絶賛とは?

スタパ齋藤1964年8月28日デビュー。中学生時代にマイコン野郎と化し、高校時代にコンピュータ野郎と化し、大学時代にコンピュータゲーム野郎となって道を誤る。特技は太股の肉離れや乱文乱筆や電池の液漏れと20時間以上の連続睡眠の自称衝動買い技術者。収入のほとんどをカッコよいしサイバーだしナイスだしジョリーグッドなデバイスにつぎ込みつつライター稼業に勤しむ。
俺は原稿書きをやり始めて今年で14年になる。おめでとう14周年!! おめでとう俺!! 俺から俺にプレゼントだよホラ単3形ニッケル水素電池14本!! って話じゃないのであった。
10年以上コンピュータで原稿を書いているわけだが、その間ずっと使っていたのが、俺の祖母がテレビ通販で衝動買いした低めのロッキングチェア。高級品じゃないのだが、広い座面と広くて長い肘掛けがついていて、なかなか座り心地がいい。で、この椅子に合わせて机の高さを設定してずっと使っていた。
机の高さと椅子の高さ、それから肘掛けの高さが非常にナイスマッチングだったので、俺は原稿書きから来る肩凝りってのを全然経験したことがなかった。痛くなるのは手首。長時間キーボードを叩き続けるので腱鞘炎になるのだ。それからなぜか膝も痛くなった。これはたぶん、ロッキングチェアの座面が普通の椅子よりも低いので、太股の重さなんかが膝にかかったためと思われる。でも、手首や膝がちょっと痛くなるくらいで、他は何でもなくて非常に快適に何時間も原稿を書いていられたので、この祖母衝動買いロッキングチェアを愛用し続けていた。
だが、先日、机を新しいものに変えた。そしたら、ロッキングチェアと机の高さがまるでマッチしなくなった。マトモにキーボードを打てる(座面と机上面の)高さではなくなってしまったのだ。そんなわけで、一時的に(と言っても1カ月ほど)1280円とかで売ってる折り畳み式のパイプ椅子を使ったのだが、これが間違いだった。

そのパイプ椅子は正に安かろう悪かろうの典型で、座り心地は全然良くなくて、構造的にも脆弱で、デザインもヘボショボ。そこまでは我慢できるのだが、この椅子を使い続けていたら、十数年ぶりに強烈な肩凝りを味わった。首の左右ガチガチ。指で押すとどこがどう凝っているのかハッキリわかる。肩凝りのついでに腰にも妙な筋肉痛が残り、さらには太股の裏側も痛いという有様。以前使っていたテーブルと椅子だと5〜6時間は一休みもせずに平然と原稿を書き続けられたのだが、パイプ椅子と新テーブルの組合せだと、2時間くらいで体全体が疲れてしまうのであった。

なるほど、椅子とテーブルのバランスは非常に大切だ。間違うとこんなにイヤな肩凝りになるんだから、と思い知った次第であった。

そう言えば、某編集部で働いていた時にも、こんな肩凝りを味わった。編集作業というストレスも肩凝りの原因だったのかもしれないが、あの頃に座っていた椅子も、机とのバランスが悪かったような気がする。やはり椅子は大切だ。あ、そう言えば、一時期、やはり体にも机にも合わない椅子を使っていたが、その椅子を使い始めて2カ月くらいしたら痔になりそうになったのだ。ヤベぇ!! 若くして(20代前半でした)痔かよ!! と思って椅子を変えたら速攻で痔であろうと思われる腫れ物が消えたんだった。やはり、どー考えても椅子は大切なのであった。って俺が言わなくても、デスクワーカーにとって、椅子が重要なのは当たり前だと言えよう。
話は戻って、パイプ椅子と新テーブルは肩凝り促進力抜群ってことがわかった。これ以上凝ると、肩凝りが原因で死ぬかも知れないと思ったので、そのテーブルに合う椅子を買うことにした。

