フィルトとは?

ヨーグの行方がわからなくなった後、強引に休暇をとって出て行ったフィルトが平気な顔をして戻ってきたのだから無理ならぬことだった。
出てくるのはほとんど疑問だけで、結果を想像する声は少ない。いや、戻ってきたということはなんらかの収穫があったということだと想像できないわけではない。
しかし、フィルトに好意的な者でもそれはなかなか信じ難いことだったし、ましてやそうでない者であればあまり認めたくないことでもある。
そして、よく見ると出て行ったときには着けていた鎧はない。着ているものも支給品ではなく、どこかで調達したと見られる一般のものだ。顔や手にはあちこち傷を作っていて、何かのトラブルに遭遇してきたのは間違いないと思われた。
フィルトが背負っている長いものだ。白布で巻かれたそれが剣であることは、扱い慣れた者であれば簡単に類推できる。
フィルト自身が大隊長のところへまっすぐ報告に行ってしまっただけに、噂と想像だけが彼らに与えられた情報源だった。フィルトに悪意を持つものもそうでないものも、もどかしい思いをしながら真実が知らされることを望んだ。
フィルトは、今は白い布に巻かれた剣を差し出した。抜き身のまま持ち歩くことはできなかったのでマントを鞘代わりにしたのである。
「ご苦労だった。ヨーグ殿には気の毒なことだったが、そなたが立派に任務を果たしたことを喜んでいると思う。」
フィルトは父からよくキールのことを聞かされていた。ヨーグより年上なのにも関わらずよく彼を助け、副団長に推薦したのも彼だと言う。
どのような思いがキールの胸をよぎったのか、だが、それも一瞬で、キールはフィルトに話を続きを促した。
フィルトは、ミンスの樹海で倒れたこと、そこを樹海の精霊であるミンスナーに助けられたこと、ファルンホッスが樹海に巣くっていたこと、ミンスナーから聖剣を託され、ファルンホッスの力を手にした魔導士や、ファルンホッス自身と戦ったこと、そしてファルンホッスは撃退したもののミンスナーが滅びたことを話した。
アレスターテとティンのことは伏せてある。それが彼らとの約束だった。アレスターテのことに触れればどうしても彼女の存在を公にせざるを得ない。
そうなれば、彼女が魔導士であることがやがて疑われてしまうだろう。教会は彼女を敵とみなして追い詰めることになってしまう。
話の内容は驚くべきことだったが、フィルトが無事に戻ってきたということ自体が既に大変なことであったので、ある程度の大きな話であることは予想していたのである。
かえってフィルトの方が拍子抜けする思いだった。あまりのとっぴな話に、嘘だと言われるかもしれないとも思っていたくらいなのである。
「ごくろうだった。だが、まだ休暇は残っている。宿舎の部屋で休むもよし、もし落ち着けないなら街に出て休むも良いだろう。ただ、行き先だけは連絡しておくように。正式な報告書はその後でいい。」
宿舎ではおそらくフィルトの噂で持ちきりだろう。それを見越したキールの心遣いに感謝して、彼は休暇の残りを街の宿屋で過ごすことにした。
もっとも、宿舎で荷物をまとめる間も周りでひそひそとささやく声が聞こえたが、それはフィルトの心にさざ波を立てることもなかった。
しかし、1キロも進まないうちに馬が口から泡を吹いて倒れ始め、やがて騎士たちも次々に倒れていった。そして騎士たちの肉体はあっという間に腐乱し始め、やがて白骨死体へと変わっていった。
そして残ったのはやがてヨーグだけとなった。ひどい疲労と悪寒にとうとう倒れてしまったとき、ティナイアソンはヨーグと取引し、彼の命と引き換えに自分を封印した。ファルンホッスに見つかるのを避けるため。
召還とは、魔法の中でも少し異なる理屈を使用するものであり、通常の魔法が物理法則に働きかけるのに対し、召還は物質や空間そのものに働きかけるのだという。この違いはフィルトにはよくわからなかったのであるが。
召還は、物理法則に命じて「運ばせる」のではなく、空間に命じて「封印させる」、物質に命じて「現れさせる」という、まったく原理の異なる魔法だと言うことだった。
ティナイアソンは自分の意思を持っており、空間に命じて自分を封印させていた。ティナイアソンが召還によって呼ばれるまで隠れていたのは現世とは違う世界だが、それは精霊や悪霊の属する世界である幻界とも違う別の世界であるらしい。
ヨーグは、聖剣の空間遷移能力については誰にも言わないように言い残し、天へと還っていった。それが聖剣の意思だと。この能力が個人や国家のために使われるのを聖剣は望まないのだと。
それから、フィルトとアレスターテ、ティンは樹海の外れまでいっしょに出た。2日ほどかかったが、瘴気が吹き払われた森は清々しく、来たときとは比べ物にならないくらい快適な旅だった。
彼らにとってはそれは死活問題である。アレスターテのことを教会に知られるのはなんとしても避けなければならないから。
