同性とは?
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[ 137] 同性婚・パートナーシップ法☆トピックス[アーカイブス]
[引用サイト] http://www.sukotan.com/news/topics.html
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同性結婚(どうせいけっこん、英:same-sex marriage)とは、男と男、女と女が結婚することをいう。つまり性別のカテゴリーが同じ者同士[1]が男女の夫婦のように性的な親密さを基礎として継続して社会的にも経済的にもパートナーシップを築き、それを維持することを指す。そして、その関係には、男女の夫婦と同じく、ある種の社会的な承認が付与され、法的な保障や保護が行われる。そうした慣習や法制度のことでもある。 現在の日本の法律では、同性結婚は、まだ認められてはいない。しかし世界には、認めている国や地域はいくつかあり、認めるかどうか、さかんに議論されている国もある。世界的には認められていく方向にあるようである。 一般的に結婚は、男女の間に交わされる関係と解釈されてきた。 しかし、ここでは、結婚を愛情や性的な親密さにもとづいた男女の関係を、ある社会が、血縁ではない家族関係として承認し、尊重していく制度と考えてみる。 たいていは社会の要請を受け、国家や政府、またはそれに類する関係機関が、その当事者同士の関係を公証し、何らかの法的な保護を行なっていく慣習や制度を持っている。 たとえば、日本でいえば、男女の結婚は、婚姻届を役所に提出することで成立し(法律婚主義)、戸籍上に両者の関係が記載され、その関係を公証してもらえる。同氏を名乗る権利および義務を持ち、互いに同居、協力、扶助、貞操などの義務があるが、たがいの血族から姻族として親族として扱われる。また、互いの生活財の共有権や遺産相続権などを法律が保障する。また税法上、社会保障上の優遇措置などが受けられる。また、パートナーの一方が病気や障害を負ったときも、家族とみなされるため、互いの介護や看護などに特別な資格がなくても携われる。 同性間の関係を法的に認めるには、二つの方法がある。一つは、法律上の婚姻の定義をジェンダーレスにする方法である。「愛情や性的な親密さに基づいた男女の関係」から「愛情や性的な親密さに基づいた両当事者間の関係」と改めてしまう。オランダやベルギーなどは、そうした方法で、法律上も同性同士の婚姻関係を異性同士の婚姻関係と同等とした。同じように身分登録簿(戸籍)に記載して、同性カップルの法的な権利を認めている。 もう一つは、男女の婚姻とは別枠の制度として、異性結婚の夫婦に認められる権利の全部もしくは一部を同性カップルにも認め、保証するという法律(パートナーシップ法などと呼ばれる)を作る方法である。 デンマークやノルウェー、スウェーデンなど、パートナー法が成立している国は多い。 まず、結婚を、同居、協力、扶助、貞操など互いの義務と、生活財の共有権や遺産相続権などの互いの権利とを相互に規定した一種の民事的な契約関係であるとみなしてみる。パートナー法とはそうした婚姻に付随する権利と義務のすべて、もしくはいくつかを、同性間のパートナーシップにも認め、民事契約関係を政府が公証したり、制度的に保障したりする内容を持つ法律のことである。 呼称はドメスチックパートナー法(domestic partner)、登録パートナーシップ法(registered partnership)、シビルユニオン法(civil union)など、国によってさまざまである。これらも日本などのマスコミで報道される時には、「ゲイの結婚」とか「同性愛者の結婚」と呼ばれることも多く、広い意味では同性結婚と見なされる。 パートナー法において、どの程度の義務と権利が認められるかは、国によってまちまちで、中には、イギリスやドイツのように男女の結婚とほぼ同等の権利、義務、保障が受けられるケースもある。権利が制限される場合には、親族として扱われる権利や、遺産相続権、養子縁組資格などが制限される場合が多い。 こうしたパートナー法が作られる理由の一つは、キリスト教の教義では「結婚」は、人が神と結びつくための儀式である秘蹟(sacrament)の一つとされるためだろう。おもに伝統的にキリスト教の影響が強い国で、反対派の批判をかわすため、同性結婚をタテマエ上、「結婚」ではないと見なす必要があることが理由と思われる。 また、変わった法律では、フランスの民事連帯契約法(Civil Solidarity Pact Act PACS)のように、当事者自身が自由に契約内容を決め、契約書を作成し、それを裁判所に提出して公証してもらうような制度もある。これはフランスでは婚姻や離婚に関する法律的な条件が日本などに比較するとハードなためらしく、何らかの理由で結婚できない異性愛の同棲カップルが、同性のカップルと同様、PACSを利用したりする場合もある。[2] また同性結婚を認めてこそいないが、裁判の判例や行政命令などで、同性同士のカップルにある程度の権利を認め、それを保証している国もいくつかある。 人類には、異性愛者ばかりでなく同性愛者もいることは有史以来知られていた。しかし同性愛者の結婚について、本格的に議論され始めたのは、ごく最近で1980年ごろからである。法制度的に整備され始めたのは、世界的に見ても1990年代からである。 ただ、それ以前の社会でも、同性同士の間で、相互に性的な魅力を感じ、親密さや愛情をもって結びつく関係が無かったわけではない。また、社会が、その二人の関係を特別な関係として承認していた歴史もあった。 歴史上で確認された最古の同性カップルは、古代エジプトの、KhnumhotepとNiankhkhnumであると言われている。彼らはエジプト第5王朝の時期にニウセルラー王(Niussere)の宮殿のマニキュア師の監督官の称号を共有しており、「国王の腹心たち」と記された墓に共に埋葬されている。 欧米などキリスト教社会では、同性愛は「自然に反する罪」とされ、嫌悪されてきた歴史がある。しかし、ヨーロッパでも、キリスト教が普及する以前には、同性愛のカップルが社会的に承認されていた記録は存在する。 たとえば古代ギリシアの少年愛[Paiderastia(パイデラスティアー ギリシア語)/Pedrasty(ペデラスティー 英語)におけるエラステース(erastes)(年上の男性=念兄)とエローメノス(eromenos)(青少年=念弟)との間の関係はよく知られている。それは、いくつかの面で結婚と類似しているといわれている。 たとえば、エローメノス側の年齢は、当時、女性が結婚した年齢とぼぼ同じ10代半ばであり、二人の関係を始めるにはエローメノスの父親の同意が必要だった。女性との結婚と同様、求愛者であるエラステースの社会的地位が問題にされ、その関係は、結婚と同様、性的な側面だけでなく、特別な社会的宗教的な責任が伴っていた。 また古代ローマでは、皇帝ネロが、異なる時期にそれぞれ異なる男性を相手に結婚した記録がある。ディオクレティアヌス帝も男性と関係を持ったと伝えられている。キリスト教化される以前の古代ローマ人にとって、同性同士の性行為は何らタブーではなかったようだ。 また皇帝や貴族ではない一般の市民たちの間でも、古代ギリシア同様、同性愛的な関係が社会的に承認され、整然と制度化されていた可能性が高い。 しかしネロ帝の事例では、一人の相手とは、帝自らが女装し、女性として結婚式を挙げており、もう一人の相手とは、逆に皇帝は男性の立場だったが、相手のスポルスは、性転換させて女性にした少年奴隷だった。後者のスポルスとの婚姻の場合は、現在でいえば、性同一性障害者の性転換後の結婚と同様なものと考えられる。ネロ帝自身、スポルスを妻として遇しており、厳密には同性結婚としては考えない方が良いかもしれない。 ネロ帝の少年奴隷と同様に、同性同士の一方が、性を転換して結婚することが、社会的に承認され、制度化されていた例としては、北アメリカ大陸の先住民族の若干の部族に、かつて存在したベルダーシュ(berdache)制が挙げられる。 これは、身体は男性であっても女性の心を持つと主張する個人、または逆に身体は女性であっても男性の心を持つと主張する個人には、幼少期から女性(男性)の役割と責任を引き受けることで、女性(男性)として生きることを、その部族社会が承認し、その心の性の人間として扱う制度である。 部族社会からベルダーシュと認められた彼ら(彼女ら)は、当然のように部族の他の男性(女性)と結婚することが可能であった。