結成とは?
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スマッシング・パンプキンズ、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン、ポリス、スパイス・ガールズ、米米CLUB、イエロー・マジック・オーケストラ(もっともHASYMOは、“今回の音楽”では“HASYMO”という新しい名前での“参加”だし、Yellow Magic OrchestraはCMのためだけに“集結”という表現を用いている)……。昨今、かつて“スーパーグループ”と目されていたアーティストたちの再結成が目立っている。このような現象は90年代の中ごろ、イーグルスやキッスの再結成が話題になって以来のこと。ただ、ここ最近こうした再結成の背景や、再結成に対しての世間の理解も10年前と比べたらずいぶん変化してきたように思う。今回はそんな“昨今の再結成事情”について検証してみることにしよう。 “再結成”と聞いて一般の音楽リスナーが思い浮かべがちな考え方に“お金のため”というものがある。つまり“バンドの解散後、次のバンドやソロ活動がパッとしない人たちが金欲しさにバンドを再結成させる”というものである。実際、90年代においてイーグルスやキッスが再結成した際に、やり手の興業師が背後にいたことは有名な話でもある。また、“演奏者”としての意識がひときわ強い70〜80年代のハードロック〜ヘビーメタル系のアーティストは、バンドをひとつの“ビシネスパートナー”として見ることも珍しくなく、よってこのような再結成のやり方に対して比較的割り切りが良かったこともたしか。昨今の再結成でいえばポリスやジェネシス、スパイス・ガールズに関してはツアー規模のばく大さから考えても、このケースに該当すると思われる。 こういう再結成アーティストの動きに対し、ひと昔前は、大きな話題となる一方で反発の声もずいぶんと大きかった。「ロックは“金のため”にやるもんじゃない」「再結成したからって、黄金期のバンドケミストリーなんて戻って来はしない!」。とかく、音楽に対する思い入れが深ければ深いほど、人はバンドという存在が持つ“一回性”や“純粋さ”を信じたいと思うもの。あまりにもビジネスライクな側面ばかりが強調された再結成なら、そういう声が上がるのも妥当なことではある。 だが、そんな再結成ブームから10年たった今、再結成の事情は一概に“興行のため”だけとはいえなくなってきた。そして、再結成に対しての人々の意識も変わってきた。昨今の再結成バンドのなかにはスマッシング・パンプキンズ、ジーザス&メリー・チェイン、ピクシーズやダイナソーJR.、クーラ・シェイカーやザ・ヴァーヴといった、70〜80年代のビジネスライクなバンドとはほど遠い位置にあったインディーロック系のバンドも多数含まれている。彼らの再結成を見ていると“人間というものはそれほど完ぺきなものではない”ということを考えさせられる。どんな天才アーティストであれ、若き日に成功させたバンドを超える業績をあとに作ることは至難の業。そして、そのことに直面しいちばん悩むのは当の本人自身。「前のバンドで自分が持っていたマジックを取り戻したい」。そんなふうに思うアーティストがいたとしてもそれは決して不思議なことではない。スマッシング・パンプキンズのビリー・コーガンは「僕は、僕のバンドを取り戻したい」と発言し、オリジナルメンバーがそろわない状態での再結成に踏み切ったが、これなどは、金や世間の反応よりも“自分自身の心身の再生のため”の再結成型にほかならないだろう。 先にも述べたように、すべてのバンドが解散せずに数10年継続したり、潔く解散したままで人生を全うできるわけではない。そういった事情は最近の音楽ファンも理解を示しはじめているが、リスナーのものわかりが良くなった理由のひとつに“結局、バンド自身の人生を決めるのは当の本人たちでしかない”ということを気づかせる再結成が増えたからだろう。昨今では、それほど話題にならなくても、40〜50代で再結成してツアーやCDリリースをひんぱんに行うバンドというのも多い。