「あれだけ協力してもらったのに申し訳ないな。ミンスナーに助けてもらったことにするよ。だけど、私は君たちのことを決して忘れない。もし、助けが必要ならいつでも言って欲しい。」
その後姿を見ながら、彼らの旅の無事をフィルトは祈った。それは、彼らの旅が波乱に満ちたものになることを予感していたからかもしれない。
あれからキール直々に、フィルトが悪霊を撃退し、ミンスの樹海を解放したことが全騎士団に正式に告げられた。
フィルトが持ち帰った剣がまぎれもなく聖剣ティナイアソンであり、また、ミンスの樹海を覆っていた瘴気が跡形もなく消え去っていることが確認されたためである。
もちろんその悪霊がファルンホッスであることはフィルトの証言に拠るしかなかったのであるが、あの広大な樹海を腐敗させるような魔力の持ち主ならば、まず間違いなくファルンホッスだろうと判断されたのである。
「いや、だからあれはティナイアソンの力があったればこそさ。それに、ファルンホッスが滅んだわけでもないし。」
メイスンが感慨深げに言った。教会が持つ3振りの神秘の剣、それが単なる飾りであると思っている人間も少なくない。現実的な人間なら普通そう思うのだろう。
「俺だってそう思ってたさ。でも、悪霊の攻撃から守ってくれたり、悪霊を傷つけられたことを考えると、実際に退魔の力があるのは疑いない。あの剣の力がなかったら、どうしようもなかったさ。」
聖剣の本当の力「空間遷移能力」については誰にも言うわけにはいかない。また、樹海で出会った少女や少年のことを言うわけにはいかない。正式な報告にどう書くか頭の痛いところである。冒険を共にしたのに栄誉を分かち合えない寂しさや申し訳なさをフィルトは感じた。
「謙遜するなよ。30人がかりでできなかったことを、お前さんがひとりでやったってことを自覚してるか?」
アレスターテやティン、ミンスナーの助力がなければとても達成できることではなかった。ヨーグがティナイアソンを封印していたこと、アレスターテが召還を行えたこと、ミンスナーがファルンホッスの能力を知り、聖剣の能力がそれに対抗できるものであったこと。それらの歯車ががっちりと噛み合った結果がこの度の成果なのである。
「フィルト。ベキオ最高司祭より召喚の沙汰が出ている。明後日朝10時、正装にて大法院前に出頭するべし。」
悪霊を退け、ティナイアソンを持ち帰ったことを知ったら、てっきり喜色満面で飛び出してくるものと思っていたのだ。が、そのような気配が微塵も無い。
なにかはぐらかされたような気がしたが、こういうときのキールに何を聞いても無駄なのは経験上わかっていたので引き下がったのである。
大法院は聖ルモナ神殿を囲む4つの塔のうち、南東に位置した建物のことである。神聖ルモナ教国の法務を司る場所であり、それ故に大法院と呼ばれている。
ちなみに、南西に位置する塔は軍務院、北東に位置する塔は大学院、北西に位置する建物は行政院と呼ばれている。
塔と言ってもこれらは決して狭くは無い。1階あたりの面積は平均1万平方メートル、高さは200メートルを超える。
もっとも、高い階への昇り降りは面倒なので、よく使われるのはせいぜい7、8階までであり、それより高い階は研究のためにこもる学者が使う程度である。
そこには人、人、人。おそらく3万人くらいはいるのではないだろうか。そんなに広いとはいえないルモナ神殿の広場は人で埋まっていた。
そして、そこだけは衛兵たちによって空けられた道をゆっくりと進んだ。案内と警護を兼ねた2人の騎士に引かれた馬は、この歓声にもおとなしくしている。
フィルトは、人々の歓呼に手を挙げて応えた。本当はかなり面映かったのであるが、そこはキールに言い含められた通りに振舞うことにした。
大法院の入り口は半径3mほどのアーチになっており、その前には30m四方くらいの石畳が広がっている。
それは、落ち着いたよく響く声だった。声自体も大きく、広場に集まった端の人まで十分聞こえるものだったが、決して怒鳴るような耳障りな大きさではなく、人々に落ち着きを与える声なのである。
私は常々この国に住む全ての民が危険や苦難から守られることを望んでいる。その意味でも難所として名高いミンスの樹海は、民に危害を与えていたまことに危険な場所であったと言える。
この度、樹海に巣くっていた悪霊を退治し、見事にその難所を解放したのが、我が騎士団に所属する騎士であったということは、我々の誇りである。
ただ、先だって銀河騎士団の副団長であったヨーグ殿と精鋭たちが武運つたなく命を落としたことを忘れてはならない。騎士として国を守るために犠牲になった彼らのことを忘れてはならない。
フィルトはぎょっとした。キールの意味ありげな言葉はこれを意味していたのだ。そして「元」団長のテンド・コースがいなかったのも。
とっさに辞退を申し出ようとしたフィルトだが、このような大群衆の前で決定事項として公表されてしまったものをどうすればよいのだろうか?