その場合、ベルダーシュたちは自然な女性(男性)と同様に「妻(夫)」として高く評価された。 同様な制度はベーリング海峡流域の島に居住するアレウト族、コディアック族、チャクチ族などにもあり、今世紀初めには、まだ見られたようだ。 このベルダーシュ制は、近代以前の同性結婚の例として、社会学や同性愛研究の文献などにもよく登場する。こうした制度は、近代文明が波及するにしたがい、白人の宣教師たちによって「同性愛的な悪習」とされ、禁止され失われていった。そして、20世紀後半からは、今度は近代的な性同一性障害者の性転換治療という近代科学的な装いをまとった「治療法」が、全世界的レベルで普及していくことになる。 一方、古代ギリシャのペデラスティとほぼ同様な制度も、東アジアやアフリカなど、世界の他の地域にも存在した。 たとえば、中国の明代から清代にかけて福建省の南部では、同性愛(当時は「南風」と呼ばれていた)が流行していた。大量の史料によって、当時この一帯では「契兄弟」と「契児」が盛んに行われていたことが裏づけられている。 たとえば、沈徳府(1578年-1642年)の『万暦野獲編』補遺巻三の「契兄弟」にはこうある。 「福建人はひどく男色を重んじ、貴賎、美醜を問わず、それぞれ同類ということで付き合う。年上のほうが契兄、若い方が契弟になる。弟の父母は兄を娘婿のように慈しみ可愛がり、弟のその後の生計や妻を娶る費用は、すべて契兄が引き受ける。たがいに愛し合う者は、正月を迎えるにも夫婦のように寝台を共にすることを尊ぶ。はなはだ親しいのに思いどおりにならない者が、抱き合って波中に溺れる(心中する)ことがつねにみられる。これは年齢も容貌も似たりよったりである者だけである」()内は筆者 「ちかごろ契児と称するものは淫を好み、ともすると多額の金を費やして容貌の美しい者を集め、寝具をいいものにすることを重んじ、父親を自任し、多数の若者を子どものように扱う」 とある。同性愛の関係が「契兄弟」「契児」といった擬制的な兄弟関係、親子関係として扱われていたことがわかる。 福建のこの風習は、売春のような一時的な快楽を追求する性的な遊びのようなものではなく、かなりまじめなものだったようだ。特に契兄弟の同居は婚姻に似通い、たがいに貞操義務を持っていた、二人の関係は公然たるもので、父母や親戚、朋友など社会的にも認められていた。さらに二人が関係を始めるに当たっては、契弟や契児が童貞(つまり初婚)であれば、初婚の女性と婚姻する場合と同じように、契兄や契父は結納を贈り、三茶、六礼といった婚姻と同様の儀式が行われていた。[4] 一般に、この風習は、年長者が、仁をもって年少者を導くという儒教的な伝統に根差していると思われていた。現在でも、香港のカンフー映画などに見られるカンフーマスターと若き弟子の師弟関係に、どこか近いものが感じられる。 福建省のように結納、三茶、六礼といった式典こそ無いものの、日本にも似たような同性同士の関係があった。 南北朝時代ないし室町時代に成立した「秋夜長物語」など、著名な稚児物語(同性愛文学)に描かれているように仏教寺院の僧侶と稚児の間に年長者が年少者を性的にも愛して導くような関係があったことはよく知られている。また、この風習は武家の間にも浸透し、織田信長と森乱丸[5]のように、儒教的な君臣関係の中に、同性愛的な関係が融合しているケースもある。 江戸時代には、こうした男性同士の関係は「衆道」と呼ばれ、その場合、年少者のほうを特に「念者」と呼ぶような一般的な呼称まで存在した。また同性カップル相互の年齢や社会的な地位が近い場合には「義兄弟」という兄弟関係に擬制されることもあった。この場合はパートナー相互を「念友」と一般的に呼称した。[6] このように、人類の歴史において、おもにユダヤ・キリスト教の影響の及ばない地域では、同性愛の関係も、人間の持つ自然な感情とされ、そのパートナーシップが社会から尊重され、さまざまに制度化されてきた歴史がないわけではない。ただ、それらの多くは、古代ギリシャのペデラスティ、江戸時代の衆道に代表されるように、男女の婚姻関係よりも、師弟関係、君臣関係、親子関係、友人関係などに擬制される場合が多かった。そうでなければベルダーシュ制のように、どちらか一方の社会的な性別の変更を伴った上で、擬制的な異性愛として婚姻関係を結んでいた。 同性愛のカップルが異性愛のカップルである結婚と相似な関係であるとみなされ、性の転換をともなわない状態で、それに擬制され始めたのはごく最近のとこで、19世紀後半から20世紀にかけてと思われる。また本格的に議論の対象になり、社会的に制度化され始めたのは、20世紀も後半になってからのことだ。 一つは、近代社会のベースを作ったのは欧米のキリスト教社会だが、そこでは、同性愛が長きにわたり反自然な罪悪として、禁圧の対象だったことだ。そのためペデラスティやベルダーシュ制に類するような同性同士の社会的な関係に関する伝統的な習俗は絶滅してしまった。 もう一つは、そのキリスト教社会が世俗化し、教会が絶対的な権威を失って、同性愛者たちが社会の表面に現れ始めたのとほぼ同時期に、異性愛カップルの結婚にも変化が現れたことである。それまで結婚は、日本のおイエ(家)制度に代表されるように、結婚する男女が属する共同体同士の絆を結ぶために行われることが一般的だった。しかし近代になって、結婚はそうした前近代的な関係から脱して、個人同士の親密さを基盤とした、よりプライベートな結びつきへと変化していったのである。 とくに20世紀に入って、男女の恋愛関係や結婚が、個人の愛情と意志に基づくことが普通になり、その関係を社会的にも保障する制度などが整備されてきた。それにともない、同性愛者の間にも、そうしたプライベートなパートナー関係への欲求が高まり、同性結婚に対するあこがれや、それを保障するような社会制度を要求する声が、彼らの間からも出始めたものと思われる。 世界で最初の同性結婚カップルは、1989年10月1日に、デンマークの登録パートナーシップ法により結婚した、ゲイの権利活動家のAxel Axgilと実業家のEigil Axgilである。 以下の国や地域の一覧は、2006年2月現在まで、なんらかの形で調査できたものをすべて挙げた。年号は原則として法案成立年である。 まずは、同性結婚を異性間の婚姻と同等とみなし、夫婦とほぼ同じ権利を認める国や地域を挙げる。 サパテロ首相の演説より 「これは、法律用語でできた無味乾燥な一節を単に法典に加えた、という話ではない。言葉の上では小さな変化かもしれないが、何千もの市民の生活にかかわる計り知れない変化をもたらすものだ。私たちは、遠くにいるよく知らない人たちのために法律を制定しているのではない。私たちの隣人や、同僚や、友人や、親族が幸福になる機会を拡大しようとしているのだ」 2003年〜2005年にかけて、オンタリオ州 、ブリティッシュコロンビア州、ケベック州、マニトバ州、ニューブランズウィック州、ノバスコシア州、サスカチュワン州、、ニューファンドランド・ラブラドール州、同様にユーコン準州で、同性結婚の禁止が権利憲章(憲法)に反するとして、それぞれの地区の連邦裁判所が裁定し、それらの管轄区域で同性結婚が合法化された この法律では結婚を「すべての他人を除外した2人の人物の合法的な連合」と定義している、つまり異性間の結婚と同性間の結婚に区別がない。 カナダは居住条件抜きで同性結婚を認めるおそらく唯一の国である。多くの外国の同性カップルが、その結婚が彼らの生国で承認されるかどうかにかかわらず、結婚するためにカナダを訪れた。カナダでの婚姻証明を国内でも認めるかどうかを巡って、アイルランドとイスラエルで訴訟が行われている。 日本人の場合には、2002年5月24日より、海外での結婚に必要な「婚姻要件具備証明書」に婚姻の相手方の性別を記載する欄が新たに設けられ、相手方の性別が同性の場合は「婚姻要件具備証明書」が交付されないとことなっている。そのため、カナダでも、外国人同士の結婚に「婚姻要件具備証明書」の提出が不要な州でなければ同性結婚はできない。[7] 2003年 11月18日 州最高裁が、グッドリッジ対州公衆衛生局の訴訟で、同性結婚を認めないのは州憲法の「状態の平等な保護条項」違反であるとして180日以内の実現を指示する 2005年12月 内務大臣対Fourie の訴訟で最高裁判所が、同性カップルに結婚する権利を与えないのは憲法違反という判決を下す 議会に対して12ヶ月以内に婚姻法を改正するように命じた それまでに議会が改正をしえない場合、自動的に最高裁主導で法律が改正される予定である 養子ができない、教会で婚姻の認知を受けられない、人工授精に健康保険が適用されないという三点を除き、結婚した夫婦と同じ権利を認める。 