それは“金もうけ”だとか何とかいう前に、そのバンド自体の“生きがい”であり、彼ら自身が下した人生の決断なのだ。それは本来、ファンがとやかくいう問題ではない。「バンドが解散して30年くらいたったときに“なぁ、もういいだろ”って気分になった」と語ったのはドアーズのレイ・マンザレクだが、「自分の人生でもっとも大事なもので人生を全うしたい」というピュアな気持ちが、ファンの感情的な邪推だけで妨害されるというのは、逆にアーティストのことを思いやっていないのかもしれない。 実は昨今、この“生涯やりがいパターン”での再結成がいちばん多いのだと思うのだが、YMOやサディスティック・ミカ・バンドのような、再会を純粋におもしろく楽しんでいるような“大人”な再結成もこれに該当するだろう。 いずれにせよ、どんな再結成であれ、アーティストにとってもっともかけがえのないものは、自分たちの復活を素直に喜んでくれるファンの存在であり、それこそが活動のモチベーションになるはず。先日、米米クラブが行った“期間限定再結成撤回宣言”のように、ファンの熱意がバンドをよみがえらせる……という心温まる話が増えれば、それは素直に良いことなのではないだろうか。(文 / 沢田太陽) スパイス・ガールズ ブリットポップがチャートをにぎわしていた90年代前半に、ポップグループを送り出す目的で約2000人が応募したオーディションで勝ち残った5人、ヴィクトリア・アダムス(現ベッカム)、エマ・バントン、メラニー・チズム、メラニー・ブラウン、ジェリ・ハリウェルによるガールズ・スーパーグループ。1996年リリースのデビューシングル『ワナビー』でいきなりブレイク。2000年2月までに、全世界でアルバムをトータルで約3500万枚、シングルは約1800万枚を売り上げた。2001年に活動休止期間に突入。2007年6月、ロンドンで再結成することが発表され、11月にベストアルバム発売予定、12月には世界ツアーがスタートすることが決定している。 Yahoo!ミュージックがお届けする今月のリア・ディゾン第2回! 独占! リアの映像&キュートなオフショットが到着!! 私のターニングポイント第22回 櫻井敦司・今井寿(BUCK-TICK)「もっと自由に思うがままにやっていいってことに気がついた」 注目の情報 髪のこと、諦めるのはまだ早い!市販の育毛剤を試したり、シャンプーを変えたけど、どうも効果が出ない…とあきらめていませんか?脱毛を防ぐには、髪のお手入れだけでなく、身体の内側からも健康になることが必要! 今がチャンス!リーブ21 ページ内で使用しているジャケットなどの画像や動画、歌詞に関する著作権は、各レコード会社、アーティストなどに帰属するものです。 |
[ 108] Yahoo!ミュージック - ミュージックマガジン - 大物バンドの再結成ブームを検証
[引用サイト] http://magazine.music.yahoo.co.jp/rep/20070802_001/
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2000年紅白以降の再結成については、いろいろと報道があるようですが・・・「区切り」は限りなく短い方が嬉しいです(^^)。 早いもので、先日21世紀幕開けと思ったら、もう3月ですね。3月と言えば、9日がミーちゃんのお誕生日。ちょっと遅れましたが、ミーちゃんおめでとうございます!今後の益々のご活躍を願っております!!そして、31日が解散の記念日。もうあれから20年なんですね。もうすぐ解散後20周年ということで、今日は再結成の周期(次の再結成までの間隔)について、独断と偏見で考えてみましょう。 まずは、上記の表で1993年CMを除き「PLとしてテレビ出演し歌う」という意味での再結成について考えてみます。1981年解散から1984年が3年、1984年から89年が5年、以下、1年、6年、1年、1年、1年となります。平均すると何年周期となるのでしょうか。(3+5+1+6+1+1+1)/7=約2.5となります。