本は長寿国で高齢者でも体力があり、働ける人が多いと思うかも知れませんが、それは先進国共通の現象で、その中でも日本では労働者の高齢化が急ピッチで進むので、国際競争力の視点からみると相対的に見劣りすることは避けられません。また、技術や設備等でカバーしようとしてもコスト高になり、経済にダメージを与えることとなるのです。 また、女性労働力を活用するとしても、現状の産業構造や技術構造のままでは、十分な効果は必ずしも得られないとみるべきでしょう。女性が能力を発揮できる生産体制に変更していくことが必要となります。 経済成長の下で、つまりパイを大きくして問題を解決するのは楽ですが、これからの取り組み方ではありません。なぜなら、これからはパイが大きくなる可能性は極めて小さいからです。しかし、1 人当たり国民所得は現在の水準が維持されます。日本人一人ひとりをとってみれば貧しくなることはないと認識して新しい価値を追求していくことが重要ではないでしょうか。 次に二つ目の福祉、年金、財政の問題です。これは高齢人口と働く若い世代の人口の比率の変化が激しいことが問題の根源です。年金の給付と負担の調整を頻繁に実施しなければならないからです。2004年に年金改革が行われましたが、次は2005年の国勢調査の結果を踏まえて2009年度に改定されるのは必至でしょう。しかし、このように頻繁な変更が行われると生活設計を立てることが難しくなります。これに対し、フランス、イギリス、ドイツは高齢者と若い世代の比率の変化がゆっくりしていることから、給付と負担の調整も10〜20年に 1 回の調整ですみます。ほぼ安定して年金がもらえるので、生活設計が立てやすいのです。従って日本では年金に代わる高齢者対策を検討する必要があるでしょう。 それでは企業経営はどうか。労働力が減るわけですから設備のストック調整をせざるをえません。従来ならシェアを拡大し、スケールメリットを追求することによって収益を確保することに主眼が置かれました。しかし、これからは先行投資は必ずしも勝ち組の条件ではなくなります。20年、30年と同じ企業が勝ち続けることはないのです。中長期的には拡大ではなく、縮小が基本です。 生産、売上が減少するため、従来のスケールメリットによるコストダウンという経営手法が使えません。むしろ、マイナスのスケールメリットによってコストが上昇します。従って、他社で作れないものを作り、いかに販売価格を上げ、収益を確保していくかがポイントです。 私は大企業、中小企業に分けると、業種や生産形態により異なるものの、ストック調整が課題となるため、一般的に巨大設備を要する大企業の方が中小企業に比べ厳しくなるのではないかと思います。 IT、インターネットを活用した情報産業がもてはやされていますが、今は産業全体に占めるウエイトが小さく、IT企業は卸売・小売業の倉庫や店舗を利用して、在庫やコストを調整しているため、好調なのです。これが、IT企業のウエイトが大きくなると、自らが在庫をもたなくてはいけません。今、IT企業は隙間産業だからいいのです。テレビゲームもソフト開発はそれほど設備はいりませんが、ゲーム機そのものを作るメーカーは大変な生産設備が必要です。現在のIT企業はこうした土台の上に成り立っているのです。 また、今後は投資能力が落ちていきます。それは貯蓄率が低下するからです。貯蓄率は2000年の15%から06年には11%となり、25年後には 4 %になると予測されます。この結果、日本のGDPに占める投資の比率が小さくなり、設備投資マインドも低下します。能力増強投資は姿を消し、技術開発に伴う投資だけになります。そうした投資は常時あるわけではありません。投資が消費の落ち込みをカバーすることが難しくなるのです。従って、消費を安定的に維持することが重要です。消費は賃金の関数です。そのため、今より労働分配率を上げ、賃金の適正化を図らなければなりません。 輸出を増やすという考え方、つまり国内の需要不足を輸出で賄う「輸出ドライブ」は、不況時には有効な方策です。しかし、これからは、労働力が不足し、供給能力が低下するため、この方法はとれません。 終戦後、日本は、賃金を抑制して積極的な設備投資を行い、大量生産によってコストの削減を図ってきました。日本独自の製品ではなく、先進諸国と同じ製品だったからです。より安く、大量に作るしかなかったのです。まさに「後進国モデル」で、このままでは、際限のない投資地獄です。どこかでこの悪循環を断ち切らないといけません。 今後は「技術開発」を行っていくしかありません。日本の技術開発の問題点は日本人だけで技術開発をしていることです。優秀な外国人の技術者、研究者を日本に入れる必要があります。この典型が研究者の半分は外国人というアメリカです。つまり、外に開かれた研究開発体制を作っていくのです。これしかありません。日本の教育の問題がよくいわれますが、日本の技術者は優秀ですし、粒もそろっています。しかし、日本一国だけで世界を相手にすることはできません。また、日本にはあらゆる産業がそろっており、あまりにも間口が広くなっています。これだけ国産品のある国はありません。これを半分ぐらいに絞り、効率のよい産業に集中して研究開発を行う必要があります。 これからは経済のパイが小さくなるだけでなく、消費需要が多様化していきます。働き方が多様化し、ライフスタイルが多様化するため、消費構造が多様化するのです。 現在は商品の売れ筋が決まってしまっており、この商品をめぐって激しいコスト競争が生じています。これからは需要が分散するため、企業も百貨店型ではなく、ブティック型となり、コスト競争もありますが、どこにターゲットを絞るのか、また、そのための技術開発の重要性が増します。 一方で、中央の大企業の規模は縮小し、地方に進出することもなくなるでしょう。