2005年1月下旬 政府は同性結婚を許可すべきかを検討するため主要政党の委員会を構成、結論は2007年3月30日までに提出される 同性カップルのみ対象、婚姻関係にあるカップルに認められているのと同等の権利・義務。海外からの養子縁組は不可 共同生活を営むカップル(内縁者)を対象とし、同性、異性を問わずその権利を認めたもの。養子ができない、相続権がないなど、婚姻より権利が限定されている。 2004年6月5日にフランス南西部ジロンド県ベグル(Begles)市で、男2人のカップルが下院議員(緑の党所属)のノエル・マメール市長立ち会いの下、市庁舎で結婚式を挙げた。マメール市長は「フランスの民法では異性カップルだけに結婚する権利があるという規定はない。同性カップルの結婚も認められる」という理由から2人の結婚を承認する。その後、結婚の適法性が問われ、裁判が起こされ、一審、二審、最高裁とも結婚を無効とする判決を出した。男性2人は判決を不服として、欧州人権裁判所に上訴し、現在、審理中である。 2004年〜2005年 8地域(トスカーナ州、ウンブリア州、エミリア=ロマーニャ州、カンパニア州、マルケ州、ヴェネト州、プッリャ州、ラツィオ州)でフランスのPACSと同様の制度を導入 1999年 州最高裁判所はベイカー対バーモントの訴訟において、結婚している異性のカップルと相似している同性のカップルに対して州議会は同一の権利を与えなくてならないと判決した 合衆国のこれらの法律においては同性カップルに異性結婚の夫婦に準ずるもしくは、ほぼ同等の権利が認められているものの、法律上の区分では同性パートナーは「配偶者」とはならない。これは1996年に成立した結婚防衛法に抵触しないための配慮と思われる。 また2004年のアメリカ大統領選挙と同時に行われた住民投票で、11州で同性結婚を禁止する州憲法修正案が承認された(アーカンソー州、ジョージア州、ケンタッキー州、ミシガン州、ミシシッピ州、モンタナ州、ノースダコタ州、オハイオ州、オレゴン州、オクラホマ州、ユタ州)良くも悪くも、合衆国では同性結婚を法的に認めるかどうかが重要な政治的争点になっているようである。 2003年 ブエノスアイレス州、リオネグロ州で、2年以上の交際関係にある同性同士に対し、個人的契約という形で各自治体がシビル・ユニオン制度に基づく登録を認めた 2004年 首相ジョン・ハワード首相は、オーストラリア人の同性結婚と海外の同様なシビル・ユニオンがオーストラリアの法律の下で結婚として認知されないよう、結婚法に改正することを提案した。これは結果的にオーストラリアでの同性結婚を禁止することになる。審議途中、労働党の反対に合うが、結果的には、自由党と労働党は同性結婚禁止の法案を支持。2004年8月13日に議会を通過した。 しかし、州レベルでは、ビクトリア州とサウスオーストラリア州の2つの州以外のすべての州が、若干のレベルでの同性間のパートナーシップを承認している。 またウェスタンオーストラリア州、タスマニア州、オーストラリア首都特別地域(ACT)では、アメリカのバーモント州のようにパートナー法が成立している。 以下は、同性結婚は認めていないが、同性カップルの権利に対し、何らかの形で法的な保証をあたえている国である。 1996年までに配偶者控除、1998年以降、寡婦・寡夫控除、2000年までに年金に関する権利、2001年までにパートナーが生物学上の親である場合に限り、その子を養子縁組する権利が認められるようになった。裁判所は、同性カップルにさらなる権利を認める判決を下す傾向にあり、政府は、異性愛カップルに認められる権利の全てを同性愛カップルにも認められる方向で検討を進めている。 異性同士も利用可能、制度を利用したいカップルは、地方自治体役所の社会局に届け出が必要。ハンガリー政府は民法改正にともない、2007年より非登録の同棲制度を利用しているカップルに対し、現行法で認められている権利の拡大を検討(新制度については現在、法案作成中) 2年以上の交際関係にある異性同士と同様の権利が同性同士に付与される。まだ婚姻で付与される権利の大部分は認められていない。 判例により同棲している同性パートナーに婚姻関係がない同棲している異性パートナーと同様の権利を認めた。 3年以上の交際関係にある同性同士に、未婚同棲中の異性同士に認められる相続権、経済的支援に関する権利などが付与される。同時に、性的指向に基づく差別を違法とする法律も制定された。 2001年 地方自治体と地方政党により同性パートナーシップ法(Same-Sex Partnership Law)草案が作成された 2003年 総統府で人権基本法に基づき、同性結婚を承諾する法律制定が提案された。しかし閣僚の間で反対され、それ以来、引き延ばされている。 現在 台湾はまだ同性結婚を認めていない 2003年 全国人民代表会議で同性結婚を許可する法律制定が提案された。 しかし討論の結果、その提案を議事日程に入れるために必要な30票を獲得し損ねた 2004年 ノロドム・シアヌーク国王は同性カップルの結婚を承認する法律制定を支持すると発表した。しかし、その宣言以降、それを承認する立法措置への動きはない 最近の世界的な風潮では徐々に認められつつあるようだが、日本ではまだ同性結婚は、法的には認められていない。これは、国家や政府が同性愛者がカップルとして同棲することを禁止しているという意味ではなく、とりたてて政府がその関係を公証したり、法的に保護するような制度を採用していないという意味である。 日本の法律では、民法上の婚姻の要件について性別を異にするカップルであることを明文上要求していないが、これは、当然のこととして明文化しなかったと推測される。あえて婚姻が男女のみに許されているということの条文上の根拠を求めるとするならば、民法の婚姻に関する規定に男、女、父母、夫婦という表現が採用されていることや、日本国憲法第24条1項が「婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立し」と規定していることなどが挙げられる。 なお、裁判例としては、戸籍法113条に基づく戸籍訂正を認める前提として、同性結婚は民法742条の「婚姻をする意思がないとき」に該当し無効であると判断した事例がある(佐賀家裁審判1999年1月7日家庭裁判月報51巻6号71頁)。また、この判断に対して、婚姻の意思の問題ではなく、同性結婚はそもそも法律上の「婚姻」に該当しないという見解もある。 一方で、最近では同性カップルの共有財産権などを、男女の内縁関係に類似した関係とみなし、ある程度は法律が保護するような判断を下した判決もあり、日本でも、同性カップルの権利が法的にまったく無視されているとも言いきれないところもある。[8] また1970年ごろまでは、日本の同性愛者は、伝統的なイエ(家)制度にならい、イエ(家)を継承する跡継ぎを設けるために、あるいは世間体を繕うために、同性愛者であっても異性と結婚するのが通常だった。その場合、まだ女性の地位の低い時代であり、夫が自分に関心がないことを知りながら、妻が忍耐するのが普通であった。[9] さらに前史でもふれたように、封建時代には、日本では同性愛の関係が、年長者と年少者の擬似的な親子関係とみなされていた歴史もあるため、ごく最近まで、同性愛者間のパートナーシップは、戸籍上、養子縁組の形で登録されてきたという事情もある。[10] そのため、日本の場合、すでに認められている権利と認められていない権利の基準が、あいまいで、司法関係者や行政の窓口の担当者によって判断が違う。同性愛者のカップル自身が、どこまで法的な保護をあてにできるのか、はっきりとわからないところが最大の問題であると指摘する声もある。たとえば、養子縁組の形で戸籍上に関係を登録した同性カップルであっても、遺産相続権をめぐって同性愛の関係であることを理由に、片方の親族から養子縁組関係の無効を要求する訴訟を起こされるようなケースである。 しかし、最近では、近代的な結婚制度に慣れた同性愛者の間で、親子擬制の養子縁組ではなく、男女の結婚のようなきちんとした婚姻関係を結びたいという声も高まってきている。今後、同性結婚を法的に認めていくのか、認めるとしても、どういう制度が最適かは、これから日本でもさまざまに議論をされていくであろう。 ただ、公然と同性愛者が迫害された歴史がなく、また恥の文化でもある日本においては、同性愛者自身が政治的運動を組織していく経験が豊富でなく、同性愛者であることを公表して活動することも難しい。