笑うとは?
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前回、大負けしてしまった内村さんが107万円自腹を切ってお買い物した、内村さん曰くお洒落な私服を着て登場します!超必見ですよ! 視聴者の声はフジテレビとしても大切にしていきたいと思いますので、ぜひ視聴者センターやHPのフジテレビへの声のところやまたは直接編成,制作あてにメール、お手紙など発信していただきたいと思います。 大晦日は時の流れをテーマにした番組です。笑う犬の5年を題材にとって一年一年を大切に生きてゆきたいというメッセージを発信するつもりです。1998年あなたは何をしていましたか。20世紀と21世紀にまたがるこの5年皆さんはどう変わりましたか。そして笑う犬はどう変わったのでしょうか。 振り返ると日曜日という大通りで戦ってきたことはコントという地味なジャンルにとっては大変でした。時間の経過とともにマンネリとなるコントの特性。 それでタイトルを変えてチャレンジすることで視聴率を維持してきたのでした。実は何度も危機を乗り越えてきたなあというのが5年分の資料を見ての感想です。 生活1年、冒険2年、発見1年、情熱1年という歩みでした。太陽は3ヶ月で終わりです。本当は散歩というタイトルにしたかったのですが、 やっぱりチャップリンのあの犬の生活の悲しい犬のように雨に打たれ打ち捨てられることになってしまいました。でもそれも自由に生きることだよとチャップリンが教えてくれているようです。浮浪者と犬は死ぬのではなくて新たに旅に出るのではないでしょうか。 過去のVTRやほかの人の作ったものを編集して流すだけではテレビは滅びてしまいます。トークですらタレントのねたを食いつぶしているという見方もありますよね。 やはりコントという形式はテレビにとってとても大切なやり方だと思います。出演者の皆さんに対してはなんのリスペクトもない申し訳ない終わり方になってしまいましたが、 最終収録が終わりました・・もう少し前から準備できていてばみなさんの希望でコントとか出来たのになあと思います。残念です。ただ5年間を振り返ったエンディングトークは爆笑でした。あんなに明るい最終回も珍しいです。 残念ながら笑う犬は年内で終了の決定がなされています。いきさつやスタッフの気持ち出演者からのメッセージは今後UPします。 いずれにしても視聴率の不振は否定できません。曜日変更も痛手でした。しかし現場はあと2回、多くの人に見てもらえるものを目指すしかありません。笑う犬の思いとは遠いところでこのような結果になってしまいました。 ラーメン特集の店の名前は忘れてもあのころ小須田部長でわらったなあと覚えていてもらいたかったからです。 人間の思いが面白い物を作り出してゆくのであって熱のないところには何も生まれないのだということをフジテレビの番組にかかわるすべての者が知ったと思うのです。 |
[ 18] 笑う犬の太陽
[引用サイト] http://www.fujitv.co.jp/warauinu/index2.html
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笑う犬(わらういぬ)とは、フジテレビが放送した1998年から始まった「笑う犬の生活」から、2003年の「笑う犬の太陽」までのテレビ番組(バラエティ番組)の略称(総称)で、ここではそれら全ての番組を取り扱う。 日本バラエティ史に残る数々のコントを生み出した。 1998年10月、ウッチャンナンチャンの内村光良の「純粋コント番組を作りたい」の一言で始まった番組が、「笑う犬の生活-YARANEVA!!-」。「純粋コント番組」というコンセプトのためか、ロゴも『笑う』が大きく表示され下に小さく「犬の生活」さらに小さくその下に「-YARANEVA!!-」が付いていた。 