マドンナとは?

マドンナ (Madonna 本名:Madonna Ciccone Ritchie、1958年8月16日-)は、アメリカ合衆国ミシガン州出身の歌手、女優。夫は映画監督のガイ・リッチー。愛称は代表曲から来た「マテリアル・ガール」、近年では「ポップス界の女王」とも言われる。
80年代初頭のニューヨークのダンスクラブ・シーンから生まれ、大ヒット曲『ライク・ア・ヴァージン』を起にポピュラー音楽のチャートを君臨し、その大胆で挑発的なイメージで一躍世界的なメガスターになる。アルバムの代表作に『トゥルー・ブルー』、『ライク・ア・プレイヤー』、『レイ・オブ・ライト』などがあり、シングルの代表作に『ライク・ア・ヴァージン』、『ヴォーグ』、『ハング・アップ』など多数ある。
MTVの登場により人気を得たミュージック・ビデオを巧みに活用しながらポップアートと音楽を融合し、現象的な成功を収める。セックス・シンボルとして不動の位置を固めるが、その後多様なイメージの変遷を繰り返し現在に至る。彼女の活動は音楽にだけに止まらず、レコード会社の設立、映画や舞台への出演、そして近年では児童書の執筆や映画監督なども行っている。2000年の『ギネスブック』では「史上最も成功した女性アーテイスト」とも記録された。
1958年8月16日、母の実家のあるアメリカ合衆国ミシガン州ベイシティ(Bay City)マーシー病院で、8人兄妹の3番目に出生。1987年ごろまで1961年生まれということにしていた(1989年に出たCD『ライク・ア・プレイヤー』のライナーには1958年生まれとはっきり書いてあるため、この頃までに元に戻したと思われる)。
このとき家族は、同州ポンティアック市(Pontiac)に住んでおり、彼女もそれ以後そこで成長。後に家族が増えたため、同州ローチェスターヒル市(Rochester Hills)へ転居した。
父は、GMのデザインエンジニア。実母はマドンナ(娘)が6歳の時乳がんで逝去した上父はほどなく再婚してしまう。母の死や後の父・継母との確執は彼女の精神性に大きな影響を及ぼし、『Promise To Try』『Oh Father』などの楽曲で歌われている。弟や妹の面倒もよく見ていた。そんな中でも、多くの習い事を幼い頃からしており、最初はピアノを習っていたが、父親に「バレエを習いたい」と懇願し、変えてもらう。その後、モダンダンス、ジャズダンスなど、ダンスを多く習い始める。
1977年、35ドルを手にグレイハウンドの長距離バスで郷里を後にニューヨークへ出発した。ニューヨーク到着後、タクシーの運転手に「この街で一番大きな場所へ行って!」と言い、タイムズスクエアで降りたのは有名な話。なおベジタリアンとなったのもNY移住後である。
1978年 ニューヨークで、『パトリック・エルナンデス・レビュー』にダンサーとして出演。他にも数々の職に就く。この頃出演していた成人映画が有名になってからビデオで発売された。
以上がマドンナが主演してきた映画である。最悪の映画を選ぶゴールデンラズベリー賞(ラジー賞)の常連でもある。最悪主演女優賞は 『上海サプライズ』 『フーズ・ザット・ガール』 『ボディ』 『2番目に幸せなこと/ネクスト・ベスト・シング』 『スウェプト・アウェイ』 の5回 (『スウェプト・アウェイ』 は最悪スクリーンカップル賞も)、これに最悪助演女優賞の 『フォー・ルームス』 『007/ダイ・アナザー・デイ』、2000年の特別賞としての20世紀最悪主演女優賞とあわせて9回の受賞歴がある。
全世界で約4億枚のアルバム、約7500万枚のシングルを売り上げ(2005年ワーナーによる公式発表)、世界で最もセールスが多い女性アーティストとして『ギネスブック』に認定されている。
フローズン(1998)、ホワット・イット・フィールズ・ライク・フォー・ア・ガール(2001):300万枚
米ビルボードにあるチャート・カテゴリーの一つがこの『Hot Dance Music/Club Play』。ダンスソング向けに作られたチャートで、1974年10月26日よりスタートした。マドンナは、これまでに計37曲をチャートNo.1に輝かせている。これは、アーティストの中では第1位の記録である。