つまり、「テレビ出演し歌う」という意味での再結成は2年半に1回という計算になります。近年の連続再結成実現により、この意味での周期は短くなったのですね。 次に「テレビ出演に加えて公演(コンサート、ディナーショー)が行われた」という意味での大がかりな再結成の周期です。これは、1981年から84年が3年、1984年から90年が6年、1990年から96年が6年です。3・6・6と全て3の倍数となっているのが特徴?です。(3+6+6)/3=5となります。つまり、大がかりな再結成は5年に1回となります。 さて、ここで問題なのが、1996年から翌年にかけての再結成「再会」です。スタートの時期をどう見るかなのですが、厳密に言えば1996年9月のNHK番組になるのでしょう。ただ、この「再会」には前兆がありました。そうです。1996年1月OAされた物まね番組でのご本人登場です。この番組でお2人は「カルメン’77」を歌われました。そして歌った後、今年は20周年ということが話題となったのです。OAは1月でしたから、録画はおそらく1995年の11月か12月でしょう。このご本人登場を「再会の前兆」として、再会に含めて考えてみましょう。そうすると、おおがかりな再結成の周期について若干の修正が必要となります。仮に「再会」のスタートを1995年11月か12月とすると、(3+6+5)/3=約4.6。つまり、だいたい4年半に1回(修正済の大がかりな再結成周期)となりますね。 以上分析?した周期をもとに今後の再結成について考えてみましょう。「再会」は1997年3月の富士宮公演で終了となりました。上記の「修正済みの大がかりな再結成周期」を当てはめてみます。1997年3月から4年半ということは、2001年の9月頃となりますか。過去の周期から見ると、今年2001年秋以降が、公演の行われる大がかりな再結成の時期になりますね。ちょうどデビュー満25周年を迎えた直後になります。いいタイミングですね。 2002年最初のテーマは再結成活動です。と言うのも、上の表で明らかなように、PLの本格的再結成(公演が行われ、新曲が披露されるという意味で)は、1984年以来1990年、1996年と6年周期なのですね。今年は1996年「再会」から6年経過ということで、また期待が大きいということです(^^) さて、表題のターニング・ポイントですが、これは1980年のPLコンサートとは全く関係ありません(^^)1984年以来の再結成活動を振り返ってみて、2つの点で大きなターニング・ポイントがあったのでは・・・という私の例によって勝手な思い込み・独断です。ですから、ミーちゃんケイちゃんの実際の想いとは相違するところがあると思いますが、その点はご容赦下さいね。 2つの点とは、「衣装」と「曲」ということです。そして、私の仮説は「初期の再結成活動では、忠実な形のPL再結成を微妙に避けていたが、ある時点からPL的なものを前面に出してきたのでは。そして、それはPLに対するお2人の考え(とりわけケイちゃん?)が変化してきたからではないか。『時が経てば経つほどPLの偉大さを』という親衛隊様HPのケイちゃんメッセージが象徴的である。」というものです。 PL時代を基準とすると、これより前の1984年(タイツ姿)・1989年(ロング・ミニの折衷衣装)は「より控え目」、これより後(特に1998年以降)は「より大胆」と言えるでしょう。詳細は衣装のぺージ「ミニルックでの一貫性とは?」も参照下さい。アイドル時代、ミニの衣装で一世を風靡した歌手は数多いですが、大方は歳を重ねるごとに、控え目な衣装になっていくものですよね。最近のPLは全く逆で「歳を重ねるごとに現役時代より大胆になっていく」のですから、すごいことですよね。2000年紅白の衣装も大きな反響があったようです。特にスリット?? さて、1990年をターニング・ポイントとして、衣装の点で再結成PLは新たな段階に入りました。そして、この事実を裏書きするものとして、翌1991年「ごきげんよう」出演時のケイちゃんご発言があるのです。