否応もない。フィルトはいきなり降りかかったこの昇進にめまいを感じながら、いつ終わるともしれない人々の歓呼に応えた。
格好は兵士を思わせたが、それににしては軽装で、鎧は皮か丈夫な布で作ったもので剣も小さく、盾は持っていないか小型のものを背負っているだけだった。
装備はばらばらだったが、ひとつだけ、濃い紫色をしたマントだけがそろっていた。これだけは綺麗に染め上げられ、この集団に統一感を与えている。
装備が軽いためか通常の軍隊の行進より静かに感じられる。鎧や武器の触れ合う音が少ないのもあるが、話し声もほどんどない。この人数の移動にしては静かで、それが不気味にも感じられる。
だが、行軍の静かさとは裏腹に兵士たちの顔は興奮気味に紅潮していた。これから起こるであろう戦闘が自分たちの未来を切り開くものであることを確信している顔だ。
そして、馬に乗って先頭を進んでいるのは細身の男だった。顔に刻まれたしわと強い意志を持つ眉が威風を放っている。
その目に時折鈍いものが光ることがあったが、誰も気がつきようもなかったし、もし気づいたとしても気にするものはいなかっただろう。
そして、彼らの運命を後押しするかのように、乾いた風が砂ぼこりを立てながら彼らの進む方角へと吹き抜けていった。

[ 97] PurpleHouse〜アレスターテ〜
[引用サイト]  http://www.yk.rim.or.jp/~tsumori/Al010208.html

食事が終わった後、フィルトは自分が見張りをしておくから、と言ってアレスターテとティンに休むよう言った。
フィルトの体を気遣ったふたりだったが、眠くないし、何か起こったら起こすから、と言うフィルトの言葉に承知して横になった。
それ自体はよくある話だったが、フィルトはアレスターテという名前の少女にかすかな違和感を感じていた。
もちろん純粋な信仰からなるものもいるが、巡礼という言葉の持つ清らかなイメージへのあこがれや、また巡礼から尼僧になって得られる様々なメリットが目的でなるものも多い。
しかし、アレスターテにはそういう浮ついたところがなく、むしろ物事を理論的に見ることができ、ものの価値を客観的に判断できる知性が感じられる。
それは訓練しなければできない思考方法であり、普通の農村から出てきた娘に行えるものではない。彼女は、それを意識することなくごく自然に行っているのである。
「すばらしいことだと思います。この世界にあまねく幸福をもたらしてくださる神への祈りに自分を捧げるんですから。」
アレスターテの言葉は自分を客観的に見すぎている。そのような思考法は巡礼にはあまりにも似つかわしくない。
しかし、フィルトは彼女を魔導士だと断定できたにも関わらず、ある疑問がどうしても頭から離れなかった。
積み重ねられた恨みつらみや、いつ収容所送りになるかもしれないという恐怖が心にいつもあるので、精神的な余裕を持てなくなるのである。余裕のない心はすぐ捻じ曲がり、卑屈な姿に変わっていく。
しかし、色々な証拠がアレスターテが魔導士であることを強く主張しているにも関わらず、その翳りの無さだけが彼女を他の魔導士とは決定的に異ならせていた。
もちろん、アレスターテに悩みがなさそうなわけではない。しかし、その悩みが彼女の素直さを損なっていない。
このままいっしょにいると、またアカデミーの追っ手に会うかも知れず、そうなったら自分達がなぜアカデミーに追われているか疑問に思われるだろう。
「はい、僕の剣術は父から習ったものですが、これまで父や兄以外と練習する以外で剣を交えたことがないんです。
ですから、騎士様に僕の腕を評価していただければ、僕がどの程度戦えるのかを知ることができると思いまして。」