2000年12月31日フジテレビ大晦日特番での内村と志村けんの対談で、内村は「5,6年前自分と志村は一度飲み屋(スターバー)で偶然会い、その時志村に言われた『あなたはコントで出てきたんだから、コントを続けなさい』という言葉を胸に「笑う犬」を立ち上げた。」と番組制作のきっかけを明かしている。しかし志村は「自分はその時、既に泥酔状態だったので自分の言った事を覚えていない」と返したため、内村は倒れこんでしまった。 タイトルの『笑う犬の生活』は座長内村の敬愛するチャーリー・チャップリンの『犬の生活』から。 (小須田部長のコントが飼い犬の悲哀ならこれは野良犬の悲哀。1918年/アメリカ映画) サブタイトルの「YARANEVA!!」は以前ウッチャンナンチャンが同じフジテレビでやっていた番組『ウッチャンナンチャンのやるならやらねば』から。不慮の事故で終わってしまったこの番組への想いがあり、内村の相方・南原清隆に許可を貰って付けられていた。 「笑う犬の生活-YARANEVA!!-」のメンバーは、内村、まだ若手だったネプチューンの3人、オセロの中島知子と、女優の遠山景織子。(これを聞いた内村は男性4人と女性2人だと夢で逢えたらと比較されるとかなり意識した。)内村の相方・南原は「自分はメンバーに内緒で番組のマスコットキャラクター・青い犬の着ぐるみに入って初回から参加していた」とコメントしたことがあるが、冗談なのか真実なのかは不明。 番組のマスコットキャラクター・青い犬の息子が現在フジテレビのマスコットキャラクターのラフくんである。 当初のエンディング曲は、宇多田ヒカルのデビュー曲「Automatic」。コントで中島がプロモーションビデオのパロディを演じたこともある。なお、オープニング曲であるショッキング・ブルーの「Venus」はシリーズを超えて使用されていた。 エンディングで内村が、この番組の次に放送される「ニュースJAPAN」のキャスター(当時)、安藤優子に扮してミニコントをし、話題に。この「安藤さん」が終わった後すぐに「ニュースJAPAN」の生予告に接続されるため、いわゆる「一方的なコラボレーション」であった。安藤も報道フロアのモニターからそれを見ていて必死に笑いを堪えており、それがきっかけで二人は親しくなった(「安藤が怒っている」と聞いた内村が、「安藤さんのモノマネを止めようかな…」と、番組内で発言した際、安藤がゲストとして突如出演。「私、あんな変な顔してますか?」とツッコんではいたが、モノマネを楽しんでいる様子だった。そこから交流が始まり、「笑っていいとも!」のテレフォンショッキングに出演した際には互いに花を贈り合っていた。)。 稀に「ニュースJAPAN」の方に大物政治家がゲストとして出演した際、「安藤さん」の後の微妙な空気の中でゲストの政治家が映し出される場面も見られるなど、ハプニング性のあるコーナーであった。 このスタイルは放送時間が移動し、笑う犬の発見にリニューアルした際、エンディング時に後番組の「発掘!あるある大事典」のパロディーを行った点に引き継がれているが、同番組の予告は事前収録のため、各回のハプニング性では本家に及ばなかった。 夜11時からの深夜番組でありながら高視聴率をたたき出し、1999年6月にはゴールデンタイムでのスペシャルが放送された。この際は、ゲストとしてエンディング担当の宇多田ヒカルが青い犬の着ぐるみを着て登場。当時は人気が社会現象化しメディア露出が稀だったため話題となった。この時は堀内健が着ぐるみの中身を知らずにドロップキックなどをしたため、内村が必死でフォローしていた。 1999年10月に異例の速さで日曜夜8時のゴールデンタイムへ進出、番組タイトルが「生活」から「冒険」に変わる。バレーボールワールドカップの為、スタートが11月にずれ込んだ。 「笑う犬の冒険」初回は2時間スペシャルで、新メンバーとして南原、ビビるが加わった。