この先きっとまたテーブル変えたりするんだろうから、細かく高さ調節できるような椅子がいいよなァなんて具体的な椅子購入を考え始めた瞬間思いついたのが、ハーマン・ミラー社(herman miller, Inc.)製造のアーロンチェア(Aeron chair)。

ちょいと椅子に興味がある人なら、恐らく何度か聞いたことのある名前だと思う。電通に出入りするデザイナーの間では"10万の椅子"とか呼ばれている、あの、かなり高価で、機構的にもちょっと特殊っぽい事務椅子である。

アーロンチェアの詳細について……試行錯誤した結果、ハーマン・ミラー社のWebサイト(ってあるんですかねぇ)が見つからなかったので、例えばgooなどのサーチエンジンで“aeron”や“ハーマン”をキーワードにして見つけて欲しい。通販サイトのアーロンチェア紹介ページがいくつかヒットするはずだ。

アーロンチェアはどうなんだろう、と思い立った俺は、速攻で大きめの家具屋に直行。展示品に座ってみることにした。試しに座ってみた感じは、ん〜、まあまあ。ていうか普通。ていうかちょっと硬いかも。と言うよりむしろ座り心地あんまり良くないっスね〜、みたいな、あまり良くない印象だった。が、高さや傾き等の微調整が非常に細かくできる。安定性もある。じゃあ試しに……と思って買おうとしたら、何じゃこりゃぁ14万円とかするじゃねえかよコラ!! 椅子が14万って……。あ!! ライター14年だから14万円……なわけねえだろ>俺。ともかく、ヤケに高いと思ったので購入中止。

でもいろんな人から話を聞くと、評価は高い。ていうか、悪評が全然聞かれないのだ。でも高いからやっぱ買わない。でも気になるからまた調査。でも高い。でも気になって調べる。なんてコトを繰り返しているうちに、結局3カ月くらい経ってしまった。ここまで悩んでもなお欲しい気がするアーロンチェア、やはり実際試してみるしか!! と思ってイチかバチか買ってみた。って8万円のデジカメ連続して買うわりには椅子にはセコいじゃねえか>俺。
俺が買ったのは、アーロンチェアのフル装備タイプのBサイズ。アーロンチェアは大分して2種類で、傾き等の調整機構が少ないスタンダードタイプと、調整機構が多いフル装備タイプがある。両タイプには、体型に合わせてA、B、Cの3タイプが用意されているので、全部で6種類がある。色は……何色あったか忘れたが、黒とかグレーとか赤とかがあったような気がする。

アーロンチェアの特徴的な機構は、前述のとおり、細かな高さ・傾き等の調整ができる点だ。フル装備タイプとスタンダードタイプの両タイプに共通する調整機構から説明していこう。

まず、ガス圧によるシート高さ調整ができること。何のことはない、シート横のレバーを操作しながら、椅子の高さをスーッと変えられるってだけだ。普通の事務椅子にもあるような機構である。

それから、チルトテンションの調整ができる。アーロンチェアは非常にスムーズで静かなリクライニング(後方に最大112度まで)ができるのだが、リクライニング動作の硬さを調整するのがこれだ。柔らかめにしておくと、軽く背もたれに体重をかけただけでリクライニングし、重めにしておくとちょっと強く体重をかけないとリクライニングしなくなる。重めにしておけば、何となく背もたれに寄りかかった瞬間後ろに倒れそうになった「わあッ」と驚くことがなくてイイ感じだ。

あと、ランバーサポートの厚み調整と位置調整。ランバーサポートは、背もたれの腰部分に入っている塩ビ(内部は発泡ウレタン)製の腰パッドで、これを裏返すことで二通りの厚みになる(=背もたれの腰部分の出っ張り具合を変えられる)。高さも比較的自由に調整できるので、自分の体型に合った腰パッドを使えるというわけだ。

で、ここまでがフル装備タイプとスタンダードタイプに共通する調整機構だ。が、いまひとつ大したコトないのであった。しかし、これから紹介する、フル装備だけにある調整機構がなかなか便利で実用的なのであった。