「最近、やっといい気持ちでミニスカートがはけるようになりました。」どうですか?見事に衣装のターニング・ポイントと合っているのですね。と言うことで、衣装のターニング・ポイントに関しては、ケイちゃんが鍵を握っていたのでは・・・と思うのです。確か1989年紅白の「ロング・ミニの折衷衣装」は、「ミーちゃんがミニ、ケイちゃんがロングを主張した」とあるスポーツ新聞では報じられました。そのロングを主張した?ケイちゃんが、1990年ミニを容認?そして、今では「50になってミニでペッパー警部を歌って踊れたら・・・」ですから、この間のケイちゃんのご心境の変化(PLに対する考え方の変化と言える)は大きいものがありますね(^^) 再結成PL第二のターニング・ポイントは、曲についてです。簡単に言うと、「新曲を先行させるか」、「PL時代の曲を先行させるか」の違いです。この点でのターニング・ポイントは、1996年「再会」とその前兆「物まね番組でのご本人登場」です。 それ以前の1984年・1990年は新曲先行。1996年はPL時代の曲先行です。これは、単に後先の問題ではありません。解散後、PLに対するお2人の想いが反映されているのでは、と思うのです。 分かりやすく言うと、紅白や公演という特別な場を除いて、テレビでPL時代の曲を再結成PLとして披露するのは、(記憶では)1996年以降のことではないかと思うのです。初期の再結成では、PL時代の曲が前面に出るのを微妙に避けていたのでは、と思うのです。1984年は「不思議LOVE」がテレビで先行、PL時代の曲は9月のコンサートでした。1990年は「2年目のジンクス」をNHKで毎月披露後、PL曲は年末の紅白で。 ところが、1996年「再会」では、いきなり!「ペッパー警部」「部屋を出て下さい」「PLメドレー」ときて、新曲「PES」は11月の発売でした。その前兆?「ものまね番組」では「カルメン’77」披露でした。 1996年、PL時代の曲が前面に出るようになったのは、お2人に何らかの心境の変化があったのかも知れません。それは、「PLをやっていたという自信」が、お2人の中でより深まった結果と言えるのかも知れません。 皆様にとって、今後の再結成に期待することは?「忠実なPLの再現」ですか?それとも「大人のPL路線」でしょうか? |
[ 109] ピンク・レディー再結成
[引用サイト] http://www2u.biglobe.ne.jp/~pinkmk/pink3.htm
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エクステンションはスポンサー・クラブに「同志の城」が一つ増えるという喜びを与える活動である。 地区内のクラブエクステンションに関しては地区ガバナーに一切の権限および責任があるので、その承認を得ること。 地区ガバナーは地区エクステンション委員長、その他を指揮し、新クラブのスムーズな結成を推進する。 地区ガバナーは地区エクステンション委員長に対して、前地区ガバナーから提出されたエクステンション調査書の検討(または、新たな調査)を指示し、新クラブ結成の可能性または結成進展状況に関する報告書を作成するよう要請する。 地区エクステンション委員長は、新クラブ結成に関心を持つクラブ(スポンサー・クラブ)のために「新ライオンズクラブ結成手順と記入用紙」をクラブに送る。「新ライオンズクラブ結成手順と記入用紙」は、新キャビネット用として4〜5月頃、国際本部から一括送付される各種資料と共に送られてくる。 スポンサー・クラブは、結成の中心となるキー・ライオン数名を選び、エクステンション委員とともに準備委員会を組織する。キー・ライオンは、通常、新クラブの役員になる。 新クラブが所属する市町村またはその一部の行政区分を新クラブの地域として特定する。 新クラブの名称は特定された地域の名称と同一のものとする。その地域に既にクラブが存在する場合は、そのクラブと区別するための名称を付け加える。 クラブは原則的に男性と女性に開放されていなければならないので、明らかに男性のみ、あるいは女性のみを表わす言葉を使わないことになっている。 