そのためゲイ・リブなどの政治的な要求を掲げて運動する活動が未発達で、活動家や団体の影響力がきわめて少ない。 結果として、同性婚やパートナーシップ制度、シビル・ユニオン制度などが、真面目な政治的な案件として議論されたり、運動の目的とされる機会があまりないのが現状である。 ^ 本論でいう性別は、法律上の性別、すなわち戸籍などの身分登録上の性別を採用することを妥当とみなし、その前提のもとに解説する。 ^ たとえばフランスでは、協議離婚の制度がなく、離婚には必ず家庭裁判所の審判と許可が必要である。むしろ届出だけで婚姻も離婚も成立してしまう日本の婚姻制度はフランスのPACSなみに貧弱な制度であると指摘する意見もある。(参考:水野紀子「カップルの選択-サビーヌ・マゾー=ルブヌール教授講演「個人主義と家族法」コメント」 東北大学大学院法学研究科水野紀子ホームページ、2003年1月14日 「同上」『ジュリスト』1205号、有斐閣、2001年、84-86頁) ^ ベルダーシュという言葉自体は、もともと「同性愛少年奴隷」を指すフランス語が語源らしい。北米大陸にやってきたフランス人がアメリカ先住民の同性愛者や女装者に対して使った呼称が定着し、やがて英語でberdasheという単語が定着したようだ。どこか北米先住民の「奇習」を侮蔑しているようなニュアンスがある。ベルダーシュの北米先住民の間での呼び名は、部族によってまちまちで、そのあり方も部族や時代によって異なっていたようだ。ナバホ族では「ナドレ」モハーヴェ族は、男性から女性になるベルダーシュを「アリハ」女性から男性になるベルダーシュを「フワメ」と呼んだ。クテナイ族では「カパルケ・テク」、ラコタ族やス一族の間では「ウィンクテ」と呼ばれていた。(参考:石井達朗 『異装のセクシャリティ 人は性をこえられるか』 新宿書房、1991年、ISBN 4880081531) ^ 信長と森乱丸の関係については同性愛的な関係ではなかったという異説ならびに異論もある。詳細は森成利参照。また、武田信玄と高坂昌信、伊達政宗と只野作十郎には同性愛が窺える書状が現存するほか、織田信長と前田利家、上杉景勝と清野長範などの主従関係にも同性愛的要素が指摘される二次史料が残っている。 ^ それまで「婚姻要件具備証明書」の従来の様式には性別の記載がなかった。ところが外国で認められている同性結婚に使用するために同証明書が取得される事例があったため、このような同証明書の配布は日本においても同性の婚姻が法律的障害もなく有効に成立するとの誤解を生ずるおそれがあるという理由により、様式が変更された。(参照:「法務省で交付する婚姻要件具備証明書の様式について 平成14年5月24日、法務省民一第一二七四号法務省民事局民事第一課長通知」『戸籍実務六法 平成16年』日本加除出版、2004年、ISBN 4817837047) ^ 戦前の民法では、婚姻には戸主の承諾を必要としたため、婚姻できない事実上の夫婦、内縁者が多かった。そこで日本の民法判例では、内縁者の権利を保護するため、事実婚(内縁関係)を法律婚の法的な権利に準じて解釈してきた慣例があることも影響している。(参照:事実婚) ^ かつては同性愛者の雑誌「薔薇族」にも、「文通欄」に、偽装結婚の相手を探すための「結婚コーナー」があり、同性愛者向けに異性と結婚して子供を作るためのガイダンスが編集長、伊藤文学の筆によって書かれたこともあった。これらは、後の世代の同性愛者の「活動家」たちからは批判されることになる。しかし、当時の時代背景を考えれば、伊藤文学の見解は同性愛者に対する悪意や偏見からのものではなく、むしろ同情的なものであったと評価すべきであろう。 ^ たとえば、かつての沖雅也、日景忠男のカップルの関係が有名。国文学者折口信夫とその弟子藤井春洋、作家吉屋信子と門馬千代の関係も知られている。 赤杉康伸・土屋ゆき・筒井真樹子編著『同性パートナー』社会批評社、2004年 ISBN 491611762X サンダース宮松敬子 『カナダのセクシュアル・マイノリティたち―人権を求めつづけて 』教育史料出版会、2005年 ISBN 4876524564 血縁と婚姻を越えた関係に関する政策提言研究会Rainbow Talkプロジェクト 「同性パートナーへの法的保障を考えるための資料」 Rainbow Talk 2006 配布資料 2006年2月26日 ジョージ・チョーンシー、上杉富之・村上隆則訳『同性婚―ゲイの権利をめぐるアメリカ現代史』明石書店、2006年 ISBN 4750323365 なにわ太郎「「同性カップルに法的保護を付与する法制度を構築するための論点整理」 2005年12月10日、なにわ法学研究所 2006年発行「同性婚〜ゲイの権利をめぐるアメリカ現代史 世界人権問題叢書63〜」同性婚に関する参考記述リンク |
[ 138] 同性結婚 - Wikipedia
[引用サイト] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%8C%E6%80%A7%E7%B5%90%E5%A9%9A
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現在、法律の上では認められていない同性カップルの結婚ですが、日本も少しずつ受け入れる準備を整えているようです。1998年10月埼玉医科大にて、日本で初めての性同一性障害者の性転換手術が行われました。しかし、戸籍上の性別は元のままで、結婚もできなければ就職すら困難であるという状況に、2001年5月埼玉医科大で手術を受けた4人を含めた6人が、戸籍上の性別表記の訂正を求めて、各地の家庭裁判所に申し立てを行いました。 そして、2003年7月、国会で「性同一性障害者の取扱いの特例に関する法律」が成立したのです。その条件は、下記の通りです。 これらをクリアしていれば戸籍の性別変更申請が認められるようになりました。この手続きを踏めば事実上ゲイカップルの結婚は可能というわけです。 日本の憲法では、3章第24条によって「婚姻は、両性(男性と女性)の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない」と定めらおり、同性結婚は現在認められていません。しかし、現実には多くの同性カップルがおり、カナダやスペインの法案を羨ましく思っているはずです。 更に日本では、同性カップルへの、事実婚のような法的保障は何もありません。共有財産も認められず、遺産、年金、保険金ももらうことができません。人権問題の課題のひとつとして「性的嗜好を理由とする差別をなくす」ことがあげられ、国会の憲法調査会でも若干の議論はされたようですが、具体的な取り組みはされないままです。アメリカやカナダほど、同性愛が身近になっていないだけに、日本では生活上必要な最低限の保障もないのが現実です。 アメリカでは、州や郡によって同性結婚に対する見解が違います。1996年クリントン元大統領の署名によって成立した「結婚防衛法」という連邦法では、結婚の定義は男女間となっています。 しかし、マサチューセッツ州では、2003年11月に州の最高裁が「同性の結婚を認めないというのは、全ての人を同等に扱うという州の憲法に違反したものである」という決断を下し、同性結婚を認める動きとなりました。また、オレゴン州マルトノマ郡では2004年3月から同性カップルにも結婚証明書を発行しています。 1998年オレゴン州最高裁判決によって性嗜好での差別が禁止されているとの理由からです。サンフランシスコでは、2004年2月に市長が同性の結婚にも証明書を発行するようにとの通達を出し、これによって何千組ものカップルがサンフランシスコで結婚しました。そんな中、現在約38もの州が同性結婚を禁止する措置を取っており、多くの同性カップルが法廷で争っています。 2005年6月、スペイン下院は同性カップル間の結婚と養子受け入れを認める法案を賛成187、反対147で可決しました。その後7月、国王の署名をもって施行されるに至りました。 施行されるとすぐに、多くの同性カップルが婚姻の手続きを始めました。中には、30年も付き合ってきたという男性カップルもいて、ようやく結婚式を挙げることができたと話題になりました。また、マドリッドの市民登録所ではたった1日で3組が同性結婚手続きを行い、40組もの問い合わせがあったことなど、これはスペインでも待ち望まれた法案だったようです。 