フル装備タイプは、まず前傾チルトができる。これは、リクライニングしていない通常の角度から、座面を椅子前方に5度傾けられるという機構。例えば机上で細かな作業をするときや、ディスプレイを見ながらキーボードを打つような場合に、背中を真っ直ぐにしたまま、体を机の方向に近づけられる。俺はあまり使わないが、カッターマットを使って細かなものを切ったり、ルーペを使いつつ机上の何かをどうこうするような作業をする時のポジションを取りやすくなって便利だ。
それから、チルトリミッター機構。これは最大リクライニング角度を自由に設定できる機構で、90度〜112度までのリクライニング角度を3度刻みで調整できる。リクライニングさせない設定にもできる。

それと、肘掛けも動かせて、高さの微妙な調整と、肘掛けが開く角度を3段階に設定できる。これがなかなかイイ機構で、結論から言えば、俺はこの肘掛け調整機構と、肘掛けの硬さ(塩ビ製で内部は発泡ウレタン/ランバーサポートパッドと同じ材質)で、肩凝りが劇的に軽減された。

この他、脚は5本あり、それぞれにキャスターが付いている。座面や背もたれはポリエステルのメッシュ製で通気性がよく、張り方も強いのでそう簡単にはヘタらない。椅子部分と脚部分と関係なく回転する。全体的に見て、事務椅子としてはかなり細かい調整が利く以外には、まあ外見的にちょっとSFっぽいって感じで、そーんなに斬新な特徴はない。各所はアルミやスチールで非常に頑丈にできているが、その分重くて、フル装備タイプもスタンダードタイプも重量20kg。
使ってみた結論から言うと、俺のような仕事には、まさにバッチリ完璧に合う。非常に満足。この椅子を使い始めてから数日で、激安パイプ椅子が原因であっただろう肩凝りが完全に解消された。実は、その肩凝りから併発した首筋の痛みもサクッと消えてしまったのであり、マジで椅子の大切さを痛感している。と同時に、以前の"祖母の衝動買いロッキングチェア+机"の組み合わせで仕事していた時よりも長時間、同じ姿勢で原稿を書き続けられている。

実際、この原稿のこの段階で、俺はアーロンチェア上で約12時間目の原稿書き時間を迎えている。あ、もちろん、他の原稿も書いたりしつつ12時間経ったってことですが。ともかく、ずっと原稿書きっぱなしなのだが、ほとんどどこも痛くないし、あまり疲れていない。強いて言えば、手首がそろそろ弱まってきて、あとちょっと目が霞んできた程度で、体はラクだ。あ、あと脳味噌がそろそろヘボまってきた。でも、パイプ椅子を使っていた時のような苦痛とも言える疲労はまったく感じられない。改めて“祖母の衝動買いロッキングチェア+机”のことを思い返してみると、「ああそう言えばあの椅子は猫背になりがちだったので胸のあたりが痛かったかもしれない。あと肘掛けが木製だったので肘が痛かったかもしれない」みたいな、些細な不快感までが思い浮かぶほど、アーロンチェア上での仕事は、体が快適なのであった。

ここまでラクなのは、アーロンチェアを自分の体や使用環境にほぼ完全に合わせられるからだと思う。まあ、もちろん他にもいろんな工夫があるのだろうけれど、使う机の高さに合わせつつ、肘掛けの高さや開きを変えられ、そんな調整をしながらでも尻や背中にかかるストレスが(ポリエステルのメッシュの座面・背もたれの張り具合によるものか)あまり感じられないということ。ちょっと座る分には、硬めで、決して安楽な感じはしないのだが、これほど長時間座り続けていても疲れないというのは、仕事用の椅子として絶妙なバランスを持っているからだろう。大したモンだと言えよう。