なお、南原のレギュラー入りは視聴者から反対の投書が多く寄せられた。 オープニングシーンでレギュラー登場の際のメンバー紹介役として谷啓も参加、バックダンサーは当時3人だったEE JUMP。「生活」時代からのキャラに加え、新メンバーとの新作コントも人気を生んだ。「冒険」時代が一番の安定期であった。2000年1月9日にNHK大河ドラマ『葵徳川三代』の 初回と同じ時間に特番を放送し、大河ドラマに視聴率で競り勝った経緯がある。 2000年3月に番組出演者・スタッフの不祥事により、同年5月まで当時筆頭スポンサーだったP&Gを含め表向きスポンサーなしの状況があった。 番組が、以前「ダウンタウンのごっつええ感じ」が放送されていた枠に移ると決まった時、座長内村は「やっぱ、ごっつの後をやるなら松ちゃん(ダウンタウン松本人志)に一言聞きたい。聞いて、そういうのがOKだったら僕はやれるけど、そうじゃないとやっぱ出来ない」と最後まで反対していた。しかし松本は、「いや・・・それは全然・・・かまへんのんちゃうん?」と言ったため、晴れて日曜夜8時に『笑う犬の冒険』が始まった。 2001年4月に遠山の出産による卒業とともにメンバーを大幅増員。土田晃之・与座嘉秋・杉崎政宏・ベッキー・松尾れい子・大谷みつほが加わる。 この辺りから、番組当初の概念が少しずつ変化。コント作品の『量より質』を重視するためコントを減らし、「機関車ナーマス」が打ち切りになった。代わりに「ニコニコプンスカハムえもん」や「ホリケン★サイズ」などのコーナーが誕生。 座長内村は『作り込んだコントが好き』『作るならちゃんと作りたい』と望んでいたが、「発見」後半の2002年にはバラエティとドラマでレギュラー7本。笑う犬にも殆ど参加出来ない回があった。当時ゲッソリ痩せ、かなり多忙だったと思われ、ドラマ共演者からは『いつ寝ていつセリフを覚えているのか?』と言われていた。 2002年10月「笑う犬の情熱」にタイトルが変更。内村は当初、「笑う犬の出産」というタイトルを考えていた。 開始当初はコントは生活・冒険、ゲームコーナーは発見のスタイルと過去の笑う犬シリーズの集大成といえる要素が多かったが、生活・冒険のころのようにキャラクターが定着せず、視聴率もしだいに下降していった。 ちなみにこのころワンナイR&R・ココリコミラクルタイプ・はねるのトびらといったコント番組が同時期に放送されており、時事ネタに関してもそれらの番組より劣っていた。 2003年10月 幾たびのリニューアルを経て、日曜から火曜日に「笑う犬の太陽」として放送日が移動。当初は「笑う犬の散歩」というタイトルを考えていたらしい。しかし、各局共バラエティ時間帯の枠であり、特に裏番組に『NHK歌謡コンサート』(NHK総合テレビ)や『学校へ行こう!』(TBS)、『踊る!さんま御殿!!』(日本テレビ)といった強力な人気番組があったため、すでに落ち始めていた視聴率は更に低迷を続けた。局内を歩く芸能人の私服チェックをするコーナーを放送するなど、笑う犬シリーズの特色はかなり失われていた。視聴率の低迷のほかにワールドカップバレーボール2003やスペシャル番組の乱発で、僅か放送7回で「-太陽」は打ち切りとなり、2003年12月、『笑う犬』の全シリーズが放送終了。 「太陽」終了後は笑う犬シリーズレギュラーのメンバーを中心とした単発のコント番組が数本放送されている。 ゴールデン昇格を記念して3週にわたって「笑う犬のアーリータイムス」と銘打った総集編も放送されていた。 2005年11月3日より、「笑う犬の生活-YARANEVA-」がフジテレビ721で再放送されている。 そして、2006年10月10日より、「笑う犬の冒険-SILLY GO LUCKY!-」がフジテレビ721で再放送される。2007年10月23日分からは出演者の不祥事により、オープニングをカットし、ノンストップでコントを放送する体になった。 