マドンナは、過去に数多くの音楽賞を受賞またはノミネートされてきたが、実は意外にもグラミー賞は少ない。
マドンナのツアーは、開催される度に世界各国のメディアが報じるほど評判が高い。基本的には、アルバムの発売後にツアーを行なう。2001年の「Drowned World Tour」は、1993年の「The Girie Show Tour」から8年後に開催された。1994年にリリースされたアルバム『Bedtime Stories』の後にツアーが予定されていたが、映画『エビータ』の主演が決定したために中止されたという逸話がある。2004年の「The Re-Invention Tour」では、10thアルバム『American Life』からの楽曲以外にも過去のアルバムからの曲がセットリストに組み込まれ、マドンナの歴代ツアーの中でも1990年の「Blond Ambition Tour」と争うほどの人気のあるツアーである。2001年の「Drowned World Tour」では、過去のツアーと比べ愕然とダンス・パフォーマンスが減る。
更に毎回、巨大セットにも注目が集まる。過去に登場した代表的なセットとしては、1990年の『Blond Ambition Tour』のオープニングで登場した工場をモデルにしたセット、2006年の『Confessions Tour』での総額2億円のミラーボールと高さ6メートルの十字架などがある。これらの数々の巨大セットを上手く使用した演出もマドンナ独自のライブ演出としての特徴だろう。
そして、もう一つ欠かせない要素が毎回ファンを魅了するダンス。ツアーを重ねる度に昔ながらの力強いダンス・パフォーマンスは減っていっているものの年齢を感じさせない観客を魅了するダンスは常に健在である。
(日本/アメリカ/カナダ/イギリス/ドイツ/オランダ/フランス/イタリア) 日本では同じ年にツアーを行ったマイケル・ジャクソンと合わせ「M・M旋風」と呼ばれた。
(イギリス/フランス/イスラエル/トルコ/カナダ/アメリカ/プエルトリコ/アルゼンチン/ブラジル/メキシコ/オーストラリア/日本)
(アメリカ/カナダ/イギリス/イタリア/ドイツ/デンマーク/フランス/オランダ/チェコ/ロシア/日本)
『Drowned World Tour』から、マドンナはダンスのほかにギターを使用したステージも披露している。エレクトリックギターとアコースティック・ギターを使用し、『The Re-Invention Tour』と『Confessions Tour』ではエレキ・ギターを弾くレベルが一段と高くなったことが分かる。
6月14(ツアー初日公演)・15日、大阪球場 6月21・22日、後楽園球場 東京公演初日6月20日の後楽園球場は雨天により中止となった。
4月13(ツアー初日公演)〜15日、千葉マリンスタジアム(?落とし) 4月20〜22日、西宮球場 4月25〜27日、横浜スタジアム
9月16日・17日(追加公演)、京セラドーム大阪 9月20日・21日(追加公演・ツアー最終公演)、東京ドーム
SEX by MADONNA (1992年に発売されたヌード写真集。日本ではヘアが未修正だったことが問題となり増刷されなかった。)
イングリッシュ・ローズィズ2 とてもほんとうとは思えないくらいすてき(2007年、日本語訳:江國香織)
A STAR IS BORN キューティ・ルック、キューティ・ヴォイス、ニューヨークの素敵な妖精マドンナ
マドンナは、アメリカのフィラデルフィアにあるJFKスタジアムからの出演となった。『Love Makes The World Go Round』はこのライヴ・エイドのために制作された楽曲で、後に3rdアルバム『トゥルー・ブルー』に収録された。
2004年12月下旬にスマトラ島沖地震により発生した津波で被害を受けた被災地を救うために放送された番組にマドンナはロンドンのスタジオから出演。前年に行なった自身のツアーでも披露した『Imagine』を熱唱。
