座談とは?

金瓊元(キム・ギョンウォン)社会科学院長(元駐米大使)と鄭鍾旭(チョン・ジョンウク)亜洲(アジュ)大学教授(元駐中大使)の対談を通じ、今協議の意味を整理してみた。
金瓊元院長=「議長総括」という外交的結論は、「共同声明」や「合意文」より低いレベルのものだ。93年と94年の核危機時は、国連安全保障理事会で各国の意見が歩み寄らず、全体声明の発表が不可能になると、「議長声明」の形を取っていた。
鄭鍾旭教授=結局、最も低い期待水準の結果が導き出されたものと受け取れる。参加国が共同で「オーケー」を出す、強いコンセンサス(合意)が欠けている。
金院長=ひとまず、6カ国協議が実現されたこと自体は評価できる。多国間協議に反対してきた北朝鮮が、それなりに譲歩したと言える。
鄭=結果はわれわれの予想通りだ。初の協議は協議そのものに意味があるということだ。協議を引き続き行うことでモーメンタムを維持することにしたこと程度が有意義と言える点から、それ程高く評価することはできない。探索のための探索とでも言おうか。
金=北朝鮮核問題をどのように処理するかについて、米国の最終的な立場が定められたのかどうかは確かでない。最大ラインとしては北朝鮮体制の転換、民主化を考えることだろうし、最低ラインは少なくとも核兵器を保有することだけは自制してほしいと考えている。
昨年、濃縮ウランによる核開発問題が浮上した時、北朝鮮に対する軍事的攻撃という話もあったが、今ではかなり治まった。
鄭=米朝は今回の協議で、過去の立場を繰り返した以外には、新たな進展はみられなかったと思う。北朝鮮の態度次第で米国の強硬な立場が変わらないとは限らないが、今のところではそれ程変わっていないようだ。
しかし、ブッシュ大統領は北朝鮮問題に対しややのんびりしている感がある。北朝鮮核問題は根本的に北朝鮮の体制と結びついているため、北朝鮮体制の変化こそが究極的な北朝鮮核問題の解決に直結すると考えているようだ。
金=北朝鮮が協議で、「核保有宣言」、「核実験」などを取り上げたのは、自国の核能力がかなりの水準まで到達していると断言してこそ、発言権が生じると判断したためだ。
また、北朝鮮が強硬な姿勢を取れば取る程、韓米関係に大きな負担を与えられるという側面もある。韓米関係を切り離せるものなら、北朝鮮は引き続き強硬姿勢を示すはずだ。
鄭=初協議から核保有宣言などを言及したのは、最初から自分たちに有利なムードの中、協議を進めようとする意図と分析される。しかし、このような意図はうまく行かないだろう。有利なムードを作るための特有の脅迫戦術なのだろう。米国もこのような観点から、余裕を持って対応しているのではないかと思う。
金=今回の協議では中国の役割が大きかった。中国が先頭に立ったのは、まず中国の指導体制の交代があったためだ。そして、もうひとつは、北朝鮮に対する中国の考えが大きく変わりつつあるということだ。中国は、北朝鮮をもどかしいと思っているようだ。
「それほど話したにもかかわらず、なぜ経済改革を行わないのか」、「国際的な常識から外れた行動を取って、人を困らせている」、「(脱北者問題で)自国民すら統治できず、国際的に中国のイメージを傷つけている」などと考えているようだ。また、「韓国は反中国的ではない」とも考えるようにもなったようだ。
鄭=「米国との協力を基盤に、国際社会で主導的な役割を果たす」という中国指導部の態度変化が、今回の6カ国協議でも如実に表れた。胡錦濤・中国国家主席も、「北朝鮮核問題をこれ以上中国の負担として残してはならない」と強く考えているように見える。
金=ロシアの場合、基本的には協議に出席すること自体に関心がある(笑い)。私は協議の開催前、今回の協議が開かれることになれば、その事実を一番先にマスコミに流す国はロシアだろうと話した。その通りだった。彼らの関心事はマスコミに登場することだ。
鄭=ロシアはよく言えば「煽り役」、悪い言い方をすれば「邪魔者」だ(笑い)。ロシアは、何があっても北東アジアの新しい秩序の形成に参加しようとするはずだ。
日本の場合、国内政治的に小泉首相が自分の人気のため、北朝鮮問題を利用しようとしているうえ、拉致問題を考えれば強硬な対応を取るほかない。
また、米国と役割分担をする可能性もある。協議の序盤、米国は余裕な姿勢を取り、日本の方が強硬に出たり、経済支援部分と関連して日本が“えさ”で北朝鮮を誘引することもあり得る。