しかし、一方が外国人の同性カップルの婚姻が拒否されたなど、施行されたばかりで手続きにトラブルが発生しているのも事実なようで、今後それらのトラブルをどう解決していくかが一つの論点になっています。 2005年7月、カナダは世界で第3番目に同性結婚を合法化した国となりました。議論が重ねられた同性結婚法案でしたが、上院47対21の決議によって賛成派が勝利し、可決しました。カナダではこれ以前より、同性結婚の認可を求める裁判が行われており、7州の裁判所が従来の婚姻の定義は憲法に違反するとの意見を出していたのでした。 オンタリオ州トロント市は、北米初、同性婚を認めたとして注目を集めました。オランダやベルギーでは、それらの国の国籍か永住権を持つ人にのみ認められた法案でしたが、トロントではそういった条件はなく、外国人にも婚姻証明書を発行するとしています。そのため、世界各地の同性カップルから問い合わせが殺到しました。しかし、外国人の場合、婚姻の効力はその国の判断に任されるとしています。 2003年1月30日、ベルギー下院が同性婚を認める政府提出の法案を可決しました。これは2001年4月に同性結婚法が施行されたオランダに続くもので、世界で2番目にあたります。しかし、ベルギーでは、すでに「登録パートナーシップ制」は同性カップルにも適用されていたので、同性カップルの認可という意味ではベルギーは非常に進んだ国であると言えるでしょう。 この法案が施行されたのは、2003年6月で、ベルギーの民間調査団体が主要6都市で調査したところ、2003年9月までの4ヶ月間で139組の同性婚姻者が誕生し、その比率は全体の婚姻比率の約4.9%にのぼると言われています。興味深いことに、これらの婚姻者たちの3分の2は男性同士のカップルでした。この法案では、男性カップルが養子を取ることはできません。養子縁組に関しては、レズビアンのカップルで血のつながった母親のみが合法的な片親として認められています。 オランダでは2000年オランダ議会上院において、同性結婚が認められました。この法律によって、同性のカップルにも男女の結婚と同じ権利を与えられるようになりました。この法律が施行された2001年4月1日には、男性同士3組、女性同士1組の結婚式がアムステルダム市長によってとり行われましたが、政府閣僚も出席するなど、その結婚式はテレビ中継され、一大ニュースとなりました。 オランダで施行されたこの法律は、厳密には異性同士の結婚と全く同じ権利が与えられたとは言えないようです。もちろん、財産や相続、社会保障などは異性同士の結婚と同等権利を持ちますが、海外から養子を迎えることはできず、また、永住権を持たない外国人はオランダで結婚できないなどの規制もあります。 デンマークは世界でいち早く同性結婚を認めた国です。1989年、同性間の凖婚姻制度を導入しました。これによって相続、扶養、財産、社会保障、税金などは、異性間夫婦と同じ扱いを受けられます。つまり、パートナーの財産を相続する正当な権利を得ること、保険など、パートナーの扶養になること、お互いの財産を正当に共有すること、個人が2人ではなく夫婦として税金を収めることが可能になったのです。 しかし、あくまで準婚姻制度なので、通常の婚姻と全く同じ権利が与えられたわけではありません。教会での挙式はできませんし、また、養子を迎えることもできません。つまり、デンマークでの同性結婚とは、2人だけの結びつきでその後、家族が増えることはない結婚スタイルになります。しかし、何年もの間、認められずにきた関係が、全てではないにしろ国に認められたということが、その後の世界の認識を変えるるきっかけとなったことは間違いありません。 |
[ 139] 同性結婚について - 結婚のすべて
[引用サイト] http://kekkon.homn.net/dousei.html
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同性結婚(どうせいけっこん、英:same-sex marriage)とは、男と男、女と女が結婚することをいう。つまり性別のカテゴリーが同じ者同士[1]が男女の夫婦のように性的な親密さを基礎として継続して社会的にも経済的にもパートナーシップを築き、それを維持することを指す。そして、その関係には、男女の夫婦と同じく、ある種の社会的な承認が付与され、法的な保障や保護が行われる。そうした慣習や法制度のことでもある。 現在の日本の法律では、同性結婚は、まだ認められてはいない。しかし世界には、認めている国や地域はいくつかあり、認めるかどうか、さかんに議論されている国もある。世界的には認められていく方向にあるようである。 一般的に結婚は、男女の間に交わされる関係と解釈されてきた。 しかし、ここでは、結婚を愛情や性的な親密さにもとづいた男女の関係を、ある社会が、血縁ではない家族関係として承認し、尊重していく制度と考えてみる。 たいていは社会の要請を受け、国家や政府、またはそれに類する関係機関が、その当事者同士の関係を公証し、何らかの法的な保護を行なっていく慣習や制度を持っている。 たとえば、日本でいえば、男女の結婚は、婚姻届を役所に提出することで成立し(法律婚主義)、戸籍上に両者の関係が記載され、その関係を公証してもらえる。同氏を名乗る権利および義務を持ち、互いに同居、協力、扶助、貞操などの義務があるが、たがいの血族から姻族として親族として扱われる。また、互いの生活財の共有権や遺産相続権などを法律が保障する。また税法上、社会保障上の優遇措置などが受けられる。また、パートナーの一方が病気や障害を負ったときも、家族とみなされるため、互いの介護や看護などに特別な資格がなくても携われる。 同性間の関係を法的に認めるには、二つの方法がある。一つは、法律上の婚姻の定義をジェンダーレスにする方法である。「愛情や性的な親密さに基づいた男女の関係」から「愛情や性的な親密さに基づいた両当事者間の関係」と改めてしまう。オランダやベルギーなどは、そうした方法で、法律上も同性同士の婚姻関係を異性同士の婚姻関係と同等とした。同じように身分登録簿(戸籍)に記載して、同性カップルの法的な権利を認めている。 もう一つは、男女の婚姻とは別枠の制度として、異性結婚の夫婦に認められる権利の全部もしくは一部を同性カップルにも認め、保証するという法律(パートナーシップ法などと呼ばれる)を作る方法である。 デンマークやノルウェー、スウェーデンなど、パートナー法が成立している国は多い。 まず、結婚を、同居、協力、扶助、貞操など互いの義務と、生活財の共有権や遺産相続権などの互いの権利とを相互に規定した一種の民事的な契約関係であるとみなしてみる。パートナー法とはそうした婚姻に付随する権利と義務のすべて、もしくはいくつかを、同性間のパートナーシップにも認め、民事契約関係を政府が公証したり、制度的に保障したりする内容を持つ法律のことである。 呼称はドメスチックパートナー法(domestic partner)、登録パートナーシップ法(registered partnership)、シビルユニオン法(civil union)など、国によってさまざまである。これらも日本などのマスコミで報道される時には、「ゲイの結婚」とか「同性愛者の結婚」と呼ばれることも多く、広い意味では同性結婚と見なされる。 パートナー法において、どの程度の義務と権利が認められるかは、国によってまちまちで、中には、イギリスやドイツのように男女の結婚とほぼ同等の権利、義務、保障が受けられるケースもある。権利が制限される場合には、親族として扱われる権利や、遺産相続権、養子縁組資格などが制限される場合が多い。 こうしたパートナー法が作られる理由の一つは、キリスト教の教義では「結婚」は、人が神と結びつくための儀式である秘蹟(sacrament)の一つとされるためだろう。おもに伝統的にキリスト教の影響が強い国で、反対派の批判をかわすため、同性結婚をタテマエ上、「結婚」ではないと見なす必要があることが理由と思われる。 また、変わった法律では、フランスの民事連帯契約法(Civil Solidarity Pact Act PACS)のように、当事者自身が自由に契約内容を決め、契約書を作成し、それを裁判所に提出して公証してもらうような制度もある。これはフランスでは婚姻や離婚に関する法律的な条件が日本などに比較するとハードなためらしく、何らかの理由で結婚できない異性愛の同棲カップルが、同性のカップルと同様、PACSを利用したりする場合もある。[2] また同性結婚を認めてこそいないが、裁判の判例や行政命令などで、同性同士のカップルにある程度の権利を認め、それを保証している国もいくつかある。 