新クラブの所属リジョン、ゾーンは地区ガバナーが決定する。 地区ガバナーは上記(1)〜(3)に関し、特に地区エクステンション委員長、リジョン・チェアマン、ゾーンチェアマン、既存クラブ、スポンサークラブなどの関係者が緊密な連絡を取り合うよう指導する。 国際理事会の承認のみによっても新クラブの結成は可能であるが、新クラブは地区ガバナー、周辺クラブから祝福されるべきものであり、これはあくまで例外的な規則である。 キー・ライオンは、地域の会員(チャーター・メンバー/創立会員)見込者を集める。新クラブ結成のためには最低20名の人員が必要であるが、チャーター・ナイトまでには25名以上の人員を確保することが望ましい。 チャーター・メンバー予定者がおおむね確定したなら、できるだけ早い機会に「説明会」または「準備会」を持つ。また、スポンサー・クラブの例会を見学したり、行事に参加する。これらのことを通じて、ライオンズクラブについての理解を深めてもらうとともに、会員となる意志を確認する。 チャーター・メンバーのクラブ創立費は、チャーター費を含み、創立に必要な経費を支弁し、かつ、クラブの財政的基礎の確立を考慮した額とする。創立費は準備会において決定され、結成会までに準備委員会(新クラブの銀行口座が設定されていれば同口座)に納入する。チャーター費(1名当たり30ドル/転籍チャーター・メンバーは20ドル)は、新クラブの会長によって国際本部(みずほ銀行本店の口座)に送金される。その際は、毎月5日前後に国際本部が決定して各地区キャビネットに通知されるドルと円の換算レートによる。 8.ガイディング・ライオンおよびエクステンション・アワード受賞対象者の人選 地区ガバナーは、スポンサー・クラブ会長と地区エクステンション委員長の助言を得て、ガイディング・ライオン1名を決定する。ガイディング・ライオンは結成後1年間、新クラブを指導し助力を与える任務を持ち、新クラブの進展状況について国際本部に2回(結成後6カ月と12カ月)、所定の書式によって報告書を提出する。また、国際協会に推薦するエクステンション・アワードの受賞対象者(新クラブ結成に最も貢献した会員)2名を決定する。 スポンサー・クラブはチャーター・メンバー予定者を集めて結成会を開く。地区ガバナー、地区エクステンション委員長はこの会合に出席する。結成会は最初のクラブ例会となる。結成会では次の諸事項を行う。 国際理事会が制定している「ライオンズクラブ会則および付則標準版」を採択するよう勧められる。 新クラブ会長によるチャーター・ナイト委員長の任命(委員は、委員長の助言を得て会長が選任する) 従来どおり新クラブの結成会の日をもってクラブの結成順位を確定する。二つ以上のクラブが同日に結成された場合には、クラブ名のアルファベット順によって認定する。そのため新クラブの会長は、チャーター申請書、チャーター・メンバー報告書および結成会公式議事録を国際本部に送付すると同時にその写しを日本ライオンズ連絡事務所に送付する。同日あるいは数日の内に数クラブが結成される場合もあるので、結成順位の最終確定には、2週間程度を要する。また、転籍チャーター・メンバーの地区及び複合地区会費の二重請求を避けるため、上記写しを送付する際、「転籍チャーター・メンバー報告書」も添付する。 結成会終了後、新クラブの会長は、「チャーター申請書」の全事項を漏れなく記入して国際本部に送付する。その際、下記を添付する。申請書一式は、国際本部へ送付すると同時に、その写しを地区エクステンション委員長(キャビネット事務局気付)および日本ライオンズ連絡事務所に送付する。 転籍チャーター・メンバーについては、別途「転籍チャーター・メンバー報告書」(前所属クラブ名を明記)を添付して報告する。 振込送金用5連紙に、チャーター費であることを明記し、添付の書式「新ライオンズクラブのチャーター費」に必要事項を記入し、振込送金受取書の写しを張り付ける。その際、銀行の受領印があることを確認する(振込の際、振込用紙の「ご依頼人」欄には、新クラブ名を記入するが、この時点では「クラブ番号」は決まっていないので、記入する必要はない)。