金=(日本に対しては)私も同じ考えだ。国内の政治的要素も重要で、日本からすれば、自国の国民が拉致されたのに我慢することはできない。日本が強硬な姿勢を取っているのは十分理解できる。
(鄭教授が「そうですね」と同意すると)事実、韓国の姿勢には相当問題がある。韓国は「参加しなくてもいい」と発言した。基本発想から変えなければならない。他国の会議ではなく、われわれが行う会議だと認識する必要がある。4強が集まった席でどのような役割を行うべきか。どのようなビジョンでこの問題を扱うべきかを考えなければならない。
鄭=今進められている交渉では米国と北朝鮮が主役になるしかない。韓国の役割が最初から制限的なものになるのは仕方ない。
韓国が憂慮すべきことは、北朝鮮が対米圧力の手段として韓国を利用する状況に陥るかも知れないということだ。会談の推進力を維持する枠内で韓米日3カ国の協調体制を維持しなければならない。
金=米国と北朝鮮の間で仲裁役を果たすような印象を与えるのはプラスにならない。米国とはあくまでも同盟関係にあり、北朝鮮とはまだ平和体制が整っていない状態だ。
特に北朝鮮はこれまで韓国と約束していた非核化宣言や基本合意書などを違反した。中途半端な姿勢を取るのではなく、韓国が主張すべきことを明確にすることだ。
鄭=中間で互いの立場を伝えるメッセンジャーの役割を果す時は、慎重にならなければならない。北朝鮮が韓国を別途に呼び、会おうとしているのは、米国の立場を把握するためではなく、他の目的があるのではないかということも考えねばならない。一歩間違えれば、韓米関係を離間する結果になりかねない。
金=とにかく、今回の6カ国協議という多国間体制を上手く活用しなければならない。欧州は19世紀に作られた欧州協調体制をこれまで北大西洋条約機構(NATO)や欧州連合の形で上手く受け継いでいる。
反面、アジアは中国中心の朝貢関係だけだった。今回の機会を上手く生かせば、北朝鮮核問題を越え、真の意味での韓半島平和体制、東北アジア全体の力のバランスの安定化問題など、東北アジアの平和体制へと発展させることができるのではないか、と考える。
鄭=今回は「多国+2国」という妙な形だった。多国間協議は核問題だけでなく、今後、必然的に直面する東北アジアの新たな平和秩序構築の極めて重要な契機になるのではないかと考える。
6カ国協議は極めて長期化するだろうという展望が多い。北朝鮮が事態を悪化させる瀬戸際戦術を展開する可能性もある。徹底した準備が必要だ。楽観的な展望だけでは、突発的な情況に充分対処できないためだ。

[ 137] 【6カ国協議】専門家の座談 | Chosun Online | 朝鮮日報
[引用サイト]  http://www.chosunonline.com/article/20030829000062

午前中に国道1号線で豊橋に向かい、会社の持株会で得たタンス株券を証券会社に預け、久しぶりに寄った精文館で山関係の本を立ち読み。その中で、山溪の『ROCK&SNOW』2005冬号に、美濃・瓢ヶ岳の岩場が新しいボルダーエリアとして紹介されていたのが目にとまる。ここは17年ほど前、岐阜に住んでいた頃に初めてクライミングというものに触れた場所です。その日は1本も登れなかったのですが、クライミングの魅力を十分認識しました。
豊橋の駅ビルであるカルミアの「藩」という釜飯屋で「北海釜飯」(\997)を食べてから葦毛湿原に向かいました。
葦毛湿原の駐車場には車が数台。葦毛湿原の入口あたりで一人の男性に会う。座談山から富士山が見えたという。湿原に入ると、誰もいない。どうやら車の人たちは今の時期見るべきものがない湿原ではなく、座談山などに登っている人たちのようだ。湿原には雪がわずかに残っていた。
湿原を出て登山道を登る。すぐにフリースを脱ぐ。たまに人にすれ違う。平日なので、団体はおらず、単独がほとんどで、一息峠で、1組のみ女性の二人連れと会った。
今日は、気になっていたルートをトレースするつもりである。主稜線に出る手前の階段下から左に延びるトラヴァース道(「横道」と呼ぶことにする)に入る。この季節だからだろう、踏み跡ははっきりしている。ただ、道幅は狭く、若干谷側に傾斜しているので、多少の注意は要る。
この横道はどこまで続いているのだろうか。ほとんど水平に山腹を通っている。10月にTV中継所のピークから北に下っていく踏み跡があったのを覚えている。ここに出られるだろうか。しかし、それらしき分岐は見つけられず、どんどん進む。そして右に大きく巻いていく箇所となる。座談山を巻いているのだろうか。座談山と舟形山との鞍部が十字路になっていたのを思いだす。そこに出られそうである。