人類には、異性愛者ばかりでなく同性愛者もいることは有史以来知られていた。しかし同性愛者の結婚について、本格的に議論され始めたのは、ごく最近で1980年ごろからである。法制度的に整備され始めたのは、世界的に見ても1990年代からである。 ただ、それ以前の社会でも、同性同士の間で、相互に性的な魅力を感じ、親密さや愛情をもって結びつく関係が無かったわけではない。また、社会が、その二人の関係を特別な関係として承認していた歴史もあった。 歴史上で確認された最古の同性カップルは、古代エジプトの、KhnumhotepとNiankhkhnumであると言われている。彼らはエジプト第5王朝の時期にニウセルラー王(Niussere)の宮殿のマニキュア師の監督官の称号を共有しており、「国王の腹心たち」と記された墓に共に埋葬されている。 欧米などキリスト教社会では、同性愛は「自然に反する罪」とされ、嫌悪されてきた歴史がある。しかし、ヨーロッパでも、キリスト教が普及する以前には、同性愛のカップルが社会的に承認されていた記録は存在する。 たとえば古代ギリシアの少年愛[Paiderastia(パイデラスティアー ギリシア語)/Pedrasty(ペデラスティー 英語)におけるエラステース(erastes)(年上の男性=念兄)とエローメノス(eromenos)(青少年=念弟)との間の関係はよく知られている。それは、いくつかの面で結婚と類似しているといわれている。 たとえば、エローメノス側の年齢は、当時、女性が結婚した年齢とぼぼ同じ10代半ばであり、二人の関係を始めるにはエローメノスの父親の同意が必要だった。女性との結婚と同様、求愛者であるエラステースの社会的地位が問題にされ、その関係は、結婚と同様、性的な側面だけでなく、特別な社会的宗教的な責任が伴っていた。 また古代ローマでは、皇帝ネロが、異なる時期にそれぞれ異なる男性を相手に結婚した記録がある。ディオクレティアヌス帝も男性と関係を持ったと伝えられている。キリスト教化される以前の古代ローマ人にとって、同性同士の性行為は何らタブーではなかったようだ。 また皇帝や貴族ではない一般の市民たちの間でも、古代ギリシア同様、同性愛的な関係が社会的に承認され、整然と制度化されていた可能性が高い。 しかしネロ帝の事例では、一人の相手とは、帝自らが女装し、女性として結婚式を挙げており、もう一人の相手とは、逆に皇帝は男性の立場だったが、相手のスポルスは、性転換させて女性にした少年奴隷だった。後者のスポルスとの婚姻の場合は、現在でいえば、性同一性障害者の性転換後の結婚と同様なものと考えられる。ネロ帝自身、スポルスを妻として遇しており、厳密には同性結婚としては考えない方が良いかもしれない。 ネロ帝の少年奴隷と同様に、同性同士の一方が、性を転換して結婚することが、社会的に承認され、制度化されていた例としては、北アメリカ大陸の先住民族の若干の部族に、かつて存在したベルダーシュ(berdache)制が挙げられる。 これは、身体は男性であっても女性の心を持つと主張する個人、または逆に身体は女性であっても男性の心を持つと主張する個人には、幼少期から女性(男性)の役割と責任を引き受けることで、女性(男性)として生きることを、その部族社会が承認し、その心の性の人間として扱う制度である。 部族社会からベルダーシュと認められた彼ら(彼女ら)は、当然のように部族の他の男性(女性)と結婚することが可能であった。その場合、ベルダーシュたちは自然な女性(男性)と同様に「妻(夫)」として高く評価された。 同様な制度はベーリング海峡流域の島に居住するアレウト族、コディアック族、チャクチ族などにもあり、今世紀初めには、まだ見られたようだ。 このベルダーシュ制は、近代以前の同性結婚の例として、社会学や同性愛研究の文献などにもよく登場する。こうした制度は、近代文明が波及するにしたがい、白人の宣教師たちによって「同性愛的な悪習」とされ、禁止され失われていった。そして、20世紀後半からは、今度は近代的な性同一性障害者の性転換治療という近代科学的な装いをまとった「治療法」が、全世界的レベルで普及していくことになる。 一方、古代ギリシャのペデラスティとほぼ同様な制度も、東アジアやアフリカなど、世界の他の地域にも存在した。 たとえば、中国の明代から清代にかけて福建省の南部では、同性愛(当時は「南風」と呼ばれていた)が流行していた。大量の史料によって、当時この一帯では「契兄弟」と「契児」が盛んに行われていたことが裏づけられている。 たとえば、沈徳府(1578年-1642年)の『万暦野獲編』補遺巻三の「契兄弟」にはこうある。 「福建人はひどく男色を重んじ、貴賎、美醜を問わず、それぞれ同類ということで付き合う。年上のほうが契兄、若い方が契弟になる。弟の父母は兄を娘婿のように慈しみ可愛がり、弟のその後の生計や妻を娶る費用は、すべて契兄が引き受ける。たがいに愛し合う者は、正月を迎えるにも夫婦のように寝台を共にすることを尊ぶ。はなはだ親しいのに思いどおりにならない者が、抱き合って波中に溺れる(心中する)ことがつねにみられる。これは年齢も容貌も似たりよったりである者だけである」()内は筆者 「ちかごろ契児と称するものは淫を好み、ともすると多額の金を費やして容貌の美しい者を集め、寝具をいいものにすることを重んじ、父親を自任し、多数の若者を子どものように扱う」 とある。同性愛の関係が「契兄弟」「契児」といった擬制的な兄弟関係、親子関係として扱われていたことがわかる。 福建のこの風習は、売春のような一時的な快楽を追求する性的な遊びのようなものではなく、かなりまじめなものだったようだ。特に契兄弟の同居は婚姻に似通い、たがいに貞操義務を持っていた、二人の関係は公然たるもので、父母や親戚、朋友など社会的にも認められていた。さらに二人が関係を始めるに当たっては、契弟や契児が童貞(つまり初婚)であれば、初婚の女性と婚姻する場合と同じように、契兄や契父は結納を贈り、三茶、六礼といった婚姻と同様の儀式が行われていた。[4] 一般に、この風習は、年長者が、仁をもって年少者を導くという儒教的な伝統に根差していると思われていた。現在でも、香港のカンフー映画などに見られるカンフーマスターと若き弟子の師弟関係に、どこか近いものが感じられる。 福建省のように結納、三茶、六礼といった式典こそ無いものの、日本にも似たような同性同士の関係があった。 南北朝時代ないし室町時代に成立した「秋夜長物語」など、著名な稚児物語(同性愛文学)に描かれているように仏教寺院の僧侶と稚児の間に年長者が年少者を性的にも愛して導くような関係があったことはよく知られている。また、この風習は武家の間にも浸透し、織田信長と森乱丸[5]のように、儒教的な君臣関係の中に、同性愛的な関係が融合しているケースもある。 江戸時代には、こうした男性同士の関係は「衆道」と呼ばれ、その場合、年少者のほうを特に「念者」と呼ぶような一般的な呼称まで存在した。また同性カップル相互の年齢や社会的な地位が近い場合には「義兄弟」という兄弟関係に擬制されることもあった。この場合はパートナー相互を「念友」と一般的に呼称した。[6] このように、人類の歴史において、おもにユダヤ・キリスト教の影響の及ばない地域では、同性愛の関係も、人間の持つ自然な感情とされ、そのパートナーシップが社会から尊重され、さまざまに制度化されてきた歴史がないわけではない。ただ、それらの多くは、古代ギリシャのペデラスティ、江戸時代の衆道に代表されるように、男女の婚姻関係よりも、師弟関係、君臣関係、親子関係、友人関係などに擬制される場合が多かった。そうでなければベルダーシュ制のように、どちらか一方の社会的な性別の変更を伴った上で、擬制的な異性愛として婚姻関係を結んでいた。 同性愛のカップルが異性愛のカップルである結婚と相似な関係であるとみなされ、性の転換をともなわない状態で、それに擬制され始めたのはごく最近のとこで、19世紀後半から20世紀にかけてと思われる。また本格的に議論の対象になり、社会的に制度化され始めたのは、20世紀も後半になってからのことだ。 一つは、近代社会のベースを作ったのは欧米のキリスト教社会だが、そこでは、同性愛が長きにわたり反自然な罪悪として、禁圧の対象だったことだ。そのためペデラスティやベルダーシュ制に類するような同性同士の社会的な関係に関する伝統的な習俗は絶滅してしまった。 もう一つは、そのキリスト教社会が世俗化し、教会が絶対的な権威を失って、同性愛者たちが社会の表面に現れ始めたのとほぼ同時期に、異性愛カップルの結婚にも変化が現れたことである。