但し、人気コントだった「ザ・センターマン」は編集によりカットされている。(ザ・センターマンが再放送されていないのに、再放送第13回前半最後のコント「TRAFFIC JAM CAFE」が流れた後で「笑う犬で音楽コントといえばセンターマン」と内村が発言する場面が編集されずにそのまま放送されるという矛盾が生じている、またエンディングでのメンバー同士でのフリートークでもセンターマン関連の話題が出ている回が存在するが、こちらも修正が全く加えられていないという矛盾点が見られる)。「ザ・センターマン」がカットされている理由として、コント中に使用されていた楽曲と、当時「センターガールズ」として出演していた女性が着ていたレオタードとダンスの振り付けが、笑う犬シリーズ終了後に不祥事を起こした影響で一時CM活動を自粛していた「武富士」と同社のイメージキャラクターで、現在はTVCMから撤退後、WEB配信に移行した「武富士ダンサーズ」を連想させる為と言われているが、現在も公式発表は無いため詳細は不明、センターガールズとして出演していた女性の肖像権問題に加えて、コント内のネタが楽曲提供も含め、同社とタイアップしていた為という説もある。現在はYoutubeに投稿された画像を見るか、ゲームボーイカラー版「笑う犬の冒険」公式サイト(カプコン)にあるイラストでしか見る事が出来ない。 出演:赤さん、ビビる、バナナマン、次長課長、ホーム・チーム、U-turn、ガレッジセール、TIM、バカリズム、乾貴美子、コージー冨田、原口あきまさ ほか 後輩「たいぞう(原田)」に対し、禁断の同性愛に目覚める刑事「てる(内村)」の話。各部ごとに原田の演じる役が「たいしろう」「たいのしん」「たいきち」と変更されるが、てるはそれら全ての人物に恋心を抱く。 小松君(内村)の何気ないフレーズに、自分よりビッグなものが嫌いなミツコ(遠山)は「私はそこまで○○じゃない!」とブチギレる。 宇多田ヒカルに扮した中島が「Automatic」のPVのパロディをやるが、天井が下がるなどのハプニングが起きる。 主婦・内田よしえ(内村)がクイズ番組の司会やニュースキャスターに抜擢される。「笑う犬の生活」最終回の総集編SPのMCも内田よしえが務めた。 エレベーターに様々な姿(チアリーダー「PLANETS!」・大橋巨泉・林家パー子・篠原ともえ・田中邦衛・江頭2:50・笑福亭鶴瓶)に扮した内村・名倉・原田・堀内が乗ってくる。乗っている間はおとなしいが、「4階家具売場」に到着するとまた騒ぎ出す。 「生活」とは異なり、ホワイトバックでのコントに。「毎日同じことの繰り返しで生きてる気持ちがしない」というドリー(原田)に、テリー(堀内)が様々な仕打ちをする。 パタヤビーチで、現地人の親子「ダディ(内村)」と「マイサン(堀内)」が原田と遠山演ずる夫婦に対し意味不明のショートコントを繰り広げる。 左半身だけ服を着た「センターマン(原田)」が登場し、当時武富士のCMソングだった「シンクロナイズド・ラブ」に乗せて折半案を提示しながら踊る。「センターガールズ」と呼ばれるバックダンサーがCMに出演していた「武富士ダンサーズ」と同じダンスをセンターマンと一緒に披露していた。後にライバルキャラにあたる「センターマンUSA」(右半身だけ服を着ている。実はオーストラリア人)も登場した。センターマンが踊る際、センターガールズと共に同曲のカラオケに合わせて替え歌を歌っていたのに対し、センターマンUSAは原曲をそのまま使用していた。 詳細は不明だが再放送の際編集でカットされており、現在では放送されていない。また関連性は不明だが、本放送時では同時期に放送されていたネプチューンのレギュラー番組「おネプ」の人気コーナーだった「祈願成就!出張ネプ投げ」が諸般の事情で打ち切られた後、このコントも放送されなくなってしまった。 