そしてその予想通り、見覚えのある十字路に出た。今日はあまり欲張らず、ピークは座談山のみとして帰ることにする。分岐を右に折れて座談山へ登る。道端には雪がところどころに残っている。
座談山から振り返り見ると、富士山が見えた。ただ、あまりくっきりしておらず、しかも黒っぽく見える。10月に白く雪化粧していた富士山が2ヶ月後に黒くなるなんてあり得ない。くっきり見えないためか、光線の加減か、それにしても黒い。ところがたまたま翌日見たテレビで、今の富士山にはほとんど雪がないのだという。あの黒い富士山は目の錯覚でも何でもなかったのだ。
TV中継所のピークには誰もいない。誰もいないのは初めてのような気がする。ゆっくり展望を楽しむ。南に見えるのは立岩だろうか、裏側から見る立岩は地味だが、切り立った感じはかろうじてある。
葦毛湿原へは奥の左側(西側)から入り、そのまま真っ直ぐ木道を進み抜け出る。家族連れが遊びに来ていた。駐車場へも一部ショートカットの踏み跡を通る。
ウメモドキ(実)、ヒサカキ(実)、イズセンリョウ(実)、カクレミノ(葉)、ヒイラギ(葉)、ヤブコウジ(実)、サルトリイバラ(実)、コウヤボウキ(実)、イワタカンアオイ(花)、キセルアザミ(実)
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[ 138] Wander-座談山
[引用サイト]  http://wandermountain.fc2web.com/zadan.html

神石山(かみいしやま) 324.67m 一等三角点 点名:神石山 所在地:静岡県湖西市大字太田字疣沢633番地の1
国道1号線で豊橋に向かい、途中でサンクスに寄る。葦毛湿原に向かっているつもりがちょっと場所を間違えて北に行き過ぎた。南下し、葦毛湿原へ。相変わらず駐車車両が多い。天気は見事な晴。天気予報など見もしないで来たが、これから天気が下り坂になるなどとは想像もしなかった。
今回はどこか別ルートから稜線に登りたいと思っているので、湿原入口から左へ行かず、右の幅広の歩道を行く。近くにいた女性が途中まで同行してほしいという。話を聞くとこの奥にドングリがあると聞いてその殻を拾いに行くのだという。そのドングリの殻を加工してブローチを作るそうである。それを教えてもらうためにまずは材料を採取したいのだそうだ。そしてその場所に行くとそれらしい木があった。そして私がその根元付近でちょっと大きめで平たい殻を見つけて手渡す。どうやら目的の殻は既に他所で手に入れていたものと同じだったようで、結果的には無駄足だったようでした。
湿原に入ると一人で写真を撮っている男性がいた。飯田から初めて葦毛湿原に来たという。豊橋はさすがに暖かいと言っていた。飯田は朝晩5℃程度で、そろそろ紅葉の頃だという。目の前のキクの名前を聞くとスイランだと教えてくれた。
木道に横たわってミミカキグサなどの写真も撮っておく。さすがに葦毛湿原にはまだ花がいくつも咲いていて、なかなか歩が進まない。
湿原を出て、右奥へ行くと、踏み跡があり、それをたどって登っていく。地形図に載っている破線を辿っているのだろうか。結構はっきりした踏み跡である。
そして踏み跡はT字分岐に出て、右か左にしか踏み跡がない。もちろん左に行く。稜線も近いようで、右前方が明るい。しかし、その踏み跡はずっと水平に延びていて稜線には出ない。くもの巣もところどころにあり、途中から木の枝を前に振りかざして歩く。しかし踏み跡はしっかりしている。稜線はどんどん遠ざかっているようにも思える。
しばらく行くと踏み跡の分岐があり、上に向かう。さらに水平に延びる踏み跡に出るが、少し左に行って、また上に延びる踏み跡に入る。するとようやく稜線に出ることができた。もう葦毛湿原からの一般道からの分岐もそれほど遠くないと予想される。清涼飲料水を一口飲む。
花はコウヤボウキしかない。そして279m地点と思われる場所に着く。豊橋自然歩道の道標にある番号は「ホ51」。地下には豊川用水東部幹線が通っている場所である。右前方に方向を変えて下っていくとアサギマダラが舞っていた。そして一人の男性に会う。こちらに向かうとなるとどこまで行くのだろうと聞くと少し先まで行って戻ってくるのだという。私がカメラを持っているのを見てか、何かいいものはあったか、と聞いてきたが、山には前述にようにコウヤボウキしか咲いていない。その男性は、いつもは大きなカメラを持って歩いているが、今日は重たいカメラは無しで繭を探しているのだという。いろいろな種類の繭で妻が織物を作っているのだという。