地方も工業団地を造成し、交通アクセスを整備し、工場を誘致するのでなく、地場で産業を起こすことが重要になります。そこでは規模ではなく、マーケットリサーチを行い、どういう製品をいかに作るのかという知恵の勝負になります。 その際、量産ではなく、熟練ノウハウを活かすことが何よりも大切です。労働力の高齢化を逆手にとって、機械・ロボットによる生産ではなく、そこにいる人間すなわち職人や熟練の技を活かすのです。例えば新潟県の燕三条の企業がアップル社のiPodの背面部分をオシャレに鏡面加工しています。これがiPodの人気の秘密とさえいわれています。傷つけないようにカバーが販売されているほどですが、この技術は世界に誇れるものです。また、富山県の高岡銅器の技術が大手時計メーカーの時計に組み込まれた鈴に活かされています。このようにノウハウを熟成させていくとともに、新しい商品に採用していくことが大切なのです。また、ある中堅工作機械メーカーでは、中小企業者の個々のニーズに合わせた工作機械の受注生産を行っています。この経営のやり方は大企業ではとてもできません。このように量で稼ぐのではなく、熟練ノウハウを新しい技術とどう融合させていくかが大変重要になります。 兵庫県は産業の歴史があり、いろんな技術やノウハウの蓄積があるのではないでしょうか。これら技術を掘り起こし、新しい技術と結びつける。官民一体となって新しい経営モデルを開発し、行政が助成し、一定の方向に誘導することが必要です。 よく小さな政府といわれておりますが、レッセ・フェールで市場原理に任せているだけでは小さな財政になりません。逆に大きな財政になってしまいます。小さな政府というと、イギリスのサッチャー首相やアメリカのレーガン大統領の時代ですが、かえって財政規模は拡大しました。小さな政府では格差の拡大が起こり、社会保障の必要性が高まり、大きな財政となってしまったわけです。 私はいつも、「小さな政府」ではなく、目指すべきは「小さな財政」だと言っております。これから国民のなかで働く人の比率が低下しますから、働かない人を含めた 1 人当たりの税負担能力が低下します。そのため、1 人当たり財政支出を減らさないとバランスがとれません。増税をして 1 人当たり財政支出を拡大したのでは、破綻の道をたどってしまいます。増税は赤字拡大を招くのです。もっとも技術進歩により、働かない人も含めた 1 人当たり国民所得が横ばいですから、金額でいえば必ずしも 1 人当たり財政支出を減らす必要はありませんが、最大でも横ばいにとどめなければいけません。 また、「福祉」と「社会福祉」も違うのです。福祉はお互い助け合う「相互扶助」です。一方、戦後行われてきたのは、行政システムによる「社会福祉」です。それには役人の数も相当必要で、べらぼうにお金がかかります。それでもこれまでは国民のなかで働く人の比率が増え続けていたから社会福祉ができたのです。 しかし、これからは違います。社会福祉でない新しいシステムを作るべきなのです。ところが、家族、地域といっても昔の共同体は崩れています。何か新たな福祉の仕組みが必要です。 現在、極端に過疎化が進んだ地域で、何とかしないといけないということで、新しい仕組みが生まれつつあります。NPOやNGOなどもその一例です。また例えば島根県境に近い広島県のある集落では、商店がなくなったため、地域協議会が 1 人月1,000円程度の負担で生協を作り、さらには、行政の補助を得てデイケアサービスを行ったり、若者向けの住宅を作るなどして人口が増加している地域があります。このように新しい地域相互扶助システムが各地にすでに誕生しています。 新しい地域システムや福祉システムを作り上げることが重要で、それが実現できれば社会福祉は後退しても、福祉は後退しないのです。また、このようなシステムに対して補助金を出すことは、税金を生かして使うことに他なりません。いかに労働人口が減っていく中で、持続的な社会を築いていくかが問われているのです。 これからは、もっと労働市場を自由にしていくことです。誰もが自分に合った仕事に就けるような労働環境が必要です。終身雇用制度のような就業の選択が一生に 1 回だけではいけません。いろいろな仕事にトライして自分に合った仕事、自分に合った就業形態が選択できるように、労働市場をもっと流動化すべきです。今言われている「再チャレンジ」は非正規雇用の人が正規雇用にチャレンジすることを目指しているようですが、それでは終身雇用制度の延命に過ぎません。雇用形態によって収入が大きく異なることのない賃金制度を作ることが大切です。それによって一人ひとりが持っている才能が引き出されるでしょう。それが産業の高付加価値化につながります。 最後に繰り返しますが、日本にとってはコスト削減、量産でなく、技術開発・商品開発がポイントです。これまでは「作っただけ売る」、すなわち、コストのためにはこれだけの生産量が必要という量産を中心にした発想でしたが、欧米企業のように高付加価値型の商品を「売れるだけ作る」という発想に転換することが必要です。セールスに投入しているリソースを技術開発や製造段階に投入できるのです。そうなれば、もっとゆったりした経営ができるのです。 もうそろそろ日本も後進国モデルから先進国型の経済体制へと企業経営体質を変えないといけません。これこそ日本経済がとるべき新しい道なのです。私は今回の人口減少問題がその大きなきっかけになるだろうし、またチャンスとすべきだと思っております。 主な著書 『「人口減少経済」の新しい公式』(日本経済新聞社、2004)、『人口減少社会の設計』(共著、中公新書、2002) |
[ 160] 人口減少問題を契機に〜
[引用サイト] http://www.heri.or.jp/hyokei/hyokei93/93zinko.htm
