龍雲とは?
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23才の時、MUSIC-CITYのスタッフの一員になった俺の最初の現場が『永井龍雲』最後の全国ツアーだった。全国ツアーと言っても、ツアー全体に同行したわけではなく、ほんとに最後の数カ所「大阪〜名古屋〜東京」という1週間にも満たないものだった。 その後熊本や九州内でのコンサートはあったものの、所謂市民会館クラスでのコンサートはこれを機に少なくなっていったと記憶する。 年齢的に近いこともありデビュー当時から気になる存在ではあったが、暗めの雰囲気が曲を聴くという気にさせなかったのか、実際生で聞くのはこの時が初めてだったような記憶がある。もちろんレコードやラジオでは聞いていた。(想い♪と道標ない旅♪は好きな曲だったです) そんな龍雲のことより、新宿厚生年金ホールという地理的な「はじめて行く東京」に興奮していたのか、この時の事はほとんど記憶にない(笑) それから龍雲がどうしていたのかは知らない、 MUSIC-CITY自体が龍雲のライブから手を引いたのか、本人がライブをやらなくなったのか、事務所が変わったのか、たぶん何らかの理由であろうが、その後何年間か全く会う機会すらなかった。 いつだったか、福岡でのライブが終わり打ち上げに参加し、その日も結構飲んで気が付けば「伸ちゃん」もどこかへ消えてしまい、その日は泊まりもなく「どうしたものか?」と悩んでいたら、龍雲が「俺のホテルの部屋に泊まっていけば?」ってことにでお邪魔することに・・・。 で、部屋に入りツインの部屋だとばかり思ってたらシングルで、俺は下に寝ますからと言うものの、なになに一緒に寝ようよと龍雲。 シングルベッドに二人並んで入り、緊張している俺を知ってか知らずか、若かりし頃の思い出話をいろいろ聞かせてくれたのでありました。 それから数年後私はMUSIC-CITYから退くわけで、結婚して東京から沖縄に引っ越ししたことや、時々近くにも唄いに来ているらしいことなど、風の便りには聞いていました。ある日中学時代の友人「K」が突然電話してきて、熊本で龍雲のコンサートに行き、終了後サインをもらい立ち話していると、ターザンという名前が出たんで、もしかすると俺のことかと思い出し電話かけてみた・・・等と言い出すではありませんか。 結局これがきっかけで龍雲に連絡を取り、2002年の発心コンサートに出演してもらうことになる。で、龍雲の追っかけをやってる「K」夫妻の長年の願いだった「自分たちの主催で龍雲のコンサートをひらく」という夢実現につながっていくわけで、2003年から「春」に久留米でコンサートをやることになったというわけですね。(どうもこれは恒例化した様子・・・) とかなんとか言いながら、実のところ龍雲とゴルフ対決をやるのが目的だったりしたりして・・・笑 |
[ 19] 永井龍雲
[引用サイト] http://www.tarzan-sound.com/ARTIST/ryuun/ryuun.html