そして下ったところが葦毛湿原からの一般道分岐だった。親子だろうか女性二人がいた。あまり山慣れていないようで、一人は息を切らしていた。私が下ってきたので、そちらには山頂があるのか、と聞かれたが、山頂らしいものはない。
座談山方面へ登るとすぐに展望のいい場所があった。過去に2回、来たことがあるはずだけど、全く記憶にない。弓張山脈の南端方面を挟んで右に豊橋の市街と三河湾、左に湖西の市街と浜名湖が展望できる。
TV中継所の展望のいい場所はやはり他のグループが昼食中。天気は知らない間に悪くなっている。風も強い。浜松の小学校ではこの日、突風で運動会の2張のテントが倒れてけが人が出たというニュースもあった。このとき、浜松では平均7m、瞬間最大16.6mの風が吹いていたという。この先、どこまで行こうか。ここから引き返そうか。でも、別に急いで下山する必要もない。とりあえずは船形山まで行くことにする。
中継所の次のピークには中部電力の送電線鉄塔がある。最初、もう船形山かと思ったが、地形図を見て、ここが座談山だと気づく。中継所のピークと座談山は別なのだ。そんなことも忘れていた。送電線に風があたって音はうるさい。ここにも家族連れなど人がいて、「見えなくなってきた」、という会話が聞こえた。何のことだろうと周りを見ると、富士山が見えた。黒い雲が頭上を覆っているが、富士山はまだしっかり見えた。そして山頂付近は白く冠雪していた。富士山を見るのは9月19日の乾徳山以来だが、雪を被った富士は今シーズン初めて見た。
1枚目:座談山から神石山(中央の形のいい山)と船形山(手前の鉄塔のあるピーク)を見る。右奥には浜名湖も。
座談山北方直下の小さなコル。稜線の登山道はそこそこしっかりしているものの座談山以南ほど立派ではない。
船形山には展望がない。ここにも鉄塔が建っているが、一段窪んだ平らなところに立っている。ひょっとして、この四角い平らな場所が船形山城が建っていたところなのだろうか。でもこんなにはっきり形が残っているものだろうか、やはり単に鉄塔を建てるための平地か。少なくとも本丸址ではないようだ。説明書きには本丸址は約600平方メートルだと書かれていた。
普門寺峠でおにぎりを一つ食べて、神石山へ。結局、引き返すきっかけもなく、ここまで来た。ここでも展望のよい場所には何組かのグループが陣取って昼食中であった。私は一人で反対側(愛知県側)の端に座って昼食をとった。近くに咲いていたのはチャノキ?
復路はゆっくり写真を撮りながら歩く。船形山では鉄塔の周りをぐるっと回ってみる。すると一段下にも平らな場所が少しあるのに気づいた。ここにも何か建っていたのだろうか。しかしいずれにしても広いスペースではない。
座談山には女性二人連れが一組のみ。富士山は意外にもまだ見えていた。中継所では父と娘と思われる二人が記念写真を撮っていた。
葦毛湿原への下り口からは素直に登山道を下る。そして葦毛湿原が近づく頃にはついに雨がぱらついてきた。しかし大したことはない。悪天のためか人影もまばらになった葦毛湿原をぐるっと回る。
自宅に着いたのは気にしていなかったものの、ちょうど菊花賞出走の直前。シンボリルドルフ以来21年ぶり2頭目のクラシックレース(皐月賞・ダービー・菊花賞)無敗三冠を達成したディープインパクトの走りをリアルタイムで見ることができた。ただ前日に買った馬券は倍率1.0倍のディープインパクト単勝など買うはずもなく、見事外れましたが。
ツユクサ、スイラン、イワショウブ、シラタマホシクサ、ヤマラッキョウ(蕾)、ホザキノミミカキグサ、ミミカキグサ、サワシロギク、サワヒヨドリ、マアザミ(キセルアザミ)、スズカアザミ、ヌマダイコン、コウヤボウキ、モチツツジ、ツクシハギ、ノコンギク、カタバミ、イヌタデ?、イヌツゲ(実)、クロミノニシゴリ(実)、ウメモドキ(実)、ミゾソバ(蕾)、チャノキ?
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[ 139] Wander-座談山・神石山
[引用サイト]  http://wandermountain.fc2web.com/zadankamiishi.html



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