マジで感心している。感心した上に、この椅子は安いかもしれないとも思い始めた。15万円近くする椅子ではあるが、この使用感の良さ・問題のなさが毎日続くのだ。1年間に、超少な目に見積もって150日働くとして、1日1000円。これが数年、いやもしかしたら十数年使えるかもしれない。すると、ランニングコストは……。まあ、気合で980円のパイプ椅子を30年間使った方が安いわけだが、たぶんパイプ椅子だと痔や腰痛や肩凝りになって苦しい日々を送るのだろうということを考えると、やはり思い切ってアーロンチェア買って良かったぁ安心だぁ〜と思えるのだ。
でも、これはずーっと手首から先だけを動かしまくって同じ姿勢を取って仕事している俺の場合の話。まあ、同じような事務職の人には、たぶん非常にいい椅子になると思う。が、この椅子でビデオ鑑賞するとか酒飲むとか、あるいは別のスタイルの仕事に使うとかいう場合、その使用感はまた違ってくるだろう。非常にグレートでナイスでブラボーでハラショーな椅子なので、多くの事務系ワーカーにお勧めしたいのだが、でも、同時にその機構上、高価な椅子でもあるので、まずはショップ等で実際座ってみることを、しかもできるだけ長時間座ってみることをオススメする。

ところで、どうしてケータイWatchなのに椅子なのか!? というコトだが、これは、なぜならば!! ケータイすなわちモバイルにおいて最も大切なのは体!! 体が資本!! 資本である体のカナメと言えば腰!! 腰を支えるのは椅子!! そうなんだよアニキ!! だから最も快適な椅子の情報を伝えていきたいんだよ俺は!! ということにしといてやってください。そろそろ原稿書き始めて13時間になりそうな俺なんです。でもアーロンチェアのせいでもっと仕事し続けられそうな俺なんです。

[ 109] ケータイWatch スタパトロニクス
[引用サイト]  http://k-tai.impress.co.jp/cda/article/stapa/3044.html