ティンが「鍛えて欲しい」ではなく、「評価をして欲しい」と言ったことにフィルトは感心した。この少年はできることをきちんとわかっている。
打ちこんでくるときのスピード、重さ、攻撃からの避け方、払い方、そして防御と攻撃の流れなどを見るためである。
練習とはいえ、本物の剣を使っている。大怪我をしないよう、剣の刃にはカバーをつけているが、それでもまともに打てば骨が折れたり内臓を傷めたりしかねない。でも、これぐらいで腰がひけるようでは話にならないのだ。
しかし、その心配は無用だった。ティンは相手をよく見ていたし、剣自体をそれほど恐れてはいなかったのである。
といっても剣術に必要な駆け引き自体は理解しているようで、基本的にフィルトが繰り出す剣に対してきちんと解答を返してよこしている。
それまで回避していた無用の争いを、好んで力ずくで解決しようとするようになるのである。こうなると本末転倒で、むしろ弱いままのほうがよかったということになる。
ふたりがただの巡礼とその連れであったら、フィルトはティンが弱いままでいることをすすめたかもしれない。
どんなに剣先のフェイントをしても、攻撃のときは足を踏み出さなければならない。足を踏み出すためには腰を落として足をたわめなければならない。本当の攻撃なのか、それとも見せかけなのかを判断するのには相手の腰と足を見るのが一番なんだ。」
「ほらほら、目が相手の下半身ばかり追っているぞ! 相手の剣から完全に目を離してはだめだ。全てを同時に見るつもりで!」
腕のいい者はもちろんそのことを知っているから、そんな隙を作らない。つまり相手の間合いではそんな動作はしない。
「そうだな。そういう単純な方法ももちろん有効だ。速ければ同じ間合いでも勝てるし、力があれば相手の剣を押し切れる。
そういうときは、フェイントを使って相手に隙を作らせるんだ。が、これも経験がいるし、それを教える時間が無い。
非力なものは、度胸で勝負するしかない。軽い小さ目の武器を使い、相手の間合いのその内側に飛び込むんだ。
どんな鎧にも継ぎ目がある。継ぎ目の多くは関節だ。関節には重要な血管や神経が集まっているし、筋肉も薄いから攻撃すれば相手の戦闘能力を奪える。
相手の間合いには決して入らず、相手が攻撃しようとした瞬間に飛び込む。そして、成功しても失敗してさっさと離れる。これを繰り返すだけでもかなりいけるはずだ。」
「切る、突く、受ける、流す、などの基本形は十分こなしているようだが、君の場合はまともに受けると不利になってしまう。筋力と体重が足りないからな。必ず避けるか流すかしてさっさと相手の間合いから離れるんだぞ。」
彼女の前だからって、かっこよく戦おうだなんて思うなよ。戦わないのが最上だということを、決して忘れるな。」
ティンはうなずいた。戦うことを避けることは彼の望みでもあったから、その忠告は素直に聞くことができる。
だが、フィルトにはそんなティンの様子が逆に危なっかしく感じられた。普通は強くなって無鉄砲になるほうを恐れるのであるが、今回はその逆だ。
ティンの、戦いを避ける姿勢は優しさから来ている。彼の優しさは美徳ではあるが、それはアレスターテを護るという彼の目的の障害になる恐れがある。
アレスターテも、なるべくグライシュに大怪我をさせないようにしたが、それが成功したのは偶然に近い幸運に他ならない。
ティンは魔法についてあまりよく知らないが、アレスターテの魔法の力はグライシュよりかなり弱いようだった。グライシュは何かに驚いたためにアレスターテの魔法を避けられなかったのである。
ましてや、あのグライシュの性格からすると、彼を打ちのめしたアレスターテも、そしてそれを見ていたティンも決して許すまい。
またあのグライシュが襲ってきたとき、その実力があるかどうかはともかくとして、アレスターテを守るために彼を殺すことができるだろうか?