それまで結婚は、日本のおイエ(家)制度に代表されるように、結婚する男女が属する共同体同士の絆を結ぶために行われることが一般的だった。しかし近代になって、結婚はそうした前近代的な関係から脱して、個人同士の親密さを基盤とした、よりプライベートな結びつきへと変化していったのである。 とくに20世紀に入って、男女の恋愛関係や結婚が、個人の愛情と意志に基づくことが普通になり、その関係を社会的にも保障する制度などが整備されてきた。それにともない、同性愛者の間にも、そうしたプライベートなパートナー関係への欲求が高まり、同性結婚に対するあこがれや、それを保障するような社会制度を要求する声が、彼らの間からも出始めたものと思われる。 世界で最初の同性結婚カップルは、1989年10月1日に、デンマークの登録パートナーシップ法により結婚した、ゲイの権利活動家のAxel Axgilと実業家のEigil Axgilである。 以下の国や地域の一覧は、2006年2月現在まで、なんらかの形で調査できたものをすべて挙げた。年号は原則として法案成立年である。 まずは、同性結婚を異性間の婚姻と同等とみなし、夫婦とほぼ同じ権利を認める国や地域を挙げる。 サパテロ首相の演説より 「これは、法律用語でできた無味乾燥な一節を単に法典に加えた、という話ではない。言葉の上では小さな変化かもしれないが、何千もの市民の生活にかかわる計り知れない変化をもたらすものだ。私たちは、遠くにいるよく知らない人たちのために法律を制定しているのではない。私たちの隣人や、同僚や、友人や、親族が幸福になる機会を拡大しようとしているのだ」 2003年〜2005年にかけて、オンタリオ州 、ブリティッシュコロンビア州、ケベック州、マニトバ州、ニューブランズウィック州、ノバスコシア州、サスカチュワン州、、ニューファンドランド・ラブラドール州、同様にユーコン準州で、同性結婚の禁止が権利憲章(憲法)に反するとして、それぞれの地区の連邦裁判所が裁定し、それらの管轄区域で同性結婚が合法化された この法律では結婚を「すべての他人を除外した2人の人物の合法的な連合」と定義している、つまり異性間の結婚と同性間の結婚に区別がない。 カナダは居住条件抜きで同性結婚を認めるおそらく唯一の国である。多くの外国の同性カップルが、その結婚が彼らの生国で承認されるかどうかにかかわらず、結婚するためにカナダを訪れた。カナダでの婚姻証明を国内でも認めるかどうかを巡って、アイルランドとイスラエルで訴訟が行われている。 日本人の場合には、2002年5月24日より、海外での結婚に必要な「婚姻要件具備証明書」に婚姻の相手方の性別を記載する欄が新たに設けられ、相手方の性別が同性の場合は「婚姻要件具備証明書」が交付されないとことなっている。そのため、カナダでも、外国人同士の結婚に「婚姻要件具備証明書」の提出が不要な州でなければ同性結婚はできない。[7] 2003年 11月18日 州最高裁が、グッドリッジ対州公衆衛生局の訴訟で、同性結婚を認めないのは州憲法の「状態の平等な保護条項」違反であるとして180日以内の実現を指示する 2005年12月 内務大臣対Fourie の訴訟で最高裁判所が、同性カップルに結婚する権利を与えないのは憲法違反という判決を下す 議会に対して12ヶ月以内に婚姻法を改正するように命じた それまでに議会が改正をしえない場合、自動的に最高裁主導で法律が改正される予定である 養子ができない、教会で婚姻の認知を受けられない、人工授精に健康保険が適用されないという三点を除き、結婚した夫婦と同じ権利を認める。 2005年1月下旬 政府は同性結婚を許可すべきかを検討するため主要政党の委員会を構成、結論は2007年3月30日までに提出される 同性カップルのみ対象、婚姻関係にあるカップルに認められているのと同等の権利・義務。海外からの養子縁組は不可 共同生活を営むカップル(内縁者)を対象とし、同性、異性を問わずその権利を認めたもの。養子ができない、相続権がないなど、婚姻より権利が限定されている。 2004年6月5日にフランス南西部ジロンド県ベグル(Begles)市で、男2人のカップルが下院議員(緑の党所属)のノエル・マメール市長立ち会いの下、市庁舎で結婚式を挙げた。マメール市長は「フランスの民法では異性カップルだけに結婚する権利があるという規定はない。同性カップルの結婚も認められる」という理由から2人の結婚を承認する。その後、結婚の適法性が問われ、裁判が起こされ、一審、二審、最高裁とも結婚を無効とする判決を出した。男性2人は判決を不服として、欧州人権裁判所に上訴し、現在、審理中である。 2004年〜2005年 8地域(トスカーナ州、ウンブリア州、エミリア=ロマーニャ州、カンパニア州、マルケ州、ヴェネト州、プッリャ州、ラツィオ州)でフランスのPACSと同様の制度を導入 1999年 州最高裁判所はベイカー対バーモントの訴訟において、結婚している異性のカップルと相似している同性のカップルに対して州議会は同一の権利を与えなくてならないと判決した 合衆国のこれらの法律においては同性カップルに異性結婚の夫婦に準ずるもしくは、ほぼ同等の権利が認められているものの、法律上の区分では同性パートナーは「配偶者」とはならない。これは1996年に成立した結婚防衛法に抵触しないための配慮と思われる。 また2004年のアメリカ大統領選挙と同時に行われた住民投票で、11州で同性結婚を禁止する州憲法修正案が承認された(アーカンソー州、ジョージア州、ケンタッキー州、ミシガン州、ミシシッピ州、モンタナ州、ノースダコタ州、オハイオ州、オレゴン州、オクラホマ州、ユタ州)良くも悪くも、合衆国では同性結婚を法的に認めるかどうかが重要な政治的争点になっているようである。 2003年 ブエノスアイレス州、リオネグロ州で、2年以上の交際関係にある同性同士に対し、個人的契約という形で各自治体がシビル・ユニオン制度に基づく登録を認めた 2004年 首相ジョン・ハワード首相は、オーストラリア人の同性結婚と海外の同様なシビル・ユニオンがオーストラリアの法律の下で結婚として認知されないよう、結婚法に改正することを提案した。これは結果的にオーストラリアでの同性結婚を禁止することになる。審議途中、労働党の反対に合うが、結果的には、自由党と労働党は同性結婚禁止の法案を支持。2004年8月13日に議会を通過した。 しかし、州レベルでは、ビクトリア州とサウスオーストラリア州の2つの州以外のすべての州が、若干のレベルでの同性間のパートナーシップを承認している。 またウェスタンオーストラリア州、タスマニア州、オーストラリア首都特別地域(ACT)では、アメリカのバーモント州のようにパートナー法が成立している。 以下は、同性結婚は認めていないが、同性カップルの権利に対し、何らかの形で法的な保証をあたえている国である。 1996年までに配偶者控除、1998年以降、寡婦・寡夫控除、2000年までに年金に関する権利、2001年までにパートナーが生物学上の親である場合に限り、その子を養子縁組する権利が認められるようになった。裁判所は、同性カップルにさらなる権利を認める判決を下す傾向にあり、政府は、異性愛カップルに認められる権利の全てを同性愛カップルにも認められる方向で検討を進めている。 異性同士も利用可能、制度を利用したいカップルは、地方自治体役所の社会局に届け出が必要。ハンガリー政府は民法改正にともない、2007年より非登録の同棲制度を利用しているカップルに対し、現行法で認められている権利の拡大を検討(新制度については現在、法案作成中) 2年以上の交際関係にある異性同士と同様の権利が同性同士に付与される。まだ婚姻で付与される権利の大部分は認められていない。 判例により同棲している同性パートナーに婚姻関係がない同棲している異性パートナーと同様の権利を認めた。 3年以上の交際関係にある同性同士に、未婚同棲中の異性同士に認められる相続権、経済的支援に関する権利などが付与される。同時に、性的指向に基づく差別を違法とする法律も制定された。 2001年 地方自治体と地方政党により同性パートナーシップ法(Same-Sex Partnership Law)草案が作成された 2003年 総統府で人権基本法に基づき、同性結婚を承諾する法律制定が提案された。しかし閣僚の間で反対され、それ以来、引き延ばされている。 現在 台湾はまだ同性結婚を認めていない 2003年 全国人民代表会議で同性結婚を許可する法律制定が提案された。 