腰巻や解説だけでなく、最近は新聞の広告などでも「キング絶賛!」の文字を見かけます。これが果たして売上に結びつくのかは疑問ですが、ファンとしては気になってしまいます。キングは二流の太鼓持ちと言う人もいますが・・・。
個人的にはこの文句にはずいぶん泣かされました。その経験を元に、ここではキング作品の読者が、その本を読んで楽しめるかという観点から紹介します。
「私はホラーのジャンルの未来を見た。その名はクライヴ・バーカー」とキングに語らせた、彼ののデビュー作、血の本シリーズ(全5巻)の第一作目。残虐性、独創性、エロス、幻想性等、キングに欠けているものを多く持った作風が魅力。血の本シリーズは、あらゆるスタイルを詰め込んだ「ホラーのカタログ」とでも言うべき作品集で、全ホラーファン必読の書。
モダン・ホラー・ブームに乗って現れた作家たちの多く(いや全員)が、キングの影響を強く受けていたのに対し、バーカーはデビュー作から既に独自の個性を確立していた。その才能は小説だけに止まらず、映画「ヘルレイザー」、「ミディアン」では監督を、『アバラット』ではイラストを手がけている。
『ダブルイメージ』のあとがきを本屋で立ち読みしていたら、「キングが最高傑作と絶賛した『蛍』..」と書いてあるのを見つけ、そういえばずいぶん前に読んだことを思い出した。
もうこの本は手元にないので以下は記憶を頼りに書くので、もし間違いがあれば知らせてください。
『蛍』は映画『ランボー』の原作である『一人だけの軍隊』の作者として知られるデイヴィッド・マレルの作品で、難病で死んだ自分の息子のことを題材としたノンフィクション風の小説。(小説風ノンフィクションだったかも?)
「難病もの」の小説や映画が苦手な私がこの本を読んだのは、「キング絶賛」の言葉に惹かれてのことだったと思う。このときは私もまだ独身だったが、結婚し子供を持った今ではとても最後まで読みきることができないかもしれない。(そう、今は『ペット・セマタリー』も読めない。)その本といつ出会うかによって感じ方もずいぶん変わるものだろう。
本書の中で最も記憶に残っているのは「人間の最も優れた特質は、知性ではなく思いやりである。」という言葉だ。非常に過酷な経験から産まれた言葉だけに、ずっしり胸に響く重みを感じた。
キングのコメント:「ホールデン・コールフィールドがH・G・ウェルズの古典的なSF小説『透明人間』の世界に足を踏み入れたらどうなるか想像してみるといい。それだけでロバート・コーミアの新作『フェイド』の面白さがわかるだろう。みごとに釘付けにされてしまった。古い皮袋に新しい酒を盛り、エキサイティングで、息もつかせぬ読み物に仕上げている。コーミアは素晴らしい小説を書いてきたが、本書はベストだ。ヤング・アダルトばかりか、大人が読んでもうっとりすること請け合い。」
キングが誉めるからといって、必ずしもその作品を気に入るとは限らないが、本書は間違いなくキング・ファンの琴線に触れる作品だと思う。少年を描くのが抜群に上手いこと、『デッド・ゾーン』や『ファイアスターター』と同じく、特殊な能力を持った人間の悲哀がテーマであること、主人公が作家であることなど、キング作品との共通点も多い。
コーミアは一部に熱心なファンもいるものの、まだまだ知名度が低いようで、本書も含めて扶桑社から翻訳された作品の多くが既に絶版になっていることが残念でならない。読者がいなければこんなに素晴らしい作品も埋もれてしまうのか・・・。
この本に対するキングの誉めっぷりは尋常ではない。訳者あとがきによると、キングは作者のスコット・スミスと共にTVのトーク番組に出演、30分にわたって本書の素晴らしさを説いたらしい。これはそれだけの賞賛に似合う作品である。発表された当時の書評では、必要以上に残酷すぎるというものもあったが、キングの作品を読みなれている者なら、終盤の容赦ない描写にもひるむことはないだろうし、それが主人公の陥った狂気を表現するために絶対必要なことが理解できるだろう。
すごい新人が現れたもんだと思ったが、その後はとんと音沙汰なし。他に何も書いていないのだろうか?
この作品は作者本人による脚本、サム・ライミ監督で映画化されたが、残念ながら多くのキングの映画化作品と同様に、原作のスピリッツのようなものが抜け落ちてしまっている。
ストーリーの変更については、小説より映画のほうが、暴力的な描写などについての規制が厳しいのでしかたがないことだと思う。しかしそれならなんらかの工夫をするべきではないのか?例えばブライアン・シンガー監督の『ゴールデンボーイ』も原作とはラストがまったく違うが、強力な悪にふれて自分自身が破壊されてしまった小説のトッドと、その悪を自分の中に受け入れ、ドゥサンダーの転生として今後の人生を生き、おそらくは社会的成功者だがソシオパスと呼ばれるような人間になることを予感させる映画のトッドとでは、どちらが社会にとってはより脅威なのかと考えさせられてしまう。