追加のチャーター・メンバーについても同様の方法で行う。 月割計算による国際会費は、新クラブ結成手続が完了した後に国際本部から新クラブに請求される。 (1)マンスリーレポートの提出は、国際本部より新クラブ会長・幹事あての承認通知が届いた翌月初めからとする。(2)レポート用紙は(日本事務所から送られる新クラブ・キットに含まれている)、承認通知にあるクラブ番号とクラブ事務局住所を記入の上、使用する。用紙到着が遅れている場合には、キャビネット事務局に保存用があるので、それを利用する。 国際本部は、受け取った「チャーター申請書」の記載事項に不備がないことを確認したうえでチャーターの申請を承認(申請書を受け取ってから承認まで、通常、15日から20日間を要する)し、チャーター・メンバー・ラペルピン、会員カードその他を含む新クラブ用資料を国際協会日本事務所経由で、新クラブに送付する。 チャーター申請書を提出した後でも、結成後90日以内(ただし、90日より前にチャーター・ナイトが挙行された場合には、その時点まで)に新結成クラブに加わった会員は、チャーター費を支払ってチャーター・メンバーになることができる。90日以内というのは国際本部の受付期限であるので、現実には、75日を目安にする。新クラブの会長は、当初報告のチャーター・メンバーと同様、追加のチャーター費を国際本部に送金し、振込送金受取書の写しを添付(前掲第11項の(3)参照)のうえ、「追加チャーター・メンバー報告書」を用いてそれらの会員の氏名を国際本部に報告する。 エクステンション・アワードはチャーター・ナイトでの贈呈に間に合うように国際本部から地区ガバナーあてに送付される。(任務を果たしたガイディング・ライオンへのアワードは、2回目の報告書が提出された後に国際本部から新クラブの会長に送付され、適切な方法で同会長から贈呈される)。 スポンサー・クラブには、国際本部からスポンサー・パッチが贈られる。 国際協会から交付されるチャーターは、地区ガバナーあてに送付され、チャーター・ナイトで新クラブへ正式に伝達される。チャーター下段のチャーター・メンバー記載欄は空白のまま国際本部から送られてくるので、チャーター・ナイトに間に合うよう、地区またはスポンサー・クラブにおいて適切に記載する。 チャーター・ナイトは、新クラブを国際協会の一員として地区内の他のクラブに知らせる式典であり、クラブ結成後90日以内に開催することが望ましい。 スポンサークラブがない場合、地区キャビネット、地区委員会が新クラブのスポンサーになれる(1995年4月サンファン国際理事会)と決められた。これらは、日本の場合必ずしも実状に適していないので、照会したところ、国際本部太平洋アジア課から次のような回答(1995年10月13日付け)があった。 特定の地域において、問題があったため、理事会方針書の一部を改正する必要性が出てきたそうです。日本の現状を部長に説明したところ、現状維持で、問題がないなら変更の必要はない。との返事を受けました。 地区が新クラブをスポンサーする件は、単に「クラブか地区かいずれか」、という問題ではありません。 国によっては、既存クラブが新クラブの結成を喜ばず、妨害することがあり、どうしてもスポンサークラブを見つけることができない場合があるためにこの規則ができました。 また、ライオンズクラブが新しい国へ進出して行く時にも、場合によっては、地区にスポンサーになって貰った方が、その国におけるライオニズムの発展に有利であるケースがあり、この規則が適用されます。 新しい国において4つ5つしかクラブがないのに、それらのクラブがいろいろな国のクラブによってスポンサーされているため、統一が難しい場合があるそうです。以上の通りですので、ご連絡いたします。 |
[ 110] Japan Lions Clubs'--基礎情報--新ライオンズクラブ結成手順-
[引用サイト] http://www.japan-lionsclubs.jp/base/base_05.html