しかし討論の結果、その提案を議事日程に入れるために必要な30票を獲得し損ねた 2004年 ノロドム・シアヌーク国王は同性カップルの結婚を承認する法律制定を支持すると発表した。しかし、その宣言以降、それを承認する立法措置への動きはない 最近の世界的な風潮では徐々に認められつつあるようだが、日本ではまだ同性結婚は、法的には認められていない。これは、国家や政府が同性愛者がカップルとして同棲することを禁止しているという意味ではなく、とりたてて政府がその関係を公証したり、法的に保護するような制度を採用していないという意味である。 日本の法律では、民法上の婚姻の要件について性別を異にするカップルであることを明文上要求していないが、これは、当然のこととして明文化しなかったと推測される。あえて婚姻が男女のみに許されているということの条文上の根拠を求めるとするならば、民法の婚姻に関する規定に男、女、父母、夫婦という表現が採用されていることや、日本国憲法第24条1項が「婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立し」と規定していることなどが挙げられる。 なお、裁判例としては、戸籍法113条に基づく戸籍訂正を認める前提として、同性結婚は民法742条の「婚姻をする意思がないとき」に該当し無効であると判断した事例がある(佐賀家裁審判1999年1月7日家庭裁判月報51巻6号71頁)。また、この判断に対して、婚姻の意思の問題ではなく、同性結婚はそもそも法律上の「婚姻」に該当しないという見解もある。 一方で、最近では同性カップルの共有財産権などを、男女の内縁関係に類似した関係とみなし、ある程度は法律が保護するような判断を下した判決もあり、日本でも、同性カップルの権利が法的にまったく無視されているとも言いきれないところもある。[8] また1970年ごろまでは、日本の同性愛者は、伝統的なイエ(家)制度にならい、イエ(家)を継承する跡継ぎを設けるために、あるいは世間体を繕うために、同性愛者であっても異性と結婚するのが通常だった。その場合、まだ女性の地位の低い時代であり、夫が自分に関心がないことを知りながら、妻が忍耐するのが普通であった。[9] さらに前史でもふれたように、封建時代には、日本では同性愛の関係が、年長者と年少者の擬似的な親子関係とみなされていた歴史もあるため、ごく最近まで、同性愛者間のパートナーシップは、戸籍上、養子縁組の形で登録されてきたという事情もある。[10] そのため、日本の場合、すでに認められている権利と認められていない権利の基準が、あいまいで、司法関係者や行政の窓口の担当者によって判断が違う。同性愛者のカップル自身が、どこまで法的な保護をあてにできるのか、はっきりとわからないところが最大の問題であると指摘する声もある。たとえば、養子縁組の形で戸籍上に関係を登録した同性カップルであっても、遺産相続権をめぐって同性愛の関係であることを理由に、片方の親族から養子縁組関係の無効を要求する訴訟を起こされるようなケースである。 しかし、最近では、近代的な結婚制度に慣れた同性愛者の間で、親子擬制の養子縁組ではなく、男女の結婚のようなきちんとした婚姻関係を結びたいという声も高まってきている。今後、同性結婚を法的に認めていくのか、認めるとしても、どういう制度が最適かは、これから日本でもさまざまに議論をされていくであろう。 ただ、公然と同性愛者が迫害された歴史がなく、また恥の文化でもある日本においては、同性愛者自身が政治的運動を組織していく経験が豊富でなく、同性愛者であることを公表して活動することも難しい。そのためゲイ・リブなどの政治的な要求を掲げて運動する活動が未発達で、活動家や団体の影響力がきわめて少ない。 結果として、同性婚やパートナーシップ制度、シビル・ユニオン制度などが、真面目な政治的な案件として議論されたり、運動の目的とされる機会があまりないのが現状である。 ^ 本論でいう性別は、法律上の性別、すなわち戸籍などの身分登録上の性別を採用することを妥当とみなし、その前提のもとに解説する。 ^ たとえばフランスでは、協議離婚の制度がなく、離婚には必ず家庭裁判所の審判と許可が必要である。むしろ届出だけで婚姻も離婚も成立してしまう日本の婚姻制度はフランスのPACSなみに貧弱な制度であると指摘する意見もある。(参考:水野紀子「カップルの選択-サビーヌ・マゾー=ルブヌール教授講演「個人主義と家族法」コメント」 東北大学大学院法学研究科水野紀子ホームページ、2003年1月14日 「同上」『ジュリスト』1205号、有斐閣、2001年、84-86頁) ^ ベルダーシュという言葉自体は、もともと「同性愛少年奴隷」を指すフランス語が語源らしい。北米大陸にやってきたフランス人がアメリカ先住民の同性愛者や女装者に対して使った呼称が定着し、やがて英語でberdasheという単語が定着したようだ。どこか北米先住民の「奇習」を侮蔑しているようなニュアンスがある。ベルダーシュの北米先住民の間での呼び名は、部族によってまちまちで、そのあり方も部族や時代によって異なっていたようだ。ナバホ族では「ナドレ」モハーヴェ族は、男性から女性になるベルダーシュを「アリハ」女性から男性になるベルダーシュを「フワメ」と呼んだ。クテナイ族では「カパルケ・テク」、ラコタ族やス一族の間では「ウィンクテ」と呼ばれていた。(参考:石井達朗 『異装のセクシャリティ 人は性をこえられるか』 新宿書房、1991年、ISBN 4880081531) ^ 信長と森乱丸の関係については同性愛的な関係ではなかったという異説ならびに異論もある。詳細は森成利参照。また、武田信玄と高坂昌信、伊達政宗と只野作十郎には同性愛が窺える書状が現存するほか、織田信長と前田利家、上杉景勝と清野長範などの主従関係にも同性愛的要素が指摘される二次史料が残っている。 ^ それまで「婚姻要件具備証明書」の従来の様式には性別の記載がなかった。ところが外国で認められている同性結婚に使用するために同証明書が取得される事例があったため、このような同証明書の配布は日本においても同性の婚姻が法律的障害もなく有効に成立するとの誤解を生ずるおそれがあるという理由により、様式が変更された。(参照:「法務省で交付する婚姻要件具備証明書の様式について 平成14年5月24日、法務省民一第一二七四号法務省民事局民事第一課長通知」『戸籍実務六法 平成16年』日本加除出版、2004年、ISBN 4817837047) ^ 戦前の民法では、婚姻には戸主の承諾を必要としたため、婚姻できない事実上の夫婦、内縁者が多かった。そこで日本の民法判例では、内縁者の権利を保護するため、事実婚(内縁関係)を法律婚の法的な権利に準じて解釈してきた慣例があることも影響している。(参照:事実婚) ^ かつては同性愛者の雑誌「薔薇族」にも、「文通欄」に、偽装結婚の相手を探すための「結婚コーナー」があり、同性愛者向けに異性と結婚して子供を作るためのガイダンスが編集長、伊藤文学の筆によって書かれたこともあった。これらは、後の世代の同性愛者の「活動家」たちからは批判されることになる。しかし、当時の時代背景を考えれば、伊藤文学の見解は同性愛者に対する悪意や偏見からのものではなく、むしろ同情的なものであったと評価すべきであろう。 ^ たとえば、かつての沖雅也、日景忠男のカップルの関係が有名。国文学者折口信夫とその弟子藤井春洋、作家吉屋信子と門馬千代の関係も知られている。 赤杉康伸・土屋ゆき・筒井真樹子編著『同性パートナー』社会批評社、2004年 ISBN 491611762X サンダース宮松敬子 『カナダのセクシュアル・マイノリティたち―人権を求めつづけて 』教育史料出版会、2005年 ISBN 4876524564 血縁と婚姻を越えた関係に関する政策提言研究会Rainbow Talkプロジェクト 「同性パートナーへの法的保障を考えるための資料」 Rainbow Talk 2006 配布資料 2006年2月26日 ジョージ・チョーンシー、上杉富之・村上隆則訳『同性婚―ゲイの権利をめぐるアメリカ現代史』明石書店、2006年 ISBN 4750323365 なにわ太郎「「同性カップルに法的保護を付与する法制度を構築するための論点整理」 2005年12月10日、なにわ法学研究所 2006年発行「同性婚〜ゲイの権利をめぐるアメリカ現代史 世界人権問題叢書63〜」同性婚に関する参考記述リンク |
[ 140] 同性結婚 - Wikipedia
[引用サイト] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%8C%E6%80%A7%E5%A9%9A