確かに映画の『ゴールデンボーイ』は、原作に比べるとずっと衝撃が弱いが、与えられた条件の中でベストを尽くしていることが感じられるのに対し、『シンプル・プラン』はただ単に残酷な場面をカットして甘くなっただけだ。
それとサム・ライミならではのカメラ・ワークがまったく鳴りをひそめているのも、『死霊のはらわた』シリーズの大ファンである私にとっては大いに不満だ。優れた脚本があってこそ抑えた演出が光るというものなのに。
キングファンに対する小ネタとしては、エンディング近くで、主人公の妻サラが働いている図書館で書棚に本を並べるシーンがあって、そのとき手にしているのがキングの本(たぶんバイキング版のクリスティーン)なのだ。
ほとんど映画の話ばかりになったついでに、どうせ見るなら『シンプル・プラン』よりコーエン兄弟の『ファーゴ』をお薦めします。映画自体が素晴らしいのは言うまでもないが、ポール・バニヤン像が見られるのがキングファンにはポイント高し。
本書はキングが書いているように確かに怖い。しかし私はキングにひとこと言いたい。「このての本をほめたらあかんがな」と。ホラー小説や映画は非常にデリケートなものと心得ているファンならともかく、一般の人が解説の中のキングの言葉を読めば「やっぱり”キング・オブ・ホラー”なんていっても現実の恐怖には勝てないのだな。」などと思われてしまうではないか!それにも増してダメなのが裏表紙のA.C.クラークの言葉。「これまで読んだ本の中で最高に恐怖を感じた一冊。これにはスティーヴン・キングやマイケル・クライトンも歯が立つまい。」だと。えーかげんにせい!
本書の冒頭にはキングによる「『計画殺人』に寄せて」と題する小文が掲載されている。そして腰巻には著者名よりはるかに大きく目立つ「スティーヴン・キング絶賛」の文字が踊り、無名の新人の本を少しでも手にとってもらおうとする編集者の努力が感じられる。しかし当然のことながらキングが誉めたぐらいで本が売れるわけではない。同じく無名の新人の作品『シンプル・プラン』が売れたのは、作品自体の持つ力、面白さが評判を呼んだからだ。
本書は決して出来の悪い作品ではないが、友人に「面白い新人みつけたで!」と話したくなる程ではない。そんな平凡な作品をなぜキングは誉めたのか?おそらくご近所の新人(著者のキンブルはメイン州在住=謝辞にキングとタビサの名前があるので、彼らは交流があるのかも?)を応援してやろうと思ったか、又はなんらかのしがらみがあるのか。どちらにしろファンにとっては困ったものだ。
今キングが最も肩入れしている作家といえば、おそらくこのジャック・ケッチャムだろう。本書にはキングの14ページにおよぶ解説が収録されている。(ネタバレバレなので先に読まないように!)
この作品は「キング絶賛!」ものの中でも群を抜いて優れている。人間の暗黒面を見つめる視線の強さはジム・トンブスンと肩を並べるほどだ。しかし困ったことにあまりに内容が強烈すぎて胃腸の弱い人にはお薦めできない。特に女性には。もしこれをうかつに薦めたりすれば趣味を疑われるどころか、人間性まで疑われてしまう恐れがある。(少年犯罪が多発する現在においてはなおさら。)
なんといってもいちばん恐ろしいのは、この小説が実際にあった事件を元にしているということだ。しかもケッチャムはこの家に住んでいたそうだ。
『ボーン・コレクター』でブレイクする前の、ディーヴァーの奮闘ぶりがうかがえる作品。非常にサービス精神旺盛なれど、それが空回りしているのが面白くもあり、悲しくもある。本書、『静寂の叫び』、『ボーン・コレクター』と続けて読むと、彼の成長がよく分かり、また、キングのようにデビュー作から完成されている作家は稀なこともよく分かる。
私の知る限りでは、いわゆる純文学系の作品に対して「キング絶賛!」のコピーが使われたのは本書が初めてだ。アーヴィングとキングではファン層が違うと思うので、あまり意味がないような気がするのだが。
『サイダーハウス・ルール』と同様、重いテーマを扱った作品で、信仰の問題など日本人にとってはとっつきにくい部分もあるが、ユニークなキャラクター達と、独特のユーモア感覚のおかげで楽しんで読むことができる。ただ個人的にはもう少し軽い方が好みなのだが。(ちなみに私の1番好きなアーヴィングの作品は『熊を放つ』だ。)