ライヴ・エイドの第2弾ともいうべき最大のチャリティ・ライヴ。マドンナはロンドンのハイド・パークから出演。聖歌隊やダンサーを従え、自身の代表曲をパワフルに熱唱した。特に『Like A Prayer』では飢餓によって危険な状態だったとこから奇跡的に助かった女の子が登場。マドンナと手をつないで歌うステージはライヴ・エイト最大のハイライトの一つと言われている。
地球温暖化の問題を訴えかけるために開催されるライヴ・アースにマドンナはロンドンのウェンブリー・アリーナから出演。『Hey You』は、このライヴのために制作されたチャリティソングでダウンロードのみでの公開となった。マドンナは、ニューヨークのバンドEugene Hutzと『La Isla Bonita』でコラボ。『Lela Pala Tute』という曲をミックスさせたアレンジで披露した。
2006年の「Confessions Tour」の中で、マドンナは高さ6メートルの巨大十字架に自ら磔(はりつけ)となり往年の大ヒット曲『Live To Tell』を歌う演出が世界中の宗教団体から非難を浴びた。ヨーロッパ・ツアーの一環としてイタリア・ローマ公演の際、公演前からカトリック教会やイスラム教やユダヤ教指導者からの非難の声が続出。「無礼で悪趣味、かつ挑発的」、「神への冒涜に近い」とカトリック聖職者らは非難。更には、「国に帰ったほうがいい」とイスラム教やユダヤ教の指導者からも非難の声が出ている。 そんな中、8月6日のローマ公演での十字架パフォーマンスが非難を浴びる中で決行された。マドンナは、ローマ教皇ベネディクト16世を招待し、怒りを刺激。カトリック教会の中心地であるバチカン市国からわずか1.6キロ離れたオリンピック・スタジアムに来た約7万人の観客は十字架に磔になったマドンナが登場すると一瞬、静まり返ったという。
2006年9月20日(水曜)東京ドーム公演終了後「都内某クラブにてマドンナがアフターパーティーを行う」とうたった情報がmixi上で流され、熱心なファンの間で話題に。「早めの入場でないと入れない場合がある」といった煽りもあり、オープンと同時に多数のファンが詰め掛けた。しかしながらマドンナ本人は現れず(公演終了後ホテルに戻り食事をとっていた)、イベント主催であったクラブ側に非難が集中した。またマドンナの娘ローデス、クルー、バックダンサーは来場していた。
2005年8月16日、イギリス・ロンドン郊外に所有する18億円の邸宅の庭で47歳の誕生日プレゼントとして夫のガイ・リッチーから贈られた馬に試し乗りをしてたところ、落馬をし全治3ヶ月の大怪我を負った。診断の結果、肋骨3本にひびが入り、鎖骨と手を骨折していたことが判明。すぐに病院に搬送されたが入院はせず、なんとその日に治療を済ませて帰宅したという。医師は「マドンナさんは日ごろからヨガで鍛錬しているため、回復も早いだろう」と語っていた。マドンナは骨折をしているのにも関わらず、事故の3日後にはロンドン市内のカバラ・センターから出てくるのを目撃されたり、携帯メーカーのモトローラのCMの撮影も済ませるなど超人並みなところを見せている。アルバム『Confessions On A Dance Floor』のプロモーションにも支障は出なく、全世界でのメディアはマドンナの驚異的な回復に驚いていた。
カテゴリ: マドンナ (歌手) | アメリカ合衆国の歌手 | アメリカ合衆国の俳優 | 007 | グラミー賞受賞者 | ラジー賞受賞者 | ロックの殿堂 | LGBTの人物 | ミシガン州の人物 | イタリア系アメリカ人 | 1958年生

[ 88] マドンナ (歌手) - Wikipedia
[引用サイト]  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%89%E3%83%B3%E3%83%8A_(%E6%AD%8C%E6%89%8B)



お気に入り



  • track feed
    • seo