講師(堀内)が毎回変なフレーズを生徒たち(他全員)に言わせる。特に「AP(アシスタントプロデューサー)朝妻」をいじるネタは定番。最後は生徒のうち教室を最後に出た1人がオチとして指定された一発芸を行う。 エンディングコーナー。マドモアゼルゆみこ(堀内)が星座占いをする。終わった後は「明日もいい日でありますように」と書かれたブラインドが凄い勢いで落ちる。 小渕恵三のパロディ。とぼけているぶっちゃん(内村)に、秘書(名倉)は衆議院解散を迫るが・・・。小渕氏の急病によって打ち切られた。 野中広務のパロディ。ひろむちゃん(名倉)がラーメンを食べながら秘書(大内・遠山)と会話するが、出前持ちのモモコ(南原、最後まで姿は出てこない)がちゃちゃを入れてくる。 エレベーターに乗って登場。女性陣2人がテーマを歌い、それに乗ってアブドラ(大木)が一発ネタをやる。スペシャルでは他の男性メンバーも挑戦し、谷啓が懐かしの「ガチョーーン!!」を披露した。 内村の前に現れたどんな願いでもかなえる魔人さん(南原)が理不尽な願いをかなえる。途中から魔人さんが病気になってしまい、それを治してもらうために願いを使ってほしいと懇願するが、別の願いを言われて落胆する。 セーラー服に変なちょんまげという格好の原田と大木(原田はロンスカ、大木はミニスカでパンツを見せている)が、ホワイトバックの中で様々なことに挑戦する。 原田扮するラジオ番組のディレクターが、女性ゲストにドキドキするフレーズを言わせ、1人で悶えてはスタッフの名倉にイタズラをしたりする。 宇宙人の小梅ちゃん(遠山)がマナーに反することばかりしてゆたか少年(南原)にはたかれる。小梅ちゃんはそのたびに「ポー」とむくれる。 大人の嘘や建前が嫌いなあくま団が大人たちを拉致し、拷問にかける。あくま団メンバーは南原・中島・大木・名倉又は堀内で、拷問を受けるのはメンバー以外のレギュラー出演者。メンバーの質問に答えられなかったり、メンバーの機嫌を損ねたりすると服の中に仕掛けられた風船が膨らんでいく。 先生(遠山)の質問に園児達が答える中、つとむ君(内村)は耽美的な答えを返す(例:「将来の夢は?」→「美しく散ること」)。 みち子(中島)と安田(大内)のラブストーリー、かと思いきや突如ビートルズに扮した4人組(内村=ポール・マッカートニー、南原=ジョン・レノン、堀内=ジョージ・ハリスン、原田=リンゴ・スター)が登場して歌いだす。ちなみに内村だけはつけ鼻を使わずに演じていた。 「宇宙戦艦ヤマト」のパロディ。ヤマトの乗組員(沖田十三=南原、古代進=原田、森雪=中島、島大介=堀内)に向かってデスラー(内村)がメッセージを送るが、その後ろでは妻(名倉)が家事をするなどしている。 色々な事をしている息子の鉄男(名倉)に、父(南原)はなんとしてでもハンマー投げの道を歩ませようとする。 笑う犬には謎がある―番組の公認だから表も裏もわかっちゃいました(角川書店、ISBN 4048533576) 内容:深夜番組である『笑う犬の冒険』をゴールデン番組に進出させることが目的のシミュレーションゲーム。 ミニゲームの総数は20種類。しかし元のコントとは内容がかけ離れたものになっているミニゲームも多かった。 ミニゲームは単調で飽きやすいものが多く、しかもクリアするためには計52回もミニゲームをやらなくてはならない。 一部のレギュラー出演者は使用許可が下りなかったためか、そのレギュラーを模したキャラはあえて似せていない。[要出典] 感じるジャッカル(スタッフが一部共通する深夜コント番組。メンバーが揃って「笑う犬の発見」に出演したことがある) |
[ 19] 笑う犬 - Wikipedia
[引用サイト] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%91%E3%81%86%E7%8A%AC