キングとアーヴィングとは作風は全く違うが、現代のアメリカを代表する、力強く豊かな物語を創造する作家という共通性があると思う。もしキングがホラーというジャンルを選んでいなければ、またもっと純文学志向が強ければ(あるいはもっとエリートでハンサムだったら)、アーヴィングのような作品を書いていたかもしれない。
本書はサイコスリラーなどという言葉が生まれるよりもずっと前に書かれたとは信じ難い、まるで今日の社会的病理を予言したような作品である。そして人間の暗黒面を描いた小説としては、他に並ぶもののないほどの傑作と言っても決して過言ではないと思う。
保安官補でありながら、次々に嘘と殺人を重ねていく男を語り手とすることによって、読者は彼の内面を余すところなく知ることになる。その殺人者の歪んだ心のありよう(というか心のなさ)には心底寒気をおぼえる。しかしそれだけではない。読者はある部分では彼のシニカルな世界観に共感を覚えるだろうし、ルー・フォードが自分とは全くかけ離れた異次元の存在ではないことに気づくだろう。自分の心の中にルー・フォードの存在を認めることは、私たちが加害者として事件を起こさないためにも必要なことなのではないだろうか。
キングは本書に対し「時代を超えた不朽の名作」「間違いなくアメリカ文学の傑作であり、『白鯨』や『ハックルベリー・フィンの冒険』と肩を並べる作品」と、「ちょっと言い過ぎとちゃうんかい」とツッコミを入れたくなるほどの最大級の賛辞を寄せている。ちなみにこの文章は『残酷な夜』に収録されているので、こちらもあわせてチェックして欲しい。
キングのコメント:ニール・ゲイマンは物語の宝が詰まった家を建てる。どんなメディアであれ、彼のような存在がいるのは大いなる幸運だ。
ロンドンの地下世界を舞台にしたダーク・ファンタジーで、バーカーの『ウィーヴ・ワールド』あたりが好きな人なら楽しめると思う。そのバーカーも本書に賛辞を寄せている。彼は「サンドマン」の関連書にイラストを描いているらしく、かなりゲイマンのことを気に入っているようだ。
キングのコメント:「身の毛もよだつ独創的なこの処女作でもって、ミラーはダイナマイト級の衝撃的デビューを飾った。こういう他に類を見ない強烈で感動的な作品が出てきたことは喜ばしい。『壊人』は、あまりに恐ろしくて目をそむけたくような小説だ・・・・けれど、ページを開いたが最後、読者は本を閉じることができないだろう。」
とにかく主人公《チェーンギャング》のキャラが秀逸。見事にホラー好きのツボにはまっていて、映画化されればジェイソンやフレデイに次ぐ人気者になる可能性があると思う。ただストーリーは上記のキングのコメント同様平凡。シリーズ化されているそうなので、次に期待しよう。
「この百年間に世に出た怪奇小説で傑作といえるのは、わたしにはジャクスンの『たたり』と、この『ねじの回転』の二作だけという気がする」このキングの『死の舞踏』からの引用(*)がつり文句として使われた、古典的傑作として名高い作品の新訳版。
このキングの賛辞は、『山荘綺談』をほめまくる中でついでに出てきたようなものなので、キング自身の『ねじの回転』の具体的な評価はわからない。『山荘〜』にしても、『ねじの回転』やストラウブの『ゴースト・ストーリー』にしても、キングは自分にないもの(ひとことで言えば「文学性が高い」ということかな)を持っている作品を高く評価する傾向があるので、キングがほめる作品と、キングを好きな読者の好みとはずれが生じてしまうことも多い。
個人的には、この作品などは最もずれを感じるというか・・・正直に言うと全然面白くない。「朦朧法」だかなんだか知らないけど・・・いや、はっきりしないのが悪いというのではなく、物語として面白くないのだ。なぜこの程度の作品が研究の対象になったりするのか理解に苦しむ。
こんな感想じゃつまらんという方のために、この作品にぴったりな言葉を『死の舞踏』からの引用しておく。
ニュー・アメリカン・ゴシックの登場人物はほぼ全員がナルシスティックだ・・・・・現実のなかに自分の脅迫観念を読取ろうとする臆病者なのだ。
(*)この引用部分はちょっと手が加えてあって、正確には「この百年間に世に出た怪奇小説で傑作といえるのは、私にはこのジャクスンの『山荘綺談』と、『ねじの回転』の二作だけという気がする」(バジリコ版第9章542ページ)もちろん『たたり』と『山荘綺談』は同じ作品です。

[ 110] キング堂 キング絶賛
[引用サイト]  http://www.ne.jp/asahi/mangaichi/home/kingdow_praise.htm



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