食事とは?
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食事(しょくじ)とは、食品を食べること。人間が生命を維持し活動や成長をするためには、栄養素を摂取する必要があり、そのための手段が食事である。食事の時刻・回数・調理法・内容など(いわゆる、食生活(しょくせいかつ))には文化的・宗教的なものが反映される。 世界的に見て一般に人は1日に数度の食事をとっている。現代の日本では、朝食、昼食、夕食の3回食事(メシともいう)をとる習慣が一般的である。これは、1日のサイクルを昼間に活動し夜間は休息することにあわせたものである。従って、深夜に勉強や業務を行う場合には夜食などをとることがあるし、朝食や昼食の間、昼食から夕食の間に間食(おやつ)をとることもある。 調理された料理を早いうちに食べる形が一般的であるが、弁当として携帯できる形で食の生活をとることもある。 食生活には、単に食べること以上の社会的意味が付与されている。「同じ釜の飯を食う」という慣用句にみられるように、複数の参加者が同時にあるいは同内容の食事を取ることは、共同体としての帰属意識を持つこと、あるいはそれを強化する意味がある。また、食生活に招待するということは、儀礼の意味もある。食費を参加者の一部メンバーが肩代わりすることで、上下間や男女間の関係の確認が行われていることもある。自作の手料理を食べてもらうということで特別な関係を意味づける場合もある。 生きていくことを比喩的に表す言葉に「飯を食う」というものがある。例えば、「〜で飯を食う」は生計をたてることを意味しているし、扶養することを「食べさせてやる」という言い方で表現する。 例えばキリスト教における聖餐があり、これは新約聖書に、イエスが引き渡され十字架にかけられる前に、弟子たちと最後の食事を共にし、自分の記念としてこの食事を行うよう命じた、ということが書かれていることによる。キリスト教徒はこの儀式を行うことで、そこにキリストが確かに現存している、という信仰を保持している。 教義で特定の食品を食べることを禁止している宗教は珍しくはなく、調理法についても厳しい戒律を持つ宗教がある。例えばユダヤ教では、旧約聖書に食べてよいもの食べていけないもの、一緒に食べてはいけないものの組み合わせ、動物の屠り方、調理法などに関する規定がこと細かに記述されており、厳格な教派においては現在でもそれを守っているユダヤ教徒が多い。キリスト教はその初期の段階においてユダヤ教の厳格な食事規定を大幅に緩めたことで人々に歓迎された。イスラム教では現在も豚を不浄のものとして食べることを禁じている。反対にヒンズー教では、牛を神聖なものとして(大切なものとして)食べることを禁じている。 肉体的疾患はもちろん、精神的なストレスや異状も、食欲の減退や正常な食事ができなくなる摂食障害の形をとることがある。生活習慣病の原因となることもある。また、医療の一環として食事制限や食事(食餌)療法が行われる場合がある。 現代では野菜や養殖魚類等の栄養素そのものが低下したので病気の一因などと叫ばれるが、最も重要なことは、三度の食事を規則正しくきちんとしっかりいただくことである。 また食事の時の気分や意識の持ち方は、唾液の出かたや内臓の働きや消化・吸収に影響するので、食事の時は意識的に安らかでほがらかな気持ちでいるようにすること、一口一口よく噛んでよく味わうこと、食べ物が自身の滋養となっていくことを心から楽しむというような心構えで食べること、なども大切である。 娯楽や単なる競合として、食べる量、速さを競う行為が行われることがある(早食い・大食い競争)。また、食に関する知識、経験を競い合うこともあるし、料理人の技量が競争されることもある。 香川 芳子『なにをどれだけ食べたらいいの―バランスのよい食事ガイド』女子栄養大学出版部、2005、ISBN 4789509125 大森 一慧『からだの自然治癒力をひきだす食事と手当て』ソレイユ出版、2000、ISBN 4763130048 幕内 秀夫『美味しい食事の罠―砂糖漬け、油脂まみれにされた日本人』宝島社、2007、ISBN 4796660593 |
[ 28] 食事 - Wikipedia
[引用サイト] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A3%9F%E4%BA%8B