「ティン、今からあれこれ悩んでもしょうがない。そのときが来たらそのときに判断するしかない。とりあえずさっき言ったことを忘れなければいい。」
ティンが背負わなければならないものが、アレスターテに負担にならないようにという気遣いだと気がついて、ティンは感謝した。
あれから、念話でカンの街にいるアカデミーのアジトから魔導士を呼び寄せた。念話と言うのは魔法を使って遠距離にいる人間と話をする方法である。
そして、捕まえられればよし。もし逃げられても樹海の中に追い込んでここで落ち合うことにしていたのである。
どうやら樹海の中に追い込んだのは確かなようで、アカデミーで使う目印がさりげなくそのことを主張している。
多少魔法が達者とはいえ、小娘ひとりに10人では多すぎるぐらいである。さっさと戻ってきてよさそうなものだった。
鳥の鳴く声も、葉ずれの音もない。虫もいない。ただ、むっとする濃厚な大気と何かしら不安にさせる澱んだ水の匂い。
中からは若いままの白い生木が見えているが、表面はぬめぬめと光ってまるで陶器か飴細工のように見える。
もちろんこの樹海にそんなものがあるわけもなく、立ち木から腐り落ちてきたばかりの枝なのだろう。それを『腐った』と呼んでいいのなら。
(そんなはずはない! あの小娘だってアカデミーの魔導士だ。このような人間を腐らせてしまうような魔法を知っているわけがない。)
強力な炎を使えば、あるいは人間を骨だけにしてしまえるかもしれないが、その場合、服だけが残っていることの説明がつかない。また、骨は白っぽくなるはずである。
それに、その頭の先には1mはあろうかというこれまた真っ黒な角が前方へと突き出していた。それは、おとぎばなしに出てくるユニコーンを思わせる。
「お前の卑屈な心、嫉妬、それゆえの強い憧憬。そして、自分以外のものを踏みにじることによってしか得られない幸福。実に心地よい。」
グライシュとてバカではない。と、いうより小心者であるが故に、自分の損得を極めて現実的に計算できる。
依り代となるというのは、即ち自分の体をこれに貸すということである。魔物が、この世界で力を振るうためによく使う手である。
究極の魔力とやらがどれだけのものにしろ、それを使う自分が自分で無くなってしまっては意味が無い。すべての欲望は、自分を満足させるためにあるのだから。
このまま誰にも見つけられることなく、永久にこの森の中に屍をさらすのだろう。自分の死んだ理由も知らずに。
ティンが追いかけて止めようとしたが、アレスターテの足は以外にしっかりとしてしかも早く、どんどん奥へと分け入っていく。
その信者は、数々の苦行をこなしたのであるが、まるで苦痛をまったく感じていないかのようだったのだ。その時の表情によく似ている。
何が起こったのかわからないまま後を追って水に入ったふたりだったが、こちらはそのまま水につかってしまった。あっという間に深さが増してきて、泳がずに進むことはできない。
しかし服が水を吸っているせいもあってあまりスピードが上がらない。水の上をすたすたと歩いていくアレスターテに離されないようにするのがやっとだった。
その頃になるとティンにもそれが女性の人影であるのがはっきり見えてきた。フィルトの言った通り、光るものを抱いている。
やがてアレスターテの足は再び地面を踏んだ。遠くからでは分からなかったが中央はちょっとした浅瀬になっており、そこらじゅうに岩が顔を出している。
そして、フィルトがティンのところまで追いついてきた。剣を抱えて泳いで追いついてきたのだからすごいものである。
そう言った女性は、体がうっすらと透けていた。そして、彼女が抱えてる丸いものだけでなく、彼女自身もうっすらと光を放っていた。
わけがわからずに混乱しているアレスターテに、ティンが顛末をかいつまんで話し、その間にフィルトはその女性に話しかけた。
神聖革命後生まれのティンはよく知らないのだが、それまでは、ありとあらゆる物に精霊が宿るということがあたりまえのように信じられていた。
そして、ある程度大きな森や湖には力のある精霊が棲んでいるとされ、精霊の名前を取って地名がつけられることも多かった。
樹海で死んだ人は天には昇れず、ファルンホッスの糧にされてしまいます。私はその魂をファルンホッスの元に行かないようにこの珠に閉じ込めているのです。しかしファルンホッスの誘惑は強力で、魂はこの珠からもすぐ出て行こうとします。」
「今のこの森は瘴気に満ちています。普通の人間が入ってこようものなら、10分もしないうちに死んでしまうはずなのですが。」
ミンスナーの勧めにしたがって、一行はこの島で休むことにした。残してきた荷物のことが少し気になったが、夜明けを待ったほうがいいだろうというフィルトの意見に従うことになった。どの道この森には荷物に手を出すような動物は生息できないのだ。
「汝の体の組成を変えているのだ。汝の体を構成する非常に多くの単位を、我の魔力の蓄積に耐えられるようにしなければならぬ。いましばらくの辛抱だ。」

[ 98] PurpleHouse〜アレスターテ〜
[引用サイト]  http://www.yk.rim.or.jp/~tsumori/Al010202.html



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